第5章 死の秘宝
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第11話 沈黙の牢
曇天の光がホグワーツの石壁を鈍く照らしていた。
窓辺には秋の風が吹き込み、外の木々はほとんど葉を落としている。
空気には、冬の手前の、どこか湿った冷たさが漂っていた。
スネイプは大広間に座り、静かに食事をとっていた。
その先では、アミカス・カローが笑いながら生徒に命令を下していた。
聞き流すしかない。
この男の低俗な楽しみは、今さら止められるものではない。
だが、視線の端に映る白い影イリスの姿が彼の呼吸を止めた。
彼女は静かに立っている。
教壇の端で、命令を受けるように見せかけながら、何も言わない。
また沈黙を選んだか。愚か者め。
心の中でそう呟きながらも、
スネイプはその沈黙こそがイリスの唯一の抵抗であることを知っていた。
カロー兄妹は、あの白い肌と紅い瞳を“特別な姫君”と呼んでいた。
彼らにとって珍しい玩具であり、興味の対象だった。
その歪んだ好奇心が、他の生徒の憎悪を煽っている。
スネイプは理解していた。
だからこそ“闇の帝王のもの”という言葉で楯を作った。
それが彼女を守るはずだった。
だが、現実は逆だった。
生徒たちは“帝王の女”を妬み、侮辱の的とした。
──我輩の策など、結局は呪いにしかならぬ。
自嘲のような思いが胸を掠めた。
守るはずのものを、また傷つけている。
───
日が傾き始める頃、報告が耳に入る。
イリスが嘲られ、廊下で物をぶつけられたと。
制服は汚れ、何かを探し歩く姿が見られたという。
誰も止めない。教師たちは見て見ぬふりをする。
スネイプもまた、その一人である自分に気づく。
我輩が声を上げれば、矛先は彼女に向かう。
カロー兄妹に知られれば、興味は憎悪へ変わる。
理解している。
だが、それでも、手を出せないことがこんなにも痛いとは思わなかった。
この手は何のためにある?
守るためではなかったのか……。
拳を握り、机の上で静かに震えた。
───
某日、本日最後の授業中に悲鳴が上がった。
甲高く、女の声。
日常のような音だった。
だが、その瞬間だけ脳裏に顔が浮かぶ
──イリス。
スネイプは立ち上がりかけ、そして止まる。
このまま動けば、全てが終わる。
監視者の仮面も、彼女の立場も、一瞬で崩れる。
それでも、拳が勝手に握られていた。
爪が手のひらを刺す。
動けない。
動けば彼女が傷つく。
動かなくても彼女は傷つく。
どう足掻いても既に取り返しはつかない状況だった。
授業が終わりしばらくした頃、校長室から出てイリスの様子だけでも見ようとした時、アミカス・カローが廊下にいた。
あの薄笑いを浮かべながら、嬉々としてスネイプに話しかける。
「いやぁ校長、今日の姫君はなかなか反抗的でしてねぇ。
磔の呪いをお見せする良い機会でした。
流石は帝王の女だ。声が、実に上等でして。」
「……そうか。」
スネイプの声は凍っていた。
胸の奥で、さっきの悲鳴が蘇る。
やはり──彼女だったのか。
この手で何もできないことが、何よりも辛かった。
───
イリスを探し歩いていた時、廊下の奥で生徒の笑い声が響いた。
甲高く、汚れた笑い。
「ねえ、これがないと何もできないんじゃない?」
パキン──乾いた音。
スネイプの足が勝手に動いた。
角を曲がった先、三人の生徒。
その足元に、踏みつけられた白い影。
床に散らばった木片。
折れた杖。
「何をしている。」
声が、低く落ちた。
怒鳴り声ではない。
それだけで空気が凍った。
生徒たちは振り返り、顔色を失う。
「こ、校長、この生徒がわざと私を押したんです。
それで少し揉めて──」
スネイプは彼らを睨みつけ、冷たく言い放った。
「……それ以上、戯言を言うならば、貴様らにも罰を与えねばならぬ。」
誰も言葉を発しない。
逃げ出すことも出来ず、ただ怯えたまま。
その沈黙の中で、スネイプは地に伏すイリスへ視線を落とした。
彼女は顔を上げない。
目は閉ざされ、全てを拒絶しているように見える。
──これが、我輩の作り出した地獄か。
冷たく息を吸い、声を抑えて言った。
「...ミス・イリス。
どうやら先程の授業で反抗したとの報告があるがどうなんだ?」
しばしの沈黙。
返事の代わりに固く閉ざされていた瞳が開かれる。
紅く宝石のように輝く瞳をしていたイリス。
しかし今はくすみ、光を失っている。
頼む、何とか答えてくれ。焦る気持ちが言葉を紡ぐ。
「……イリス。答えろ。我輩の時間を無駄にする気か。」
自分でも驚くほど震えていた。
それは怒りではなく、たまらなく強い恐怖だった。
それでもすぐには帰ってこない返事。
磔の呪いは精神的に強く、自身の感情コントロールに卓越したエルフにも効果は強いようだ。
すぐにでも抱きしめたい。だがそれは許されない。
自分で選んだ道だ。
守りたいと考え離れたはずなのに、傷つけている現実に心が打ち砕かれそうだった。
またしても自分は選択を間違えたのか……と。
イリスの姿があの日のリリーに重なる。
その時かすれた声が落ちた。
「……反抗しました。」
とても細く、とても不安定な声だった。
スネイプはその声を聞くなり生徒たちに目を向けた。
「イリスを置いて戻れ。」
その言葉を聞くなり生徒たちは、素早く立ち去る。
足音はすぐに小さくなり、やがて聞こえなくなる。
静寂が残る廊下で、スネイプは屈み込み、折れた杖を拾い上げる。
「お前も戻れ。今日と明日は罰則として謹慎だ。」
彼女のそばに杖を置きながらその顔を見つめる。
先程まで光を失っていた瞳には大粒の涙が今にも零れそうなほど溜まっている。
イリス、頼む。
心まで折られないでくれ。
心を閉ざし、生きることを諦めないでくれ。
磔の呪いで弱ってしまったお前をどうしようも出来ない自分を憎んでくれていい。
どうか彼女と同じ道を歩まないでくれ。
決して声には出せない願い。
これ以上見つめていてはこれまでの努力を壊してしまう。
そんな気がしてスネイプは静かに背を向け、足音を残して去っていく。
廊下にはただ沈黙だけが残った。
その沈黙こそが、
彼の罪と祈りを閉じ込める牢だった。
曇天の光がホグワーツの石壁を鈍く照らしていた。
窓辺には秋の風が吹き込み、外の木々はほとんど葉を落としている。
空気には、冬の手前の、どこか湿った冷たさが漂っていた。
スネイプは大広間に座り、静かに食事をとっていた。
その先では、アミカス・カローが笑いながら生徒に命令を下していた。
聞き流すしかない。
この男の低俗な楽しみは、今さら止められるものではない。
だが、視線の端に映る白い影イリスの姿が彼の呼吸を止めた。
彼女は静かに立っている。
教壇の端で、命令を受けるように見せかけながら、何も言わない。
また沈黙を選んだか。愚か者め。
心の中でそう呟きながらも、
スネイプはその沈黙こそがイリスの唯一の抵抗であることを知っていた。
カロー兄妹は、あの白い肌と紅い瞳を“特別な姫君”と呼んでいた。
彼らにとって珍しい玩具であり、興味の対象だった。
その歪んだ好奇心が、他の生徒の憎悪を煽っている。
スネイプは理解していた。
だからこそ“闇の帝王のもの”という言葉で楯を作った。
それが彼女を守るはずだった。
だが、現実は逆だった。
生徒たちは“帝王の女”を妬み、侮辱の的とした。
──我輩の策など、結局は呪いにしかならぬ。
自嘲のような思いが胸を掠めた。
守るはずのものを、また傷つけている。
───
日が傾き始める頃、報告が耳に入る。
イリスが嘲られ、廊下で物をぶつけられたと。
制服は汚れ、何かを探し歩く姿が見られたという。
誰も止めない。教師たちは見て見ぬふりをする。
スネイプもまた、その一人である自分に気づく。
我輩が声を上げれば、矛先は彼女に向かう。
カロー兄妹に知られれば、興味は憎悪へ変わる。
理解している。
だが、それでも、手を出せないことがこんなにも痛いとは思わなかった。
この手は何のためにある?
守るためではなかったのか……。
拳を握り、机の上で静かに震えた。
───
某日、本日最後の授業中に悲鳴が上がった。
甲高く、女の声。
日常のような音だった。
だが、その瞬間だけ脳裏に顔が浮かぶ
──イリス。
スネイプは立ち上がりかけ、そして止まる。
このまま動けば、全てが終わる。
監視者の仮面も、彼女の立場も、一瞬で崩れる。
それでも、拳が勝手に握られていた。
爪が手のひらを刺す。
動けない。
動けば彼女が傷つく。
動かなくても彼女は傷つく。
どう足掻いても既に取り返しはつかない状況だった。
授業が終わりしばらくした頃、校長室から出てイリスの様子だけでも見ようとした時、アミカス・カローが廊下にいた。
あの薄笑いを浮かべながら、嬉々としてスネイプに話しかける。
「いやぁ校長、今日の姫君はなかなか反抗的でしてねぇ。
磔の呪いをお見せする良い機会でした。
流石は帝王の女だ。声が、実に上等でして。」
「……そうか。」
スネイプの声は凍っていた。
胸の奥で、さっきの悲鳴が蘇る。
やはり──彼女だったのか。
この手で何もできないことが、何よりも辛かった。
───
イリスを探し歩いていた時、廊下の奥で生徒の笑い声が響いた。
甲高く、汚れた笑い。
「ねえ、これがないと何もできないんじゃない?」
パキン──乾いた音。
スネイプの足が勝手に動いた。
角を曲がった先、三人の生徒。
その足元に、踏みつけられた白い影。
床に散らばった木片。
折れた杖。
「何をしている。」
声が、低く落ちた。
怒鳴り声ではない。
それだけで空気が凍った。
生徒たちは振り返り、顔色を失う。
「こ、校長、この生徒がわざと私を押したんです。
それで少し揉めて──」
スネイプは彼らを睨みつけ、冷たく言い放った。
「……それ以上、戯言を言うならば、貴様らにも罰を与えねばならぬ。」
誰も言葉を発しない。
逃げ出すことも出来ず、ただ怯えたまま。
その沈黙の中で、スネイプは地に伏すイリスへ視線を落とした。
彼女は顔を上げない。
目は閉ざされ、全てを拒絶しているように見える。
──これが、我輩の作り出した地獄か。
冷たく息を吸い、声を抑えて言った。
「...ミス・イリス。
どうやら先程の授業で反抗したとの報告があるがどうなんだ?」
しばしの沈黙。
返事の代わりに固く閉ざされていた瞳が開かれる。
紅く宝石のように輝く瞳をしていたイリス。
しかし今はくすみ、光を失っている。
頼む、何とか答えてくれ。焦る気持ちが言葉を紡ぐ。
「……イリス。答えろ。我輩の時間を無駄にする気か。」
自分でも驚くほど震えていた。
それは怒りではなく、たまらなく強い恐怖だった。
それでもすぐには帰ってこない返事。
磔の呪いは精神的に強く、自身の感情コントロールに卓越したエルフにも効果は強いようだ。
すぐにでも抱きしめたい。だがそれは許されない。
自分で選んだ道だ。
守りたいと考え離れたはずなのに、傷つけている現実に心が打ち砕かれそうだった。
またしても自分は選択を間違えたのか……と。
イリスの姿があの日のリリーに重なる。
その時かすれた声が落ちた。
「……反抗しました。」
とても細く、とても不安定な声だった。
スネイプはその声を聞くなり生徒たちに目を向けた。
「イリスを置いて戻れ。」
その言葉を聞くなり生徒たちは、素早く立ち去る。
足音はすぐに小さくなり、やがて聞こえなくなる。
静寂が残る廊下で、スネイプは屈み込み、折れた杖を拾い上げる。
「お前も戻れ。今日と明日は罰則として謹慎だ。」
彼女のそばに杖を置きながらその顔を見つめる。
先程まで光を失っていた瞳には大粒の涙が今にも零れそうなほど溜まっている。
イリス、頼む。
心まで折られないでくれ。
心を閉ざし、生きることを諦めないでくれ。
磔の呪いで弱ってしまったお前をどうしようも出来ない自分を憎んでくれていい。
どうか彼女と同じ道を歩まないでくれ。
決して声には出せない願い。
これ以上見つめていてはこれまでの努力を壊してしまう。
そんな気がしてスネイプは静かに背を向け、足音を残して去っていく。
廊下にはただ沈黙だけが残った。
その沈黙こそが、
彼の罪と祈りを閉じ込める牢だった。
