第1章 アズカバンの囚人
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第17話 解かれる鎖
ルーピンの授業は、評判どおり生徒を引き込む不思議な力があった。 柔らかな口調で語られる魔法生物の知識は、誰にとっても身近で実感しやすく、難解さを感じさせない。 だからこそ、生徒たちの目は自然と彼を追い、耳を傾ける。
──だが、イリスは違った。 昨夜から胸に残る熱のせいで、思考は定まらない。 目の前の言葉が耳に入っても、心には届かない。
授業が終わる直前、ルーピンの声が彼女を呼び止めた。
「ミス・イリス、少し残ってくれるかな」
生徒たちがぞろぞろと教室を出ていくなか、棒立ちのまま待つ。 静まり返った教室に、ルーピンが歩み寄る。
「先日の件──聞いている。危険な目に遭ったと」
穏やかな声色。しかしその奥には、鋭い観察が潜んでいた。
イリスは無言のまま視線を伏せる。 ルーピンはさらに近づき、優しく言葉を添える。
「君はまだ慣れていないだろう。一人で動くのは控えた方がいい。もし学びたいなら、ここに来るといい。僕と一緒なら安全だ」
──その言葉に、イリスは一瞬息を呑んだ。 もしかして、この人が……? スネイプが捕らえようとしている人物なのか?
そして、微かに漂う匂いに気づく。 あの夜の黒犬と、似た気配。
胸の奥がざわつき、彼女は早めに切り上げるように礼を言い、足早に教室を後にした。
───
廊下はしんとしていた。生徒たちは次の教室に向かったのだろう。 背後から視線を感じるようで、落ち着かない。 急ぎ足になるイリスの背を、ふいに呼び止める声があった。
「──不運じゃったな」
振り返ると、ダンブルドアが立っていた。 組み分けのとき以来、言葉を交わしていなかった人物。
「シリウス・ブラックとの件……お主にとって望まぬ出来事であったろう」
すべてを見透かすような声音だった。
「ひとつ、訊いてよいか。……なぜ、魔法を使わなんだ?」
その問いに、イリスの心が軋んだ。 忘れていた感覚が蘇る。
──魔法を使おうとすれば、指一本動かすことも許されなかった。 抵抗するたびに振り下ろされた鞭。 身体を汚され、痛みに沈められた夜。 逃げようとした瞬間に押し潰された希望。
何度も試みた。けれどその度に打ち砕かれた。 やがて魔法を使おうとする意志そのものを、心が封じるようになった。
「……そういう躾を受けたからです」
やっとの思いで搾り出した言葉。 脳裏に、男たちの下卑た笑いが蘇る。
ダンブルドアの瞳は細められたが、そこに憐れみはなかった。 静かに、しかし力強く告げる。
「ここでは違う。お主の力を封じる者は誰もおらぬし、その必要もない。 ここで学べば、自らの知識と技術を高められる。今のままでは、それは叶わぬのじゃ」
染みついた習性とは真逆の言葉。 イリスは動けずに固まる。
だがダンブルドアの目は、厳格さを湛えながらも、少年のようにきらきらと輝いていた。
「ワシは見てみたいのじゃ。お主の限界を。そして、その限界まで挑む姿を支えたいと思っておる」
心に波紋が広がる。 ──魔法を使ってもよいのか? そんな思いが、ようやく芽生えた。
「よく考えて、答えを出すのじゃ」
そう言い残し、校長は背を向けて去っていった。
イリスはその背中を見送りながら思い出す。
──ボガートの授業。 恐怖に駆られ、思わず魔法を使ってしまった。 けれど、誰も彼女を痛めつけはしなかった。 人間相手ではなくとも魔法を使えた事実。 そして、無意識に“人間には使ってはいけない”と刷り込まれていたことに気づく。
夕食の時間。 考え込んだまま食事を口に運ぶ。 心ここにあらずの彼女の視線は、ふと黒いローブを追っていた。
スネイプが遠くを歩く姿。 それだけで胸が熱を帯びる。 昨日からおかしい。視線を追うたびに息苦しくなり、彼の纏う繊細な魔法の粒子が心地よく感じる。 なぜだろう。もっと近くにいたいと思ってしまう。
大広間を出た先で、その背中をまた見つけた。 無意識に立ち止まり、見つめてしまう。
──振り返るスネイプ。 冷たい瞳がこちらを射抜いた。
「……見世物ではないぞ」
低い声。鼻で笑うような響き。 それでも“気づかれていた”ことが胸をさらに熱くさせる。
彼はすぐに視線を逸らし、通り過ぎざまに吐き捨てた。
「……無駄に歩き回るな。面倒に巻き込まれる」
嫌味めいた忠告。 けれど、その裏に微かに混じる心配を感じ取ったイリスは、言葉を返せぬまま立ち尽くした。
残るのは、また強まった胸の鼓動だけだった。
ルーピンの授業は、評判どおり生徒を引き込む不思議な力があった。 柔らかな口調で語られる魔法生物の知識は、誰にとっても身近で実感しやすく、難解さを感じさせない。 だからこそ、生徒たちの目は自然と彼を追い、耳を傾ける。
──だが、イリスは違った。 昨夜から胸に残る熱のせいで、思考は定まらない。 目の前の言葉が耳に入っても、心には届かない。
授業が終わる直前、ルーピンの声が彼女を呼び止めた。
「ミス・イリス、少し残ってくれるかな」
生徒たちがぞろぞろと教室を出ていくなか、棒立ちのまま待つ。 静まり返った教室に、ルーピンが歩み寄る。
「先日の件──聞いている。危険な目に遭ったと」
穏やかな声色。しかしその奥には、鋭い観察が潜んでいた。
イリスは無言のまま視線を伏せる。 ルーピンはさらに近づき、優しく言葉を添える。
「君はまだ慣れていないだろう。一人で動くのは控えた方がいい。もし学びたいなら、ここに来るといい。僕と一緒なら安全だ」
──その言葉に、イリスは一瞬息を呑んだ。 もしかして、この人が……? スネイプが捕らえようとしている人物なのか?
そして、微かに漂う匂いに気づく。 あの夜の黒犬と、似た気配。
胸の奥がざわつき、彼女は早めに切り上げるように礼を言い、足早に教室を後にした。
───
廊下はしんとしていた。生徒たちは次の教室に向かったのだろう。 背後から視線を感じるようで、落ち着かない。 急ぎ足になるイリスの背を、ふいに呼び止める声があった。
「──不運じゃったな」
振り返ると、ダンブルドアが立っていた。 組み分けのとき以来、言葉を交わしていなかった人物。
「シリウス・ブラックとの件……お主にとって望まぬ出来事であったろう」
すべてを見透かすような声音だった。
「ひとつ、訊いてよいか。……なぜ、魔法を使わなんだ?」
その問いに、イリスの心が軋んだ。 忘れていた感覚が蘇る。
──魔法を使おうとすれば、指一本動かすことも許されなかった。 抵抗するたびに振り下ろされた鞭。 身体を汚され、痛みに沈められた夜。 逃げようとした瞬間に押し潰された希望。
何度も試みた。けれどその度に打ち砕かれた。 やがて魔法を使おうとする意志そのものを、心が封じるようになった。
「……そういう躾を受けたからです」
やっとの思いで搾り出した言葉。 脳裏に、男たちの下卑た笑いが蘇る。
ダンブルドアの瞳は細められたが、そこに憐れみはなかった。 静かに、しかし力強く告げる。
「ここでは違う。お主の力を封じる者は誰もおらぬし、その必要もない。 ここで学べば、自らの知識と技術を高められる。今のままでは、それは叶わぬのじゃ」
染みついた習性とは真逆の言葉。 イリスは動けずに固まる。
だがダンブルドアの目は、厳格さを湛えながらも、少年のようにきらきらと輝いていた。
「ワシは見てみたいのじゃ。お主の限界を。そして、その限界まで挑む姿を支えたいと思っておる」
心に波紋が広がる。 ──魔法を使ってもよいのか? そんな思いが、ようやく芽生えた。
「よく考えて、答えを出すのじゃ」
そう言い残し、校長は背を向けて去っていった。
イリスはその背中を見送りながら思い出す。
──ボガートの授業。 恐怖に駆られ、思わず魔法を使ってしまった。 けれど、誰も彼女を痛めつけはしなかった。 人間相手ではなくとも魔法を使えた事実。 そして、無意識に“人間には使ってはいけない”と刷り込まれていたことに気づく。
夕食の時間。 考え込んだまま食事を口に運ぶ。 心ここにあらずの彼女の視線は、ふと黒いローブを追っていた。
スネイプが遠くを歩く姿。 それだけで胸が熱を帯びる。 昨日からおかしい。視線を追うたびに息苦しくなり、彼の纏う繊細な魔法の粒子が心地よく感じる。 なぜだろう。もっと近くにいたいと思ってしまう。
大広間を出た先で、その背中をまた見つけた。 無意識に立ち止まり、見つめてしまう。
──振り返るスネイプ。 冷たい瞳がこちらを射抜いた。
「……見世物ではないぞ」
低い声。鼻で笑うような響き。 それでも“気づかれていた”ことが胸をさらに熱くさせる。
彼はすぐに視線を逸らし、通り過ぎざまに吐き捨てた。
「……無駄に歩き回るな。面倒に巻き込まれる」
嫌味めいた忠告。 けれど、その裏に微かに混じる心配を感じ取ったイリスは、言葉を返せぬまま立ち尽くした。
残るのは、また強まった胸の鼓動だけだった。
