特別編
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第9話 森の光、命の音
イリスは深く息を吸い、木の扉をそっと叩いた。
そして古びた木の軋みとともに扉が開かれた。
そこには、森の長と四人の長老が並んでいた。
長は白金の髪を三つ編みに束ね、澄んだ翡翠色の瞳を持つ老エルフだった。
その眼差しは深い湖のように静かで、過ぎ去った時のすべてを見通しているようだった。
長老たちはそれぞれ異なる印象を放っていた。
白い枝のように細い指を持つ長老は“知識”を象徴し、
琥珀の瞳の長老は“慈しみ”を宿し、
逞しい肉体を持つ戦士の長老は“守護”を司り、
若草色の瞳をした者は“調和”を表す。
彼らの周囲には、森そのものが息づいているような穏やかな気配が満ちていた。
長はイリスをじっと見つめ、やがて微かに微笑んだ。
「……森の子よ、よく戻ってきた。
だが、おぬしの内に、もうひとつの鼓動が宿っておるようじゃな。」
イリスは息を呑んだ。
胸の奥で心臓が高鳴る。
長の瞳が静かに腹の方へと向けられていた。
「……そんな……まさか……。」
声が震えた。
だが、森の空気は確かに祝福のように震えていた。
その時、傍にいた戦士の長老が不快そうに眉をひそめた。
「…人の子だと?
あの者たちの血を我らの森に引き入れるのは危うい。
やつらは森を壊し、血を流させ、我らを痛めつけたのですぞ。」
空気が一瞬張り詰めた。
イリスは言葉を失い、俯いた。
その時、長がゆっくりと立ち上がり、静かな声で言った。
「……この子が悪に染まらず、闇に呑まれずに戻ってきたこと。
それこそが、真実を語っておるのではないか。」
長老たちが互いに顔を見合わせ、頷く。
琥珀の瞳の長老が柔らかく微笑んだ。
「イリスの魂は、以前よりも透き通っておる。
迷いに覆われていた霧が、晴れておるようじゃ。」
「人は危うき存在ではある。
だが、森の子が見た人間は、すべてではないのだろう。」
若草色の瞳をした長老が続ける。
長は頷き、イリスを見据えた。
「森の子よ。
おぬしが人間の闇を知り、それでも光を見たのなら、
この命もまた、我らの未来のひとつであろう。」
その声は静かで、確かな慈しみを含んでいた。
長の瞳が微かに揺らめき、やがて穏やかな笑みを浮かべた。
「もう一度、信じてみてもよいかもしれぬな。
イリスよ、その子がどのような命を歩むかはまだ誰にもわからぬ。
だが、おぬしが導くのだ。
人と森の間に架ける、光の橋として。」
胸の奥に熱がこみ上げる。
イリスは静かに膝を折り、深く頭を垂れた。
「ありがとうございます……。
この子を許してもらえただけでも、感謝に尽きません。
ですが、今回戻ったのは、この森に“願い”を伝えるためなのです。」
長と長老たちは顔を見合わせる。
「申してみよ、森の子よ。」
イリスは顔を上げた。
その瞳には、まっすぐな決意が宿っていた。
「この子の存在から分かると思いますが、私は人間を番として受け入れました。
故に、彼がその生を全うするまで人間界で過ごしたいのです。
もちろん、自身の運命も理解しています。
けれど、何も知らぬ世界で自ら選んだ者の結末を…、
私はこの目で、最後まで見届けたいのです。」
その言葉が、静かに広間に染み渡った。
長はしばし沈黙し、それから小さく息をつく。
「……森の子よ。
まずはお主の話を、皆の前で聞かせてくれぬか?
外で耳を立てて待っておる者たちも、多いようじゃ。」
長の言葉とともに扉が開かれた。
外に立っていた多くのエルフたちがそれに驚いた表情を浮かべるが長の手招きを合図に、一斉に頭を下げて入ってくる。
その瞳には好奇と敬意、そしてわずかな不安が交じっていた。
イリスは立ち上がり、深く息を吸った。
そして、自らの物語を語り始めた。
人間の世界に降り立ち、囚われ、絶望したこと。
それでも手を差し伸べてくれた人がいたこと。
人間たちの中で見た、醜さと優しさの狭間。
愛の温かさと、その辛さ、
他者の手によってもたらされた死を目の当たりにする辛さ、
愛し、失い、それでも生きることを選んだ自分の道。
その声は夜の森に溶け、風が静かに答えるように揺れた。
やがて、月が沈み、朝が訪れても彼女の語りは続いた。
誰ひとりとして眠る者はいなかった。
皆、夢を見るように耳を傾けていた。
話が終わるころ、ひとりの若いエルフがぽつりと呟いた。
「……素敵ね。
感情を持つというのは。
人間たちの世界は、痛みも、喜びも、満ちているのね。」
頷く声が広間に広がっていく。
長と長老たちは互いに目を合わせ、静かに頷いた。
「イリス。
おぬしはこの森に、新しい風を連れてきた。
これからはおぬしの番とともに、森と人の橋渡しとなるがよい。
そして時が満ちたら、長としてこの地に腰を据えるのだ。」
その言葉に、イリスは深々と頭を下げた。
周囲から「良かったね」と穏やかな声が広がる。
イリスは微笑み、皆に向かって言った。
「また、あなたたちにも……人間のことを教えに来るわ。」
その声は柔らかく、春風のように森を渡っていった。
森の光が髪に降り注ぎ、遠くで小鳥が囁く。
イリスはそっと腹に手を添える。
セブルスにも、この子にも、いずれこの場所を見せなければ。
そう思いながら、彼女は早朝に、白い霧の森を静かに後にした。
イリスは深く息を吸い、木の扉をそっと叩いた。
そして古びた木の軋みとともに扉が開かれた。
そこには、森の長と四人の長老が並んでいた。
長は白金の髪を三つ編みに束ね、澄んだ翡翠色の瞳を持つ老エルフだった。
その眼差しは深い湖のように静かで、過ぎ去った時のすべてを見通しているようだった。
長老たちはそれぞれ異なる印象を放っていた。
白い枝のように細い指を持つ長老は“知識”を象徴し、
琥珀の瞳の長老は“慈しみ”を宿し、
逞しい肉体を持つ戦士の長老は“守護”を司り、
若草色の瞳をした者は“調和”を表す。
彼らの周囲には、森そのものが息づいているような穏やかな気配が満ちていた。
長はイリスをじっと見つめ、やがて微かに微笑んだ。
「……森の子よ、よく戻ってきた。
だが、おぬしの内に、もうひとつの鼓動が宿っておるようじゃな。」
イリスは息を呑んだ。
胸の奥で心臓が高鳴る。
長の瞳が静かに腹の方へと向けられていた。
「……そんな……まさか……。」
声が震えた。
だが、森の空気は確かに祝福のように震えていた。
その時、傍にいた戦士の長老が不快そうに眉をひそめた。
「…人の子だと?
あの者たちの血を我らの森に引き入れるのは危うい。
やつらは森を壊し、血を流させ、我らを痛めつけたのですぞ。」
空気が一瞬張り詰めた。
イリスは言葉を失い、俯いた。
その時、長がゆっくりと立ち上がり、静かな声で言った。
「……この子が悪に染まらず、闇に呑まれずに戻ってきたこと。
それこそが、真実を語っておるのではないか。」
長老たちが互いに顔を見合わせ、頷く。
琥珀の瞳の長老が柔らかく微笑んだ。
「イリスの魂は、以前よりも透き通っておる。
迷いに覆われていた霧が、晴れておるようじゃ。」
「人は危うき存在ではある。
だが、森の子が見た人間は、すべてではないのだろう。」
若草色の瞳をした長老が続ける。
長は頷き、イリスを見据えた。
「森の子よ。
おぬしが人間の闇を知り、それでも光を見たのなら、
この命もまた、我らの未来のひとつであろう。」
その声は静かで、確かな慈しみを含んでいた。
長の瞳が微かに揺らめき、やがて穏やかな笑みを浮かべた。
「もう一度、信じてみてもよいかもしれぬな。
イリスよ、その子がどのような命を歩むかはまだ誰にもわからぬ。
だが、おぬしが導くのだ。
人と森の間に架ける、光の橋として。」
胸の奥に熱がこみ上げる。
イリスは静かに膝を折り、深く頭を垂れた。
「ありがとうございます……。
この子を許してもらえただけでも、感謝に尽きません。
ですが、今回戻ったのは、この森に“願い”を伝えるためなのです。」
長と長老たちは顔を見合わせる。
「申してみよ、森の子よ。」
イリスは顔を上げた。
その瞳には、まっすぐな決意が宿っていた。
「この子の存在から分かると思いますが、私は人間を番として受け入れました。
故に、彼がその生を全うするまで人間界で過ごしたいのです。
もちろん、自身の運命も理解しています。
けれど、何も知らぬ世界で自ら選んだ者の結末を…、
私はこの目で、最後まで見届けたいのです。」
その言葉が、静かに広間に染み渡った。
長はしばし沈黙し、それから小さく息をつく。
「……森の子よ。
まずはお主の話を、皆の前で聞かせてくれぬか?
外で耳を立てて待っておる者たちも、多いようじゃ。」
長の言葉とともに扉が開かれた。
外に立っていた多くのエルフたちがそれに驚いた表情を浮かべるが長の手招きを合図に、一斉に頭を下げて入ってくる。
その瞳には好奇と敬意、そしてわずかな不安が交じっていた。
イリスは立ち上がり、深く息を吸った。
そして、自らの物語を語り始めた。
人間の世界に降り立ち、囚われ、絶望したこと。
それでも手を差し伸べてくれた人がいたこと。
人間たちの中で見た、醜さと優しさの狭間。
愛の温かさと、その辛さ、
他者の手によってもたらされた死を目の当たりにする辛さ、
愛し、失い、それでも生きることを選んだ自分の道。
その声は夜の森に溶け、風が静かに答えるように揺れた。
やがて、月が沈み、朝が訪れても彼女の語りは続いた。
誰ひとりとして眠る者はいなかった。
皆、夢を見るように耳を傾けていた。
話が終わるころ、ひとりの若いエルフがぽつりと呟いた。
「……素敵ね。
感情を持つというのは。
人間たちの世界は、痛みも、喜びも、満ちているのね。」
頷く声が広間に広がっていく。
長と長老たちは互いに目を合わせ、静かに頷いた。
「イリス。
おぬしはこの森に、新しい風を連れてきた。
これからはおぬしの番とともに、森と人の橋渡しとなるがよい。
そして時が満ちたら、長としてこの地に腰を据えるのだ。」
その言葉に、イリスは深々と頭を下げた。
周囲から「良かったね」と穏やかな声が広がる。
イリスは微笑み、皆に向かって言った。
「また、あなたたちにも……人間のことを教えに来るわ。」
その声は柔らかく、春風のように森を渡っていった。
森の光が髪に降り注ぎ、遠くで小鳥が囁く。
イリスはそっと腹に手を添える。
セブルスにも、この子にも、いずれこの場所を見せなければ。
そう思いながら、彼女は早朝に、白い霧の森を静かに後にした。
