【連載中】幻界時間 ボロミア夢
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「王の命令である!全員ヘルム峡谷へ避難せよ!金目の物は置いていけっ身軽にしていくのだっ」
「…信じられん!ヘルム峡谷だと?自ら敵の罠にはまりにいくようなものではないかっ」
「あそこは以前にも避難場所として使われたことがあります。」
「…だが、一度踏み込まれれば逃げ場はない。むしろ、女子供まで皆殺しになる。」
馬舎へ向かいながら、ガンダルフはセオデンの決断に対してアラゴルンに怒りをあわらにしていた。
「セオデンは意志強固だが、今回はお主の力が必要になる。彼の助けとなり、側にいてやるのじゃ。セオデンは必ず、お主を必要とするじゃろう。」
「分かっています。」
真っ直ぐな瞳で頷くと、ガンダルフは満足したように頷いた。
同時に、馬舎て荷物を積んでいるユアやシノブを見つめた。
「あれは儂と近い魔法を自在に使う。この戦いにはなくてはならぬ存在になる。」
「はい。」
「探索がうまくいったら、5日目の夜明けに東の方より儂は戻る。それまで、持ちこたえてくれ。」
「はい。お待ちしてます。」
満足げに笑うとガンダルフは馬を蹴って馬舎を後にした。
「よいしょっと!」
ドサッと馬の背に荷物を乗せると、私はコキンと首を鳴らした。
「…うへぇ…今イイ音したわ~」
先程少しばかり睡眠をとったおかげで、大分体は楽になったものの、この世界に来て慌ただしい事には変わりはないこともあって体は随分と悲鳴をあげていたようだ。
「なんだなんだ…やはり女ということか?あれくらいでへばるとは、情けない。」
「何?ギムリ私に喧嘩売ってる?」
青筋を立てて返答すると、ギムリはうっと短い声をあげた。
「ギムリは心配してるんだよ…君は女性だからね。」
「私、これでも剣の腕はピカイチなんだけど…」
ホレっとブライディルを引き抜くと、私はギムリの顔スレスレで剣を止めた。
「俺とレゴラスは、お前さんの戦ってる姿は見てないからな。それだけじゃ分からん。」
「うーわー。性別差別だよ。ドワーフとエルフが虐めますよ。何それ私泣いちゃうよ?」
「ギムリはともかく、君に泣かれるのは困るな。」
「なら虐めないでよ。」
ぷりぷり怒る私にレゴラスは苦笑いをする。
「本当に虐めているつもりはないんだ。心配してるだけなんだよ。君は女性だし、シノブ同様この世界にきて、殆ど休みなしだ。だから心配してるだけだよ。」
そう言って、私の頭をくしゃりと撫でるレゴラス。私は彼の顔を見た後押し黙ってしまう。
「女はイケメンには弱いからな。」
「黙れ。ツンデレ!」
「いてっ!」
ボソッと背後で聞いていたシノブに回し蹴りをお見舞いする。
「お前達…緊張感の欠片もないぞ。」
はぁとため息をつくアラゴルンに、私は思いの外笑顔で答える。
「今から気なんか張ってどうするの…疲れるだけじゃない。」
「…そうは言っても適度に緊張をしておいた方がいい。何があるか分からないからな。」
「……。了解。シノブ、チャクラム刃こぼれしてない?」
「…いいのかい?あんな事言って…彼女なりに気を使ってるつもりだよあれは…」
「気?…そんなわけないだろう。」
「敬語」
ため息をつくレゴラスに、話を後ろでずっと聞いていたボロミアが口を挟んだ。
「は?」
「出会った頃と違ってかなり砕けて話すようになった。…あれは本人なりに気を使ってのことだろう。」
「………。」
「これから命を賭した戦いになるというときに、自分にまで気を使って欲しくない。あの態度はそういう意図からきているんだろう。」
「………。」
アラゴルンは馬舎の奥でローハンの兵と話している彼女を一瞥すると、ユアのいる場所とは逆の方向へ荷物を持ったまま歩いていってしまった。
「何だ。珍しいね。君が私の所にくるなんて。ボロミアとシノブはどうしたんだい。」
エドラスからヘルム峡谷へ行く途中、私は偵察をしつつ先を歩くレゴラスについて歩いていた。
「ん。なんだか道中、2人で話がしたいってボロミアに追い出された。」
「ボロミアがシノブに?妙なこともあるもんだね。どうかしたのかい?」
「………ん、どうも…なんにもないとおもう。」
先の彼にすがって泣いた事を思い出す。
自らの過去を暴露した事は記憶に新しい。
けれど、あれはあれなのだ。シノブは記憶がないと思っているし、ボロミアが彼に何かを言うことなどないのだ。私は、頭に疑問符をつけながら、レゴラスの隣を歩いた。
「…何もないのに仲間外れにされているのかい?」
「理由がわからず仲間外れだよ…まあ、とりあえず道中は貴重で珍しいエルフのレゴラスと行くよ。お話していこうよ。」
「あぁ…構わないよ。私も一度君とゆっくり話をしてみたかったんだ。異界の話や君の事、この中つ国をどう思ってくれているのかね。」
整った顔が綺麗に微笑む。
「…うん。私の話で良ければいくらでも。レゴラスの話も聞かせてね。」
「あぁ、勿論だとも。」
「………………」
「………………」
民の歩く列の後ろの方で歩くシノブとボロミアは隣で馬に乗り歩いているというのに、沈黙を守っていた。
「……………」
「……………」
わざわざパートナーであるユアを自分達から引き離したくせに、なかなか口を開かないボロミアにシノブは彼を睨みつける。
「…チッ……いい加減にしろ。あんた、俺から何が聞きたいんだ?」
とうとう悪態をつく。
ボロミアはタイミング良かれと口を開く。
「一つ…聞きたいことがあるんだ。」
「…あ?」
元々目つきの悪いシノブは、その言葉に更に目を鋭くさせた。
「………お前達は、任務とやらが終わったらどうなるんだ?」
「は…?」
間抜けな声をあげて聞き返すシノブ。
「…つまり…その…任務が終わったら、この世界からいなくなるのか?」
もごもごと口ごもる。
「あぁ、なる程そういう訳か…。つまりあんたはユアがこの世界に留まれるか否か聞きたいわけだな。」
「…………」
沈黙を肯定の意味と取って、話を続ける。
「…お察しの通り、俺達はこの任務が終われば中つ国から…この世界から消える。それは組織に属する俺達のルールであり鉄の掟だ。」
「……く…っ…」
「あいつは俺達組織の中で上位の人間だ…。この世界に留まる事はまずないな。」
悔しそうに唇を噛み締めるボロミアにシノブは追い討ちをかける。
「安心しろよ…俺達が居なくなった時点で、お前等も俺達の事を綺麗さっぱり忘れちまうから…」
「な…それは…じゃあお前達は、忘れ去られる世界の為に体をはって戦っているというのかっ」
「しょうがねぇのさ…それが俺達の存在理由だからな…。」
思いの外淋しげに笑うシノブは、空を見つめたまま話を続ける。
「どんなに死地をめぐっても、どんなに友情を深めても、俺達は忘れられてしまうんだ。たとえ互いに深く愛しあっても…俺達は居なくなる。そして、その世界から最初からリセットされてしまうのさ。」
「俺は…」
「ユアを好きなら止めておけ…自身を、何よりあいつを苦しめるだけだ。」
閉ざした蓋が固く、固く締められた気がした。
「あ…レゴラス、ギムリ。はい、あげる。」
「有難う…美味しそうだね。君が作ったのかい?」
「一応ね…」
野営地でエオウィンとスープを作った私は今日1日ずっと一緒にいたレゴラスとギムリにスープを渡した。
「…なんだお前さん料理が出来たのか。意外だな。」
「意外は余計…」
ムッと表情を変えながら、答える。ギムリは口ではそんなことを言ってはいるが、渡したスープをペロリとたいらげた。
「美味しかった?」
「うむうむ。なかなかだったぞ。」
「素直に褒めればいいのに…」
呆れた顔をしてレゴラスが言うと、ギムリは顔を真っ赤にしてうるさいと一言。
私はそれをみて笑った。
「…美味しかったのなら何よりだよ。とりあえず旅の仲間には配るつもりなんだ。」
「へぇ…ボロミアにはまだなんだ?」
意味深な発言をするレゴラス。
一歩後ずさって、岩場に腰掛ける。
「うっ!…これから渡すんだよっ…」
「ボロミアなら、向こうの湖畔にいるよ。途中、アラゴルンがいるから、ついでに渡していくといいよ。」
指を指して、エルフの目で見るレゴラスに私は有難うと礼を言って立ち上がる。
「うん…有難うレゴラス。また、お話しようね。今日は楽しかった。」
「あぁ…是非とも。私もユアと話ができて楽しかったよ。」
手を振って教えて貰った方向へ歩いていく。
「…アラゴルン。スープはいかが?」
「……ス…スープ…?」
「……何その顔。」
気まずい顔をして視線を泳がす。
器に入れたスープはいい匂いがした。
「ユアが作ったのか?」
「私意外の誰がいんのよ。」
不機嫌そうに言う私に、諦めたようにそれを受け取るアラゴルン。
「………う…美味いな。」
「そんなに怯えながらのまないでくれる?」
「あぁ、すまない今さっきエオウィン姫のシチューを飲んだばかりで…」
「……………………不味かったんだ。」
青ざめた顔をして無言で頷く。
私は苦笑いをして、もう一度スープを彼が持つ容器に入れた。
「何か聞かれたの?」
「あぁ。昔セオデン陛下と旅をした話を…。」
「年の話?」
すかさず突っ込む私に、アラゴルンが今度は苦笑い。
「君は本当に勘が鋭いな。」
「任せて。よく言われる。…で、いくつなのアラゴルンは。」
「……87歳………」
「ドゥネダインて凄いんだ。長寿だね。」
「ははは…」
関心したように言う私に彼はから笑いをして再びスープに口をつける。美味しそうに食べてくれているようで私は笑顔で伸びをした。
「…さて、それじゃあ私は次に行ってきます。食べ終わった容器は置いておいて。帰りに取りにくるから」
「あぁ、分かったよ」
初めて優しげに笑うアラゴルンに微笑み返すと、私は先を急いだ。
「…まぁ、それでは貴方はゴンドールの執政、デネソール殿のご子息なのですね。」
「あ、あぁそうだ。」
後ろ姿と声でそちらに顔を向けると、楽しそうに笑うボロミアとエオウィン姫が並んで会話をしていた。
「…アラゴルン殿はドゥネダインの生き残りと伺いました。いずれは貴方も執政に?」
「そうだな。いずれは…。だが、今は目先の事が優先だ。アラゴルンも俺も、他の仲間達も、全力でローハンの為に戦うぞ。」
「頼もしいです。私も共に戦っていきますわ。」
にこやかに笑う美男美女。岩陰で会話を聞く自分では入れない空気だと察する。
「ところで…先程シチューを共に作っていた時に気になったのですが、ユア…彼女と貴方達はどのような関係なのですか?」
「…ユア?………あぁ、彼女は異世界からこの中つ国の為に来た異世界人だ。」
「異世界…?本当に?」
エオウィン姫が目を丸くしてボロミアに聞き返す。彼は短く返事をしながら頷いた。
「信じられないだろうが本当なんだ。彼女は、シノブという男と共にこの世界に来たんだ。」
「…まあ。本当ですか?」
「…っ」
何故か彼が自分達の素性を話したことに、ショックを受けてしまった。この世界にいる限り私達の説明をするにはそう話すしかないことは分かっているのに…
―わがままな自分がイヤになる。
「おい…バカユア。そんな所で何してるんだ?」
相変わらずの口調のシノブに私は顔を横に向けた。
「お…何だいいもん持ってるな。俺にくれ。腹が減って仕方がなかったんだ。」
「…………」
瞳をキラキラさせながらそう言うと、持っていた器を奪い取って容器にスープを入れた。
「ん…うめぇ…!もう一杯!」
「ダメ。量少ないんだから終わっちゃうでしょ!」
「あん?別にいいだろ?誰かにやるわけじゃねーんだし…くれよ。」
そう言ってシノブは器にスープを入れようとする。
「だ…ダメだってばっ!まだ全員に配ってないんだからっ」
「全員?ってお前なぁ…ボロミアにはやめておけよ。」
「なっ…なんでよ。」
突然出てきた名前に思わず動揺する。
シノブは頭をガシガシとかくと、言いにくそうな顔をした。
「なんでよ…か。お前、組織の掟を忘れた訳じゃねーよな?」
「は?当たり前でしょ。忘れるわけないじゃない。こう見えて異世界経験長いのよ私。」
「そうじゃねぇ…そうじゃねぇよ。お前の心情と掟の話。」
すかさず出た彼の言葉に私は動揺する。
「なにっ…」
「俺達はこの世界から居なくなる。…一時の心情で動いて辛くなる事をわざわざするな。お前があいつに近ければ近いほど忘れることが辛くなる。」
「そんなのっ!」
「ないとは言い切れないだろーがよ。」
「…っ…」
遮られるようにいわれた言葉に、私は押し黙ってしまう。別れが辛いのは誰しも一緒で、私達は彼らを忘れなければいけない。先に見えるその現実を、いつかは再び受け入れなければいけないのだ。
「それでも…。それでも私は、後悔なんてしたくない。いつか忘れてしまう人でも、後悔しないように全力を尽くすし、絆を深めていきたい。」
シノブの彼女のように、突然の別れは辛すぎる。
「あーそうかよ…勝手にしろっ」
元来た道を歩いていくシノブの後ろ姿に、私はお辞儀をした。自らの罪と決心を抱いて…
「ボロミア様?」
ふと視線を感じて其方へ向けた。振り返ると同時に、視線の先の人物と目が合い、私はそれを逸らした。ボロミアが思いつめた表情で此方を見つめていたからだ。手にしていたスープを渡しに来たのに、足が動かずそのまま棒立ちになってしまう。
「ユア。」
隣にいたエオウィン姫に詫びを入れたのか、彼はそのまま私に近づいてきて名前をよんだ。
「どうしたんだ?なにか…シノブに何か言われたのか?」
「え。ううん。ちょっと任務の話してたの。」
「そうか…」
少しばかり寂しそうな顔をして、ボロミアはいう。
私は居たたまれなくなって、手にしていたスープを差し出した。
「ボロミア、これ。良かったら飲まない?」
「俺に…?」
「うん。他の旅の仲間には配ったんだ。ボロミアにはまだだったから…配りに来たの。」
「そ、そうか…」
嬉しげに笑みを浮かべたが、すぐに切なげな表情に戻るが、私はあえてその事に触れなかった。
「遠慮なく頂くよ。」
「うん。」
器に入れたスープを入れる。
緊張しているのか、自分の腕がカクカクと震えた。
「ユア焦らなくてもいいから…」
「あ…ありがとう。」
そう言ってなんとか手渡すと、彼はスープを一口飲んだ。
「うん…美味いな。」
優しい笑みを見せるボロミアに、自然と私も笑顔を作る。
「良かった。」
その優しい笑みの為に、貴方の為にここにいる。
私は、貴方の為ならどんなに辛いことでもしようと思う。
この『限界』が尽きるまで…
夜が明けると、私達は再びヘルム峡谷へと歩き出した。
昨日に続いて、私はレゴラスの強いススメもあってか、強引に先頭を歩いていた。逆に、シノブはボロミアと最後尾の位置に配備という形になった。
私達は魔法に近いものを使えるから、先頭に私がいるなら、最後尾にはシノブが…。アラゴルンの提案だったのだ。
「それにしても意外だね。」
「何が?」
私の横で、軽々と歩くレゴラスに聞き返す。
「ボロミアだよ。昨日、あれから渡したんだろ?スープ。」
「え、あー…うん。あげただけでほとんど話さなかったし…何もないよ?ボロミアとは…」
「…ふーん。私は今日の提案、反対されると思ったのだけれど…」
意味深な笑みを浮かべると、私の背をポンと叩くレゴラス。
「…まあ、頑張れ。」
「ちょ…あのね。わけわかんないんだけどっ……レゴラス?」
何もない方向をジッと見つめると、彼は真剣な表情をして弓を構える。
―キィィィィィィィィィィィ…
ブライディルが闇に共鳴して鳴き始めると、同時に声が聞こえた。
「ワーグだ!!!!!!!!!!」
突然聞こえた声に、慌て出す民。
私は様子を見に来たアラゴルンと先を行くレゴラスの後を追った。
「ギャン!!!!」
「レゴラス!!!!!」
「斥候だ!!!」
オークを斬り付けた後、エルフがそういった。
背負っていた弓を持って、レゴラスと崖上に走っていく。
「ユア。その弓の腕は確か?」
「弓?うん、まあそこそこ…」
「頼りにしているよ。オークとワーグ、結構な数だ。」
「任せて。」
―ギュン!!!!
勢い良く引かれる弓にオークがすごいスピードで落ちていく。
―ギュン!!!!
もう一度射ると、今度は別のワーグに当たった。
「流石!お見事。」
「ありがと。でも、レゴラス程百発百中じゃないよ。」
「そりゃあね。私は目がいいから余計だよ。」
「なるへそ!とりあえず、アラゴルン達が来るまで何とか減らそう。出来る限りっ」
話ながら、弓を射る事を忘れず私達は向かって来るオークを数体撃退する。
その間に、ギムリ達が馬に乗って到着し、ワーグに向かいながら、レゴラスがギムリの馬に乗り先に向かった。
「ユアっ」
後方に聞こえたボロミアの声に、私は振り返って手を差し出した。
「ありがとう。丁度移動に不自由してたの。」
「いいや。剣の用意は大丈夫か?」
「OK、任せて!」
静かに鳴り響くブライディルを握り締めて、私は彼の後ろで剣を構えた。
同時にセオデン陛下の突撃の合図に、兵達が声を上げる。
「は!!」
飛び掛ってくるワーグを凪ぐように斬る。
ブライディルで斬りつけたワーグの体がどさりと重い音を立てて倒れた。
すれ違いざまにもう一匹が私達に襲いかかってくる。
私はワーグの口に剣を付きたてる。
乗り手であるオークをボロミアが倒し、馬の足は次の敵へ向かっていく。
「あっ!!!」
斬りつけたオークに足をつかまれて、私は短い声を上げる。尻餅をついて、慌てて立ち上がろうとした瞬間、斬りつけられそうになり、なんとかそれを防いだ。
「…くっ!」
だが、横からさらに別のオークとワーグが襲いかかってくる。
―ガシャ!!!
―ズシュ!!!
チャクラムが鋭い刃先と共に、襲ってくるオークの首に食い込む。
ワーグには、ボロミアが落ちていた槍で攻撃をする。
私は、安心したように剣を交えるオークの体へ力任せにそれを斬り込んだ。
そして止めとばかりにもう一度剣を食い込ませた。
「ボロミア!シノブ!!ありがと!!」
「馬鹿っ油断するな!前を見ろ!!」
「そうだぞ。気をつけろ。」
チャクラムを振り回しながら、自らの剣で再び応戦するシノブが言うと
ボロミアが、合意をするように言う。
「分かってる。だから、ありがと!!!」
絶えず襲い掛かる敵の群れに、私は休む間もなく応戦をした。
「うおりぁ!!!!」
チャクラムをくくりつけた頑丈な紐を旋回させながら、シノブは襲い来るオークに応戦する。
遠距離から近距離まで攻撃を可能とする円盤状のそれは、彼の力に従ってその鋭い刃先を目標にヒットさせる。
「…遅せぇ!!」
長い紐を自在に操って、相手を攻撃する姿は、正に曲芸のようで、端から見たら舞う様な動きは見るものを魅了するようだった。
「テメェ等うぜーんだよ!寄ってくんな!」
まるで楽しむかのような口振りでいう彼に、オーク達は怒りを露わにする。
シノブは待ってましたと言わんばかりの笑みで、襲いかかる敵を、今度は腰にくくりつけた剣で斬りつけていく。
「甘めぇ!雑魚は黙って死んでろ!」
一気に片を付ける彼は、周辺に敵が居なくなると、馬に再び跨り、今度は別の者の手助けに向かう。ふと前を、ワーグの背でオークと戦うアラゴルンが見える。いやな予感がして、シノブはその後を追う。この先が崖になっていたからだ。
「アラゴルン!!!!」
向かっていく獣の先で、ボロミアが声をあげる。彼は引っかかったアラゴルンを確認すると、剣を構えて寸前の所で止めようとする。
「ガウ!!!!!」
襲い来るそれを切りつけようと、切っ先を向けるが、相手のスピードのせいでボロミアはワーグに噛みつかれてしまう。
「…うっ!!!!」
「ボロミアっ…チッ…」
とっさにワーグを止めようと、チャクラムを投げつけてワーグの背に深く命中させる。が、スピードが上がり、止まることが出来ない獣は崖の下に落ちる寸前だった。
「クッ…重っ……うわっ」
落ちないように紐を固定して耐えたが、ワーグの体重がありすぎて、逆にそちらへ引っ張られてしまう。
「チッ…くっそ……っ…」
アラゴルン達を見捨てるわけにもいかず、シノブはそのままチャクラムを離すことはせず、ワーグと崖下へ消えていった。
「はぁ!!!!」
―ガシュ!
「ユア…敵は今ので全部か?」
「うん。ほぼ、これで大体片は付いたと思うよ。」
額を拭って、ギムリにそう答える。
「お前さん…なかなかやるじゃないか。いや、感心したぞ。」
「あのね…だから、前から剣の腕は確かだって言ってるでしょーが」
パチンと手を合わせて互いを確かめ合う。ギムリがヒゲをシャリシャリと触りながら笑うと私もつられて笑った。
「…アラゴルン!ボロミアっ」
不意に後ろから、レゴラス声が聞こえた。
「ギムリ、ユア…アラゴルンとボロミアを見なかった?」
「アラゴルンとボロミア…?見てないけど…」
「…俺もだ。」
「じゃあ…シノブは?」
「シノブ…?居ないの?」
辺りを見回すと、それらしき人物は見あたらす、私は青ざめた表情でブライディルを鞘に戻して小走りで周辺を探し始める。
「アラゴルン…ボロミアっ!!シノブっ」
懸命に名前を呼ぶが、返事がなく無言の風が過ぎ去るだけだった。
ふと、足元で負傷のオークがあざけるかのような声で笑う。
「あいつ等は死んだ。」
「…嘘だっ」
レゴラスのその一言が異様にデカく感じた。
「崖から、落ちた。もうたすからねぇよ」苦しげにあざ笑いながら息絶え
たオークに、私は悔しくて唇をかんだ。
「ユア、レゴラス。下に誰か引っかかって倒れている。」
セオデン陛下の言葉に、私達は崖上に駆け寄る。
「「シノブっ!!!!」」
レゴラスと同時に声をあげると、私は慌てて彼の元へ向かう。
下の斜面は急だったが、かろうじておりるスペースがあり、私はシノブに駆け寄るとチャクラムを握ったまま倒れていた。
「シノブ!シノブ!」
懸命に声を出して、体を揺すった。
アラゴルンとボロミアに加えて、シノブまで、居なくなるなんてと焦る気持ちそこにはあった。
「シノブ!やだ!死なないでよ!」
叫びながらヤケクソに体を揺すった。過去の自分がフラッシュバックして、視界が、情景が重なって訳が分からない。
「シノブ!」
「…っ…てぇな…揺するんじゃねぇよ。ボケ。」
ガシリと掴まれる腕に、私は目をパチクリさせた。
「お前…マジうるせぇ…」
「…っ…シノブ!!!!!」
ガバッと抱きつくと、彼は短い悲鳴あげる。
「…だから、いてぇんだっつってんだろ!引っ付くな気色わりぃな!!!!…っ」
私を強引に引き離したしてそう叫んだ後、苦しそうな表情をしてがくりと体が前のめりになるシノブ。
「シノブ?どうしたの?」
「…っせーな…黙れ…傷に響くだろが…」
悪態をつきつつ、胸に手をあてるシノブ。
「傷…?何処よ!」
「っいて!…あーもう!左腕と肋骨!折れてるんだよ!治療させろ馬鹿っ…」
「…折れてるっ…馬鹿っ!貸してっ」
痛みを抑えいるだろう左腕に私は強引に手をあてた。
「うざってぇな…治療、位…てめぇでできる。」
「…力使い過ぎて、あんたが消えたら元も子もないないじゃない!!!!」
「うるせぇ…俺のことよりボロミアとアラゴルンが先だっ!崖から落ちた。早くしないとマズい。」
そういって、震えながら立ち上がるシノブは辺りを苦しげな顔をして見渡した。
「っ…それ…さ、さっき…オークが…言って…本当っ」
「…あぁ…」
視線を逸らしていうシノブに私は立ち尽くしたまま動かない。
「っ…とりあえず俺はアラゴルンとボロミアを見つけてからいく。お前はレゴラス達とヘルム峡谷へ行け。」
「いや…いやだ!私も残るっ」
錯乱したように叫び声をあげる。
―守れなかった!
また、自らの傲りであの人たちを守れなかった!
また繰り返すのかっ私はっ
「やっ…お願いっ私っ」
錯乱状態の私は縋るようにシノブに懇願する。
目の前の人間など見ていないかのように
「…チッ…」
―ストン
「…っ…ぁっ」
勢い良く首筋に衝撃が走る。
同時に、私は意識を失ってそのまま倒れた。
「レゴラス。悪いが手を貸してくれ。」
眉間に皺を寄せて、崖から音もなく降りてきたレゴラスに、シノブは気を失っている彼女を渡した。
「悪いが、ヘルム峡谷へ先に行って貰えるか?セオデン王の命令じゃあ仕方ないからな…。そいつを頼む。」
「…アラゴルン達を探すつもりなのか?」
息苦しそうにいうシノブは、レゴラスに抱かれているユアをそっと撫でると、そのまま優しく微笑む。
「コイツが泣いてるの見たくねーし…。何より、これからでかい戦があるんだ。戦力はあった方がいい。」
「その怪我で行くのかい?」
「…あぁ、行きながら傷は治療していくから問題はねーよ。…っ…馬、借りていくぜっ。」
ヨロヨロと馬に跨って駈けていこうとするシノブに、レゴラスは制止をかける。
「シノブっ!戦にはっ…」
「大丈夫…。戦には間に合うように戻る!…………たとえ、みつからなかったとしてもっ!」
レゴラスは真剣な面持ちで言うシノブを見送ると、そのままギムリやセオデン王の元へ歩いていった。
「…っ…」
気がつくと、レゴラスに抱かれた状態で馬に乗っていた。
「あ…気がついた?大丈夫かい?」
見上げると、余裕のない笑みを見せるレゴラスがいた。私は微かに彼に微笑み返すと、勢い良く起き上がった。
「ボロミアっ!!アラゴルンはっ?シノブっ」
馬から落ちそうになるのをレゴラスが必死で支えてくれた。
「危ないじゃないか…。急に起きあがっちゃダメだよ。」
「でもっ!」
「ユア、シノブはアラゴルン達を探しに行った。だから、私達とヘルム峡谷で待つんだ。近く戦が始まる。」
「シノブ一人で、2人も捜せないよ!私もっ…」
押しのけて降りようとする私の腰を、レゴラスに抱きしめられる。
「放して。私もいく。」
「ダメだ。このままヘルム峡谷へいくんだ。アラゴルン達がいない今、これ以上戦力を減らすわけには行かないんだ。」
「っ!放してよ!!!!!」
―パシン!
乾いた音と叫び声が辺りを木霊する。息切れをして、怒鳴った私を周りの兵やセオデン王はただ、冷たく一瞥する。
「はっ…はぁ…っ…くっ…っ」
「ユア…そうまでして捜したがる理由はなんだい?シノブはともかく、アラゴルンやボロミアは私達の世界の人間だ。君にとってとるに足らない…っ」
「足らないわけないでしょう!!!皆を守って救って行くことが、私達の任務なの!!アラゴルンもボロミアだって!助けて守って行くことがっ…」
この強い『気持ち』を押し付けちゃいけないことも分かってる。この感情が、シノブにも、ボロミアやアラゴルン達にも負担になっていることも…
そうだ。
「違う…任務なんかじゃない…」
禁忌を犯している。
掟を破っている。
―好きなのだ。
アラゴルンでも、シノブでもない
―他でもないボロミアが…
「探させて。行かせてほしいの。」
「……。」
「レゴラス。お願いっ」
懇願するように、私は彼にすり寄った。
レゴラスに難しい選択を迫っている事は分かっていた。けれど私は彼らを…ボロミアを探したい一心で訴えるような目をする。
「…すまない。君を行かせることは出来ないんだ。」
「レゴラスっ!」
「シノブとの約束を守らなければ…。そして、これ以上戦力を欠くこともできないんだ。」
苦しげな表情をするエルフに、私はハッとする。
「ごめん。ごめんなさい…。私、自分の感情だけで動こうとしてた。シノブが行ったのなら、あなた達の手助けをするのが私の役目だものね。ごめんなさい。」
「…いいや。私も、アラゴルンやボロミアを失って少し焦っていたのかもしれない。悪かったね。ユア」
被りを振ったレゴラスと、互いにやるせない顔をする。
「大丈夫。みんなは私が守る。だから、安心して。」
前に向き直って、叱咤するように自らの両頬をひっぱたいた。そして、同時に自分に言い聞かせる。
大丈夫。今なら勘違いだと錯覚できる。
このまま、戦になれば
忘れられるだろうか―
それから、しばらくして私達は無事ヘルム峡谷に到着する。
先に到着していたエオウィン姫はアラゴルンの姿が見えず、崖から落ちたという事実に放心したような顔をした。
「ごめんなさい…」
私はそれしか言うことが出来なくて、そのままレゴラスと馬舎に向かった。馬を馬舎に繋いだあと、私は要塞の隅々までを確認した後再び馬舎に戻ってきた。
レゴラスは物資の調達や馬に怯えが移らぬように宥めていた。
「レゴラス、ざっとここを見てきたけれど…。馬舎が、門から入ってすぐの位置にあるのは少し問題かもね…これじゃ、入り込まれたら逃げる手段がないわ。」
きょろきょろしながら、そういうとレゴラスが同意の返事をする。
「あぁ、私もそう思うよ。」
「念の為、セオデン様に馬の配置を進言してみるわ。レゴラス、一緒に来てくれる?」
「それは構わないけれど…ユア、君は少し休んだ方がいい。ヘルム峡谷に着いてからずっと働きずくめじゃないか。」
「それを言ったらレゴラスやギムリもじゃない。何を言っているの?」
「私達は適度に身体を休めていたよ。君がここの位置確認をしていた間にね…。それに君は慣れない環境で、精神的にも肉体的にも疲れが出ている。そんな君を動かすほど、私も酷いエルフじゃなくてね。」
「とは言っても、何もしないで休むだけなのは気が引けるよ。」
言うなり、手を強引引かれて岩階段に座らされた。
「戦いの前に体力を温存しておくのも仕事だよ。」
「…でもっ」
納得いかなくて、立ち上がる。が、レゴラスは綺麗な笑みのまま言った。
「君の肩に私達の命がかかってるんだ。我が儘言うと、いい加減怒るよ。」
「は…はひ…」
笑顔に負けて返事をすると、私はそのまま岩壁にもたれ掛かるように目を瞑った。
過去のことをとやかく言うつもりはなかった。
あの時、あいつ等が行った行動は理にかなっていたから…
だから、無事に戻ってきたユアを責めなかったし、責めるつもりもなかった。
ただ―
許せなかった。
ユアは無事なのに、あいつが居ないことが…
八つ当たりなんかじゃない。
俺ヲ、置イテ行カナイデ…
そう、言えたらどんなに楽だろう。
死を覚悟して行く俺達に安住の地なんかない。俺達がいる世界はそんな平和な場所ではないのだから…
でも、だからこそ願うんだ。
置イテ行カナイデ…―
何人も仲間がいなくなった。
何人も好きな人が消えていった。
その苦痛を、悲しみを俺は何度も何度も見てきたんだ。
だからこそ…
お前だけは居なくなるな。
こんな任務で居なくなるな。
辛い事や悲しい事、嫌な事も全部俺が引き受けるから…
「まったく、俺もお人好しになったもんだ。」
この世界で、お前を守れるのは俺だけだから…
だからお前は俺に頼るだけ頼って胸を張ってりゃいい。
「悲しい思いはさせない。それだけは、させないから。」
川辺にぐったりと倒れて息をしていないボロミアを見つけると、俺は急いで指輪にチカラを込めた。
「安心しろよ。引き戻してやるから。あんたは、まだ死んじゃいけねーんだよ。」
―ユアの為に…
「…あんたは、今のあいつには必要な存在なんだ…」
微かに体温を引き戻しつつあるボロミア。
俺は最後のラストスパートをかける。
「笑って、くれたらいいなぁ…」
瞼がピクリと動くのを確認すると、俺は口元を少しばかり緩めた。
過去のことをとやかく言うつもりはなかった。
あの時、あいつ等が行った行動は理にかなっていたから…
だから、無事に戻ってきたユアを責めなかったし、責めるつもりもなかった。
ただ―
許せなかった。
ユアは無事なのに、あいつが居ないことが…
八つ当たりなんかじゃない。
俺ヲ、置イテ行カナイデ…
そう、言えたらどんなに楽だろう。
死を覚悟して行く俺達に安住の地なんかない。俺達がいる世界はそんな平和な場所ではないのだから…
でも、だからこそ願うんだ。
置イテ行カナイデ…―
何人も仲間がいなくなった。
何人も好きな人が消えていった。
その苦痛を、悲しみを俺は何度も何度も見てきたんだ。
だからこそ…
お前だけは居なくなるな。
こんな任務で居なくなるな。
辛い事や悲しい事、嫌な事も全部俺が引き受けるから…
「まったく、俺もお人好しになったもんだ。」
この世界で、お前を守れるのは俺だけだから…
だからお前は俺に頼るだけ頼って胸を張ってりゃいい。
「悲しい思いはさせない。それだけは、させないから。」
川辺にぐったりと倒れて息をしていないボロミアを見つけると、俺は急いで指輪にチカラを込めた。
「安心しろよ。引き戻してやるから。あんたは、まだ死んじゃいけねーんだよ。」
―ユアの為に…
「…あんたは、今のあいつには必要な存在なんだ…」
微かに体温を引き戻しつつあるボロミア。
俺は最後のラストスパートをかける。
「笑って、くれたらいいなぁ…」
瞼がピクリと動くのを確認すると、俺は口元を少しばかり緩めた。
「…信じられん!ヘルム峡谷だと?自ら敵の罠にはまりにいくようなものではないかっ」
「あそこは以前にも避難場所として使われたことがあります。」
「…だが、一度踏み込まれれば逃げ場はない。むしろ、女子供まで皆殺しになる。」
馬舎へ向かいながら、ガンダルフはセオデンの決断に対してアラゴルンに怒りをあわらにしていた。
「セオデンは意志強固だが、今回はお主の力が必要になる。彼の助けとなり、側にいてやるのじゃ。セオデンは必ず、お主を必要とするじゃろう。」
「分かっています。」
真っ直ぐな瞳で頷くと、ガンダルフは満足したように頷いた。
同時に、馬舎て荷物を積んでいるユアやシノブを見つめた。
「あれは儂と近い魔法を自在に使う。この戦いにはなくてはならぬ存在になる。」
「はい。」
「探索がうまくいったら、5日目の夜明けに東の方より儂は戻る。それまで、持ちこたえてくれ。」
「はい。お待ちしてます。」
満足げに笑うとガンダルフは馬を蹴って馬舎を後にした。
「よいしょっと!」
ドサッと馬の背に荷物を乗せると、私はコキンと首を鳴らした。
「…うへぇ…今イイ音したわ~」
先程少しばかり睡眠をとったおかげで、大分体は楽になったものの、この世界に来て慌ただしい事には変わりはないこともあって体は随分と悲鳴をあげていたようだ。
「なんだなんだ…やはり女ということか?あれくらいでへばるとは、情けない。」
「何?ギムリ私に喧嘩売ってる?」
青筋を立てて返答すると、ギムリはうっと短い声をあげた。
「ギムリは心配してるんだよ…君は女性だからね。」
「私、これでも剣の腕はピカイチなんだけど…」
ホレっとブライディルを引き抜くと、私はギムリの顔スレスレで剣を止めた。
「俺とレゴラスは、お前さんの戦ってる姿は見てないからな。それだけじゃ分からん。」
「うーわー。性別差別だよ。ドワーフとエルフが虐めますよ。何それ私泣いちゃうよ?」
「ギムリはともかく、君に泣かれるのは困るな。」
「なら虐めないでよ。」
ぷりぷり怒る私にレゴラスは苦笑いをする。
「本当に虐めているつもりはないんだ。心配してるだけなんだよ。君は女性だし、シノブ同様この世界にきて、殆ど休みなしだ。だから心配してるだけだよ。」
そう言って、私の頭をくしゃりと撫でるレゴラス。私は彼の顔を見た後押し黙ってしまう。
「女はイケメンには弱いからな。」
「黙れ。ツンデレ!」
「いてっ!」
ボソッと背後で聞いていたシノブに回し蹴りをお見舞いする。
「お前達…緊張感の欠片もないぞ。」
はぁとため息をつくアラゴルンに、私は思いの外笑顔で答える。
「今から気なんか張ってどうするの…疲れるだけじゃない。」
「…そうは言っても適度に緊張をしておいた方がいい。何があるか分からないからな。」
「……。了解。シノブ、チャクラム刃こぼれしてない?」
「…いいのかい?あんな事言って…彼女なりに気を使ってるつもりだよあれは…」
「気?…そんなわけないだろう。」
「敬語」
ため息をつくレゴラスに、話を後ろでずっと聞いていたボロミアが口を挟んだ。
「は?」
「出会った頃と違ってかなり砕けて話すようになった。…あれは本人なりに気を使ってのことだろう。」
「………。」
「これから命を賭した戦いになるというときに、自分にまで気を使って欲しくない。あの態度はそういう意図からきているんだろう。」
「………。」
アラゴルンは馬舎の奥でローハンの兵と話している彼女を一瞥すると、ユアのいる場所とは逆の方向へ荷物を持ったまま歩いていってしまった。
「何だ。珍しいね。君が私の所にくるなんて。ボロミアとシノブはどうしたんだい。」
エドラスからヘルム峡谷へ行く途中、私は偵察をしつつ先を歩くレゴラスについて歩いていた。
「ん。なんだか道中、2人で話がしたいってボロミアに追い出された。」
「ボロミアがシノブに?妙なこともあるもんだね。どうかしたのかい?」
「………ん、どうも…なんにもないとおもう。」
先の彼にすがって泣いた事を思い出す。
自らの過去を暴露した事は記憶に新しい。
けれど、あれはあれなのだ。シノブは記憶がないと思っているし、ボロミアが彼に何かを言うことなどないのだ。私は、頭に疑問符をつけながら、レゴラスの隣を歩いた。
「…何もないのに仲間外れにされているのかい?」
「理由がわからず仲間外れだよ…まあ、とりあえず道中は貴重で珍しいエルフのレゴラスと行くよ。お話していこうよ。」
「あぁ…構わないよ。私も一度君とゆっくり話をしてみたかったんだ。異界の話や君の事、この中つ国をどう思ってくれているのかね。」
整った顔が綺麗に微笑む。
「…うん。私の話で良ければいくらでも。レゴラスの話も聞かせてね。」
「あぁ、勿論だとも。」
「………………」
「………………」
民の歩く列の後ろの方で歩くシノブとボロミアは隣で馬に乗り歩いているというのに、沈黙を守っていた。
「……………」
「……………」
わざわざパートナーであるユアを自分達から引き離したくせに、なかなか口を開かないボロミアにシノブは彼を睨みつける。
「…チッ……いい加減にしろ。あんた、俺から何が聞きたいんだ?」
とうとう悪態をつく。
ボロミアはタイミング良かれと口を開く。
「一つ…聞きたいことがあるんだ。」
「…あ?」
元々目つきの悪いシノブは、その言葉に更に目を鋭くさせた。
「………お前達は、任務とやらが終わったらどうなるんだ?」
「は…?」
間抜けな声をあげて聞き返すシノブ。
「…つまり…その…任務が終わったら、この世界からいなくなるのか?」
もごもごと口ごもる。
「あぁ、なる程そういう訳か…。つまりあんたはユアがこの世界に留まれるか否か聞きたいわけだな。」
「…………」
沈黙を肯定の意味と取って、話を続ける。
「…お察しの通り、俺達はこの任務が終われば中つ国から…この世界から消える。それは組織に属する俺達のルールであり鉄の掟だ。」
「……く…っ…」
「あいつは俺達組織の中で上位の人間だ…。この世界に留まる事はまずないな。」
悔しそうに唇を噛み締めるボロミアにシノブは追い討ちをかける。
「安心しろよ…俺達が居なくなった時点で、お前等も俺達の事を綺麗さっぱり忘れちまうから…」
「な…それは…じゃあお前達は、忘れ去られる世界の為に体をはって戦っているというのかっ」
「しょうがねぇのさ…それが俺達の存在理由だからな…。」
思いの外淋しげに笑うシノブは、空を見つめたまま話を続ける。
「どんなに死地をめぐっても、どんなに友情を深めても、俺達は忘れられてしまうんだ。たとえ互いに深く愛しあっても…俺達は居なくなる。そして、その世界から最初からリセットされてしまうのさ。」
「俺は…」
「ユアを好きなら止めておけ…自身を、何よりあいつを苦しめるだけだ。」
閉ざした蓋が固く、固く締められた気がした。
「あ…レゴラス、ギムリ。はい、あげる。」
「有難う…美味しそうだね。君が作ったのかい?」
「一応ね…」
野営地でエオウィンとスープを作った私は今日1日ずっと一緒にいたレゴラスとギムリにスープを渡した。
「…なんだお前さん料理が出来たのか。意外だな。」
「意外は余計…」
ムッと表情を変えながら、答える。ギムリは口ではそんなことを言ってはいるが、渡したスープをペロリとたいらげた。
「美味しかった?」
「うむうむ。なかなかだったぞ。」
「素直に褒めればいいのに…」
呆れた顔をしてレゴラスが言うと、ギムリは顔を真っ赤にしてうるさいと一言。
私はそれをみて笑った。
「…美味しかったのなら何よりだよ。とりあえず旅の仲間には配るつもりなんだ。」
「へぇ…ボロミアにはまだなんだ?」
意味深な発言をするレゴラス。
一歩後ずさって、岩場に腰掛ける。
「うっ!…これから渡すんだよっ…」
「ボロミアなら、向こうの湖畔にいるよ。途中、アラゴルンがいるから、ついでに渡していくといいよ。」
指を指して、エルフの目で見るレゴラスに私は有難うと礼を言って立ち上がる。
「うん…有難うレゴラス。また、お話しようね。今日は楽しかった。」
「あぁ…是非とも。私もユアと話ができて楽しかったよ。」
手を振って教えて貰った方向へ歩いていく。
「…アラゴルン。スープはいかが?」
「……ス…スープ…?」
「……何その顔。」
気まずい顔をして視線を泳がす。
器に入れたスープはいい匂いがした。
「ユアが作ったのか?」
「私意外の誰がいんのよ。」
不機嫌そうに言う私に、諦めたようにそれを受け取るアラゴルン。
「………う…美味いな。」
「そんなに怯えながらのまないでくれる?」
「あぁ、すまない今さっきエオウィン姫のシチューを飲んだばかりで…」
「……………………不味かったんだ。」
青ざめた顔をして無言で頷く。
私は苦笑いをして、もう一度スープを彼が持つ容器に入れた。
「何か聞かれたの?」
「あぁ。昔セオデン陛下と旅をした話を…。」
「年の話?」
すかさず突っ込む私に、アラゴルンが今度は苦笑い。
「君は本当に勘が鋭いな。」
「任せて。よく言われる。…で、いくつなのアラゴルンは。」
「……87歳………」
「ドゥネダインて凄いんだ。長寿だね。」
「ははは…」
関心したように言う私に彼はから笑いをして再びスープに口をつける。美味しそうに食べてくれているようで私は笑顔で伸びをした。
「…さて、それじゃあ私は次に行ってきます。食べ終わった容器は置いておいて。帰りに取りにくるから」
「あぁ、分かったよ」
初めて優しげに笑うアラゴルンに微笑み返すと、私は先を急いだ。
「…まぁ、それでは貴方はゴンドールの執政、デネソール殿のご子息なのですね。」
「あ、あぁそうだ。」
後ろ姿と声でそちらに顔を向けると、楽しそうに笑うボロミアとエオウィン姫が並んで会話をしていた。
「…アラゴルン殿はドゥネダインの生き残りと伺いました。いずれは貴方も執政に?」
「そうだな。いずれは…。だが、今は目先の事が優先だ。アラゴルンも俺も、他の仲間達も、全力でローハンの為に戦うぞ。」
「頼もしいです。私も共に戦っていきますわ。」
にこやかに笑う美男美女。岩陰で会話を聞く自分では入れない空気だと察する。
「ところで…先程シチューを共に作っていた時に気になったのですが、ユア…彼女と貴方達はどのような関係なのですか?」
「…ユア?………あぁ、彼女は異世界からこの中つ国の為に来た異世界人だ。」
「異世界…?本当に?」
エオウィン姫が目を丸くしてボロミアに聞き返す。彼は短く返事をしながら頷いた。
「信じられないだろうが本当なんだ。彼女は、シノブという男と共にこの世界に来たんだ。」
「…まあ。本当ですか?」
「…っ」
何故か彼が自分達の素性を話したことに、ショックを受けてしまった。この世界にいる限り私達の説明をするにはそう話すしかないことは分かっているのに…
―わがままな自分がイヤになる。
「おい…バカユア。そんな所で何してるんだ?」
相変わらずの口調のシノブに私は顔を横に向けた。
「お…何だいいもん持ってるな。俺にくれ。腹が減って仕方がなかったんだ。」
「…………」
瞳をキラキラさせながらそう言うと、持っていた器を奪い取って容器にスープを入れた。
「ん…うめぇ…!もう一杯!」
「ダメ。量少ないんだから終わっちゃうでしょ!」
「あん?別にいいだろ?誰かにやるわけじゃねーんだし…くれよ。」
そう言ってシノブは器にスープを入れようとする。
「だ…ダメだってばっ!まだ全員に配ってないんだからっ」
「全員?ってお前なぁ…ボロミアにはやめておけよ。」
「なっ…なんでよ。」
突然出てきた名前に思わず動揺する。
シノブは頭をガシガシとかくと、言いにくそうな顔をした。
「なんでよ…か。お前、組織の掟を忘れた訳じゃねーよな?」
「は?当たり前でしょ。忘れるわけないじゃない。こう見えて異世界経験長いのよ私。」
「そうじゃねぇ…そうじゃねぇよ。お前の心情と掟の話。」
すかさず出た彼の言葉に私は動揺する。
「なにっ…」
「俺達はこの世界から居なくなる。…一時の心情で動いて辛くなる事をわざわざするな。お前があいつに近ければ近いほど忘れることが辛くなる。」
「そんなのっ!」
「ないとは言い切れないだろーがよ。」
「…っ…」
遮られるようにいわれた言葉に、私は押し黙ってしまう。別れが辛いのは誰しも一緒で、私達は彼らを忘れなければいけない。先に見えるその現実を、いつかは再び受け入れなければいけないのだ。
「それでも…。それでも私は、後悔なんてしたくない。いつか忘れてしまう人でも、後悔しないように全力を尽くすし、絆を深めていきたい。」
シノブの彼女のように、突然の別れは辛すぎる。
「あーそうかよ…勝手にしろっ」
元来た道を歩いていくシノブの後ろ姿に、私はお辞儀をした。自らの罪と決心を抱いて…
「ボロミア様?」
ふと視線を感じて其方へ向けた。振り返ると同時に、視線の先の人物と目が合い、私はそれを逸らした。ボロミアが思いつめた表情で此方を見つめていたからだ。手にしていたスープを渡しに来たのに、足が動かずそのまま棒立ちになってしまう。
「ユア。」
隣にいたエオウィン姫に詫びを入れたのか、彼はそのまま私に近づいてきて名前をよんだ。
「どうしたんだ?なにか…シノブに何か言われたのか?」
「え。ううん。ちょっと任務の話してたの。」
「そうか…」
少しばかり寂しそうな顔をして、ボロミアはいう。
私は居たたまれなくなって、手にしていたスープを差し出した。
「ボロミア、これ。良かったら飲まない?」
「俺に…?」
「うん。他の旅の仲間には配ったんだ。ボロミアにはまだだったから…配りに来たの。」
「そ、そうか…」
嬉しげに笑みを浮かべたが、すぐに切なげな表情に戻るが、私はあえてその事に触れなかった。
「遠慮なく頂くよ。」
「うん。」
器に入れたスープを入れる。
緊張しているのか、自分の腕がカクカクと震えた。
「ユア焦らなくてもいいから…」
「あ…ありがとう。」
そう言ってなんとか手渡すと、彼はスープを一口飲んだ。
「うん…美味いな。」
優しい笑みを見せるボロミアに、自然と私も笑顔を作る。
「良かった。」
その優しい笑みの為に、貴方の為にここにいる。
私は、貴方の為ならどんなに辛いことでもしようと思う。
この『限界』が尽きるまで…
夜が明けると、私達は再びヘルム峡谷へと歩き出した。
昨日に続いて、私はレゴラスの強いススメもあってか、強引に先頭を歩いていた。逆に、シノブはボロミアと最後尾の位置に配備という形になった。
私達は魔法に近いものを使えるから、先頭に私がいるなら、最後尾にはシノブが…。アラゴルンの提案だったのだ。
「それにしても意外だね。」
「何が?」
私の横で、軽々と歩くレゴラスに聞き返す。
「ボロミアだよ。昨日、あれから渡したんだろ?スープ。」
「え、あー…うん。あげただけでほとんど話さなかったし…何もないよ?ボロミアとは…」
「…ふーん。私は今日の提案、反対されると思ったのだけれど…」
意味深な笑みを浮かべると、私の背をポンと叩くレゴラス。
「…まあ、頑張れ。」
「ちょ…あのね。わけわかんないんだけどっ……レゴラス?」
何もない方向をジッと見つめると、彼は真剣な表情をして弓を構える。
―キィィィィィィィィィィィ…
ブライディルが闇に共鳴して鳴き始めると、同時に声が聞こえた。
「ワーグだ!!!!!!!!!!」
突然聞こえた声に、慌て出す民。
私は様子を見に来たアラゴルンと先を行くレゴラスの後を追った。
「ギャン!!!!」
「レゴラス!!!!!」
「斥候だ!!!」
オークを斬り付けた後、エルフがそういった。
背負っていた弓を持って、レゴラスと崖上に走っていく。
「ユア。その弓の腕は確か?」
「弓?うん、まあそこそこ…」
「頼りにしているよ。オークとワーグ、結構な数だ。」
「任せて。」
―ギュン!!!!
勢い良く引かれる弓にオークがすごいスピードで落ちていく。
―ギュン!!!!
もう一度射ると、今度は別のワーグに当たった。
「流石!お見事。」
「ありがと。でも、レゴラス程百発百中じゃないよ。」
「そりゃあね。私は目がいいから余計だよ。」
「なるへそ!とりあえず、アラゴルン達が来るまで何とか減らそう。出来る限りっ」
話ながら、弓を射る事を忘れず私達は向かって来るオークを数体撃退する。
その間に、ギムリ達が馬に乗って到着し、ワーグに向かいながら、レゴラスがギムリの馬に乗り先に向かった。
「ユアっ」
後方に聞こえたボロミアの声に、私は振り返って手を差し出した。
「ありがとう。丁度移動に不自由してたの。」
「いいや。剣の用意は大丈夫か?」
「OK、任せて!」
静かに鳴り響くブライディルを握り締めて、私は彼の後ろで剣を構えた。
同時にセオデン陛下の突撃の合図に、兵達が声を上げる。
「は!!」
飛び掛ってくるワーグを凪ぐように斬る。
ブライディルで斬りつけたワーグの体がどさりと重い音を立てて倒れた。
すれ違いざまにもう一匹が私達に襲いかかってくる。
私はワーグの口に剣を付きたてる。
乗り手であるオークをボロミアが倒し、馬の足は次の敵へ向かっていく。
「あっ!!!」
斬りつけたオークに足をつかまれて、私は短い声を上げる。尻餅をついて、慌てて立ち上がろうとした瞬間、斬りつけられそうになり、なんとかそれを防いだ。
「…くっ!」
だが、横からさらに別のオークとワーグが襲いかかってくる。
―ガシャ!!!
―ズシュ!!!
チャクラムが鋭い刃先と共に、襲ってくるオークの首に食い込む。
ワーグには、ボロミアが落ちていた槍で攻撃をする。
私は、安心したように剣を交えるオークの体へ力任せにそれを斬り込んだ。
そして止めとばかりにもう一度剣を食い込ませた。
「ボロミア!シノブ!!ありがと!!」
「馬鹿っ油断するな!前を見ろ!!」
「そうだぞ。気をつけろ。」
チャクラムを振り回しながら、自らの剣で再び応戦するシノブが言うと
ボロミアが、合意をするように言う。
「分かってる。だから、ありがと!!!」
絶えず襲い掛かる敵の群れに、私は休む間もなく応戦をした。
「うおりぁ!!!!」
チャクラムをくくりつけた頑丈な紐を旋回させながら、シノブは襲い来るオークに応戦する。
遠距離から近距離まで攻撃を可能とする円盤状のそれは、彼の力に従ってその鋭い刃先を目標にヒットさせる。
「…遅せぇ!!」
長い紐を自在に操って、相手を攻撃する姿は、正に曲芸のようで、端から見たら舞う様な動きは見るものを魅了するようだった。
「テメェ等うぜーんだよ!寄ってくんな!」
まるで楽しむかのような口振りでいう彼に、オーク達は怒りを露わにする。
シノブは待ってましたと言わんばかりの笑みで、襲いかかる敵を、今度は腰にくくりつけた剣で斬りつけていく。
「甘めぇ!雑魚は黙って死んでろ!」
一気に片を付ける彼は、周辺に敵が居なくなると、馬に再び跨り、今度は別の者の手助けに向かう。ふと前を、ワーグの背でオークと戦うアラゴルンが見える。いやな予感がして、シノブはその後を追う。この先が崖になっていたからだ。
「アラゴルン!!!!」
向かっていく獣の先で、ボロミアが声をあげる。彼は引っかかったアラゴルンを確認すると、剣を構えて寸前の所で止めようとする。
「ガウ!!!!!」
襲い来るそれを切りつけようと、切っ先を向けるが、相手のスピードのせいでボロミアはワーグに噛みつかれてしまう。
「…うっ!!!!」
「ボロミアっ…チッ…」
とっさにワーグを止めようと、チャクラムを投げつけてワーグの背に深く命中させる。が、スピードが上がり、止まることが出来ない獣は崖の下に落ちる寸前だった。
「クッ…重っ……うわっ」
落ちないように紐を固定して耐えたが、ワーグの体重がありすぎて、逆にそちらへ引っ張られてしまう。
「チッ…くっそ……っ…」
アラゴルン達を見捨てるわけにもいかず、シノブはそのままチャクラムを離すことはせず、ワーグと崖下へ消えていった。
「はぁ!!!!」
―ガシュ!
「ユア…敵は今ので全部か?」
「うん。ほぼ、これで大体片は付いたと思うよ。」
額を拭って、ギムリにそう答える。
「お前さん…なかなかやるじゃないか。いや、感心したぞ。」
「あのね…だから、前から剣の腕は確かだって言ってるでしょーが」
パチンと手を合わせて互いを確かめ合う。ギムリがヒゲをシャリシャリと触りながら笑うと私もつられて笑った。
「…アラゴルン!ボロミアっ」
不意に後ろから、レゴラス声が聞こえた。
「ギムリ、ユア…アラゴルンとボロミアを見なかった?」
「アラゴルンとボロミア…?見てないけど…」
「…俺もだ。」
「じゃあ…シノブは?」
「シノブ…?居ないの?」
辺りを見回すと、それらしき人物は見あたらす、私は青ざめた表情でブライディルを鞘に戻して小走りで周辺を探し始める。
「アラゴルン…ボロミアっ!!シノブっ」
懸命に名前を呼ぶが、返事がなく無言の風が過ぎ去るだけだった。
ふと、足元で負傷のオークがあざけるかのような声で笑う。
「あいつ等は死んだ。」
「…嘘だっ」
レゴラスのその一言が異様にデカく感じた。
「崖から、落ちた。もうたすからねぇよ」苦しげにあざ笑いながら息絶え
たオークに、私は悔しくて唇をかんだ。
「ユア、レゴラス。下に誰か引っかかって倒れている。」
セオデン陛下の言葉に、私達は崖上に駆け寄る。
「「シノブっ!!!!」」
レゴラスと同時に声をあげると、私は慌てて彼の元へ向かう。
下の斜面は急だったが、かろうじておりるスペースがあり、私はシノブに駆け寄るとチャクラムを握ったまま倒れていた。
「シノブ!シノブ!」
懸命に声を出して、体を揺すった。
アラゴルンとボロミアに加えて、シノブまで、居なくなるなんてと焦る気持ちそこにはあった。
「シノブ!やだ!死なないでよ!」
叫びながらヤケクソに体を揺すった。過去の自分がフラッシュバックして、視界が、情景が重なって訳が分からない。
「シノブ!」
「…っ…てぇな…揺するんじゃねぇよ。ボケ。」
ガシリと掴まれる腕に、私は目をパチクリさせた。
「お前…マジうるせぇ…」
「…っ…シノブ!!!!!」
ガバッと抱きつくと、彼は短い悲鳴あげる。
「…だから、いてぇんだっつってんだろ!引っ付くな気色わりぃな!!!!…っ」
私を強引に引き離したしてそう叫んだ後、苦しそうな表情をしてがくりと体が前のめりになるシノブ。
「シノブ?どうしたの?」
「…っせーな…黙れ…傷に響くだろが…」
悪態をつきつつ、胸に手をあてるシノブ。
「傷…?何処よ!」
「っいて!…あーもう!左腕と肋骨!折れてるんだよ!治療させろ馬鹿っ…」
「…折れてるっ…馬鹿っ!貸してっ」
痛みを抑えいるだろう左腕に私は強引に手をあてた。
「うざってぇな…治療、位…てめぇでできる。」
「…力使い過ぎて、あんたが消えたら元も子もないないじゃない!!!!」
「うるせぇ…俺のことよりボロミアとアラゴルンが先だっ!崖から落ちた。早くしないとマズい。」
そういって、震えながら立ち上がるシノブは辺りを苦しげな顔をして見渡した。
「っ…それ…さ、さっき…オークが…言って…本当っ」
「…あぁ…」
視線を逸らしていうシノブに私は立ち尽くしたまま動かない。
「っ…とりあえず俺はアラゴルンとボロミアを見つけてからいく。お前はレゴラス達とヘルム峡谷へ行け。」
「いや…いやだ!私も残るっ」
錯乱したように叫び声をあげる。
―守れなかった!
また、自らの傲りであの人たちを守れなかった!
また繰り返すのかっ私はっ
「やっ…お願いっ私っ」
錯乱状態の私は縋るようにシノブに懇願する。
目の前の人間など見ていないかのように
「…チッ…」
―ストン
「…っ…ぁっ」
勢い良く首筋に衝撃が走る。
同時に、私は意識を失ってそのまま倒れた。
「レゴラス。悪いが手を貸してくれ。」
眉間に皺を寄せて、崖から音もなく降りてきたレゴラスに、シノブは気を失っている彼女を渡した。
「悪いが、ヘルム峡谷へ先に行って貰えるか?セオデン王の命令じゃあ仕方ないからな…。そいつを頼む。」
「…アラゴルン達を探すつもりなのか?」
息苦しそうにいうシノブは、レゴラスに抱かれているユアをそっと撫でると、そのまま優しく微笑む。
「コイツが泣いてるの見たくねーし…。何より、これからでかい戦があるんだ。戦力はあった方がいい。」
「その怪我で行くのかい?」
「…あぁ、行きながら傷は治療していくから問題はねーよ。…っ…馬、借りていくぜっ。」
ヨロヨロと馬に跨って駈けていこうとするシノブに、レゴラスは制止をかける。
「シノブっ!戦にはっ…」
「大丈夫…。戦には間に合うように戻る!…………たとえ、みつからなかったとしてもっ!」
レゴラスは真剣な面持ちで言うシノブを見送ると、そのままギムリやセオデン王の元へ歩いていった。
「…っ…」
気がつくと、レゴラスに抱かれた状態で馬に乗っていた。
「あ…気がついた?大丈夫かい?」
見上げると、余裕のない笑みを見せるレゴラスがいた。私は微かに彼に微笑み返すと、勢い良く起き上がった。
「ボロミアっ!!アラゴルンはっ?シノブっ」
馬から落ちそうになるのをレゴラスが必死で支えてくれた。
「危ないじゃないか…。急に起きあがっちゃダメだよ。」
「でもっ!」
「ユア、シノブはアラゴルン達を探しに行った。だから、私達とヘルム峡谷で待つんだ。近く戦が始まる。」
「シノブ一人で、2人も捜せないよ!私もっ…」
押しのけて降りようとする私の腰を、レゴラスに抱きしめられる。
「放して。私もいく。」
「ダメだ。このままヘルム峡谷へいくんだ。アラゴルン達がいない今、これ以上戦力を減らすわけには行かないんだ。」
「っ!放してよ!!!!!」
―パシン!
乾いた音と叫び声が辺りを木霊する。息切れをして、怒鳴った私を周りの兵やセオデン王はただ、冷たく一瞥する。
「はっ…はぁ…っ…くっ…っ」
「ユア…そうまでして捜したがる理由はなんだい?シノブはともかく、アラゴルンやボロミアは私達の世界の人間だ。君にとってとるに足らない…っ」
「足らないわけないでしょう!!!皆を守って救って行くことが、私達の任務なの!!アラゴルンもボロミアだって!助けて守って行くことがっ…」
この強い『気持ち』を押し付けちゃいけないことも分かってる。この感情が、シノブにも、ボロミアやアラゴルン達にも負担になっていることも…
そうだ。
「違う…任務なんかじゃない…」
禁忌を犯している。
掟を破っている。
―好きなのだ。
アラゴルンでも、シノブでもない
―他でもないボロミアが…
「探させて。行かせてほしいの。」
「……。」
「レゴラス。お願いっ」
懇願するように、私は彼にすり寄った。
レゴラスに難しい選択を迫っている事は分かっていた。けれど私は彼らを…ボロミアを探したい一心で訴えるような目をする。
「…すまない。君を行かせることは出来ないんだ。」
「レゴラスっ!」
「シノブとの約束を守らなければ…。そして、これ以上戦力を欠くこともできないんだ。」
苦しげな表情をするエルフに、私はハッとする。
「ごめん。ごめんなさい…。私、自分の感情だけで動こうとしてた。シノブが行ったのなら、あなた達の手助けをするのが私の役目だものね。ごめんなさい。」
「…いいや。私も、アラゴルンやボロミアを失って少し焦っていたのかもしれない。悪かったね。ユア」
被りを振ったレゴラスと、互いにやるせない顔をする。
「大丈夫。みんなは私が守る。だから、安心して。」
前に向き直って、叱咤するように自らの両頬をひっぱたいた。そして、同時に自分に言い聞かせる。
大丈夫。今なら勘違いだと錯覚できる。
このまま、戦になれば
忘れられるだろうか―
それから、しばらくして私達は無事ヘルム峡谷に到着する。
先に到着していたエオウィン姫はアラゴルンの姿が見えず、崖から落ちたという事実に放心したような顔をした。
「ごめんなさい…」
私はそれしか言うことが出来なくて、そのままレゴラスと馬舎に向かった。馬を馬舎に繋いだあと、私は要塞の隅々までを確認した後再び馬舎に戻ってきた。
レゴラスは物資の調達や馬に怯えが移らぬように宥めていた。
「レゴラス、ざっとここを見てきたけれど…。馬舎が、門から入ってすぐの位置にあるのは少し問題かもね…これじゃ、入り込まれたら逃げる手段がないわ。」
きょろきょろしながら、そういうとレゴラスが同意の返事をする。
「あぁ、私もそう思うよ。」
「念の為、セオデン様に馬の配置を進言してみるわ。レゴラス、一緒に来てくれる?」
「それは構わないけれど…ユア、君は少し休んだ方がいい。ヘルム峡谷に着いてからずっと働きずくめじゃないか。」
「それを言ったらレゴラスやギムリもじゃない。何を言っているの?」
「私達は適度に身体を休めていたよ。君がここの位置確認をしていた間にね…。それに君は慣れない環境で、精神的にも肉体的にも疲れが出ている。そんな君を動かすほど、私も酷いエルフじゃなくてね。」
「とは言っても、何もしないで休むだけなのは気が引けるよ。」
言うなり、手を強引引かれて岩階段に座らされた。
「戦いの前に体力を温存しておくのも仕事だよ。」
「…でもっ」
納得いかなくて、立ち上がる。が、レゴラスは綺麗な笑みのまま言った。
「君の肩に私達の命がかかってるんだ。我が儘言うと、いい加減怒るよ。」
「は…はひ…」
笑顔に負けて返事をすると、私はそのまま岩壁にもたれ掛かるように目を瞑った。
過去のことをとやかく言うつもりはなかった。
あの時、あいつ等が行った行動は理にかなっていたから…
だから、無事に戻ってきたユアを責めなかったし、責めるつもりもなかった。
ただ―
許せなかった。
ユアは無事なのに、あいつが居ないことが…
八つ当たりなんかじゃない。
俺ヲ、置イテ行カナイデ…
そう、言えたらどんなに楽だろう。
死を覚悟して行く俺達に安住の地なんかない。俺達がいる世界はそんな平和な場所ではないのだから…
でも、だからこそ願うんだ。
置イテ行カナイデ…―
何人も仲間がいなくなった。
何人も好きな人が消えていった。
その苦痛を、悲しみを俺は何度も何度も見てきたんだ。
だからこそ…
お前だけは居なくなるな。
こんな任務で居なくなるな。
辛い事や悲しい事、嫌な事も全部俺が引き受けるから…
「まったく、俺もお人好しになったもんだ。」
この世界で、お前を守れるのは俺だけだから…
だからお前は俺に頼るだけ頼って胸を張ってりゃいい。
「悲しい思いはさせない。それだけは、させないから。」
川辺にぐったりと倒れて息をしていないボロミアを見つけると、俺は急いで指輪にチカラを込めた。
「安心しろよ。引き戻してやるから。あんたは、まだ死んじゃいけねーんだよ。」
―ユアの為に…
「…あんたは、今のあいつには必要な存在なんだ…」
微かに体温を引き戻しつつあるボロミア。
俺は最後のラストスパートをかける。
「笑って、くれたらいいなぁ…」
瞼がピクリと動くのを確認すると、俺は口元を少しばかり緩めた。
過去のことをとやかく言うつもりはなかった。
あの時、あいつ等が行った行動は理にかなっていたから…
だから、無事に戻ってきたユアを責めなかったし、責めるつもりもなかった。
ただ―
許せなかった。
ユアは無事なのに、あいつが居ないことが…
八つ当たりなんかじゃない。
俺ヲ、置イテ行カナイデ…
そう、言えたらどんなに楽だろう。
死を覚悟して行く俺達に安住の地なんかない。俺達がいる世界はそんな平和な場所ではないのだから…
でも、だからこそ願うんだ。
置イテ行カナイデ…―
何人も仲間がいなくなった。
何人も好きな人が消えていった。
その苦痛を、悲しみを俺は何度も何度も見てきたんだ。
だからこそ…
お前だけは居なくなるな。
こんな任務で居なくなるな。
辛い事や悲しい事、嫌な事も全部俺が引き受けるから…
「まったく、俺もお人好しになったもんだ。」
この世界で、お前を守れるのは俺だけだから…
だからお前は俺に頼るだけ頼って胸を張ってりゃいい。
「悲しい思いはさせない。それだけは、させないから。」
川辺にぐったりと倒れて息をしていないボロミアを見つけると、俺は急いで指輪にチカラを込めた。
「安心しろよ。引き戻してやるから。あんたは、まだ死んじゃいけねーんだよ。」
―ユアの為に…
「…あんたは、今のあいつには必要な存在なんだ…」
微かに体温を引き戻しつつあるボロミア。
俺は最後のラストスパートをかける。
「笑って、くれたらいいなぁ…」
瞼がピクリと動くのを確認すると、俺は口元を少しばかり緩めた。