ONE PIECE
ピロン♫
携帯が鳴る。通知音だ。
お風呂から上がり、軽いストレッチをしていたところだった。
足を広げた状態で身体を倒して携帯を取る。身体が硬いのは生まれつきだ。
軽快に携帯をタップしてロックを開き通知欄をを開く。例のチャットアプリだった。
期待はしていなかったがアプリを開いた。何件か届いている。流し目に確認する。
『ん。この人普通そう。』
とある人のトークに目が止まる。
なんとなく、の感覚でトークを開く。至って普通な挨拶が1言。アイコンをタップしてプロフィールを開く。
男性、28歳、音楽好き、元バンドマン。
などなど書いてある。元バンドマンと書いてあるだけあって28歳にしては茶髪でピアスしている写真のアイコン。
こればかりは説明がしづらい直感的なものだが、この人とトークをして見ようと試みた。
「初めまして。話せん?」
『こんにちはー初めまして』
「返事ありがとう。今何してるん?」
『お風呂上がってストレッチしてます』
「サッパリしたところか。俺は仕事終わって帰ったところ。」
『お仕事お疲れ様です。いつも夜遅いんですか?』
「いつもはもう少し早いけど今日は嫌な上司に絡まれて遅くなった」
『あはは!それは災難でしたね』
「ほんまに!ええ迷惑や笑」
ポンポンとテンポよくトークが弾む。
会話が途切れないようにたまに疑問符を送りながら会話を広げていく話し方をする人で聞き役に徹するには助かった。
まずは聞き役に回り、自分はちゃんと人の話を聞いてくれることを認識させ、そのうち相手は自分のことを聞き出してくるはず。そうしたらそれとなく最近悩んでます風を装い、相手が理由を聞いてきたときに、軽い問題を提示する。それくらいなら俺がなんとかできる、と食い下がってきたところで本題を突きつける。
それでかかったらこっちの勝ち。という算段だ。うまく行く保証はないけど。
この相手はきっと自分の話をするのは好きなんだと思った。だからといって聞き役が欲しいわけではないだろう。
きっと、そのうち話題を切り替えるはず。
「なぁ、Lineしやん?」
おっと、まさかの移動催促。
だがこれは自分と会話が続けられると認められた証拠。3言目くらいの移動は即拒否をするところだが、この人はちゃんと人を見極めてから移動するタイプ。なら安心までとは言わないがただの下心ではないと思う。
トークを返しながらもずっと悶々と考え続ける。できれば少しでもまともな人と生活がしたいという高望みをしながら携帯をタップする。
『話していて楽しいので大丈夫ですよ。IDお願いしてもいいですか?』
私が返事を送ると少ししてからIDが送られてきた。
チャットアプリから某トークアプリに切り替えて、友達追加欄からID検索をする。
ひとりが該当した。この人だろう。トークを開いて最初と同じように挨拶を送る。
すぐに既読がついた。
ポンッ、とスタンプが送られる。相手の名前が入ったマッチョのスタンプ。
正直これはうわぁ…と思ったが笑顔を引きつらせてすごいですね!と送った。
「どこに住んでるん?」
会話を続けていたら相手から質問が来た。
悩みをほのめかすならこの質問への答えが良いだろう、と思い返事を考える。
ただ、話題の展開を間違えるとただ「そこあたりこんな街だよねー」という話で終わってしまう。
なら、付け足すとしたら、
『大阪の、○○です。最寄りは△△なんですけど、駅から家までが遠くて最寄りとは言えないんですよね苦笑』
先にこちらから不便点を話す。
相手としては共感するところがあれば共感してくれるはず。それかどのくらい不便?などと掘り下げてくるか。と返事を待つ。
お願い、上手く行ってくれ…!と祈りながら携帯の画面を見つめる。既読は付いている。
「駅から遠いと不便よな。俺もチャリないと徒歩だと10分でも遠く感じる」
共感してくれた!よし、とガッツポーズをして返事を打つ。
椅子に座り直して背筋を伸ばす。
このチャンスは逃したくない。その一心で返事を書き込む。
『ここに住んで何年か経つから思い入れはあるんですけど…。やっぱり電車の便もあまり良いとは言えないからそろそろ引っ越そうかなって。』
まずは誰もがふっと思う軽い悩み。
本気なのかそう思ってるだけかのような軽い悩み。
これで受け流されたら少し困るが会話を広げるのが上手い彼ならきっと話題を切るようなことはないと思いたいが…。
心臓がバクバクと鳴っている。1回しかないチャンスかもしれない。この人を逃したら次またこういう人に会えるかどうかわからない。
トークアプリでこんな駆け引きみたいなトークをするなんてこの人生、思わなかった。
.