第5章 死の秘宝
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第13話 守られていた者
雪は絶え間なく降り続いていた。
森の枝に積もる白は、沈黙そのもののように重く、冷たかった。
吐息さえ音を立てることをためらう夜。
その静寂の中に、ひとりの影が立っていた。
黒衣を纏ったスネイプ。
その背に、凍てつく風が絡みつく。
彼の胸の奥には、怒りと痛みがないまぜになっていた。
あの男を殺した夜から、すべては計算の上で進めてきた。
それなのにこの女は、愚かにもその均衡を壊した。
雪の気配の向こうに、確かな気配。
イリス。
その名が心に浮かぶより先に、言葉がこぼれていた。
「……一体、我輩がどんな気持ちでここに立っていると思う。」
雪の粒が、吐息に混じって消える。
それは怒号ではない。
凍った心の底から滲み出た声だった。
「すべてが水の泡だ。
積み上げたものも、誤魔化してきた均衡も……貴様が壊した。」
拳が震える。
それは怒りではない。
この手で救おうとしたものを、また自分が壊してしまったという絶望だった。
「守りたかった。お前を──そして、生徒たちを。
だが守るべき本人が、自ら破滅に足を踏み入れるとはな。」
雪が肩に降り積もるたび、心の奥の孤独が増していく。
どんな言葉を選んでも、彼女を遠ざけることしかできない。
イリスの声が、静かにその沈黙を破った。
「私は、あなたを守りたいの。
怒られるって分かってた。拒まれることも。
それでも来たの。
……この瞬間を、ずっと待っていた。」
まっすぐな声だった。
凍った心を叩くように響く。
スネイプは顔を伏せたまま、吐息を落とす。
「……ほう。
では貴様は、我輩の苦労を無に返すその“瞬間”を、心待ちにしていたというわけか。」
皮肉にすがるしかなかった。
怒りの仮面で、心の動揺を隠す。
本当は、こんな女を責められる立場ではないと分かっているのに。
「我輩が何を犠牲にしてここまで繋いできたと思う。
その努力を、愚かにも踏みにじりに来たのか?」
沈黙が降りる。
雪が、二人の間に降り積もる距離を測るように舞う。
スネイプはただ、溶けゆく雪の粒を見つめていた。
「そんなこと、望んでおらん。戻れ。」
「っセブルス。」
「戻れと言っている。」
声は冷たい。
だがその奥にあるのは怒りではなく、痛み。
頼む、逃げろ。
そう言いたかった。
それでも彼女は一歩、雪を踏みしめた。
迷わぬ足取りに、スネイプの胸がわずかに揺れる。
「今、あなた一人で“あの人”のもとへ帰ったら、どうなると思う?」
その問いに、肩が止まった。
心臓の鼓動が一拍、遅れる。
「成果もなく、逃げ帰った者として──
どんな扱いを受けるか、あなたが一番分かっているはず。」
その声は冷たいのに、震えていた。
スネイプの背を、雪が覆う。
「イリス、お前には関係のないことだ。」
「関係あるわ。」
まっすぐな声が夜を貫く。
その響きが痛いほど胸に刺さる。
「すごく関係あるの。
あなたが私を大切に思うのと同じくらい、私もあなたを大切に思ってる。
あなたがどんな扱いを受けているのか、知らないでいることなんて、もうできないの。」
振り返れない。
振り返れば、心が負ける。
ただ、冷たく閉じたまぶたの裏で、彼女の紅い瞳が焼きついていた。
「あなたがいなくなったら、私の生きる意味は消える。
あなたがいたから、私は何度でも立ち上がれた。
……今度は、私の番よ。」
風が二人の間を抜けた。
雪が渦を巻く。
その中に、確かに彼女の温度があった。
「それに、どうせ戻っても連れ去られる可能性があるなら、私はあなたに連れ去られたい。
そしてあなたの手柄にして…。
少しでもいい立ち位置で活動できた方が、色々と都合がいいでしょう?
だから、お願い。私を連れていって。
足枷じゃなく、あなたの盾として。」
その声が消えたあと、
雪の中に静寂だけが残った。
スネイプはゆっくりと振り返る。
紅い瞳。涙。まっすぐな意志。
どうして、そんな目で我輩を見る。
「……お前は、
どこまでも真っ直ぐで、
厄介で、愚かだ。」
そう口にしながら、胸の奥で小さく息を吐いた。
愚かだ。だが、その愚かさに幾度救われたことか。
己が闇に沈みかけるたび、その真っ直ぐな瞳が、僅かに光を戻してくれた。
滑稽な話だ。
一体どれほどの夜を、我輩は取り違えていたのか。
守っていたつもりが、守られていたのは我輩の方だった。
イリスは微笑んだ。
涙がこぼれても、その笑みは崩れない。
「愚かでもいいの。あなたをひとりにしたくない。」
スネイプは息を吐き、視線を逸らす。
そのままでは、何も言えなくなる。
「……イリス、ちゃんとわかっているのか?
一緒に来るということは、もう自由には戻れない。
闇の者として憎まれ、あの男に利用される。
……それでも本当に来るというのか。」
イリスは頷いた。
真っ直ぐで宝石のように輝く瞳がスネイプを見据える。
雪の白さによりその赤が際立ち、彼の胸のどこか柔らかな場所を容赦なく貫いた。
「……お前も、あの方も、欲深い。
あの方は我輩に自身の死を命じ、お前は自分を……我輩の最も守りたい者を闇の帝王に差し出せと言う。」
苦笑のような息が漏れた。
諦めと祈りが入り混じる音。
「イリス。今回だけだ。
二度と、我輩にお前を差し出させるような真似はするな。」
「セブルス……ありがとう。」
イリスの震える声に、胸の奥の何かが静かにほどけた。
スネイプは歩み寄る。
長い時間を越えてようやく辿り着いた距離。
何度願っただろう。
手の届く場所にいながら、触れてはならない夜が、どれほど続いただろう。
「……せめて、今だけは、このままでいさせてくれ。」
イリスへ手を伸ばし、壊さぬようにそっと抱き寄せる。
腕の中の温もりが、凍った心を少しずつ溶かしていく。
雪の音が、風の音が、遠のく。
今この瞬間だけは、世界の残酷さが消えていた。
「セブルス……もう一人で抱えないで。」
スネイプは何も言わなかった。
だが、代わりに抱きしめる力を強める。
それが答えだった。
彼女は受け入れると言った。
過去も、罪も、これから背負う穢れでさえ。
その愚直さに救われる自分を、彼はもう否定できない。
風が戻り、雪が現実の重さを思い出させる。
ここから先は、闇への道だ。
彼女を「捕らえた功」を携え、あの男の前へ出る。
恐らく今後はイリスを縛る鎖として傍に置かれるだろう。
だが同時に、我輩が彼女の楯となる位置を確保できる。
そうだ、それが最善だ。
彼女は確実に傷つけられる。だが、今回連れ帰ることで闇の帝王はさらに自分を信用する。
そうなればイリスの傍にいられる可能性は大きいはずだ。
「行くぞ。」
冷たい決意を胸に短く告げる。
この腕は、彼女を差し出すためにあるのではない。
差し出すふりをして、奪わせないためにある。
闇を利用し、闇を欺こうとする酷く愚かな自身に思わず鼻を鳴らす。
そのためならば、どれだけ汚れても構わない。
闇の方角へ、二つの影が歩き出す。
イリスの温もりが、まだ指先に残っている。
それは、闇の底でも消えない灯の温もりだ。
次に待つのが地獄であろうとも、彼らは歩を止めない。
この愚かな光を、嘲りにも侮蔑にも渡さぬために。
最後まで、奪わせないために。
雪は絶え間なく降り続いていた。
森の枝に積もる白は、沈黙そのもののように重く、冷たかった。
吐息さえ音を立てることをためらう夜。
その静寂の中に、ひとりの影が立っていた。
黒衣を纏ったスネイプ。
その背に、凍てつく風が絡みつく。
彼の胸の奥には、怒りと痛みがないまぜになっていた。
あの男を殺した夜から、すべては計算の上で進めてきた。
それなのにこの女は、愚かにもその均衡を壊した。
雪の気配の向こうに、確かな気配。
イリス。
その名が心に浮かぶより先に、言葉がこぼれていた。
「……一体、我輩がどんな気持ちでここに立っていると思う。」
雪の粒が、吐息に混じって消える。
それは怒号ではない。
凍った心の底から滲み出た声だった。
「すべてが水の泡だ。
積み上げたものも、誤魔化してきた均衡も……貴様が壊した。」
拳が震える。
それは怒りではない。
この手で救おうとしたものを、また自分が壊してしまったという絶望だった。
「守りたかった。お前を──そして、生徒たちを。
だが守るべき本人が、自ら破滅に足を踏み入れるとはな。」
雪が肩に降り積もるたび、心の奥の孤独が増していく。
どんな言葉を選んでも、彼女を遠ざけることしかできない。
イリスの声が、静かにその沈黙を破った。
「私は、あなたを守りたいの。
怒られるって分かってた。拒まれることも。
それでも来たの。
……この瞬間を、ずっと待っていた。」
まっすぐな声だった。
凍った心を叩くように響く。
スネイプは顔を伏せたまま、吐息を落とす。
「……ほう。
では貴様は、我輩の苦労を無に返すその“瞬間”を、心待ちにしていたというわけか。」
皮肉にすがるしかなかった。
怒りの仮面で、心の動揺を隠す。
本当は、こんな女を責められる立場ではないと分かっているのに。
「我輩が何を犠牲にしてここまで繋いできたと思う。
その努力を、愚かにも踏みにじりに来たのか?」
沈黙が降りる。
雪が、二人の間に降り積もる距離を測るように舞う。
スネイプはただ、溶けゆく雪の粒を見つめていた。
「そんなこと、望んでおらん。戻れ。」
「っセブルス。」
「戻れと言っている。」
声は冷たい。
だがその奥にあるのは怒りではなく、痛み。
頼む、逃げろ。
そう言いたかった。
それでも彼女は一歩、雪を踏みしめた。
迷わぬ足取りに、スネイプの胸がわずかに揺れる。
「今、あなた一人で“あの人”のもとへ帰ったら、どうなると思う?」
その問いに、肩が止まった。
心臓の鼓動が一拍、遅れる。
「成果もなく、逃げ帰った者として──
どんな扱いを受けるか、あなたが一番分かっているはず。」
その声は冷たいのに、震えていた。
スネイプの背を、雪が覆う。
「イリス、お前には関係のないことだ。」
「関係あるわ。」
まっすぐな声が夜を貫く。
その響きが痛いほど胸に刺さる。
「すごく関係あるの。
あなたが私を大切に思うのと同じくらい、私もあなたを大切に思ってる。
あなたがどんな扱いを受けているのか、知らないでいることなんて、もうできないの。」
振り返れない。
振り返れば、心が負ける。
ただ、冷たく閉じたまぶたの裏で、彼女の紅い瞳が焼きついていた。
「あなたがいなくなったら、私の生きる意味は消える。
あなたがいたから、私は何度でも立ち上がれた。
……今度は、私の番よ。」
風が二人の間を抜けた。
雪が渦を巻く。
その中に、確かに彼女の温度があった。
「それに、どうせ戻っても連れ去られる可能性があるなら、私はあなたに連れ去られたい。
そしてあなたの手柄にして…。
少しでもいい立ち位置で活動できた方が、色々と都合がいいでしょう?
だから、お願い。私を連れていって。
足枷じゃなく、あなたの盾として。」
その声が消えたあと、
雪の中に静寂だけが残った。
スネイプはゆっくりと振り返る。
紅い瞳。涙。まっすぐな意志。
どうして、そんな目で我輩を見る。
「……お前は、
どこまでも真っ直ぐで、
厄介で、愚かだ。」
そう口にしながら、胸の奥で小さく息を吐いた。
愚かだ。だが、その愚かさに幾度救われたことか。
己が闇に沈みかけるたび、その真っ直ぐな瞳が、僅かに光を戻してくれた。
滑稽な話だ。
一体どれほどの夜を、我輩は取り違えていたのか。
守っていたつもりが、守られていたのは我輩の方だった。
イリスは微笑んだ。
涙がこぼれても、その笑みは崩れない。
「愚かでもいいの。あなたをひとりにしたくない。」
スネイプは息を吐き、視線を逸らす。
そのままでは、何も言えなくなる。
「……イリス、ちゃんとわかっているのか?
一緒に来るということは、もう自由には戻れない。
闇の者として憎まれ、あの男に利用される。
……それでも本当に来るというのか。」
イリスは頷いた。
真っ直ぐで宝石のように輝く瞳がスネイプを見据える。
雪の白さによりその赤が際立ち、彼の胸のどこか柔らかな場所を容赦なく貫いた。
「……お前も、あの方も、欲深い。
あの方は我輩に自身の死を命じ、お前は自分を……我輩の最も守りたい者を闇の帝王に差し出せと言う。」
苦笑のような息が漏れた。
諦めと祈りが入り混じる音。
「イリス。今回だけだ。
二度と、我輩にお前を差し出させるような真似はするな。」
「セブルス……ありがとう。」
イリスの震える声に、胸の奥の何かが静かにほどけた。
スネイプは歩み寄る。
長い時間を越えてようやく辿り着いた距離。
何度願っただろう。
手の届く場所にいながら、触れてはならない夜が、どれほど続いただろう。
「……せめて、今だけは、このままでいさせてくれ。」
イリスへ手を伸ばし、壊さぬようにそっと抱き寄せる。
腕の中の温もりが、凍った心を少しずつ溶かしていく。
雪の音が、風の音が、遠のく。
今この瞬間だけは、世界の残酷さが消えていた。
「セブルス……もう一人で抱えないで。」
スネイプは何も言わなかった。
だが、代わりに抱きしめる力を強める。
それが答えだった。
彼女は受け入れると言った。
過去も、罪も、これから背負う穢れでさえ。
その愚直さに救われる自分を、彼はもう否定できない。
風が戻り、雪が現実の重さを思い出させる。
ここから先は、闇への道だ。
彼女を「捕らえた功」を携え、あの男の前へ出る。
恐らく今後はイリスを縛る鎖として傍に置かれるだろう。
だが同時に、我輩が彼女の楯となる位置を確保できる。
そうだ、それが最善だ。
彼女は確実に傷つけられる。だが、今回連れ帰ることで闇の帝王はさらに自分を信用する。
そうなればイリスの傍にいられる可能性は大きいはずだ。
「行くぞ。」
冷たい決意を胸に短く告げる。
この腕は、彼女を差し出すためにあるのではない。
差し出すふりをして、奪わせないためにある。
闇を利用し、闇を欺こうとする酷く愚かな自身に思わず鼻を鳴らす。
そのためならば、どれだけ汚れても構わない。
闇の方角へ、二つの影が歩き出す。
イリスの温もりが、まだ指先に残っている。
それは、闇の底でも消えない灯の温もりだ。
次に待つのが地獄であろうとも、彼らは歩を止めない。
この愚かな光を、嘲りにも侮蔑にも渡さぬために。
最後まで、奪わせないために。
