特別編
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
3人家族(微裏あり)
※ルーセンが生まれてからの話です。
夜明け前の薄暗い2人の部屋は静かに息を潜めていた。
外の空はまだ青く、窓の向こうで朝の光がゆっくりと満ちていく。
その静寂の中で、新しい命の泣き声がようやく落ち着いたところだった。
イリスの胸の上には、小さな黒髪の赤子が乗っていた。
産声で震えていた体も、今は母の鼓動に寄り添うように穏やかに眠っている。
その黒髪は深い闇の色で、光が当たるとわずかに青みを帯びる。
肌は淡く明るく、赤ん坊とは思えないほど澄んだ白さを持っていた。
そして目をうっすらと開けば、イリスと同じ赤が揺らめく。
だが、眉間の皺の寄り方だけは、否応なく父親の血を感じさせた。
スネイプはその横で静かに座り、震える指先を伸ばす。
赤子の頬に触れるたび、胸の奥が痛むほど満たされる。
「……まったく、厄介な女だ。
我輩の静かな余生を……これで完全に奪った」
声は静かで、掠れ、どうしようもなく優しかった。
イリスは涙を拭いながら微笑む。
胸の上で眠る赤子を覗き込み、その声にそっと返す。
「セブルス……私は、あなたがいて良かったわ。
この子に……こうして出会えたのだから」
スネイプは一度だけ瞬きをし、その言葉を胸に吸い込んだ。
すぐには返せない。
言葉という形を取る前に、胸の奥で何度も響いてしまうから。
やがて彼は指先で赤子の眉間をそっとなぞり、低く呟く。
「……ルーセン・シルヴァン・スネイプ。
お前がこの名に何を刻むのか……我輩は見届けねばなるまい」
赤ん坊の眉間にまた小さなしわが寄る。
「ふふ。ほら、またあなたそっくり」
「不本意だ。まだ生後数分だぞ」
そう言いながらも、スネイプの視線は赤子から離れなかった。
その黒髪も、赤い瞳も、イリスの肌に溶け込む白さも。
すべてが奇跡のように思えた。
──この子が、イリスと自分の間に生まれた命なのか。
その事実が胸の奥をかき乱し、同時に救っていく。
スネイプはそっと手を伸ばし、イリスの髪を撫でた。
彼女の息は静かで、赤子と調和するようにゆっくりと落ちていた。
「……お前は、我輩の誇りだ」
その言葉を、イリスは確かに聞いた。
涙を落としながら、彼の手を握り返した。
彼らの最初の夜明けは、静かに、深く満ちていった。
───
ルーセンは穏やかな子だった。
泣く時は短く、眠りは深い。
ただ、赤い瞳だけは驚くほど敏感に二人を追いかけた。
スネイプは抱く手が異様に慎重で、
触れれば壊れてしまうのではと常に緊張していた。
「セブルス、そんなに固くならなくても大丈夫よ」
「……黙れ。落としたらどうする」
「落としません。あなたが抱いている間は絶対に」
スネイプは一度だけ眉をひそめ、小さく息を吐いた。
その腕は彼が思う以上に確かで、温かかった。
イリスが眠っている間は、スネイプが一晩中世話を見た。
歩き回ることも、薬の調合も、すべてその腕の中で行った。
背中を撫でれば静かになり、胸元に抱けば安心する。
スネイプは驚いたように呟いた。
「……我輩の声で泣き止むとは、どういうことだ」
「あなたの声、好きなのよ。きっとこの子も」
赤子は目を細めるように小さく笑い、
その瞬間、スネイプは言葉を完全に失った。
───
ルーセンが七ヶ月を迎えた頃。
体はゆっくりと育ち、見た目はまだ四ヶ月ほどの幼さだった。
その夜、珍しくルーセンはすぐ寝てくれた。
薄い寝息が部屋に満ち、静寂がふたりを包んだ。
その静寂の中、イリスはスネイプの肩にそっと手を置いた。
「……セブルス」
その声音は落ち着いていて、大人の余裕を帯びていた。
しかし、その奥にある微かな甘さは、彼にだけ向けられたものだった。
スネイプはゆっくりと顔を向ける。
薄明かりに照らされた彼の横顔は、緊張と迷いに揺れていた。
「……なんだ」
「今夜は……あなたの温もりが欲しい。」
その囁きは、火を纏った羽のように胸をかすめた。
スネイプの喉がわずかに鳴る。
彼の指先は動く前に、もう震えていた。
「……イリス。お前の体に負担が……。」
「平気よ。あなたを求めるのは、痛みから逃げたいからじゃない。
あなたを、愛しているから……」
その一言で、スネイプの呼吸がわずかに乱れた。
彼はゆっくりと手を伸ばし、イリスの頬を包む。
触れた瞬間、彼の指先は熱を帯びる。
イリスはその指に唇を寄せ、軽い口づけを落とした。
「……セブルス。ねぇ……来て。」
彼は、抗えなかった。
ゆっくりと、慎重に抱き寄せる。
柔らかな白い髪が胸に触れ、息が混じり合い、距離がほどけていく。
唇が触れたときの熱は、思いのほか深かった。
押し殺した吐息が重なり、イリスの指が彼の背をつたう。
その細い指が意図を持って彼の肩甲骨をなぞるたび、
スネイプの理性は静かにほどけていった。
「……壊れたりしない。もう知ってるでしょう?セブルス。
あなたの手は、私を傷つけるためのものじゃない」
スネイプは彼女をベッドへ導き、
その体に覆いかぶさるのではなく、
包み込むように寄り添った。
彼の唇は、いつもよりもずっと慎重だった。
ゆっくりと肩へ、鎖骨へ、迷うように落ちていき、
イリスはそのたびに小さな震えを返す。
体を重ねた瞬間、息が触れ合い、静かな熱が満ちていく。
声は決して大きくない。
むしろ、吐息とわずかなかすれだけで、互いのすべてが伝わった。
指の絡み方、肌が触れた瞬間の微かな反応、
押し殺した震えた吐息。
どれもが強烈に官能的で、どれもが静謐だった。
スネイプは耳元で低く囁く。
「……無理をするな。痛みがあれば言え」
「ええ。
でも、心配ばかり要らないわ。」
その言葉が彼の胸を深く刺し、同時に溶かした。
ゆっくり、けれど確かに。
ふたりは互いを求め合った。
イリスの指が彼の頬に触れる、
スネイプの手は腰を支えて深い呼吸を誘う。
声にならない声が混じり、
静かな夜の中でふたりの影がゆっくりと揺れた。
そして、互いを抱き締めたまま、
深いところでひとつに溶け合っていった。
「……セブルス……好きよ……」
「……黙れ……分かっている……」
吐息を重ねながら、
ふたりは長い孤独の隙間を温もりで閉じ合った。
夜は深く、静かに満ちていった。
───
翌月。
ルーセンはようやくハイハイを始めた。
黒髪の頭が小さく揺れ、赤い瞳を輝かせながら前へ進む。
その速度は驚くほどゆっくりで、慎重だった。
まるでスネイプの“観察してから動く”癖を受け継いだように。
スネイプは片膝をつき、
その小さな背に手を添えながら静かに言った。
「……急ぐな。ゆっくりでいい」
その声にルーセンは振り返り、
嬉しそうに小さく笑った。
イリスはその様子を見て、そっと肩に触れた。
「ねぇ、セブルス。
この子、本当にあなたが好きなのね」
「……知らん」
照れ隠しするように、無愛想に答えるスネイプ。
イリスは微笑んだ。
「ふたりとも……似てるわ」
スネイプはわずかに眉を寄せ、
それでも否定はしなかった。
──この小さな背を、必ず守り抜く。
その誓いが、胸の奥でひどく静かに燃えていた。
────
一年が過ぎ、
ルーセンはようやく立つようになった。
“ようやく”という言葉が正しいほど、
その成長はゆっくりで、穏やかだった。
見た目はまだ八ヶ月ほどの幼さで、
体も軽く、手足も短い。
それでも──
彼は確かに一歩を踏み出した。
よち、と小さな足が床を押す。
バランスを崩し、前のめりに倒れかける。
イリスが慌てて手を伸ばそうとしたその瞬間、
スネイプが先に彼を抱きとめた。
黒いローブの胸に包まれ、
ルーセンは小さく息を呑む。
「……無茶をするな」
「セブルス、歩き始めたばかりなんだもの。
少しずつでいいのよ」
「“少しずつ”と言いながら転ぶのが目に見えている」
そう言いつつも、
腕の中でルーセンを抱く手つきは驚くほど優しかった。
イリスはその横でそっと彼の腕に手を重ねる。
「……あなたの腕は、本当に温かいわね。
この子、安心しきっているもの」
スネイプは返事をしない。
ただ、抱いたまま瞬きをひとつだけ落とした。
それが、彼なりの肯定だった。
───
三年が過ぎた。
子どものはずなのに、
ルーセンの見た目はまだ一歳半ほどだった。
エルフの血を継ぐ者は成長が緩やかだ、と
イリスから聞いていたが、
それを目の当たりにすると、
スネイプは胸の奥で何か重く沈むものを覚えた。
ルーセンは石床につかまり、
小さな声で母を呼ぶ。
「……ま」
そして次に、
父を呼んだ。
「……ぶぁ、ぶぁ」
まだ舌の回りは拙く、
名前とは言い難い。
だが、
その一音だけでスネイプは
完全に息を失った。
「……セブルス。呼んだわ」
「……偶然だ」
「いいえ。あなたを呼んだのよ」
ルーセンは父のローブを掴み、
赤い目で見上げてくる。
小さな指先。
頼るような眼差し。
存在そのものすべてで、彼を求めていた。
スネイプの胸の奥で、
静かな決壊が起きた。
「……困った子だ」
そう呟き、
抱き上げる腕がほんの少し強くなる。
イリスはその横顔を見て目を細め、
そっと肩に頭を預けた。
「あなたが父で……よかった。」
スネイプはそっと彼女の手を握る。
「我輩もだ。この子と……お前と……
こうして生きられることが。」
一瞬、彼の声が揺れた。
───
ルーセンが十五歳になったとき。
見た目は、ようやく五歳ほどだった。
小さな手。
あどけない顔。
幼い歩幅のまま、父と母の後ろをついて歩く。
それがエルフの成長特性であることは知っていた。
だが──
十五年の重みをその小さな姿に重ねた瞬間、
スネイプは初めて悟ってしまった。
この子が大人の姿になる頃、
自分はもう、この世にいないかもしれない。
そう悟った瞬間、彼の世界は酷く静かに崩れた。
その夜。
ルーセンは寝息を立て、
イリスはその隣で横たわり彼の髪を撫で、
スネイプはベッドの端に腰をかけていた。
月明かりが彼の横顔に落ちる。
「……セブルス?」
イリスが気づく。
彼の肩が微かに震えていることに。
スネイプはしばらく黙り、
ゆっくりと息を吐く。
「……我輩は……
あの子が大人になるまで……
そばにいてやれぬのではないかと思った。」
その声は苦く、静かに砕けていた。
イリスはルーセンからそっと離れ、彼の隣に腰を下ろす。
そして静かに彼の手を握り、胸に引き寄せる。
「……セブルス。あなたは“永遠”ではない。
でもそれは誰にでも訪れるものよ。」
スネイプは目を伏せる。
「だが……お前たちを残して……」
「残すんじゃないわ。
あなたは、ルーセンの中に残るの。
あなたの手、あなたの声、あなたの魔法、
そして……あなたがこの子にくれた時間全部が」
イリスは静かに彼の頬を撫でる。
スネイプは何度も瞬きをした。
泣くことはなかった。
けれど、胸が痛いほど熱かった。
イリスはさらに寄り添い、
彼の肩に額を預けた。
「大人になるまで見届けられないかもしれない。
でも……この子はあなたに愛されたことを忘れないはずよ。」
「……イリス」
「父がどんな人だったか、
どんな声で笑い、どんな腕で抱いたか、
全部覚えているのよ。
あなたは、永遠じゃないけれど。
あなたの愛は、ずっと残るわ」
スネイプはその言葉に耐えきれず、
イリスを抱き寄せた。
しがみつくように。
壊れ物に触れるように。
深い悲しみと深い愛が混ざった抱擁だった。
イリスはその胸に顔を埋め、静かに微笑む。
「……あなたが父になってくれて、
本当に良かった」
スネイプは目を閉じ、
額を彼女の髪へそっと押し当てた。
「……我輩もだ。お前と……この子と……
生きられたことが……どれほどの幸せか。」
その声は震えながら、
確かな温もりを宿していた。
「だが、お前たちを残してしまうのは……」
スネイプが言葉を詰まらせた瞬間、イリスは彼を強く抱きしめた。
イリスが鼻をすする。
その時ようやくスネイプは理解した。
自身が家族を置いて逝ってしまう辛さを感じているように、彼女もまた残される者としての辛さを想像してしまったことに。
その想いを返すように、縋るように彼もイリスを強く、強く抱き寄せた。
「イリス、すまない。
お前と離れるのだけはいつまで経っても覚悟が出来ぬ。」
「セブルス……。」
その夜。
三人の影は月明かりの中で寄り添い、
静かに、確かに、
一つの家族の形を刻んでいった。
※ルーセンが生まれてからの話です。
夜明け前の薄暗い2人の部屋は静かに息を潜めていた。
外の空はまだ青く、窓の向こうで朝の光がゆっくりと満ちていく。
その静寂の中で、新しい命の泣き声がようやく落ち着いたところだった。
イリスの胸の上には、小さな黒髪の赤子が乗っていた。
産声で震えていた体も、今は母の鼓動に寄り添うように穏やかに眠っている。
その黒髪は深い闇の色で、光が当たるとわずかに青みを帯びる。
肌は淡く明るく、赤ん坊とは思えないほど澄んだ白さを持っていた。
そして目をうっすらと開けば、イリスと同じ赤が揺らめく。
だが、眉間の皺の寄り方だけは、否応なく父親の血を感じさせた。
スネイプはその横で静かに座り、震える指先を伸ばす。
赤子の頬に触れるたび、胸の奥が痛むほど満たされる。
「……まったく、厄介な女だ。
我輩の静かな余生を……これで完全に奪った」
声は静かで、掠れ、どうしようもなく優しかった。
イリスは涙を拭いながら微笑む。
胸の上で眠る赤子を覗き込み、その声にそっと返す。
「セブルス……私は、あなたがいて良かったわ。
この子に……こうして出会えたのだから」
スネイプは一度だけ瞬きをし、その言葉を胸に吸い込んだ。
すぐには返せない。
言葉という形を取る前に、胸の奥で何度も響いてしまうから。
やがて彼は指先で赤子の眉間をそっとなぞり、低く呟く。
「……ルーセン・シルヴァン・スネイプ。
お前がこの名に何を刻むのか……我輩は見届けねばなるまい」
赤ん坊の眉間にまた小さなしわが寄る。
「ふふ。ほら、またあなたそっくり」
「不本意だ。まだ生後数分だぞ」
そう言いながらも、スネイプの視線は赤子から離れなかった。
その黒髪も、赤い瞳も、イリスの肌に溶け込む白さも。
すべてが奇跡のように思えた。
──この子が、イリスと自分の間に生まれた命なのか。
その事実が胸の奥をかき乱し、同時に救っていく。
スネイプはそっと手を伸ばし、イリスの髪を撫でた。
彼女の息は静かで、赤子と調和するようにゆっくりと落ちていた。
「……お前は、我輩の誇りだ」
その言葉を、イリスは確かに聞いた。
涙を落としながら、彼の手を握り返した。
彼らの最初の夜明けは、静かに、深く満ちていった。
───
ルーセンは穏やかな子だった。
泣く時は短く、眠りは深い。
ただ、赤い瞳だけは驚くほど敏感に二人を追いかけた。
スネイプは抱く手が異様に慎重で、
触れれば壊れてしまうのではと常に緊張していた。
「セブルス、そんなに固くならなくても大丈夫よ」
「……黙れ。落としたらどうする」
「落としません。あなたが抱いている間は絶対に」
スネイプは一度だけ眉をひそめ、小さく息を吐いた。
その腕は彼が思う以上に確かで、温かかった。
イリスが眠っている間は、スネイプが一晩中世話を見た。
歩き回ることも、薬の調合も、すべてその腕の中で行った。
背中を撫でれば静かになり、胸元に抱けば安心する。
スネイプは驚いたように呟いた。
「……我輩の声で泣き止むとは、どういうことだ」
「あなたの声、好きなのよ。きっとこの子も」
赤子は目を細めるように小さく笑い、
その瞬間、スネイプは言葉を完全に失った。
───
ルーセンが七ヶ月を迎えた頃。
体はゆっくりと育ち、見た目はまだ四ヶ月ほどの幼さだった。
その夜、珍しくルーセンはすぐ寝てくれた。
薄い寝息が部屋に満ち、静寂がふたりを包んだ。
その静寂の中、イリスはスネイプの肩にそっと手を置いた。
「……セブルス」
その声音は落ち着いていて、大人の余裕を帯びていた。
しかし、その奥にある微かな甘さは、彼にだけ向けられたものだった。
スネイプはゆっくりと顔を向ける。
薄明かりに照らされた彼の横顔は、緊張と迷いに揺れていた。
「……なんだ」
「今夜は……あなたの温もりが欲しい。」
その囁きは、火を纏った羽のように胸をかすめた。
スネイプの喉がわずかに鳴る。
彼の指先は動く前に、もう震えていた。
「……イリス。お前の体に負担が……。」
「平気よ。あなたを求めるのは、痛みから逃げたいからじゃない。
あなたを、愛しているから……」
その一言で、スネイプの呼吸がわずかに乱れた。
彼はゆっくりと手を伸ばし、イリスの頬を包む。
触れた瞬間、彼の指先は熱を帯びる。
イリスはその指に唇を寄せ、軽い口づけを落とした。
「……セブルス。ねぇ……来て。」
彼は、抗えなかった。
ゆっくりと、慎重に抱き寄せる。
柔らかな白い髪が胸に触れ、息が混じり合い、距離がほどけていく。
唇が触れたときの熱は、思いのほか深かった。
押し殺した吐息が重なり、イリスの指が彼の背をつたう。
その細い指が意図を持って彼の肩甲骨をなぞるたび、
スネイプの理性は静かにほどけていった。
「……壊れたりしない。もう知ってるでしょう?セブルス。
あなたの手は、私を傷つけるためのものじゃない」
スネイプは彼女をベッドへ導き、
その体に覆いかぶさるのではなく、
包み込むように寄り添った。
彼の唇は、いつもよりもずっと慎重だった。
ゆっくりと肩へ、鎖骨へ、迷うように落ちていき、
イリスはそのたびに小さな震えを返す。
体を重ねた瞬間、息が触れ合い、静かな熱が満ちていく。
声は決して大きくない。
むしろ、吐息とわずかなかすれだけで、互いのすべてが伝わった。
指の絡み方、肌が触れた瞬間の微かな反応、
押し殺した震えた吐息。
どれもが強烈に官能的で、どれもが静謐だった。
スネイプは耳元で低く囁く。
「……無理をするな。痛みがあれば言え」
「ええ。
でも、心配ばかり要らないわ。」
その言葉が彼の胸を深く刺し、同時に溶かした。
ゆっくり、けれど確かに。
ふたりは互いを求め合った。
イリスの指が彼の頬に触れる、
スネイプの手は腰を支えて深い呼吸を誘う。
声にならない声が混じり、
静かな夜の中でふたりの影がゆっくりと揺れた。
そして、互いを抱き締めたまま、
深いところでひとつに溶け合っていった。
「……セブルス……好きよ……」
「……黙れ……分かっている……」
吐息を重ねながら、
ふたりは長い孤独の隙間を温もりで閉じ合った。
夜は深く、静かに満ちていった。
───
翌月。
ルーセンはようやくハイハイを始めた。
黒髪の頭が小さく揺れ、赤い瞳を輝かせながら前へ進む。
その速度は驚くほどゆっくりで、慎重だった。
まるでスネイプの“観察してから動く”癖を受け継いだように。
スネイプは片膝をつき、
その小さな背に手を添えながら静かに言った。
「……急ぐな。ゆっくりでいい」
その声にルーセンは振り返り、
嬉しそうに小さく笑った。
イリスはその様子を見て、そっと肩に触れた。
「ねぇ、セブルス。
この子、本当にあなたが好きなのね」
「……知らん」
照れ隠しするように、無愛想に答えるスネイプ。
イリスは微笑んだ。
「ふたりとも……似てるわ」
スネイプはわずかに眉を寄せ、
それでも否定はしなかった。
──この小さな背を、必ず守り抜く。
その誓いが、胸の奥でひどく静かに燃えていた。
────
一年が過ぎ、
ルーセンはようやく立つようになった。
“ようやく”という言葉が正しいほど、
その成長はゆっくりで、穏やかだった。
見た目はまだ八ヶ月ほどの幼さで、
体も軽く、手足も短い。
それでも──
彼は確かに一歩を踏み出した。
よち、と小さな足が床を押す。
バランスを崩し、前のめりに倒れかける。
イリスが慌てて手を伸ばそうとしたその瞬間、
スネイプが先に彼を抱きとめた。
黒いローブの胸に包まれ、
ルーセンは小さく息を呑む。
「……無茶をするな」
「セブルス、歩き始めたばかりなんだもの。
少しずつでいいのよ」
「“少しずつ”と言いながら転ぶのが目に見えている」
そう言いつつも、
腕の中でルーセンを抱く手つきは驚くほど優しかった。
イリスはその横でそっと彼の腕に手を重ねる。
「……あなたの腕は、本当に温かいわね。
この子、安心しきっているもの」
スネイプは返事をしない。
ただ、抱いたまま瞬きをひとつだけ落とした。
それが、彼なりの肯定だった。
───
三年が過ぎた。
子どものはずなのに、
ルーセンの見た目はまだ一歳半ほどだった。
エルフの血を継ぐ者は成長が緩やかだ、と
イリスから聞いていたが、
それを目の当たりにすると、
スネイプは胸の奥で何か重く沈むものを覚えた。
ルーセンは石床につかまり、
小さな声で母を呼ぶ。
「……ま」
そして次に、
父を呼んだ。
「……ぶぁ、ぶぁ」
まだ舌の回りは拙く、
名前とは言い難い。
だが、
その一音だけでスネイプは
完全に息を失った。
「……セブルス。呼んだわ」
「……偶然だ」
「いいえ。あなたを呼んだのよ」
ルーセンは父のローブを掴み、
赤い目で見上げてくる。
小さな指先。
頼るような眼差し。
存在そのものすべてで、彼を求めていた。
スネイプの胸の奥で、
静かな決壊が起きた。
「……困った子だ」
そう呟き、
抱き上げる腕がほんの少し強くなる。
イリスはその横顔を見て目を細め、
そっと肩に頭を預けた。
「あなたが父で……よかった。」
スネイプはそっと彼女の手を握る。
「我輩もだ。この子と……お前と……
こうして生きられることが。」
一瞬、彼の声が揺れた。
───
ルーセンが十五歳になったとき。
見た目は、ようやく五歳ほどだった。
小さな手。
あどけない顔。
幼い歩幅のまま、父と母の後ろをついて歩く。
それがエルフの成長特性であることは知っていた。
だが──
十五年の重みをその小さな姿に重ねた瞬間、
スネイプは初めて悟ってしまった。
この子が大人の姿になる頃、
自分はもう、この世にいないかもしれない。
そう悟った瞬間、彼の世界は酷く静かに崩れた。
その夜。
ルーセンは寝息を立て、
イリスはその隣で横たわり彼の髪を撫で、
スネイプはベッドの端に腰をかけていた。
月明かりが彼の横顔に落ちる。
「……セブルス?」
イリスが気づく。
彼の肩が微かに震えていることに。
スネイプはしばらく黙り、
ゆっくりと息を吐く。
「……我輩は……
あの子が大人になるまで……
そばにいてやれぬのではないかと思った。」
その声は苦く、静かに砕けていた。
イリスはルーセンからそっと離れ、彼の隣に腰を下ろす。
そして静かに彼の手を握り、胸に引き寄せる。
「……セブルス。あなたは“永遠”ではない。
でもそれは誰にでも訪れるものよ。」
スネイプは目を伏せる。
「だが……お前たちを残して……」
「残すんじゃないわ。
あなたは、ルーセンの中に残るの。
あなたの手、あなたの声、あなたの魔法、
そして……あなたがこの子にくれた時間全部が」
イリスは静かに彼の頬を撫でる。
スネイプは何度も瞬きをした。
泣くことはなかった。
けれど、胸が痛いほど熱かった。
イリスはさらに寄り添い、
彼の肩に額を預けた。
「大人になるまで見届けられないかもしれない。
でも……この子はあなたに愛されたことを忘れないはずよ。」
「……イリス」
「父がどんな人だったか、
どんな声で笑い、どんな腕で抱いたか、
全部覚えているのよ。
あなたは、永遠じゃないけれど。
あなたの愛は、ずっと残るわ」
スネイプはその言葉に耐えきれず、
イリスを抱き寄せた。
しがみつくように。
壊れ物に触れるように。
深い悲しみと深い愛が混ざった抱擁だった。
イリスはその胸に顔を埋め、静かに微笑む。
「……あなたが父になってくれて、
本当に良かった」
スネイプは目を閉じ、
額を彼女の髪へそっと押し当てた。
「……我輩もだ。お前と……この子と……
生きられたことが……どれほどの幸せか。」
その声は震えながら、
確かな温もりを宿していた。
「だが、お前たちを残してしまうのは……」
スネイプが言葉を詰まらせた瞬間、イリスは彼を強く抱きしめた。
イリスが鼻をすする。
その時ようやくスネイプは理解した。
自身が家族を置いて逝ってしまう辛さを感じているように、彼女もまた残される者としての辛さを想像してしまったことに。
その想いを返すように、縋るように彼もイリスを強く、強く抱き寄せた。
「イリス、すまない。
お前と離れるのだけはいつまで経っても覚悟が出来ぬ。」
「セブルス……。」
その夜。
三人の影は月明かりの中で寄り添い、
静かに、確かに、
一つの家族の形を刻んでいった。
