想いの欠片
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「檜佐木副隊長に近寄らないで!!」
「はぁ?」
隊舎を出たと同時に、私は見知らぬ子達から怒鳴られた。
「修兵、さっきあんたの親衛隊っぽい奴から宣戦布告みたいのされたけど。あれなに?」
「は?」
どっさり腕に乗った書類を抱えて机の上に置く。
「うわっ…また増えやがった。」
「入稿前だからね。あたしも手伝うからガンバ。」
自分の机から、必要なものを持ってくると、私はそのまま彼の反対側の机に向かいあって座った。
「で、なんだって?」
「あー、なんかね…檜佐木副隊長に近づかないで!!!って言われた。数人に囲まれて。」
「意味がわからねぇ…」
手をすらすらと滑らせて、会話を聞く彼は興味なさげにそう言った。
「今後近寄ったら、後で痛い目見るんだからね!って言われたけど…。あたしあんたになんかした?」
「あー、いつも一緒になって執務室籠ってるからじゃねーの?」
「なるなる…。それで誤解されたら世話がないわ。」
手だけを動かし、しばしの沈黙…
「って、お前が原因かい!!!!」
「馬鹿かお前。」
「ばっ…な、に?」
青筋立てて言う私に、いつもの冷静な口ぶりで
「普通に考えれば分かることだろう。手、動かせ。手。」
「執務室籠もってるからとは、思って無かったのよ!」
座りなおして書類に再び手を付ける。
作業はそのままで、私は不貞腐れながら文字の羅列を追いつつも会話を続けた。
「同じ隊にいて、どこに行ってもいつも一緒に行動してるからかなとか思ってた。」
「まぁ、それもあるんじゃねーの?」
再び興味なさげに、さらりと返すこの男。
「あんたが、あたしを十一番隊から九番隊に引き抜いたって噂の件は?」
「それも一つの要因。」
「原因がありまくりじゃないか…」
一定の速度で次々と書類を消化しながら言う私達。
「大体な、こんなに忙しくて恋愛なんかできるかよ。お前もそう思うだろ。」
ふぅと、ため息をつく修兵の手の速度はいつも一定で私は一瞬ちらりとそのゴツゴツした手を見つめた。
「…なんだよ。」
「っ!…な、なんでもないわよ。恋愛なんてやろうと思えばいつでもやれるのよ。そういうってことは、あんた女に興味ないんじゃないの?」
「うっわ、ひでぇ…」
ペラリと次の書類を自分の前に置いて、書類を整理する修兵。
「まぁ、その割にお前も、男いねぇじゃねぇか…人の事言えるのかよ。
「はぁ?あたしはいいのよ。酒が飲めりゃ男なんかいらねぇわ。」
「それも寂しい奴だな…」
「万年乱菊に振られ続けてるあんたに言われたかないわね。そのセリフ…」
「あー、はいはい。俺が悪かったですよ。」
憎まれ口叩きながらする作業はいつもの事。
たぶん、九番隊隊士の中では、相当私たちは仲が悪いように見えていると思う。
実際はそうでもないけど…
「でも、ホント…連日この量を処理するのは至難の業だわ…」
「この程度は序の口だろ。お前、十一番隊でもっとすげぇ量やってたんだろ?」
「あのね…あたしが目を通すだけでさっさと他隊に持っていかれるものと、その後あんたの目が通るのとじゃまったく次元が違うのよ。あー、肩こる…」
「ただの、負けず嫌いなだけだろう…」
「はぁ!?」
ぼそりと、言う修兵の言葉を聞き逃さなかった。真横の仕上げたばかりの書類をどっさりと彼の目の前にわざとらしく置いてやると、彼はゲッ!と短い声を漏らした。
「あんた、今日眠れなくしてやるわ。覚悟しなさいよ。あたしの後ろの書類の山、定時までに全部終わらせてやるからね。」
青筋立てて言う私は、それなりに迫力があったのか彼は小さい声で
「は、はい…」
と言った。
「お前、絶対鬼だ…」
日も暮れて、定時になると私の周りの書類はすべてが修兵の机にどっさりと置かれる形になった。
「あたしを怒らせた罰よ。反省しなさい。」
「あー…もう、可愛くねぇなホント…」
「あぁ!?」
威嚇するようにギロリと睨みつけると、視線をそらして書類に打ち込むポーズをとる。
「ふん!」
鼻息を荒くして、書類に次々打ち込む修兵をチラリと見つめる。
―あー、もう…カッコイイなぁ…
立場と仕事上、まじまじと見つめることが普段はできないので、こういう時くらいしかまともに見ることができない。
乱菊の紹介で、彼を紹介された時一目惚れをしたものの、性格上色ごとに関してはほぼ皆無な自分である。中々進展の兆しも何もあったもんじゃないことは明白だった。
「…なんだよ。」
「っ…な何も…?」
ソファーに腰掛けてソワソワする。
普段なら、一目散に出て行くところなのだが今日みたいな自分が自由に彼を見つめられること自体稀であり、貴重なため中々執務室から出られない。
「何か、あるのか?」
「何がよ。」
質問を質問で返す。
その切り返しで、彼は苦笑い。
「お前が、仕事終わった後もここにいるのは珍しいからさ…」
「別に…ただ、気分的にもう少しここにいようかなと思っただけよ…」
「へぇ…」
いつも通り、また興味なさげに書類に手を付ける。
「修兵…?」
「ん?」
「東仙隊長…どうしてるかな…」
霊圧が揺れる。
「どうして、今その話しするんだよ。」
「乱菊さ…まだ、霊圧が安定してないんだ。」
「あ?」
微かに見える、同僚たちと隊舎を出ていく彼女。同期で親友のギンと乱菊の二人を見てきたからこそ、彼の気持ちもきっとまだ冷静ではないんだろうと思った。
「ギン…居なくなってからずっと、お酒ばっかり飲んでる。あんたも、ずっと仕事に没頭してる…。二人とも見てられないんだよね…」
「ユア…俺は…」
「やっぱり手伝うわ。…そこの半分からこっちはあんたが見ても見なくてもいいやつだから、他隊に置いてくる。」
彼の言葉を遮って言う。そうしなければ場が持たないと思ったし、彼のいまだ整理のついていない言葉など聴きたくはなかった。
「ユア、まっ…」
ピシャリと大量の書類を持って執務室を出る。
「呼びとめたって、ろくな事言わないくせに…。馬鹿修兵…」
呟いて、前を向く。
一仕事終わらせるために…
異隊してしばらくの間、彼女は俺と話すことはなかった。
黙々とただ書類を整理し、部下に指示を出し、ただ黙々と隊務をこなしていた。
気まずくなって、俺から話しかけた。
別に昔から仲が悪かったわけではない。乱菊さんから紹介されてからというもの、飲み仲間では多分、一番かわいがってもらったし、一番仲がいいと思う。
だからこそ、一言も話さず、隊務をこなす彼女に違和感を覚えていた。
「どうして、何も話さないんですか…」
「何が?仕事で私語は慎め。九番隊じゃそれが普通でしょ?」
「違いますよ。普段の貴女を殺してまで、どうして自分から交流を断とうとするんですか…」
その頃の俺たちは、本当に先輩後輩の間柄のしゃべり方で本当にぎくしゃくしていた。
原因とか目立ったものはなかった、でも彼女の優しさはきっとそのしゃべらないことだったのだろうと理解した。
「いつものあたしの調子で話しかけて、あんた辛くないの?」
「何…っ」
市丸隊長と同期と言っても、あの人とはほとんど交流のなかったユアにとって、俺や乱菊さんの本当につらい部分はわかりはしない。だからこそ、彼女は無理に明るくもせず黙っていた。
「あんたの辛さなんて、あたしはわからない。裏切られたヤツを励ますやり方なんてあたしは知らない。」
「…。」
「時間が、解決するものを無理にあたしが馬鹿みたいに明るく振る舞う必要性なんかない。そんなのはあたしのやるべき仕事でもない。」
冷たい視線だった。けれど、その目はどこか寂しげで、泣きそうな瞳だった。
「貴女に、俺はもっと話しかけてきてほしいんですよ。俺は…」
安心感があった。傍にいれば居るだけでいいと思っていた時期もあった。けれど、彼女の声で、笑い声で一時でも隊長の事を忘れられるなら―…。
「分った…。なら、あんたも上官らしく、部下に対する話し方をしなさい。あたしはあんたの先輩ではあるけれど、上官ではないわ。」
ため息をつく彼女は、どこか諦めたような…
つらそうな表情をしていた。
あの日から、そのことを話すこともなくなった。飲み会の席で楽しく話したり、憎まれ口を叩くようになった彼女。
それでも、時々自分を心配げに見つめる視線には気づいていた。
でも、その目を見ることが辛くて、避けていた。彼女の無言の優しさを受け入れる覚悟が俺にはできていないのだ。
「はぁ…情けねぇ…」
上官を失い、部下に気を使われ日々を過ごす自分は本当に情けない。
「言い訳もさせてくれないんだからな…」
弱音を吐かせてくれるわけじゃない。
それでも、いつでも傍にいてくれるのは彼女なりの優しさで、その行為に甘えているのは確かなのだ。
「ユア…さん…」
彼女のいつも使っているひざかけを手に取る。落ち着く匂い、彼女を抱きしめているようなそんな錯覚を起こす。
「もっと…傍に、いてくれ」
掴みどころのない彼女には到底無理な願い。
この想いを伝える時はいつ来るのだろうか…。
漆黒の闇があたりを染める。
俺の心を、つかんで離さないかのように…
深く、深く…
この想いを押し沈める。
「あー、…ホント、めんどくさい。」
書類の選別が終わり、他隊へ配ってきた帰りに、先程の集団に捕まった。
「あんた、私達の話聞いてたはずよね?」
「えーと、なんだっけ?」
わざとらしく、はて?という顔をする。
「檜佐木副隊長に近づかないでって言ってるのよ!!!」
「はぁ…、あのさ、あんた六番隊の三席よね?」
「だから何よ。」
「三席なら、三席として、直属の上官との関り合いも分ってるはずでしょうよ。」
ため息をついて、私はそう言った。
「うるさい!元十一番隊の、大雑把で戦闘狂のあんたなんかが近くにいたら、檜佐木副隊長の立場が危うくなるのよ!」
「何を根拠に…」
「あんたみたいな、戦いだけが取り柄の様な人間が檜佐木副隊長と一緒にいること自体間違ってるって言ってるのよ!」
ヒステリックに取り巻きを連れて叫ぶ集団に、私は白けた目線を向ける。
「どうして、私じゃなくて、あんたみたいな女を推薦するのよ!私の方が、あんたなんかより綺麗だし、可愛いし、あんたより優秀なはずなのに!!!」
「あー、なるほど…。あんたは朽木隊長とも恋次ともうまくいってないから、彼の推薦で三席になったあたしに劣等感持ってるわけね。元九番隊第三席さん。」
「っ!!!!このっ!!!!」
―パシン!!!
右頬が熱を持つ。
それだけで、十分私を切れさせる要素になり得たはずだったのに…
「この!この!このぉ!!!私が、私が檜佐木副隊長の補佐だったのよ!なのに、どうして私が異隊して、あんたがあの人の傍にいられるのよ!!私は、あの人を励ませるはずだった!傍に入れるはずたったのよ!返してよ!あたしの彼を返してよ!!!」
壁際に抑え込まれて集団でボコボコに殴られる私はさぞ、雑巾のように汚い状態だったかもしれない。
「自分に自信があるなら、どうして異隊を拒否しなかったのかあたしにはわからない。あんたに、浮ついた気持ちがあったから、今更になってこんなことしてきてるんでしょう」
「うるさい!!!!!あんたなんか!!!!!」
「下衆な事してんじゃねーぞ、カス。」
「!?…きゃあ!!」
反対側の壁に打ちつけられる彼女。
声の主は恋次だった。
「大丈夫っスか、ユアさん」
「あぁ…うん。ありがと恋次。」
全身の痛みを抱えつつ、起き上がろうとすると、恋次は申し訳なさそうに私を抱えた。
「すみません。俺の部下が…」
「恋次が謝ることないでしょうよ…これは彼女とあたしの問題だわ。…っつ…!」
「ど、うしてよ…」
後ろを振り返る恋次に、彼女が声をかける。
「あんた、には…関係ないのに…どうして…!!!」
「俺は、お前みたいな集団じゃねーと何もできないような奴が一番嫌いでな。」
「あんたには、直接関係ないでしょ!!!集団で何やろうとあたしの勝手じゃない!」
錯乱状態で叫び散らす。
「複数の実戦隊務で失敗しては部下のせいにするテメェが俺は気に入らない。そんなだから、隊長にも、俺からも愛想尽かされるんだ。」
「あんたに!!!あたしの何がわかるっていうのよ!!!!」
「ユアさん、すみません。ルキアの所に…」
事を大きくしたくはない事を察知して、私はコクリとうなづいて歩き出そうとする。
「無理しないでください。俺、抱えて行きますから…」
「待ちなさいよ!!!阿散井恋次!!」
瞬間、ドンと霊圧が上がる。
「ヒッ…」
「うるせーんだよ。テメェは、黙れ。」
「恋次…いいから…霊圧抑えて…。あたしなら平気だから…」
「でも、ユアさん…」
「いいから…抑えてあげて。」
そう言うと、彼は上げた霊圧を治めて姿を消した。
べたりと、力なく座り込む部下の三席は成す術もなく取り巻きとともに呆然としていた。
「ずいぶんと、やられたましたね…」
非番だった彼女を部屋に呼んで、治療を受ける。
「ごめんね。ありがとう。朽木さん」
「いえ、そのようなこと気になさらないでください。」
両足、両手、腰回り、現在は死覇装を上半身ぬいで、残りの治療をしてもらっている。
「数日、痛みが残るかもしれませんが…」
「うん、目立たないい所が綺麗ならいいよ。ありがとう。」
「腕の痛みは数日取れないかもしれないです。表面は治しましたが、確実に治すとなると今日一日では足らないかと…」
「それでも、いいよ。助かるよ。」
「それにしても、ひどいことをする。集団で一人を寄ってたかって…」
多分、斬魄刀の柄で鞘数か所殴られていたから身体の数か所が折れているのはわかった。でも、そんなの…
「うん、でも仕方ないと思う。気持ち分らないでもないし…」
「だからと言って、このようなことをしていいとは言えない!」
「あはは…朽木さんは、本当に優しいんだね。」
痛みをこらえながら、私は力なく笑った。
誰かに当たらなくちゃ、彼女は自分を保つことができなかった。
それを思えば、大したことはない。
それぞれがそれぞれの形で辛さから逃げてるだけだ。
「表面のみの治療は終わりました。明日時間のある時に私の来てください。」
「うん、ありがとう。」
―バタン!バタバタバタ!!
「ユア!!」
「ちょ、檜佐木さん!今はっ!!」
突然聞き覚えのある声が聞こえてきたと思ったら、部屋の扉が開いた。
「無事、…か…………っ!!!!」
「あっ!!!!」
「………。」
上半身裸の私がそちらに身を起こしたまま固まった。修兵と、恋次が私の肌にくぎ付けになりながら数秒が経過する。
突然の事で、一同が固まったままだったがなんとか叫び声を上げたのは朽木さんだった。
「ば、馬鹿者が!早くでていけーーーー!!!」
「「す、すみませんでしたーーーーー!!!」」
ピシャリと襖が閉められる。
同時に、私はプッと噴出した。
「あ、は…あははは!!!」
「ユア殿?」
「何さっきの顔っ、あははっ…」
「ど、どうなされたのですか!ユア殿!?」
死覇装を着なおし、笑いながら涙がでる。
久しぶりに可笑しくて、笑いが止まらない。
「おっかし…顔…あははは!!!」
「ば、馬鹿者!恋次!!!ユア殿がおかしくなってしまったではないか!!!」
「お、俺のせいじゃねぇよ!!!檜佐木さんが突然飛び出したかと思ったら中の状態も聞かないで突然開け出すからだなっ!!」
未だにケラケラ爆笑を繰り広げる私に修兵が一人ごちる。
「俺の見えないところで、怪我しないで下さいよ。ユアさん…」
朽木さんに襖をあけられて、中を恐る恐る覗く修兵。合図かのように、恋次と朽木さんはそのまま部屋から出て行く。
「ばっかねー、別にどっか行ったりしやしないわよ。」
「それでも、だ。傍にいてください。俺には貴女が必要だ。」
「甘えたねぇ…」
「裏切られるのも、離れて行くのも、もうたくさんだ…。」
「分ってるよ。分ってる…だから、あたしが悪かったから、そんなに泣きそうな顔しないで…」
傷が深くて、納得できなくて
それでもあなたは先に一歩でも進もうとしてる。
その力に私がなるなら構わないと思う。
むしろ、喜んで傍にいるよ。
「これからもずっと、俺の…傍に…」
「分ってるって…。修兵。」
この気持ちを何と呼ぼう。
貴方の気持ちが私を捉え続ける限り、
ずっと―…。
「はぁ?」
隊舎を出たと同時に、私は見知らぬ子達から怒鳴られた。
「修兵、さっきあんたの親衛隊っぽい奴から宣戦布告みたいのされたけど。あれなに?」
「は?」
どっさり腕に乗った書類を抱えて机の上に置く。
「うわっ…また増えやがった。」
「入稿前だからね。あたしも手伝うからガンバ。」
自分の机から、必要なものを持ってくると、私はそのまま彼の反対側の机に向かいあって座った。
「で、なんだって?」
「あー、なんかね…檜佐木副隊長に近づかないで!!!って言われた。数人に囲まれて。」
「意味がわからねぇ…」
手をすらすらと滑らせて、会話を聞く彼は興味なさげにそう言った。
「今後近寄ったら、後で痛い目見るんだからね!って言われたけど…。あたしあんたになんかした?」
「あー、いつも一緒になって執務室籠ってるからじゃねーの?」
「なるなる…。それで誤解されたら世話がないわ。」
手だけを動かし、しばしの沈黙…
「って、お前が原因かい!!!!」
「馬鹿かお前。」
「ばっ…な、に?」
青筋立てて言う私に、いつもの冷静な口ぶりで
「普通に考えれば分かることだろう。手、動かせ。手。」
「執務室籠もってるからとは、思って無かったのよ!」
座りなおして書類に再び手を付ける。
作業はそのままで、私は不貞腐れながら文字の羅列を追いつつも会話を続けた。
「同じ隊にいて、どこに行ってもいつも一緒に行動してるからかなとか思ってた。」
「まぁ、それもあるんじゃねーの?」
再び興味なさげに、さらりと返すこの男。
「あんたが、あたしを十一番隊から九番隊に引き抜いたって噂の件は?」
「それも一つの要因。」
「原因がありまくりじゃないか…」
一定の速度で次々と書類を消化しながら言う私達。
「大体な、こんなに忙しくて恋愛なんかできるかよ。お前もそう思うだろ。」
ふぅと、ため息をつく修兵の手の速度はいつも一定で私は一瞬ちらりとそのゴツゴツした手を見つめた。
「…なんだよ。」
「っ!…な、なんでもないわよ。恋愛なんてやろうと思えばいつでもやれるのよ。そういうってことは、あんた女に興味ないんじゃないの?」
「うっわ、ひでぇ…」
ペラリと次の書類を自分の前に置いて、書類を整理する修兵。
「まぁ、その割にお前も、男いねぇじゃねぇか…人の事言えるのかよ。
「はぁ?あたしはいいのよ。酒が飲めりゃ男なんかいらねぇわ。」
「それも寂しい奴だな…」
「万年乱菊に振られ続けてるあんたに言われたかないわね。そのセリフ…」
「あー、はいはい。俺が悪かったですよ。」
憎まれ口叩きながらする作業はいつもの事。
たぶん、九番隊隊士の中では、相当私たちは仲が悪いように見えていると思う。
実際はそうでもないけど…
「でも、ホント…連日この量を処理するのは至難の業だわ…」
「この程度は序の口だろ。お前、十一番隊でもっとすげぇ量やってたんだろ?」
「あのね…あたしが目を通すだけでさっさと他隊に持っていかれるものと、その後あんたの目が通るのとじゃまったく次元が違うのよ。あー、肩こる…」
「ただの、負けず嫌いなだけだろう…」
「はぁ!?」
ぼそりと、言う修兵の言葉を聞き逃さなかった。真横の仕上げたばかりの書類をどっさりと彼の目の前にわざとらしく置いてやると、彼はゲッ!と短い声を漏らした。
「あんた、今日眠れなくしてやるわ。覚悟しなさいよ。あたしの後ろの書類の山、定時までに全部終わらせてやるからね。」
青筋立てて言う私は、それなりに迫力があったのか彼は小さい声で
「は、はい…」
と言った。
「お前、絶対鬼だ…」
日も暮れて、定時になると私の周りの書類はすべてが修兵の机にどっさりと置かれる形になった。
「あたしを怒らせた罰よ。反省しなさい。」
「あー…もう、可愛くねぇなホント…」
「あぁ!?」
威嚇するようにギロリと睨みつけると、視線をそらして書類に打ち込むポーズをとる。
「ふん!」
鼻息を荒くして、書類に次々打ち込む修兵をチラリと見つめる。
―あー、もう…カッコイイなぁ…
立場と仕事上、まじまじと見つめることが普段はできないので、こういう時くらいしかまともに見ることができない。
乱菊の紹介で、彼を紹介された時一目惚れをしたものの、性格上色ごとに関してはほぼ皆無な自分である。中々進展の兆しも何もあったもんじゃないことは明白だった。
「…なんだよ。」
「っ…な何も…?」
ソファーに腰掛けてソワソワする。
普段なら、一目散に出て行くところなのだが今日みたいな自分が自由に彼を見つめられること自体稀であり、貴重なため中々執務室から出られない。
「何か、あるのか?」
「何がよ。」
質問を質問で返す。
その切り返しで、彼は苦笑い。
「お前が、仕事終わった後もここにいるのは珍しいからさ…」
「別に…ただ、気分的にもう少しここにいようかなと思っただけよ…」
「へぇ…」
いつも通り、また興味なさげに書類に手を付ける。
「修兵…?」
「ん?」
「東仙隊長…どうしてるかな…」
霊圧が揺れる。
「どうして、今その話しするんだよ。」
「乱菊さ…まだ、霊圧が安定してないんだ。」
「あ?」
微かに見える、同僚たちと隊舎を出ていく彼女。同期で親友のギンと乱菊の二人を見てきたからこそ、彼の気持ちもきっとまだ冷静ではないんだろうと思った。
「ギン…居なくなってからずっと、お酒ばっかり飲んでる。あんたも、ずっと仕事に没頭してる…。二人とも見てられないんだよね…」
「ユア…俺は…」
「やっぱり手伝うわ。…そこの半分からこっちはあんたが見ても見なくてもいいやつだから、他隊に置いてくる。」
彼の言葉を遮って言う。そうしなければ場が持たないと思ったし、彼のいまだ整理のついていない言葉など聴きたくはなかった。
「ユア、まっ…」
ピシャリと大量の書類を持って執務室を出る。
「呼びとめたって、ろくな事言わないくせに…。馬鹿修兵…」
呟いて、前を向く。
一仕事終わらせるために…
異隊してしばらくの間、彼女は俺と話すことはなかった。
黙々とただ書類を整理し、部下に指示を出し、ただ黙々と隊務をこなしていた。
気まずくなって、俺から話しかけた。
別に昔から仲が悪かったわけではない。乱菊さんから紹介されてからというもの、飲み仲間では多分、一番かわいがってもらったし、一番仲がいいと思う。
だからこそ、一言も話さず、隊務をこなす彼女に違和感を覚えていた。
「どうして、何も話さないんですか…」
「何が?仕事で私語は慎め。九番隊じゃそれが普通でしょ?」
「違いますよ。普段の貴女を殺してまで、どうして自分から交流を断とうとするんですか…」
その頃の俺たちは、本当に先輩後輩の間柄のしゃべり方で本当にぎくしゃくしていた。
原因とか目立ったものはなかった、でも彼女の優しさはきっとそのしゃべらないことだったのだろうと理解した。
「いつものあたしの調子で話しかけて、あんた辛くないの?」
「何…っ」
市丸隊長と同期と言っても、あの人とはほとんど交流のなかったユアにとって、俺や乱菊さんの本当につらい部分はわかりはしない。だからこそ、彼女は無理に明るくもせず黙っていた。
「あんたの辛さなんて、あたしはわからない。裏切られたヤツを励ますやり方なんてあたしは知らない。」
「…。」
「時間が、解決するものを無理にあたしが馬鹿みたいに明るく振る舞う必要性なんかない。そんなのはあたしのやるべき仕事でもない。」
冷たい視線だった。けれど、その目はどこか寂しげで、泣きそうな瞳だった。
「貴女に、俺はもっと話しかけてきてほしいんですよ。俺は…」
安心感があった。傍にいれば居るだけでいいと思っていた時期もあった。けれど、彼女の声で、笑い声で一時でも隊長の事を忘れられるなら―…。
「分った…。なら、あんたも上官らしく、部下に対する話し方をしなさい。あたしはあんたの先輩ではあるけれど、上官ではないわ。」
ため息をつく彼女は、どこか諦めたような…
つらそうな表情をしていた。
あの日から、そのことを話すこともなくなった。飲み会の席で楽しく話したり、憎まれ口を叩くようになった彼女。
それでも、時々自分を心配げに見つめる視線には気づいていた。
でも、その目を見ることが辛くて、避けていた。彼女の無言の優しさを受け入れる覚悟が俺にはできていないのだ。
「はぁ…情けねぇ…」
上官を失い、部下に気を使われ日々を過ごす自分は本当に情けない。
「言い訳もさせてくれないんだからな…」
弱音を吐かせてくれるわけじゃない。
それでも、いつでも傍にいてくれるのは彼女なりの優しさで、その行為に甘えているのは確かなのだ。
「ユア…さん…」
彼女のいつも使っているひざかけを手に取る。落ち着く匂い、彼女を抱きしめているようなそんな錯覚を起こす。
「もっと…傍に、いてくれ」
掴みどころのない彼女には到底無理な願い。
この想いを伝える時はいつ来るのだろうか…。
漆黒の闇があたりを染める。
俺の心を、つかんで離さないかのように…
深く、深く…
この想いを押し沈める。
「あー、…ホント、めんどくさい。」
書類の選別が終わり、他隊へ配ってきた帰りに、先程の集団に捕まった。
「あんた、私達の話聞いてたはずよね?」
「えーと、なんだっけ?」
わざとらしく、はて?という顔をする。
「檜佐木副隊長に近づかないでって言ってるのよ!!!」
「はぁ…、あのさ、あんた六番隊の三席よね?」
「だから何よ。」
「三席なら、三席として、直属の上官との関り合いも分ってるはずでしょうよ。」
ため息をついて、私はそう言った。
「うるさい!元十一番隊の、大雑把で戦闘狂のあんたなんかが近くにいたら、檜佐木副隊長の立場が危うくなるのよ!」
「何を根拠に…」
「あんたみたいな、戦いだけが取り柄の様な人間が檜佐木副隊長と一緒にいること自体間違ってるって言ってるのよ!」
ヒステリックに取り巻きを連れて叫ぶ集団に、私は白けた目線を向ける。
「どうして、私じゃなくて、あんたみたいな女を推薦するのよ!私の方が、あんたなんかより綺麗だし、可愛いし、あんたより優秀なはずなのに!!!」
「あー、なるほど…。あんたは朽木隊長とも恋次ともうまくいってないから、彼の推薦で三席になったあたしに劣等感持ってるわけね。元九番隊第三席さん。」
「っ!!!!このっ!!!!」
―パシン!!!
右頬が熱を持つ。
それだけで、十分私を切れさせる要素になり得たはずだったのに…
「この!この!このぉ!!!私が、私が檜佐木副隊長の補佐だったのよ!なのに、どうして私が異隊して、あんたがあの人の傍にいられるのよ!!私は、あの人を励ませるはずだった!傍に入れるはずたったのよ!返してよ!あたしの彼を返してよ!!!」
壁際に抑え込まれて集団でボコボコに殴られる私はさぞ、雑巾のように汚い状態だったかもしれない。
「自分に自信があるなら、どうして異隊を拒否しなかったのかあたしにはわからない。あんたに、浮ついた気持ちがあったから、今更になってこんなことしてきてるんでしょう」
「うるさい!!!!!あんたなんか!!!!!」
「下衆な事してんじゃねーぞ、カス。」
「!?…きゃあ!!」
反対側の壁に打ちつけられる彼女。
声の主は恋次だった。
「大丈夫っスか、ユアさん」
「あぁ…うん。ありがと恋次。」
全身の痛みを抱えつつ、起き上がろうとすると、恋次は申し訳なさそうに私を抱えた。
「すみません。俺の部下が…」
「恋次が謝ることないでしょうよ…これは彼女とあたしの問題だわ。…っつ…!」
「ど、うしてよ…」
後ろを振り返る恋次に、彼女が声をかける。
「あんた、には…関係ないのに…どうして…!!!」
「俺は、お前みたいな集団じゃねーと何もできないような奴が一番嫌いでな。」
「あんたには、直接関係ないでしょ!!!集団で何やろうとあたしの勝手じゃない!」
錯乱状態で叫び散らす。
「複数の実戦隊務で失敗しては部下のせいにするテメェが俺は気に入らない。そんなだから、隊長にも、俺からも愛想尽かされるんだ。」
「あんたに!!!あたしの何がわかるっていうのよ!!!!」
「ユアさん、すみません。ルキアの所に…」
事を大きくしたくはない事を察知して、私はコクリとうなづいて歩き出そうとする。
「無理しないでください。俺、抱えて行きますから…」
「待ちなさいよ!!!阿散井恋次!!」
瞬間、ドンと霊圧が上がる。
「ヒッ…」
「うるせーんだよ。テメェは、黙れ。」
「恋次…いいから…霊圧抑えて…。あたしなら平気だから…」
「でも、ユアさん…」
「いいから…抑えてあげて。」
そう言うと、彼は上げた霊圧を治めて姿を消した。
べたりと、力なく座り込む部下の三席は成す術もなく取り巻きとともに呆然としていた。
「ずいぶんと、やられたましたね…」
非番だった彼女を部屋に呼んで、治療を受ける。
「ごめんね。ありがとう。朽木さん」
「いえ、そのようなこと気になさらないでください。」
両足、両手、腰回り、現在は死覇装を上半身ぬいで、残りの治療をしてもらっている。
「数日、痛みが残るかもしれませんが…」
「うん、目立たないい所が綺麗ならいいよ。ありがとう。」
「腕の痛みは数日取れないかもしれないです。表面は治しましたが、確実に治すとなると今日一日では足らないかと…」
「それでも、いいよ。助かるよ。」
「それにしても、ひどいことをする。集団で一人を寄ってたかって…」
多分、斬魄刀の柄で鞘数か所殴られていたから身体の数か所が折れているのはわかった。でも、そんなの…
「うん、でも仕方ないと思う。気持ち分らないでもないし…」
「だからと言って、このようなことをしていいとは言えない!」
「あはは…朽木さんは、本当に優しいんだね。」
痛みをこらえながら、私は力なく笑った。
誰かに当たらなくちゃ、彼女は自分を保つことができなかった。
それを思えば、大したことはない。
それぞれがそれぞれの形で辛さから逃げてるだけだ。
「表面のみの治療は終わりました。明日時間のある時に私の来てください。」
「うん、ありがとう。」
―バタン!バタバタバタ!!
「ユア!!」
「ちょ、檜佐木さん!今はっ!!」
突然聞き覚えのある声が聞こえてきたと思ったら、部屋の扉が開いた。
「無事、…か…………っ!!!!」
「あっ!!!!」
「………。」
上半身裸の私がそちらに身を起こしたまま固まった。修兵と、恋次が私の肌にくぎ付けになりながら数秒が経過する。
突然の事で、一同が固まったままだったがなんとか叫び声を上げたのは朽木さんだった。
「ば、馬鹿者が!早くでていけーーーー!!!」
「「す、すみませんでしたーーーーー!!!」」
ピシャリと襖が閉められる。
同時に、私はプッと噴出した。
「あ、は…あははは!!!」
「ユア殿?」
「何さっきの顔っ、あははっ…」
「ど、どうなされたのですか!ユア殿!?」
死覇装を着なおし、笑いながら涙がでる。
久しぶりに可笑しくて、笑いが止まらない。
「おっかし…顔…あははは!!!」
「ば、馬鹿者!恋次!!!ユア殿がおかしくなってしまったではないか!!!」
「お、俺のせいじゃねぇよ!!!檜佐木さんが突然飛び出したかと思ったら中の状態も聞かないで突然開け出すからだなっ!!」
未だにケラケラ爆笑を繰り広げる私に修兵が一人ごちる。
「俺の見えないところで、怪我しないで下さいよ。ユアさん…」
朽木さんに襖をあけられて、中を恐る恐る覗く修兵。合図かのように、恋次と朽木さんはそのまま部屋から出て行く。
「ばっかねー、別にどっか行ったりしやしないわよ。」
「それでも、だ。傍にいてください。俺には貴女が必要だ。」
「甘えたねぇ…」
「裏切られるのも、離れて行くのも、もうたくさんだ…。」
「分ってるよ。分ってる…だから、あたしが悪かったから、そんなに泣きそうな顔しないで…」
傷が深くて、納得できなくて
それでもあなたは先に一歩でも進もうとしてる。
その力に私がなるなら構わないと思う。
むしろ、喜んで傍にいるよ。
「これからもずっと、俺の…傍に…」
「分ってるって…。修兵。」
この気持ちを何と呼ぼう。
貴方の気持ちが私を捉え続ける限り、
ずっと―…。