第3章 不死鳥の騎士団
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第23話 静かな日常
魔法薬学の教室は、いつも通り淡い薬草の匂いに満ちていた。
銅鍋の中でとろりと色を変えていく薬液、湯気に紛れる細い香り、淡く揺れる炎。イリスは左肩を吊ったまま、慎重に杓子を操る。利き手だけでの作業はぎこちなく、いつもより少しだけ時間がかかった。
ふと顔を上げると、視線がこちらを捉えた。黒いローブの裾がわずかに揺れ、スネイプは何も言わず教室をゆっくり巡回している。
二人の視線が絡む。ほんの一瞬、何かが合図のように行き交って、すぐに離れる。
それは言葉の代わりの「大丈夫か」という静かな確認でもあった。
「仲良しね」
隣から小さな声。ハーマイオニーが口元に手を添えて、笑いを堪えている。
イリスは首を傾げた。
「仲良し……?」
「ええ、とても」
ハーマイオニーの目は優しかった。イリスにはまだ、その意味の細部は分からない。けれど、胸の奥に、柔らかな温かさがゆっくり広がるのを感じた。
───
とある昼休み、廊下の窓辺に並んで立つ。
外は薄曇りで、湖の面は鉛色に光っている。言葉は少ない。けれど沈黙は重くない。
足元に落ちる二人の影が、微かに重なったり離れたりする。
「授業はどうだ」
短い問い。
イリスは、今日の薬の仕上がりを素直に報告する。左肩がまだ強く吊られていて不便に感じていること、杓子の角度を少し変えたら混ざりが良くなったこと。
スネイプは「ああ」と短く応じるだけだが、その「一音」の中に、注意深さと安堵が同居している。
距離は近すぎない。けれど互いの親密な距離の境界を、自然と許しあう近さ。
窓から差す光が、イリスの白い髪とスネイプの黒い衣の境界に淡い縁取りを作っていた。
───
夜。付き合ってからスネイプから部屋に来ることを許可されたイリスは、会える日はほぼ必ず訪ねていた。
そして今日もまたイリスは、いつものようにスネイプの部屋の扉を叩いた。
「入れ」
低い声に迎えられる。
薄い灯りの下、スネイプは手早く茶器を温め、細く沸いた湯を静かに注いだ。
茶葉の香りがやわらかく膨らみ、部屋に広がっていく。イリスは三角巾の腕を気遣って、ゆっくりとカップを受け取った。
「……この前ハーマイオニーたちに、教えてもらいました。『恋』と『愛』の違い、というものを」
スネイプはわずかに眉を動かしただけで、続きを促す。
「でも、よく分からないのです。『恋』は一時的で、『愛』は続いていく、と言われました。人間は、その二つをちゃんと分けて考えるのですね」
沈黙。
湯気の向こうで、黒い瞳が静かに揺れた。
「恋など、一時の浮ついた高ぶりにすぎん。熱に浮かされるほどに、たやすく消える」
イリスは目を瞬いた。
言葉は辛辣だが、そこにあるのは見下しではなかった。長い時間を経て、なお残ってしまった痛みの形。
「では、愛は?」
スネイプはカップを置き、少しだけ視線を伏せる。
「愛は……死んでも消えぬ。相手がいなくなっても、なお続く。だからこそ、痛みになる」
その言葉は、淡々としていて、苦く、恐く、温かかった。
イリスは胸の奥をそっと押さえた。
自分の知らない時間、自分の想像できない痛み――それでも、今の彼の掌の温度は、静かにこちらを守っている。
「私には、まだ分からないことが多いです。でも……先生のそばにいると、安心します」
「それでいい」
二人はそれ以上多くを語らなかった。
けれど、紅茶の香りと沈黙の中に、確かな温度だけが残った。
魔法薬学の教室は、いつも通り淡い薬草の匂いに満ちていた。
銅鍋の中でとろりと色を変えていく薬液、湯気に紛れる細い香り、淡く揺れる炎。イリスは左肩を吊ったまま、慎重に杓子を操る。利き手だけでの作業はぎこちなく、いつもより少しだけ時間がかかった。
ふと顔を上げると、視線がこちらを捉えた。黒いローブの裾がわずかに揺れ、スネイプは何も言わず教室をゆっくり巡回している。
二人の視線が絡む。ほんの一瞬、何かが合図のように行き交って、すぐに離れる。
それは言葉の代わりの「大丈夫か」という静かな確認でもあった。
「仲良しね」
隣から小さな声。ハーマイオニーが口元に手を添えて、笑いを堪えている。
イリスは首を傾げた。
「仲良し……?」
「ええ、とても」
ハーマイオニーの目は優しかった。イリスにはまだ、その意味の細部は分からない。けれど、胸の奥に、柔らかな温かさがゆっくり広がるのを感じた。
───
とある昼休み、廊下の窓辺に並んで立つ。
外は薄曇りで、湖の面は鉛色に光っている。言葉は少ない。けれど沈黙は重くない。
足元に落ちる二人の影が、微かに重なったり離れたりする。
「授業はどうだ」
短い問い。
イリスは、今日の薬の仕上がりを素直に報告する。左肩がまだ強く吊られていて不便に感じていること、杓子の角度を少し変えたら混ざりが良くなったこと。
スネイプは「ああ」と短く応じるだけだが、その「一音」の中に、注意深さと安堵が同居している。
距離は近すぎない。けれど互いの親密な距離の境界を、自然と許しあう近さ。
窓から差す光が、イリスの白い髪とスネイプの黒い衣の境界に淡い縁取りを作っていた。
───
夜。付き合ってからスネイプから部屋に来ることを許可されたイリスは、会える日はほぼ必ず訪ねていた。
そして今日もまたイリスは、いつものようにスネイプの部屋の扉を叩いた。
「入れ」
低い声に迎えられる。
薄い灯りの下、スネイプは手早く茶器を温め、細く沸いた湯を静かに注いだ。
茶葉の香りがやわらかく膨らみ、部屋に広がっていく。イリスは三角巾の腕を気遣って、ゆっくりとカップを受け取った。
「……この前ハーマイオニーたちに、教えてもらいました。『恋』と『愛』の違い、というものを」
スネイプはわずかに眉を動かしただけで、続きを促す。
「でも、よく分からないのです。『恋』は一時的で、『愛』は続いていく、と言われました。人間は、その二つをちゃんと分けて考えるのですね」
沈黙。
湯気の向こうで、黒い瞳が静かに揺れた。
「恋など、一時の浮ついた高ぶりにすぎん。熱に浮かされるほどに、たやすく消える」
イリスは目を瞬いた。
言葉は辛辣だが、そこにあるのは見下しではなかった。長い時間を経て、なお残ってしまった痛みの形。
「では、愛は?」
スネイプはカップを置き、少しだけ視線を伏せる。
「愛は……死んでも消えぬ。相手がいなくなっても、なお続く。だからこそ、痛みになる」
その言葉は、淡々としていて、苦く、恐く、温かかった。
イリスは胸の奥をそっと押さえた。
自分の知らない時間、自分の想像できない痛み――それでも、今の彼の掌の温度は、静かにこちらを守っている。
「私には、まだ分からないことが多いです。でも……先生のそばにいると、安心します」
「それでいい」
二人はそれ以上多くを語らなかった。
けれど、紅茶の香りと沈黙の中に、確かな温度だけが残った。
