Ψ恋獄Ψ
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―ドシュ
「ぐあっ!げほっ!!」
目の前で大量の血を吐いて背中からも血を流しながら、兄は私を庇った。
「ユア…」
かすれた声で私の名前を呼んだ兄は崩れ落ちる。
「兄さん?」
もたれかかってきた体を支えながら、私は耳元で兄を呼んだ。
「ユア…」
たった一人の自分の肉親はもう一度私の名前を呼んで笑った。
「これで…お前は…俺の…」
言いかけてどさりと倒れた兄。
首に掛かったそろいのリングが赤く、ドス黒く光っていた。
Ψ恋獄Ψ ~プロローグ~
―ガバッ!
「はぁ…はぁ…はっ…」
夢。
額にぐっしょりと汗をかきながら私は目が覚めた。
「は…はぁ…はっ…っ」
誰もいない部屋でうまく呼吸ができない状態で俯いた。夜明け前なのだろう。あたりはまだ薄暗い。外を見れは、白くなったつきがぼんやりとうつっているだけだ。
「兄さん…」
呟くように言うと、己の首にかかる二つの指輪に触れる。
「安心して…貴方の意志は私が継ぐから……」
―だから兄さん…
―…………。
任務を終えて、報告書を出すといつもの場所へ向かった。
慰霊碑。
あの日から毎日通っている。
あれから一年。
時がすぎるのは早いものだ。
兄と二人で暗部にいた時期が懐かしい。
本当に時間がたつのは光のように早い。
―だが私は未だ囚われたまま…
暗部から引退して、今は上忍の位置にいる。あの日以来、暗部の仮面もしていない。
兄が亡くなってから、あの黒く濁った空気から逃げた。
怖い。
恐怖。
喪失感。
そして…開放感。
初めてそんな感情が芽生えたのはあの日だった。
―否、そんな感情はもっと前からだったかもしれない…
「兄さん…今日も変わらず木の葉はいい天気です…」
囚われて逃れられないのは私。
今もまだ、呪縛が解けないまま
苦痛に喘いでいる。
「最近、忙しそうだな。ユア…」
ここ数日の連夜任務でやつれた顔のまま上忍待機所に来ると、先客であるアスマは私に言った。
「そうね。最近ろくに寝てないしね。でも貴方も大変そうね。どう?部下の調子は…」
「まあ…ぼちぼちだな。」
頭をボリボリかきながら言う。
「そう。でも楽しそうで良かった…」
空いているイスに座ると、私は目の前のアスマを眺めていった。
「がんばって…」
アスマと会話した日から数日たった。特に何かがあるわけでもなく、私は相変わらず任務をこなしていた。
とある任務である男と組んだ。「君と任務をするのは初めてだったけど、とてもやりやすかったよ。ユアちゃん。」
「あはは。どうもありがとうございます。」
男の名前ははたけカカシ。写輪眼のコピー忍者のカカシと有名な男。昔から知っている…顔と名前だけ。ただ、どんな人間かは知らなかった。暗部時代、兄とよく話していた所を見たことがあったが、私はほぼ皆無と言っていいほど交流がなかった。上忍になってからも待機所で時々見かける程度で話したことはない。
―いや話したことがないのではなく、わざと話さなかったのかも知れない。
「ユアちゃんはルイの妹…だったよね?俺の事覚えてる?」
男はニッコリ笑って私に言う。
「覚えてますよ。兄と良く話しているところを何度か見かけたことがありますから…」
「そっか……それにしてもあいつが死んで一年か…長いようで短いな…」
そう言って、どこか遠い目をする。何か、昔大切なものでも失ったのだろうか…とても寂しそうだった。
「ユアちゃん…よく一人で耐えたね…」
突然ぽんぽんと私の頭をなでる。兄が死んだ日以来の初めての人との触れあい。そう、私は兄が死んだ日から極力人との触れ合いをさけていたのだ。大切な何かがあれば、それだけで人は強くなる。けれど、それを失った時の悲しみをもう味わいたくなかった。それでも自然と顔がほころんだ。嬉しかったのかもしれない。兄を知っている人に優しくされて…
だが、それは突然の痛みにかき消される。
―ビリッ
「!?……くっ!!!」
心臓に痛みが走る。あまりの激痛に、
思わず膝をついてうずくまってしまった。
―な…に…?
―もしかして…
「ユアちゃん?どうしたの!?大丈夫??」
突然のことで、焦ったような顔をするカカシ。近寄ってくる彼を私はあわてて阻止をする。
「大丈夫です…持病の…発作…だから…」
「でもっ…」
いいかけて、カカシは私の肩に手をおく。
―ビッ…ビシ!!
「くっ…あぁっ!!!」
再び激しい痛み。よろめきながら、私は心臓を押さえた。そして、痛みのひかぬままそっと心臓のあたりを己の服の中からのぞき見た。
「……!?!?」
―此れは……
―間違いない。
―呪印が彼に反応してる…
青ざめた表情のまま、
ユアはただ俯いたまま動かなかった。
…あの時私はただそれを眺めた。
「大丈夫。痛くないよ。俺達がいつも一緒に居られるお呪いだ…」
首にはそろいのリング。
兄の言葉。それが一体何なのかまだ、分からなかった。
「ユア…ちゃん…君…」
何かを察したのか、いつものやわらかい声ではなく緊張した声でカカシは私の名前を呼んだ。
「カカシさん…申し訳ないのですが、先に任務終了の報告に行って下さい。」
ドッドッと脈打つ音が聞こえる。
呪印が肥大しないように押さえ込む。背中に嫌な汗をかく。
―これ以上、この人の側に居る事は危険だ。
自分の危険じゃない。彼の身が危ないのではないかと思った。本能的に判断して、私は彼に先に行くように促す。
「でも、ユアちゃんをこのまま放っておけないよ。」
根っから優しいのであろうか。収まるまで側にいると言い、彼は再び私に触れようとする。
―ゾクゾクゾク…ビリッ
「…っ…お…お願いします!先に行って!!」
思わず大声で叫んだ。必死だった。なぜだか分からないけれど、その時の私は必死だった。呪印の暴走をとめたかったからなのか、分からないけれど何故か、それ以上は触れられてはいけない気がした。冷や汗をかきながら、怒鳴ってしまったカカシの顔を見ると彼は、とても悲しそうな顔をしていた。
「分かった。俺じゃ何も出来なそうだから…報告はしておくよ。ユアちゃんはそのまま帰って寝て…」
言い終わると、彼は私の前から姿を消した。
「くっ…」
おぼつかない足取りで、私は歩く。限界に近い。早く帰らなくては…胸が痛む…早く…
―あの指輪で痛みをひかないと…
どのくらい時間をかけてたどり着いたのか。本来なら途中気を失ってもおかしくないはずだった。けれど、痛みが和らいだり再びの激痛だったりと変動をするものだから気が気じゃなかった…
そして、男に触られる事を私自身が警戒をしていた。
倒れたらいけない。道端で倒れた私を、女性が見つければまだしも男が見つけてしまえば自分の命すら危うくなる。危険すぎる。それはなんとしても避けたかった。
「ぐっ…ようやく…」
ガチャリと音を立てて自宅の中へ入る。
寝室へ行けばベットがある。そしてあの指輪も。居間のテーブルには昔の自分の写真…兄との思い出の…何故かそれを立ち止まって一瞬眺めた。
―コトッ
引き出しにしまってあった真っ青なリング。そして、形見の指輪は自分の首元に…
二つの指輪は少しばかり光を放っていた。
「……私は……いつまで、こんなもので縛られているんだろうか。」
憎いはずなのに、自分にはどうすることも出来ない。それはあの時、何も知らずにつけられた物せい。肉親を肉親として愛しているが故に許してしまった行為。
「兄さん…貴方は死しても、まだ私を縛るつもりですか…」
すっかり痛みのなくなった呪印をそっとなぞると、そこは赤く光った。ユアはただ、あの形見の指輪をぎゅっと握り締めて俯くだけだった。
昔の彼女は、あんなに寂しそうに笑っただろうか。
少なくともルイといたあの時は、まだ少女らしい一面があった気がする。
何が変わった?
彼女の身に何があった?
遠くで見ている事しか出来なかった友人の妹。
あんなにやつれ、塞ぎ込むような少女ではなかった気がするのに…
「見細家の噂ぁ?」
上忍待機所に、煙草をふかしながらやってきたアスマと紅に話を聞く。
「そ。何か知ってる?」
カカシはあれから報告を終えると、ユアの態度に不信感を覚えていた。
「見細って言えば、確か10年位前に一族ほぼ壊滅状態になった家系だろ?」
「たしか、ユアがその家の生き残りでしょ?一年前まで兄のルイが居たはずだけど…」
「そ。ルイは俺の知り合いだった。」
一言言うと、俺は座っていた椅子から立ち上がった。
けど、二人が慰霊碑へ向かう途中何者かに襲われルイは死んだ。
腑に落ちなそうな目をして再び口を開く。
「一年前ルイはユアを庇って死亡。けど、その亡骸は見つからなかった。」
「一部じゃ暗部が関わっていたって話もあったわね。ルイは見細の家の中では抜きん出た忍だったらしいし…」
―その技量があまりにも危険すぎたのか…
思えば、ユアが暗部を止めた時期もそれくらいだったか。兄を殺したのが暗部の連中だったのなら、あそこにはいたくなかったんだろう。俺は立ったまま黙って考えていた。
もうひとつ。
見細家が壊滅した理由…それが、10年たった今でも謎のまま。
本家をくまなく調べても、
未だに壊滅した手がかりすら浮かんでこないらしい。
「まぁでも、ユアやルイの事はカカシ。お前の方が俺たちより知ってるだろ?」
「ま!そうなんだけどね…今日任務を一緒にやったからちょっと気になってね。」
先ほどの突然の行動。本当に気になる。何かに怯えるような眼をしていたから。
「あんた。ユアにまで手を出すんじゃないでしょうね。」
紅がギロリと睨みながら俺に言う。ちょっと怖い…
「そんなわけないでしょ。ルイの妹に手を出したらあの世であいつに殺されちゃう。」
「お前ら仲良かったもんな。似たもの同士っつーかなんつーか…女ならなんでもよさそうだったし…」
ため息をついて、アスマが俺にいった。
ちょっとそれはひどいんじゃないというと、奴はゲラゲラと笑った。
「あの兄貴にあの妹だもんな…まったく世の中よくわからん。」
再びゲラゲラと笑った。
だが、俺にはもうひとつ疑問な点がある。
ユアは男性恐怖症と昔、兄であるルイから聞いた。
けど、あのルイの妹………なぜだか腑に落ちなかった。
だってユアは、そんなそぶり一度だって出した事はなかったから…
翌日、ナルト達の任務へ。
あいかわらず、遅刻をしていけばユアが居た。
「ユアねーちゃん。ラーメン奢ってくれってばよ!」
「何で私がそんなことしないといけないのかなー?ナルト君…ん?」
つんとナルトの額を指で小突くユア。そのとき一瞬だけ顔が歪んだ気がした。見れば、昨日と同じ場所を抑えている。やっぱりまだ、昨日の体調不良が完治していないのか…
「この間奢ってくれるって言った!」
ナルトがそう言うと、あーそういえばそんな事言ったわねとユアは笑った。
「じゃ、今日の任務が終わったら奢ってあげる。」
「本当!?」
目を輝かせて、ナルトはユアを見た。
「うん。終わったら一楽においで。」
ニコッと微笑んだユアは、昔と変わらず可愛かった。
―俺には見せた事がない表情だ。
ま、昨日の任務が彼女と初めて話すものだったしそんなことで深く考える必要はないんだけど…俺もね…男だしね…
「サスケ君とサクラちゃんもおいで。」
そう言って、待ち合わせの時間を決め終わったらしく、ユアはじゃあまた。と言い残して消えた。
「あ!カカシ先生だ!おそいってばよ!!」
「いやーすまんすまん。今日は…」
「言い訳はいいから!!早く!早く終わらすってばよ!!」
「ハイハイ。」
苦笑いをしつつ、俺たちは任務場所である目的地に向かった。
「…それにしてもお前らユアちゃんと知り合いだったの?」
何食わぬ顔で、俺は隣に居たナルトに聞く。
「おうってばよ!一楽によく来る常連さんだってばよー!」
自慢げに話すナルト。話によれば週に2回程度食べに来るそうだ。しかも決まっていつもチャーシュー麺らしい。そういえば、ルイもチャーシューを食べてたな。ふとそんな事を思い出す。
「んで、今日はユアねーちゃんのおごりでラーメン食うんだ!!」
「ふーん。ユアちゃんのおごりねぇ…俺も行こうかな。」
言ったとたんに周りから白い目で見られる。
「なっ…なんだ?」
「カカシ先生!ユアねーちゃんに手出すなよ!!」
「は?」
「ユアねーちゃんが綺麗で可愛いからって手出しちゃ駄目だって言ってんの!」
「お、お前なぁ…」
あきれた顔で、俺はそう言ったナルトを眺めた。
けして逃れられない苦しさ。
どんなに恋焦がれても触れる事さえ出来ない。
永遠に縛られる私には、
男女の幸せそうな表情の意味すらわからないだろう。
時としてそれは、幸せかもしれない。
何も失うものさえないのだから…
けれど私にとって、この『印』だけは
幸せとは言い難い物…
「おじさん。いつものお願い。」
ニッコリ微笑む。ナルトと待ち合わせをした時間よりも早く着いた私は、彼がくるまで待つことにする。一楽…此処は気兼ねなく話をしてくれる私の唯一心の休まる場所。触れることさえ許されない自分にとって、会話という触れ合いが出来る空間。
「ユアちゃん。ここ一週間くらい来てなかったけど、やっぱ何かと忙しいのかい?」
待っている間、手を動かしながらおじさんは言った。
「え?んー…忙しい…確かに…ご飯食べられないほど忙しかったかも。」
頬杖をつきながら、私はテウチに返答する。
「駄目だよ。きちんと食べないと。そのうち倒れてもおかしくなくなっちゃうよ?」
”いつも”のお酒をカウンターに置くと心配をするような顔を向ける。この人は、本当に私を思ってくれてる。そう直感で分かる。
―だから私は笑顔を振りまく。
「大丈夫。昨日で忙しかった期間は一時的終了したから。だから、心配しなくても平気だよ。ありがとう!おじさん。」
ニコニコと笑う私の顔を見て、おじさんもつられて笑った。
「あーユアねーちゃん!もう来てたーー!」
後ろから、聞き覚えのある声がしてひょこっと顔を外に出す。ナルト達だ。しかもご丁寧に上司のカカシまで同伴。ぺこりとカカシにお辞儀をすると、彼はニッコリ笑った。…けど正直昨日の今日だったので気まずかった
笑顔で彼に手を振ると、ナルトは嬉しそうに走ってくる。
「お疲れ様。どうだった?任務は失敗しなかった?」
意地悪そうにそう言ってやると、そんな事しねーよー!と少し怒ったような顔をする。
「あー!ユアねーちゃん。またいつものメニュー!!酒は駄目ーー!」
「待って待ってーー!それやらないと一日が終わった気がしないのーー!」
あわてて、ナルトから酒を取り返すと後からサスケ達が入ってくる。
「こんにちは。お勤めご苦労様。」
一言いうと、好きなの頼んでねと付け加えた。
「ユアちゃん。昨日は大丈夫だった?」
一通り頼み終わって、隣に座っていたカカシが私に話し掛ける。一人で酒を飲もうとしていた私に、じゃ俺もとカカシも飲みに参加するようで、テウチに酒を頼んだ。
「はい。昨日は…取り乱してしまって申し訳ありませんでした。」
先ほどとは違い、真面目な表情で答える。
同じ上忍に属して入るが彼のほうが先輩なのだ。上下関係はきちんとしなくてはと思った。
「んーいや。まぁしょうがないよ。気にしてないし。俺は君が無事に帰れたのか心配になっただけ。なんか苦しそうだったから…」
ニコッと目が笑った。ありがとうございますと私もくすりと笑う。
お待たせ。というおじさんの声で目の前にラーメンが置かれた。いつもながら、おいしそう。と言うと私は箸を割ってレンゲにのせられた具を移すとそれを口に運んだ。ふと隣を見れば、カカシが私をじっと見ている。
何ですか?と言えば、
「ルイ。あいつも麺じゃなくて具から食べてたなぁってさ…」
「あは。兄もですか?兄弟だから似たのかも。」
笑ってそれを流した。
言い終わるか終わらないかで、カカシの元にも注文したラーメンと酒が置かれた。ふと見れば、カカシとは反対側の方へ顔を向けると
ナルトたちが、じっとこちらを見ている。
―あぁ…そうか…素顔が見たいのね…
苦笑いをしながら、私はカカシのほうに再び顔を向ける。いくら覆面でかっこいいと噂があっても、噂通りに行くわけがないじゃないか…もったいぶった事してるだけなのよ。と色々模索していた。
ガツン!!
「げ!?」
「サスケくーーーん!!!何してるのーーーーー!?」
おそらくナルト君たちの友達であろう。可愛い女の子がいた。背後から突進してきたらしく、三人はその子に注目をした。私は、仲がいいなぁと思いつつ自分の注文したものへ再び視線を戻す。
が、スルリと隣で覆面を外すカカシ。少し気になっていたので目線だけを彼のほうへ向けた。
「!?…っ…」
見た瞬間箸を落としてしまった。カカシはそれに気がついて箸を拾ってくれた。ありがとうと、赤面しているであろう顔のまま言うと如何いたしましてと素顔のまま彼は答える。そして、目線は頼んだチャーシュー麺へ…
―ヤバイ
―カッコイイじゃないか…
顔が熱い。これは危険だ。
反則過ぎる…
自分の心臓がバクバクいっているのを感じながら、私はボソボソとそれを食べていた。
「此れは、俺たちをつなぐ媒介だ。
此れは決して俺以外には触らせちゃいけないぞ。
そうすれば、お前は傷つく事はないから…」
―大丈夫です。歩けるから、触らないで…
一楽で、ラーメンを食べてからナルト達と別れて、行きつけの飲み屋に行った。友人だったルイの話。部下のナルトの話とかしながら、時間は過ぎていった。
べろべろに飲んで酔っ払ったユアは、送っていくよと俺が言うのにもかかわらずそれを拒否。どうにも、心配でじゃ、護衛でもさせてよと無理な事を言って俺は彼女の隣を歩いていた。
「…こんなに飲んだのは、久しぶりです。」
よろよろと歩く彼女の表情は、とても悲しそうだった。
「っていっても、私飲み仲間いないのでいつもは一楽で一人でやってる口なんですけどね…」
可愛らしい舌をちょろっと出すと、ユアは照れるような顔を俺に向けた。
「そりゃ寂しいね…俺が今度から付き合おうか?」
「あはは…お気持ちだけ受け取っておきます。」
先輩を毎回連れまわすようなことは出来ませんと苦笑いをしながら言われて、またもや拒否られた。本当に男性恐怖症なのか…?
「兄さんがカカシさんを気に入っていた理由が、なんとなく分かった気がします。」
「んー?理由?何ー?」
「兄は、カカシさんのちょっとした優しい所が好きだったんだなって…」
「俺の?別に俺は優しくないよ?命令があれば人も殺すしね…」
「いいえ。仲間を思う事。自分の周りに生きる、大切な人を守りたいという優しさがです。」
―俗にそれはチームワークの原点。
守りたいものがあれば、それはもっと強くなれる。
「兄は、カカシさんが目標だったみたい。いいなぁ…羨ましい。」
言われた言葉はとても嬉しかった。けれど、どこか遠くを見つめるユア。その表情に一瞬見とれた。
「君だって、ルイに思われてたんでしょ?大事にされてたんじゃない。」
俺がそう返すと、ユアは再び悲しそうな顔をする。
「ある意味、大事にされていたかもしれません。けど、私にはそれが苦痛だった。」
「え?」
言うなり、気持ちが悪かったのかその場にユアはしゃがみこむ。
「うっ…うぅ…」
大丈夫?といえば、平気ですという言葉しか返ってこない。
「家は、そこだから…大丈夫です…もう行ってください。私は…大丈夫ですから…」
明らかに大丈夫そうに見えなくて、
抱きかかえて家まで運ぼうと彼女に触れる。
―バチ!ビリリリ!!!
「ひぃあああああ!!!!」
叫び声と共に、どさりとその場にユアは仰向けに倒れる。
「なっ…なんだ!?ユアちゃん!?」
驚いて彼女の様子を見る。苦しそうな表情のまま気を失ってしまったようだ。昨日といい、今日といい如何したのだろう。俺が触れると、彼女は顔をしかめ、おかしくなるのだ。
―何かがあるのではないか…
瞬間、彼女の首もとから見覚えのあるリングを見つけた。その指輪は、どす黒く異様な雰囲気で赤く光っている。恐る恐る、俺はその指輪を手に取る。鈍い光は瞬く間にその効果を無くした。
「ユアちゃん?」
そのまま彼女に触れれば、先ほどとは違い
ユアに触る事が出来る。ほっとして、短い息を吐く。
「とりあえず、家に連れて行こう。」
指輪を握ったまま、俺は彼女を家へ運んだ。
籠の中から、誰かが出してくれるんだ。
昔は小さいながらもそんなことをいつも思っていた。
呪縛からとかれる術はみつからず、
いつも、一人だった自分。
支えと出来るものは兄ではなく、
父と母からもらったあの真っ青な指輪だけだった。
「此れでお前はずっと俺と一緒だ。」
あの日、かけられた術の意味がわからず
ただ大好きだった兄のそばにいれる事が何より嬉しかったのだろう。嬉しさのあまり、兄にしがみ付いたのを覚えている。
―卑しく笑う、あの人の顔も忘れて…
「ん…」
チュンチュンと鳥の声が聞こえる。目を覚ませば、いつもどおりの天井。あぁ…やっぱり、昨日は無事に帰れたのか…ガンガンと響く頭を抑えながら、重い体を起こす。そういえば、カカシは如何したのだろう。昨日は一緒に帰っていたはずだ。どこで別れたのか…考えていると、枕もとにあの指輪が置いてあった。
「!」
あわててそれを手にして首にかける。
―病的に…
嫌になる。
―手放セナイ…
不意に、正面の鏡に目を移す。
胸元が微妙に開いた状態の服。
そこから覗く酷な『印』…
…呪印が赤い。
「……。」
いつまでこんなものに縛られなくちゃいけないのだろうか…そう思った矢先に後ろから声が聞こえた。
「それが、君のあの不審な行動の原因?ユアちゃん。」
アイス枕を持って、後ろにいたのは紛れもなく兄の友人だったはたけカカシだった。
「お前は俺のものだ。お前に近寄る男は絶対に許さない。」
病的に私の事を監視する男。見細ルイ。彼はれっきとした、私の血のつながった兄。いつからか、自分の所有物のように私の事を見るあの眼に脅えるようになる。
「ずっと、ずっと一緒だ!!お前を愛していられるのもお前を大切に思っていられるのも俺だけなんだよ!!」
狂ったように、そう繰り返す兄。私に近寄る者は容赦なく斬り捨てた。一族の最初の犠牲者は父だった。あの日、胸元の呪印で術をかけられた事を知った父は兄に、呪縛を解けと責め寄った。
「俺からユアを奪うのか!?俺のユアを!許さない!誰であろうが許さない!!」
繰り返し繰り返し、病的に言う兄は何の躊躇もなく自分から妹を取られるという恐怖感からその場で父を刺した。
「ユアには俺さえいればいい…見細の連中なんか要らない。」
それから、狂ったように身内を切り捨てる兄。私があの時、すべてに絶望をした瞬間だった。
結果、一族は滅びた。
病的な兄の私に対する嫉妬心で…
そして、10年経ったあの日…
何者かに斬られ、血反吐を吐いたあの人は、
うっすらと卑しい笑みをこぼしながら言った。
「これで…お前は…俺の…永遠に俺のものだ。」
かけた術者が此れをとかないかぎり、一生消えない。呪いの呪印。まじないなんかじゃない…これは呪われた印だ。
―嫉妬という呪われた…
「呪印?…触れる事を許さない?」
一通り話し終えた後、カカシの顔が驚くほど真っ青になっていた。大蛇丸がサスケやアンコにつけたものとは違う。別のもの。それは話を聞けば明白だった。
「術をかけられた人間以外…触れればそれだけ痛みを此処が伴う。兄は、私にこれをつけたことによって他者との交流を避けさせようとしていました。」
「だから、俺に触るなって…」
気難しい表情をして、彼は考えていた。それもそのはずである。10年…見細家の原因が分かっていないという…
その原因が自分の友人だっただなんて…誰も知りたくはない事実だろう。そう考えたら、涙が出た。だって、この人は兄の唯一の友人だったから…
「…ごめんなさい。こんな事を知らせるつもりはなかった。」
問い詰められて、思わず話してしまった事とはいえこれは自分の…私の問題だった。それを、汚れていない兄のイメージを持った人に言ってしまった。これが、とても耐えられなかった。
「どうしてユアちゃんが泣くの?」
「だって、私はカカシさんの兄のイメージをぶち壊してしまった。」
「大丈夫だよ。…一人で辛かったんでしょ?俺でよければ協力をする。」
自分にとって、一番触れ合う事がないと思っていた人。カカシという人の存在が、私の中で大きくなりつつあった。
グルグルに縛られた鎖の一部が、パキンと外れた…
そんな音が、私の中で聞こえた気がした…
孤独だった自分の目の前に光を刺してくれたのは貴方。
それまで嘘の自分を固めてきた私に
前を見ろと背中を押してくれたのも貴方…
けれど、あの人は違う。
あの解き放たれるべきではないものを
解き放ってしまった。
心に光を通す事をやめてしまった。
だから…
「…ユア、カカシに話したようだな…」
あれから数日後、火影様は私を呼ぶとそう問いただす。
「呪印を見られてしまいました…」
「そうか…」
もとより私は他者との交流さえなかったため、隠すようなシロモノでもなかった…けれど、いつしか『兄』という言葉で恥かしさを感じた。そう、私達は兄弟なのだから…
「ユア…ルイには気をつけよ。何をするかわからぬぞ…」
―あやつは見細の落ちこぼれと言われていたが頭はキレる。
「火影様…父に期待され、見細の後継者と言われていた私です。安心してください。」
―絶対に゛あの人゛だけは殺らせない。
「決心がついたか…」
「はい」
唯一自分に触れようとしてくれた人だから、私のことを理解してくれようとした人だから…
だから、たとえ私の命がなくなってしまったとしても…
救えるならば、救いたい…それだけだ…
―数日前…兄が現れたあの日…
「どうして、ユアちゃんが泣くの?」
―そうだ。何故泣くんだ?
「だって、私はカカシさんの兄のイメージをぶち壊してしまった。」
―そうなこと、どうだっていい…
「大丈夫だよ。…一人で辛かったんでしょ?俺でよければ協力をする。」
―駄目だ!許さない!
「ルイは…死んだ。だから、ユアちゃんもあいつのことは兄として思うだけで…忘れるべきだよ。」
―ふざけるな!!!!
「前を見なきゃ。君はまだ若いんだよ?だから…それを解く方法を…」
―ユアは俺の物だ!!!!
窓際からガシャンと音がした。とたんにそちら側を向けば、見覚えがある人物。
―笑って…
「にっ兄さん…」
「ユア…久しぶりだ…可愛いユア…」
変わりすぎた容姿の兄。頬はこけ、服には変色した血がカピカピになって染みついている。一年前と違い、優しさの面影さえない…
「ユア…その男は誰だ?」
言われた瞬間…訳がわからなかった。死んだはずのこの人がなぜ?恐怖を帯びた目でただ、私はじっとそれを眺めるだけだった。震えていたのだ…言葉が…口が動かなかった。
けど、彼は違った。
先ほどから殺気に気がついていたようで兄をギロリと見ていた。
「俺の顔を見て、誰だ?随分なご挨拶だねルイ。久々に会った友人に対しての礼儀とは言えないな。…それにしても、お前がここまで歪んだ奴だとは思わなかったよ。」
「うるさい!俺のユアを奪う奴などしらない!関係ない奴は死ね!!」
「兄さん!!やめっ…!あっぐっ!!」
そう言ってカカシに飛びかかっていく兄。
彼はひょいと避けると、壁際にルイを押し当てる。私は二人を止めようと叫び声をあげるなり、兄の邪魔をするなユアと言う叫び声と共に呪印の突然の激痛に動くことができなかった。
「奪う奴ね。自分だけのご都合でユアを縛り付ける奴が言う台詞じゃなーいね。」
じろりと睨みながらクナイを兄の首もとに当ててカカシは言う。
「っ!!…きっ…気安くユアの名をよぶな!!」
逆上しているであろう彼は、そのまま叫び散らしながらカカシに腹に蹴りをしようとする。
「消えろ!消えろ!」
「俺は彼女が放っておけないからね。苦しみの元凶が目の前にいるのに見て見ぬふりをするほど悪人じゃない。」
避けるように少し離れた場所に移動したカカシはそう言った。
「元凶?何を言う、俺たちは愛し合ってる!なあ!ユア、そうだろう!!」
―………。
俯いた私に、絶望の目。
「…ユア?」
「独り善がりだよ。ユアを愛しているのはお前だけだ。」
歪んだ愛が痛い。
「この、くそったれ!!!男に色目をっ!!!」
投げつける無数のクナイ。私は目を丸くする。
―あぁ、これで終わるんだ。
瞬間目を閉じた。すべての絶望から、開放されるのならばそれでもいいと思った。だって私は、普通の男女のような触れ合いさえ許してもらえないのだから…
―ザクッ
「ぐっ…うっ……」
何かが覆い被さった。目を開ければ、
「カ…カカシさ…」
自分を庇うように抱きしめられていた。その行為を理解するまで時間が掛かった。血だらけで、ニコリと笑う。
―…何故?
私なら、死んだって構わないのに!!何故!?
「…カカシさ…ん?…どうして…?」
「ユア…ちゃん…駄目だ君は……もっと、生きるべきだ……」
―バチッ!バチッ!
「うっあっあぁぁ!!」
呪印に伴う痛み。衝撃でカカシは床にどさりと倒れた。
「ごめ…痛いって分かってたのに…」
ピリピリとする感覚。けれど気を失いそうな意識を一生懸命覚醒させた。
―私は…傷つける事しか出来ないのか?
「ユア…これで俺達の邪魔は…」
伸ばされる手。恐怖がよみがえる。
「……っ」
痛みでふるえる。動けない。けど…
兄のその手にに答えたくはなかった。
―パシ!!
「な…んで…」
「これ以上…私を苦しめないでルイ兄さん。」
憎しみの目を向ける。
だって、貴方は…
友と呼ばれる唯一の人を傷つけた。
私の『好きな人』を…
見細の一族は、とある生霊を封印していた。
贄と成る者ならば
容赦なくそれを飲み込む…
兄はあの時その封印を解いた。
『俺だって、見細の人間なんだ。』
焦る気持ちと一族の罵声に耐えられなかったのだ。
「…ルイは…いい奴だったのに…どうしてあんな事になったの?」
『…獣が心を蝕んだんです。』
あの時の怪我で一週間ほど入院していた。ユアが俺の見舞いに来ると、問い掛けた質問に彼女はそう答えた。どこか寂しそうに…
「カカシさん。怪我の具合はどうですか?」
毎日決まった時間にやってくるユア。自分を庇った事の罪悪感からか、彼女は俺が病院を退院した今でも必ず飯を作りにきた。
―私、こんな事くらいしか出来ませんけど…
そう言って恥かしそうにする顔が好きだった。可愛いなぁと思ってしまう。守ってあげたくなるんだ。そう考えると、なんだかやる気が出てきてすごく頑張ろうと思う。
―好き…なのかもしれない…
いや、好きなんだと思う。ルイのあの時の攻撃だって、とっさに動いた。何故動いたのかなんて明白だったのかもしれない…
「じゃ…私そろそろ…」
食事を作り終わると、ユアはいつも決まってそそくさと俺の家から出て行く。
「ユア…ちゃん…」
「はい?」
くるりと自分のほうへ顔をやるユア。何ですかという表情をして、俺の言葉を待つ。
「ご飯…一緒に食べない?」
「え?」
驚いた表情がとても可愛くて、すごく可愛くて、抱きしめたくなる衝動に駆られた。だってその顔は、今俺だけに向けられた反応なんだから…
「私が一緒にいて、カカシさんは迷惑じゃないんですか?」
気恥ずかしそうに言う彼女に
「そんなことなーいよ。むしろ一人より二人のほうが何かと楽しいでしょ?」
「あは…それもそうかもしれませんね…」
ニッコリ微笑む彼女の顔。キスができたらしてしまいたくなるほど愛らしくて、好きで好きでたまらない。
―だから、俺は彼女をルイから開放させたいんだと思う。
―自分の欲のため…最低だ…
―でも、愛しくて好きでたまらないんだ…
決心がついた。
獣から逃れられない…
むしろ蝕まれていく兄を救うにはこれしかないと思った。
見細の禁術を説く方法。
それは媒介となるあの二つの指輪を砕く事。
だが、それは容易ではない。
術を掛けられた者が術者に逆らう事と同じことなのだから…
あれから、一ヶ月が過ぎた。
『これ以上…私を苦しめないでルイ兄さん。』
そう私が言った日…
頭を強く抑えながらあの人は外に飛び出したまま姿をあらわさない。本来の人格が出てきたのだと思われる…
―私を諦めてくれたのだろうか…
そんな考えがめぐるが、兄は獣に囚われた人格が出てきてしまっている。諦めるわけがない。
―人の心を蝕んで楽しむ生霊だ。
彼は必ず現れる。その時こそ、今度は自分の手で終わらせるんだ。
「ユアが決めた事なんだろう。俺は止めないよ。」
カカシはいつもそう言ってくれる。
「けど、君が危なくなった時は助けるから…無理はしないで。」
こくんとうなずくと、カカシの眼が嬉しそうに笑った。
―はぁ…はぁ…はぁ…
「やめてくれ…もう、妹を…ユアを…傷つけないでくれ…」
死の森。そこにいた人影。荒々しく息切れをして男は多い茂る木々にもたれかかりながらぶつぶつと呟く。
『何言ってやがる。あの女は俺のものだ。俺の可愛い獲物なんだよ。』
カッと向かいがわの木ににノソノソと歩く虫をクナイで仕留めると、獣がそう言った。
「違う!たったひとりの大切な肉親だ。」
『黙れ!俺の力を使って一族すべてを滅ぼした奴が今更何を言ってやがるんだ!』
「オレはもう、誰も傷ついて欲しくないだけだ!!」
『カカシか?あいつを傷つけたのもお前だよなぁ』
「違う!オレの友を!友人をやったのはお前じゃないか!!」
巨木の根元に腰を掛けて、一人苦痛に喘ぐルイは『獣』の言葉に首を左右に振る。
『だが、お前には時間がないんだよ。俺に食われていくしかないんだ。』
獣はそう言うと、ルイの内側に引き下がったのか荒い息切れが収まった。
「…言わなくちゃ。オレが、まだオレでいられる間に…ユア…」
―オレは、ユアに殺されたい。
―罪を犯したオレの最後の我侭だ。
そう心に囁く。
そして、ルイはその巨木から消える。
最後の望みを、たった一人の妹に託そうと…
―そろそろ来るころでしょうから。
慰霊碑の前で待つこと三日。
「……見つけた。」
その声と同時に振り向けば、
兄がいた。
「ユア…カカシ…」
先日とは違う雰囲気の彼に私は目を丸くする。兄さん?と呼べば元気だったか?と返答がきた。カカシも兄を見るなり久しぶり。と一言言った。
「…勝手な…我侭を聞いてもらいにきた…」
「うん。そろそろ来るころだろうとは思っていたよ。」
「そうか…ゲホッ…ゲホッ…」
口元を抑えると、赤い血が…それはルイが限界だという事。
「…”あいつ”をオレと一緒に消してくれ。」
一言言うと、ユアは兄のもとに歩いていく。
「私に、最後の肉親を殺せと?」
あぁそうだと久しぶりに見る兄の不敵な笑みが目の前にあった。
「お前は、助からなくていいのか?ルイ…」
カカシもユアの隣で、話し掛けると再びフッと笑った。
「もとよりオレは、一族を滅亡させた時点で生きてはいけなかった人間だ。今更、生きたいとも思わない。オレはユアを守りたい…ユアにつけた呪印から開放させてやりたい。」
ゲホッと再び赤い血を吐くルイ。
ユアは涙が出てきて堪らなかった。
「悪かった。不甲斐無い兄貴で本当に…悪かった。」
「ルイ。お前は何も悪くないよ。」
友人だった。一族の落ちこぼれだと罵られても、それでも何かを掴もうと…自分の確かなものを掴もうと彼は一生懸命だった。何かを掴めば、自分に自信が出そうなんだと修行中よく言っていた。それが何なのか、その何かが何なのかカカシにはなんとなく分かっていた。
―優しさ…努力…諦めない事…こんなに『何か』があったじゃないか…
手にしていたはずなのに、お前は気がつかなかっただけだったんだ。
「お前は俺の誇りだ。」
言うなり、男はニッコリ笑ってありがとうと言った。
「ユア…すまない。呪印をつけたのは封印を解いた時にオレに乗り移った”あいつ”だ。だから、オレにはあの呪印を解く印は分からない…」
こくんとうなずくとユアは懐からクナイを取り出す。
「痛い思いをさせる…本当に…すまな…ぐっ……」
『止めろ!何をする!ふざけるな!!!!!』
―獣が眠りから醒める。
限界だった。獣を押さえ込むための自我が失われつつある。びくびくと反応をするルイの体。覚醒をする事を恐れて、カカシはルイの言葉で慌てて両腕を抑えた。ユアは、あのリングを首から外し、地面に置くとクナイを構える。
『馬鹿め!!俺に逆らえば痛みを伴うだけだぞ!!!!』
―ビリ!バチバチ!!ビリリリリリリ!!!!!!!
「うっ!!体の痛みは…すぐ癒える。でも…貴方は…私達一族の…仇!」
『笑わすな!お前など所詮…ぐあぁ…あぁぁぁぁぁ!!!!』
孤独という言葉が、
一生自分にまとわりつくものだと思ってた。
呪われた呪印。
取り付かれた兄。
諦めてすべてを時間に任せて生活をしていた…
それが私達にとって一番楽だと思っていたから…
けれど、その孤独を破って自由になれという人が現れた。
嬉しかった。
何かを手に入れることに諦めてばかりいたから…
だから今、二人で必死に戦っている。
そう、自由になるために…
貴方の後押しした手を思い出しながら…
赤と青の指輪から漏れるおびただしい電撃のような力。
一瞬…痺れるその力に、すべてを任せて止めてしまおうか…
そんな考えがよぎった。
けど、ずっと殻にこもったままだった兄が耐え抜いている。
その兄を助けたい。
優しかった兄。大好きだった兄。ずっと側にいてくれた兄。
貴方を助けたい…
そして…
カカシ…
貴方に触れたい…
触れて欲しい…
―ガツッ
『がっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!!』
勢いよく刺さったクナイ。
兄と二人でのそろいのリングは、その時パカリと真っ二つに割れた。
抑えられていた体の宿主は、がくりと体を地面に預ける。
「…ユア。すまなか…た…ありがとう…な…」
涙を流して言う。
それは、最後の仕事をやり遂げた最高の微笑だった。
「兄さん…」
触れた頬は温かく、そして徐々に冷たくなっていく。
―おやすみなさい。兄さん…
あの頃のまま変わらぬ匂いがした兄が
この世のどこにもいなくなったと認識した瞬間だった。
「ぐあっ!げほっ!!」
目の前で大量の血を吐いて背中からも血を流しながら、兄は私を庇った。
「ユア…」
かすれた声で私の名前を呼んだ兄は崩れ落ちる。
「兄さん?」
もたれかかってきた体を支えながら、私は耳元で兄を呼んだ。
「ユア…」
たった一人の自分の肉親はもう一度私の名前を呼んで笑った。
「これで…お前は…俺の…」
言いかけてどさりと倒れた兄。
首に掛かったそろいのリングが赤く、ドス黒く光っていた。
Ψ恋獄Ψ ~プロローグ~
―ガバッ!
「はぁ…はぁ…はっ…」
夢。
額にぐっしょりと汗をかきながら私は目が覚めた。
「は…はぁ…はっ…っ」
誰もいない部屋でうまく呼吸ができない状態で俯いた。夜明け前なのだろう。あたりはまだ薄暗い。外を見れは、白くなったつきがぼんやりとうつっているだけだ。
「兄さん…」
呟くように言うと、己の首にかかる二つの指輪に触れる。
「安心して…貴方の意志は私が継ぐから……」
―だから兄さん…
―…………。
任務を終えて、報告書を出すといつもの場所へ向かった。
慰霊碑。
あの日から毎日通っている。
あれから一年。
時がすぎるのは早いものだ。
兄と二人で暗部にいた時期が懐かしい。
本当に時間がたつのは光のように早い。
―だが私は未だ囚われたまま…
暗部から引退して、今は上忍の位置にいる。あの日以来、暗部の仮面もしていない。
兄が亡くなってから、あの黒く濁った空気から逃げた。
怖い。
恐怖。
喪失感。
そして…開放感。
初めてそんな感情が芽生えたのはあの日だった。
―否、そんな感情はもっと前からだったかもしれない…
「兄さん…今日も変わらず木の葉はいい天気です…」
囚われて逃れられないのは私。
今もまだ、呪縛が解けないまま
苦痛に喘いでいる。
「最近、忙しそうだな。ユア…」
ここ数日の連夜任務でやつれた顔のまま上忍待機所に来ると、先客であるアスマは私に言った。
「そうね。最近ろくに寝てないしね。でも貴方も大変そうね。どう?部下の調子は…」
「まあ…ぼちぼちだな。」
頭をボリボリかきながら言う。
「そう。でも楽しそうで良かった…」
空いているイスに座ると、私は目の前のアスマを眺めていった。
「がんばって…」
アスマと会話した日から数日たった。特に何かがあるわけでもなく、私は相変わらず任務をこなしていた。
とある任務である男と組んだ。「君と任務をするのは初めてだったけど、とてもやりやすかったよ。ユアちゃん。」
「あはは。どうもありがとうございます。」
男の名前ははたけカカシ。写輪眼のコピー忍者のカカシと有名な男。昔から知っている…顔と名前だけ。ただ、どんな人間かは知らなかった。暗部時代、兄とよく話していた所を見たことがあったが、私はほぼ皆無と言っていいほど交流がなかった。上忍になってからも待機所で時々見かける程度で話したことはない。
―いや話したことがないのではなく、わざと話さなかったのかも知れない。
「ユアちゃんはルイの妹…だったよね?俺の事覚えてる?」
男はニッコリ笑って私に言う。
「覚えてますよ。兄と良く話しているところを何度か見かけたことがありますから…」
「そっか……それにしてもあいつが死んで一年か…長いようで短いな…」
そう言って、どこか遠い目をする。何か、昔大切なものでも失ったのだろうか…とても寂しそうだった。
「ユアちゃん…よく一人で耐えたね…」
突然ぽんぽんと私の頭をなでる。兄が死んだ日以来の初めての人との触れあい。そう、私は兄が死んだ日から極力人との触れ合いをさけていたのだ。大切な何かがあれば、それだけで人は強くなる。けれど、それを失った時の悲しみをもう味わいたくなかった。それでも自然と顔がほころんだ。嬉しかったのかもしれない。兄を知っている人に優しくされて…
だが、それは突然の痛みにかき消される。
―ビリッ
「!?……くっ!!!」
心臓に痛みが走る。あまりの激痛に、
思わず膝をついてうずくまってしまった。
―な…に…?
―もしかして…
「ユアちゃん?どうしたの!?大丈夫??」
突然のことで、焦ったような顔をするカカシ。近寄ってくる彼を私はあわてて阻止をする。
「大丈夫です…持病の…発作…だから…」
「でもっ…」
いいかけて、カカシは私の肩に手をおく。
―ビッ…ビシ!!
「くっ…あぁっ!!!」
再び激しい痛み。よろめきながら、私は心臓を押さえた。そして、痛みのひかぬままそっと心臓のあたりを己の服の中からのぞき見た。
「……!?!?」
―此れは……
―間違いない。
―呪印が彼に反応してる…
青ざめた表情のまま、
ユアはただ俯いたまま動かなかった。
…あの時私はただそれを眺めた。
「大丈夫。痛くないよ。俺達がいつも一緒に居られるお呪いだ…」
首にはそろいのリング。
兄の言葉。それが一体何なのかまだ、分からなかった。
「ユア…ちゃん…君…」
何かを察したのか、いつものやわらかい声ではなく緊張した声でカカシは私の名前を呼んだ。
「カカシさん…申し訳ないのですが、先に任務終了の報告に行って下さい。」
ドッドッと脈打つ音が聞こえる。
呪印が肥大しないように押さえ込む。背中に嫌な汗をかく。
―これ以上、この人の側に居る事は危険だ。
自分の危険じゃない。彼の身が危ないのではないかと思った。本能的に判断して、私は彼に先に行くように促す。
「でも、ユアちゃんをこのまま放っておけないよ。」
根っから優しいのであろうか。収まるまで側にいると言い、彼は再び私に触れようとする。
―ゾクゾクゾク…ビリッ
「…っ…お…お願いします!先に行って!!」
思わず大声で叫んだ。必死だった。なぜだか分からないけれど、その時の私は必死だった。呪印の暴走をとめたかったからなのか、分からないけれど何故か、それ以上は触れられてはいけない気がした。冷や汗をかきながら、怒鳴ってしまったカカシの顔を見ると彼は、とても悲しそうな顔をしていた。
「分かった。俺じゃ何も出来なそうだから…報告はしておくよ。ユアちゃんはそのまま帰って寝て…」
言い終わると、彼は私の前から姿を消した。
「くっ…」
おぼつかない足取りで、私は歩く。限界に近い。早く帰らなくては…胸が痛む…早く…
―あの指輪で痛みをひかないと…
どのくらい時間をかけてたどり着いたのか。本来なら途中気を失ってもおかしくないはずだった。けれど、痛みが和らいだり再びの激痛だったりと変動をするものだから気が気じゃなかった…
そして、男に触られる事を私自身が警戒をしていた。
倒れたらいけない。道端で倒れた私を、女性が見つければまだしも男が見つけてしまえば自分の命すら危うくなる。危険すぎる。それはなんとしても避けたかった。
「ぐっ…ようやく…」
ガチャリと音を立てて自宅の中へ入る。
寝室へ行けばベットがある。そしてあの指輪も。居間のテーブルには昔の自分の写真…兄との思い出の…何故かそれを立ち止まって一瞬眺めた。
―コトッ
引き出しにしまってあった真っ青なリング。そして、形見の指輪は自分の首元に…
二つの指輪は少しばかり光を放っていた。
「……私は……いつまで、こんなもので縛られているんだろうか。」
憎いはずなのに、自分にはどうすることも出来ない。それはあの時、何も知らずにつけられた物せい。肉親を肉親として愛しているが故に許してしまった行為。
「兄さん…貴方は死しても、まだ私を縛るつもりですか…」
すっかり痛みのなくなった呪印をそっとなぞると、そこは赤く光った。ユアはただ、あの形見の指輪をぎゅっと握り締めて俯くだけだった。
昔の彼女は、あんなに寂しそうに笑っただろうか。
少なくともルイといたあの時は、まだ少女らしい一面があった気がする。
何が変わった?
彼女の身に何があった?
遠くで見ている事しか出来なかった友人の妹。
あんなにやつれ、塞ぎ込むような少女ではなかった気がするのに…
「見細家の噂ぁ?」
上忍待機所に、煙草をふかしながらやってきたアスマと紅に話を聞く。
「そ。何か知ってる?」
カカシはあれから報告を終えると、ユアの態度に不信感を覚えていた。
「見細って言えば、確か10年位前に一族ほぼ壊滅状態になった家系だろ?」
「たしか、ユアがその家の生き残りでしょ?一年前まで兄のルイが居たはずだけど…」
「そ。ルイは俺の知り合いだった。」
一言言うと、俺は座っていた椅子から立ち上がった。
けど、二人が慰霊碑へ向かう途中何者かに襲われルイは死んだ。
腑に落ちなそうな目をして再び口を開く。
「一年前ルイはユアを庇って死亡。けど、その亡骸は見つからなかった。」
「一部じゃ暗部が関わっていたって話もあったわね。ルイは見細の家の中では抜きん出た忍だったらしいし…」
―その技量があまりにも危険すぎたのか…
思えば、ユアが暗部を止めた時期もそれくらいだったか。兄を殺したのが暗部の連中だったのなら、あそこにはいたくなかったんだろう。俺は立ったまま黙って考えていた。
もうひとつ。
見細家が壊滅した理由…それが、10年たった今でも謎のまま。
本家をくまなく調べても、
未だに壊滅した手がかりすら浮かんでこないらしい。
「まぁでも、ユアやルイの事はカカシ。お前の方が俺たちより知ってるだろ?」
「ま!そうなんだけどね…今日任務を一緒にやったからちょっと気になってね。」
先ほどの突然の行動。本当に気になる。何かに怯えるような眼をしていたから。
「あんた。ユアにまで手を出すんじゃないでしょうね。」
紅がギロリと睨みながら俺に言う。ちょっと怖い…
「そんなわけないでしょ。ルイの妹に手を出したらあの世であいつに殺されちゃう。」
「お前ら仲良かったもんな。似たもの同士っつーかなんつーか…女ならなんでもよさそうだったし…」
ため息をついて、アスマが俺にいった。
ちょっとそれはひどいんじゃないというと、奴はゲラゲラと笑った。
「あの兄貴にあの妹だもんな…まったく世の中よくわからん。」
再びゲラゲラと笑った。
だが、俺にはもうひとつ疑問な点がある。
ユアは男性恐怖症と昔、兄であるルイから聞いた。
けど、あのルイの妹………なぜだか腑に落ちなかった。
だってユアは、そんなそぶり一度だって出した事はなかったから…
翌日、ナルト達の任務へ。
あいかわらず、遅刻をしていけばユアが居た。
「ユアねーちゃん。ラーメン奢ってくれってばよ!」
「何で私がそんなことしないといけないのかなー?ナルト君…ん?」
つんとナルトの額を指で小突くユア。そのとき一瞬だけ顔が歪んだ気がした。見れば、昨日と同じ場所を抑えている。やっぱりまだ、昨日の体調不良が完治していないのか…
「この間奢ってくれるって言った!」
ナルトがそう言うと、あーそういえばそんな事言ったわねとユアは笑った。
「じゃ、今日の任務が終わったら奢ってあげる。」
「本当!?」
目を輝かせて、ナルトはユアを見た。
「うん。終わったら一楽においで。」
ニコッと微笑んだユアは、昔と変わらず可愛かった。
―俺には見せた事がない表情だ。
ま、昨日の任務が彼女と初めて話すものだったしそんなことで深く考える必要はないんだけど…俺もね…男だしね…
「サスケ君とサクラちゃんもおいで。」
そう言って、待ち合わせの時間を決め終わったらしく、ユアはじゃあまた。と言い残して消えた。
「あ!カカシ先生だ!おそいってばよ!!」
「いやーすまんすまん。今日は…」
「言い訳はいいから!!早く!早く終わらすってばよ!!」
「ハイハイ。」
苦笑いをしつつ、俺たちは任務場所である目的地に向かった。
「…それにしてもお前らユアちゃんと知り合いだったの?」
何食わぬ顔で、俺は隣に居たナルトに聞く。
「おうってばよ!一楽によく来る常連さんだってばよー!」
自慢げに話すナルト。話によれば週に2回程度食べに来るそうだ。しかも決まっていつもチャーシュー麺らしい。そういえば、ルイもチャーシューを食べてたな。ふとそんな事を思い出す。
「んで、今日はユアねーちゃんのおごりでラーメン食うんだ!!」
「ふーん。ユアちゃんのおごりねぇ…俺も行こうかな。」
言ったとたんに周りから白い目で見られる。
「なっ…なんだ?」
「カカシ先生!ユアねーちゃんに手出すなよ!!」
「は?」
「ユアねーちゃんが綺麗で可愛いからって手出しちゃ駄目だって言ってんの!」
「お、お前なぁ…」
あきれた顔で、俺はそう言ったナルトを眺めた。
けして逃れられない苦しさ。
どんなに恋焦がれても触れる事さえ出来ない。
永遠に縛られる私には、
男女の幸せそうな表情の意味すらわからないだろう。
時としてそれは、幸せかもしれない。
何も失うものさえないのだから…
けれど私にとって、この『印』だけは
幸せとは言い難い物…
「おじさん。いつものお願い。」
ニッコリ微笑む。ナルトと待ち合わせをした時間よりも早く着いた私は、彼がくるまで待つことにする。一楽…此処は気兼ねなく話をしてくれる私の唯一心の休まる場所。触れることさえ許されない自分にとって、会話という触れ合いが出来る空間。
「ユアちゃん。ここ一週間くらい来てなかったけど、やっぱ何かと忙しいのかい?」
待っている間、手を動かしながらおじさんは言った。
「え?んー…忙しい…確かに…ご飯食べられないほど忙しかったかも。」
頬杖をつきながら、私はテウチに返答する。
「駄目だよ。きちんと食べないと。そのうち倒れてもおかしくなくなっちゃうよ?」
”いつも”のお酒をカウンターに置くと心配をするような顔を向ける。この人は、本当に私を思ってくれてる。そう直感で分かる。
―だから私は笑顔を振りまく。
「大丈夫。昨日で忙しかった期間は一時的終了したから。だから、心配しなくても平気だよ。ありがとう!おじさん。」
ニコニコと笑う私の顔を見て、おじさんもつられて笑った。
「あーユアねーちゃん!もう来てたーー!」
後ろから、聞き覚えのある声がしてひょこっと顔を外に出す。ナルト達だ。しかもご丁寧に上司のカカシまで同伴。ぺこりとカカシにお辞儀をすると、彼はニッコリ笑った。…けど正直昨日の今日だったので気まずかった
笑顔で彼に手を振ると、ナルトは嬉しそうに走ってくる。
「お疲れ様。どうだった?任務は失敗しなかった?」
意地悪そうにそう言ってやると、そんな事しねーよー!と少し怒ったような顔をする。
「あー!ユアねーちゃん。またいつものメニュー!!酒は駄目ーー!」
「待って待ってーー!それやらないと一日が終わった気がしないのーー!」
あわてて、ナルトから酒を取り返すと後からサスケ達が入ってくる。
「こんにちは。お勤めご苦労様。」
一言いうと、好きなの頼んでねと付け加えた。
「ユアちゃん。昨日は大丈夫だった?」
一通り頼み終わって、隣に座っていたカカシが私に話し掛ける。一人で酒を飲もうとしていた私に、じゃ俺もとカカシも飲みに参加するようで、テウチに酒を頼んだ。
「はい。昨日は…取り乱してしまって申し訳ありませんでした。」
先ほどとは違い、真面目な表情で答える。
同じ上忍に属して入るが彼のほうが先輩なのだ。上下関係はきちんとしなくてはと思った。
「んーいや。まぁしょうがないよ。気にしてないし。俺は君が無事に帰れたのか心配になっただけ。なんか苦しそうだったから…」
ニコッと目が笑った。ありがとうございますと私もくすりと笑う。
お待たせ。というおじさんの声で目の前にラーメンが置かれた。いつもながら、おいしそう。と言うと私は箸を割ってレンゲにのせられた具を移すとそれを口に運んだ。ふと隣を見れば、カカシが私をじっと見ている。
何ですか?と言えば、
「ルイ。あいつも麺じゃなくて具から食べてたなぁってさ…」
「あは。兄もですか?兄弟だから似たのかも。」
笑ってそれを流した。
言い終わるか終わらないかで、カカシの元にも注文したラーメンと酒が置かれた。ふと見れば、カカシとは反対側の方へ顔を向けると
ナルトたちが、じっとこちらを見ている。
―あぁ…そうか…素顔が見たいのね…
苦笑いをしながら、私はカカシのほうに再び顔を向ける。いくら覆面でかっこいいと噂があっても、噂通りに行くわけがないじゃないか…もったいぶった事してるだけなのよ。と色々模索していた。
ガツン!!
「げ!?」
「サスケくーーーん!!!何してるのーーーーー!?」
おそらくナルト君たちの友達であろう。可愛い女の子がいた。背後から突進してきたらしく、三人はその子に注目をした。私は、仲がいいなぁと思いつつ自分の注文したものへ再び視線を戻す。
が、スルリと隣で覆面を外すカカシ。少し気になっていたので目線だけを彼のほうへ向けた。
「!?…っ…」
見た瞬間箸を落としてしまった。カカシはそれに気がついて箸を拾ってくれた。ありがとうと、赤面しているであろう顔のまま言うと如何いたしましてと素顔のまま彼は答える。そして、目線は頼んだチャーシュー麺へ…
―ヤバイ
―カッコイイじゃないか…
顔が熱い。これは危険だ。
反則過ぎる…
自分の心臓がバクバクいっているのを感じながら、私はボソボソとそれを食べていた。
「此れは、俺たちをつなぐ媒介だ。
此れは決して俺以外には触らせちゃいけないぞ。
そうすれば、お前は傷つく事はないから…」
―大丈夫です。歩けるから、触らないで…
一楽で、ラーメンを食べてからナルト達と別れて、行きつけの飲み屋に行った。友人だったルイの話。部下のナルトの話とかしながら、時間は過ぎていった。
べろべろに飲んで酔っ払ったユアは、送っていくよと俺が言うのにもかかわらずそれを拒否。どうにも、心配でじゃ、護衛でもさせてよと無理な事を言って俺は彼女の隣を歩いていた。
「…こんなに飲んだのは、久しぶりです。」
よろよろと歩く彼女の表情は、とても悲しそうだった。
「っていっても、私飲み仲間いないのでいつもは一楽で一人でやってる口なんですけどね…」
可愛らしい舌をちょろっと出すと、ユアは照れるような顔を俺に向けた。
「そりゃ寂しいね…俺が今度から付き合おうか?」
「あはは…お気持ちだけ受け取っておきます。」
先輩を毎回連れまわすようなことは出来ませんと苦笑いをしながら言われて、またもや拒否られた。本当に男性恐怖症なのか…?
「兄さんがカカシさんを気に入っていた理由が、なんとなく分かった気がします。」
「んー?理由?何ー?」
「兄は、カカシさんのちょっとした優しい所が好きだったんだなって…」
「俺の?別に俺は優しくないよ?命令があれば人も殺すしね…」
「いいえ。仲間を思う事。自分の周りに生きる、大切な人を守りたいという優しさがです。」
―俗にそれはチームワークの原点。
守りたいものがあれば、それはもっと強くなれる。
「兄は、カカシさんが目標だったみたい。いいなぁ…羨ましい。」
言われた言葉はとても嬉しかった。けれど、どこか遠くを見つめるユア。その表情に一瞬見とれた。
「君だって、ルイに思われてたんでしょ?大事にされてたんじゃない。」
俺がそう返すと、ユアは再び悲しそうな顔をする。
「ある意味、大事にされていたかもしれません。けど、私にはそれが苦痛だった。」
「え?」
言うなり、気持ちが悪かったのかその場にユアはしゃがみこむ。
「うっ…うぅ…」
大丈夫?といえば、平気ですという言葉しか返ってこない。
「家は、そこだから…大丈夫です…もう行ってください。私は…大丈夫ですから…」
明らかに大丈夫そうに見えなくて、
抱きかかえて家まで運ぼうと彼女に触れる。
―バチ!ビリリリ!!!
「ひぃあああああ!!!!」
叫び声と共に、どさりとその場にユアは仰向けに倒れる。
「なっ…なんだ!?ユアちゃん!?」
驚いて彼女の様子を見る。苦しそうな表情のまま気を失ってしまったようだ。昨日といい、今日といい如何したのだろう。俺が触れると、彼女は顔をしかめ、おかしくなるのだ。
―何かがあるのではないか…
瞬間、彼女の首もとから見覚えのあるリングを見つけた。その指輪は、どす黒く異様な雰囲気で赤く光っている。恐る恐る、俺はその指輪を手に取る。鈍い光は瞬く間にその効果を無くした。
「ユアちゃん?」
そのまま彼女に触れれば、先ほどとは違い
ユアに触る事が出来る。ほっとして、短い息を吐く。
「とりあえず、家に連れて行こう。」
指輪を握ったまま、俺は彼女を家へ運んだ。
籠の中から、誰かが出してくれるんだ。
昔は小さいながらもそんなことをいつも思っていた。
呪縛からとかれる術はみつからず、
いつも、一人だった自分。
支えと出来るものは兄ではなく、
父と母からもらったあの真っ青な指輪だけだった。
「此れでお前はずっと俺と一緒だ。」
あの日、かけられた術の意味がわからず
ただ大好きだった兄のそばにいれる事が何より嬉しかったのだろう。嬉しさのあまり、兄にしがみ付いたのを覚えている。
―卑しく笑う、あの人の顔も忘れて…
「ん…」
チュンチュンと鳥の声が聞こえる。目を覚ませば、いつもどおりの天井。あぁ…やっぱり、昨日は無事に帰れたのか…ガンガンと響く頭を抑えながら、重い体を起こす。そういえば、カカシは如何したのだろう。昨日は一緒に帰っていたはずだ。どこで別れたのか…考えていると、枕もとにあの指輪が置いてあった。
「!」
あわててそれを手にして首にかける。
―病的に…
嫌になる。
―手放セナイ…
不意に、正面の鏡に目を移す。
胸元が微妙に開いた状態の服。
そこから覗く酷な『印』…
…呪印が赤い。
「……。」
いつまでこんなものに縛られなくちゃいけないのだろうか…そう思った矢先に後ろから声が聞こえた。
「それが、君のあの不審な行動の原因?ユアちゃん。」
アイス枕を持って、後ろにいたのは紛れもなく兄の友人だったはたけカカシだった。
「お前は俺のものだ。お前に近寄る男は絶対に許さない。」
病的に私の事を監視する男。見細ルイ。彼はれっきとした、私の血のつながった兄。いつからか、自分の所有物のように私の事を見るあの眼に脅えるようになる。
「ずっと、ずっと一緒だ!!お前を愛していられるのもお前を大切に思っていられるのも俺だけなんだよ!!」
狂ったように、そう繰り返す兄。私に近寄る者は容赦なく斬り捨てた。一族の最初の犠牲者は父だった。あの日、胸元の呪印で術をかけられた事を知った父は兄に、呪縛を解けと責め寄った。
「俺からユアを奪うのか!?俺のユアを!許さない!誰であろうが許さない!!」
繰り返し繰り返し、病的に言う兄は何の躊躇もなく自分から妹を取られるという恐怖感からその場で父を刺した。
「ユアには俺さえいればいい…見細の連中なんか要らない。」
それから、狂ったように身内を切り捨てる兄。私があの時、すべてに絶望をした瞬間だった。
結果、一族は滅びた。
病的な兄の私に対する嫉妬心で…
そして、10年経ったあの日…
何者かに斬られ、血反吐を吐いたあの人は、
うっすらと卑しい笑みをこぼしながら言った。
「これで…お前は…俺の…永遠に俺のものだ。」
かけた術者が此れをとかないかぎり、一生消えない。呪いの呪印。まじないなんかじゃない…これは呪われた印だ。
―嫉妬という呪われた…
「呪印?…触れる事を許さない?」
一通り話し終えた後、カカシの顔が驚くほど真っ青になっていた。大蛇丸がサスケやアンコにつけたものとは違う。別のもの。それは話を聞けば明白だった。
「術をかけられた人間以外…触れればそれだけ痛みを此処が伴う。兄は、私にこれをつけたことによって他者との交流を避けさせようとしていました。」
「だから、俺に触るなって…」
気難しい表情をして、彼は考えていた。それもそのはずである。10年…見細家の原因が分かっていないという…
その原因が自分の友人だっただなんて…誰も知りたくはない事実だろう。そう考えたら、涙が出た。だって、この人は兄の唯一の友人だったから…
「…ごめんなさい。こんな事を知らせるつもりはなかった。」
問い詰められて、思わず話してしまった事とはいえこれは自分の…私の問題だった。それを、汚れていない兄のイメージを持った人に言ってしまった。これが、とても耐えられなかった。
「どうしてユアちゃんが泣くの?」
「だって、私はカカシさんの兄のイメージをぶち壊してしまった。」
「大丈夫だよ。…一人で辛かったんでしょ?俺でよければ協力をする。」
自分にとって、一番触れ合う事がないと思っていた人。カカシという人の存在が、私の中で大きくなりつつあった。
グルグルに縛られた鎖の一部が、パキンと外れた…
そんな音が、私の中で聞こえた気がした…
孤独だった自分の目の前に光を刺してくれたのは貴方。
それまで嘘の自分を固めてきた私に
前を見ろと背中を押してくれたのも貴方…
けれど、あの人は違う。
あの解き放たれるべきではないものを
解き放ってしまった。
心に光を通す事をやめてしまった。
だから…
「…ユア、カカシに話したようだな…」
あれから数日後、火影様は私を呼ぶとそう問いただす。
「呪印を見られてしまいました…」
「そうか…」
もとより私は他者との交流さえなかったため、隠すようなシロモノでもなかった…けれど、いつしか『兄』という言葉で恥かしさを感じた。そう、私達は兄弟なのだから…
「ユア…ルイには気をつけよ。何をするかわからぬぞ…」
―あやつは見細の落ちこぼれと言われていたが頭はキレる。
「火影様…父に期待され、見細の後継者と言われていた私です。安心してください。」
―絶対に゛あの人゛だけは殺らせない。
「決心がついたか…」
「はい」
唯一自分に触れようとしてくれた人だから、私のことを理解してくれようとした人だから…
だから、たとえ私の命がなくなってしまったとしても…
救えるならば、救いたい…それだけだ…
―数日前…兄が現れたあの日…
「どうして、ユアちゃんが泣くの?」
―そうだ。何故泣くんだ?
「だって、私はカカシさんの兄のイメージをぶち壊してしまった。」
―そうなこと、どうだっていい…
「大丈夫だよ。…一人で辛かったんでしょ?俺でよければ協力をする。」
―駄目だ!許さない!
「ルイは…死んだ。だから、ユアちゃんもあいつのことは兄として思うだけで…忘れるべきだよ。」
―ふざけるな!!!!
「前を見なきゃ。君はまだ若いんだよ?だから…それを解く方法を…」
―ユアは俺の物だ!!!!
窓際からガシャンと音がした。とたんにそちら側を向けば、見覚えがある人物。
―笑って…
「にっ兄さん…」
「ユア…久しぶりだ…可愛いユア…」
変わりすぎた容姿の兄。頬はこけ、服には変色した血がカピカピになって染みついている。一年前と違い、優しさの面影さえない…
「ユア…その男は誰だ?」
言われた瞬間…訳がわからなかった。死んだはずのこの人がなぜ?恐怖を帯びた目でただ、私はじっとそれを眺めるだけだった。震えていたのだ…言葉が…口が動かなかった。
けど、彼は違った。
先ほどから殺気に気がついていたようで兄をギロリと見ていた。
「俺の顔を見て、誰だ?随分なご挨拶だねルイ。久々に会った友人に対しての礼儀とは言えないな。…それにしても、お前がここまで歪んだ奴だとは思わなかったよ。」
「うるさい!俺のユアを奪う奴などしらない!関係ない奴は死ね!!」
「兄さん!!やめっ…!あっぐっ!!」
そう言ってカカシに飛びかかっていく兄。
彼はひょいと避けると、壁際にルイを押し当てる。私は二人を止めようと叫び声をあげるなり、兄の邪魔をするなユアと言う叫び声と共に呪印の突然の激痛に動くことができなかった。
「奪う奴ね。自分だけのご都合でユアを縛り付ける奴が言う台詞じゃなーいね。」
じろりと睨みながらクナイを兄の首もとに当ててカカシは言う。
「っ!!…きっ…気安くユアの名をよぶな!!」
逆上しているであろう彼は、そのまま叫び散らしながらカカシに腹に蹴りをしようとする。
「消えろ!消えろ!」
「俺は彼女が放っておけないからね。苦しみの元凶が目の前にいるのに見て見ぬふりをするほど悪人じゃない。」
避けるように少し離れた場所に移動したカカシはそう言った。
「元凶?何を言う、俺たちは愛し合ってる!なあ!ユア、そうだろう!!」
―………。
俯いた私に、絶望の目。
「…ユア?」
「独り善がりだよ。ユアを愛しているのはお前だけだ。」
歪んだ愛が痛い。
「この、くそったれ!!!男に色目をっ!!!」
投げつける無数のクナイ。私は目を丸くする。
―あぁ、これで終わるんだ。
瞬間目を閉じた。すべての絶望から、開放されるのならばそれでもいいと思った。だって私は、普通の男女のような触れ合いさえ許してもらえないのだから…
―ザクッ
「ぐっ…うっ……」
何かが覆い被さった。目を開ければ、
「カ…カカシさ…」
自分を庇うように抱きしめられていた。その行為を理解するまで時間が掛かった。血だらけで、ニコリと笑う。
―…何故?
私なら、死んだって構わないのに!!何故!?
「…カカシさ…ん?…どうして…?」
「ユア…ちゃん…駄目だ君は……もっと、生きるべきだ……」
―バチッ!バチッ!
「うっあっあぁぁ!!」
呪印に伴う痛み。衝撃でカカシは床にどさりと倒れた。
「ごめ…痛いって分かってたのに…」
ピリピリとする感覚。けれど気を失いそうな意識を一生懸命覚醒させた。
―私は…傷つける事しか出来ないのか?
「ユア…これで俺達の邪魔は…」
伸ばされる手。恐怖がよみがえる。
「……っ」
痛みでふるえる。動けない。けど…
兄のその手にに答えたくはなかった。
―パシ!!
「な…んで…」
「これ以上…私を苦しめないでルイ兄さん。」
憎しみの目を向ける。
だって、貴方は…
友と呼ばれる唯一の人を傷つけた。
私の『好きな人』を…
見細の一族は、とある生霊を封印していた。
贄と成る者ならば
容赦なくそれを飲み込む…
兄はあの時その封印を解いた。
『俺だって、見細の人間なんだ。』
焦る気持ちと一族の罵声に耐えられなかったのだ。
「…ルイは…いい奴だったのに…どうしてあんな事になったの?」
『…獣が心を蝕んだんです。』
あの時の怪我で一週間ほど入院していた。ユアが俺の見舞いに来ると、問い掛けた質問に彼女はそう答えた。どこか寂しそうに…
「カカシさん。怪我の具合はどうですか?」
毎日決まった時間にやってくるユア。自分を庇った事の罪悪感からか、彼女は俺が病院を退院した今でも必ず飯を作りにきた。
―私、こんな事くらいしか出来ませんけど…
そう言って恥かしそうにする顔が好きだった。可愛いなぁと思ってしまう。守ってあげたくなるんだ。そう考えると、なんだかやる気が出てきてすごく頑張ろうと思う。
―好き…なのかもしれない…
いや、好きなんだと思う。ルイのあの時の攻撃だって、とっさに動いた。何故動いたのかなんて明白だったのかもしれない…
「じゃ…私そろそろ…」
食事を作り終わると、ユアはいつも決まってそそくさと俺の家から出て行く。
「ユア…ちゃん…」
「はい?」
くるりと自分のほうへ顔をやるユア。何ですかという表情をして、俺の言葉を待つ。
「ご飯…一緒に食べない?」
「え?」
驚いた表情がとても可愛くて、すごく可愛くて、抱きしめたくなる衝動に駆られた。だってその顔は、今俺だけに向けられた反応なんだから…
「私が一緒にいて、カカシさんは迷惑じゃないんですか?」
気恥ずかしそうに言う彼女に
「そんなことなーいよ。むしろ一人より二人のほうが何かと楽しいでしょ?」
「あは…それもそうかもしれませんね…」
ニッコリ微笑む彼女の顔。キスができたらしてしまいたくなるほど愛らしくて、好きで好きでたまらない。
―だから、俺は彼女をルイから開放させたいんだと思う。
―自分の欲のため…最低だ…
―でも、愛しくて好きでたまらないんだ…
決心がついた。
獣から逃れられない…
むしろ蝕まれていく兄を救うにはこれしかないと思った。
見細の禁術を説く方法。
それは媒介となるあの二つの指輪を砕く事。
だが、それは容易ではない。
術を掛けられた者が術者に逆らう事と同じことなのだから…
あれから、一ヶ月が過ぎた。
『これ以上…私を苦しめないでルイ兄さん。』
そう私が言った日…
頭を強く抑えながらあの人は外に飛び出したまま姿をあらわさない。本来の人格が出てきたのだと思われる…
―私を諦めてくれたのだろうか…
そんな考えがめぐるが、兄は獣に囚われた人格が出てきてしまっている。諦めるわけがない。
―人の心を蝕んで楽しむ生霊だ。
彼は必ず現れる。その時こそ、今度は自分の手で終わらせるんだ。
「ユアが決めた事なんだろう。俺は止めないよ。」
カカシはいつもそう言ってくれる。
「けど、君が危なくなった時は助けるから…無理はしないで。」
こくんとうなずくと、カカシの眼が嬉しそうに笑った。
―はぁ…はぁ…はぁ…
「やめてくれ…もう、妹を…ユアを…傷つけないでくれ…」
死の森。そこにいた人影。荒々しく息切れをして男は多い茂る木々にもたれかかりながらぶつぶつと呟く。
『何言ってやがる。あの女は俺のものだ。俺の可愛い獲物なんだよ。』
カッと向かいがわの木ににノソノソと歩く虫をクナイで仕留めると、獣がそう言った。
「違う!たったひとりの大切な肉親だ。」
『黙れ!俺の力を使って一族すべてを滅ぼした奴が今更何を言ってやがるんだ!』
「オレはもう、誰も傷ついて欲しくないだけだ!!」
『カカシか?あいつを傷つけたのもお前だよなぁ』
「違う!オレの友を!友人をやったのはお前じゃないか!!」
巨木の根元に腰を掛けて、一人苦痛に喘ぐルイは『獣』の言葉に首を左右に振る。
『だが、お前には時間がないんだよ。俺に食われていくしかないんだ。』
獣はそう言うと、ルイの内側に引き下がったのか荒い息切れが収まった。
「…言わなくちゃ。オレが、まだオレでいられる間に…ユア…」
―オレは、ユアに殺されたい。
―罪を犯したオレの最後の我侭だ。
そう心に囁く。
そして、ルイはその巨木から消える。
最後の望みを、たった一人の妹に託そうと…
―そろそろ来るころでしょうから。
慰霊碑の前で待つこと三日。
「……見つけた。」
その声と同時に振り向けば、
兄がいた。
「ユア…カカシ…」
先日とは違う雰囲気の彼に私は目を丸くする。兄さん?と呼べば元気だったか?と返答がきた。カカシも兄を見るなり久しぶり。と一言言った。
「…勝手な…我侭を聞いてもらいにきた…」
「うん。そろそろ来るころだろうとは思っていたよ。」
「そうか…ゲホッ…ゲホッ…」
口元を抑えると、赤い血が…それはルイが限界だという事。
「…”あいつ”をオレと一緒に消してくれ。」
一言言うと、ユアは兄のもとに歩いていく。
「私に、最後の肉親を殺せと?」
あぁそうだと久しぶりに見る兄の不敵な笑みが目の前にあった。
「お前は、助からなくていいのか?ルイ…」
カカシもユアの隣で、話し掛けると再びフッと笑った。
「もとよりオレは、一族を滅亡させた時点で生きてはいけなかった人間だ。今更、生きたいとも思わない。オレはユアを守りたい…ユアにつけた呪印から開放させてやりたい。」
ゲホッと再び赤い血を吐くルイ。
ユアは涙が出てきて堪らなかった。
「悪かった。不甲斐無い兄貴で本当に…悪かった。」
「ルイ。お前は何も悪くないよ。」
友人だった。一族の落ちこぼれだと罵られても、それでも何かを掴もうと…自分の確かなものを掴もうと彼は一生懸命だった。何かを掴めば、自分に自信が出そうなんだと修行中よく言っていた。それが何なのか、その何かが何なのかカカシにはなんとなく分かっていた。
―優しさ…努力…諦めない事…こんなに『何か』があったじゃないか…
手にしていたはずなのに、お前は気がつかなかっただけだったんだ。
「お前は俺の誇りだ。」
言うなり、男はニッコリ笑ってありがとうと言った。
「ユア…すまない。呪印をつけたのは封印を解いた時にオレに乗り移った”あいつ”だ。だから、オレにはあの呪印を解く印は分からない…」
こくんとうなずくとユアは懐からクナイを取り出す。
「痛い思いをさせる…本当に…すまな…ぐっ……」
『止めろ!何をする!ふざけるな!!!!!』
―獣が眠りから醒める。
限界だった。獣を押さえ込むための自我が失われつつある。びくびくと反応をするルイの体。覚醒をする事を恐れて、カカシはルイの言葉で慌てて両腕を抑えた。ユアは、あのリングを首から外し、地面に置くとクナイを構える。
『馬鹿め!!俺に逆らえば痛みを伴うだけだぞ!!!!』
―ビリ!バチバチ!!ビリリリリリリ!!!!!!!
「うっ!!体の痛みは…すぐ癒える。でも…貴方は…私達一族の…仇!」
『笑わすな!お前など所詮…ぐあぁ…あぁぁぁぁぁ!!!!』
孤独という言葉が、
一生自分にまとわりつくものだと思ってた。
呪われた呪印。
取り付かれた兄。
諦めてすべてを時間に任せて生活をしていた…
それが私達にとって一番楽だと思っていたから…
けれど、その孤独を破って自由になれという人が現れた。
嬉しかった。
何かを手に入れることに諦めてばかりいたから…
だから今、二人で必死に戦っている。
そう、自由になるために…
貴方の後押しした手を思い出しながら…
赤と青の指輪から漏れるおびただしい電撃のような力。
一瞬…痺れるその力に、すべてを任せて止めてしまおうか…
そんな考えがよぎった。
けど、ずっと殻にこもったままだった兄が耐え抜いている。
その兄を助けたい。
優しかった兄。大好きだった兄。ずっと側にいてくれた兄。
貴方を助けたい…
そして…
カカシ…
貴方に触れたい…
触れて欲しい…
―ガツッ
『がっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!!』
勢いよく刺さったクナイ。
兄と二人でのそろいのリングは、その時パカリと真っ二つに割れた。
抑えられていた体の宿主は、がくりと体を地面に預ける。
「…ユア。すまなか…た…ありがとう…な…」
涙を流して言う。
それは、最後の仕事をやり遂げた最高の微笑だった。
「兄さん…」
触れた頬は温かく、そして徐々に冷たくなっていく。
―おやすみなさい。兄さん…
あの頃のまま変わらぬ匂いがした兄が
この世のどこにもいなくなったと認識した瞬間だった。