第1章 アズカバンの囚人
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日は経ち、イリスは相変わらずマルフォイからのからかいを浴び、生徒たちからも避けられていた。
それでも、知的なハーマイオニーとの学びは楽しく、孤独を薄めてくれる時間だった。 ひとりでは決して届かない視点に触れ、今まで以上に知識を深めていく。
スネイプとも度々会話を交わすようになったが、相変わらず嫌味ばかり。それでも、それが彼の本質だと分かると、不思議と居心地の悪さはなかった。
──
その夜。夕食を終え、イリスは廊下を散歩していた。 そこで異様な気配を感じた。
「開けろ!」
グリフィンドール寮の入口、ファット・レディの絵画の前で、ひとりの男が声を荒げていた。 壁の影に身を潜め、イリスは息を殺す。 だがその男から、人間ではあり得ない魔力の流れが滲み出ており、目が離せなかった。
ファット・レディはしどろもどろになりながら応じる。
「そんなことできません! 絶対に無理です、絶対に──!」
必死に拒絶する声は、絵画全体を震わせるほど大きな悲鳴へと変わった。
次の瞬間、男の手首から先が黒い毛に覆われ、鋭い鉤爪が現れる。 布を裂くような音と共に、絵画のキャンバスが引き裂かれた。
「ああぁ!なんてこと!!」
ファットレディは声を上げながら隣へ、更に隣へと逃げ隠れた。
「……っ!」
その光景に息を呑んだイリスは、思わず小さな声を漏らしてしまった。
「……誰だ?」
低い声。 男の顔がこちらを向いた。 黒い瞳が鋭く光り、ゆっくりと近づいてくる。
イリスは急いで離れようと踵を返した。 しかし...
「……人ではないな」
背後の声に肩をビクつかせる。 振り返ると男...ではなく黒犬が観察するようにイリスを凝視する。
そして、牙を剥き出しにして唸った。
「済まないが──忘れてもらう」
言い終わると同時に、襲いかかってきた。
イリスは必死に避ける。 鋭い爪が石床を抉る。 訛った体は避けるのが精一杯でよろける。
しかし黒犬は止まらない。再度こちらへ鋭い鉤爪を振るう。 よろけたイリスは膝をつく。横へ体を倒し間一髪のところで避ける。
もたつく足で何とか立って逃げ出すも鉤爪はイリスのローブを切り裂く。
背後からの衝撃にイリスはうつ伏せに倒れ込む。 その際前へ伸ばした指先が、固い革靴に触れた。
「……囚人が、ここまでのこのこと現れるとはな」
よく知る低い声。 顔を上げると、そこには杖を構えたスネイプが立っていた。
「一体誰の手引きだ?……大方、あの男の仕業であろうな...」
氷のような声音。吐き捨てるような言葉。
スネイプはゆっくりと前へ進み出て、イリスを背に庇った。 何とか立ち上がりスネイプの陰に隠れたイリスの手は無意識に彼のローブの脇を掴んでいた。
それを見た黒犬は、にやりと口の端を吊り上げ嘲る。
「おいおい、スニベルス……学生までたぶらかすとはな」
「黙れ」
低く唸るような声でスネイプは吐き捨て、杖を振るった。 閃光が走る。しかし黒犬は素早く身を翻す。
黒犬は再度姿勢を低くし攻防に備えた。だが耳をぴくりと動かして何かを聞き取ると、苦々しく笑う。
「……今はやめておこう」
そう残し、影のように廊下を駆け去った。
──
危機が去り、イリスは自分がスネイプにしがみついていたことに気づき、慌てて手を放した。 スネイプは振り返らずに言う。
「……早く立ち去れ。面倒になる」
イリスは彼の後を追う。
食堂を終えた生徒たちの声が遠くから響き始めた。
やがて声が静まり、代わりに──鋭い悲鳴。 きっとファット・レディの絵を見たのだろう。
その瞬間、前を歩くスネイプは立ち止まった。
止まろうとするも勢いで背にぶつかり、小さな声を漏らしてしまう。
「う、あっ……」
「今回のことは他言無用だ。……絶対にだぞ」
冷酷な声音。
「え……どうして?」
驚きが混じったイリスの声。
普段なら嘘や責任転嫁から最も遠い人物。その彼が「黙れ」と告げることに、胸がざわめいた。
「我輩があやつらの証拠を掴む。...お前は口を挟むな」
吐き捨てるように言い、スネイプはそのまま歩き去った。 残されたイリスは、廊下に立ち尽くす。
そんなイリスを、落ち着かせるように白蛇が廊下の向こうから近づき腕へ巻き付く。
──
翌朝。
イリスは授業に出ていたが、教室の空気は重かった。 いつも通り避けられている。
……だが、それだけではない。 ざわめく声、ひそひそと向けられる目。背筋をなぞるような視線、この視線には慣れてきたはず...なのになにか不穏な何かを感じる。
集中できぬまま授業が終わり、廊下を歩いていると──多くの生徒が彼女を取り囲んだ。
「お前……ファット・レディに何をした?」
「繋がってるんだろ、あのシリウス・ブラックと!」
──初めて聞く名前。
紅い瞳を瞬かせたイリスは、息を呑んだ。 昨夜見た、あの黒い影と……ひとつに繋がった。
