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時に優しく
時に楽しく
そんなあなたが好きだった。
記憶 前編
「久方ぶりだな!ユア!元気だったか?」
「えぇ。元気よ。久しぶりね。2年半ぶりかしら」
ニッコリ微笑みながら、私は目の前にいる2人の男に言う。
「ユア、すまないな。こんな時にお前の力を借りるなどと…」
「いいえ。周瑜…呉は私の国。困ったときは御互い様よ。しかも、父が倒れてしまったのでは仕方ないわ。」
そうかと、安心するような顔をする周瑜。
私はその顔を見て、変わらないなと思う。
―この2年半…あなたを考えない時はなかった。
私と孫策、周瑜は昔からの中だった。その為か、私達の付き合いは長かった。初恋の人は周瑜。今も変わらない。けれど、私達の道は何処かで別れた。所詮私はこの国にとって一武将、父の娘ユアにすぎず、彼らは国を治める都督と君主なのだ。
どうあっても変えられない事実だった。
そして、上の者は高貴な人間と婚儀を行う。これは慣例だった。いかに私が周瑜を好きでも、決して結ばれない。私にはそれが耐えられなかった。だから、国を出た。見られなかった。
―それなのに…
「父が倒れた?」
とある町で兵士にそう聞かされた。
父の娘と言うだけで、わたしの顔はかなり知られているようだった。それもそのはずだ。酒の場にはかならず出席をさせられていたし
なにしろお転婆で有名だった。点々と各地を放浪していた私。武に長けていた父の遺伝なのか、私も父に似て武術がとくいだった。
言ってみれば、武芸のより更に上の向上と言う理由を無理矢理つけて旅をしていたの過ぎなかったのだ。
「父が倒れたと言うのは本当なの?」
武将として本格的に登用すると言われた私は自室に案内された。その途中、周瑜に私は聞く。
「あぁ。つい先日な…鍛錬中に突然倒れた。」
「そう…父ももう歳だし…そろそろ引退するべきなのね…」
そうポツリと呟く。寂しく、俯く私を周瑜は眺めた。そして、部屋につくなり彼は私の肩に手を置くと言うのだ。
「私は、お前には期待をしている。ユア…」
「そう…期待に答えられるように頑張るわ。」
置かれた手を振り払うと、私は部屋の中に入って行った。
「あ!周瑜様ぁ~vv」
「!」
扉越しに聞こえてくる彼の美しい妻。
小喬の声が聞こえる。優しげな声で返答をする彼。そんな声で名前を呼ばないで。そんな声で私以外の人の名を呼ばないで。頭がどうにかなりそうだった。
「周瑜様ぁ!ここの部屋の人だぁれ~?」
「あぁ。今日登用が決まった武将の部屋だ。」
「………。」
足音が遠ざかる。笑い声が聞こえる。彼女の無邪気な笑い声が、私には勝ち誇った女の声に聞こえる。
「あは…あはは…そうか…やはり私は…」
なんとも思われていないことは知っていたし、別段何も期待をしているつもりもなかった。私はあの時なんと言われたかったのか…
訳もわからず、だたショックだった。
「武将の部屋…か…」
「父上、お加減はいかがです?」
慣れないことでいっぱいで父の見舞いに行くことができなかった私は数ヶ月、ようやく暇を貰い倒れた父の元へ行くことができた。
「ユアか…私の代わりに…すまないな…仕事はどうだ?」
2年半と変わらない空気の我が家。内装も女官達も変わらない。ただ変わったことと言えば、やつれた父だけだった。
「えぇ。毎日忙しいけれど、とても充実しているわ。」
微笑んで言う。その表情を見てほっとしたのか父は口元をほころばせた。
「見た目ほど、悪くなさそうですね。父上…」
「あぁ。添華が付きっきりで世話をしてくれているからな…」
そうですか。といいながら見舞い用に持ってきたももを剥く。ももは父の好物だった。
「正直、お前をここに再び戻すことは抵抗があったのだよ。」
少しばかりの沈黙の後、父は重い口を開く。
「お前は都督殿を好いているのであろう?」
「!」
「お前が、密かにあの方に抱いていた気持ちを知っていた。だから、抵抗があったのだ…」
天井を、眺めながら父はそういう。剥き終ったももを皿にのせてさしだすと礼をいいながら、父はそれを口に含んだ。
「父上…私の事など、どうでもよいのです。ユアは父上のために呉に戻ってきたのですから…」
無理に笑う。本当はこんなこと言いたくはなかった。けれど、言わなければ駄目になりそうだった。
「お前には、迷惑ばかりかける…」
「いいえ。父上…ユアはあなたの娘であること…誇りに思います…」
「ユア!」
見舞いから帰って、執務室に忘れた物を取りに行く途中。先ほどまで考えていた周瑜に呼ばれた。
「何?」
首をかしげながら、私は周瑜に言う。相変わらずの整った顔立ち、冷静な瞳。あぁ。私はやはりこの人が好きなのだとおもう。
「そなた、そろそろ適齢期であろう?」
「だからなに?」
「見合いを…しないか?」
「み…あい?」
「そうだ。」
思いもよらぬ言葉。あなたからそんな言葉を聞くなんて。信じられない。
「悪いけど、まだ夫を取る気分にはなれないわ。」
「気分か…夫を選ぶのに気分がるのか?」
冷ややかにそういう周瑜。
「私はまだ婚儀を行うつもりはないと言うのよ!!」
「行うつもりも何も、その年で夫も子もいないと言うのは恥かしいと思わないか?」
「なっ!!!」
顔が熱くなった。まさか彼にこんなことを言われるとは思わなかった。
「わっ私の勝手よ!周りがどう思おうと知ったことではないわ!」
「それでは私が困るのだ。義兄弟と言うのも等しいお前が、まだ夫も子も持たぬと言われては私にも孫策にも迷惑が掛かる。」
―迷惑…?
―義兄弟…?
そんな風に思っているの?私の事、ずっと…
「分かったら見合いを…」
「周瑜は…」
「?」
「周瑜は…私の事…」
その場から思いきり駆け出した。涙を流して自室に駆け込んだ。これ以上あの人の口から、自分を辱める言葉を聞きたくなかった。
―何故そんなことを言うの?何故そんなことを平気で言えるの?
―私が間違っていたの?叶わぬ恋だから?
―思いを告げられぬ恋だから?
答えを探すかのように、自分に問い掛ける。だが帰って来るのは、自分の喉から発せられる嗚咽だけだった。
イタイイタイと心が泣いている。
気がついてと心が叫んでる。
ねぇ私はどうすればいいの?
ねぇ私は何をすればいいの?
私はただ…
あなたに気がついて欲しいだけなのに…
記憶 中編
あの日から数日、執務に身が入らなかった。私の上官にあたる陸遜が見かねて休息を取れと言った。
「初めての事ばかりで大変でしたからね。数日暇をを与えますよ。」
彼は私より年下の上官のなのに、よく気がつく子だ。とその時そんな言葉をかけてくれた陸遜に感謝した。
「なぁ周瑜よぉ…ユアになに言ったんだぁ?」
自分の部屋にいる周瑜に孫策は問い掛ける。
「何とはなんだ?」
いつもの調子で言う。孫策はふてくされつつ、話を続ける。
「ここ数日、ユアの調子が良くねぇって陸遜から聞いたんだ。お前、ユアになに言ったんだ?」
「心外だな孫策。私がユア何か言った所で彼女が落ち込むとでもおもうか?」
先日の彼女の泣き顔を思いだしながら、周瑜は答える。孫策は、むぅといいながら
「昔から、あいつお前に何かいわれると落ち込む癖があったからよぉ…今回もお前が絡んでんのかと思ってよぉ…」
―ドサリ…
手にしていた本を落した。初めて知った。
自分の言葉で彼女が落ち込む?信じられなかった。だが…
「ほら、あいつ昔からお前のこと好きだっただろ?だから余計になぁ…」
「な…に…?」
落した本を拾おうとする。だが、手が震えて上手くつかめない。
「俺もあいつのこと好きだったんだけどなぁ…あいつお前ばっかで気がつきゃしねーしよぉ」
初めて聞いたことばかり。彼女が自分を好き?孫策が彼女を好きだった?そんな馬鹿な。自分は彼女の気持ちに気がつかなかったのか…?
「お?周瑜?どうしたんだ?」
キョトンとしながら、孫策は彼に聞く。
「孫策、今言ったことは全て事実か?」
「え?あ、おぉ…ユアはお前のこと好きだったんだぜ?」
―私は何てことをした!!
「あ!おい!周瑜!」
辛い表情をして、彼は出て行く。その後ろ姿を、孫策は眺めた。そして、取り残された男の顔も複雑そうだった。
「周瑜、お前…自分の立場…分かってんのかよ…」
「行くか…ユア…」
「はい。父上…陸遜殿にはこの事は伝えておきました。数日すれば、私が正式に国を出たと宮廷に広まるでしょう。」
寝台の傍らに置かれている椅子に座りながら、私は言う。疲れた表情をしていた父は体調が良くなってきたのか、顔色が良かった。そんなよい傾向に行っていたのにこんなことを言うのは、正直抵抗があったがしかたがない。
「もとより、私にはこの仕事は向きませんでした。国のために働くと言うことがいかに大変かを実感しました。」
「はは…それだけ分かればよいと私は思っているよ。人には向き不向きがある。しょうがないことだ。」
「だが正直、お前は将として…向いていると思っていたよ。」
一言父が言う。
「えぇ…私もそう思っていました。いえ、今もそう思っています。」
「…………都督殿か?」
「見合いをしろと言われました…」
「そうか…」
もし、私が夫を持ち、子を成すことができるのであれば私はあなたの目の届かぬ場所にいたい。叶わぬ恋がこれで終わりを迎えるのであれば、あなたの目の触れぬ場所へ…
「敵国…同士になろうな…」
「父上…申し訳ありません…」
涙を流し深々と頭を下げながら、私は言う。フルフルと頭を左右に振り、お前は悪くないと父は言った。そうして私はその場を後にした。
「都督殿…ユアは…」
「お待ちください!お嬢様はただいま御病気で誰にもお会いにならないと申していらっしゃいます!お待ちください!!」
自室の外から聞こえる聞き慣れた女官の声。何を騒いでいるのだろうかと疑問に思いつつ、支度を進める。
「お待ちください!周瑜様!!!」
―ビクッ
バタンと音がする。
後ろを振り返れば、焦った顔をした周瑜が立っていた。
「何を…何をしている!」
部屋の様子を見れば、身支度を終えようとしているのが伺える。私は女官を目で下がらせると、周瑜は、震えた声で叫んだ。
「………国を…出るの。」
「な…に?」
作業を止めぬまま、口を動かす。
「どうせ婚儀を行うのなら、この国の者ではない人と…そう決めたの。」
「なっ!」
何をそんなに焦っているのか、周瑜は言葉を詰まらせる。
「この国の者ではないとは一体どう言うことだ!」
「忘れなければならない記憶は、置いていかないと…」
部屋に残っているのは、孫策やあなたとの思い出の品ばかり。ここから出て行く事になれば、私はあなたの事を忘れなくちゃいけない。
「その様子だと、孫策に聞いたのでしょう?私の気持ちも全て…」
微笑んで言う。所詮実らぬ恋だ。あなたが私の事をなんとも思っていないことは知っているから、だから、ここに思い出を残していくよ。
「だからと言って出て行くことはないだろう!せめてこの国の者と…」
言いかけた周瑜にそれまで溜めていた怒りが爆発する。この人の身がってさ、この人の優しさ…すべてに嫌気がさしそうだった。
「あなたは、何処まで残酷なことを言うの?
勝手に他の女と婚儀を行ったくせに!勝手に私の気持ちに気が付かなかったくせに!!
勝手に他の男と結婚させようとしたくせに!!!勝手に!勝手に!!勝手に…んっ!!!」
唇を塞がれた。何故?好きでもないのに?
あなたはそんなことが平気で出来るの?
「放して!!」
ドンと突き飛ばした。女官によってしめられた扉が彼の体重にキシキシと音を立てた。
「何を今更なのよ!好きでもないくせに!気付いてもくれなかったくせに!愛して…いたのに…」
「ユア、私は…私もずっと…」
「出て行って…戯言など聞きたくもない!!!」
「ユア!私の話を!!!」
「出て行って!!!!!!!」
座りこんで涙を流した。思いが通じ合っていたとでもいうの?今更…あなたの身勝手さがいやになる…
「けど…愛しているの…周瑜…」
記憶はここにあり。
記憶は消えぬ。
記憶に捕われた私は一体どうすればよいのか…
あの時彼は私を愛していると言いたかったのだろう。
だが、私はそれを許さなかった。
何がそうさせたのか
何がわたしにそういう行動をさせたのか
わからない…
ただ願うは一つ…
幸せに…
記憶 後編
あれから私は、逃げるように呉国を後にする。1年後、点々としながら私は結局蜀に落ちついた。殿の紹介で私は趙雲の妻になり、子を成した。
「ユア、呉国の周瑜殿とは古い友人だったな…」
「えぇ…それがなにか?」
「亡くなられたそうだ。」
「………そう…」
内心動揺をしていたが、彼の手前それを出す事をしなかった。
「それだけか?」
「えぇ…」
今すぐにでも、亡骸を抱き締めたい。趙雲の事は愛している。けれど私は未だ周瑜を忘れられていなかった。
「会いに行けばいいだろう…ユア…愛していたのだろう?」
目を丸くして、彼を見た。趙雲は、優しく私を抱き締めると続けて言った。
「言葉は交わせない。だが、亡骸を抱き締めたいのだろう?」
「趙雲…」
思いきり抱き締めて、声の枯れるほど泣いて来ればいい。気の済むまで泣いて、そして、謝ってこいとそう耳元で彼は囁いた。
「趙雲…私はあなたが夫で良かった。本当に良かった。」
「ユア、記憶は悲しい物がすべて支配する物ではない。時として、幸せなときもあったと言うこと忘れるな…」
そうして、趙雲は私を送り出してくれた。
礼拝の間に彼は横たわっていた。まるで眠っているかのように…安らかに眠る彼の頬に優しく手を当てた。
「ユア様…。」
妹のように可愛がっていた私の家に住んでいた女官。周瑜とも親交があり、いつも私達になついていた。
「これを…亡くなられる前に周瑜様が…」
手紙を渡されて、私はそれを読む。
―ユア。
君がこれを読む頃には私はこの世にはいないだろう。重い病にかかった私には、もうお前に会うと言う希望すら望めまい。だからこの手紙で、君にあの時に言えなかった事をいうよ。
愛している。
ずっと、気が付かなくてすまない。謝っても謝れない気持ち。本当にすまないと思っている。君には苦労をかけた。あの日、唇を奪ったあの時。君さえ良ければあの場所から連れ去ろうとも考えたほど愛していたんだ。気付くのが遅すぎた。そして君にはもう会えないな。悲しくて、やりきれなくて夢に見るよ。
君が他の誰かと一緒に歩いている光景を何度も何度も見る。悔しくて、追いかけても追いかけても君は放れていってしまう。そうしていつも涙を流して目が覚めるんだ。だが、これは私に与えられた罰なのだと思っている。
最後まで、きちんと言えなかった。言葉にすることができなかった。すまない。本当にすまない。
そこから下は、生々しく血が付いていて良く見えなかった。だが、賢明にそれを読む。あの人の死の直前に書いた言葉。あの人の告白。それを、見逃したくはなかった。
―出来ることなら、もう一度…幸せだったあの時から…
「ばか…馬鹿よあなた…こんな最後まで…私の事を…ばっ…うっうぅ」
ポタリポタリと涙を流し、返事のしないあなたに向けていう。ここまで、あなたを私は追い詰めていたの?ここまであなたは私を愛していてくれたの?
「しゅ…ゆ…周瑜!!!」
亡骸を優しく抱き締めた。冷たくなったあなたの体が現実なのだと実感させられる。声が枯れるほど彼の元で泣いた。あなたを失った苦しみも、悲しみも…すべて私は背負うわ。そして、共に生きた記憶を忘れたりはしない。
愛していた…
出来ることなら、もう一度…
時に楽しく
そんなあなたが好きだった。
記憶 前編
「久方ぶりだな!ユア!元気だったか?」
「えぇ。元気よ。久しぶりね。2年半ぶりかしら」
ニッコリ微笑みながら、私は目の前にいる2人の男に言う。
「ユア、すまないな。こんな時にお前の力を借りるなどと…」
「いいえ。周瑜…呉は私の国。困ったときは御互い様よ。しかも、父が倒れてしまったのでは仕方ないわ。」
そうかと、安心するような顔をする周瑜。
私はその顔を見て、変わらないなと思う。
―この2年半…あなたを考えない時はなかった。
私と孫策、周瑜は昔からの中だった。その為か、私達の付き合いは長かった。初恋の人は周瑜。今も変わらない。けれど、私達の道は何処かで別れた。所詮私はこの国にとって一武将、父の娘ユアにすぎず、彼らは国を治める都督と君主なのだ。
どうあっても変えられない事実だった。
そして、上の者は高貴な人間と婚儀を行う。これは慣例だった。いかに私が周瑜を好きでも、決して結ばれない。私にはそれが耐えられなかった。だから、国を出た。見られなかった。
―それなのに…
「父が倒れた?」
とある町で兵士にそう聞かされた。
父の娘と言うだけで、わたしの顔はかなり知られているようだった。それもそのはずだ。酒の場にはかならず出席をさせられていたし
なにしろお転婆で有名だった。点々と各地を放浪していた私。武に長けていた父の遺伝なのか、私も父に似て武術がとくいだった。
言ってみれば、武芸のより更に上の向上と言う理由を無理矢理つけて旅をしていたの過ぎなかったのだ。
「父が倒れたと言うのは本当なの?」
武将として本格的に登用すると言われた私は自室に案内された。その途中、周瑜に私は聞く。
「あぁ。つい先日な…鍛錬中に突然倒れた。」
「そう…父ももう歳だし…そろそろ引退するべきなのね…」
そうポツリと呟く。寂しく、俯く私を周瑜は眺めた。そして、部屋につくなり彼は私の肩に手を置くと言うのだ。
「私は、お前には期待をしている。ユア…」
「そう…期待に答えられるように頑張るわ。」
置かれた手を振り払うと、私は部屋の中に入って行った。
「あ!周瑜様ぁ~vv」
「!」
扉越しに聞こえてくる彼の美しい妻。
小喬の声が聞こえる。優しげな声で返答をする彼。そんな声で名前を呼ばないで。そんな声で私以外の人の名を呼ばないで。頭がどうにかなりそうだった。
「周瑜様ぁ!ここの部屋の人だぁれ~?」
「あぁ。今日登用が決まった武将の部屋だ。」
「………。」
足音が遠ざかる。笑い声が聞こえる。彼女の無邪気な笑い声が、私には勝ち誇った女の声に聞こえる。
「あは…あはは…そうか…やはり私は…」
なんとも思われていないことは知っていたし、別段何も期待をしているつもりもなかった。私はあの時なんと言われたかったのか…
訳もわからず、だたショックだった。
「武将の部屋…か…」
「父上、お加減はいかがです?」
慣れないことでいっぱいで父の見舞いに行くことができなかった私は数ヶ月、ようやく暇を貰い倒れた父の元へ行くことができた。
「ユアか…私の代わりに…すまないな…仕事はどうだ?」
2年半と変わらない空気の我が家。内装も女官達も変わらない。ただ変わったことと言えば、やつれた父だけだった。
「えぇ。毎日忙しいけれど、とても充実しているわ。」
微笑んで言う。その表情を見てほっとしたのか父は口元をほころばせた。
「見た目ほど、悪くなさそうですね。父上…」
「あぁ。添華が付きっきりで世話をしてくれているからな…」
そうですか。といいながら見舞い用に持ってきたももを剥く。ももは父の好物だった。
「正直、お前をここに再び戻すことは抵抗があったのだよ。」
少しばかりの沈黙の後、父は重い口を開く。
「お前は都督殿を好いているのであろう?」
「!」
「お前が、密かにあの方に抱いていた気持ちを知っていた。だから、抵抗があったのだ…」
天井を、眺めながら父はそういう。剥き終ったももを皿にのせてさしだすと礼をいいながら、父はそれを口に含んだ。
「父上…私の事など、どうでもよいのです。ユアは父上のために呉に戻ってきたのですから…」
無理に笑う。本当はこんなこと言いたくはなかった。けれど、言わなければ駄目になりそうだった。
「お前には、迷惑ばかりかける…」
「いいえ。父上…ユアはあなたの娘であること…誇りに思います…」
「ユア!」
見舞いから帰って、執務室に忘れた物を取りに行く途中。先ほどまで考えていた周瑜に呼ばれた。
「何?」
首をかしげながら、私は周瑜に言う。相変わらずの整った顔立ち、冷静な瞳。あぁ。私はやはりこの人が好きなのだとおもう。
「そなた、そろそろ適齢期であろう?」
「だからなに?」
「見合いを…しないか?」
「み…あい?」
「そうだ。」
思いもよらぬ言葉。あなたからそんな言葉を聞くなんて。信じられない。
「悪いけど、まだ夫を取る気分にはなれないわ。」
「気分か…夫を選ぶのに気分がるのか?」
冷ややかにそういう周瑜。
「私はまだ婚儀を行うつもりはないと言うのよ!!」
「行うつもりも何も、その年で夫も子もいないと言うのは恥かしいと思わないか?」
「なっ!!!」
顔が熱くなった。まさか彼にこんなことを言われるとは思わなかった。
「わっ私の勝手よ!周りがどう思おうと知ったことではないわ!」
「それでは私が困るのだ。義兄弟と言うのも等しいお前が、まだ夫も子も持たぬと言われては私にも孫策にも迷惑が掛かる。」
―迷惑…?
―義兄弟…?
そんな風に思っているの?私の事、ずっと…
「分かったら見合いを…」
「周瑜は…」
「?」
「周瑜は…私の事…」
その場から思いきり駆け出した。涙を流して自室に駆け込んだ。これ以上あの人の口から、自分を辱める言葉を聞きたくなかった。
―何故そんなことを言うの?何故そんなことを平気で言えるの?
―私が間違っていたの?叶わぬ恋だから?
―思いを告げられぬ恋だから?
答えを探すかのように、自分に問い掛ける。だが帰って来るのは、自分の喉から発せられる嗚咽だけだった。
イタイイタイと心が泣いている。
気がついてと心が叫んでる。
ねぇ私はどうすればいいの?
ねぇ私は何をすればいいの?
私はただ…
あなたに気がついて欲しいだけなのに…
記憶 中編
あの日から数日、執務に身が入らなかった。私の上官にあたる陸遜が見かねて休息を取れと言った。
「初めての事ばかりで大変でしたからね。数日暇をを与えますよ。」
彼は私より年下の上官のなのに、よく気がつく子だ。とその時そんな言葉をかけてくれた陸遜に感謝した。
「なぁ周瑜よぉ…ユアになに言ったんだぁ?」
自分の部屋にいる周瑜に孫策は問い掛ける。
「何とはなんだ?」
いつもの調子で言う。孫策はふてくされつつ、話を続ける。
「ここ数日、ユアの調子が良くねぇって陸遜から聞いたんだ。お前、ユアになに言ったんだ?」
「心外だな孫策。私がユア何か言った所で彼女が落ち込むとでもおもうか?」
先日の彼女の泣き顔を思いだしながら、周瑜は答える。孫策は、むぅといいながら
「昔から、あいつお前に何かいわれると落ち込む癖があったからよぉ…今回もお前が絡んでんのかと思ってよぉ…」
―ドサリ…
手にしていた本を落した。初めて知った。
自分の言葉で彼女が落ち込む?信じられなかった。だが…
「ほら、あいつ昔からお前のこと好きだっただろ?だから余計になぁ…」
「な…に…?」
落した本を拾おうとする。だが、手が震えて上手くつかめない。
「俺もあいつのこと好きだったんだけどなぁ…あいつお前ばっかで気がつきゃしねーしよぉ」
初めて聞いたことばかり。彼女が自分を好き?孫策が彼女を好きだった?そんな馬鹿な。自分は彼女の気持ちに気がつかなかったのか…?
「お?周瑜?どうしたんだ?」
キョトンとしながら、孫策は彼に聞く。
「孫策、今言ったことは全て事実か?」
「え?あ、おぉ…ユアはお前のこと好きだったんだぜ?」
―私は何てことをした!!
「あ!おい!周瑜!」
辛い表情をして、彼は出て行く。その後ろ姿を、孫策は眺めた。そして、取り残された男の顔も複雑そうだった。
「周瑜、お前…自分の立場…分かってんのかよ…」
「行くか…ユア…」
「はい。父上…陸遜殿にはこの事は伝えておきました。数日すれば、私が正式に国を出たと宮廷に広まるでしょう。」
寝台の傍らに置かれている椅子に座りながら、私は言う。疲れた表情をしていた父は体調が良くなってきたのか、顔色が良かった。そんなよい傾向に行っていたのにこんなことを言うのは、正直抵抗があったがしかたがない。
「もとより、私にはこの仕事は向きませんでした。国のために働くと言うことがいかに大変かを実感しました。」
「はは…それだけ分かればよいと私は思っているよ。人には向き不向きがある。しょうがないことだ。」
「だが正直、お前は将として…向いていると思っていたよ。」
一言父が言う。
「えぇ…私もそう思っていました。いえ、今もそう思っています。」
「…………都督殿か?」
「見合いをしろと言われました…」
「そうか…」
もし、私が夫を持ち、子を成すことができるのであれば私はあなたの目の届かぬ場所にいたい。叶わぬ恋がこれで終わりを迎えるのであれば、あなたの目の触れぬ場所へ…
「敵国…同士になろうな…」
「父上…申し訳ありません…」
涙を流し深々と頭を下げながら、私は言う。フルフルと頭を左右に振り、お前は悪くないと父は言った。そうして私はその場を後にした。
「都督殿…ユアは…」
「お待ちください!お嬢様はただいま御病気で誰にもお会いにならないと申していらっしゃいます!お待ちください!!」
自室の外から聞こえる聞き慣れた女官の声。何を騒いでいるのだろうかと疑問に思いつつ、支度を進める。
「お待ちください!周瑜様!!!」
―ビクッ
バタンと音がする。
後ろを振り返れば、焦った顔をした周瑜が立っていた。
「何を…何をしている!」
部屋の様子を見れば、身支度を終えようとしているのが伺える。私は女官を目で下がらせると、周瑜は、震えた声で叫んだ。
「………国を…出るの。」
「な…に?」
作業を止めぬまま、口を動かす。
「どうせ婚儀を行うのなら、この国の者ではない人と…そう決めたの。」
「なっ!」
何をそんなに焦っているのか、周瑜は言葉を詰まらせる。
「この国の者ではないとは一体どう言うことだ!」
「忘れなければならない記憶は、置いていかないと…」
部屋に残っているのは、孫策やあなたとの思い出の品ばかり。ここから出て行く事になれば、私はあなたの事を忘れなくちゃいけない。
「その様子だと、孫策に聞いたのでしょう?私の気持ちも全て…」
微笑んで言う。所詮実らぬ恋だ。あなたが私の事をなんとも思っていないことは知っているから、だから、ここに思い出を残していくよ。
「だからと言って出て行くことはないだろう!せめてこの国の者と…」
言いかけた周瑜にそれまで溜めていた怒りが爆発する。この人の身がってさ、この人の優しさ…すべてに嫌気がさしそうだった。
「あなたは、何処まで残酷なことを言うの?
勝手に他の女と婚儀を行ったくせに!勝手に私の気持ちに気が付かなかったくせに!!
勝手に他の男と結婚させようとしたくせに!!!勝手に!勝手に!!勝手に…んっ!!!」
唇を塞がれた。何故?好きでもないのに?
あなたはそんなことが平気で出来るの?
「放して!!」
ドンと突き飛ばした。女官によってしめられた扉が彼の体重にキシキシと音を立てた。
「何を今更なのよ!好きでもないくせに!気付いてもくれなかったくせに!愛して…いたのに…」
「ユア、私は…私もずっと…」
「出て行って…戯言など聞きたくもない!!!」
「ユア!私の話を!!!」
「出て行って!!!!!!!」
座りこんで涙を流した。思いが通じ合っていたとでもいうの?今更…あなたの身勝手さがいやになる…
「けど…愛しているの…周瑜…」
記憶はここにあり。
記憶は消えぬ。
記憶に捕われた私は一体どうすればよいのか…
あの時彼は私を愛していると言いたかったのだろう。
だが、私はそれを許さなかった。
何がそうさせたのか
何がわたしにそういう行動をさせたのか
わからない…
ただ願うは一つ…
幸せに…
記憶 後編
あれから私は、逃げるように呉国を後にする。1年後、点々としながら私は結局蜀に落ちついた。殿の紹介で私は趙雲の妻になり、子を成した。
「ユア、呉国の周瑜殿とは古い友人だったな…」
「えぇ…それがなにか?」
「亡くなられたそうだ。」
「………そう…」
内心動揺をしていたが、彼の手前それを出す事をしなかった。
「それだけか?」
「えぇ…」
今すぐにでも、亡骸を抱き締めたい。趙雲の事は愛している。けれど私は未だ周瑜を忘れられていなかった。
「会いに行けばいいだろう…ユア…愛していたのだろう?」
目を丸くして、彼を見た。趙雲は、優しく私を抱き締めると続けて言った。
「言葉は交わせない。だが、亡骸を抱き締めたいのだろう?」
「趙雲…」
思いきり抱き締めて、声の枯れるほど泣いて来ればいい。気の済むまで泣いて、そして、謝ってこいとそう耳元で彼は囁いた。
「趙雲…私はあなたが夫で良かった。本当に良かった。」
「ユア、記憶は悲しい物がすべて支配する物ではない。時として、幸せなときもあったと言うこと忘れるな…」
そうして、趙雲は私を送り出してくれた。
礼拝の間に彼は横たわっていた。まるで眠っているかのように…安らかに眠る彼の頬に優しく手を当てた。
「ユア様…。」
妹のように可愛がっていた私の家に住んでいた女官。周瑜とも親交があり、いつも私達になついていた。
「これを…亡くなられる前に周瑜様が…」
手紙を渡されて、私はそれを読む。
―ユア。
君がこれを読む頃には私はこの世にはいないだろう。重い病にかかった私には、もうお前に会うと言う希望すら望めまい。だからこの手紙で、君にあの時に言えなかった事をいうよ。
愛している。
ずっと、気が付かなくてすまない。謝っても謝れない気持ち。本当にすまないと思っている。君には苦労をかけた。あの日、唇を奪ったあの時。君さえ良ければあの場所から連れ去ろうとも考えたほど愛していたんだ。気付くのが遅すぎた。そして君にはもう会えないな。悲しくて、やりきれなくて夢に見るよ。
君が他の誰かと一緒に歩いている光景を何度も何度も見る。悔しくて、追いかけても追いかけても君は放れていってしまう。そうしていつも涙を流して目が覚めるんだ。だが、これは私に与えられた罰なのだと思っている。
最後まで、きちんと言えなかった。言葉にすることができなかった。すまない。本当にすまない。
そこから下は、生々しく血が付いていて良く見えなかった。だが、賢明にそれを読む。あの人の死の直前に書いた言葉。あの人の告白。それを、見逃したくはなかった。
―出来ることなら、もう一度…幸せだったあの時から…
「ばか…馬鹿よあなた…こんな最後まで…私の事を…ばっ…うっうぅ」
ポタリポタリと涙を流し、返事のしないあなたに向けていう。ここまで、あなたを私は追い詰めていたの?ここまであなたは私を愛していてくれたの?
「しゅ…ゆ…周瑜!!!」
亡骸を優しく抱き締めた。冷たくなったあなたの体が現実なのだと実感させられる。声が枯れるほど彼の元で泣いた。あなたを失った苦しみも、悲しみも…すべて私は背負うわ。そして、共に生きた記憶を忘れたりはしない。
愛していた…
出来ることなら、もう一度…