第1章 アズカバンの囚人
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第16話嘘と真実の狭間で(今回から分かるように追加しました。)
夜。 地下の調合室では、スネイプが満月に備えた薬を作っていた。 鍋の表面を淡く波打つ銀色の液体。苦みを帯びた香気が立ちのぼる。 ひとさじの狂いも許されないほど繊細な調合を、彼は迷いなく仕上げていく。
最後の一滴を垂らし、杖で静かにかき混ぜる。 液面が均一に光を宿した瞬間、彼は満足げに息を吐いた。
だが――視界の端に、白い影。 机の足元に、イリスの蛇がいた。飼い主も連れず、ただ静かにそこにいる。
「……何のつもりだ」
しゃがみ込み、首根っこを掴み上げる。と、その目が鋭く彼を射抜いた。
瞬間、映像が脳裏を焼いた。 ──牙を剥く黒い犬 ──紅い瞳を見開き、踵を返すエルフ。その背後から距離を詰める黒い犬。
考える間もなくスネイプの体は走り出していた。 また、失うのか……? 胸に走るのはかつて刻まれた痛みだった。
そして辿り着いた矢先に目に飛び込んだのは背中を鋭い鉤爪で裂かれる瞬間のイリスだった。
イリスはそのまま前に倒れ込む。その光景がやけにゆっくりに見えた。
うつ伏せに倒れたイリスの指先が、自分の靴を掠めた。
スネイプは血の気が引く。心臓がより激しく鼓動する。
だが、イリスは痛がる様子もなく、出血も見えない。幸い怪我はなく、裂かれたのはローブだけだった。
安堵の息が胸に広がると同時に、それはふつふつと湧き上がる怒りに変わった。
「……囚人が、ここまでのこのこと現れるとはな」
杖を構え、睨みつける。 そこにいたのは巨大な黒犬――シリウス・ブラック。 その眼は憎悪と嘲笑に濡れている。
「一体誰の手引きだ?……大方、あの男の仕業だろうな」
吐き捨てる。脳裏に浮かぶのは闇の防衛術担当のルーピン。甘ったるい言葉で誰かを庇う姿。
スネイプはゆっくりとイリスの前へ移動する。 イリスは慌てて立ち上がり、無意識にスネイプのローブを掴んだ。
それを見た黒犬は、嘲笑う。
「おいおい、スニベルス……学生までたぶらかすとはな」
「黙れ」
低く唸る声。杖を振るい、閃光を放つ。
黒犬──シリウス・ブラックは素早く飛び退いた。 耳をぴくりと動かし、遠くから響く生徒たちの声を聞き取ると、苦々しく笑った。
「……今はやめておこう」
その言葉を残し、闇の中へ駆け去った。
スネイプは杖を下ろし、深く息を吐く。 危機は去ったが、胸の奥に残るのは怒りと不快感だった。 ──あの男。 過去の記憶が胸を抉る。罵声、笑い、辱め。 未だに自分を不愉快にする存在。
最後に残ったのは爪痕だらけの絵画と、息を詰めるイリス。 夕食の時間は終わり直ぐにここに生徒たちが来る...。
「……ここから離れろ。面倒になる」
そう吐き捨て、背を向ける。
やがて遠くで悲鳴が上がった。ファット・レディの無惨な絵を見つけたのだろう。 スネイプは足を止め、低く告げる。
「今回のことは他言無用だ。……絶対にだぞ」
その背にイリスがぶつかり、小さな声を漏らした。
「う……あっ……」
振り返らず、冷徹に言葉を落とす。
「我輩が証拠を掴む。口を挟むな」
今、あいつの存在を捕えられる訳には行かないのだから。 そしてそのまま、スネイプは闇に消えた。
──
「……ファット・レディに何をした!」
声が飛ぶ。 教室を出た途端、イリスは生徒たちに囲まれていた。
「シリウス・ブラックと繋がってるんだろ!」
「一緒にいたって聞いたぞ!」
「……シリウス……?」
初めて聞く名。 昨夜の黒犬と、その響きが繋がる。紅い瞳を見開くが、すぐに否定した。
「違う。……ただ居合わせただけ」
だがその言葉は、動揺を隠す嘘にしか聞こえなかったようだ。
「ほら見ろ! 誤魔化してる!」
「やっぱり怪しいんだ!」
口々に浴びせられる罵声。 イリスは混乱した。 ──事実を言ったのに、なぜ信じない? 嘘だと言われ事実を受け止めてもらえない。 エルフの世界では有り得ぬ理不尽...。
事実を伝えても人間にとってはそうは聞こえないのか... そう思うと正す言葉も出なくなり、イリス胸の奥に恐怖が広がっていく。
「……見苦しいな」
不機嫌そうな低い声が割り込んだ。 スネイプだった。
「多数で囲んで、異質な存在を責め立てるとは……愚かしいにも程がある」
「でも先生!」
グリフィンドールの生徒が反論する。
「ファット・レディは、このエルフも一緒にいたと証言したんです! 誰とも関わらないのだって怪しい証拠です!」
「馬鹿馬鹿しい」
スネイプは鼻で笑った。
「ではなぜ、ミス・イリスのローブが切り裂かれている? 我輩には、襲撃の痕跡にしか見えんが」
生徒たちは一瞬黙り込む。だが、また声が上がる。 「でも怪我がない! 自作自演だってあり得る!」
「……奇跡的に済むこともある。そんな想像もできんのか。これだからグリフィンドールは……」
毒を含んだ声に、生徒たちは押し黙った。 やがて熱は冷め、ぞろぞろと散っていく。
残されたのは、スネイプとイリスだけ。
「……一体何をしているのだ、ミス・イリス」
呆れを隠さない声音。
「……もっと人間を知れ」
スネイプは短く言い放ち、背を向けた。
「待って!」
思わず声が出たイリス。
「……私には分からないから。ちゃんと教えてください。なぜ昨夜のことを隠す必要があるのか」
沈黙。冷たい拒絶。 けれど、イリスは続ける。
「エルフは嘘をつきませんし、隠しもしません。必要がないから。……でも、理由があるなら守ります。エルフは約束を破らないから」
その真っ直ぐな瞳に、スネイプは一瞬だけ言葉を失った。
「……ふん。好きにしろ」
鼻を鳴らし、再び歩き出す。
イリスは小さく息をつき、彼の背を追った。
──魔法薬学の教室。 扉を閉じ、外の声を遮断すると、無愛想に椅子を指し示すスネイプ。 「座れ」
そこから彼は短く語った。 ルーピンと囚人の繋がりを疑っていること。確証を掴むために動いていること。
イリスはすべてを理解できるわけではなかった。 けれど──ただの隠蔽ではなく、意味がある行為なのだと知り、胸の中で重く固まっていたものがほどけていく。
昨夜、自分を庇い、生徒たちの疑いを払った。 そのことへの感謝とは別に、胸が熱を帯びる。
夜。 地下の調合室では、スネイプが満月に備えた薬を作っていた。 鍋の表面を淡く波打つ銀色の液体。苦みを帯びた香気が立ちのぼる。 ひとさじの狂いも許されないほど繊細な調合を、彼は迷いなく仕上げていく。
最後の一滴を垂らし、杖で静かにかき混ぜる。 液面が均一に光を宿した瞬間、彼は満足げに息を吐いた。
だが――視界の端に、白い影。 机の足元に、イリスの蛇がいた。飼い主も連れず、ただ静かにそこにいる。
「……何のつもりだ」
しゃがみ込み、首根っこを掴み上げる。と、その目が鋭く彼を射抜いた。
瞬間、映像が脳裏を焼いた。 ──牙を剥く黒い犬 ──紅い瞳を見開き、踵を返すエルフ。その背後から距離を詰める黒い犬。
考える間もなくスネイプの体は走り出していた。 また、失うのか……? 胸に走るのはかつて刻まれた痛みだった。
そして辿り着いた矢先に目に飛び込んだのは背中を鋭い鉤爪で裂かれる瞬間のイリスだった。
イリスはそのまま前に倒れ込む。その光景がやけにゆっくりに見えた。
うつ伏せに倒れたイリスの指先が、自分の靴を掠めた。
スネイプは血の気が引く。心臓がより激しく鼓動する。
だが、イリスは痛がる様子もなく、出血も見えない。幸い怪我はなく、裂かれたのはローブだけだった。
安堵の息が胸に広がると同時に、それはふつふつと湧き上がる怒りに変わった。
「……囚人が、ここまでのこのこと現れるとはな」
杖を構え、睨みつける。 そこにいたのは巨大な黒犬――シリウス・ブラック。 その眼は憎悪と嘲笑に濡れている。
「一体誰の手引きだ?……大方、あの男の仕業だろうな」
吐き捨てる。脳裏に浮かぶのは闇の防衛術担当のルーピン。甘ったるい言葉で誰かを庇う姿。
スネイプはゆっくりとイリスの前へ移動する。 イリスは慌てて立ち上がり、無意識にスネイプのローブを掴んだ。
それを見た黒犬は、嘲笑う。
「おいおい、スニベルス……学生までたぶらかすとはな」
「黙れ」
低く唸る声。杖を振るい、閃光を放つ。
黒犬──シリウス・ブラックは素早く飛び退いた。 耳をぴくりと動かし、遠くから響く生徒たちの声を聞き取ると、苦々しく笑った。
「……今はやめておこう」
その言葉を残し、闇の中へ駆け去った。
スネイプは杖を下ろし、深く息を吐く。 危機は去ったが、胸の奥に残るのは怒りと不快感だった。 ──あの男。 過去の記憶が胸を抉る。罵声、笑い、辱め。 未だに自分を不愉快にする存在。
最後に残ったのは爪痕だらけの絵画と、息を詰めるイリス。 夕食の時間は終わり直ぐにここに生徒たちが来る...。
「……ここから離れろ。面倒になる」
そう吐き捨て、背を向ける。
やがて遠くで悲鳴が上がった。ファット・レディの無惨な絵を見つけたのだろう。 スネイプは足を止め、低く告げる。
「今回のことは他言無用だ。……絶対にだぞ」
その背にイリスがぶつかり、小さな声を漏らした。
「う……あっ……」
振り返らず、冷徹に言葉を落とす。
「我輩が証拠を掴む。口を挟むな」
今、あいつの存在を捕えられる訳には行かないのだから。 そしてそのまま、スネイプは闇に消えた。
──
「……ファット・レディに何をした!」
声が飛ぶ。 教室を出た途端、イリスは生徒たちに囲まれていた。
「シリウス・ブラックと繋がってるんだろ!」
「一緒にいたって聞いたぞ!」
「……シリウス……?」
初めて聞く名。 昨夜の黒犬と、その響きが繋がる。紅い瞳を見開くが、すぐに否定した。
「違う。……ただ居合わせただけ」
だがその言葉は、動揺を隠す嘘にしか聞こえなかったようだ。
「ほら見ろ! 誤魔化してる!」
「やっぱり怪しいんだ!」
口々に浴びせられる罵声。 イリスは混乱した。 ──事実を言ったのに、なぜ信じない? 嘘だと言われ事実を受け止めてもらえない。 エルフの世界では有り得ぬ理不尽...。
事実を伝えても人間にとってはそうは聞こえないのか... そう思うと正す言葉も出なくなり、イリス胸の奥に恐怖が広がっていく。
「……見苦しいな」
不機嫌そうな低い声が割り込んだ。 スネイプだった。
「多数で囲んで、異質な存在を責め立てるとは……愚かしいにも程がある」
「でも先生!」
グリフィンドールの生徒が反論する。
「ファット・レディは、このエルフも一緒にいたと証言したんです! 誰とも関わらないのだって怪しい証拠です!」
「馬鹿馬鹿しい」
スネイプは鼻で笑った。
「ではなぜ、ミス・イリスのローブが切り裂かれている? 我輩には、襲撃の痕跡にしか見えんが」
生徒たちは一瞬黙り込む。だが、また声が上がる。 「でも怪我がない! 自作自演だってあり得る!」
「……奇跡的に済むこともある。そんな想像もできんのか。これだからグリフィンドールは……」
毒を含んだ声に、生徒たちは押し黙った。 やがて熱は冷め、ぞろぞろと散っていく。
残されたのは、スネイプとイリスだけ。
「……一体何をしているのだ、ミス・イリス」
呆れを隠さない声音。
「……もっと人間を知れ」
スネイプは短く言い放ち、背を向けた。
「待って!」
思わず声が出たイリス。
「……私には分からないから。ちゃんと教えてください。なぜ昨夜のことを隠す必要があるのか」
沈黙。冷たい拒絶。 けれど、イリスは続ける。
「エルフは嘘をつきませんし、隠しもしません。必要がないから。……でも、理由があるなら守ります。エルフは約束を破らないから」
その真っ直ぐな瞳に、スネイプは一瞬だけ言葉を失った。
「……ふん。好きにしろ」
鼻を鳴らし、再び歩き出す。
イリスは小さく息をつき、彼の背を追った。
──魔法薬学の教室。 扉を閉じ、外の声を遮断すると、無愛想に椅子を指し示すスネイプ。 「座れ」
そこから彼は短く語った。 ルーピンと囚人の繋がりを疑っていること。確証を掴むために動いていること。
イリスはすべてを理解できるわけではなかった。 けれど──ただの隠蔽ではなく、意味がある行為なのだと知り、胸の中で重く固まっていたものがほどけていく。
昨夜、自分を庇い、生徒たちの疑いを払った。 そのことへの感謝とは別に、胸が熱を帯びる。
