ONE PIECE
「ん、ここ。」
3階でエレベーターを降りた私達はマンションのほぼ端の方へと歩き、とある部屋の前で足を止めた。
そのままノブに手をかけた彼は扉を開けた。
すんなりと開く扉に思わず声をかけてしまった。
『え、鍵閉めてなかったんですか』
「ぁあ、迎えに行くだけならそんなに時間空けへんし」
ケロッという彼に目をパチクリしていたが、これが至って普通のようだ。
多分私が良い子ちゃんなのだろう。
それ以上は何も言わずに、扉を開けた状態にしたまま中へと入る彼に続いて私も入る。
ふわっと香る家の匂い。
少しタバコの匂いがしながらも彼特有の匂いもする。
玄関には彼が脱いだ靴と別に数足の靴が置いてある。隣には小さくも靴箱もあった。
私が入ったのを確認して彼は扉から手を離す。それを引き継ぐように私は扉に手をかけて静かに扉を閉めた。
直線の廊下が続いて左側にトイレとお風呂、右手にはキッチンがあった。
『おじゃましまーす…』
「はいどうぞ」
おずおずと靴を脱いで廊下を歩く。
目のやり場に困りキョロキョロと中を見る。
乱雑、でもないが多分決まった場所に物を置いてるんだろうな、って感じの物の置き方。
廊下の先には1室。テレビに机に座椅子が2つ。電子レンジや炊飯器、小説が置いてある棚などなどが置いてあった。
リビング、みたいなものだろうか。
その奥にはもう1室。彼はまっすぐそっちの方へ歩いていった。
付いていくと、ひとり暮らしにしては大きめのベットにテレビと音楽機器スピーカーやテレビゲーム機が置いてあった。
結構、贅沢な生活をしている人なのかもしれない。それとも生活に不便を感じたくない人とか。
そんなことを思いながら彼がどうするか見ているとベットへ腰掛け買ってきた買い物袋からビールを取り出しプシュッと良い音を鳴らしながら缶を開けた。
そのままグビッとビールを流し込み、私を見て自分の隣をぽんぽんと叩いた。
隣へ座れ、ということだろう。
『ひとり暮らしで2部屋もあるなんてすごいですね、びっくりしました』
「そうか?まぁ、昔は金があったからそれの名残かもなぁ」
『なにかあったんですか?』
この言葉を言い方は何か自分の過去を話したいことを察し促す。
ぴったり隣に座るのも恥ずかしく少しだけ距離を取って座ると彼は袋から私が選んだチューハイの缶を取り出し私へ渡した。お礼を言って受け取ると彼は口を開いた。
「昔ホストしててん。高校中退してな。そのときはNo.1争いするくらい人気あってな。稼ぎまくってた」
『へえ!No.1争いってすごいですね!』
「昔はモテまくってたし、枕営業もしてたわ」
『え…!それって』
「昔はそれも普通だったけどな」
話しながらビールを飲んでいた彼はあっという間に1本目を飲み干した。
おそらくここが話題の節目。それ以上は私も促さず、彼の次の話題を待った。
彼は袋に手を伸ばして2本目のビールを取り出した。私も自分のチューハイに口をつけて少しだけ飲む。
「俺筋肉すごいやろ」
『それ思いました!肩幅がひろいというか、言葉のまんま逆三角形ですよね』
「ガキん時から柔道やっててん」
そう言いながら自分の腕やお腹周りを触る。
私はそこまで男の人の筋肉には興味なかったが、彼の自慢の1つでもあるだろうから言葉に食いついてみた。
ほら、と二の腕を見せる彼の二の腕に手を乗せると彼は力を入れてコブを出す。筋肉好きにはたまらないであろうコブの大きさ、硬さ。
本当に申し訳ないと思うが筋肉に興味なかった。
そのままコブをひとしきり触ったり、手を重ねて大きさを比較したりと彼の筋肉自慢を堪能した。そしてその話題は柔道時代へ移り、彼は立ち上がって向かいにある押入れで何かを探し始めた。
目的のものはすぐに見つかり、それを私へ渡した。新聞紙のようだ。
内容を確認する前に大きな見出しで、【剣持強豪に接戦】と書いてあった。おそらく彼が新聞紙に載ったもののようだ。
写真には小さな男の子の柔道の試合中の様子が撮られている。
『新聞に載るってすごいです!本当に強かったんですね』
「俺が柔道続けてたら今頃オリンピックとか出てたやろな笑」
『でも柔道続けなかったんですね?』
「俺は音楽がしたかったからな。そのためにホストして稼いでたってのもあるし」
なるほど、と彼の人生の流れを大体把握した。
人それぞれ人生の歩み方が違うんだな、と感じた瞬間だった。
リスクを背負わない真面目な人生があれば、自分のやりたいことをリスクを背負っても率先してやる人生もある。
きっと彼と私の違いはそこもあるんだろう。
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