第2章 炎のゴブレット
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第21話 揺れる距離
大会がおわり、春休みへと突入した。 生徒の姿を失ったホグワーツは広く、そして静かすぎた。 いつもなら笑い声で満ちていた廊下も、今は足音が反響するばかり。
その静けさは、イリスを思考の迷路へと誘った。 ユールボールで踊ったあの日から、スネイプは避けるようになった。 大会の間だけだと思っていたが、春休みに入った今も変わらず距離を取られている。
(……無意識のうちに、私が何かした? 嫌われた?)
考えても答えは出ず、ぐるぐると頭を巡り続ける。
イリスは窓辺で本を開いても、文字は頭に入らなかった。 授業もなく、行事もなく、ただ広大な石の城に取り残されたような日々。 先生たちも少しずつ休暇をとって不在にすることが増えていた。
そして――スネイプもまた、頻繁にどこかへ姿を消していた。 それは寂しさを募らせると同時に、心を乱す対象が目に入らないことで「気持ちを落ち着ける時間」にもなっていた。
───
ある日、イリスは自然に惹かれるように校舎を抜け出していた。 湖畔を歩き、やがて森の奥で翼を持つ黒い馬に出会う。
セストラル――死を見た者にしか見えない生物。
その黒い瞳をみつめると、胸の奥でセドリックの姿が蘇った。 だが涙は流れない。冷たい空洞だけが広がっていた。
「……どうして、人間はあんなにも感情豊かに生きていけるのか」
呟いた声は森に溶けた。
エルフにとって死は自然の摂理として受け入れるもの。 肉体は朽ち、大地の糧となり、永遠に循環する。だからこそ「別れ」は絶対ではなかった。
人間のように深く悲しみ、泣き叫ぶことが、どうしても理解できない。 それに、無意味な殺生を行わないエルフにとって「命が故意に奪われる瞬間」を目にすることもなかった。 あの日の衝撃は悲しみよりも強すぎて、頭を真っ白にしただけだった。
(……今も、悲しむ余裕がない)
セストラルの温かな体に身を預けるうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
──目を開けると、あたりは真っ暗だった。
「……しまった」
慌てて立ち上がり、校舎へ戻る。
───
そこでは教師や幽霊たちが必死に自分を探していた。
「見つかったぞ!」
「よかった……」
安堵の声が次々に上がる。 けれどその中で、ひときわ強い足音が響いた。
「お前は……!」
スネイプだった。 人前を憚らず、声を荒げる。
「お前はあんな出来事があったというのに、何をしているのだ! ホグワーツが保護魔法で守られているとはいえ、闇の帝王が復活し、貴様も狙われる可能性がある今――どうしてこんな無用心が出来る! あまりにも軽率だとは思わんか!」
その剣幕に、イリスの瞳が大きく揺れた。 胸が熱くなり、頬を伝うものがあった。
それは自分の浅はかさへの悔しさと―― スネイプが完全に自分を嫌ったわけではないと分かった安堵から溢れた涙だった。
教師や幽霊たちが「まぁまぁ」と宥める中、スネイプは鼻を鳴らし、背を翻して立ち去った。
「言い方は酷いけど……こんな世の中だ、気をつけるに越したことはない」
そう言って皆も散っていく。
──最後まで残ったのは、マクゴナガルだった。
彼女はじっとイリスを見つめた。 深い緑の瞳は、すでにイリスの胸の内を知っているようだった。
「……ミス・イリス。あなたが考え込んでいること、私には分かりますよ」
「……っ」
「伝えたいことがあるのでしょう? なら、伝えられるうちに伝えなさい」
その声は決して叱責ではなく、優しくも厳しい促しだった。 心を見抜かれたイリスはハッと息を呑む。
「……ありがとうございます、先生」
小さく礼を言い、駆け出した。 マクゴナガルはその後ろ姿を見送り、そっと微笑んだ。
───
廊下を駆け抜け、ついに黒いローブの背中を見つける。 スネイプの裾を掴み、足を止めさせた。
「……私を孤独にしたのは人間。そんな人間が、今度は私に自由を与えて、前を向けと教えたのに……また私を孤独にするのですか」
震える声が石壁に響いた。
「これまでの関わりは、人間の気まぐれだったのですか? それとも……異質な存在の私を苦しめるためだったのですか?」
紅い瞳が真っ直ぐに見つめていた。 その眼差しには、これまでの日々がどれほど支えだったかが滲んでいた。
スネイプは何も言わず、目も合わせようとしなかった。 だが一歩離れる直前、ほんの刹那だけ視線が交わる。
その黒い瞳の奥に、苛立ちと戸惑い、そして抑えきれない何かが滲んでいるのを、イリスは確かに見た。
不安に駆られ、か細い声で続ける。
「……せめて。離れる理由を教えてください」
彼は振り払うことも、完全に無視することも出来なかった。 ただ、苦悩するように顔を伏せ、沈黙の中で何かを堪えている。
長い沈黙の後、低く絞り出すように言った。
「……時間が欲しい」
それだけを告げ、静かに背を向けた。
──残されたイリスは涙を拭い、立ち尽くす。 胸に残るのは、答えをもらえなかった痛みと、それでも確かに返ってきた「言葉」。
(……時間が欲しい。それだけでいい。まだ、終わりではない)
彼女はそう自分に言い聞かせ、その夜を迎えた。
大会がおわり、春休みへと突入した。 生徒の姿を失ったホグワーツは広く、そして静かすぎた。 いつもなら笑い声で満ちていた廊下も、今は足音が反響するばかり。
その静けさは、イリスを思考の迷路へと誘った。 ユールボールで踊ったあの日から、スネイプは避けるようになった。 大会の間だけだと思っていたが、春休みに入った今も変わらず距離を取られている。
(……無意識のうちに、私が何かした? 嫌われた?)
考えても答えは出ず、ぐるぐると頭を巡り続ける。
イリスは窓辺で本を開いても、文字は頭に入らなかった。 授業もなく、行事もなく、ただ広大な石の城に取り残されたような日々。 先生たちも少しずつ休暇をとって不在にすることが増えていた。
そして――スネイプもまた、頻繁にどこかへ姿を消していた。 それは寂しさを募らせると同時に、心を乱す対象が目に入らないことで「気持ちを落ち着ける時間」にもなっていた。
───
ある日、イリスは自然に惹かれるように校舎を抜け出していた。 湖畔を歩き、やがて森の奥で翼を持つ黒い馬に出会う。
セストラル――死を見た者にしか見えない生物。
その黒い瞳をみつめると、胸の奥でセドリックの姿が蘇った。 だが涙は流れない。冷たい空洞だけが広がっていた。
「……どうして、人間はあんなにも感情豊かに生きていけるのか」
呟いた声は森に溶けた。
エルフにとって死は自然の摂理として受け入れるもの。 肉体は朽ち、大地の糧となり、永遠に循環する。だからこそ「別れ」は絶対ではなかった。
人間のように深く悲しみ、泣き叫ぶことが、どうしても理解できない。 それに、無意味な殺生を行わないエルフにとって「命が故意に奪われる瞬間」を目にすることもなかった。 あの日の衝撃は悲しみよりも強すぎて、頭を真っ白にしただけだった。
(……今も、悲しむ余裕がない)
セストラルの温かな体に身を預けるうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
──目を開けると、あたりは真っ暗だった。
「……しまった」
慌てて立ち上がり、校舎へ戻る。
───
そこでは教師や幽霊たちが必死に自分を探していた。
「見つかったぞ!」
「よかった……」
安堵の声が次々に上がる。 けれどその中で、ひときわ強い足音が響いた。
「お前は……!」
スネイプだった。 人前を憚らず、声を荒げる。
「お前はあんな出来事があったというのに、何をしているのだ! ホグワーツが保護魔法で守られているとはいえ、闇の帝王が復活し、貴様も狙われる可能性がある今――どうしてこんな無用心が出来る! あまりにも軽率だとは思わんか!」
その剣幕に、イリスの瞳が大きく揺れた。 胸が熱くなり、頬を伝うものがあった。
それは自分の浅はかさへの悔しさと―― スネイプが完全に自分を嫌ったわけではないと分かった安堵から溢れた涙だった。
教師や幽霊たちが「まぁまぁ」と宥める中、スネイプは鼻を鳴らし、背を翻して立ち去った。
「言い方は酷いけど……こんな世の中だ、気をつけるに越したことはない」
そう言って皆も散っていく。
──最後まで残ったのは、マクゴナガルだった。
彼女はじっとイリスを見つめた。 深い緑の瞳は、すでにイリスの胸の内を知っているようだった。
「……ミス・イリス。あなたが考え込んでいること、私には分かりますよ」
「……っ」
「伝えたいことがあるのでしょう? なら、伝えられるうちに伝えなさい」
その声は決して叱責ではなく、優しくも厳しい促しだった。 心を見抜かれたイリスはハッと息を呑む。
「……ありがとうございます、先生」
小さく礼を言い、駆け出した。 マクゴナガルはその後ろ姿を見送り、そっと微笑んだ。
───
廊下を駆け抜け、ついに黒いローブの背中を見つける。 スネイプの裾を掴み、足を止めさせた。
「……私を孤独にしたのは人間。そんな人間が、今度は私に自由を与えて、前を向けと教えたのに……また私を孤独にするのですか」
震える声が石壁に響いた。
「これまでの関わりは、人間の気まぐれだったのですか? それとも……異質な存在の私を苦しめるためだったのですか?」
紅い瞳が真っ直ぐに見つめていた。 その眼差しには、これまでの日々がどれほど支えだったかが滲んでいた。
スネイプは何も言わず、目も合わせようとしなかった。 だが一歩離れる直前、ほんの刹那だけ視線が交わる。
その黒い瞳の奥に、苛立ちと戸惑い、そして抑えきれない何かが滲んでいるのを、イリスは確かに見た。
不安に駆られ、か細い声で続ける。
「……せめて。離れる理由を教えてください」
彼は振り払うことも、完全に無視することも出来なかった。 ただ、苦悩するように顔を伏せ、沈黙の中で何かを堪えている。
長い沈黙の後、低く絞り出すように言った。
「……時間が欲しい」
それだけを告げ、静かに背を向けた。
──残されたイリスは涙を拭い、立ち尽くす。 胸に残るのは、答えをもらえなかった痛みと、それでも確かに返ってきた「言葉」。
(……時間が欲しい。それだけでいい。まだ、終わりではない)
彼女はそう自分に言い聞かせ、その夜を迎えた。
