ONE PIECE
朝起きたら彼からトークが来ていた。
なんの変哲もない朝の挨拶と昨日の通話の感想とお礼。
眠い目をこすりながら洗面台に行きがてら挨拶を返す。
顔を洗ってタオルで水をふき取ってから携帯を見る。既読が付かないところを見るともう仕事に行ったのだろう。
朝食を済ませ、仕事の準備をしながらまた派遣先で迷子にならないよう電車の乗り換えを確認して地図を開き道順も確認する。
玄関で靴を履き、パタパタ駅へと向かった。
今回の仕事はずっと彼のことを考えていた。
まだ知り合って24時間も経っていない相手の家へ行くこと。不安ではあるもののまたとないチャンスな上に好物件。
あとはこの不安要素がなくなるよう彼にあれこれと聞きながら彼のことを知っていけば良いだろう、そういうことで自分を納得させた。
そのためにも今日はまた彼とトークをする。
お昼休みになっても既読は付かなかった。
お昼に休憩はないのだろうか?携帯が見れない職場なのだろうか?と気になるもののゲームアプリが存分に楽しめたのでその意識は早めに無くなっていた。
後半はほぼ意識なく淡々と作業をこなしていた。
帰宅後ー
『うああああーーーつかれたーーーー』
ボフッと勢い良くベットに座る。
全体重をかけたベットに沈みながら足を伸ばす。
立ち仕事には慣れていたのに職から離れていただけに毎日悲鳴を上げていた。
軽くもみほぐしながら先にお風呂にしようかなぁ、と考える。
タイミング良くぐぅぅ、と鳴るお腹に悩ませながらうーんと唸っていると
〜♫
通知音が鳴った。それも通話の方の。
普段誰からも通話なんてかかってこないし、かかってきたとしても職場の上司だったが今はもう辞めている。
不思議に思い携帯を開くと、着信の相手はあの彼だった。
時間もちょうど昨日トークを始めた頃の時間。だとしたら彼が仕事終えた時間であろう。
トークを挟まずに直接通話をかけてくることに焦りながらも指は応答ボタンをスライドしていた。
通話が繋がり、通話時間が1...2...と増えていく。
ドキドキしながら携帯を耳に当てると昨日聞こえた少しだけ低めの声が聞こえた。
「もしもし?」
『もしもし?どうしました?』
「ん、いや仕事終わったかなって」
『ぁ、はい。今ちょうど家に着いたところなんです』
「お疲れ。仕事終わってすぐ声聞きたくなって」
思わぬ言葉に少しだけ動揺し顔が赤くなる。通話で良かった、と思いながら笑って見せた。
昨日と違って彼の声と一緒に外の環境音が聞こえる。まだ帰宅途中なのだろう。
そんな様子を見る限り言葉に偽りはないのかな、と思う。
『私も今日仕事中に考えてました』
「俺のこと?」
『そうですね笑 お家の件もありますけど』
「そう!それ!決まった?」
『まだ決めかねてます苦笑 私達まだ全然知り合えてませんし……不安があります』
「んー……。じゃあ一度会わん?なんなら俺の家見に来てもいいし」
『え?』
このフットワークの軽さに何度驚き、これから何度驚かされるのだろう。
突然の提案に理解が追いつかず聞き返す。
彼の声色は一定のトーンで冗談で言っているように見えないどころか至って真剣のようにも聞こえる。
本当にこれが騙すための演技なのだとしたら相当な手練か、最早演者。
返事を待つかのように黙った彼にうーんと唸りながら考える。
善は急げ、と言う言葉もあるけど、こういう時に言うのだろうか。
『わかりました。私も気になります』
「ほんま?俺、いつも日曜が休みやけど明日とかどない?」
『え、明日ですか』
「来週から夜勤になるから時間合わせづらくなんねん」
少し困ったように話す彼。
日曜は派遣の仕事も少し減る日。だから行けなくもないが本当に物事急すぎて頭が追いつかない。
そんな私を知ってか知らずか「どないする?」と聞いてくる彼に思わず『はいっ』と答えてしまった。
少し声のトーンが上がった彼は「明日よろしくな」と言って電車に乗るからとホームの音と共に通話が切れた。
暫し放心状態の私は急にハッと覚醒し、明日の仕事の準備とともに彼に会うための準備も始めた。
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