第1章 アズカバンの囚人
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夜。
窓の外は深い闇に沈み、月明かりだけが石造りの壁を淡く照らしていた。
少女はベッドに横たわっていたが、眠れなかった。
頭の中で、昨夜のスネイプの言葉が何度も繰り返されていた。
「牢獄に縛られるか、価値を武器に生きるか……」
それは冷たい刃のように胸を切り裂き、同時に逃れられない鎖のように絡みついてくる。
心臓は落ち着かず、呼吸は浅くなり、目を閉じても眠りは訪れない。
鍵を握るのは自分だと言われた。
もし本当にそうなら……わたしはどうすればいい?
思考がぐるぐると回り、胸の奥がざわめいておかしくなりそうだった。
「……少し歩こう」
気づけば少女は立ち上がっていた。
裸足の足が冷たい石床に触れるたび、現実感が戻る。
静まり返った廊下は、蝋燭の光もまばらで、どこか別の世界のように静謐だった。
角を曲がったその時。
月明かりに照らされたひとつの影が、彼女の目に映った。
黒衣を翻し、窓辺に立つ背の高い男
──セブルス・スネイプ。
腕を組み、遠く夜空を見上げている。
月の光がその横顔を淡く照らし、鋭い輪郭と深い影を浮かび上がらせた。
その視線は冷たく強張っているようで、しかし底に拭えぬ悲しみが潜んでいた。
彼の手には小さな銀の飾りのついた古びた本が握られていた。
ページの隙間から覗いたのは、一枚の色褪せた写真。
女の笑顔が、そこに確かにあった。
少女は息を呑んだ。
──この人もまた、何かを抱えている。
檻に囚われているのは、わたしだけではないのかもしれない。
ほんの一瞬、彼に声をかけそうになった。
だが胸が縮み、言葉は出なかった。
その代わり、彼を見つめる視線だけが、夜の闇に溶けていった。
やがてスネイプは小さく鼻を鳴らし、背を向けて歩き去っていった。
残されたのは月光と、まだ収まらぬ胸のざわめきだけだった。
──
翌朝。
東の空が白み始め、ホグワーツの大広間は新学期を迎えるざわめきに包まれていた。
長いテーブルに並ぶ生徒たちの笑い声や囁き声。
それは少女にとって、まるで遠い世界の音のように響いていた。
だが昨日とは違う。
「牢獄」だと結論づけた胸の奥に、わずかな揺らぎが残っている。
それは、夜に見た月下の影のせいだった。
──
「おはようございます」
ベッドの上で窓の外を眺めていた少女に、凛とした声が降りかかった。
振り返ると、長身の淑女
──マクゴナガルが歩み寄ってくる。
その腕には真新しいホグワーツの制服一式が抱えられていた。
少女は思わず身を強張らせる。
教師の影が近づくたび、どこかで“捕らえられる”という恐怖が胸を突く。
マクゴナガルはその反応を横目に収めながら、静かに口を開いた。
「今日からあなたもホグワーツの生徒です。まずは、その身なりを整えましょう」
制服を見つめる少女の胸は早鐘のように鳴った。
服を着せられるのか。誰かの手で服を着せられることなど、これまでなかった。
「心配いりませんよ」
マクゴナガルは少し声を和らげた。
「誰もあなたを縛ろうとはしません。ただ……子どもを学校に迎えるのなら、相応しい姿にしてやるのが務めですから」
そう言って制服を広げると、その手つきは無駄がなく、それでいて不思議と柔らかさを帯びていた。
祖母が孫に衣を整えてやるような、そんな温もりがそこにはあった。
布地の冷たさと、見知らぬ手の温もりが同時に触れ、少女は身体を硬直させる。
「……なぜ、あなたが?」
思わず零れた声は、か細く震えていた。
マクゴナガルは制服の襟を直しながら答えた。
「導いてあげるのも、教師の務めです。あなたが一人で戦わなくて済むようにね」
その声は厳しくも柔らかで、少女の胸に複雑な波紋を広げた。
牢獄の鎖のように思えた重さが、ほんの少しだけ和らいでいく。
やがて着付けを終えると、マクゴナガルは一歩下がって小さく頷いた。
「……ええ。とてもよろしい。立派に見えますわ」
鏡に映る自分を見た少女は、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、見世物小屋での惨めな存在ではなく
ホグワーツの生徒として装いを整えた「誰か」だった。
けれど、それが自分だとはまだ信じられない。
少女はそっと視線を落とし、胸の奥で静かな揺らぎを抱いたまま立ち尽くした。
