【連載中】幻界時間 ボロミア夢
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「これを洞窟へ、さほど重くはないから任せます。」
兵士に、食物を手渡すと私は外壁の手すりに身体を預けた。
「ふう…」
何事もないような顔をしながら、勝つか負けるかの戦いに備えるのは精神的にくる。アラゴルンやボロミアの安否がわからない今は、なんとか不安な顔をしないように戦いの準備をするしかないからだ。
私は息を再び吐いて、外を見つめた。
此処に来て初めてまともに外の世界を見た気がした。
「戦が無ければ…いいところだと思うんだよね。」
自らの世界と重ね合わせたって、此処は自然で満ち満ちていてとても美しく、素晴らしい世界だと思う。こんなに自然に囲まれた所で暮らせるこの世界の人間が羨ましいと思った。
「とはいえ、サウロンがオーク達を使ってここに存在しなければ…が前提になっちゃうけどね…」
苦笑しながら、私は再び要塞の外を眺めた。吹き抜ける風は強く、私の頬を通り過ぎていく。
「っ!」
ふと、姿が見えた。
馬に乗って、少し疲れた表情をする男の姿が…
ボロボロの、見覚えのあるっ…
懸命に走った。人をかき分けて。シノブも行ってしまい、ボロミアも居なくなった。加えて、彼まで守れなかったこと。それは、確実に許されないことだったからだ。
「アラゴルン!」
人だかりのできた門へ向かった。
心配していた人間が戻ってきた。
「本当に、お前さんは悪運が強い!」
ギムリはアラゴルンに嬉しそうに抱きついた。彼もまた、それを返すように応える。
「アラゴルンっ良かった…無事で良かった。」
勢い余って抱きつく私にも、彼は応えてくれる。
「すまない。心配かけた。」
「ううん。無事で良かった。」
「…っ…悪いがユア、ギムリ。王はどちらにいらっしゃる?」
視線を向けるギムリ。私は案内すると言ってアラゴルンとその場を離れた。
「…遅かったじゃないか」
笑顔で迎えるレゴラス。
「酷い格好だ。」
互いに笑いながら、エルフはアラゴルンのネックレスを手渡した。
「怪我もしているみたいだし。後で彼女に治してもらうといい。」
「あぁ、後で治療を頼むよ。ユア」
「うん。任せて!」
「ここにセオデン様がいらっしゃる。」
扉へ案内すると、アラゴルンはそのまま一人勢い良く入っていく。
「救世主のおでましか…」
堂々としたアラゴルンの態度に、私はポツリと呟いた。
この戦で彼が居なければ今回の戦いは駄目な気がする。そう思ったからだ。
「シノブも居ない。ボロミアも居ない。私は、何のために…」
それでも、時間は刻一刻と過ぎていく。戦いが始まるのだ。
「ユア…」
レゴラスに肩をたたかれて、私は振り向きざまに苦笑いをした。
「ごめん。ありがとう。」
辛いのは私だけじゃない。仲間の安否がわからない彼らだって辛いのだ。
「大丈夫。まだ、望みは捨ててないから。だから、安心して。」
諦めたらいけないと思う。
諦めたら、シノブにも失礼でボロミアにも失礼だとおもう。
だから、私は待つことにする。
無事に戻って来るまで。
「っ!」
ヘルム峡谷要塞で、私はセオデン陛下に頼み込んで、アラゴルンの治療を開始していた。
「あちこち傷だらけじゃないの。よく我慢してたわね。」
「水に打ちつけられたからね。身体じゅうが痛いよ。」
上半身裸の状態で、彼は苦笑いするっ。
「んしょっと、とりあえず今は少し時間があるし…治療と私の力をなじませるから…」
「あぁ。」
言うが早いか、私はナイフで指に傷を付ける。赤い液体が、指の腹で玉を作る。
「嫌かもしれないけど、舐めて。」
「お前の血をか…?」
「うん。」
本当は、1時間くらい私が彼の体に力をあてて、身体をなじませてから治療するのが一番なのだがそこまでやってる時間は正直ないし、勿体ないので強硬手段。
「数滴身体に入れてあたしの力を素直に受け入れさせる必要があるわけよ。でないと、しばらく痛みが続いて動きにくいよ?」
「異世界の人間とこちらの人間との違いか。」
「ま、そんなとこかな。」
「……分かった。」
すっと手を引かれて、私はアラゴルンの右の太ももに抱きかかえられるように座らされる。
―ピチャ
水音がして、彼に舐められていることを自覚する。少ししか切りつけていない私の指からはなかなか血が出てこない。
「やっ、なんかアラゴルン舐め方がイヤらしいんですけどっ」
「舐めろと言ったのは君のくせに何を言う。しかも、傷が小さくて血が出てこないぞ。」
「ちょっとまっ…―」
ナイフを手にして再び自分の指を切りつけようとした瞬間、ぞくりとした。
「こっ、腰を抱えるなっ!腰をっ!」
「君が動くからだろう。早く血を出してくれないか。」
「だから、ちょっと待ってってばっ…っ!」
先程より大きくつけた傷に、私の血がみるみる出てくるとアラゴルンはすかさずそれをなめとった。
数分後、私は彼の治療を開始する。
「急速に治療速度あげるから、痛いかもしれないけど我慢して。」
「あぁ、分かったよ。」
目を瞑る彼を確認して、私は短く息を吐くと傷の手当てを開始した。
「一万を越す大群?ウルク=ハイの?」
「あぁ…さすがに、ここにいる兵だけではどうにもならない。」
「援軍の要請とかは出来ないの?」
「それも提案したよ。だが、逆上されてしまってね…」
苦しげな表情をして、アラゴルンは身を起こす。
「ゴンドールには援軍は望めない。その事実が一番きたよ。お陰で、武器庫でレゴラスとも衝突してしまったし…最悪さ。」
「アラゴルン…」
「君を巻き込むことを詫びるよ。民と一緒に隠れてくれ。もしもの時は、逃げてくれて構わない。」
頭に置かれる大きな手。
私はそのまま被りをふった。
「バカね。私はあなた達を守るためにいるのよ。利用してよ。あなたが私を必要としているならなおのことよ。」
「だが、君は女性だ。戦いに出すわけにはいかない。」
「あたしはエオウィン姫みたいに、何かを残すことは出来ないわ。この世界にずっと留まれる術はないのよ。」
「ユア?」
「あたしという戦力がいらないと言うなら、今すぐどこかへ行けと命令しなさい。」
真剣だった。
女性扱いをされて守って貰うためにこの世界にいるんじゃない。私は民やみんなを守りたいからここにいるのに。
「いらないと、ただ口にすればいいわ。それだけで私の存在は消せる。」
アラゴルンを直視する。
今までにない迷いを孕んだ瞳に、私は幾分か動揺した。
―優しすぎてそれが仇になりそうな性格ね…まったく。
「君は、それでいいのか?逃げずに戦って死んでもいいのか?」
まだ決心の付かない気持ちを露わに、彼は問いかける。
「どう転がっても死ぬだけなら、全力で戦って死ねたら私は本望だし、守られるだけなんて御免だわ。」
「そうか…なら…」
―一緒に戦って欲しい。
君が、必要なんだ。
「喜んで。アラゴルン。」
握手を交わし、二人で笑みを作った。
これで、いい。
それが私の任務であり、使命だ。
私が求めることは、
いつだって我侭で
いつだって強引な
ものではなかった筈だった。
平凡で当たり前の愛情を求めていたはずなのに…
けど、いつだったか
その愛を、貪欲に欲したことで
他人を不幸にしていることに気づいた。
こんな思いは二度としない。
そう願っても…
気持ちの方はどうにもならなかった…
「ユア、アラゴルンから聞いたかい?君は洞窟への避難だって…。」
「あぁ…その件だったら、今さっき片はついた。私も一緒に戦うから、安心して。」
「そうか…良かった。」
「あはは…さっき、アラゴルンと衝突したみたいね。戦力差の件で。」
「あぁ…酷いことを言ってしまったんだ。私は一瞬でも彼を疑ってしまった。」
視線を下に向けるレゴラスに、私ははそっと彼の手を握った。
「信じて、信じられていくことがこの戦いを決めていくんじゃないかな。いつだって未来は自分の手で切り開いていくものだと思う。この厳しい戦況だって、きっといい方向に行く。だから、そんなに苦しそうな顔しないで。」
「君は、強いな。」
「レゴラスだって強いじゃない。」
「いいや、私はこうはいかない。君のようには考えられない。」
「――……仲間を失う気持ちを味わうのは私一人で十分だから…」
「え?」
聞き返された言葉には答えず、私は笑みを一つ作って武器庫へ歩き出す。
軽装ではなく、きちんと戦用の装備に変える為だ。
「生きようね。レゴラス…」
「あぁ。もちろんさ」
それからしばらくして、角笛が鳴り響く。
エルロンド卿からのエルフの援軍としてハルディアがエルフの軍をまとめて率いてきたのだ。
「君らを歓迎する。」
アラゴルンの嬉しそうな笑みと、驚きの色を隠せないセオデン陛下に、私は小さく笑う。
「貴女は、ユアですね。」
レゴラスの後ろにいた私に、ハルディアは問いかける。
「はい」
「この世界の為に、異界より参上したと伺っています。共に、戦いましょう。」
「はい!こちらこそ!」
「開門だ!開門をしろ!!!」
挨拶を交わした直後に、兵が声を上げる。
「どうしたのだっ!」
「陛下、門の前に馬に乗った男が二人ほど…」
声をかけると同時に、馬の足音が聞こえて私たちはそちらに視線を向けた。
「ボロミアっ!!シノブっ!!!!!」
二人が馬から降りたと同時に、私は勢いよく飛びついた。
「あ、いってぇ!ばっ…あぶねぇっての!!!悪いな。絶好の機会にムサイの二人の帰還でさ…」
「すまない。迷惑をかけた。」
「まったくだよ。けれど、無事でよかった。心配したよ。」
肩を叩きあいながら、私たちは陛下とハルディアにお辞儀をして要塞の中に入っていく。
「ユア、ボロミアの傷が完全じゃない。見てやってくれ。俺は疲れた。少し休む。」
「うん!…陛下っ!先ほどのお部屋をお貸しください。」
「かまわぬ。好きに使うといい。だが、戦の時間はもうすぐだ。長居は出来ぬぞ。」
「はいっ!」
そう言って、私はボロミアを先ほど治療していた個室に案内した。
「ユア」
「……。」
手を引かれて歩くボロミアは、おもむろに私を呼んだ。
「ユア」
「……。」
もう一度呼ばれたが、私は返事をしなかった。声を上げたら、泣きそうなのがばれてしまいそうだったから…
部屋の前まで来て、もう一度名前を呼ばれる。
「……何?」
少し声が裏返ると同時に、そのまま部屋の中に入った。
「何故、怒っているんだ?」
怒ってなんかいない。
怒るんじゃなくて、私は一生懸命に涙をこらえているだけだ。
あれほど探したかった人が、自分を見失うくらい大切な人がようやく戻ってきたのだ。
嬉しいし、泣きそうだ。でも、これからのことを考えたら泣く何てこと許されなかった。
「こっちを見ろ。」
「イヤッ」
「こっちを向いてくれ。ユア…。泣くな…。」
そのまま抱きしめられて、私は彼の腕の中にすっぽり収まってしまう。
暖かいぬくもりと、大好きな人の匂いに私はしゃくりを上げて泣いてしまった。
「心配…したっ。」
「あぁ」
「探そうとした。」
「あぁ」
「行けなくてごめん。」
「あぁ」
「待ってるの辛かった」
「あぁ」
「それから…」
「……生きててくれてありがとう。」
唇を重ねたのはどちらからなのか、
私たちは互いに触れるキスを繰り返す。
掟なんて関係ない
禁忌なんて関係ない
ただ、私は貴方が好きで
守りたくて
必要としていて…
頬を伝う涙。
無事に戻ってきてくれたことに感謝して
私はボロミアの服を力いっぱい握り締めた。
「行動に移すタイプじゃないと思っていたのだけれどね。」
「何がだ?」
個室の扉の前で、レゴラスとアラゴルンは壁に背を預けて持たれかかりながらぼそりと話し出した。
「あれ?エステルはあの二人の気持ちが通じ合うのを望んじゃいなかったでしょ?」
「なっ…何を…」
「少なくとも私は、あの二人がくっつくのは複雑な心境だけれど…?君はどうなんだい?」
「私には関係がないことだ。」
「関係ないねぇ…その割には、私以上に部屋の向こうの会話を聞いていたように思うけれど?」
すべて見透かしたかのようにニヤニヤ笑ってレゴラスは言う。
「素直じゃないね。君は…」
「悪かったな…」
配備の場所に歩いていこうとするアラゴルンの後を、レゴラスがついて行きながら再び口を開く。
「アルウェンとユア、君にとって今どちらが大きくなっているの?エステル…」
「私には関係がないよ。今はそんなことより目先のことだ。」
「ふーん…まぁいいさ。これから生きるか死ぬかの戦いが待っているんだから…あの二人の行く末はそれから考えてもいいと思うしね。」
「お前は、何を期待しているんだ?」
「カワイイユアが誰とくっつくのか、見ものでね…」
「はぁ…勝手にしろ」
「あぁ、勝手にするさ。この戦を早く終わらせよう。楽しみが増えたからね。」
「分かった分かった。私は先に行くぞ。シノブとも打ち合わせをしないといけないからな。」
逃げるように去っていくアラゴルンに、レゴラスは苦笑い。
「あーあ…素直じゃないな。本当に…。………悔しいのは、君だけじゃないんだよ。エステル…」
「何だよ。仲間の心配よりボロミアか?お前、大事な時に色気づくのも大概にしろよ。」
武器庫で装備を整えていたシノブは、悪態を付いた。
「別にそういうつもりはないけど…。シノブ、傷は大丈夫なの?」
「あん?あぁ、肋骨と腕か?別に今は何ともないぜ?」
「そっか…良かった。」
安堵する私をよそに、シノブは益々不機嫌になっていく。
「用が無いなら出ていけ…持ち場につけよ。早く行け。」
「シノブ!私っ…」
「うるせぇな!早く出て行け!」
大声で叫ばれて、誰もいない武器庫に彼の声が辺りに響き渡る。
「っ!」
驚いて目を見開くと、シノブはそのまま私に背を向ける。
「…掟を破ってまで、自分を見失ってまで行動するお前が俺には理解出来ない。」
「私は別に、掟を破ってなんかっ…」
―ダン!!!
腕を掴まれて壁に追いつめられる。突然のことで視界が揺れた。次の瞬間、シノブが覆い被さっていた。
「掟を破ってない?それはどういう意味だ?再三した忠告に耳を貸さず、のめり込んだのはお前だよなっ!」
焦るような、それでいて辛そうな色を含んだ瞳が揺れた。
「ナギサを殺したお前には、そんなもの必要ないっ!あいつを見殺しにしたお前には、そんなもの必要ねーんだよ!」
「っ!」
「覚えてるんだろ、本当は!持ち帰ってるんだろ?!本当は!」
「なっ…―」
「本当に、辛いと思ってるのかよ!本当に、悪いと思ってるのかよ!」
ぱたりぱたりと水滴が床に濡れる。
「俺は、お前を許せない。どうあっても許せない。口先ばかりで、同じ事を繰り返そうとするお前を、絶対許すことはできないっ!」
「彼女の事は悪いと思ってる!でも、あの時は仕方がなかっ…」
「仕方がなかったですんだら、悲しむ奴はいねぇんだよ!人1人殺しておいて平気なツラして軽く言うなっ!」
叫ぶシノブの顔は涙でぐしゃぐしゃで、確信を突かれた私は思わず、彼の手から逃れてその場を後にした。
「…ぐっ…ゲホっゲホっ!」
ユアが武器庫から居なくなった後、急に咳が出た。
「く…そ、もう駄目なのかっ…ゲホ、ゲホ!ぐっ!」
口を覆った手のひらは真っ赤に染まっていた。指輪も青黒く変色し始めていた。
「あぁ、やっぱり…」
限界が近い事は少なからず予想ができた。莫大な質量をボロミアの甦生にあてたからだ。
「まだ、もってくれ…」
せめて、この戦いが終わるまでは消えるわけにはいかない。ユアを守らなければ…
「まだ、消えるな、マスター…エレーナ。頼む。」
現界することも、力をフルに使うことも、弱りかかっている自分では大した役にならないかもしれない。けれど、せめてユアだけは、彼女だけには死んで欲しくはなかった。たとえ、足手まといの自分が死ぬことになったとしても…
「ゲホ、…守るから…絶対死ぬなっ!」
その結果、俺が消えても…
お前が生きているならば…
守るから。
絶対。
雷が鳴り始める。
稲光が空を染め、あたりに響く。
1万もの大群がヘルム峡谷に向かってくる音が、その雷の音に負けないくらい大きな音となって響いていた。
「敵さんも気合入ってやがるな…」
エルフ、人間に混ざりレゴラスらと共に弓を片手に待ちかまえながらシノブはポツリとつぶやいた。
「此処からじゃ見えん」
ギムリの言葉に、レゴラスがフッと笑みを作る。不意に、アラゴルンが私達の後ろにやってきた。
「お前さんの運が朝まで続くことを願うぞ。」
「友が一緒だ、アラゴルン」
「皆死ぬな…」
ボロミアの言葉に、皆コクリとうなづくとアラゴルンは私の肩に手を満足げに置いて去っていく。
徐々に先程より大きく響く足音、いつの間にかポツリポツリと雨が降り注ぐヘルム峡谷にふと空を見上げる。
「どちらにも不利な状況ね」
水が鉄を打つ音が次第に大きくなる。
多くの敵兵が近付いているこの状況で、シノブとの会話を思い出す。
『俺は、お前を許せない。どうあっても許せない。口先ばかりで、同じ事を繰り返そうとするお前を、絶対許すことはできないっ!』
「…っ…」
「ユア?」
隣に立っていたボロミアが心配げに私に話しかけてくる。
「大丈夫、なんでもない」
ぎゅっと握られる手に、私は苦笑いをする。
―大丈夫、どんな不利な状況でも勝てる。同じ轍は踏まない…
「生きましょう。大丈夫…。」
近づいてくる大群を睨みつけるように向き直る。
≪敵に一片の慈悲もかけるな!≫
≪慈悲を持たぬ敵だ!≫
アラゴルンが、エルフ達にそう叫ぶ。
緊張の糸がぴんと張り詰める中、ウルク=ハイ共が城壁前で合図とともにピタリと止まった。
号令のごとく、奴らは手に持つ『パイク』を地面にたたきつける。
「獣だなありゃ。」
「…。」
「なんだよ…」
先程の言い争いはどこへいったのか、何事もなかったように話しかけるシノブに、私はいぶかしげな顔をする。
「何も…」
そうこうしている間に、アラゴルンが剣を抜いて弓の指示を出すと、私達は一斉にそれを構えた。
鳴りやまぬ声に鳴りやまぬ大群の群れの音。極限まで張り詰めた緊張の糸は、いつしか震えと恐怖によって切って落とされる。一人のその緊張の糸と、震えによって…
≪待て!≫
倒れるウルク=ハイ一瞬の出来事だった。
『ぐうぉああああああああああああ!!!!!』
突撃と言わんばかりに叫ぶ声と共に、一気にこちらに向かってくる敵の群れ。
「ついに始まるか…」
叩きつける雨の中、セオデンは言った。
≪射ち方、用意!≫
迫りくる、大群に臆することなくアラゴルンの力強い声がこだまする。
「ユア…。」
敵を見つめたまま、シノブが話しかけてくると私はそのまま目線だけそちらに向けた。
「死ぬな、俺がお前を守る。」
≪放て!≫
「っ!」
アラゴルンの声と同時に、シノブの声が重なった。
「ユアっ!」
ボロミアの声に、次の弓矢を構えて一斉に引いた。
「よそ見すんな、バーカ!」
ぺロリといつものように、楽しげな笑みを見せて、そのままシノブも弓を構えては引くを繰り返す。
≪梯子だぞ!≫
城壁に近づいてくる敵が梯子を伝って向かってくると同時に、剣を取れと叫び声を確認する。
「ユア、生きろ。絶対に死ぬなよ。」
ボロミアの言葉に、私は再びコクリとうなづくといつもより小さく鳴るブライディルを構えて、襲い来るウルク=ハイに応戦した。
「はぁ!」
「ぐぅぉおお…!!!」
ザシュ!!
ごった返す、戦場で襲い来る敵を次々と斬りつけては城壁から外へ落とす。
「ぐ…くっ、っ…はぁ!」
ドンと、梯子を落とし次に迫ってくる敵を薙ぐ。
「レゴラス!2人やったぞ!」
「こっちは19人だ!」
「何!?」
いつもの調子で競い合うギムリとレゴラスの横で同じく梯子を落としながら戦うボロミアはウルク・ハイに同時に攻撃を受けるが、一歩下がると一瞬の隙を突いて奴らの頭を切りつける。
「お前ら、真面目にやれよ!」
剣の柄で、敵の兜をガイン!とはじいた刹那首に一突きした後にチャクラムで梯子からやってきたウルク・ハイを攻撃するシノブは2人にツッコミを入れた。
「シノブは何人目だ!?」
「しらねーよ!数えてられ…っかよ!」
ギムリからの挑戦をあしらうと、梯子をドカッと倒し、シノブは背中に来たボロミアに一瞬視線を向けると周囲にいる敵をチャクラムで斬りつけ倒していく。
「よぉ、ボロミア!怪我してねーかよ!」
「お陰様でなっ!はっ!」
口角を上げながら、攻撃を避けてはシノブはボロミアに続けて話しかける。
「せっかくの命だ。大事に使えよ!…こんなとこでへばられても困るからな!」
「分かっているさ。お前に言われなくてもな。」
「そりゃ結構!…うぜぇ!死ね!」
城門へ敵が盾を持ちつつ迫ってくる中、私は弓を持ちながら攻撃をしていた。アラゴルンの指示のまま攻撃を繰り返しては何体かの敵を落としていく。
≪レゴラス!倒せ!殺せ!!≫
不意に、焦りの色を含みながら仲間にそう何度も叫ぶアラゴルンに私はしばらくして振り向いた。
―刹那…
―ドゴオオオオオオオオオオン!!!!
「なっ!」
城壁が下から一気に爆発し、粉々に砕け散る。
「アラゴルン!!!!!」
叫ぶと同時に、空いた穴から一気に大群が押し寄せてくる。私は急いでそちらに向かうが、自分が到着するよりも早く倒れたアラゴルンの元へとギムリがダイブしようとする。
「ギムリ!!」
近くにいたシノブとボロミアが向かったギムリと共に、大群の群れへと飛び込んでいく。アラゴルンを助けようと向かった傍ら、共に降り立ったシノブは応戦したと同時に、一瞬動きを鈍らせる。
「チッ!クソが!ぐっ!…ゲホ!ゲホっゲホ!!」
「シノブ!!」
ボロミアの呼びかけが聞こえるなか、崩れ落ちる仲間に、私も慌ててそこに降り立つ。
「馬鹿っ!来るんじゃねぇ!!」
叫ぶシノブの声など耳を貸さず私はブライディル片手に水たまりに沈みこんだギムリを確認すると、いつの間にか鈍い光を放つその鳴り止まぬ剣を一気に勢いよく振りかざした。
―ゴォォォォォォ!!!!!!!!
「なっ…!!」
一直線に薙いだその衝撃破は空いた穴から先へと延びて行く。
「な…なんだ…そりゃ…スウェルの剣が…衝撃破だと?」
「くっ!!はぁ、はぁ…はぁっ!」
整わぬ息切れをしながら口元をぬぐいながら呆気に取られたシノブがつぶやく。アラゴルンやボロミア達もこの一瞬の出来事に目を丸くした。
「っ!か、構えろ!!」
だが、一度消えたはずの群れは再び多くの敵によってわらわらと同じように迫ってくる。
「っ…はぁ…はぁ…っ!!!」
「シノブ!ユア、避けろ!」
そうこうしている間に迫る敵に、大量の弓がウルク・ハイに襲いかかると、突撃!!とアラゴルンの声が響いた。
「ギムリ!」
ボロミアが、ギムリを泥水の中助け起こすと私達は、再び戦闘態勢に入った。
「ユア!シノブ!しっかりしろ!動けるか!」
足場を泥濘に取られながら、私は再びブライディル片手に応戦した。
「大丈夫!ごめん!もう、平気だから!」
「俺だって問題ない!一々うるせーんだよ!テメェの心配しろ!」
―ガギィィ…イィィン!!!!
先程と変わらず何食わぬ顔をしながらそう言うとシノブは鈍い動きをごまかすようによろめきながら攻撃をかわしていく。
「シノブ!無理しないで!」
「うるせー!黙って応戦しろ!気が散るんだよ!!!」
鈍い動き未だにする彼を気にしながら戦っていると、背後から迫る敵に私は一瞬気がつくことが出来ず反応を鈍らせる。
―ザシュ!
「ユアっ!今は目の前の敵にだけ集中しろ!深手を負う!」
ボロミアの声に私は我に帰ると首を左右に振った。
「アラゴルン!退却だ!!」
陛下の声に、アラゴルンがうなづき各々兵たちに退却の号令をかける。
「退却だ!退却しろ!!!」
大声で、各自に指示を出すアラゴルンに従いそれぞれ城まで退却をする兵たち。ハルディアや他のエルフ達にも指示を戦いながらアラゴルンは出していく。
「ハルディア!退却だ!」
叫ぶアラゴルンの声に、彼はうなづくが部下達に退却の命を出しながら戦う刹那、切られてしまう。
「ハルディア!!!」
咄嗟に向かうアラゴルンが彼のもとに駆け付けるが、すでにハルディアは息絶えていた。
先に、退却を開始した私達にレゴラスが言った。
「ユア、君はセオデン陛下と共に、門へ急いでくれ、私はボロミアとシノブで城の最上で戦う。城外が崩れた今、次に襲い来るのは人間が守備の上だ。」
「分かった!無理しないでね!」
襲い来る敵を軽く切りつけて倒しながら、私は今にも破られそうな門へと向かった。
―ワァァァァァ!!!
人でごった返した城門で、ウルク・ハイ共が中に侵入しようと押し迫って来る。
「ぐあ!!!」
「陛下!」
慌てて、そちらに向かえば傷を抑え込む陛下が苦しげに顔をゆがませている。
「粘る時間は!?」
「出来るだけ長くだ!」
その声にコクリをうなづいて、アラゴルンは外へ向かおうとする。
「アラゴルン!先に行って!これ以上敵が侵入できないよう、結界を張ってから行く!」
手を一瞬上げて、ギムリと先へ行く2人。
私は、ブライディルを壁に立てかけると青白く光る指輪に力を集中させ既に機能を失いかけている門に薄い壁を張った。手を伸ばして侵入しようとしたウルク=ハイは一瞬にして白い膜によってその身体ごと切断され、後から襲い来る奴らも、その膜によって攻撃を跳ね返される。
「しばらくはこの膜が攻撃を無効化しますが、あまり長くは持ちません!!早く修復にあたってください!!」
そう言い残して、慌ててアラゴルン達の後を追い既に時間稼ぎとばかり先に門の外で戦う2人の元へ私は飛んだ。
「すまない!それ自体はどのくらい持つ!?」
「あまり長くは持たないけど、修復するまでの時間は持つと思う!」
「そうか、すまない!」
そう言って、三人で門の前の敵をなぎ倒しては下に落とし門の前に近づけない様に戦う。
しばらくの後、引きあげろと指示出る。
タイミング良く、レゴラスの声が聞こえ2人はそのままロープにつかまり城壁をつたって行った。
「ユア!」
間隔を空けて、私もそのロープにつかまり私も後に続いた。
「ゲフ!ゲホゲホ!!」
一体、また一体とよろめきながら攻撃をするシノブに、ボロミアは彼の背中を守る様に応戦する。
「シノブ、その状態は尋常じゃない。先に城内に引け。」
「うるせ…っ!ぐ、く…う…らぁ!!!…こうでもしなきゃ、アイツの期待にもアイツを守ることすらできねぇんだよ!」
「しかし!」
「アンタを蘇生させると決めた時点で、限界時間なんか…ほぼなくなるのは目に見えてた。それでも、俺がアンタをあの状態から強引に引き戻したのはアンタが今後アイツにとって必要となると思ったからだ」
口元を擦りながら、シノブは変わらずフラフラになりながら応戦し話を続けた。
「俺の代わりに、アイツを守れ。俺の代わりに傍にいろ。いつ死ぬかも、元の世界に戻るかもしれない俺より、あんたにとって最も近くて大切な存在になり得たあんたなら、ユアを…っゲホ!ゲホ!!…はっ!くそ!アイツっ!!」
苦しげに咳をしたあと何かに気がつく様に、チャクラム片手に走って行くシノブにボロミアも追いかけて行く。
「シノブ!!!」
レゴラス達に引き上げられた私は城壁から身体を地面に着地させようとするが…
―ヒュン!!
「えっ…」
「がっ!!」
手をひかれて覆いかぶさる何か…
顔にポタリと滴る生温かい水滴…
「シ…ノ…ブ……?」
見開いて目の前を見れば、苦しげに笑みを作るシノブがいた。
「馬鹿…お前…今日何回…よそ見して…」
脇腹に刺さる、1本のボーガン。
口元から伝う血に、私は震えながら掠れた声を上げる。
「あ…あぁ…あ…」
「シノブ!!!!」
レゴラスや、アラゴルンの前で今までにないほど大きな声を上げて私は叫び声を上げた。