第5章 死の秘宝
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第19話 闇の日々
スネイプが任務を終えて屋敷に戻ったのは、日が登り始めた頃だった。
風が石壁を叩き、かすかな音を残す。
その静けさの中、イリスは窓辺に立っていた。
白い頬にはまだ新しい傷跡が残り、
それでも赤い瞳は、変わらぬ光を宿している。
スネイプは言葉を失った。
長い沈黙ののち、ようやく絞り出す。
「……イリス」
その低い声に、イリスは振り返る。
微笑みは淡く、それでいて確かな温度を帯びていた。
「待ってたよ、セブルス。」
ただそれだけの言葉が、彼の胸の奥を震わせる。
張りつめていた糸がほどけるように、
息が音にならず喉の奥で震えた。
「……我輩のような人間の帰りを待つとは、物好きもいいところだ。」
口ではそう言いながら、
スネイプの瞳は彼女の息遣いを確かめるように見つめていた。
まだ壊れていない。
その事実だけが、彼を支えていた。
───
日々は、静かに過ぎていった。
イリスは夜ごと呼ばれ、
痛みと冷気の中を戻ってくる。
その瞳の奥では、まだ闇の影が蠢いていた。
現実と悪夢の境が曖昧になるほどに、心は削られていた。
そして、その後を受け止めるのは、いつもスネイプだった。
シャワーを浴びたばかりのイリスの髪から、雫が落ちる。
タオルでそれを拭うたび、スネイプの胸の奥が軋む。
触れる指先に、血の痕と、まだ残る熱。
「……痛むか」
イリスは小さく首を振る。
その仕草に、スネイプの喉がわずかに鳴った。
彼は薬を布に取り、切り傷の上を静かになぞる。
彼女の肌が微かに震えるたび、罪悪と安堵が交互に胸を貫いた。
自分の手で彼女の傷を癒やしながら、同時にその傷を作らせたのも自分だと痛感する。
我輩がいなければ、彼女はここに囚われることもなかった。
守ると誓ったのに、何もできん。
そんな思考が渦を巻き、指先が一瞬止まる。
その沈黙の中で、彼の中の何かが静かに崩れた。
彼女の髪を撫でるたび、
あの男の手がその肌に触れた光景が脳裏を焼く。
それを拭うように手を滑らせても、
感触の奥で燃える嫉妬は決して消えぬ。
この手で癒やすことは、奪われた痕跡を消すことではない。
だが消したい。消してしまいたい。
スネイプの理性が警鐘を鳴らす。
それでも、指先が彼女の頬に触れるたび、
世界の残酷さがほんの一瞬、遠のく気がした。
彼は再び薬を取り、静かに傷を覆った。
止められない。止めてしまえば、存在の意味を失う。
癒やすことだけが、今の彼に許された罰だった。
濡れた髪を拭き、傷を包み、冷えた体を覆う。
その手つきは丁寧で、どこまでも静かだった。
触れるたび、イリスの呼吸が落ち着いていく。
現実の輪郭を取り戻すように。
「……あなたの手は、痛みを忘れさせてくれる。」
そう呟く声はかすかで、震えていた。
スネイプの瞳がわずかに揺れる。
だが、答えた声はいつも通り低く抑えられていた。
「……壊されたものを直すことしか、
我輩にはできん。」
沈黙が落ちる。
その中で、彼の胸の奥にひとつの願いが沈んでいった。
彼の手が届くのは、彼女が壊れたあとのわずかな時間だけ。
それでも、誰のものでもないこの瞬間だけは、我輩のものであってほしいと願ってしまうのだった。
月光が二人を照らす。
その光は冷たく、それでいて柔らかだった。
まるで、凍りついた夜の中に
かすかに灯った火のように。
───
屋敷の中には、常に影があった。
ベラトリックス。
彼女はイリスの前に現れては、
小さな呪いを与え、皮肉を落として去っていく。
「その顔を見ていると、
あのお方が穢れる気がするわ。」
その言葉にイリスは何も返さない。
ただ静かに視線を伏せる。
けれど、その沈黙がかえってベラトリックスを苛立たせるのを知っていた。
笑い声とともに黒い裾が去るたび、
空気の温度がわずかに下がる。
残された部屋には、呪いの残滓が淡く漂った。
そして、そのすべてをスネイプは察していた。
彼女が部屋を出たあとの冷たい空気、
皮膚に残る微かな魔力の痕。
見逃すはずがなかった。
「……我輩がいない間に、何をされた。」
低く問う声。
抑え込まれた怒りが、刃のように震える。
イリスは小さく首を振った。
「何も。」
その一言が、嘘であることをスネイプは理解していた。
けれど、それを責めることもできない。
彼女の沈黙は、恐れではなく誇りだったから。
スネイプの手が止まり、言葉が喉で途切れる。
怒りと焦燥と、守れぬ現実が胸を焼く。
それでも声を上げないのは、
彼女の前で自分の弱さを晒したくなかったからだった。
するとイリスが、そっとその手に触れた。
「大丈夫。あなたが傍にいてくれるだけで、十分なの。」
その声は微かで、それでも確かな温度を持っていた。
スネイプは目を閉じ、深く息を吐く。
指先が震える。
それは後悔ではなかった。
赦しを乞う祈りのようでもあり、
彼女の手の温もりに縋る、最後の理性のようでもあった。
───
夜は静かに更けていった。
窓の外では、雪が音もなく降り続けている。
イリスはベッドに身を横たえ、立ち去るスネイプの背を見つめていた。
彼の存在が屋敷でただひとつの温もりに思えた。
痛みは、消えない。
恐怖も、まだ心の奥に巣くっている。
それでも、あの人が傍にいるかぎり、
自分は闇に飲まれずにいられる。
冷たい世界の中で
セブルス・スネイプだけが、
イリスが「自分らしい」部分を保たせていた。
彼の無言の手が、まだ自分を繋ぎ止めてくれている。
その事実が、どんな呪文よりも強い力を持っていた。
──闇の中にも、灯はある。
それがたとえ、痛みの中でしか燃えない火であっても。
雪の音が止んだ。
静寂だけが残る夜の中で、
イリスはその微かな温もりを胸に、まぶたを閉じた。
彼女の心はまだ折れていない。
それは、スネイプが傍にいるという
ただその一点によって保たれていた。
───
そして次の夜、
再び闇が彼女を呼ぶのだった。
スネイプが任務を終えて屋敷に戻ったのは、日が登り始めた頃だった。
風が石壁を叩き、かすかな音を残す。
その静けさの中、イリスは窓辺に立っていた。
白い頬にはまだ新しい傷跡が残り、
それでも赤い瞳は、変わらぬ光を宿している。
スネイプは言葉を失った。
長い沈黙ののち、ようやく絞り出す。
「……イリス」
その低い声に、イリスは振り返る。
微笑みは淡く、それでいて確かな温度を帯びていた。
「待ってたよ、セブルス。」
ただそれだけの言葉が、彼の胸の奥を震わせる。
張りつめていた糸がほどけるように、
息が音にならず喉の奥で震えた。
「……我輩のような人間の帰りを待つとは、物好きもいいところだ。」
口ではそう言いながら、
スネイプの瞳は彼女の息遣いを確かめるように見つめていた。
まだ壊れていない。
その事実だけが、彼を支えていた。
───
日々は、静かに過ぎていった。
イリスは夜ごと呼ばれ、
痛みと冷気の中を戻ってくる。
その瞳の奥では、まだ闇の影が蠢いていた。
現実と悪夢の境が曖昧になるほどに、心は削られていた。
そして、その後を受け止めるのは、いつもスネイプだった。
シャワーを浴びたばかりのイリスの髪から、雫が落ちる。
タオルでそれを拭うたび、スネイプの胸の奥が軋む。
触れる指先に、血の痕と、まだ残る熱。
「……痛むか」
イリスは小さく首を振る。
その仕草に、スネイプの喉がわずかに鳴った。
彼は薬を布に取り、切り傷の上を静かになぞる。
彼女の肌が微かに震えるたび、罪悪と安堵が交互に胸を貫いた。
自分の手で彼女の傷を癒やしながら、同時にその傷を作らせたのも自分だと痛感する。
我輩がいなければ、彼女はここに囚われることもなかった。
守ると誓ったのに、何もできん。
そんな思考が渦を巻き、指先が一瞬止まる。
その沈黙の中で、彼の中の何かが静かに崩れた。
彼女の髪を撫でるたび、
あの男の手がその肌に触れた光景が脳裏を焼く。
それを拭うように手を滑らせても、
感触の奥で燃える嫉妬は決して消えぬ。
この手で癒やすことは、奪われた痕跡を消すことではない。
だが消したい。消してしまいたい。
スネイプの理性が警鐘を鳴らす。
それでも、指先が彼女の頬に触れるたび、
世界の残酷さがほんの一瞬、遠のく気がした。
彼は再び薬を取り、静かに傷を覆った。
止められない。止めてしまえば、存在の意味を失う。
癒やすことだけが、今の彼に許された罰だった。
濡れた髪を拭き、傷を包み、冷えた体を覆う。
その手つきは丁寧で、どこまでも静かだった。
触れるたび、イリスの呼吸が落ち着いていく。
現実の輪郭を取り戻すように。
「……あなたの手は、痛みを忘れさせてくれる。」
そう呟く声はかすかで、震えていた。
スネイプの瞳がわずかに揺れる。
だが、答えた声はいつも通り低く抑えられていた。
「……壊されたものを直すことしか、
我輩にはできん。」
沈黙が落ちる。
その中で、彼の胸の奥にひとつの願いが沈んでいった。
彼の手が届くのは、彼女が壊れたあとのわずかな時間だけ。
それでも、誰のものでもないこの瞬間だけは、我輩のものであってほしいと願ってしまうのだった。
月光が二人を照らす。
その光は冷たく、それでいて柔らかだった。
まるで、凍りついた夜の中に
かすかに灯った火のように。
───
屋敷の中には、常に影があった。
ベラトリックス。
彼女はイリスの前に現れては、
小さな呪いを与え、皮肉を落として去っていく。
「その顔を見ていると、
あのお方が穢れる気がするわ。」
その言葉にイリスは何も返さない。
ただ静かに視線を伏せる。
けれど、その沈黙がかえってベラトリックスを苛立たせるのを知っていた。
笑い声とともに黒い裾が去るたび、
空気の温度がわずかに下がる。
残された部屋には、呪いの残滓が淡く漂った。
そして、そのすべてをスネイプは察していた。
彼女が部屋を出たあとの冷たい空気、
皮膚に残る微かな魔力の痕。
見逃すはずがなかった。
「……我輩がいない間に、何をされた。」
低く問う声。
抑え込まれた怒りが、刃のように震える。
イリスは小さく首を振った。
「何も。」
その一言が、嘘であることをスネイプは理解していた。
けれど、それを責めることもできない。
彼女の沈黙は、恐れではなく誇りだったから。
スネイプの手が止まり、言葉が喉で途切れる。
怒りと焦燥と、守れぬ現実が胸を焼く。
それでも声を上げないのは、
彼女の前で自分の弱さを晒したくなかったからだった。
するとイリスが、そっとその手に触れた。
「大丈夫。あなたが傍にいてくれるだけで、十分なの。」
その声は微かで、それでも確かな温度を持っていた。
スネイプは目を閉じ、深く息を吐く。
指先が震える。
それは後悔ではなかった。
赦しを乞う祈りのようでもあり、
彼女の手の温もりに縋る、最後の理性のようでもあった。
───
夜は静かに更けていった。
窓の外では、雪が音もなく降り続けている。
イリスはベッドに身を横たえ、立ち去るスネイプの背を見つめていた。
彼の存在が屋敷でただひとつの温もりに思えた。
痛みは、消えない。
恐怖も、まだ心の奥に巣くっている。
それでも、あの人が傍にいるかぎり、
自分は闇に飲まれずにいられる。
冷たい世界の中で
セブルス・スネイプだけが、
イリスが「自分らしい」部分を保たせていた。
彼の無言の手が、まだ自分を繋ぎ止めてくれている。
その事実が、どんな呪文よりも強い力を持っていた。
──闇の中にも、灯はある。
それがたとえ、痛みの中でしか燃えない火であっても。
雪の音が止んだ。
静寂だけが残る夜の中で、
イリスはその微かな温もりを胸に、まぶたを閉じた。
彼女の心はまだ折れていない。
それは、スネイプが傍にいるという
ただその一点によって保たれていた。
───
そして次の夜、
再び闇が彼女を呼ぶのだった。
