第1章 アズカバンの囚人
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
占い学の教室は、香の煙が漂い、薄暗い布と水晶球に覆われていた。
外界とは切り離されたような空気が、静かに重く積もっている。
イリスは席に着きながら、胸に小さなもやを抱えていた。
今日は二人一組での授業だったが、余ったのは自分だった。
隣にハーマイオニーがいたら……そう思うと、ほんの少し寂しさが胸に影を落とす。
──
「さあ、皆さん……カップを覗き込むのです……運命の姿が見えてまいります……」
トレローニーが夢うつつのような声で告げる。
イリスは仕方なく、自分ひとりでティーカップを覗いた。
茶葉が沈み、底に不思議な模様を描いている。
それは──時計のように見えた。
視界の奥で、針がぐるりと逆回転する。
断片的に映像が流れ込む。
銀灰の羽を広げるヒッポグリフ。
そのそばに、冷たい光を放つ斧を持つ男。
時計の針が巻き戻るように動き、ヒッポグリフは森の奥へ駆けていく。
一瞬の幻影。イリスは息を呑み、紅い瞳を瞬かせた。
──
「ああ!!...なんてこと...」
トレローニーが突然叫んだ。
生徒たちの視線が一斉に集まる。
だが次に彼女が手に取ったのは、ハリーのカップだった。
「あなたにはグリムが憑いてる...」
大袈裟な声が部屋に響いた。とある生徒がグリムについての部分を読み上げた。
「墓場につく番犬。最も不吉な予言。死を意味する」
生徒たちは青ざめた。
ハリーは不安げに息を乱し、唇を結んだ。
イリスは静かに彼を見つめた。
周囲の生徒たちが息を呑み、囁き、恐怖を広げていく。
だが彼女だけは動じず、紅い瞳に淡い光を宿してカップを見つめていた。
「死は……恐怖ではない」
思わず声が漏れた。
教室が一瞬、静まる。
「森は朽ちて土に還り、また新しい芽が生える。
獣は命を終えても、その身は大地を養い、新たな命の糧となる。
川の水も循環し、やがて雨となり、森を潤す。
死は途絶えではなく……巡り。命は形を変えるだけ」
その落ち着いた声に、生徒たちは逆にぞくりとした。
不気味なものを見るように、ささやきが広がる。
──
「どうして……怖くないの?」
隣に座った気配に、イリスは肩を震わせた。
いつの間にか、ハーマイオニーが席に戻ってきていた。
真剣な瞳で彼女を見つめている。
イリスは少し視線を伏せ、それから短く答えた。
「……私たちエルフは、死を“終わり”と思わない。
ただの巡り……命が別の命に受け渡される瞬間だと」
ハーマイオニーは息をのんだ。
理解しようとするその瞳に、イリスは一瞬戸惑い、そして小さく頷いた。
──
「……あぁ……!」
トレローニーの目が大きく見開かれた。
「死を見通す子……! 冥府の門を覗き、命の循環を語る子……!」
両腕を広げ、半ば演劇のように声を震わせる。
その大袈裟な仕草に、生徒たちの不安はかえって強まった。
「不吉だ……」
「やっぱり、ただのエルフじゃない」
囁きが、煙と一緒に渦を巻いていった。
──
イリスはその視線を受けながらも、静かに胸に問いを抱いていた。
なぜ人は死を恐れるのだろう。
なぜ「巡り」を恐怖に変えてしまうのだろう。
答えは出ない。
ただ、その違いが彼女の心を強く引きつけていた。
