特別編
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第10話 帰る場所、新たな光
イリスはホグワーツの正門をくぐった。
朝の空気は冷たく澄み、修繕の終わった石造が金の縁を帯びて光る。
大広間へ向かう回廊は静まり、遠いどこかで時計の針が小さく刻む音だけが響いていた。
角を曲がった先で、黒と緑の縞を帯びたローブが立ち止まる。
マクゴナガルだった。
その瞳は、強さと温かさを等しく湛えている。
「イリス、待っていましたよ。
セブルスにはもう話したのですが、話があります。」
イリスは胸の高鳴りを押し沈めて頷いた。
スネイプに会いたい気持ちが波のように寄せては返す。
けれど今は、この人の言葉を先に受け止めるべきだと分かっていた。
二人は校長室へ歩く。
踊り場のステンドグラスを透けた光が床に落ち、紅茶色の模様を作っては揺れた。
道すがら、イリスは短く故郷の森のことを語る。
マクゴナガルはときおり相槌を打ち、耳元で風が葉を鳴らす音まで想像するように、静かに聞いた。
校長室に入ると、マクゴナガルはソファを指で示す。
杖がひと振りされ、二つのティーカップが音もなく机に降り、ティーポットが自ら傾いて香りを放った。
マクゴナガルに促され一口紅茶を含む。
その温もりが、旅の疲れた体に染みていく。
「イリス……話というのは、あなたの在学についてです。
先ほど、あなたはエルフと人間との架け橋にと話してくださいました。
ですが、魔法省からはやはり、人間とは異なる存在に魔法を教えることは認められないと……。」
「そう、ですか……。」
イリスはカップを受け皿に戻した。
陶器の薄い音が、小さな現実の印となって胸に沈む。
ホグワーツに居られないということは、彼のすぐ側に居られないということ。
喉の奥がきゅっと細くなった。
「それでは……私は、帰るしかないと……。」
「……そうなります。
ですが……。」
イリスは顔を上げた。
マクゴナガルの口元に、いたずらっぽい微笑が灯る。
「生徒としては駄目ですが、教師としては駄目とは言われていません。
なので、イリスには是非教師としてここに残ってもらおうかと、考えていたのです。
……どうでしょうか?」
「……マクゴナガル先生。
ありがとうございます!」
頬の内側が熱く潤む。
イリスの胸の深いところで、ほどけた糸が静かに落ちた。
「私たちにとっても、あなたの存在はありがたい。
礼を言うのは私たちです。
イリス、これからは同職者として、よろしくお願いしますよ。」
マクゴナガルの温かい手が、そっとイリスの手に触れた。
そのまま、二人はしばし言葉を交わす。
スネイプが無罪ののち直ちに解放されたこと、
闇の魔術に対する防衛術の教師として復職すること、
そしてマクゴナガルが正式に校長となったこと。
イリスは、人間とエルフの橋渡しの行く末を語り、静かに芽吹いた命のことを言葉少なに触れた。
その時、扉が小さく叩かれた。
マクゴナガルが入室を促すと、黒のローブが音もなく滑り込む。
スネイプだった。
彼は一瞬だけ瞳を見開き、すぐにいつもの静けさで表情を覆う。
イリスは思わず立ち上がり、その名を呼びかけそうになるのを唇の内側で止めた。
「……あとは二人で積もる話もあるでしょうから。
イリス、お行きなさい。
教員の話はまた後日、改めてにしましょう。」
マクゴナガルは微笑を残し、窓辺へ身を引いた。
イリスは会釈し、スネイプとともに部屋を辞した。
───
生徒のいない廊下を、二人は並んで歩く。
あの夜、砕けたはずの石壁は端正に積み直され、割れたはずの窓は光を静かに通していた。
まるで闇の一夜が、最初から存在しなかったかのように。
イリスはそっと腹に手を当てた。
掌の下で、ごく微かな、しかし確かな生の意志が鼓動のように響いている。
「セブルス、あなたもホグワーツに戻れたんでしょう?」
「……あぁ。
どうやら彼女はお前のことも雇いたいと考えているようだが……。」
スネイプは前を見たまま言う。
歩く足音の間に、短い沈黙が落ちた。
「そうね。だから私もここに残ることにしたの。
それに私が故郷に帰ったのは、あなたが歩みを止めるその時まで共に居たかったから。
だからそのために許しを得てきたの。」
スネイプの横顔がゆっくりとこちらを向く。
その黒い瞳に、わずかな陰が差した。
ほんの数秒、ふたりの間を沈黙が満たす。
「……何故それを直接言えなかった?
ポッターなぞに伝言を任せるとは。
少しも待てないほどだったのか?
我輩の耳には、ポッター経由の“伝言”で十分というわけか。」
言葉は低いが、角は鋭かった。
置いていかれた記憶が、言葉の背後で微かな棘となる。
スネイプの言葉が落ちた瞬間、イリスの胸に痛みが走った。
その冷ややかな声音の奥にあるのは、怒りではなく、孤独の記憶。
かつて彼は、愛した人に、そしてダンブルドアにも置いていかれた。
誰かを守ろうとするたびに、いつも最後に取り残されてきた。
だからこそ、置き去りにされることを、無意識のうちに恐れていたのだろう。
考えれば、分かるはずだった。
なのに、自分はまた、彼に同じ痛みを与えてしまった。
イリスの胸はその自責でいっぱいになった。
イリスは足を止め、深く息を吸った。
彼の過ぎてきた季節に触れるように、その瞳をまっすぐ見つめる。
「セブルス、ごめんなさい。
私……考えたら分かることだったのに……。」
声は震え、指先がローブの裾を掴む。
石床からひやりとした冷気が上がり、目頭の熱を静かに冷ました。
「……我輩は、子供のようだな。
たったそれだけのことで、腹を立てるとは。」
スネイプは目を伏せ、深く息を吐いた。
胸の奥でかすれた音が生まれ、すぐに収まる。
「……だが、次は我輩に言え。
そうでなければ、“信頼”など意味をなさぬ。」
イリスは頷いた。
言葉より確かなものとして、うなずきは静かに二人の間に置かれた。
「これからは必ず伝えるわ。
セブルス、本当にごめんなさい。
私は、あなたと一緒にいるために筋を通してきただけなの。
……それでも、最初の筋から間違えてしまったけれど……。」
スネイプはローブの裾を開き、イリスを包んだ。
服越しの胸板から伝わる体温が、言葉より早く、赦しの形を作る。
「……もういい。
お前の理由はよくわかった。
我輩はこれ以上、何も言うことは出来ない。」
その声には、なお微かな自責の影が混ざる。
イリスは彼を見上げ、静かに言葉を返した。
「セブルス、今回のこと、私が悪いの。
自分を責めないでね。」
彼女は一歩離れ、スネイプの手を取って歩き出す。
回廊の角を曲がるたび、古い石の香りがやわらいでいった。
───
見慣れた自室に入ると、二人は並んでソファに腰を下ろした。
革の軋む音が、懐かしい時刻を呼び戻す。
イリスの脳裏に、ここで交わした幾つもの沈黙と、幾つもの呼吸がよみがえる。
イリスは膝の上で指を組み、そっとほどいた。
言葉が自然に零れ落ちる。
「セブルス、私、もうひとつあなたに伝えないといけないことがあるの。」
「……なんだ。」
「私とあなたの血を引いた子がここにいるの。」
イリスは彼の手を取り、自らの腹へ導いた。
薄い布越しに、静かな温みが伝わる。
「……何と?」
掠れた声が落ちる。
スネイプの瞳がかすかに揺れ、理性が言葉を探して止まる。
掌の下で、目に見えない鼓動が水面のさざなみのように広がっていく。
否応なく、現実が二人の間に形を結んだ。
イリスはホグワーツの正門をくぐった。
朝の空気は冷たく澄み、修繕の終わった石造が金の縁を帯びて光る。
大広間へ向かう回廊は静まり、遠いどこかで時計の針が小さく刻む音だけが響いていた。
角を曲がった先で、黒と緑の縞を帯びたローブが立ち止まる。
マクゴナガルだった。
その瞳は、強さと温かさを等しく湛えている。
「イリス、待っていましたよ。
セブルスにはもう話したのですが、話があります。」
イリスは胸の高鳴りを押し沈めて頷いた。
スネイプに会いたい気持ちが波のように寄せては返す。
けれど今は、この人の言葉を先に受け止めるべきだと分かっていた。
二人は校長室へ歩く。
踊り場のステンドグラスを透けた光が床に落ち、紅茶色の模様を作っては揺れた。
道すがら、イリスは短く故郷の森のことを語る。
マクゴナガルはときおり相槌を打ち、耳元で風が葉を鳴らす音まで想像するように、静かに聞いた。
校長室に入ると、マクゴナガルはソファを指で示す。
杖がひと振りされ、二つのティーカップが音もなく机に降り、ティーポットが自ら傾いて香りを放った。
マクゴナガルに促され一口紅茶を含む。
その温もりが、旅の疲れた体に染みていく。
「イリス……話というのは、あなたの在学についてです。
先ほど、あなたはエルフと人間との架け橋にと話してくださいました。
ですが、魔法省からはやはり、人間とは異なる存在に魔法を教えることは認められないと……。」
「そう、ですか……。」
イリスはカップを受け皿に戻した。
陶器の薄い音が、小さな現実の印となって胸に沈む。
ホグワーツに居られないということは、彼のすぐ側に居られないということ。
喉の奥がきゅっと細くなった。
「それでは……私は、帰るしかないと……。」
「……そうなります。
ですが……。」
イリスは顔を上げた。
マクゴナガルの口元に、いたずらっぽい微笑が灯る。
「生徒としては駄目ですが、教師としては駄目とは言われていません。
なので、イリスには是非教師としてここに残ってもらおうかと、考えていたのです。
……どうでしょうか?」
「……マクゴナガル先生。
ありがとうございます!」
頬の内側が熱く潤む。
イリスの胸の深いところで、ほどけた糸が静かに落ちた。
「私たちにとっても、あなたの存在はありがたい。
礼を言うのは私たちです。
イリス、これからは同職者として、よろしくお願いしますよ。」
マクゴナガルの温かい手が、そっとイリスの手に触れた。
そのまま、二人はしばし言葉を交わす。
スネイプが無罪ののち直ちに解放されたこと、
闇の魔術に対する防衛術の教師として復職すること、
そしてマクゴナガルが正式に校長となったこと。
イリスは、人間とエルフの橋渡しの行く末を語り、静かに芽吹いた命のことを言葉少なに触れた。
その時、扉が小さく叩かれた。
マクゴナガルが入室を促すと、黒のローブが音もなく滑り込む。
スネイプだった。
彼は一瞬だけ瞳を見開き、すぐにいつもの静けさで表情を覆う。
イリスは思わず立ち上がり、その名を呼びかけそうになるのを唇の内側で止めた。
「……あとは二人で積もる話もあるでしょうから。
イリス、お行きなさい。
教員の話はまた後日、改めてにしましょう。」
マクゴナガルは微笑を残し、窓辺へ身を引いた。
イリスは会釈し、スネイプとともに部屋を辞した。
───
生徒のいない廊下を、二人は並んで歩く。
あの夜、砕けたはずの石壁は端正に積み直され、割れたはずの窓は光を静かに通していた。
まるで闇の一夜が、最初から存在しなかったかのように。
イリスはそっと腹に手を当てた。
掌の下で、ごく微かな、しかし確かな生の意志が鼓動のように響いている。
「セブルス、あなたもホグワーツに戻れたんでしょう?」
「……あぁ。
どうやら彼女はお前のことも雇いたいと考えているようだが……。」
スネイプは前を見たまま言う。
歩く足音の間に、短い沈黙が落ちた。
「そうね。だから私もここに残ることにしたの。
それに私が故郷に帰ったのは、あなたが歩みを止めるその時まで共に居たかったから。
だからそのために許しを得てきたの。」
スネイプの横顔がゆっくりとこちらを向く。
その黒い瞳に、わずかな陰が差した。
ほんの数秒、ふたりの間を沈黙が満たす。
「……何故それを直接言えなかった?
ポッターなぞに伝言を任せるとは。
少しも待てないほどだったのか?
我輩の耳には、ポッター経由の“伝言”で十分というわけか。」
言葉は低いが、角は鋭かった。
置いていかれた記憶が、言葉の背後で微かな棘となる。
スネイプの言葉が落ちた瞬間、イリスの胸に痛みが走った。
その冷ややかな声音の奥にあるのは、怒りではなく、孤独の記憶。
かつて彼は、愛した人に、そしてダンブルドアにも置いていかれた。
誰かを守ろうとするたびに、いつも最後に取り残されてきた。
だからこそ、置き去りにされることを、無意識のうちに恐れていたのだろう。
考えれば、分かるはずだった。
なのに、自分はまた、彼に同じ痛みを与えてしまった。
イリスの胸はその自責でいっぱいになった。
イリスは足を止め、深く息を吸った。
彼の過ぎてきた季節に触れるように、その瞳をまっすぐ見つめる。
「セブルス、ごめんなさい。
私……考えたら分かることだったのに……。」
声は震え、指先がローブの裾を掴む。
石床からひやりとした冷気が上がり、目頭の熱を静かに冷ました。
「……我輩は、子供のようだな。
たったそれだけのことで、腹を立てるとは。」
スネイプは目を伏せ、深く息を吐いた。
胸の奥でかすれた音が生まれ、すぐに収まる。
「……だが、次は我輩に言え。
そうでなければ、“信頼”など意味をなさぬ。」
イリスは頷いた。
言葉より確かなものとして、うなずきは静かに二人の間に置かれた。
「これからは必ず伝えるわ。
セブルス、本当にごめんなさい。
私は、あなたと一緒にいるために筋を通してきただけなの。
……それでも、最初の筋から間違えてしまったけれど……。」
スネイプはローブの裾を開き、イリスを包んだ。
服越しの胸板から伝わる体温が、言葉より早く、赦しの形を作る。
「……もういい。
お前の理由はよくわかった。
我輩はこれ以上、何も言うことは出来ない。」
その声には、なお微かな自責の影が混ざる。
イリスは彼を見上げ、静かに言葉を返した。
「セブルス、今回のこと、私が悪いの。
自分を責めないでね。」
彼女は一歩離れ、スネイプの手を取って歩き出す。
回廊の角を曲がるたび、古い石の香りがやわらいでいった。
───
見慣れた自室に入ると、二人は並んでソファに腰を下ろした。
革の軋む音が、懐かしい時刻を呼び戻す。
イリスの脳裏に、ここで交わした幾つもの沈黙と、幾つもの呼吸がよみがえる。
イリスは膝の上で指を組み、そっとほどいた。
言葉が自然に零れ落ちる。
「セブルス、私、もうひとつあなたに伝えないといけないことがあるの。」
「……なんだ。」
「私とあなたの血を引いた子がここにいるの。」
イリスは彼の手を取り、自らの腹へ導いた。
薄い布越しに、静かな温みが伝わる。
「……何と?」
掠れた声が落ちる。
スネイプの瞳がかすかに揺れ、理性が言葉を探して止まる。
掌の下で、目に見えない鼓動が水面のさざなみのように広がっていく。
否応なく、現実が二人の間に形を結んだ。
