天秤~ミギザラ~-檜佐木の章
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降りしきる雨。
その雨に、打たれればいい。
そのまますべて流れればいい。
だってそれで、全部消えてくれるなら…
私なんかのことを皆が忘れてくれさえすれば…
楽…なのに…
雨が激しくなった。
隊舎の方から寮へ向かう途中、見知った霊圧を感じた。その霊圧は情緒不安定で今まで感じたことのないくらいの危なっかしいものだった。
「ユア?」
心配で、そちらへ向かう。
先ほどまでの彼女の霊圧はこんなに不安げなものではなかったはずだ。それなのに一体どうしたのか…
人影のない社。
立ち尽くして空を眺める。
その姿に目を奪われた。
「ユア」
「…。」
呼んでも返事はなく、その声が彼女に届いているのかすらわからない。ピクリとも動かずたざ、雨にびっしょりぬれて遠くを見つめる彼女のそれは尋常ではなかった。
「何、してるんだよお前…」
「来ないで、ください。」
傘を差しだそうと近寄ろうとする彼に叫んだ。
「私みたいな最低な女の傍にいたら、檜佐木副隊長が汚れちゃう」
「何言って…」
「近寄らないで!!!!!」
「お前…」
成す術もなく、その場で棒立ちになる副隊長を横目に私は口元をほころばせる。
「もう、駄目なんです。副隊長…私気付いちゃったんです。自分が本当に最悪で最低で汚い奴だって…」
「まだそんなことっ!」
「だって、私一角と決別するって自分で言ったくせにあの人にキスされて喜んでたんです。感じてたんです。あの人以外の人と幸せになるって…ふっ切るために行ったのに、あの人にキスされて好きだって言われて嬉しかった!それが情けなくて最低で!なのに!!!…………檜佐木副隊長まで繋ぎ止めておこうって思う自分がいた。」
空に向かって叫ぶ自分はさぞおかしな人間だと思われていると思う。でも、それでいい。今、私はこの人を真正面から見つめることも謝罪もできない。
「おかしいんです。私。変なんです。一角を好きだったはずで、一角に振り向いてほしかったはずで嬉しいはずなのに…でも傷つきたくなくて檜佐木副隊長にまたすがろうとしてる。そんな自分が許せなくて、でもどうにもできなくて…」
汚いと
思った…
「利用しちゃいけない人を利用している自分が許せない。私を本当に見てくれた人を裏切るようなことをする自分が許せない。…なのに…っ!」
不意に、自分を抱き寄せるあの腕。
「馬鹿野郎…無理、しないでいいって言っただろ…どうしてお前はそんなに自分で抱え込むんだ。」
「わけ、分からないんです…もう…くっ…助けて、助けてください檜佐木副隊長…っ」
この腕に、声に温もりに助けられた。
でも、この腕も声も温もりもあの人のモノじゃない…
「利用したっていい。お前が俺を必要としてくれるならいい。傍にいさせてくれ。お前を想わせてくれ…。」
「や、めて…もうやだっ…助けてっ」
「助けてやる。お前が落ち着くまでずっといてやる。お前が忘れるまで抱いててやる。だから…」
―もう泣くな…
二度目のキスは…
とても暖かくて…
触れるだけの…
そんなキスだった。
助けてと…
懇願をしたのは私。
近寄らないでと…
そう突き放したのは私。
なのに貴方は私に優しいキスを散りばめる。
握られた手が熱い。
雨に濡れた私を壊れものを扱うように抱く副隊長にすべて身を任せた。
「俺には…お前しかいないんだ…好きだ」
突かれる度にこぼれるあえぎ声。
耳元で愛していると囁く。
水滴が落ちる。
背中に敷かれた死覇装は水を吸って冷たくなっていた。
「あっ!…はぁ、ユアっ!ユアっ!…名前で呼んでくれ。お前の声で、名前で俺をっはぁ…!」
「んっ…!はっ、あっぁあっぁ!あぁぁ!!しゅ…っ!ん!副、隊ちょ…あ!もう…んん!」
「俺も、イっ…!!!」
真っ白になる頭…
覆いかぶさる彼。
名前も呼べず…
どちらも選べず
私は檜佐木副隊長と体の関係を持った。
「ごめんなさい…」
いまだに降り続ける雨。
小ぶりになって静かになった空間で、ポツリとつぶやいた。
「私…やっぱり…」
「あぁ、いいさ…どうせ望みなんてないと思ってた…。でも俺はお前を九番隊から手放すつもりはない。」
「はい」
「これからは、上司と部下だ。」
突きつけられる現実は互いを傷つけないようにするためで…
「はい…」
「飲みにも二人で誘わないようにする。」
言い聞かせるように発する副隊長が痛々しくてうつむく私を無視して続ける。
「…はい…」
「二人きりにならないように心掛けるし触れないようにする」
震えて拳を握り締める副隊長に、私は涙を堪える。
「…はい…っ」
「それから…」
一瞬の間、紡がれる言葉は分かっていた。
「俺は…」
「…は、い…」
「お前を愛してた…」
最後の口づけ。
最後の抱擁だった…
過去にすることは単純で、不器用な私の思いを汲んでくれた貴方にどう恩返しすればいいだろう。
たとえ、貴方を私が好きになったところで私はもう貴方を手に入れることもできなくなってしまうけれど…
ありがとう…ございます…
檜佐木副隊長…
「あたしはさ…あんたの出した答えが間違っているとは言わないわ。」
「ん…ありがと…」
いつもの酒屋、いつもの席。二人で飲みながら数ヶ月前の話をする。
「でも、潔癖なあんたは馬鹿だと思う。時間がたった今更気づくなんてホント馬鹿」
「反対したのは乱菊のくせに…」
ふと、視線の先にあの人と八席の女性隊士が見えた。
「しゅ…へ…い…。」
一人の時と彼女といるときは彼の名前を呼んだ。それが私に許された唯一彼に対する感謝と愛情表現だった。
「あの子は、どう修兵に抱かれるんだろうね。乱菊…」
「あんた…」
あったかい体温も、声も、逞しい腕も感じる顔でさえ今でも覚えてる。それでも、思いを告げないのはやっぱり彼を過去へは引きもどしたくなかったから…
「一生、叶わない恋はつらい。でもさ…私は一角とのけじめをつけるために、傍にいるだけでいいって選択肢を選んじゃったんだ。その他大勢でいいっていう選択肢を選んじゃったんだ。だから、やっぱり納得させるしかないと…」
「いつか、あんたを大事に思ってくれる人…また出てくるわよ。」
「うん…忘れなくちゃいけないよね」
泣いて苦しかった時期は終わったはずだ。
この思いはいつか断ち切ることができる。
いつか、笑える時が来る。
そう思う。願わくば…それが早く来ますように…
「忘れられて、たまるかっ」
「えっ…ぶっ!!!」
突然声がしたと思った。
後ろから…修兵の声が聞こえた。
いつだったか、あの日と同じように私は彼に抱えられていた。
「乱菊さん、すみません。コイツ借りてもいいですか?」
「ここの支払い…」
―ジャラ!!!!
「来い!見細…。いや、ユア!!!」
無造作に、あの時と同じセリフで同じようにお金を置いて強引に私を連れていく。
「えっ!あっ!ちょっ!乱菊ごめ…」
店から消えた。後ろ姿に乱菊はあの時と同じように一人ごちる。
「あーもう!ほーんと!素直じゃないわねぇっ」
つぶやいた乱菊の表情は、どこか嬉しそうだった。
着いた先は、副隊長の部屋。
「上がれよ。」
「え…あの…はい。」
恐る恐る玄関から部屋へ通じる通路へ足を踏み入れる。暗くて電気は点いていなく、私はその場から進むことなくただオロオロしていた。
「あっ!」
不意に、背後から抱き寄せられた。
「副、隊長っ」
「忘れるな。俺を忘れるなんて言うな。」
「っ」
「今でも、忘れられない。好きなんだ。声も、温もりも匂いも心臓の音も全部忘れられない。何度もお前を俺の頭の中で汚した。」
首筋にかかる吐息。匂い…
声…
「好き…修兵…私…貴方が忘れられなかった…」
「名前、呼んで…ユアっ」
この唇が、私を安心させてくれた。
この声が私を安心させてくれた。
この匂いが…貴方自身が…
私を…
「もう一度言う…聞いてほしい。」
―愛してる。
一生俺の傍にいて欲しい。
ずっと…
その雨に、打たれればいい。
そのまますべて流れればいい。
だってそれで、全部消えてくれるなら…
私なんかのことを皆が忘れてくれさえすれば…
楽…なのに…
雨が激しくなった。
隊舎の方から寮へ向かう途中、見知った霊圧を感じた。その霊圧は情緒不安定で今まで感じたことのないくらいの危なっかしいものだった。
「ユア?」
心配で、そちらへ向かう。
先ほどまでの彼女の霊圧はこんなに不安げなものではなかったはずだ。それなのに一体どうしたのか…
人影のない社。
立ち尽くして空を眺める。
その姿に目を奪われた。
「ユア」
「…。」
呼んでも返事はなく、その声が彼女に届いているのかすらわからない。ピクリとも動かずたざ、雨にびっしょりぬれて遠くを見つめる彼女のそれは尋常ではなかった。
「何、してるんだよお前…」
「来ないで、ください。」
傘を差しだそうと近寄ろうとする彼に叫んだ。
「私みたいな最低な女の傍にいたら、檜佐木副隊長が汚れちゃう」
「何言って…」
「近寄らないで!!!!!」
「お前…」
成す術もなく、その場で棒立ちになる副隊長を横目に私は口元をほころばせる。
「もう、駄目なんです。副隊長…私気付いちゃったんです。自分が本当に最悪で最低で汚い奴だって…」
「まだそんなことっ!」
「だって、私一角と決別するって自分で言ったくせにあの人にキスされて喜んでたんです。感じてたんです。あの人以外の人と幸せになるって…ふっ切るために行ったのに、あの人にキスされて好きだって言われて嬉しかった!それが情けなくて最低で!なのに!!!…………檜佐木副隊長まで繋ぎ止めておこうって思う自分がいた。」
空に向かって叫ぶ自分はさぞおかしな人間だと思われていると思う。でも、それでいい。今、私はこの人を真正面から見つめることも謝罪もできない。
「おかしいんです。私。変なんです。一角を好きだったはずで、一角に振り向いてほしかったはずで嬉しいはずなのに…でも傷つきたくなくて檜佐木副隊長にまたすがろうとしてる。そんな自分が許せなくて、でもどうにもできなくて…」
汚いと
思った…
「利用しちゃいけない人を利用している自分が許せない。私を本当に見てくれた人を裏切るようなことをする自分が許せない。…なのに…っ!」
不意に、自分を抱き寄せるあの腕。
「馬鹿野郎…無理、しないでいいって言っただろ…どうしてお前はそんなに自分で抱え込むんだ。」
「わけ、分からないんです…もう…くっ…助けて、助けてください檜佐木副隊長…っ」
この腕に、声に温もりに助けられた。
でも、この腕も声も温もりもあの人のモノじゃない…
「利用したっていい。お前が俺を必要としてくれるならいい。傍にいさせてくれ。お前を想わせてくれ…。」
「や、めて…もうやだっ…助けてっ」
「助けてやる。お前が落ち着くまでずっといてやる。お前が忘れるまで抱いててやる。だから…」
―もう泣くな…
二度目のキスは…
とても暖かくて…
触れるだけの…
そんなキスだった。
助けてと…
懇願をしたのは私。
近寄らないでと…
そう突き放したのは私。
なのに貴方は私に優しいキスを散りばめる。
握られた手が熱い。
雨に濡れた私を壊れものを扱うように抱く副隊長にすべて身を任せた。
「俺には…お前しかいないんだ…好きだ」
突かれる度にこぼれるあえぎ声。
耳元で愛していると囁く。
水滴が落ちる。
背中に敷かれた死覇装は水を吸って冷たくなっていた。
「あっ!…はぁ、ユアっ!ユアっ!…名前で呼んでくれ。お前の声で、名前で俺をっはぁ…!」
「んっ…!はっ、あっぁあっぁ!あぁぁ!!しゅ…っ!ん!副、隊ちょ…あ!もう…んん!」
「俺も、イっ…!!!」
真っ白になる頭…
覆いかぶさる彼。
名前も呼べず…
どちらも選べず
私は檜佐木副隊長と体の関係を持った。
「ごめんなさい…」
いまだに降り続ける雨。
小ぶりになって静かになった空間で、ポツリとつぶやいた。
「私…やっぱり…」
「あぁ、いいさ…どうせ望みなんてないと思ってた…。でも俺はお前を九番隊から手放すつもりはない。」
「はい」
「これからは、上司と部下だ。」
突きつけられる現実は互いを傷つけないようにするためで…
「はい…」
「飲みにも二人で誘わないようにする。」
言い聞かせるように発する副隊長が痛々しくてうつむく私を無視して続ける。
「…はい…」
「二人きりにならないように心掛けるし触れないようにする」
震えて拳を握り締める副隊長に、私は涙を堪える。
「…はい…っ」
「それから…」
一瞬の間、紡がれる言葉は分かっていた。
「俺は…」
「…は、い…」
「お前を愛してた…」
最後の口づけ。
最後の抱擁だった…
過去にすることは単純で、不器用な私の思いを汲んでくれた貴方にどう恩返しすればいいだろう。
たとえ、貴方を私が好きになったところで私はもう貴方を手に入れることもできなくなってしまうけれど…
ありがとう…ございます…
檜佐木副隊長…
「あたしはさ…あんたの出した答えが間違っているとは言わないわ。」
「ん…ありがと…」
いつもの酒屋、いつもの席。二人で飲みながら数ヶ月前の話をする。
「でも、潔癖なあんたは馬鹿だと思う。時間がたった今更気づくなんてホント馬鹿」
「反対したのは乱菊のくせに…」
ふと、視線の先にあの人と八席の女性隊士が見えた。
「しゅ…へ…い…。」
一人の時と彼女といるときは彼の名前を呼んだ。それが私に許された唯一彼に対する感謝と愛情表現だった。
「あの子は、どう修兵に抱かれるんだろうね。乱菊…」
「あんた…」
あったかい体温も、声も、逞しい腕も感じる顔でさえ今でも覚えてる。それでも、思いを告げないのはやっぱり彼を過去へは引きもどしたくなかったから…
「一生、叶わない恋はつらい。でもさ…私は一角とのけじめをつけるために、傍にいるだけでいいって選択肢を選んじゃったんだ。その他大勢でいいっていう選択肢を選んじゃったんだ。だから、やっぱり納得させるしかないと…」
「いつか、あんたを大事に思ってくれる人…また出てくるわよ。」
「うん…忘れなくちゃいけないよね」
泣いて苦しかった時期は終わったはずだ。
この思いはいつか断ち切ることができる。
いつか、笑える時が来る。
そう思う。願わくば…それが早く来ますように…
「忘れられて、たまるかっ」
「えっ…ぶっ!!!」
突然声がしたと思った。
後ろから…修兵の声が聞こえた。
いつだったか、あの日と同じように私は彼に抱えられていた。
「乱菊さん、すみません。コイツ借りてもいいですか?」
「ここの支払い…」
―ジャラ!!!!
「来い!見細…。いや、ユア!!!」
無造作に、あの時と同じセリフで同じようにお金を置いて強引に私を連れていく。
「えっ!あっ!ちょっ!乱菊ごめ…」
店から消えた。後ろ姿に乱菊はあの時と同じように一人ごちる。
「あーもう!ほーんと!素直じゃないわねぇっ」
つぶやいた乱菊の表情は、どこか嬉しそうだった。
着いた先は、副隊長の部屋。
「上がれよ。」
「え…あの…はい。」
恐る恐る玄関から部屋へ通じる通路へ足を踏み入れる。暗くて電気は点いていなく、私はその場から進むことなくただオロオロしていた。
「あっ!」
不意に、背後から抱き寄せられた。
「副、隊長っ」
「忘れるな。俺を忘れるなんて言うな。」
「っ」
「今でも、忘れられない。好きなんだ。声も、温もりも匂いも心臓の音も全部忘れられない。何度もお前を俺の頭の中で汚した。」
首筋にかかる吐息。匂い…
声…
「好き…修兵…私…貴方が忘れられなかった…」
「名前、呼んで…ユアっ」
この唇が、私を安心させてくれた。
この声が私を安心させてくれた。
この匂いが…貴方自身が…
私を…
「もう一度言う…聞いてほしい。」
―愛してる。
一生俺の傍にいて欲しい。
ずっと…