第6章 死の秘宝2
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第10話 最期の祈り
闇の印が、焼けるように熱を帯びた。
帝王に呼ばれている証だった。
スネイプは外套を翻し、夜気を裂いて飛んだ。
たどり着いたのは、湖のほとりに建つ木の小屋の船着場。
水は黒い鏡のように息をひそめ、濡れた板は冷え切っている。
遠くで燃える城の炎が、揺らめく影となって水面に滲んだ。
「この杖は言うことを聞かぬ。」
月光に血の色を宿すような、乾いた声。
ヴォルデモートがニワトコの杖を指先で転がしながら、ゆっくりとスネイプの周りを回った。
足音が、濡れた板の下に低く響く。
「その杖より良いものはございません。
今夜、小僧と相まみえるときは、期待に沿う働きをいたします。
その杖は、あなた様にだけ従うでしょう。」
スネイプは静かに頭を垂れ、声の揺れを徹底的に消した。
「そうかな?」
唇だけが笑い、目は笑っていない。
蛇が心臓に巻きつくような視線が、喉元の体温を奪っていく。
「我が君……?」
「果たして本当に、俺様にこの杖が仕えているか。
セブルス。お前は賢い男だ。
この杖の“真の持ち主”が誰か、知っているのではないか?」
風が止む。
湖の息遣いさえ消え、世界がひとつ深く息を飲んだ。
「もちろん、あなた様です。我が君。」
「違うな。」
ヴォルデモートは囁くほどの声で言った。
「この杖が俺様にまともに使えぬのは、俺様がこの杖の持ち主ではないからだ。
ニワトコの杖は、持ち主を“殺した者”に帰属する。」
その言葉の刃が、静かに、確実に胸骨の内側へ滑り込む。
その理解が、冷たい水のように脳を満たした。
「お前はダンブルドアを殺した。」
逃げ道はない。
スネイプは、あらかじめ用意してあった答えの頁を、ゆっくり閉じるように視線を落とした。
「我が君──」
「お前は忠実でよい下僕だった。
だが、永遠に生きるのは俺様だけだ。」
言葉が終わるより早く、杖先が弧を描いた。
頸動脈の上を、鋭い冷気が走る。
次の瞬間、熱。皮膚が割け、血が噴き、足元の板が赤く濡れた。
世界の輪郭が遠のく。
背中が壁に叩きつけられ、ずるりと滑り落ちる。
視界の端で、琥珀色の球体がふくらんだ。
その内側に、巨大な影がうねる。
「やれ、ナギニ。」
音は泡に包まれているのに、牙が肉に沈む感覚だけは鮮明だった。
一本、また一本。毒が血に混じるたび、四肢が石に変わる。
熱が引き、冷えが澱み、体の輪郭が自分のものでなくなっていく。
死は、全てが終わってからだと決めつけていた。
この場で、
この理屈で、
こうして終わるとは、予想していなかった。
瞼が重い。
落ちるたび、暗闇の底に白い光がひとつ浮かぶ。
イリス。
最後に、会いたい。
声を聞きたい。触れたい。
胸にかかる彼女の髪、冷えた指先のやわらかさ、囁く名の震え。
だが、浮かんだ面影は涙で滲んでいく。
もしここで、彼女に見つかれば。
彼女は、あの日の自分のように泣き叫ぶだろう。
決して我輩を手放さなかった女だ。長い時間、悔恨の波に呑まれるだろう。
許せ。どうか、許してくれ。
イリス、愛している。
嘘にまみれた人生を送ってきたが、お前と共に未来を生きたいと願った気持ちに、お前への気持ちに何一つ嘘はなかった。
愛している。
その言葉だけが、血の泡よりも確かに胸の奥で沸き立つ。
───
ヴォルデモートの影が霧のように消えたあと、外の風がどっと押し寄せた。
扉が鳴り、荒い足音が雪崩れ込む。
ハリー・ポッターが駆け寄り、しゃがみ込み、躊躇なく喉へ手を当てる。
震える指で動脈を圧迫する。
だが、毒がすでに心臓の戸口にまで達していることを、スネイプは知っていた。
ハリーたちと合流するように伝えたイリスの姿はない。
胸のどこかが、イリスは無事なのか、と不安に呑まれる。
だが同時にイリスが居ないことに安堵した。
ここに彼女がいたなら、生きたいと願ってしまう。
「……とれ。これを、取れ。」
声が掠れる。肺に入った空気が、咳に変わる。
それでも、最後の任務は手放せない。
頬を伝うものが、熱を残して落ちた。銀色の記憶。
少年が素早く小瓶を差し出し、滴を受け止める。
ポッター、お前は憎たらしいあいつにそっくりで、最期まで気に食わない。
だが──
「……我輩を、見てくれ。」
ハリーが顔を上げる。
灯が宿った緑が、まっすぐこちらを射た。
スネイプは血の味を飲み下し、かすかな笑みを喉の奥で噛み砕いた。
「あぁ……リリーと、同じ瞳をしている。」
少年の眉がわずかに震える。
リリー。お前を守れず、お前の子も守れない。
闇の帝王はこの子に死を課した。
それでも、この結末が光へ通ずる道であることを、どうか赦してほしい。
視界が泡立ち、音が遠のく。
世界が、水底のように青黒く揺れた。
イリス。
その名を心の中で呼んだ瞬間、光が差した。
白い光が湖の水面を伝い、目の前にひとつの影を形作る。
それは、イリスだった。
柔らかな髪が揺れ、風もないのに裾がふわりと浮かんでいる。
彼女の赤い瞳が、涙でも光でもない静かな輝きを湛えていた。
唇が動く。
『……もう、あなたは休むべきね。』
その声が、頭の奥に溶けていく。
冷たかった空気が、少しだけ温かくなった。
痛みも、恐怖も、遠のいていく。
幻でもよい。 一度だけ、抱きしめさせてくれ。
白い髪を撫で、その温もりを感じさせてくれ。
「イリス……イリスっ…」
名を呼ぶと、幻の彼女は微笑んだ。
風の粒が頬に触れた気がした。
伸ばした手が、その光を掬おうとした瞬間──。
彼の身体から、ふっと力が抜けた。
手が静かに落ち、赤い灯が胸の奥で最後の鼓動を打つ。
その顔は、穏やかだった。
まるで、永い戦いを終えてようやく安らぎを見つけたように。
───
湖は音もなく揺れ、板の隙間から冷たい風が忍び込んだ。
血の匂いは水にほどけ、やがて夜の匂いに混ざっていく。
少年が立ち上がる。
小瓶の中で銀色が揺れ、月光を返した。
外では、まだ闇と光がぶつかり合っている。
だが、この小さな木の小屋の中で、一つの戦いは終わった。
やがて、ここにも朝が来るだろう。
それまで、湖の水面は何も語らない。
ただ、人知れず運命の歯車だけが、静かに次の頁へと回っていった。
闇の印が、焼けるように熱を帯びた。
帝王に呼ばれている証だった。
スネイプは外套を翻し、夜気を裂いて飛んだ。
たどり着いたのは、湖のほとりに建つ木の小屋の船着場。
水は黒い鏡のように息をひそめ、濡れた板は冷え切っている。
遠くで燃える城の炎が、揺らめく影となって水面に滲んだ。
「この杖は言うことを聞かぬ。」
月光に血の色を宿すような、乾いた声。
ヴォルデモートがニワトコの杖を指先で転がしながら、ゆっくりとスネイプの周りを回った。
足音が、濡れた板の下に低く響く。
「その杖より良いものはございません。
今夜、小僧と相まみえるときは、期待に沿う働きをいたします。
その杖は、あなた様にだけ従うでしょう。」
スネイプは静かに頭を垂れ、声の揺れを徹底的に消した。
「そうかな?」
唇だけが笑い、目は笑っていない。
蛇が心臓に巻きつくような視線が、喉元の体温を奪っていく。
「我が君……?」
「果たして本当に、俺様にこの杖が仕えているか。
セブルス。お前は賢い男だ。
この杖の“真の持ち主”が誰か、知っているのではないか?」
風が止む。
湖の息遣いさえ消え、世界がひとつ深く息を飲んだ。
「もちろん、あなた様です。我が君。」
「違うな。」
ヴォルデモートは囁くほどの声で言った。
「この杖が俺様にまともに使えぬのは、俺様がこの杖の持ち主ではないからだ。
ニワトコの杖は、持ち主を“殺した者”に帰属する。」
その言葉の刃が、静かに、確実に胸骨の内側へ滑り込む。
その理解が、冷たい水のように脳を満たした。
「お前はダンブルドアを殺した。」
逃げ道はない。
スネイプは、あらかじめ用意してあった答えの頁を、ゆっくり閉じるように視線を落とした。
「我が君──」
「お前は忠実でよい下僕だった。
だが、永遠に生きるのは俺様だけだ。」
言葉が終わるより早く、杖先が弧を描いた。
頸動脈の上を、鋭い冷気が走る。
次の瞬間、熱。皮膚が割け、血が噴き、足元の板が赤く濡れた。
世界の輪郭が遠のく。
背中が壁に叩きつけられ、ずるりと滑り落ちる。
視界の端で、琥珀色の球体がふくらんだ。
その内側に、巨大な影がうねる。
「やれ、ナギニ。」
音は泡に包まれているのに、牙が肉に沈む感覚だけは鮮明だった。
一本、また一本。毒が血に混じるたび、四肢が石に変わる。
熱が引き、冷えが澱み、体の輪郭が自分のものでなくなっていく。
死は、全てが終わってからだと決めつけていた。
この場で、
この理屈で、
こうして終わるとは、予想していなかった。
瞼が重い。
落ちるたび、暗闇の底に白い光がひとつ浮かぶ。
イリス。
最後に、会いたい。
声を聞きたい。触れたい。
胸にかかる彼女の髪、冷えた指先のやわらかさ、囁く名の震え。
だが、浮かんだ面影は涙で滲んでいく。
もしここで、彼女に見つかれば。
彼女は、あの日の自分のように泣き叫ぶだろう。
決して我輩を手放さなかった女だ。長い時間、悔恨の波に呑まれるだろう。
許せ。どうか、許してくれ。
イリス、愛している。
嘘にまみれた人生を送ってきたが、お前と共に未来を生きたいと願った気持ちに、お前への気持ちに何一つ嘘はなかった。
愛している。
その言葉だけが、血の泡よりも確かに胸の奥で沸き立つ。
───
ヴォルデモートの影が霧のように消えたあと、外の風がどっと押し寄せた。
扉が鳴り、荒い足音が雪崩れ込む。
ハリー・ポッターが駆け寄り、しゃがみ込み、躊躇なく喉へ手を当てる。
震える指で動脈を圧迫する。
だが、毒がすでに心臓の戸口にまで達していることを、スネイプは知っていた。
ハリーたちと合流するように伝えたイリスの姿はない。
胸のどこかが、イリスは無事なのか、と不安に呑まれる。
だが同時にイリスが居ないことに安堵した。
ここに彼女がいたなら、生きたいと願ってしまう。
「……とれ。これを、取れ。」
声が掠れる。肺に入った空気が、咳に変わる。
それでも、最後の任務は手放せない。
頬を伝うものが、熱を残して落ちた。銀色の記憶。
少年が素早く小瓶を差し出し、滴を受け止める。
ポッター、お前は憎たらしいあいつにそっくりで、最期まで気に食わない。
だが──
「……我輩を、見てくれ。」
ハリーが顔を上げる。
灯が宿った緑が、まっすぐこちらを射た。
スネイプは血の味を飲み下し、かすかな笑みを喉の奥で噛み砕いた。
「あぁ……リリーと、同じ瞳をしている。」
少年の眉がわずかに震える。
リリー。お前を守れず、お前の子も守れない。
闇の帝王はこの子に死を課した。
それでも、この結末が光へ通ずる道であることを、どうか赦してほしい。
視界が泡立ち、音が遠のく。
世界が、水底のように青黒く揺れた。
イリス。
その名を心の中で呼んだ瞬間、光が差した。
白い光が湖の水面を伝い、目の前にひとつの影を形作る。
それは、イリスだった。
柔らかな髪が揺れ、風もないのに裾がふわりと浮かんでいる。
彼女の赤い瞳が、涙でも光でもない静かな輝きを湛えていた。
唇が動く。
『……もう、あなたは休むべきね。』
その声が、頭の奥に溶けていく。
冷たかった空気が、少しだけ温かくなった。
痛みも、恐怖も、遠のいていく。
幻でもよい。 一度だけ、抱きしめさせてくれ。
白い髪を撫で、その温もりを感じさせてくれ。
「イリス……イリスっ…」
名を呼ぶと、幻の彼女は微笑んだ。
風の粒が頬に触れた気がした。
伸ばした手が、その光を掬おうとした瞬間──。
彼の身体から、ふっと力が抜けた。
手が静かに落ち、赤い灯が胸の奥で最後の鼓動を打つ。
その顔は、穏やかだった。
まるで、永い戦いを終えてようやく安らぎを見つけたように。
───
湖は音もなく揺れ、板の隙間から冷たい風が忍び込んだ。
血の匂いは水にほどけ、やがて夜の匂いに混ざっていく。
少年が立ち上がる。
小瓶の中で銀色が揺れ、月光を返した。
外では、まだ闇と光がぶつかり合っている。
だが、この小さな木の小屋の中で、一つの戦いは終わった。
やがて、ここにも朝が来るだろう。
それまで、湖の水面は何も語らない。
ただ、人知れず運命の歯車だけが、静かに次の頁へと回っていった。
