勝利よ来たれ
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「中央本陣から、後退をして右翼と左翼の包囲展開を提案します。」
その策はユアの一言からだった。
勝利よ来たれ
「ここの所戦になると私達、決まった武将達の出陣だけれど、軍師殿は何を考えてるのかしら。」
んーと伸びをしながら戦の場所の現地へ向かう趙雲、馬超に言う。
「さぁな。戦闘力、指揮力の向上のためとかじゃないのか?」
あっけらかんとした口調で馬超は答えた。
隣にいた趙雲は、考え込むような顔をしながら口を開く。
「姜維殿の軍勢の動かし方を慣れさせるためかも知れませんよ?」
「慣れ?あぁ、あの子元は魏国の子だし
私らの軍の兵からは、そんなに信用がないんだ。」
「彼からしてみればかなり、痛い事をズバッといいますね。貴女は…」
趙雲は苦笑いしながら、ユアに言う。
「まあ、それは本当の事だしな。」
「馬超殿まで…」
「でも、実力が本物だから諸葛亮殿に目をかけていただいてるんだから、いいんじゃない?」
「そんななげやりな…」
引きつった表情で彼は馬超とユアを眺めた。
「本当に普段からどうでもよいという感じに返答しますね。二人とも…」
「だってどうでもいいんだもん。」
「そうそう。勝てばいいんだよ。勝てば。」
「は…はぁ…」
そんなこんなと話ている間に、今回の戦場に到着。彼らは、先ほどとは違う真剣な面持ちで作戦を練っていた。
「これは…今回は少しばかりやばいんじゃない?」
「そうですね。敵の全体の兵力が我が軍の二倍はありますよ。」
「布陣しだいね。どうするの?姜維。」
「陣形は我らの兵力を考えて『鶴翼陣』でいきたいと思います。」
「鶴翼陣か…まぁ悪くないわね。右翼、左翼のそれぞれの部隊は趙雲、馬超、魏延を含める3人の指揮下にある部隊でいいわね?」
「はい。本陣は私とユア殿で守りを固めていただきます。」
「わかったわ。」
そういって、再び模型によって置かれた陣形をユアは眺める。この陣形、中央本陣とそれを囲むようにして右翼と左翼にそれぞれの部隊を配置することができる。指揮をする姜維に対して、彼女はそれでは今回の戦は勝利はしないと考えていた。
「姜維…。」
一瞬ひらめいて、ユアは彼を呼んだ。
「はい?」
「今回の戦、私たちの陣の方が圧倒的に不利ならば、『魚鱗陣』を使ってみてはどう?」
「魚鱗陣ですか?」
きょとんとした表情で、彼は聞きかえす。
「そう。魚鱗陣よ…」
模型の陣形を先ほどの鶴翼陣から、中央突破向きの魚鱗陣に変えてゆくユア。
「あ!そうか!その手がありましたね!!」
ぽんと手をたたくように、ユアを見る姜維。その場にいた馬超や趙雲、魏延も気がついたかのように目を見開いた。そして、彼女は自信ありげな表情で言うのだ。
「魚鱗陣より中央本陣から、後退をして右翼と左翼の鶴翼陣に展開。相手の隙を突いて包囲作戦を提案します。」
「ユア様!姜維様!本陣に敵多数進入いたしました!!!」
副将が、ユアに聞こえるように大きな声でそう叫ぶ。
「姜維。そろそろね。」
こくんとうなずくとユアは、姜維につぶやく。
「よし。本陣はゆっくり後退!!右翼、そして左翼は各指示通り展開せよ!!!」
迷いのない叫びに、それぞれは彼の声に従って動いていった。
勝利よ来たれ
「はぁ!!」
後退の際、予定通り動かすためにユアは本陣の前線に移動していた。
後方は姜維が守りを固めているのだ。
自分が前で何とかしなくてはならないと思ったからである。
「ちっ…まーずいわね。思いのほか奥に来過ぎてるわ。」
ボソリと一言いいながら、向かってくる敵兵を、するりとかわして斬ってゆく。
戦況的には、コチラのほうが不利なのだ。
このまま、奥へ奥へいかれれば分が悪い。
「ユア様。このままでは、右翼、左翼の位置にいらっしゃる御三方が指示通りの場所につくまでもちません!!」
右翼の位置には趙雲が、そして左翼の位置には馬超、魏延が守備にあたっている。
まずはこの三人が、敵の側面にいなければ今回の作戦は無駄に終わってしまうのだ。
「くっ…敵側が、コチラの意図に気がつくのも時間の問題ね…とにかく耐えましょう!負けと思ったらおしまいだわ!」
叫びながら、さらにゆっくりと後退をしていく。そして、彼女は策が失敗した場合の打開策を少しずつ頭を回転させて考えていた。
「おかしいな。右翼の進行がとまっている。」
高台の位置で、戦況を見ていた姜維がいぶかしげな表情で右翼の位置を見ていた。
趙雲部隊が包囲をするはずの位置に、いまだに到達していないのだ。
「姜維様、いかがなさいましょうか?」
考え込むように、姜維は戦況を眺める。
本陣に、敵兵が食い込みすぎているのは周知の事実。だが、ただ守りを固めているだけではどうにもならないのだ。
「ユア殿に伝令を!すぐに右翼の援護を!
本陣の守りは私自らが行うと伝えてくだされ!!」
武器を持って、馬に乗る姜維の傍らで兵士は短く返事をすると彼女のもとに走り去っていった。戦況の分が悪いのは初めからわかっていたこと。どうにもならないとあきらめてしまうより、精一杯の事をしなくてはいけない。ぐっと、こぶしを握りながら姜維は意を決したかのように前を向いた。
「いいですか?最後まで、あきらめないでくださいね!!」
一言叫ぶや否や彼は本陣前線の位置に、
副将を残して馬を走らせた。
まるで、その言葉を自分に言い聞かせるかのように…
―キン!ガキン!ガインガイン!!
「くっ!」
趙雲部隊の進行をとどめていたのは、
敵側の思わぬ将の集結のせいだった。
いくら負けなしの彼といえども、一度に数人がかりで攻撃されてしまってはひとたまりもない。しかも、相手はそれに付け加えて多くの部隊も率いているのだ。
なかなか進まないのは当たり前だった。
―ガキン!キン!
重なる金属の音。
いっぺんに繰り出される攻撃に、
彼は己を守ることしかできなかった。
(くっまずい。このままでは本陣に多大な迷惑をこうむる。援軍を要請しなくては!)
防御をしながら、趙雲は焦った思考回廊でそう考えていた。
「趙雲様!!!」
「私の事はいい!指示通り動け!」
声を荒げて、味方に叫ぶ。
「防御ばかりじゃなくて攻撃して来い!!」
敵将が、せせら笑うように趙雲に言う。
どうすることもできない状況で、彼はただ焦るばかりだった。
(二、三人ならまだ何とかなるが、敵の副将を合わせて五、六人となるとさすがにきつい!!)
冷や汗をかきながら、趙雲は繰り出される攻撃を防ぎつつそう思っていた。だが、焦る故か彼は一瞬足をもつれさせてしまった。
「!!!しまった!!」
叫んだ時にはもう遅く、彼の目の前に敵将が立ちはだかる。
(くそ!こんな所で!!!)
振り下ろされる相手の剣に目をつぶった。
―ズシュ
「ぎゃああああああああ!!!!!!!!」
目の前から聞こえる、悲痛な叫び声が何人かと重なって木霊する。
その突然の声に趙雲はおもわず閉じたまぶたを開ける。
「ユア殿!」
彼女の周りには、二人の将と数名の兵士が倒れていた。
何食わぬ顔で血の付いた剣をブンと振り下ろすと、ユアの愛用の剣から地面に赤い液体が生々しくボタボタと落ちた。
「まったく。五虎将が聞いてあきれるわね。しっかりしてよ。趙雲。」
ふぅとため息をつきながら、彼女は彼の顔を見ることはなく冷たくそういった。
「たっ助かりました…ユア殿…」
体勢を立て直すと、趙雲は槍を持って目の前の相手に斬り込んでゆく。
「まさか、ユア殿が来てくださるとは思いませんでしたよ。どうもありがとうございます。」
―キン!ズシャー!!
「勘違いしないで。私は姜維の指示できてるの。右翼の状況がよくなり次第、本陣前線に戻るわ。」
厳しい口調で、彼女はそう答えた。
そして、二人の将が残った敵将を討ち取るまでそう時間はかからなかった。
「報告します!敵、左翼は我らの右翼攻撃に伴い総崩れとの事です!!」
姜維とともに、中央に残っていた彼女の副将のもとへ伝令が届いたのは、それからしばらくたってからであった。
「ユア殿が…間に合ったのですか!」
「はい!右翼に集結していた敵将を、趙雲様と一掃した模様です!」
不利だといわれていた戦況に、光がさしたといわんばかりの笑みで伝令を伝えにきた兵は姜維にそう報告をした。
―ユア殿…やはりあなたは頼りになる方だ!
勝利よ来たれ
「敵、左翼は将を失い、完全に士気を失っている!今が好機よ!指示通り展開せよ!!」
馬に乗りながら、高らかにユアはそう叫ぶ。彼女の鼓舞に、兵は失いかけていた勝利を目指して敵に向かっていった。
味方のとてつもない大きな掛け声に、姜維は身震いをした。
彼女がいなければここまで自分達へ
戦況の流れを向かせることはできなかったのだから…
「姜維!」
馬にまたがり、すごい勢いで向かってくる彼女を発見すると彼は、ユアに言う。
「ユア殿!助かりました!私達の好機です!感謝します!!」
「感謝されるようなことはしていないわ。
あなたこそ、総大将なのに前線守備にあたってもらって悪かったわね!もう下がって平気よ。」
にっこりと微笑みながら、ユアは姜維に言った。
「ありがとうございます!では、私は包囲の合図のために一時的帰還しますね!」
「えぇ!ご苦労様!!」
そういって、するりとすれ違っていこうとする彼女を突然姜維は抱きしめる。
「無事に、戻ってきてください。ありがとう…」
ほんの数秒のことだった。
そのあとは、何事もなく彼は本陣へ帰還していった。ユアは、一瞬何がなんだかわからなかったが今いる場所が、戦場だということを第一に考えて最前線に赴いた。
格部隊の旗が上がる。
指示位置に到達した合図だった。
高台に、丁度良く到着した姜維は満点の微笑で銅鑼に手をかけよと合図をした。
―バーンバーン
銅鑼の音がする。
音とともに、兵達がいっせいに動き出した。
しばらくすると、馬超隊の旗が大きく振るわれる。
「敵総大将!!討ち取ったり!!」
それを合図に、各々は残った敵兵に対する指示を出す。
「これより、敵残党狩りを開始する!逃げるものは捕虜とし、刃向う者は容赦なく斬捨てよ!」
馬超と、趙雲そしてユアたちの怒声に蜀軍は大きく展開する。
逃げるもの、斬られる者。多種多様に戦く敵の群れ。
刃向う人間を否応なく斬り捨てる彼女は、このときばかりはあまり乗り気ではない。
相手の軍も、妻子がいる。勝敗は目に見えてわかりきっているのに残党狩りをすることに関して抵抗があった。苦痛そうな顔をしているユアは、その時気がつかなかった。
背後に、弓を持った数人の人影に…
そして、一斉にひかれるその弓が彼女の体の部分に勢いよく突き刺さるのは、時間の問題だった。
辺り一面、暗い空に覆われながらパチパチと赤く灯る大きな光。
戦の終わった蜀軍の野営で、ある者は傷を手当てしある者は酒盛りをしていた。
勝利をした彼らにとって褒美とも言うべきものである。
そんな仲間達を、野営から少し外れた静かな場所で暖かい明かりにほんのり照らされながら微笑む者がいた。
「…傷は、もう平気ですか?」
声をかけられたものが、ゆっくりと主のほうへ顔だけを向ける。
「ん。そんなに騒ぐほどの所をやられた訳じゃないしね。貴方こそ、大将が抜けてきちゃって平気なの?姜維…」
にっこり微笑んで返答をするのはユアであった。
「あは…馬超殿に無理やり飲まされる所を逃げてきちゃいました。」
苦笑いしながら、ユアの横に座った。
静かに流れる時間。
かすかに仲間達の笑い声が聞こえる。
時々、兵達が気分よく歌われる歌に耳を傾けながら
ただ、二人は自分達の野営を眺めていた。
時々聞こえる虫の声。
ふと、姜維はユアを見る。
左手、右足に一本ずつ矢が突き刺さって
怪我をした部分に痛々しく包帯を巻いている。辛そうな表情をしながら、姜維はユアに言う。
「痛く…辛く…ないですか?」
「え?…あぁこれ…うん…平気だよ。」
心配をかけさせまいと、両腕をブンと回す。
「ぁ…つぅ…」
悲痛な声を短くあげると、姜維は彼女を抱きしめた。
「できることなら、変わってさしあげたいです…貴方のその痛みを…」
「きょ…姜維…?」
先ほどすれ違いざまの行為と同じ、突然抱きしめられてユアは目を大きく見開いた。
「ずっと、好きでした。前線に出してしまって申し訳ありません。女性なのに、怪我をさせてしまって申し訳ありません…」
くぐもった声で、震えるような声で男は言った。
「姜維…」
右手を、彼の背中に回すとユアは大丈夫だよといった。
「傷ついた貴女の姿を見て、私は心臓が張り裂けそうだった。無事で…良かった…」
今にも泣き出しそうな顔で、彼女の顔をそっとなでながら見つめる姜維。そんな彼の額に彼女はそっと唇を落とす。
「姜維が無事で、それだけでいい。私も貴方が無事でよかった。」
「ユア殿…」
戦に勝つための方法なんて、たくさんあるけれど
それでも私は、みんなが一緒に笑いあえる最高の勝利を望んだ。
私が望むことは貴方が生きること。
時としてそれは、押しつぶされるような苦痛を伴う時はあるけれど
いつまでも一緒にいたい。
―勝利よ来たれ
私は、貴方を守り抜いて見せた。
ねぇ姜維…
こんな私でも貴方の心を縛る何かになれたのかしら…
その策はユアの一言からだった。
勝利よ来たれ
「ここの所戦になると私達、決まった武将達の出陣だけれど、軍師殿は何を考えてるのかしら。」
んーと伸びをしながら戦の場所の現地へ向かう趙雲、馬超に言う。
「さぁな。戦闘力、指揮力の向上のためとかじゃないのか?」
あっけらかんとした口調で馬超は答えた。
隣にいた趙雲は、考え込むような顔をしながら口を開く。
「姜維殿の軍勢の動かし方を慣れさせるためかも知れませんよ?」
「慣れ?あぁ、あの子元は魏国の子だし
私らの軍の兵からは、そんなに信用がないんだ。」
「彼からしてみればかなり、痛い事をズバッといいますね。貴女は…」
趙雲は苦笑いしながら、ユアに言う。
「まあ、それは本当の事だしな。」
「馬超殿まで…」
「でも、実力が本物だから諸葛亮殿に目をかけていただいてるんだから、いいんじゃない?」
「そんななげやりな…」
引きつった表情で彼は馬超とユアを眺めた。
「本当に普段からどうでもよいという感じに返答しますね。二人とも…」
「だってどうでもいいんだもん。」
「そうそう。勝てばいいんだよ。勝てば。」
「は…はぁ…」
そんなこんなと話ている間に、今回の戦場に到着。彼らは、先ほどとは違う真剣な面持ちで作戦を練っていた。
「これは…今回は少しばかりやばいんじゃない?」
「そうですね。敵の全体の兵力が我が軍の二倍はありますよ。」
「布陣しだいね。どうするの?姜維。」
「陣形は我らの兵力を考えて『鶴翼陣』でいきたいと思います。」
「鶴翼陣か…まぁ悪くないわね。右翼、左翼のそれぞれの部隊は趙雲、馬超、魏延を含める3人の指揮下にある部隊でいいわね?」
「はい。本陣は私とユア殿で守りを固めていただきます。」
「わかったわ。」
そういって、再び模型によって置かれた陣形をユアは眺める。この陣形、中央本陣とそれを囲むようにして右翼と左翼にそれぞれの部隊を配置することができる。指揮をする姜維に対して、彼女はそれでは今回の戦は勝利はしないと考えていた。
「姜維…。」
一瞬ひらめいて、ユアは彼を呼んだ。
「はい?」
「今回の戦、私たちの陣の方が圧倒的に不利ならば、『魚鱗陣』を使ってみてはどう?」
「魚鱗陣ですか?」
きょとんとした表情で、彼は聞きかえす。
「そう。魚鱗陣よ…」
模型の陣形を先ほどの鶴翼陣から、中央突破向きの魚鱗陣に変えてゆくユア。
「あ!そうか!その手がありましたね!!」
ぽんと手をたたくように、ユアを見る姜維。その場にいた馬超や趙雲、魏延も気がついたかのように目を見開いた。そして、彼女は自信ありげな表情で言うのだ。
「魚鱗陣より中央本陣から、後退をして右翼と左翼の鶴翼陣に展開。相手の隙を突いて包囲作戦を提案します。」
「ユア様!姜維様!本陣に敵多数進入いたしました!!!」
副将が、ユアに聞こえるように大きな声でそう叫ぶ。
「姜維。そろそろね。」
こくんとうなずくとユアは、姜維につぶやく。
「よし。本陣はゆっくり後退!!右翼、そして左翼は各指示通り展開せよ!!!」
迷いのない叫びに、それぞれは彼の声に従って動いていった。
勝利よ来たれ
「はぁ!!」
後退の際、予定通り動かすためにユアは本陣の前線に移動していた。
後方は姜維が守りを固めているのだ。
自分が前で何とかしなくてはならないと思ったからである。
「ちっ…まーずいわね。思いのほか奥に来過ぎてるわ。」
ボソリと一言いいながら、向かってくる敵兵を、するりとかわして斬ってゆく。
戦況的には、コチラのほうが不利なのだ。
このまま、奥へ奥へいかれれば分が悪い。
「ユア様。このままでは、右翼、左翼の位置にいらっしゃる御三方が指示通りの場所につくまでもちません!!」
右翼の位置には趙雲が、そして左翼の位置には馬超、魏延が守備にあたっている。
まずはこの三人が、敵の側面にいなければ今回の作戦は無駄に終わってしまうのだ。
「くっ…敵側が、コチラの意図に気がつくのも時間の問題ね…とにかく耐えましょう!負けと思ったらおしまいだわ!」
叫びながら、さらにゆっくりと後退をしていく。そして、彼女は策が失敗した場合の打開策を少しずつ頭を回転させて考えていた。
「おかしいな。右翼の進行がとまっている。」
高台の位置で、戦況を見ていた姜維がいぶかしげな表情で右翼の位置を見ていた。
趙雲部隊が包囲をするはずの位置に、いまだに到達していないのだ。
「姜維様、いかがなさいましょうか?」
考え込むように、姜維は戦況を眺める。
本陣に、敵兵が食い込みすぎているのは周知の事実。だが、ただ守りを固めているだけではどうにもならないのだ。
「ユア殿に伝令を!すぐに右翼の援護を!
本陣の守りは私自らが行うと伝えてくだされ!!」
武器を持って、馬に乗る姜維の傍らで兵士は短く返事をすると彼女のもとに走り去っていった。戦況の分が悪いのは初めからわかっていたこと。どうにもならないとあきらめてしまうより、精一杯の事をしなくてはいけない。ぐっと、こぶしを握りながら姜維は意を決したかのように前を向いた。
「いいですか?最後まで、あきらめないでくださいね!!」
一言叫ぶや否や彼は本陣前線の位置に、
副将を残して馬を走らせた。
まるで、その言葉を自分に言い聞かせるかのように…
―キン!ガキン!ガインガイン!!
「くっ!」
趙雲部隊の進行をとどめていたのは、
敵側の思わぬ将の集結のせいだった。
いくら負けなしの彼といえども、一度に数人がかりで攻撃されてしまってはひとたまりもない。しかも、相手はそれに付け加えて多くの部隊も率いているのだ。
なかなか進まないのは当たり前だった。
―ガキン!キン!
重なる金属の音。
いっぺんに繰り出される攻撃に、
彼は己を守ることしかできなかった。
(くっまずい。このままでは本陣に多大な迷惑をこうむる。援軍を要請しなくては!)
防御をしながら、趙雲は焦った思考回廊でそう考えていた。
「趙雲様!!!」
「私の事はいい!指示通り動け!」
声を荒げて、味方に叫ぶ。
「防御ばかりじゃなくて攻撃して来い!!」
敵将が、せせら笑うように趙雲に言う。
どうすることもできない状況で、彼はただ焦るばかりだった。
(二、三人ならまだ何とかなるが、敵の副将を合わせて五、六人となるとさすがにきつい!!)
冷や汗をかきながら、趙雲は繰り出される攻撃を防ぎつつそう思っていた。だが、焦る故か彼は一瞬足をもつれさせてしまった。
「!!!しまった!!」
叫んだ時にはもう遅く、彼の目の前に敵将が立ちはだかる。
(くそ!こんな所で!!!)
振り下ろされる相手の剣に目をつぶった。
―ズシュ
「ぎゃああああああああ!!!!!!!!」
目の前から聞こえる、悲痛な叫び声が何人かと重なって木霊する。
その突然の声に趙雲はおもわず閉じたまぶたを開ける。
「ユア殿!」
彼女の周りには、二人の将と数名の兵士が倒れていた。
何食わぬ顔で血の付いた剣をブンと振り下ろすと、ユアの愛用の剣から地面に赤い液体が生々しくボタボタと落ちた。
「まったく。五虎将が聞いてあきれるわね。しっかりしてよ。趙雲。」
ふぅとため息をつきながら、彼女は彼の顔を見ることはなく冷たくそういった。
「たっ助かりました…ユア殿…」
体勢を立て直すと、趙雲は槍を持って目の前の相手に斬り込んでゆく。
「まさか、ユア殿が来てくださるとは思いませんでしたよ。どうもありがとうございます。」
―キン!ズシャー!!
「勘違いしないで。私は姜維の指示できてるの。右翼の状況がよくなり次第、本陣前線に戻るわ。」
厳しい口調で、彼女はそう答えた。
そして、二人の将が残った敵将を討ち取るまでそう時間はかからなかった。
「報告します!敵、左翼は我らの右翼攻撃に伴い総崩れとの事です!!」
姜維とともに、中央に残っていた彼女の副将のもとへ伝令が届いたのは、それからしばらくたってからであった。
「ユア殿が…間に合ったのですか!」
「はい!右翼に集結していた敵将を、趙雲様と一掃した模様です!」
不利だといわれていた戦況に、光がさしたといわんばかりの笑みで伝令を伝えにきた兵は姜維にそう報告をした。
―ユア殿…やはりあなたは頼りになる方だ!
勝利よ来たれ
「敵、左翼は将を失い、完全に士気を失っている!今が好機よ!指示通り展開せよ!!」
馬に乗りながら、高らかにユアはそう叫ぶ。彼女の鼓舞に、兵は失いかけていた勝利を目指して敵に向かっていった。
味方のとてつもない大きな掛け声に、姜維は身震いをした。
彼女がいなければここまで自分達へ
戦況の流れを向かせることはできなかったのだから…
「姜維!」
馬にまたがり、すごい勢いで向かってくる彼女を発見すると彼は、ユアに言う。
「ユア殿!助かりました!私達の好機です!感謝します!!」
「感謝されるようなことはしていないわ。
あなたこそ、総大将なのに前線守備にあたってもらって悪かったわね!もう下がって平気よ。」
にっこりと微笑みながら、ユアは姜維に言った。
「ありがとうございます!では、私は包囲の合図のために一時的帰還しますね!」
「えぇ!ご苦労様!!」
そういって、するりとすれ違っていこうとする彼女を突然姜維は抱きしめる。
「無事に、戻ってきてください。ありがとう…」
ほんの数秒のことだった。
そのあとは、何事もなく彼は本陣へ帰還していった。ユアは、一瞬何がなんだかわからなかったが今いる場所が、戦場だということを第一に考えて最前線に赴いた。
格部隊の旗が上がる。
指示位置に到達した合図だった。
高台に、丁度良く到着した姜維は満点の微笑で銅鑼に手をかけよと合図をした。
―バーンバーン
銅鑼の音がする。
音とともに、兵達がいっせいに動き出した。
しばらくすると、馬超隊の旗が大きく振るわれる。
「敵総大将!!討ち取ったり!!」
それを合図に、各々は残った敵兵に対する指示を出す。
「これより、敵残党狩りを開始する!逃げるものは捕虜とし、刃向う者は容赦なく斬捨てよ!」
馬超と、趙雲そしてユアたちの怒声に蜀軍は大きく展開する。
逃げるもの、斬られる者。多種多様に戦く敵の群れ。
刃向う人間を否応なく斬り捨てる彼女は、このときばかりはあまり乗り気ではない。
相手の軍も、妻子がいる。勝敗は目に見えてわかりきっているのに残党狩りをすることに関して抵抗があった。苦痛そうな顔をしているユアは、その時気がつかなかった。
背後に、弓を持った数人の人影に…
そして、一斉にひかれるその弓が彼女の体の部分に勢いよく突き刺さるのは、時間の問題だった。
辺り一面、暗い空に覆われながらパチパチと赤く灯る大きな光。
戦の終わった蜀軍の野営で、ある者は傷を手当てしある者は酒盛りをしていた。
勝利をした彼らにとって褒美とも言うべきものである。
そんな仲間達を、野営から少し外れた静かな場所で暖かい明かりにほんのり照らされながら微笑む者がいた。
「…傷は、もう平気ですか?」
声をかけられたものが、ゆっくりと主のほうへ顔だけを向ける。
「ん。そんなに騒ぐほどの所をやられた訳じゃないしね。貴方こそ、大将が抜けてきちゃって平気なの?姜維…」
にっこり微笑んで返答をするのはユアであった。
「あは…馬超殿に無理やり飲まされる所を逃げてきちゃいました。」
苦笑いしながら、ユアの横に座った。
静かに流れる時間。
かすかに仲間達の笑い声が聞こえる。
時々、兵達が気分よく歌われる歌に耳を傾けながら
ただ、二人は自分達の野営を眺めていた。
時々聞こえる虫の声。
ふと、姜維はユアを見る。
左手、右足に一本ずつ矢が突き刺さって
怪我をした部分に痛々しく包帯を巻いている。辛そうな表情をしながら、姜維はユアに言う。
「痛く…辛く…ないですか?」
「え?…あぁこれ…うん…平気だよ。」
心配をかけさせまいと、両腕をブンと回す。
「ぁ…つぅ…」
悲痛な声を短くあげると、姜維は彼女を抱きしめた。
「できることなら、変わってさしあげたいです…貴方のその痛みを…」
「きょ…姜維…?」
先ほどすれ違いざまの行為と同じ、突然抱きしめられてユアは目を大きく見開いた。
「ずっと、好きでした。前線に出してしまって申し訳ありません。女性なのに、怪我をさせてしまって申し訳ありません…」
くぐもった声で、震えるような声で男は言った。
「姜維…」
右手を、彼の背中に回すとユアは大丈夫だよといった。
「傷ついた貴女の姿を見て、私は心臓が張り裂けそうだった。無事で…良かった…」
今にも泣き出しそうな顔で、彼女の顔をそっとなでながら見つめる姜維。そんな彼の額に彼女はそっと唇を落とす。
「姜維が無事で、それだけでいい。私も貴方が無事でよかった。」
「ユア殿…」
戦に勝つための方法なんて、たくさんあるけれど
それでも私は、みんなが一緒に笑いあえる最高の勝利を望んだ。
私が望むことは貴方が生きること。
時としてそれは、押しつぶされるような苦痛を伴う時はあるけれど
いつまでも一緒にいたい。
―勝利よ来たれ
私は、貴方を守り抜いて見せた。
ねぇ姜維…
こんな私でも貴方の心を縛る何かになれたのかしら…