誤解と犠牲
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力が欲しかった。
貴方の背中を守れるくらいの力が…
常に先を歩く貴方を
私は黙って見つめては
笑みを作る。
傍にいれることが幸せ
後ろを歩けることが幸せ。
でも、
隣を歩くことはできないの
貴方には大切に思うヒトがいるのだから…
「奪うことってさ…やっぱり自分も傷つくし相手も傷つくよね。」
「は?」
書類の整理が終わった私は、嬉しげに髪の毛を弄る弓親に言った。
「何?突然…どうしたの?」
「んー…何となくさ…どうも、このところ夢見が悪くて…」
ここ数日いやな夢を見る。
思い人である一角に振られる夢だ。
散々振り回されては、結局ポイッと捨てられてしまい、現在の彼の恋人の元へ行ってしまう夢。
「まだ、好きなの?いい加減にすればいいのに…」
「っさいな…。私だって忘れられるもんならそうしてるっつの。」
いつもの相談役の弓親がため息をつく。
毎度小声で行われるその密談は、はたから見れば恋人同士に見えるかもしれない。
「まぁ、彼女がいる限りは無理だろうね。君には…」
「ちょっと…軽く傷抉らないでよ。」
むっとした表情で言う私はいつもの事。
こいつは、私に気なんか使った事はない。
けれど、いつも正しい選択を私に指示す。
「君にはそのくらい言うのがちょうどいいんだよ。いい加減、恋次と付き合っちゃえば?」
「あんたも、大概しつこいわね…」
だからと言って、これだけは飲めない。
後輩であり、現在は副隊長の彼、恋次にはもうずいぶん前からアプローチされている。
それでも、中々彼と付き合うことができないのは近すぎて遠すぎる一角がいつもそばにいるからだ。
「望みがないのに好きでいるのはつらいと思うんだけどなぁ僕は…」
「あたしもそう思うわ。珍しく意見が合うじゃない。」
「だからさ…」
「却下。」
「素直じゃないなぁ…」
そう言って、髪の毛を再び弄る弓親。私は特に気にも留めず、先程まで見ていた人物を見つめた。
「恋次と一角、何話してるんだろうね。」
「さぁ、なんか朽木も来てるから長期の遠征の話でもしてるんじゃない?」
十三番隊の朽木ルキアと恋次が一角になにやら相談を持ちかけている。先の騒動で、現世行きの話が持ち上がっていることは知っている。おそらくその件での会話だとは思うのだが…不意に、恋次がこちらに顔を向ける。
「あ、なんかこっち来た。」
ポツリとつぶやく私達。一緒に近寄ってきた三人は私の前に来て緊張した面持ちで言った。
「あの、ユアさん…今回の現世行き一緒に行ってもらっていいですか?」
「はぁ?」
意を決して赤面しながら言う恋次に、私はそう聞き返した。
「話はわかった。けど、十一番隊の三席から五席がごっそりいなくなるのはどうかと私は思うんだけどね…」
事の話の一部始終を聞き終わると、私はそう言った。
「え、いや、弓親さんは別に…」
「僕も行く!!!!絶対行く!何だよ面白そうな会話に仲間外れとか信じられないんだけど!!!」
「はいはい。だからね三席から五席がごっそりいなくなるのはどうかと思うわけなのよ。」
とりあえず、落ち着けとジェスチャーをする私。興奮する弓親は強引に椅子に座らされる。
「ですが、今回の件では貴女の斬魄刀の能力が強く発揮されると思うのです。破面の能力は未知数ですが、1度刃を交えることでその能力が知れるわけですし…」
「敵の通常能力の二倍の力を跳ね返すユアさんの斬魄刀の能力が俺たちの隊務には必要でもってこいの力なんですよ。」
朽木ルキアと恋次がそう言うと、隣に座る一角は不貞腐れた表情をする。
「実戦で頼れる人は一角さんですけど、連中の能力に対して対応策がとれるとなると、やっぱりユアさんが必要なんです。」
「うーん…」
首をかしげて困ってしまう。
必要としてくれることは嬉しいしありがたいのだけれど、返ってきた時の事や長期任務に出ている間の尸魂界での隊務を考えると、長くあけることは難しい。
ただでさえ、隊長と副隊長が普段はいない状態が続いているのである。一角や弓親がいない間の隊務進行は今まで自分がやってきていたようなものであって…
「そんなに嫌なら、あいつ連れて行けよ。」
ポツリと一角の口から出た言葉。
「あいつって…笹草十席?」
「大丈夫なの?この間も、怪我して帰ってきたのに…」
弓親の言葉に視線をそちらに向ける。
彼女は一角の恋人だ。
斬魄刀の能力は私に近いものがある。数度のつばぜりで相手の能力を読み取り、無効化する能力だ。
「力を読み取って、どんなものか対策を講じるという名目ならあいつの力でも充分だろ。」
「でも一角…彼女はユア程の柔軟さはないよ?正直僕は反対かな…」
「あ?何事も実戦あるのみじゃねーか。」
悪態をつく一角に私は気まずい表情をした。
「あー…うん…じゃあその方向で…頼むよ。」
「ちょっと、ユアさん!?」
元々、恋次から話を聞いてる時から一角の機嫌が悪かった。おそらく私が一緒に行くこと自体不満があることなのだろう。
だからこそ、彼は彼女を推薦したのだと思う。
「ほら、私じゃなくても笹草十席がいれば破面との戦いも有利なものになると思うしさ…大丈夫なんじゃないかな…」
「俺は、あんたに来てほしいんですよ!どうして引き下がっちまうんですか!!」
両肩を持たれて説得をされる。
横から感じる笹草十席の視線が痛いくらい感じるのをなかったことにはできなかった。
「ごめんね。恋次…」
苦笑いして彼の手を振りほどいて立ち上がった。この空間にはいたくはない。
「おい、アリサ。来い。隊務の話だ。」
一角の声がする。
いつもの声とは違い、優しげな声。
そんな声…
ずいぶんと自分に向けられることなんてなくなった。
数日後、十番隊の日番谷隊長と乱菊、六番隊の恋次、十一番隊の一角、弓親、笹草と十三番隊朽木ルキアが現世行きが決定した。
私は、彼らが出発したその日に隊長より呼び出され九番隊へと異隊が決定してしまった。
「見細。きてそうそう悪いが現世任務だ。すぐに日番谷隊長らと合流しろ。」
副隊長にそう言われたのは一通りの準備を終えて新しい机を整頓している時だった。
「日番谷隊長?何かあったのですか?」
斬魄刀を片手に準備をする。
先日の一件以来、私は彼らに会いたくはなかったのだが…
「破面が予想以上の戦闘力を持っているようでな…お前の斬魄刀の能力が必要らしいんだ。」
「あのチームには十席の笹草がいたはずですよ。私が行かなくても問題はないはずですが…」
「それが、連中に一瞬で殺されたらしい。」
「っ!」
ぐっと、息をのむ。
同時に、救援へかけて行く。
「笹草十席の隊葬の準備を願います。」
斬魄刀を手に持ったまま、地面に転がる元同僚。弓親は、一瞥することなく淡々とそう告げた。
「元々、技量が違いすぎたんだ。四席のユアと十席の彼女と比べるまでもなかったはずなのに…」
選ばれたことに、嬉しさを隠せなかったのか彼女は破面達が現れたと同時に戦いの中調子に乗って向かって行った瞬間上半身丸ごと吹き飛ばされた。
「人選ミスな事はわかってたはずだよ。一角。」
事実を事実として受け止めながら目の前の破面と戦いを繰り広げる一角。弓親は、拳をぎゅっと握りしめる。
「もうひとつ、十一番隊第四席見細ユアを緊急救援対象として要請する。事は一刻を争う。一秒でも早く到着を願いたい。」
そうはっきりと言った言葉。
それは紛れもなく、この限られた力の中ではもはや彼女の斬魄刀の能力が最も必要なのではないかと弓親は答えを導き出す。
切られる回線。
足元に横たわる顔のない死体。
「早く、きなよ。ユア」
どうあがいたって、不利な状態なのだ。
今を乗り切るには、彼女しかいないと純粋に思ってしまった。
一角の卍解での戦闘が決着がつこうとしている頃。
爆発音が響く。
三席の攻撃が影響していていない別の場所でする大きな音。
そう彼女が始解し、能力を相殺した瞬間だった。
「はぁ、はぁ…」
「ユアさん…っ」
イールフォルトの攻撃を斬魄刀で防ぐ彼女は汗だくのままギリギリと俺と破面との間に入っていた。
「逝け、紫月!!!!!!」
「っ!!!!」
―ガイン!!!!ガギィィィィン!!!
「啼け、紫月!!!!」
―ボッボボボボボ!!!
強固な盾を目の前に発生させる。
それが、今目の前にいるこの破面に対する緊急の対応策だ。
「捲け、紫月。その身体を固定しろっ!」
「くっ!ぐっ!なんだお前はっ」
斬魄刀から発せられた、数十本の縄状のそれで破面を捲きつける。
「こんなもので、俺がやられると思っているのかっ!!!」
―ドォン!
―ビシュ!バリィィン!!!
「くっ!!かはっ!!!」
目の前の攻撃を防ぐどころか、逆にその巨大で鋭い角に身体を貫かれる。
「ユアさん!!!」
「うるさいっ!!あんたは、後退してなさいよ!!!」
限定解除の時間稼ぎのために、彼だけでも助けようと大した策もなく突っ込んでいったのが間違いだった。こいつは相当強い。
一段階目の紫月の能力ではおそらく太刀打ちできないだろう。
―だったら…
「騒げ…」
言いかけて、後ろにいた恋次の動きが止まった。
「隊長!恋次!!」
乱菊の声と同時に、私は力なく笑みを作る。
「っ!限定解除!!!!」
霊圧の上昇が一気に膨れ上がる。
「まに、あった…っ」
破面を攻撃撃破するのにその後時間はかからなかった。
「すみません、ユアさんっ…笹草が…」
「ぐっ…く、うん…知ってる…」
貫かれた場所が腹部を貫通しているのか、私は恋次を安心させるためにニコリと笑った。
「仕方ないよ…これは戦いだもの…」
行かせたことを悔いたってどうにもならない。現実を受け止めなきゃ奴らとの戦いには勝てない。生半可な気持ちで挑んだって返り討ちにあうだけだ。
「ヤバかった…ホントに…俺は、貴女を失うかと思った。」
それでも、この戦いを降りるわけにはいかない。私達は護廷十三隊の隊士の一人だ。
「ありがとう、恋次」
震える手で抱かれる。
傷が軽い恋次はしっかりと私を抱いたまま歩き出した。
―数日後
「ぶ!あははははははははははははははははあは!!!!!!!…げっほ!げっほ!あは、あはははははははははは!!!!!」
「笑いすぎなんだよお前ら!!!!」
「げほ!げほげほ!!ぶあは!!!あは、あは…げほげほ!!」
乱菊と一緒に一角と弓親の元へ行くとなんとも不可解なシャツを着ていたので思わず二人で爆笑した。
「ユアは笑い上戸だから大変だ。」
「先に笑ってたお前が言うなっ」
未だに震えて咳き込みながら爆笑している私をよそに、一角が弓親にツッコミをいれた。
一通りの波があってひと段落ついた後、私は乱菊と別れてマンションの外にいた。
弓親と一角がしばらくして姿を現した。
「ぶ!!まだ着てるんだそれ!」
「うっせーな。で、なんだよ。」
「うん…この間、笹草の隊葬儀式に出席してきた。」
「っ!」
ギクリとした顔をする一角に私は苦笑い。
「隊務の関係もあるから、一角や弓親は出られないのは知ってたから…元同僚として行ってきたよ。」
「…そうかよ…」
「ひどいもんだったね…身体が半分なかった」
「……」
「誰が殺したの?一角…」
鋭い視線を向ける。
拒否したのは私でもあり、選んだのは一角で、そして突っ込んでいったのは彼女だ。誰を責めるでもない。けれど、責めなきゃいけないと思った。
「俺が原因なのはわかってる。まさか、一瞬で死ぬとは思ってなかった。」
「予想外っていう言葉は使いたくはないけど…確かにあれじゃ十席ならひとたまりもないわね。」
ふぅ、とため息をつく。
「お前には悪いと思ってる。俺があんなこと言わなければ笹草は死ぬことはなかった。」
「ふざけないでよ。私はあんたに謝ってほしいから隊葬の儀式に行ってきたって言ったわけじゃないわ。」
「けどよ…」
重い空気が漂うなか、伝令神機が鳴った。
「はい、見細です。檜佐木副隊長。」
予想外の名前が出てきて、思わず顔を見合わせる二人をよそに、私は後ろを振り返り通話を続けた。
「おう、見細。この間は紫月での能力提供ありがとな。悪いが今日正式に辞令が下りた。しばらくお前も現世任務だそうだ。」
「いえ、気になさらないでください。そうですか…長期の任務なのはわかっていたのですが、副隊長の負担が増えるのが心苦しいですが了解しました。」
「とりあえずこっちは何とかなってるから平気だ。逐一報告はしてくれ。頑張れよ。」
「はい。失礼します。」
ぶつりと切ると、私はそのまま伝令神機をポケットにしまった。
「おい、どういうことだ?お前、異隊でもしたのか?」
「あー…そういや言ってなかったね。」
気まずそうに頭をぽりぽりかく私に二人は疑心の目を向ける。
「あんたたちがこっちに来た日に、九番隊三席に異隊になったのよ。」
「はぁ!?」
「だから、現段階であんたと同じ三席なの。」
目を丸くして聞き返す二人に、どうすればいいのか分からずしどろもどろする。
「じゃなにか?十一番隊に戻ってもお前が書類やってくれるとかそういう次元でもなくなってきてるってことか?」
「その発言どうかと思うんだけどね僕は…」
あきれた表情をする弓親のツッコミにうるせーと応える。
「まぁ、とにかく今日正式に辞令が下りて私も現世任務続行らしいから、よろしくね。」
そう言ってそこから歩いていこうとする。
「おい、お前寝床はどうするんだよ。」
「恋次と一緒に浦原さんの家でお世話になってるから平気よ。」
「平気なわけねぇだろ。お前わかってるのか?恋次だぞ?」
手を掴まれてそちらを向かせられる。振り向いた先の彼の表情は真剣そのもので、違和感を覚えた。
「恋次だから何なの?一角には関係ないじゃない。」
「関係ならある。」
「はあ?どんな関係よ。」
聞き返す私の腕を先程より力強く握られる。
痛みが走って短く声を上げると、一角はそのまま私を連れて歩きだした。
「一角…っ」
「わりぃ、すぐ戻る。」
引きずられるように歩き出す私を弓親はそのまま見送る。
「今更気づいてもねぇ…まったく…」
ぼやいた先の私達の姿は見えなくなっていた。
現世任務の話が来て、あいつの名前が出た時正直戸惑った。
破面との戦いにあいつの斬魄刀の能力が有利なことは少し前から気付いていたんだ。
柔軟性が高く、相手によって瞬時にその属性を変えられるユアの斬魄刀は護廷十三隊にとっても貴重な情報収集元にもなり得た。
けど、だからと言って恋次に口説かれていくことが許せなかったのかもしれない。
根がまじめなユアにとって隊の全体を考えるところはさすがだと思った。確かに、副隊長クラスから下三席から五席がごっそりいなくなることはかなりの手薄になり得るからだ。
「うーん」
悩むこいつを見つめては、先日別れたばかりの元恋人である笹草が目に入る。
浮気を繰り返し、俺とユアの中を強引に裂こうとした笹草には、今回の話はちょうどいいものだったのだろう。それに、同じような力を持つ笹草の事。うまく立ち回って生き残るだろうと思っていたのだ。
だから、悩むユアの隣で笹草を推薦した。恋次の推薦でユアと一緒に行くことはしたくなかった。一緒に隊務を行うことは嬉しい。戦えることも嬉しい。それでも、【恋次の推薦】でということが妙に引っ掛かって同意しかねていたのは事実だった。
「そんなに嫌なら、あいつ連れて行けよ。」
視線の先の人物はにっこりほほ笑むが、隣にいたユアの表情が一瞬にして曇ってしまった。
俺は気づかないふりをして話を進める。それが、あの日のあいつとの最後の会話であり、初めてみた悲しげな表情だった。
狭い路地裏まで連れてこられると、一角が私に覆いかぶさるような格好で見つめてくる。
「何よ。」
「恋次と一緒に住むな。」
明確に用件だけを告げる。
それが癪に障る。
「だから、あんたに関係ないでしょって言ってんの。」
「関係はあるって言ってんだろ。」
「何の関係があるのよ。保護者面しないでくれる?あたしが誰の世話になって誰と一緒に住もうと関係ないわ」
阻むように両手が壁についているそれを、私はくぐって帰路のつこうとする。
それが気に入らなかったのか、再び壁際に追い詰められた。
「あるって言ってんだろ!気づけよ!お前バカなんじゃねぇか!?」
「はぁ?意味わからないんだけど!気づくって何よ!笹草の事なら前から知ってるわよ!自意識過剰も程があるんじゃないの!?」
「知ってるなら気づけよ!どうして気づかないんだよ!俺を見ろ!」
「見てたじゃないのよ!今回の件だって、あんたが言ったから引きさが…」
言いかけて抱きこまれる。
意味がわからなかった。
確かに一角には笹草という彼女がいたはずだ。それなのに、死んだ彼女の事を差し置いてどうして私に触れてくるのかがわからなかった。
「は、なしてよ!!!あたしは、あの子の代わりになんてなるのはごめんだわ!!!」
叫ぶ私をよそに、その腕を緩めることをせずさらに強く抱きこまれる。
「変わりなんかじゃねぇ!俺が好きなのは、お前だ。」
「何っ…」
言ってる意味がわからなかった。
あんた、
彼女と付き合ってたんじゃなかったの?
「ねぇ、一角さん。アリサが見細四席の事いろいろ教えましょうか?」
たまたま二人きりになった資料室でそんなことを言われた。
「何言ってやがる。どうしてあいつの名前が出てくるんだ」
資料をあさりながら、返答をする俺に笹草は楽しげに答えた。
「ふふっ、だってぇ…一角さんてば見細四席を見る目がアリサの時と違うんだもの…」
悪戯っぽく笑うコイツはわざとらしく口元を隠してそう言った。
「だからって、お前にあいつの事を教わる義理はねぇな。お前よりも俺との方があいつとは付き合いが長いからな」
自信満々にそう言って資料の捜索を開始する。俺とあいつの間に、わからない事なんて何もないからだ。けれど…
「まったまたぁ!そんなこと言って、見細四席がどのくらいモテて、今現在どのくらいの人からアプローチがあるのかも知らないくせにっ!強がっちゃってぇ!」
そう言いながら、後ろから近寄ってくる笹草が、正直うざったく思えた。ユアと俺たちの関係はこいつには全く関係ないことなのに、そうしてこんなにしつこく話題を引き延ばすのか…
「ねぇ、一角さん…。知ってます?昨日見細四席、阿散井六席に告白されてたんですよ?」
「っ!」
振り返るとすぐ後ろにいた笹草は妖しげな笑みを浮かべて俺を見つめていた。
「しかも、返事は保留なんですって。アリサ不思議で仕方ないんですよね。…もうすぐ副隊長になる阿散井六席からの告白だなんて、願ったりなはずなのに、どうしてOKしないんでしょうか?」
「…し、らねぇ、よ。そんなもん」
柄にもなく、頭の中が真っ白になった。
あいつの事は何でも知っていたつもりだった。性格も、好きなものも嫌いなものも、好きな場所や好きなことだって…
けれど、俺はあいつが誰かのモノになるという事を考えてもいなかったのだ。
「一角さん…。アリサ、協力しましょうか?」
「…。」
「仮の彼女として傍に置いてくれるだけでいいんですよぉ。アリサそれだけで、見細四席の情報や二人の事調べてきてあげます!見細四席が私達を見てどう思ってるのか確認してあげますよ!」
自分でも、どうして笹草の誘惑に乗ったのかわからなかった。
けれど、一つ言えることはそれほど切羽詰まっててあいつを他の男に触れさせたくないと思ったんだと思う。
そもそもの間違いを、俺はキチンとあいつに伝えることもせず、普段通りだったあいつの態度に安心して、現状に甘んじていただけだったんだ。
だからと言って、このまま誤解されたまま恋次にユアを奪われたくはなかった。
一緒にいるならなおさらで、俺には苦痛でしかなかったからだ。
「違う…俺はずっとお前しか見てない。笹草との時だって、お前しか見てなかった。」
抱きこまれる腕が、力強くて耳元で聞こえる声が少しばかり震えていた。
「俺が悪いことはわかってる。試すようなことをしたのも俺がいけない。笹草を利用してお前の気持ちを図ろうとしたことも全部俺が悪い。」
「一角…?」
「けど、お前を好きな俺だけは否定しないでくれ。恋次にお前だけは、絶対渡したくはないんだ。」
語られた真実に、なんだかやるせなくて私はそのまま一角を抱きしめ返す。
「バカ…。」
その一言がどんなに重いものとして彼の心に突き刺さったのかはわからない。
私達は抱き合ったまましばらく動くことはなかった。
「一角ってさ、バカだよね…」
「どうしたの?いきなり…」
あれから数日、浅野くんのおねーさんとデートを強引にさせられている一角を弓親と二人で深々と帽子を被りつつ目の前のカップルを見つめながら私は言った。
「普通、こういうのはさ…好きな人がいるからとか言って断ればいいと思うのにね…あの服で、しかもね、曲がりなりにもこの間自分から好きだっつった人の前で、人間の女の子とデートしに行っちゃうって時点でおかしいと思うわけよ。」
「まー、その辺はほら、一角って硬派だからさ、義理とかそういうものとかあるんだと思うよ。」
「ちなみにあんただったら?」
「僕?はは!冗談。僕そういうの無理だから!」
「あんた、嫌なもんは嫌っていうもんね。聞いたあたしが間違ってた。」
唇を尖らせて、伝令神機を弄りだす私に苦笑いする弓親は無理やり腕を組まされている一角を不憫だなぁと一瞥する。
「まぁ、でも笹草の件もあるしね。誤解されるようなことは一切しないって言いたいんじゃないのかな?」
「あのひっつき方の時点ですでに、誤解されてもおかしくないわ。」
「まー、それもそうなんだけどね…」
転ばない様に、弓親の服の裾を握りながら伝令神機に夢中になる私。
「なにかあったの?」
「ん、恋次からデートのお誘い。」
「へぇ、行ってくれば?僕もそろそろ飽きてきたし、熱いし他人のデート事情見ててもつまらないし帰りたい。」
「だよねぇ…行ってこよっかなー…」
「行ってくればー?少ししたら僕もいなくなるから。」
二人して、でかい声で聞こえるように言うと、前を歩く一角がプルプル震えていた。
「んじゃ、後任せたわ!弓親!あたし恋次とデートしてくるわ!!!」
「うん!いってらっしゃーい!」
「って、んなこと俺が許すわけねぇだろがぁ!!!!!」
ぐるりと振り向いて、叫び声を上げる一角に二人でニヤニヤしながら目を見合わせた。
「お前、恋次に近寄るなって言ってるだろ!どうして、あいつと一緒にどこかに行こうとしてるんだよ!」
「別にいいじゃん~!あんたは浅野君のおねーさんとデートしてるわけだしさ。あたしが恋次と腕組んで出かけたところで何も言えないじゃん。」
「そうそう。現状ある意味公開処刑してるようなものだしね。彼女以外の人間と腕組んで出かけてる時点でさ。」
「ぐっ!」
「そもそも、どうして見せびらかされるように一緒についていかなきゃいけないんでしょうか?信じられませ~ん!」
「えぇ、僕もそう思います~!」
ねー!と二人揃って小首をかしげる私達にいい加減青筋が立つ一角。
―ガシ!!
掴まれる腕、抱きこまれながら一角ははっきりと言った。
「わりぃ、こいつと出かけてくる!帰りは遅くなるからな!!!」
「え、ちょっと!ダーリン!?」
制止も聞かず、二人でその場から去る私達。
弓親は機嫌よさそうに手を振りながら行ってらっしゃいと言って見送ってくれた。
一角との時間は貴重なもので
いつも楽しくないといけなかった。
辛いこともあった。
間違いもあった。
けど、私達は誰かの犠牲の上に常に立っていて
その誰かを背負いながら生活している。
想いを告げるのはもう少し先にする
だって、こいつの反応が楽しいから。
バカみたいに子供っぽくて
バカみたいにかっこよくて硬派で優しい一角
好きは簡単に言える。
でも言わないでやるの。
もう少し、こいつの反応を見て
楽しんでやるのだ!
貴方の背中を守れるくらいの力が…
常に先を歩く貴方を
私は黙って見つめては
笑みを作る。
傍にいれることが幸せ
後ろを歩けることが幸せ。
でも、
隣を歩くことはできないの
貴方には大切に思うヒトがいるのだから…
「奪うことってさ…やっぱり自分も傷つくし相手も傷つくよね。」
「は?」
書類の整理が終わった私は、嬉しげに髪の毛を弄る弓親に言った。
「何?突然…どうしたの?」
「んー…何となくさ…どうも、このところ夢見が悪くて…」
ここ数日いやな夢を見る。
思い人である一角に振られる夢だ。
散々振り回されては、結局ポイッと捨てられてしまい、現在の彼の恋人の元へ行ってしまう夢。
「まだ、好きなの?いい加減にすればいいのに…」
「っさいな…。私だって忘れられるもんならそうしてるっつの。」
いつもの相談役の弓親がため息をつく。
毎度小声で行われるその密談は、はたから見れば恋人同士に見えるかもしれない。
「まぁ、彼女がいる限りは無理だろうね。君には…」
「ちょっと…軽く傷抉らないでよ。」
むっとした表情で言う私はいつもの事。
こいつは、私に気なんか使った事はない。
けれど、いつも正しい選択を私に指示す。
「君にはそのくらい言うのがちょうどいいんだよ。いい加減、恋次と付き合っちゃえば?」
「あんたも、大概しつこいわね…」
だからと言って、これだけは飲めない。
後輩であり、現在は副隊長の彼、恋次にはもうずいぶん前からアプローチされている。
それでも、中々彼と付き合うことができないのは近すぎて遠すぎる一角がいつもそばにいるからだ。
「望みがないのに好きでいるのはつらいと思うんだけどなぁ僕は…」
「あたしもそう思うわ。珍しく意見が合うじゃない。」
「だからさ…」
「却下。」
「素直じゃないなぁ…」
そう言って、髪の毛を再び弄る弓親。私は特に気にも留めず、先程まで見ていた人物を見つめた。
「恋次と一角、何話してるんだろうね。」
「さぁ、なんか朽木も来てるから長期の遠征の話でもしてるんじゃない?」
十三番隊の朽木ルキアと恋次が一角になにやら相談を持ちかけている。先の騒動で、現世行きの話が持ち上がっていることは知っている。おそらくその件での会話だとは思うのだが…不意に、恋次がこちらに顔を向ける。
「あ、なんかこっち来た。」
ポツリとつぶやく私達。一緒に近寄ってきた三人は私の前に来て緊張した面持ちで言った。
「あの、ユアさん…今回の現世行き一緒に行ってもらっていいですか?」
「はぁ?」
意を決して赤面しながら言う恋次に、私はそう聞き返した。
「話はわかった。けど、十一番隊の三席から五席がごっそりいなくなるのはどうかと私は思うんだけどね…」
事の話の一部始終を聞き終わると、私はそう言った。
「え、いや、弓親さんは別に…」
「僕も行く!!!!絶対行く!何だよ面白そうな会話に仲間外れとか信じられないんだけど!!!」
「はいはい。だからね三席から五席がごっそりいなくなるのはどうかと思うわけなのよ。」
とりあえず、落ち着けとジェスチャーをする私。興奮する弓親は強引に椅子に座らされる。
「ですが、今回の件では貴女の斬魄刀の能力が強く発揮されると思うのです。破面の能力は未知数ですが、1度刃を交えることでその能力が知れるわけですし…」
「敵の通常能力の二倍の力を跳ね返すユアさんの斬魄刀の能力が俺たちの隊務には必要でもってこいの力なんですよ。」
朽木ルキアと恋次がそう言うと、隣に座る一角は不貞腐れた表情をする。
「実戦で頼れる人は一角さんですけど、連中の能力に対して対応策がとれるとなると、やっぱりユアさんが必要なんです。」
「うーん…」
首をかしげて困ってしまう。
必要としてくれることは嬉しいしありがたいのだけれど、返ってきた時の事や長期任務に出ている間の尸魂界での隊務を考えると、長くあけることは難しい。
ただでさえ、隊長と副隊長が普段はいない状態が続いているのである。一角や弓親がいない間の隊務進行は今まで自分がやってきていたようなものであって…
「そんなに嫌なら、あいつ連れて行けよ。」
ポツリと一角の口から出た言葉。
「あいつって…笹草十席?」
「大丈夫なの?この間も、怪我して帰ってきたのに…」
弓親の言葉に視線をそちらに向ける。
彼女は一角の恋人だ。
斬魄刀の能力は私に近いものがある。数度のつばぜりで相手の能力を読み取り、無効化する能力だ。
「力を読み取って、どんなものか対策を講じるという名目ならあいつの力でも充分だろ。」
「でも一角…彼女はユア程の柔軟さはないよ?正直僕は反対かな…」
「あ?何事も実戦あるのみじゃねーか。」
悪態をつく一角に私は気まずい表情をした。
「あー…うん…じゃあその方向で…頼むよ。」
「ちょっと、ユアさん!?」
元々、恋次から話を聞いてる時から一角の機嫌が悪かった。おそらく私が一緒に行くこと自体不満があることなのだろう。
だからこそ、彼は彼女を推薦したのだと思う。
「ほら、私じゃなくても笹草十席がいれば破面との戦いも有利なものになると思うしさ…大丈夫なんじゃないかな…」
「俺は、あんたに来てほしいんですよ!どうして引き下がっちまうんですか!!」
両肩を持たれて説得をされる。
横から感じる笹草十席の視線が痛いくらい感じるのをなかったことにはできなかった。
「ごめんね。恋次…」
苦笑いして彼の手を振りほどいて立ち上がった。この空間にはいたくはない。
「おい、アリサ。来い。隊務の話だ。」
一角の声がする。
いつもの声とは違い、優しげな声。
そんな声…
ずいぶんと自分に向けられることなんてなくなった。
数日後、十番隊の日番谷隊長と乱菊、六番隊の恋次、十一番隊の一角、弓親、笹草と十三番隊朽木ルキアが現世行きが決定した。
私は、彼らが出発したその日に隊長より呼び出され九番隊へと異隊が決定してしまった。
「見細。きてそうそう悪いが現世任務だ。すぐに日番谷隊長らと合流しろ。」
副隊長にそう言われたのは一通りの準備を終えて新しい机を整頓している時だった。
「日番谷隊長?何かあったのですか?」
斬魄刀を片手に準備をする。
先日の一件以来、私は彼らに会いたくはなかったのだが…
「破面が予想以上の戦闘力を持っているようでな…お前の斬魄刀の能力が必要らしいんだ。」
「あのチームには十席の笹草がいたはずですよ。私が行かなくても問題はないはずですが…」
「それが、連中に一瞬で殺されたらしい。」
「っ!」
ぐっと、息をのむ。
同時に、救援へかけて行く。
「笹草十席の隊葬の準備を願います。」
斬魄刀を手に持ったまま、地面に転がる元同僚。弓親は、一瞥することなく淡々とそう告げた。
「元々、技量が違いすぎたんだ。四席のユアと十席の彼女と比べるまでもなかったはずなのに…」
選ばれたことに、嬉しさを隠せなかったのか彼女は破面達が現れたと同時に戦いの中調子に乗って向かって行った瞬間上半身丸ごと吹き飛ばされた。
「人選ミスな事はわかってたはずだよ。一角。」
事実を事実として受け止めながら目の前の破面と戦いを繰り広げる一角。弓親は、拳をぎゅっと握りしめる。
「もうひとつ、十一番隊第四席見細ユアを緊急救援対象として要請する。事は一刻を争う。一秒でも早く到着を願いたい。」
そうはっきりと言った言葉。
それは紛れもなく、この限られた力の中ではもはや彼女の斬魄刀の能力が最も必要なのではないかと弓親は答えを導き出す。
切られる回線。
足元に横たわる顔のない死体。
「早く、きなよ。ユア」
どうあがいたって、不利な状態なのだ。
今を乗り切るには、彼女しかいないと純粋に思ってしまった。
一角の卍解での戦闘が決着がつこうとしている頃。
爆発音が響く。
三席の攻撃が影響していていない別の場所でする大きな音。
そう彼女が始解し、能力を相殺した瞬間だった。
「はぁ、はぁ…」
「ユアさん…っ」
イールフォルトの攻撃を斬魄刀で防ぐ彼女は汗だくのままギリギリと俺と破面との間に入っていた。
「逝け、紫月!!!!!!」
「っ!!!!」
―ガイン!!!!ガギィィィィン!!!
「啼け、紫月!!!!」
―ボッボボボボボ!!!
強固な盾を目の前に発生させる。
それが、今目の前にいるこの破面に対する緊急の対応策だ。
「捲け、紫月。その身体を固定しろっ!」
「くっ!ぐっ!なんだお前はっ」
斬魄刀から発せられた、数十本の縄状のそれで破面を捲きつける。
「こんなもので、俺がやられると思っているのかっ!!!」
―ドォン!
―ビシュ!バリィィン!!!
「くっ!!かはっ!!!」
目の前の攻撃を防ぐどころか、逆にその巨大で鋭い角に身体を貫かれる。
「ユアさん!!!」
「うるさいっ!!あんたは、後退してなさいよ!!!」
限定解除の時間稼ぎのために、彼だけでも助けようと大した策もなく突っ込んでいったのが間違いだった。こいつは相当強い。
一段階目の紫月の能力ではおそらく太刀打ちできないだろう。
―だったら…
「騒げ…」
言いかけて、後ろにいた恋次の動きが止まった。
「隊長!恋次!!」
乱菊の声と同時に、私は力なく笑みを作る。
「っ!限定解除!!!!」
霊圧の上昇が一気に膨れ上がる。
「まに、あった…っ」
破面を攻撃撃破するのにその後時間はかからなかった。
「すみません、ユアさんっ…笹草が…」
「ぐっ…く、うん…知ってる…」
貫かれた場所が腹部を貫通しているのか、私は恋次を安心させるためにニコリと笑った。
「仕方ないよ…これは戦いだもの…」
行かせたことを悔いたってどうにもならない。現実を受け止めなきゃ奴らとの戦いには勝てない。生半可な気持ちで挑んだって返り討ちにあうだけだ。
「ヤバかった…ホントに…俺は、貴女を失うかと思った。」
それでも、この戦いを降りるわけにはいかない。私達は護廷十三隊の隊士の一人だ。
「ありがとう、恋次」
震える手で抱かれる。
傷が軽い恋次はしっかりと私を抱いたまま歩き出した。
―数日後
「ぶ!あははははははははははははははははあは!!!!!!!…げっほ!げっほ!あは、あはははははははははは!!!!!」
「笑いすぎなんだよお前ら!!!!」
「げほ!げほげほ!!ぶあは!!!あは、あは…げほげほ!!」
乱菊と一緒に一角と弓親の元へ行くとなんとも不可解なシャツを着ていたので思わず二人で爆笑した。
「ユアは笑い上戸だから大変だ。」
「先に笑ってたお前が言うなっ」
未だに震えて咳き込みながら爆笑している私をよそに、一角が弓親にツッコミをいれた。
一通りの波があってひと段落ついた後、私は乱菊と別れてマンションの外にいた。
弓親と一角がしばらくして姿を現した。
「ぶ!!まだ着てるんだそれ!」
「うっせーな。で、なんだよ。」
「うん…この間、笹草の隊葬儀式に出席してきた。」
「っ!」
ギクリとした顔をする一角に私は苦笑い。
「隊務の関係もあるから、一角や弓親は出られないのは知ってたから…元同僚として行ってきたよ。」
「…そうかよ…」
「ひどいもんだったね…身体が半分なかった」
「……」
「誰が殺したの?一角…」
鋭い視線を向ける。
拒否したのは私でもあり、選んだのは一角で、そして突っ込んでいったのは彼女だ。誰を責めるでもない。けれど、責めなきゃいけないと思った。
「俺が原因なのはわかってる。まさか、一瞬で死ぬとは思ってなかった。」
「予想外っていう言葉は使いたくはないけど…確かにあれじゃ十席ならひとたまりもないわね。」
ふぅ、とため息をつく。
「お前には悪いと思ってる。俺があんなこと言わなければ笹草は死ぬことはなかった。」
「ふざけないでよ。私はあんたに謝ってほしいから隊葬の儀式に行ってきたって言ったわけじゃないわ。」
「けどよ…」
重い空気が漂うなか、伝令神機が鳴った。
「はい、見細です。檜佐木副隊長。」
予想外の名前が出てきて、思わず顔を見合わせる二人をよそに、私は後ろを振り返り通話を続けた。
「おう、見細。この間は紫月での能力提供ありがとな。悪いが今日正式に辞令が下りた。しばらくお前も現世任務だそうだ。」
「いえ、気になさらないでください。そうですか…長期の任務なのはわかっていたのですが、副隊長の負担が増えるのが心苦しいですが了解しました。」
「とりあえずこっちは何とかなってるから平気だ。逐一報告はしてくれ。頑張れよ。」
「はい。失礼します。」
ぶつりと切ると、私はそのまま伝令神機をポケットにしまった。
「おい、どういうことだ?お前、異隊でもしたのか?」
「あー…そういや言ってなかったね。」
気まずそうに頭をぽりぽりかく私に二人は疑心の目を向ける。
「あんたたちがこっちに来た日に、九番隊三席に異隊になったのよ。」
「はぁ!?」
「だから、現段階であんたと同じ三席なの。」
目を丸くして聞き返す二人に、どうすればいいのか分からずしどろもどろする。
「じゃなにか?十一番隊に戻ってもお前が書類やってくれるとかそういう次元でもなくなってきてるってことか?」
「その発言どうかと思うんだけどね僕は…」
あきれた表情をする弓親のツッコミにうるせーと応える。
「まぁ、とにかく今日正式に辞令が下りて私も現世任務続行らしいから、よろしくね。」
そう言ってそこから歩いていこうとする。
「おい、お前寝床はどうするんだよ。」
「恋次と一緒に浦原さんの家でお世話になってるから平気よ。」
「平気なわけねぇだろ。お前わかってるのか?恋次だぞ?」
手を掴まれてそちらを向かせられる。振り向いた先の彼の表情は真剣そのもので、違和感を覚えた。
「恋次だから何なの?一角には関係ないじゃない。」
「関係ならある。」
「はあ?どんな関係よ。」
聞き返す私の腕を先程より力強く握られる。
痛みが走って短く声を上げると、一角はそのまま私を連れて歩きだした。
「一角…っ」
「わりぃ、すぐ戻る。」
引きずられるように歩き出す私を弓親はそのまま見送る。
「今更気づいてもねぇ…まったく…」
ぼやいた先の私達の姿は見えなくなっていた。
現世任務の話が来て、あいつの名前が出た時正直戸惑った。
破面との戦いにあいつの斬魄刀の能力が有利なことは少し前から気付いていたんだ。
柔軟性が高く、相手によって瞬時にその属性を変えられるユアの斬魄刀は護廷十三隊にとっても貴重な情報収集元にもなり得た。
けど、だからと言って恋次に口説かれていくことが許せなかったのかもしれない。
根がまじめなユアにとって隊の全体を考えるところはさすがだと思った。確かに、副隊長クラスから下三席から五席がごっそりいなくなることはかなりの手薄になり得るからだ。
「うーん」
悩むこいつを見つめては、先日別れたばかりの元恋人である笹草が目に入る。
浮気を繰り返し、俺とユアの中を強引に裂こうとした笹草には、今回の話はちょうどいいものだったのだろう。それに、同じような力を持つ笹草の事。うまく立ち回って生き残るだろうと思っていたのだ。
だから、悩むユアの隣で笹草を推薦した。恋次の推薦でユアと一緒に行くことはしたくなかった。一緒に隊務を行うことは嬉しい。戦えることも嬉しい。それでも、【恋次の推薦】でということが妙に引っ掛かって同意しかねていたのは事実だった。
「そんなに嫌なら、あいつ連れて行けよ。」
視線の先の人物はにっこりほほ笑むが、隣にいたユアの表情が一瞬にして曇ってしまった。
俺は気づかないふりをして話を進める。それが、あの日のあいつとの最後の会話であり、初めてみた悲しげな表情だった。
狭い路地裏まで連れてこられると、一角が私に覆いかぶさるような格好で見つめてくる。
「何よ。」
「恋次と一緒に住むな。」
明確に用件だけを告げる。
それが癪に障る。
「だから、あんたに関係ないでしょって言ってんの。」
「関係はあるって言ってんだろ。」
「何の関係があるのよ。保護者面しないでくれる?あたしが誰の世話になって誰と一緒に住もうと関係ないわ」
阻むように両手が壁についているそれを、私はくぐって帰路のつこうとする。
それが気に入らなかったのか、再び壁際に追い詰められた。
「あるって言ってんだろ!気づけよ!お前バカなんじゃねぇか!?」
「はぁ?意味わからないんだけど!気づくって何よ!笹草の事なら前から知ってるわよ!自意識過剰も程があるんじゃないの!?」
「知ってるなら気づけよ!どうして気づかないんだよ!俺を見ろ!」
「見てたじゃないのよ!今回の件だって、あんたが言ったから引きさが…」
言いかけて抱きこまれる。
意味がわからなかった。
確かに一角には笹草という彼女がいたはずだ。それなのに、死んだ彼女の事を差し置いてどうして私に触れてくるのかがわからなかった。
「は、なしてよ!!!あたしは、あの子の代わりになんてなるのはごめんだわ!!!」
叫ぶ私をよそに、その腕を緩めることをせずさらに強く抱きこまれる。
「変わりなんかじゃねぇ!俺が好きなのは、お前だ。」
「何っ…」
言ってる意味がわからなかった。
あんた、
彼女と付き合ってたんじゃなかったの?
「ねぇ、一角さん。アリサが見細四席の事いろいろ教えましょうか?」
たまたま二人きりになった資料室でそんなことを言われた。
「何言ってやがる。どうしてあいつの名前が出てくるんだ」
資料をあさりながら、返答をする俺に笹草は楽しげに答えた。
「ふふっ、だってぇ…一角さんてば見細四席を見る目がアリサの時と違うんだもの…」
悪戯っぽく笑うコイツはわざとらしく口元を隠してそう言った。
「だからって、お前にあいつの事を教わる義理はねぇな。お前よりも俺との方があいつとは付き合いが長いからな」
自信満々にそう言って資料の捜索を開始する。俺とあいつの間に、わからない事なんて何もないからだ。けれど…
「まったまたぁ!そんなこと言って、見細四席がどのくらいモテて、今現在どのくらいの人からアプローチがあるのかも知らないくせにっ!強がっちゃってぇ!」
そう言いながら、後ろから近寄ってくる笹草が、正直うざったく思えた。ユアと俺たちの関係はこいつには全く関係ないことなのに、そうしてこんなにしつこく話題を引き延ばすのか…
「ねぇ、一角さん…。知ってます?昨日見細四席、阿散井六席に告白されてたんですよ?」
「っ!」
振り返るとすぐ後ろにいた笹草は妖しげな笑みを浮かべて俺を見つめていた。
「しかも、返事は保留なんですって。アリサ不思議で仕方ないんですよね。…もうすぐ副隊長になる阿散井六席からの告白だなんて、願ったりなはずなのに、どうしてOKしないんでしょうか?」
「…し、らねぇ、よ。そんなもん」
柄にもなく、頭の中が真っ白になった。
あいつの事は何でも知っていたつもりだった。性格も、好きなものも嫌いなものも、好きな場所や好きなことだって…
けれど、俺はあいつが誰かのモノになるという事を考えてもいなかったのだ。
「一角さん…。アリサ、協力しましょうか?」
「…。」
「仮の彼女として傍に置いてくれるだけでいいんですよぉ。アリサそれだけで、見細四席の情報や二人の事調べてきてあげます!見細四席が私達を見てどう思ってるのか確認してあげますよ!」
自分でも、どうして笹草の誘惑に乗ったのかわからなかった。
けれど、一つ言えることはそれほど切羽詰まっててあいつを他の男に触れさせたくないと思ったんだと思う。
そもそもの間違いを、俺はキチンとあいつに伝えることもせず、普段通りだったあいつの態度に安心して、現状に甘んじていただけだったんだ。
だからと言って、このまま誤解されたまま恋次にユアを奪われたくはなかった。
一緒にいるならなおさらで、俺には苦痛でしかなかったからだ。
「違う…俺はずっとお前しか見てない。笹草との時だって、お前しか見てなかった。」
抱きこまれる腕が、力強くて耳元で聞こえる声が少しばかり震えていた。
「俺が悪いことはわかってる。試すようなことをしたのも俺がいけない。笹草を利用してお前の気持ちを図ろうとしたことも全部俺が悪い。」
「一角…?」
「けど、お前を好きな俺だけは否定しないでくれ。恋次にお前だけは、絶対渡したくはないんだ。」
語られた真実に、なんだかやるせなくて私はそのまま一角を抱きしめ返す。
「バカ…。」
その一言がどんなに重いものとして彼の心に突き刺さったのかはわからない。
私達は抱き合ったまましばらく動くことはなかった。
「一角ってさ、バカだよね…」
「どうしたの?いきなり…」
あれから数日、浅野くんのおねーさんとデートを強引にさせられている一角を弓親と二人で深々と帽子を被りつつ目の前のカップルを見つめながら私は言った。
「普通、こういうのはさ…好きな人がいるからとか言って断ればいいと思うのにね…あの服で、しかもね、曲がりなりにもこの間自分から好きだっつった人の前で、人間の女の子とデートしに行っちゃうって時点でおかしいと思うわけよ。」
「まー、その辺はほら、一角って硬派だからさ、義理とかそういうものとかあるんだと思うよ。」
「ちなみにあんただったら?」
「僕?はは!冗談。僕そういうの無理だから!」
「あんた、嫌なもんは嫌っていうもんね。聞いたあたしが間違ってた。」
唇を尖らせて、伝令神機を弄りだす私に苦笑いする弓親は無理やり腕を組まされている一角を不憫だなぁと一瞥する。
「まぁ、でも笹草の件もあるしね。誤解されるようなことは一切しないって言いたいんじゃないのかな?」
「あのひっつき方の時点ですでに、誤解されてもおかしくないわ。」
「まー、それもそうなんだけどね…」
転ばない様に、弓親の服の裾を握りながら伝令神機に夢中になる私。
「なにかあったの?」
「ん、恋次からデートのお誘い。」
「へぇ、行ってくれば?僕もそろそろ飽きてきたし、熱いし他人のデート事情見ててもつまらないし帰りたい。」
「だよねぇ…行ってこよっかなー…」
「行ってくればー?少ししたら僕もいなくなるから。」
二人して、でかい声で聞こえるように言うと、前を歩く一角がプルプル震えていた。
「んじゃ、後任せたわ!弓親!あたし恋次とデートしてくるわ!!!」
「うん!いってらっしゃーい!」
「って、んなこと俺が許すわけねぇだろがぁ!!!!!」
ぐるりと振り向いて、叫び声を上げる一角に二人でニヤニヤしながら目を見合わせた。
「お前、恋次に近寄るなって言ってるだろ!どうして、あいつと一緒にどこかに行こうとしてるんだよ!」
「別にいいじゃん~!あんたは浅野君のおねーさんとデートしてるわけだしさ。あたしが恋次と腕組んで出かけたところで何も言えないじゃん。」
「そうそう。現状ある意味公開処刑してるようなものだしね。彼女以外の人間と腕組んで出かけてる時点でさ。」
「ぐっ!」
「そもそも、どうして見せびらかされるように一緒についていかなきゃいけないんでしょうか?信じられませ~ん!」
「えぇ、僕もそう思います~!」
ねー!と二人揃って小首をかしげる私達にいい加減青筋が立つ一角。
―ガシ!!
掴まれる腕、抱きこまれながら一角ははっきりと言った。
「わりぃ、こいつと出かけてくる!帰りは遅くなるからな!!!」
「え、ちょっと!ダーリン!?」
制止も聞かず、二人でその場から去る私達。
弓親は機嫌よさそうに手を振りながら行ってらっしゃいと言って見送ってくれた。
一角との時間は貴重なもので
いつも楽しくないといけなかった。
辛いこともあった。
間違いもあった。
けど、私達は誰かの犠牲の上に常に立っていて
その誰かを背負いながら生活している。
想いを告げるのはもう少し先にする
だって、こいつの反応が楽しいから。
バカみたいに子供っぽくて
バカみたいにかっこよくて硬派で優しい一角
好きは簡単に言える。
でも言わないでやるの。
もう少し、こいつの反応を見て
楽しんでやるのだ!