貴方を思い続けて
名前変更
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目の前に立つ人が誰なのか
何を言おうとしているのか
懐かしい…けれど愛おしくて憎い人…
名前を呼んで。
あの時のように。
静かに自分を見つめるその眼を…
若い私は信じてやまなかったのだから…
「鳥が好きなの?」
木陰に佇む男、ランティスに私は声をかけた。
「ここが気に入って、横になっていると鳥達がよってくるようになったんだ」
低く心地の良い声で、彼はそう言った。
「そういうお前は最近良くここを通るな、アルシオーネ…」
「弟子は何かと大変なのよ…今日だって、導師とエメロード姫の謁見の付き添いよ」
「フッ…そうか…俺は気ままだよ。セフィーロは平和だ。特に大きな事件もないしな」
「私も、安心して導師から魔法を教えていただけるわ」
「こっちに来ないか?どうせもう今日は暇だろう?」
「あら、私にもやる事はあってよ?でも、そうね…少しくらいならいいわよ」
ニコリと静かにお互い微笑む。
それがあの頃のいつもの日常だった。
どこまでも澄んだ空と、小鳥たちが舞い上がる緑豊かな時だった…。
勢い良く起き上がる。
寝汗が酷く、長い髪が自分の肌に汗を含んでまとわりついていた。
「…夢」
随分と懐かしい夢を見た。
温かいような、切ないような、純粋に恋をしていた頃の自分の夢。
「…何を、今更…」
盲目的に恋をして、想い想われ、そして理由もわからず彼がいなくなったあの頃…
「…うっ…」
デボネア様の命で、かつての主君に似ている男を攻撃した。いるはずの無いその男の目に若かりし頃の懐かしさを覚えたことは言うまでもない。
そして、男に破れた自分は敵側に捕まり幽閉されている。
「こんな、形で…」
いつもそうだ。自分は失敗ばかり。
魔法騎士達と対峙する度、負けてばかりいる。
「何をしているの、私は…」
懐かしい男の目にほだされたのだと思う。遠い昔に。恋慕したはずの男は自分を残して行ってしまったはずだ。今更…
「ラン…ティス…」
求めてやまなかった彼に恋焦がれてやまなかった人を忘れるために、ザガートの元へと下った。瓜ふたつの声と、顔と…
けれど決定的だった事は、ザガートには互いを思う相手がいた事。
それでも良かった。
ー今だけは、ランティスを忘れる事ができるから…
そう、あの日貴方は言ったわ…
『アルシオーネ…俺は、この国を出ようと思う』
重苦しい空気を漂わせて言ったランティスの背中。なびくマントが嫌な予感を漂わせる。
『何故?突然どうしたの?』
その問いかけに応えることはせず、ランティスは私に振り返って悲しげな顔をして私の頬に触れた。
『俺は…ザガートのようにはなれない。かと言って、お前を俺の我儘で連れて行くことは出来ない…手段が見つかるまで戻る気はない』
『ランティス?』
『お別れだ…アルシオーネ』
理由も明かさず、ただそう言って去っていった男。
告げられた翌日に導師クレフから姿を消したと聞かされた。
同時に、捨てられたと思った。
自分に何も理由を言わず離れていった。
姿を消したということは、私は彼にとってその程度と思ったのだ。
結果として、私は自分を忘れるために神官であるザガートを敬愛するフリをした。
好きだ好きだ。愛している。愛していた。抱きしめて欲しい。必要とされたい。
彼にして欲しかった【重い】を、兄であるザガートに姿と憎しみを乗せて…
憎いのか。愛しいのか、忘れられないこの気持ちを、無かったことにしたい。
私は、彼を忘れたいのに…なぜ夢に見る?
何故、思いを馳せるのか…頭と気持ちがついていかなかった。誰にも言えない。誰にも、自分の偽りの気持を軽くするための手段だなんて思わなかったはずだ。
不意に部屋の扉が開く。
目に入ったのは、会いたくて会いたくて仕方なかった人。憎くて愛しくて堪らなかった人。
「あっ…あぁ…」
言葉にしようとして、思わず自分の口を塞いだ。居るはずがない。戻る気はないと言った男がここにいるはずがないのだ。
「アルシオーネ…」
少し、あの頃とは雰囲気の違う男を私は凝視した。少しもの寂しげに扉の前に居た男。焦がれた人…だけど…
「ザガート様っ」
自分の手がどこか虚ろに仰いだ。
「愛しい、愛しいザガート様…こんな所にいらしたのですね?」
だから、狂ったフリをした。私は、貴方を思い、泣き、忘れ、そして堕ちて行った。
今更、かつてのように貴方を愛するなんて出来るわけもないから…
「俺だ。ランティスだ、アルシオーネ…わからないのか?」
ベッドで抱かれるようにもたれ掛かる。
懐かしい匂いがした。
それだけで、それだけで私は幸せだ。
どのみちデボネア様に操られている身。
私が彼を思い出す素振りをしたとして、何も良いことはないだろう。むしろ、危険なはずだ。
「ザガート様…ザガート様…私は、貴方を…愛しています」
私達の、時間はもうあの時で終わったのだ。
ランティス…偽りを重ねて、自分を騙し続けるしかなかった自分には、あなたに愛される事も、愛すこともできない。
待てなかった。私は、待てなかった…
こうしなければ、自らを壊してしまうと思ったからだ。
彼の胸に抱かれて、強引に触れるだけの口づけをされる。
「会いたかった…」
耳元で囁かれるそれに、涙が出そうになった。
名前を呼べず、気持ちを伝えることも出来ず、私は彼の繰り返す行為に応える。
ーそれだけでいい。貴方の無事と、貴方を感じられた。それだけで…
私達は結ばれない。
一瞬でも、この気持ちを、けじめをつけられた。私はもう後悔なんかしない。
だからー
終
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