第1章 アズカバンの囚人
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石畳を照り返す陽光の下、ダイアゴン横丁は今日も賑わっていた。
呼び込みの声、金貨の触れ合う澄んだ音、香辛料やインク、獣の匂いが混ざり合い、通りは人と魔法の熱気で溢れている。
だが、その雑踏の中で一際異質な二人が歩いていた。
黒衣のスネイプ、そのすぐ隣に深いフードを被った小柄な少女。
イリスは決してスネイプの袖から手を離さず、人混みに押されるたびにさらに寄り添った。
スネイプは苛立ちを隠そうともせず、舌打ちをひとつ落としたが、袖を振り払うことはしなかった。
好奇と畏れの入り混じる視線が二人を追う。
透き通るような白い肌、銀糸のような髪、そしてフードの影から一瞬覗く紅い瞳。
「美しい」と囁く声があれば、同時に「気味が悪い」と背を震わせる声もあった。
イリスはそのどちらにも目を向けず、ただ俯き、スネイプの影に身を隠して歩き続けた。
最初に訪れたのはフローリシュ・アンド・ブロッツ。
高い天井まで伸びる本棚には革装丁の背表紙が整然と並び、古紙とインクの香りが満ちている。
イリスは思わず足を止め、棚に手を伸ばしかけた。紙に染み込んだ魔力の粒子が指先に触れ、震えを返してくる。
だが袖を強く引かれ、現実に引き戻される。振り向けば、スネイプは既に必要な教科書を抱え、会計へと向かっていた。その手際は冷徹で、少女の好奇心を許す余地など与えなかった。
次に訪れた道具店には、大鍋や秤、薬瓶が並び、鉄と真鍮の匂いが漂っていた。
イリスはふと、光沢を放つ秤の皿に指を伸ばした。金属の奥に眠る力の揺らぎが伝わり、思わず目を細める。
その瞬間、無言のまま強く腕を掴まれた。
スネイプの黒衣の袖に引かれるようにして前へ歩かされ、イリスは唇を噛み締めて視線を逸らした。
ペット屋の戸口に立ったとき、イリスは足を止めた。獣の匂いと鳴き声が入り混じり、空気は落ち着きを欠いている。フクロウが羽音を立て、猫が瞳を光らせる中、少女は戸惑いのまま中へ押し込まれた。
「さて……」
店主が口を開きかけ、紅い瞳を見て言葉を失う。
その時、奥の暗がりから白い影がするりと姿を現した。アルビノの蛇──赤い瞳を持つその存在は、店主でさえ滅多に見ることがないと言う。
「……まさか。あの子は決して人前に出ないはずだ」
驚愕の声が漏れる中、蛇は迷いなくイリスの前へ進み出て、腕へと這い上がった。白い鱗と白い肌が重なり、境界を失ったように見える。
「この子にする」
少女の声は小さかったが、揺るぎはなかった。
スネイプは目を伏せた。
その選び方は、人間ではなく“呼ばれる存在”に近い。危うさと神秘を同時に孕んでいた。
そして最後に辿り着いたのは、杖の店──オリバンダー。
独特の魔力の粒子が漂う空間に足を踏み入れた途端、イリスは目を細めた。
木の香り、樹皮の湿り気、芯材から漏れるかすかな匂い。
彼女の感覚はそれを一つ一つ捉え、まるで呼吸するように吸い込んでいた。
「さあ……お前に応える杖が、どれかだ」
オリバンダーの瞳がきらめく。
その時、棚の奥でひとつの箱がかすかに震えた。
イリスは吸い寄せられるように歩み寄る。
スネイプが背を押すと、彼女は箱を開いた。
そこにあったのは、淡い銀光を帯びる杖。
月桂樹の木。芯にはユニコーンの尾の毛。
白く冷ややかな気品を纏い、同時に清らかな強さを宿した杖だった。
触れる前から、月夜の静けさに似た香りと、澄んだ魔力の流れが漂っている。
イリスが指先を伸ばした瞬間、箱ごと杖が揺らぎ、彼女の方へと傾いた。
──呼ばれている。
指先が触れると、低い波動が腕を駆け上がり、胸の奥で共鳴する。
紅い瞳が淡い光を映し、彼女は小さく息を呑んだ。
「……これだ」
掠れた声。
オリバンダーの目が細まり、口元に驚きと納得の笑みが広がる。
「見事に呼ばれたな。月桂樹とユニコーン……選ばれるべき者にしか従わぬ杖だ」
杖は彼女の掌に収まり、まるで最初からそこにあるべきだったかのように馴染んだ。
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スネイプは黒衣の影に表情を隠した。
だが心の奥底では否応なく理解していた。
この娘はただの人間ではない。
危うい光を放ちながら、それでも確かに運命に繋がれている。
その事実は、冷徹さを信条としてきた彼自身の胸を微かに波立たせた。
護るべき存在なのか。
それとも、災厄を呼ぶ火種なのか。
答えは未だ見えない。
だが視線は自然と、隣に立つ小さな背を追っていた。
