第2章 炎のゴブレット
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第15話 答えなき迷宮
第2課題が終わってからの日々は、不思議な静けさに包まれていた。 湖での冷たさと、腕に残る温もり――あの日の記憶は未だに胸から消えない。人前では平静を装っていても、イリスの耳には時折水底の歌声が甦り、目を閉じればスネイプの瞳が浮かんでしまう。
それでも時間は待ってくれない。三つ目の試練に向けて、校内は徐々に慌ただしさを増していった。 代表者は授業を一部免除され、自由に準備できる時間を与えられる。けれど「迷路」という情報以外、詳細は伏せられたままだった。
「何が出てくるのか、分からない試練……」
図書館の机に向かいながら、イリスはページをめくる。防御呪文、束縛解除、灯りをともす魔法……どれも知識としては頭にあるが、実戦でどの順番に必要になるかはまるで見当がつかない。
エルフとして生きてきた頃――森では、間違いのない「正解」が常に示されていた。先人が教え、自然が導き、道を誤ることはなかった。だが人間社会では違う。どの道を選んでも、正解は一つではない。
(……だからこそ、人間は迷う。けれど、だからこそ強くなるのかもしれない)
そう思いながらも、胸の奥には拭えない不安が残った。
───
やがて第3課題当日。夕闇が迫るとともに、観客席には魔法界中の人々が詰めかけた。大広間前で代表者たちが集められ、クラウチが告げる。
「これより、三つ目の課題を開始する! 迷路の中に隠されたトライウィザード・カップを最初に手にした者が優勝だ!」
大歓声が上がる。イリスは静かに息を吸い込んだ。白銀の髪が夕暮れの風に揺れる。胸の奥の熱を抑え、ただ前を見据えた。
───
迷路に足を踏み入れた瞬間、外界の音がすべて消えた。 風も、歓声も届かない。あるのは、生い茂る生垣の壁と、圧迫するような静寂。
一歩進むごとに、空気中の魔力粒子がざわめきを見せる。イリスはその流れに敏感だった。森で育った彼女には、魔法の“呼吸”の乱れがはっきりと感じ取れるのだ。
だが、迷路は意地悪だった。道が塞がり、曲がり角は罠のように閉じる。どこへ進めば正解なのか分からない。
(……これは、人間社会と同じだ。答えのない中で進み続けるしかない)
胸の奥に焦燥が広がる。立ち止まれば、すぐにでも呑み込まれてしまいそうな圧力。
この迷路は人を狂わせる――そう直感した。 なぜなら、聞こえるはずのない声が頭に響き始めていたからだ。
「イリス……いつ戻ってくるのか。人間界に染まりすぎるのは良くないことだ」
「ここにはもう戻らないつもりなのか?」
「お前がどうして森へ帰らねばならないかか、話しただろう……」
長老、父、祖父の声。百年ぶりに耳にする声は変わらず淡々と、抑揚のない調子。懐かしいはずなのに、冷たく響く。
イリスは故郷を忘れたことはなかった。 だが正解のない人間社会で生きるうちに、心は少しずつ変わっていた。人間の感情を理解し、時に同じように胸を震わせることがある。代々のエルフとは違う自分が、果たして森へ帰っていいのか――。
「ここへ帰ってくるつもりがないのか」 「そこは住みにくいだろう、帰っておいで」
父の声。淡々とした響きの奥に、かすかな優しさが感じられる。懐かしくて恋しい気持ちが胸に広がる。
だが、イリスはまだここに残りたい理由がある。
魔法を高めたい。
人間を知りたい。
そして何よりスネイプのことを知りたい。
胸を高鳴らせるこの感情の正体を知りたい。
そう思った瞬間、声が一変した。
「お前は故郷を捨てるのか」
「役目を忘れたのか」
「人間にたぶらかされ、情報を渡し、歴史を繰り返すのか。これは裏切りだ」
優しかった声が氷のように冷たくなり、イリスを責め立てる。
(……私はどこにも属せない半端者? 人間にもなれず、エルフとしても未熟で……)
足元が真っ暗になり、方向を見失うような感覚に襲われた。
──その時、背後の魔法粒子が大きく揺れた。 ハッとして振り返れば、後方の通路が音を立てて塞がっていく。生垣が波のように迫り、通路を飲み込んでいく。
「……っ!」
咄嗟に駆け出す。心臓が激しく打ち、背中に生垣の気配が迫る。あと一歩遅ければ呑み込まれていた。
必死に走り抜け、間一髪で開けた場所へ飛び込む。背後で通路が完全に閉じられる音が響いた。
荒い息を吐きながら顔を上げた瞬間
──そこには、他の代表者たちの姿があった。
セドリック。 ハリー。 そして、肩で息をするクラム。
「……お前も、ここに」
セドリックが驚いたように言う。
イリスはすぐに気づいた。クラムの様子がおかしい。 目は白く濁り、口元から涎を垂らし、杖を握りしめて震えている。正気ではなかった。
「イリス!」
ハリーが叫んだ瞬間――
クラムが荒々しく呪文を放った。
「エクスペリアームス!」
イリスは間一髪で飛び退き、光線が背後の生垣を抉った。 呆然とする彼女の前で、ハリーとセドリックが互いに頷き、同時に杖を構える。
「一緒にやるぞ!」
「分かった!」
二人の声が重なり、クラムを押さえ込むための光が迷路に走った――。
第2課題が終わってからの日々は、不思議な静けさに包まれていた。 湖での冷たさと、腕に残る温もり――あの日の記憶は未だに胸から消えない。人前では平静を装っていても、イリスの耳には時折水底の歌声が甦り、目を閉じればスネイプの瞳が浮かんでしまう。
それでも時間は待ってくれない。三つ目の試練に向けて、校内は徐々に慌ただしさを増していった。 代表者は授業を一部免除され、自由に準備できる時間を与えられる。けれど「迷路」という情報以外、詳細は伏せられたままだった。
「何が出てくるのか、分からない試練……」
図書館の机に向かいながら、イリスはページをめくる。防御呪文、束縛解除、灯りをともす魔法……どれも知識としては頭にあるが、実戦でどの順番に必要になるかはまるで見当がつかない。
エルフとして生きてきた頃――森では、間違いのない「正解」が常に示されていた。先人が教え、自然が導き、道を誤ることはなかった。だが人間社会では違う。どの道を選んでも、正解は一つではない。
(……だからこそ、人間は迷う。けれど、だからこそ強くなるのかもしれない)
そう思いながらも、胸の奥には拭えない不安が残った。
───
やがて第3課題当日。夕闇が迫るとともに、観客席には魔法界中の人々が詰めかけた。大広間前で代表者たちが集められ、クラウチが告げる。
「これより、三つ目の課題を開始する! 迷路の中に隠されたトライウィザード・カップを最初に手にした者が優勝だ!」
大歓声が上がる。イリスは静かに息を吸い込んだ。白銀の髪が夕暮れの風に揺れる。胸の奥の熱を抑え、ただ前を見据えた。
───
迷路に足を踏み入れた瞬間、外界の音がすべて消えた。 風も、歓声も届かない。あるのは、生い茂る生垣の壁と、圧迫するような静寂。
一歩進むごとに、空気中の魔力粒子がざわめきを見せる。イリスはその流れに敏感だった。森で育った彼女には、魔法の“呼吸”の乱れがはっきりと感じ取れるのだ。
だが、迷路は意地悪だった。道が塞がり、曲がり角は罠のように閉じる。どこへ進めば正解なのか分からない。
(……これは、人間社会と同じだ。答えのない中で進み続けるしかない)
胸の奥に焦燥が広がる。立ち止まれば、すぐにでも呑み込まれてしまいそうな圧力。
この迷路は人を狂わせる――そう直感した。 なぜなら、聞こえるはずのない声が頭に響き始めていたからだ。
「イリス……いつ戻ってくるのか。人間界に染まりすぎるのは良くないことだ」
「ここにはもう戻らないつもりなのか?」
「お前がどうして森へ帰らねばならないかか、話しただろう……」
長老、父、祖父の声。百年ぶりに耳にする声は変わらず淡々と、抑揚のない調子。懐かしいはずなのに、冷たく響く。
イリスは故郷を忘れたことはなかった。 だが正解のない人間社会で生きるうちに、心は少しずつ変わっていた。人間の感情を理解し、時に同じように胸を震わせることがある。代々のエルフとは違う自分が、果たして森へ帰っていいのか――。
「ここへ帰ってくるつもりがないのか」 「そこは住みにくいだろう、帰っておいで」
父の声。淡々とした響きの奥に、かすかな優しさが感じられる。懐かしくて恋しい気持ちが胸に広がる。
だが、イリスはまだここに残りたい理由がある。
魔法を高めたい。
人間を知りたい。
そして何よりスネイプのことを知りたい。
胸を高鳴らせるこの感情の正体を知りたい。
そう思った瞬間、声が一変した。
「お前は故郷を捨てるのか」
「役目を忘れたのか」
「人間にたぶらかされ、情報を渡し、歴史を繰り返すのか。これは裏切りだ」
優しかった声が氷のように冷たくなり、イリスを責め立てる。
(……私はどこにも属せない半端者? 人間にもなれず、エルフとしても未熟で……)
足元が真っ暗になり、方向を見失うような感覚に襲われた。
──その時、背後の魔法粒子が大きく揺れた。 ハッとして振り返れば、後方の通路が音を立てて塞がっていく。生垣が波のように迫り、通路を飲み込んでいく。
「……っ!」
咄嗟に駆け出す。心臓が激しく打ち、背中に生垣の気配が迫る。あと一歩遅ければ呑み込まれていた。
必死に走り抜け、間一髪で開けた場所へ飛び込む。背後で通路が完全に閉じられる音が響いた。
荒い息を吐きながら顔を上げた瞬間
──そこには、他の代表者たちの姿があった。
セドリック。 ハリー。 そして、肩で息をするクラム。
「……お前も、ここに」
セドリックが驚いたように言う。
イリスはすぐに気づいた。クラムの様子がおかしい。 目は白く濁り、口元から涎を垂らし、杖を握りしめて震えている。正気ではなかった。
「イリス!」
ハリーが叫んだ瞬間――
クラムが荒々しく呪文を放った。
「エクスペリアームス!」
イリスは間一髪で飛び退き、光線が背後の生垣を抉った。 呆然とする彼女の前で、ハリーとセドリックが互いに頷き、同時に杖を構える。
「一緒にやるぞ!」
「分かった!」
二人の声が重なり、クラムを押さえ込むための光が迷路に走った――。
