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昔から掴みどころがなくて
昔から泣く所を見たことがなかった。
いつも笑顔で、他の連中と憎まれ口を叩きながら
それでも、時々ふと見せる悲しげな表情が
俺の頭から離れなくて
守ってやりたいと思った。
いつもの酒屋、いつもの個室。
乱菊さん、一角さん、弓親さん、檜佐木さんとユアさんと俺。
「修兵、弓親ーーー!!酒ないぞー!!」
おちょこを反対側にしてジェスチャーをする彼女はいつもの事で、笑いながら二人に絡むのもいつもの事。
「ちょっとユア。飲み過ぎなんじゃない?」
「そんなことないわよ!ねー!修兵~!」
顔を近づけて檜佐木さんにキスをしようとする。
「ちょ、っとっユアさん近い!近い!」
「えー、イイじゃないチューくらい!させなさいよー」
そう言って押し倒す彼女に、押し倒される檜佐木さん。顔は困っているというか、むしろ嬉しそうで、思い切りブチュー!っとされるその光景は、全然雰囲気も何もあったもんじゃない。
「む!!むむむむ!!!!」
―バン!バンバンバン!!!
「ユアさん…、檜佐木さん死にそうですけど…」
真横で繰り広げられるその光景を冷ややかな目で見る俺。彼女は檜佐木さんの鼻をつまんでそのまま唇を奪っているようで、息ができなくて苦しげにもがいている。
「ホントあんた、意地が悪いわねぇ!喜ぶどころか、修兵死んでるわよ。」
青い顔をしたまま、その場に横たわる先輩をユアさんはきょとんとした顔で見つめた。
「修兵、喜ぶより死ぬなんて…なんて失礼な男なの。」
「いや、それ、明らかにお前が悪いだろ。」
「えー?」
「えー、じゃねぇよ。このキス魔が。酒癖悪いのは相変わらずだな。」
「はぁ!?あんたみたいなハゲに言われたかないわよ!」
「ハゲじゃねぇ!」
「ハゲにハゲって言って何が悪いのよ!ハゲ!」
「連続で何回も言うな!」
今度は酒を置いて、睨みあう一角さんとユアさん。
「まったく、二人とも毎回美しくないんだから…もう少し美しくだね…」
「っさいわよ!キモナルシスト!!!!」
「もういっぺん言ってみようかぁ!ユアっ!!!!!」
カチンときて立ち上がる弓親さんもユアさんの元へあるいていって取っ組み合いが始まった。
「恋次。あんた、よくそこにいて平気ね。」
チビチビ酒を口に運ぶ乱菊さんが冷めた目で言う。
「いえ、むしろ助けてください。」
「だぁぁぁぁぁぁらっしゃあああああああああ!!!!!!!!!!」
「上等じゃねぇぇぇぇか!!!!」
「食らうわけないだろそんなものおおおお!!!!」
「がふぅうううう!!!!!」
微妙に、ユアさんの着地の失敗でかかとから腹へクリーンヒットした檜佐木さんが真横でご臨終していた。
―ピルルルルル…
ドタバタ暴れまわる三人をよそに、乱菊さんの隣で伝令神機が鳴った。
「あら…ユア~!伝令神機鳴ってるわよー」
「え!?あっ!ちょ、待った待った!一角、弓親、タイムタイム!!」
焦った表情をして慌ててそれを手にしてディスプレイを見ると、彼女は曇った表情をするなり部屋から出て行った。
「なんだあいつ…」
きょとんとした表情のまま、雰囲気の変わった彼女を皆で見送る。
その後を、乱菊さんがすべてわかっているような顔をして追って行った。
一度切ったのに、鳴りやまない伝令神機。
相手の名前は【非通知】でも、誰かは分かっている。『藍染惣右介』だ。
先の三隊長の裏切りの黒幕にあたる男。
そう、私達は『付き合っていた』のだ。
鳴り響く伝令神機を無表情で見つめる。あの日から、あの男から決まった時間に通話がある。でも、出たいとは思わなかった。自分の目的のために、部下や隊長や旅渦の子達を利用して果たそうとするモノが理解できなかった。何より裏切られた事が悔しくて…
「また…?」
横から聞こえる乱菊の声。私は苦笑いして答えた。
「出ないの?」
「あの人のいうことは目に見えてる…」
「そっか…」
誘惑して自分の元に来させる。恐らく、私の斬魄刀の力を欲しての事だろう。
愛ではないことはわかってる。あの日の彼の一言で、私は全てを察してしまった。
「まいったね…どうも…」
「ユア…」
本当なら、隊長格に報告しなくちゃいけないことなのだろうけれど私はそれを戸惑った。
一度は好きになった彼だから、もしかするとッて思っていた。でも…それはきっと私のエゴで勘違いも甚だしい事なのだろう。
だからこそどうするべきなのかがわからなかった。
「乱菊、私まだ…泥沼から抜けられないや…」
「何言ってんのよ。あたしだってそうよ…」
利用され続けようとする私と、最後の言葉の意味を理解しようとする乱菊。
伝令神機のディスプレイが音を止める。
立ち尽くす私達は、互いに苦笑いをして宴会の席へ戻っていった。
「ユア…かい?」
「そ…うすけ…?」
「そうだよ。」
最初、私は彼に泣いて訴えた。
どうしてこんなことをしたのか…
どうして皆を裏切ったのか…
どうして、私を置いて行ったのか…
聞きたいことは山ほどあった。私にとって彼は、愛する人として大切な人だったはずだ。彼も、ずっと自分を愛してくれているんだと思っていた。でも…
「そんなことは取るに足らないことだよ。君は、私の為に動いてくれればいい。私は君を愛している。君も、私を愛しているだろう?」
―取るに足らない…
「そっか……」
愛している。けど、それを信じて盲目的に彼を追って何になるのだろう。自分は利用されたのだ。その事実だけで結果は見えているじゃないか。
「君ほどの死神がそんなところで埋もれていていいのかい?ユア…私の所へ来るといい。君は、私の隣でこそ真の力を発揮する。」
落ち着いた、淡々と感情のない声でそういう彼は私の知るあのあったかさのある惣右介ではなかった。目的のためには手段を選ばず、そのためにはどんな姑息な手も使う…
私はあの時思い知ったはずなのに…
「なら、どうして…あの時一緒に連れて行ってくれなかったの?愛していたのなら、どうして…」
「なら、どうして君は私の手をあの時取らなかった…?私を…私の君への愛を一瞬でも疑ったからじゃないのか?」
「……」
「沈黙は肯定とみなされるよ。ユア…。君は…私の愛を疑ったのだ…。なら、その償いをするべきだ。」
応えられないのをいいことに、じわじわと追い詰めてられて、身体が震える。
どうして、こんなことを言うのだろう。
愛を疑ったのは貴方がその愛を疑わせたことにあるのではなかったか…それなのに…
「また、電話するよ。いい返事を期待している。私の為に、私の望みの為に…こちらへ来るんだ…」
ブツリ
無機質に聞こえた音。
流れる涙。
滑り落ちた伝令神機のディスプレイが暗い部屋を鈍い光と共に淡く照らしていた。
部屋から戻った彼女は、乱菊さんと一緒に少しテンションがおかしかった。
乱菊さんは、静かにずっと酒を飲み、ユアさんは無理に強い酒を飲み、叫び散らし暴れていた。
酔いが回って、つぶれるのは時間の問題で、いつの間にか俺の膝で横になる彼女はうっすらと涙を浮かべていた。
「おー、恋次…俺ら明日早いからよ。先に帰るぜ。松本!檜佐木か恋次に送ってもらえよ。じゃーな!」
珍しくテーブルでつぶれている乱菊さんは一角さんの声に片手でヒラヒラ反応を見せると突っ伏したまま動かなくなった。
「気持ち悪ーーっ修兵、水~!」
「乱菊さん飲みすぎなんですよ。送りますから、行きましょう。」
檜佐木さんに水を差しだされて唸りながら起き上がる彼女は、それをゆっくり飲み干すと帰る準備をし始める。
「ユア~。あんたどうするのー?」
「うー…もう少ししてから帰るー。動けないー…」
「あーっそ、先に帰るわよー。」
「うー…」
声だけ返事をして寝返りを打つ。
「恋次…悪いけど、その子よろしくね。あたし以上にべろべろだから…」
「あ、分かりました。大丈夫っス…」
そう言って檜佐木さんと出て行く乱菊さんの姿を見送ると、俺は膝で眠るユアさんの髪を梳いて撫で上げた。
「くすぐったいよ。恋次…」
くすくす笑う彼女は、酒のせいか顔をほんのり赤く染めながらそう言った。何度も梳いては撫でる動作。広い宴会場に二人だけな事がなんだか嬉しくて俺は口元をほころばせた。
「ユアさん…」
「何ー?恋次。」
下から見上げる彼女の顔を撫でた。気持ちよさそうに、でもどこか悲しげの彼女。はにかむ様な、悲しみを宿すその瞳を俺はどうにかしたかった。
「そんなに…寂しそうな…辛そうな顔しないでください。」
「どうして、そう思うの?」
「ずっと、見てたんですよ俺。貴女が好きだから…」
不意に、唇にあてられる彼女の手。聞きたくないとばかりに遮って起き上がる彼女は背中を向けて自分の肩を抱いた。
「やめて。それ以上言わないで。想わないで。」
「どうしてですか。」
「私は、好きになってもらう資格なんかない。」
彼女が何を抱えているのかは知らない。でも、その後ろ姿が妙に放っておけなくて俺は後ろから抱き締めた。
「好きになるのに、資格なんてないと思います。俺は、十一番隊にいた時から貴女がずっと好きで見てきました。」
「……。」
「ユアさん…俺…」
―ピルルルルル…
「っ!」
伝令神機の音にそちらへ視線を向ける。彼女の手に持っているそれのディスプレイを見れば、【非通知】を知らせる文字。
「出ないんですか?ユアさん…」
その相手が誰であるのかを分かっている様に、彼女は手にしているだけで全く出ようとはせず、見つめるだけで動かなかった。抱きしめながら言う俺は、腕に力を込めてもう一度彼女の名前を呼んだ。
「で、られなのよ…この電話に…」
「え…」
「惣右介から…ううん。藍染からの電話に出るわけにはいかないのよ。」
「っ!!!!」
伝令神機を部屋の隅に投げつける。
「行くな、行かないでくれ…」
「恋次っ」
あの男がしようとしていることなんて、察しがついていた。だから、このまま腕に閉じ込めて出られないようにすればきっと…
「行かないでください。絶対に、行かないでください。俺は…」
反復するように、只彼女に後ろから抱き締めてすがるしかなくてそれ以外の術も見つからず、鳴り響く伝令神機を傍らに力を込めて引きとめるしかなかった。
「もっと、強くなります。貴女の為だったら何でもする。だから、絶対に行かないで…」
彼女の彼氏でも思い人でもない。ずっと片思いの俺には心に突き刺さる言葉は軽いかもしれない。でも、俺にとってはずっと想ってきた大切な人で、説得なんか大した効果はないのかもしれないそれでも、貴方を失いたくはないのだ。
「ありがとう、恋次…」
「ユアさん…」
くるりと振り返る彼女は、少しばかり困った顔をしながら俺の腕にそっと手を置いた。
「あんたのおかげで、ようやくふっきれる…。」
「ユアさん…。」
「ははっ、想わないでって自分で言ったのに嬉しいみたい。私…」
頬に触れる手が、指が、唇が嬉しくて…
照れくさそうに笑う貴女が、その頬笑みを俺だけに向けてくれることが…
「可愛い後輩だったのに、いつの間にこんなに頼れる男になっちゃったの?」
「貴女の前では、いつだって頼れる男ですよ。俺は。」
「は、はは…くっさいせり…ふ…」
振り向いて、俺の胸で静かに涙を流す彼女。
いつも、おちゃらけててふざけたことばっかりしてて、そんなそぶり一度も出さなかった彼女の、強くあれとした本物の顔を見た気がした。
翌日、彼女は藍染の件を報告。
すぐに報告をしなかった事で、数日の謹慎を言い渡されたユアさんは思いの外すっきりした表情で、心配でついてきた俺に手を振った。
「まだ、恋次の気持ちに完全には答えられないし、藍染を完全に忘れられてない私にはあんたの気持ちに応えることなんてすごく失礼だと思う。でもさ、待っててくれる?私、あんたの気持ちに絶対応えるから、待っててくれる?」
その言葉だけで十分で、俺にはもったいないくらいの返事だった。
だから、なぁユアさん…
俺の目の前から離れてしまわないでください。貴女は、俺の生きる道しるべなんだ…。
昔から泣く所を見たことがなかった。
いつも笑顔で、他の連中と憎まれ口を叩きながら
それでも、時々ふと見せる悲しげな表情が
俺の頭から離れなくて
守ってやりたいと思った。
いつもの酒屋、いつもの個室。
乱菊さん、一角さん、弓親さん、檜佐木さんとユアさんと俺。
「修兵、弓親ーーー!!酒ないぞー!!」
おちょこを反対側にしてジェスチャーをする彼女はいつもの事で、笑いながら二人に絡むのもいつもの事。
「ちょっとユア。飲み過ぎなんじゃない?」
「そんなことないわよ!ねー!修兵~!」
顔を近づけて檜佐木さんにキスをしようとする。
「ちょ、っとっユアさん近い!近い!」
「えー、イイじゃないチューくらい!させなさいよー」
そう言って押し倒す彼女に、押し倒される檜佐木さん。顔は困っているというか、むしろ嬉しそうで、思い切りブチュー!っとされるその光景は、全然雰囲気も何もあったもんじゃない。
「む!!むむむむ!!!!」
―バン!バンバンバン!!!
「ユアさん…、檜佐木さん死にそうですけど…」
真横で繰り広げられるその光景を冷ややかな目で見る俺。彼女は檜佐木さんの鼻をつまんでそのまま唇を奪っているようで、息ができなくて苦しげにもがいている。
「ホントあんた、意地が悪いわねぇ!喜ぶどころか、修兵死んでるわよ。」
青い顔をしたまま、その場に横たわる先輩をユアさんはきょとんとした顔で見つめた。
「修兵、喜ぶより死ぬなんて…なんて失礼な男なの。」
「いや、それ、明らかにお前が悪いだろ。」
「えー?」
「えー、じゃねぇよ。このキス魔が。酒癖悪いのは相変わらずだな。」
「はぁ!?あんたみたいなハゲに言われたかないわよ!」
「ハゲじゃねぇ!」
「ハゲにハゲって言って何が悪いのよ!ハゲ!」
「連続で何回も言うな!」
今度は酒を置いて、睨みあう一角さんとユアさん。
「まったく、二人とも毎回美しくないんだから…もう少し美しくだね…」
「っさいわよ!キモナルシスト!!!!」
「もういっぺん言ってみようかぁ!ユアっ!!!!!」
カチンときて立ち上がる弓親さんもユアさんの元へあるいていって取っ組み合いが始まった。
「恋次。あんた、よくそこにいて平気ね。」
チビチビ酒を口に運ぶ乱菊さんが冷めた目で言う。
「いえ、むしろ助けてください。」
「だぁぁぁぁぁぁらっしゃあああああああああ!!!!!!!!!!」
「上等じゃねぇぇぇぇか!!!!」
「食らうわけないだろそんなものおおおお!!!!」
「がふぅうううう!!!!!」
微妙に、ユアさんの着地の失敗でかかとから腹へクリーンヒットした檜佐木さんが真横でご臨終していた。
―ピルルルルル…
ドタバタ暴れまわる三人をよそに、乱菊さんの隣で伝令神機が鳴った。
「あら…ユア~!伝令神機鳴ってるわよー」
「え!?あっ!ちょ、待った待った!一角、弓親、タイムタイム!!」
焦った表情をして慌ててそれを手にしてディスプレイを見ると、彼女は曇った表情をするなり部屋から出て行った。
「なんだあいつ…」
きょとんとした表情のまま、雰囲気の変わった彼女を皆で見送る。
その後を、乱菊さんがすべてわかっているような顔をして追って行った。
一度切ったのに、鳴りやまない伝令神機。
相手の名前は【非通知】でも、誰かは分かっている。『藍染惣右介』だ。
先の三隊長の裏切りの黒幕にあたる男。
そう、私達は『付き合っていた』のだ。
鳴り響く伝令神機を無表情で見つめる。あの日から、あの男から決まった時間に通話がある。でも、出たいとは思わなかった。自分の目的のために、部下や隊長や旅渦の子達を利用して果たそうとするモノが理解できなかった。何より裏切られた事が悔しくて…
「また…?」
横から聞こえる乱菊の声。私は苦笑いして答えた。
「出ないの?」
「あの人のいうことは目に見えてる…」
「そっか…」
誘惑して自分の元に来させる。恐らく、私の斬魄刀の力を欲しての事だろう。
愛ではないことはわかってる。あの日の彼の一言で、私は全てを察してしまった。
「まいったね…どうも…」
「ユア…」
本当なら、隊長格に報告しなくちゃいけないことなのだろうけれど私はそれを戸惑った。
一度は好きになった彼だから、もしかするとッて思っていた。でも…それはきっと私のエゴで勘違いも甚だしい事なのだろう。
だからこそどうするべきなのかがわからなかった。
「乱菊、私まだ…泥沼から抜けられないや…」
「何言ってんのよ。あたしだってそうよ…」
利用され続けようとする私と、最後の言葉の意味を理解しようとする乱菊。
伝令神機のディスプレイが音を止める。
立ち尽くす私達は、互いに苦笑いをして宴会の席へ戻っていった。
「ユア…かい?」
「そ…うすけ…?」
「そうだよ。」
最初、私は彼に泣いて訴えた。
どうしてこんなことをしたのか…
どうして皆を裏切ったのか…
どうして、私を置いて行ったのか…
聞きたいことは山ほどあった。私にとって彼は、愛する人として大切な人だったはずだ。彼も、ずっと自分を愛してくれているんだと思っていた。でも…
「そんなことは取るに足らないことだよ。君は、私の為に動いてくれればいい。私は君を愛している。君も、私を愛しているだろう?」
―取るに足らない…
「そっか……」
愛している。けど、それを信じて盲目的に彼を追って何になるのだろう。自分は利用されたのだ。その事実だけで結果は見えているじゃないか。
「君ほどの死神がそんなところで埋もれていていいのかい?ユア…私の所へ来るといい。君は、私の隣でこそ真の力を発揮する。」
落ち着いた、淡々と感情のない声でそういう彼は私の知るあのあったかさのある惣右介ではなかった。目的のためには手段を選ばず、そのためにはどんな姑息な手も使う…
私はあの時思い知ったはずなのに…
「なら、どうして…あの時一緒に連れて行ってくれなかったの?愛していたのなら、どうして…」
「なら、どうして君は私の手をあの時取らなかった…?私を…私の君への愛を一瞬でも疑ったからじゃないのか?」
「……」
「沈黙は肯定とみなされるよ。ユア…。君は…私の愛を疑ったのだ…。なら、その償いをするべきだ。」
応えられないのをいいことに、じわじわと追い詰めてられて、身体が震える。
どうして、こんなことを言うのだろう。
愛を疑ったのは貴方がその愛を疑わせたことにあるのではなかったか…それなのに…
「また、電話するよ。いい返事を期待している。私の為に、私の望みの為に…こちらへ来るんだ…」
ブツリ
無機質に聞こえた音。
流れる涙。
滑り落ちた伝令神機のディスプレイが暗い部屋を鈍い光と共に淡く照らしていた。
部屋から戻った彼女は、乱菊さんと一緒に少しテンションがおかしかった。
乱菊さんは、静かにずっと酒を飲み、ユアさんは無理に強い酒を飲み、叫び散らし暴れていた。
酔いが回って、つぶれるのは時間の問題で、いつの間にか俺の膝で横になる彼女はうっすらと涙を浮かべていた。
「おー、恋次…俺ら明日早いからよ。先に帰るぜ。松本!檜佐木か恋次に送ってもらえよ。じゃーな!」
珍しくテーブルでつぶれている乱菊さんは一角さんの声に片手でヒラヒラ反応を見せると突っ伏したまま動かなくなった。
「気持ち悪ーーっ修兵、水~!」
「乱菊さん飲みすぎなんですよ。送りますから、行きましょう。」
檜佐木さんに水を差しだされて唸りながら起き上がる彼女は、それをゆっくり飲み干すと帰る準備をし始める。
「ユア~。あんたどうするのー?」
「うー…もう少ししてから帰るー。動けないー…」
「あーっそ、先に帰るわよー。」
「うー…」
声だけ返事をして寝返りを打つ。
「恋次…悪いけど、その子よろしくね。あたし以上にべろべろだから…」
「あ、分かりました。大丈夫っス…」
そう言って檜佐木さんと出て行く乱菊さんの姿を見送ると、俺は膝で眠るユアさんの髪を梳いて撫で上げた。
「くすぐったいよ。恋次…」
くすくす笑う彼女は、酒のせいか顔をほんのり赤く染めながらそう言った。何度も梳いては撫でる動作。広い宴会場に二人だけな事がなんだか嬉しくて俺は口元をほころばせた。
「ユアさん…」
「何ー?恋次。」
下から見上げる彼女の顔を撫でた。気持ちよさそうに、でもどこか悲しげの彼女。はにかむ様な、悲しみを宿すその瞳を俺はどうにかしたかった。
「そんなに…寂しそうな…辛そうな顔しないでください。」
「どうして、そう思うの?」
「ずっと、見てたんですよ俺。貴女が好きだから…」
不意に、唇にあてられる彼女の手。聞きたくないとばかりに遮って起き上がる彼女は背中を向けて自分の肩を抱いた。
「やめて。それ以上言わないで。想わないで。」
「どうしてですか。」
「私は、好きになってもらう資格なんかない。」
彼女が何を抱えているのかは知らない。でも、その後ろ姿が妙に放っておけなくて俺は後ろから抱き締めた。
「好きになるのに、資格なんてないと思います。俺は、十一番隊にいた時から貴女がずっと好きで見てきました。」
「……。」
「ユアさん…俺…」
―ピルルルルル…
「っ!」
伝令神機の音にそちらへ視線を向ける。彼女の手に持っているそれのディスプレイを見れば、【非通知】を知らせる文字。
「出ないんですか?ユアさん…」
その相手が誰であるのかを分かっている様に、彼女は手にしているだけで全く出ようとはせず、見つめるだけで動かなかった。抱きしめながら言う俺は、腕に力を込めてもう一度彼女の名前を呼んだ。
「で、られなのよ…この電話に…」
「え…」
「惣右介から…ううん。藍染からの電話に出るわけにはいかないのよ。」
「っ!!!!」
伝令神機を部屋の隅に投げつける。
「行くな、行かないでくれ…」
「恋次っ」
あの男がしようとしていることなんて、察しがついていた。だから、このまま腕に閉じ込めて出られないようにすればきっと…
「行かないでください。絶対に、行かないでください。俺は…」
反復するように、只彼女に後ろから抱き締めてすがるしかなくてそれ以外の術も見つからず、鳴り響く伝令神機を傍らに力を込めて引きとめるしかなかった。
「もっと、強くなります。貴女の為だったら何でもする。だから、絶対に行かないで…」
彼女の彼氏でも思い人でもない。ずっと片思いの俺には心に突き刺さる言葉は軽いかもしれない。でも、俺にとってはずっと想ってきた大切な人で、説得なんか大した効果はないのかもしれないそれでも、貴方を失いたくはないのだ。
「ありがとう、恋次…」
「ユアさん…」
くるりと振り返る彼女は、少しばかり困った顔をしながら俺の腕にそっと手を置いた。
「あんたのおかげで、ようやくふっきれる…。」
「ユアさん…。」
「ははっ、想わないでって自分で言ったのに嬉しいみたい。私…」
頬に触れる手が、指が、唇が嬉しくて…
照れくさそうに笑う貴女が、その頬笑みを俺だけに向けてくれることが…
「可愛い後輩だったのに、いつの間にこんなに頼れる男になっちゃったの?」
「貴女の前では、いつだって頼れる男ですよ。俺は。」
「は、はは…くっさいせり…ふ…」
振り向いて、俺の胸で静かに涙を流す彼女。
いつも、おちゃらけててふざけたことばっかりしてて、そんなそぶり一度も出さなかった彼女の、強くあれとした本物の顔を見た気がした。
翌日、彼女は藍染の件を報告。
すぐに報告をしなかった事で、数日の謹慎を言い渡されたユアさんは思いの外すっきりした表情で、心配でついてきた俺に手を振った。
「まだ、恋次の気持ちに完全には答えられないし、藍染を完全に忘れられてない私にはあんたの気持ちに応えることなんてすごく失礼だと思う。でもさ、待っててくれる?私、あんたの気持ちに絶対応えるから、待っててくれる?」
その言葉だけで十分で、俺にはもったいないくらいの返事だった。
だから、なぁユアさん…
俺の目の前から離れてしまわないでください。貴女は、俺の生きる道しるべなんだ…。