第5章 死の秘宝
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第10話 闇の道
雪が深く降り積もっていた。
風はなく、森全体が息を潜めている。
音のない世界で、ただ雪片が空から舞い落ち、
地上のすべてを同じ白に塗り替えていた。
スネイプの黒衣がその中に立つ。
闇の影のように動かず、背中には凍りついた夜気の重さがのしかかっていた。
少し離れて、イリスがその背を見ていた。
吐息は白く、胸の奥で静かに脈打つ心臓の鼓動だけが確かな音を刻んでいる。
──この夜を待っていた。
けれど、いざ来てみると胸の奥は痛いほど冷たい。
彼の怒りも、悲しみも、全部受け入れる覚悟をしてきたはずなのに。
沈黙を切り裂くように、スネイプの低い声が落ちた。
「……一体、我輩がどんな気持ちでここに立っていると思う。」
それは怒りというより、限界まで抑えつけていたものが
とうとう形を持って漏れ出したような声だった。
「すべてが水の泡だ。
積み上げたものも、誤魔化してきた均衡も……貴様が壊した。」
彼の拳が震えていた。
雪が降るたびに、黒い袖の上で溶けては消える。
その滴が地に落ちるたびに、イリスの胸が締めつけられた。
「守りたかった。お前を──そして、生徒たちを。
だが守るべき本人が、自ら破滅に足を踏み入れるとはな。」
その背中から、
長く張りつめた孤独の重さが伝わってくる。
イリスはただ息を整え、冷たい空気の中で声を紡いだ。
「私は、あなたを守りたいの。
怒られるって分かってた。拒まれることも。
それでも来たの。
……この瞬間を、ずっと待っていた。」
スネイプは短く息を吐き、顔を伏せたまま冷たく言い放つ。
「……ほう。
では貴様は、我輩の苦労を無に返すその“瞬間”を、心待ちにしていたというわけか。」
その声音は静かだが、言葉の棘が雪より鋭く突き刺さる。
怒鳴りもしない、ただ冷徹に突き放す。
「我輩が何を犠牲にしてここまで繋いできたと思う。
その努力を、愚かにも踏みにじりに来たのか?」
イリスは何も返すことが出来ず、二人の間に沈黙が降りる。
雪が枝を重くしならせ、遠くで鳥の羽ばたく音がした。
スネイプは目を伏せ、吐息を長く吐き出す。
その息が白くほどける頃には、声の棘が少しだけ鈍っていた。
「そんなこと、望んでおらん。戻れ。」
「っセブルス。」
「戻れと言っている。」
短く、低く。
けれどその声は、怒りよりも痛みに近かった。
イリスは一歩踏み出した。雪が小さく音を立てる。
胸の奥で、恐れと決意が混ざっていた。
この距離を詰めるたびに、彼の怒りに触れる気がして足がすくむ。
けれど、それでも前へ進んだ。
離れたら、もう二度と追いつけない気がしたから……。
「今、あなた一人で“あの人”のもとへ帰ったら、どうなると思う?」
スネイプの肩が止まる。
その沈黙は返答よりも重かった。
「成果もなく、逃げ帰った者として──
どんな扱いを受けるか、あなたが一番分かっているはず。」
雪が彼の黒髪に積もっていく。
彼は動かない。だがその背が、ほんの少し沈んだ。
「イリス、お前には関係のないことだ。」
「関係あるわ。」
イリスの声は細いが、芯の通ったものだった。
風のない森にその響きが広がる。
「すごく関係あるの。
あなたが私を大切に思うのと同じくらい、私もあなたを大切に思ってる。
あなたがどんな扱いを受けているのか、知らないでいることなんて、もうできないの。」
彼の背中が微かに動く。
けれど振り向かない。
その距離が、手の届かないほど遠く感じた。
「あなたがいなくなったら、私の生きる意味は消える。
あなたがいたから、私は何度でも立ち上がれた。
……今度は、私の番よ。」
冷たい風が二人の間を抜け、雪が流れる。
イリスはその冷たさの中に、
少しだけ彼の息づかいを感じた気がした。
「それに、どうせ戻っても連れ去られる可能性があるなら、私はあなたに連れ去られたい。
そしてあなたの手柄にして。少しでもいい立ち位置で活動できた方が色々と都合がいいじゃない?
だから、お願い。私を連れていって。
足枷じゃなく、あなたの盾として。」
その声は雪に包まれ、夜の静寂に溶けていく。
しばらく無反応だったスネイプはようやく、ゆっくりと振り返った。
その瞳の奥には、苛立ちと悲しみ、
そしてどうしようもない愛情が複雑に絡まっていた。
「……お前は
どこまでも真っ直ぐで、
厄介で、愚かだ。」
イリスは微笑む。
涙が冷たい頬を伝っても、笑みは崩れなかった。
「愚かでもいいの。あなたをひとりにしたくない。」
スネイプは小さく息をつき、視線を逸らす。
「……イリス、ちゃんとわかっているのか?
一緒に来るということは、もう自由には戻れない。
闇の者として憎まれ、あの男に利用される。
...それでも本当に来るというのか。」
イリスは頷く。
スネイプを見つめるその紅玉の瞳は、夜明けを知らない星のように静かだった。
「……お前も、あの方も、欲深い。
あの方は我輩に自身の死を命じ、お前は自分を……我輩が最も守りたい者を闇に差し出せと言う。」
小さく、息が笑いに変わる。
それは苦笑であり、諦めにも似ていた。
「イリス。今回だけだ。
二度と、我輩にお前を差し出させるような真似はするな。」
「セブルス……ありがとう。」
その名を呼ぶ声が震えた。
心の奥から溢れ出た感情が、
雪よりも静かに二人の間に降り積もる。
スネイプは歩み寄る。
長い時間を越えてようやく辿り着いた距離。
「……せめて、今だけは、このままでいさせてくれ。」
その声は、祈りのように優しかった。
腕が伸び、イリスを包み込む。
冷たい空気の中で、その抱擁だけが確かな温もりを持っていた。
まるで、凍りついた世界の片隅で、
ひとつだけ燃える灯を抱いているようだった。
「セブルス……もう一人で抱えないで。」
彼は何も言わなかった。
けれど、腕の力が強くなった。
それだけで十分だった。
イリスはその胸の鼓動を聞きながら、
心の奥で小さく願った。
この人が、どうかほんの少しでも安らげますように、と。
雪は止むことを知らない。
それでも、その白の下で確かに、二つの影は寄り添っていた。
世界がどれほど残酷であっても、
今だけは、凍てついた夜にひとつの温もりが灯っていた。
雪が深く降り積もっていた。
風はなく、森全体が息を潜めている。
音のない世界で、ただ雪片が空から舞い落ち、
地上のすべてを同じ白に塗り替えていた。
スネイプの黒衣がその中に立つ。
闇の影のように動かず、背中には凍りついた夜気の重さがのしかかっていた。
少し離れて、イリスがその背を見ていた。
吐息は白く、胸の奥で静かに脈打つ心臓の鼓動だけが確かな音を刻んでいる。
──この夜を待っていた。
けれど、いざ来てみると胸の奥は痛いほど冷たい。
彼の怒りも、悲しみも、全部受け入れる覚悟をしてきたはずなのに。
沈黙を切り裂くように、スネイプの低い声が落ちた。
「……一体、我輩がどんな気持ちでここに立っていると思う。」
それは怒りというより、限界まで抑えつけていたものが
とうとう形を持って漏れ出したような声だった。
「すべてが水の泡だ。
積み上げたものも、誤魔化してきた均衡も……貴様が壊した。」
彼の拳が震えていた。
雪が降るたびに、黒い袖の上で溶けては消える。
その滴が地に落ちるたびに、イリスの胸が締めつけられた。
「守りたかった。お前を──そして、生徒たちを。
だが守るべき本人が、自ら破滅に足を踏み入れるとはな。」
その背中から、
長く張りつめた孤独の重さが伝わってくる。
イリスはただ息を整え、冷たい空気の中で声を紡いだ。
「私は、あなたを守りたいの。
怒られるって分かってた。拒まれることも。
それでも来たの。
……この瞬間を、ずっと待っていた。」
スネイプは短く息を吐き、顔を伏せたまま冷たく言い放つ。
「……ほう。
では貴様は、我輩の苦労を無に返すその“瞬間”を、心待ちにしていたというわけか。」
その声音は静かだが、言葉の棘が雪より鋭く突き刺さる。
怒鳴りもしない、ただ冷徹に突き放す。
「我輩が何を犠牲にしてここまで繋いできたと思う。
その努力を、愚かにも踏みにじりに来たのか?」
イリスは何も返すことが出来ず、二人の間に沈黙が降りる。
雪が枝を重くしならせ、遠くで鳥の羽ばたく音がした。
スネイプは目を伏せ、吐息を長く吐き出す。
その息が白くほどける頃には、声の棘が少しだけ鈍っていた。
「そんなこと、望んでおらん。戻れ。」
「っセブルス。」
「戻れと言っている。」
短く、低く。
けれどその声は、怒りよりも痛みに近かった。
イリスは一歩踏み出した。雪が小さく音を立てる。
胸の奥で、恐れと決意が混ざっていた。
この距離を詰めるたびに、彼の怒りに触れる気がして足がすくむ。
けれど、それでも前へ進んだ。
離れたら、もう二度と追いつけない気がしたから……。
「今、あなた一人で“あの人”のもとへ帰ったら、どうなると思う?」
スネイプの肩が止まる。
その沈黙は返答よりも重かった。
「成果もなく、逃げ帰った者として──
どんな扱いを受けるか、あなたが一番分かっているはず。」
雪が彼の黒髪に積もっていく。
彼は動かない。だがその背が、ほんの少し沈んだ。
「イリス、お前には関係のないことだ。」
「関係あるわ。」
イリスの声は細いが、芯の通ったものだった。
風のない森にその響きが広がる。
「すごく関係あるの。
あなたが私を大切に思うのと同じくらい、私もあなたを大切に思ってる。
あなたがどんな扱いを受けているのか、知らないでいることなんて、もうできないの。」
彼の背中が微かに動く。
けれど振り向かない。
その距離が、手の届かないほど遠く感じた。
「あなたがいなくなったら、私の生きる意味は消える。
あなたがいたから、私は何度でも立ち上がれた。
……今度は、私の番よ。」
冷たい風が二人の間を抜け、雪が流れる。
イリスはその冷たさの中に、
少しだけ彼の息づかいを感じた気がした。
「それに、どうせ戻っても連れ去られる可能性があるなら、私はあなたに連れ去られたい。
そしてあなたの手柄にして。少しでもいい立ち位置で活動できた方が色々と都合がいいじゃない?
だから、お願い。私を連れていって。
足枷じゃなく、あなたの盾として。」
その声は雪に包まれ、夜の静寂に溶けていく。
しばらく無反応だったスネイプはようやく、ゆっくりと振り返った。
その瞳の奥には、苛立ちと悲しみ、
そしてどうしようもない愛情が複雑に絡まっていた。
「……お前は
どこまでも真っ直ぐで、
厄介で、愚かだ。」
イリスは微笑む。
涙が冷たい頬を伝っても、笑みは崩れなかった。
「愚かでもいいの。あなたをひとりにしたくない。」
スネイプは小さく息をつき、視線を逸らす。
「……イリス、ちゃんとわかっているのか?
一緒に来るということは、もう自由には戻れない。
闇の者として憎まれ、あの男に利用される。
...それでも本当に来るというのか。」
イリスは頷く。
スネイプを見つめるその紅玉の瞳は、夜明けを知らない星のように静かだった。
「……お前も、あの方も、欲深い。
あの方は我輩に自身の死を命じ、お前は自分を……我輩が最も守りたい者を闇に差し出せと言う。」
小さく、息が笑いに変わる。
それは苦笑であり、諦めにも似ていた。
「イリス。今回だけだ。
二度と、我輩にお前を差し出させるような真似はするな。」
「セブルス……ありがとう。」
その名を呼ぶ声が震えた。
心の奥から溢れ出た感情が、
雪よりも静かに二人の間に降り積もる。
スネイプは歩み寄る。
長い時間を越えてようやく辿り着いた距離。
「……せめて、今だけは、このままでいさせてくれ。」
その声は、祈りのように優しかった。
腕が伸び、イリスを包み込む。
冷たい空気の中で、その抱擁だけが確かな温もりを持っていた。
まるで、凍りついた世界の片隅で、
ひとつだけ燃える灯を抱いているようだった。
「セブルス……もう一人で抱えないで。」
彼は何も言わなかった。
けれど、腕の力が強くなった。
それだけで十分だった。
イリスはその胸の鼓動を聞きながら、
心の奥で小さく願った。
この人が、どうかほんの少しでも安らげますように、と。
雪は止むことを知らない。
それでも、その白の下で確かに、二つの影は寄り添っていた。
世界がどれほど残酷であっても、
今だけは、凍てついた夜にひとつの温もりが灯っていた。
