特別編
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最後の灯
ホグワーツには、季節が幾度も巡った。
セブルス・スネイプは八十年を超える歳月を生き、
その黒髪には白が多く混じり、背筋はわずかに丸くなっていた。
しかし、その瞳の奥だけは若い頃のまま深い闇と光を湛えていた。
イリスは変わらなかった。
白い髪も、透き通る肌も、赤い瞳も。
時間が触れずに過ぎていったようだった。
ルーセンは外見だけなら二十歳ほどの青年。
だが実年齢は五十を迎えようとしている。
エルフの血が彼をゆっくりと育てていた。
三人の間に流れる時間は、不均等で、それでもひとつの家族だった。
───
ある日の午後。
スネイプの研究室。
灯りの落ちた瓶や古びた調合器具が、薄暗がりの中に静かに並んでいた。
かつて戦場のようだったこの部屋も、今では落ち着いた香りで満たされている。
スネイプは棚の前で瓶を整えようとしていた。
しかし手が震え、瓶のフタがうまく掴めない。
「……ちっ」
小さな苛立ちが喉奥でこぼれる。
その背に、柔らかな声が届いた。
「セブルス。代わるわ」
イリスが静かに近づき、彼の手から瓶をそっと受け取る。
彼女の指先はあの頃のまま滑らかで、瓶のフタも軽々と扱った。
「昔から思っていたけれど……あなたは整理が上手じゃないわね」
「黙れ。誰のせいで量が増えたと思っている」
「え? 私のせいなの?」
「当然だ。お前が毎日のように森から“珍しい素材だ”などと言って持ってくるからだ」
イリスは静かに笑い、棚の薬瓶をひとつずつ整理していく。
スネイプは彼女の横顔を見つめ、息を潜めた。
この光景を何度見たのだろう。
彼女が自分の乱雑さを黙って整えていく姿を。
自分の手元が効かなくなってからは、なおさらその姿が胸に染みた。
「セブルス」
イリスが振り返る。
「座っていて。あなた、今日は特に疲れている」
「……わかるのか」
「当然でしょう。あなたを何十年見てきたと思っているの」
スネイプはため息をつき、椅子にゆっくりと腰を下ろした。
椅子が小さく軋む。
イリスは彼の隣に立ち、その肩に手を置いた。
その動作の優しさに、彼の胸は小さく震えた。
「……本当に、変わらんな。お前は」
スネイプは呟いた。
「昔と同じだ。姿も、声も、触れた時の温度も……何も変わらん」
イリスは彼の肩に手を重ねたまま微笑む。
「ええ。変わらない。
でもあなたと過ごした時間だけは、確かに積み重なっているわ」
スネイプはふっと目を伏せた。
長すぎる人生。
ずっと孤独だと思っていた人生。
そのすべてを、この女が救ったのだと、老いてから改めて実感する。
───
ルーセンがホグワーツを卒業してから三年。
彼は森と人間界を結ぶ橋渡しとして動き出していた。
ある日の午後。
成人に近付いた外見のルーセンが研究室に訪れた。
実年齢は五十を越えているが、人間でいえばまだ二十。
「父さん、少し話してもいい?」
スネイプは書物から顔を上げた。
「仕事はどうした」
「してるよ。今日は森とホグワーツの新しい協定について……相談があって」
スネイプは何も言わず、息子を座らせた。
ルーセンが語る内容は、たいしたものだった。
価値観の異なる種族を繋ぐために、何をどう整えるべきか。
その視点には、イリスの森の血と、スネイプの厳密な思考が宿っていた。
「……父さん、聞いてる?」
「あぁ。お前は……ずいぶんと、成長したようだな」
ルーセンは少し照れたように笑った。
「あなたが父でよかった。
母さんも同じこと言ってた。
だから僕は、自分の歩む道を信じられる」
その言葉に、スネイプは深く目を伏せた。
胸に刺さるような痛みと、凄まじいほどの幸福が同時に押し寄せた。
「……愚かな息子だ」
声は震えていた。
ルーセンは微笑み、そっと立ち上がった。
「また来るよ、父さん」
扉が閉まると、スネイプは静かに呟いた。
「大人になるまで見届けられないと思っていたが……、予想以上に生きてしまったな。」
それは嬉しいことだった。
だが、長く生きることでより二人から離れたくないと感じてしまう。
それが厄介だった。
────
とある夜。
ふたりの寝室。
スネイプはベッドへ腰掛け、毛布を引き寄せていた。
その動作にも少し時間がかかる。
イリスがそっと手を添える。
「ゆっくりでいいのよ」
「……手を貸すな。老人扱いするな」
「あなたは老人でしょう?」
「黙れ」
それでもスネイプの声はわずかに笑っていた。
ふたりは体をピタリと横につけ、手を繋ぎ、灯りを落とした。
長い年月、毎晩こうして眠りについた。
だが──
この夜だけは、胸の奥が静かに強く疼いた。
眠気がこない。
まるで、何かを言わなければいけないと、深いところで引かれているようだった。
「……イリス」
「なぁに、セブルス」
スネイプはゆっくりと呼吸を整えた。
「……我輩は、そろそろ限界かもしれん」
イリスはその一言で、すべてを悟った。
瞳に涙が滲む。
しかし泣くことを選ばず、ただ彼の手を強く握った。
「セブルス……」
「聞け」
スネイプは声を震わせず、ただ静かに紡いだ。
「お前と生きた時間は……我輩の人生で最も価値あるものだった。
我輩のような人間が……人を愛し、愛されるなど……あり得ぬはずだった。
ましてや家族を、息子を持つことなど到底有り得なかったことだ。」
手を繋ぐ指が震える。
「お前は……我輩の生を救い、意味を与えた。
感謝している。
言葉では到底足りぬほどに。
……愛している。今でもお前と離れる覚悟が決まらぬ。
情けない男だ。……だが、これ以上幸せな事はない。
愛する者の傍で逝くというのは。」
イリスは溢れかけた涙を堪え、強く彼の手を包んだ。
「セブルス……
あなたこそ、私に生きる意味をくれたの。
あなたがいてくれたから、私は人の時間を知った。
嬉しさも、寂しさも、愛しさも……全部あなたが教えてくれた」
スネイプの目が揺れる。
「……愛しているわ、セブルス。
ずっと、これからも。」
「……分かっている。」
スネイプは微かに笑い、イリスの額へ静かなキスを落とした。
熱ではなく、永遠への印のような口づけだった。
「……話をしましょう」
イリスはそっと言った。
「眠りに落ちるまで……ずっと一緒に」
スネイプは静かに頷き、二人は長い夜を語り始めた。
マグルの裏路地で出会った夜。
二人が恋人になった日。
熱いキスを交わした日。
ダンブルドアを殺した日。
死喰い人になった日
救い、救われた日。
戦争が終わった日。
ルーセンが生まれた朝の光。
城と森を結んだ日々。
何十年もの記憶が、ひとつひとつ灯火のように語られていく。
やがて──
スネイプの声は細くなり、吐息に溶け始めた。
「セブルス……?」
「……あぁ」
「眠い?」
「……少し……な。
イリス……愛、している……」
その声があまりにも静かだった。
最後に、スネイプは囁いた。
「……よい人生だった。」
そして、彼は眠りへ落ちた。
イリスの手を握ったまま。
───
スネイプの寝息は、しばらく穏やかに続いていた。
深く、落ち着いていて、
毎晩のように聞いてきた安心の音。
しかし──
ひときわ長い吐息を残したあと、その息は静かに止まった。
胸の上下が消え、体の奥の火がふっと消えた。
「……セブルス」
返事はない。
あまりにも幸せで、温かで、静かな最期だった。
イリスの瞳から涙が落ちた。
何粒も大きな涙が止まらなかった。
頬を伝う涙は温かいのに、隣の男は静かに冷めていく。
「……ありがとう」
声が震えた。
「愛しているわ。
あなたに出会えて、本当に……よかった」
体はまだ温かい。
腕を抱けば、何度も眠りについた夜のままの感触が返る。
だが、その内側に宿っていた魂だけが、もういなかった。
その相反するふたつの事実がとても重苦しくイリスの心にのしかかる。
未練の無い証として肉体からすんなりと離れた魂。
それに安堵しつつも、やはり愛する者を失う痛みの方が大きく、涙は止められなかった。
先程まで言葉を紡いでいた。
柔らかで心地の良い声を発していた。
穏やかな寝息をたてていた。
つい数分前まで…。
予想出来ていた。それでもこれで本当の別れだと理解することを脳が拒否していた。
イリスは彼の胸に顔を埋め、夜が白むまで泣いた。
───
翌朝。
ホグワーツと、かつてスネイプに関わった人々に訃報が送られた。
その日の夕刻。
湖畔に黒檀の棺が置かれ、静かな葬儀が始まった。
壮麗でも派手でもない。
スネイプの望んだ通り、静かで深い葬儀だった。
かつての教え子たち、戦友たち、同僚たち。
老いたハリー、ハーマイオニー、ロン。
たくさんの顔が並ぶ。
ルーセンは棺の隣に立ち、唇を強く噛んでいた。
イリスが前に進み出ると、大広間が静まった。
「セブルス・スネイプという人は……
自分の価値を信じることが、最後まで苦手な人でした」
風が湖面を撫でる。
「でも私は知っています。
彼がどれほど強く、人を愛せる人だったかを。
そして……その愛がどれほど優しいものだったかを」
彼女は棺に手を添えた。
「彼と生きた時間は、私にとって永遠の宝物です。
彼は私の人生を照らし、ルーセンにとっても最高の父でした」
ルーセンが涙を落とす。
イリスは静かに目を閉じた。
「セブルス。
どうか安らかに眠って。
あなたの愛は消えないわ。
森にも、城にも……そして私たちの中に、ずっと」
湖の水面が揺れ、どこかで風鈴のような響きがした。
まるで彼が応えているかのようだった。
───
その夜、湖畔。
月の光を受けながら、イリスは静かに立っていた。
ハリー、ハーマイオニー、ロン、そしてルーセンが隣に寄り添う。
「母さん……父さんは、幸せだったかな」
ルーセンの声は震えていた。
イリスは湖を見つめ、穏やかに答える。
「ええ。
最後の夜にね……“よい人生だった”と、そう言ってくれたの」
ルーセンは涙をこぼし、頷いた。
そんな彼を慰めるようにハリーとロンが肩を抱いた。
ハーマイオニーもまた静かにイリスの手を握り皆がそれぞれの悲しみを分かちあっていた。
イリスは胸の指輪をそっと握り、月に向かって囁く。
「……セブルス。
あなたの灯は、まだ私の中で温かく灯っているわ」
風がそっと白い髪を揺らした。
あの夜、沢山話しをしたけれど、あなたの恐怖は薄れた?
あなたの最後の旅時に寂しくないように沢山話をしたの。
ひとりで天に昇る時、寂しくて戻ってこないように。
セブルス、長い時間待たせてしまうけど、私が傍に行くまで見守っていてくれる?
愛しているわ。セブルス。永遠に。
イリスは月を見上げながら静かに彼に語りかけた。
夜は静かに深まり、
その深さの中で、
スネイプの残した愛だけが確かに息づいていた。
ホグワーツには、季節が幾度も巡った。
セブルス・スネイプは八十年を超える歳月を生き、
その黒髪には白が多く混じり、背筋はわずかに丸くなっていた。
しかし、その瞳の奥だけは若い頃のまま深い闇と光を湛えていた。
イリスは変わらなかった。
白い髪も、透き通る肌も、赤い瞳も。
時間が触れずに過ぎていったようだった。
ルーセンは外見だけなら二十歳ほどの青年。
だが実年齢は五十を迎えようとしている。
エルフの血が彼をゆっくりと育てていた。
三人の間に流れる時間は、不均等で、それでもひとつの家族だった。
───
ある日の午後。
スネイプの研究室。
灯りの落ちた瓶や古びた調合器具が、薄暗がりの中に静かに並んでいた。
かつて戦場のようだったこの部屋も、今では落ち着いた香りで満たされている。
スネイプは棚の前で瓶を整えようとしていた。
しかし手が震え、瓶のフタがうまく掴めない。
「……ちっ」
小さな苛立ちが喉奥でこぼれる。
その背に、柔らかな声が届いた。
「セブルス。代わるわ」
イリスが静かに近づき、彼の手から瓶をそっと受け取る。
彼女の指先はあの頃のまま滑らかで、瓶のフタも軽々と扱った。
「昔から思っていたけれど……あなたは整理が上手じゃないわね」
「黙れ。誰のせいで量が増えたと思っている」
「え? 私のせいなの?」
「当然だ。お前が毎日のように森から“珍しい素材だ”などと言って持ってくるからだ」
イリスは静かに笑い、棚の薬瓶をひとつずつ整理していく。
スネイプは彼女の横顔を見つめ、息を潜めた。
この光景を何度見たのだろう。
彼女が自分の乱雑さを黙って整えていく姿を。
自分の手元が効かなくなってからは、なおさらその姿が胸に染みた。
「セブルス」
イリスが振り返る。
「座っていて。あなた、今日は特に疲れている」
「……わかるのか」
「当然でしょう。あなたを何十年見てきたと思っているの」
スネイプはため息をつき、椅子にゆっくりと腰を下ろした。
椅子が小さく軋む。
イリスは彼の隣に立ち、その肩に手を置いた。
その動作の優しさに、彼の胸は小さく震えた。
「……本当に、変わらんな。お前は」
スネイプは呟いた。
「昔と同じだ。姿も、声も、触れた時の温度も……何も変わらん」
イリスは彼の肩に手を重ねたまま微笑む。
「ええ。変わらない。
でもあなたと過ごした時間だけは、確かに積み重なっているわ」
スネイプはふっと目を伏せた。
長すぎる人生。
ずっと孤独だと思っていた人生。
そのすべてを、この女が救ったのだと、老いてから改めて実感する。
───
ルーセンがホグワーツを卒業してから三年。
彼は森と人間界を結ぶ橋渡しとして動き出していた。
ある日の午後。
成人に近付いた外見のルーセンが研究室に訪れた。
実年齢は五十を越えているが、人間でいえばまだ二十。
「父さん、少し話してもいい?」
スネイプは書物から顔を上げた。
「仕事はどうした」
「してるよ。今日は森とホグワーツの新しい協定について……相談があって」
スネイプは何も言わず、息子を座らせた。
ルーセンが語る内容は、たいしたものだった。
価値観の異なる種族を繋ぐために、何をどう整えるべきか。
その視点には、イリスの森の血と、スネイプの厳密な思考が宿っていた。
「……父さん、聞いてる?」
「あぁ。お前は……ずいぶんと、成長したようだな」
ルーセンは少し照れたように笑った。
「あなたが父でよかった。
母さんも同じこと言ってた。
だから僕は、自分の歩む道を信じられる」
その言葉に、スネイプは深く目を伏せた。
胸に刺さるような痛みと、凄まじいほどの幸福が同時に押し寄せた。
「……愚かな息子だ」
声は震えていた。
ルーセンは微笑み、そっと立ち上がった。
「また来るよ、父さん」
扉が閉まると、スネイプは静かに呟いた。
「大人になるまで見届けられないと思っていたが……、予想以上に生きてしまったな。」
それは嬉しいことだった。
だが、長く生きることでより二人から離れたくないと感じてしまう。
それが厄介だった。
────
とある夜。
ふたりの寝室。
スネイプはベッドへ腰掛け、毛布を引き寄せていた。
その動作にも少し時間がかかる。
イリスがそっと手を添える。
「ゆっくりでいいのよ」
「……手を貸すな。老人扱いするな」
「あなたは老人でしょう?」
「黙れ」
それでもスネイプの声はわずかに笑っていた。
ふたりは体をピタリと横につけ、手を繋ぎ、灯りを落とした。
長い年月、毎晩こうして眠りについた。
だが──
この夜だけは、胸の奥が静かに強く疼いた。
眠気がこない。
まるで、何かを言わなければいけないと、深いところで引かれているようだった。
「……イリス」
「なぁに、セブルス」
スネイプはゆっくりと呼吸を整えた。
「……我輩は、そろそろ限界かもしれん」
イリスはその一言で、すべてを悟った。
瞳に涙が滲む。
しかし泣くことを選ばず、ただ彼の手を強く握った。
「セブルス……」
「聞け」
スネイプは声を震わせず、ただ静かに紡いだ。
「お前と生きた時間は……我輩の人生で最も価値あるものだった。
我輩のような人間が……人を愛し、愛されるなど……あり得ぬはずだった。
ましてや家族を、息子を持つことなど到底有り得なかったことだ。」
手を繋ぐ指が震える。
「お前は……我輩の生を救い、意味を与えた。
感謝している。
言葉では到底足りぬほどに。
……愛している。今でもお前と離れる覚悟が決まらぬ。
情けない男だ。……だが、これ以上幸せな事はない。
愛する者の傍で逝くというのは。」
イリスは溢れかけた涙を堪え、強く彼の手を包んだ。
「セブルス……
あなたこそ、私に生きる意味をくれたの。
あなたがいてくれたから、私は人の時間を知った。
嬉しさも、寂しさも、愛しさも……全部あなたが教えてくれた」
スネイプの目が揺れる。
「……愛しているわ、セブルス。
ずっと、これからも。」
「……分かっている。」
スネイプは微かに笑い、イリスの額へ静かなキスを落とした。
熱ではなく、永遠への印のような口づけだった。
「……話をしましょう」
イリスはそっと言った。
「眠りに落ちるまで……ずっと一緒に」
スネイプは静かに頷き、二人は長い夜を語り始めた。
マグルの裏路地で出会った夜。
二人が恋人になった日。
熱いキスを交わした日。
ダンブルドアを殺した日。
死喰い人になった日
救い、救われた日。
戦争が終わった日。
ルーセンが生まれた朝の光。
城と森を結んだ日々。
何十年もの記憶が、ひとつひとつ灯火のように語られていく。
やがて──
スネイプの声は細くなり、吐息に溶け始めた。
「セブルス……?」
「……あぁ」
「眠い?」
「……少し……な。
イリス……愛、している……」
その声があまりにも静かだった。
最後に、スネイプは囁いた。
「……よい人生だった。」
そして、彼は眠りへ落ちた。
イリスの手を握ったまま。
───
スネイプの寝息は、しばらく穏やかに続いていた。
深く、落ち着いていて、
毎晩のように聞いてきた安心の音。
しかし──
ひときわ長い吐息を残したあと、その息は静かに止まった。
胸の上下が消え、体の奥の火がふっと消えた。
「……セブルス」
返事はない。
あまりにも幸せで、温かで、静かな最期だった。
イリスの瞳から涙が落ちた。
何粒も大きな涙が止まらなかった。
頬を伝う涙は温かいのに、隣の男は静かに冷めていく。
「……ありがとう」
声が震えた。
「愛しているわ。
あなたに出会えて、本当に……よかった」
体はまだ温かい。
腕を抱けば、何度も眠りについた夜のままの感触が返る。
だが、その内側に宿っていた魂だけが、もういなかった。
その相反するふたつの事実がとても重苦しくイリスの心にのしかかる。
未練の無い証として肉体からすんなりと離れた魂。
それに安堵しつつも、やはり愛する者を失う痛みの方が大きく、涙は止められなかった。
先程まで言葉を紡いでいた。
柔らかで心地の良い声を発していた。
穏やかな寝息をたてていた。
つい数分前まで…。
予想出来ていた。それでもこれで本当の別れだと理解することを脳が拒否していた。
イリスは彼の胸に顔を埋め、夜が白むまで泣いた。
───
翌朝。
ホグワーツと、かつてスネイプに関わった人々に訃報が送られた。
その日の夕刻。
湖畔に黒檀の棺が置かれ、静かな葬儀が始まった。
壮麗でも派手でもない。
スネイプの望んだ通り、静かで深い葬儀だった。
かつての教え子たち、戦友たち、同僚たち。
老いたハリー、ハーマイオニー、ロン。
たくさんの顔が並ぶ。
ルーセンは棺の隣に立ち、唇を強く噛んでいた。
イリスが前に進み出ると、大広間が静まった。
「セブルス・スネイプという人は……
自分の価値を信じることが、最後まで苦手な人でした」
風が湖面を撫でる。
「でも私は知っています。
彼がどれほど強く、人を愛せる人だったかを。
そして……その愛がどれほど優しいものだったかを」
彼女は棺に手を添えた。
「彼と生きた時間は、私にとって永遠の宝物です。
彼は私の人生を照らし、ルーセンにとっても最高の父でした」
ルーセンが涙を落とす。
イリスは静かに目を閉じた。
「セブルス。
どうか安らかに眠って。
あなたの愛は消えないわ。
森にも、城にも……そして私たちの中に、ずっと」
湖の水面が揺れ、どこかで風鈴のような響きがした。
まるで彼が応えているかのようだった。
───
その夜、湖畔。
月の光を受けながら、イリスは静かに立っていた。
ハリー、ハーマイオニー、ロン、そしてルーセンが隣に寄り添う。
「母さん……父さんは、幸せだったかな」
ルーセンの声は震えていた。
イリスは湖を見つめ、穏やかに答える。
「ええ。
最後の夜にね……“よい人生だった”と、そう言ってくれたの」
ルーセンは涙をこぼし、頷いた。
そんな彼を慰めるようにハリーとロンが肩を抱いた。
ハーマイオニーもまた静かにイリスの手を握り皆がそれぞれの悲しみを分かちあっていた。
イリスは胸の指輪をそっと握り、月に向かって囁く。
「……セブルス。
あなたの灯は、まだ私の中で温かく灯っているわ」
風がそっと白い髪を揺らした。
あの夜、沢山話しをしたけれど、あなたの恐怖は薄れた?
あなたの最後の旅時に寂しくないように沢山話をしたの。
ひとりで天に昇る時、寂しくて戻ってこないように。
セブルス、長い時間待たせてしまうけど、私が傍に行くまで見守っていてくれる?
愛しているわ。セブルス。永遠に。
イリスは月を見上げながら静かに彼に語りかけた。
夜は静かに深まり、
その深さの中で、
スネイプの残した愛だけが確かに息づいていた。
