【連載中】幻界時間 ボロミア夢
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―来タカ…異界ノ娘…。
転送されていた間の本の数秒だったと思う…
頭に直接響く声に、私は其方へ視線を向ける。
渦巻く炎のような目。
「サウロン…」
―如何ニモ…
そう答えると、奴は嬉しそうにその炎のような目を細めた。
私は無意識にブライディルを手に掛けると、意図的にサウロンの目の方へ導かれる足に、懸命に耐えながら奴を睨みつけた。
―異界ノ娘…御前ガ来タトテ、中つ国ノ状況ハ変ワラヌゾ…
「だから?」
冷めた視線を向けると、サウロンの目は愉快げに揺れた。
―御前ハ、コノ世界デ滅ビルノダ
「それはそれは…有り難い予言をどうも有難うございます…ね!」
曇ったような低い笑いを響かせるサウロンに近寄るとその目にブライディルを突き刺した。
「ユア!!!!!!!」
声のした方へ走っていく。
シノブのかざした手を握り締める。
蠢く炎が追ってくるのを懸命に走り抜ける。サウロンの作り出した空間から抜け出ると同時に、私達は目を覚ました。
「死ぬわボケ!!!!!」
―ボカッ
「あたっ!」
目覚めた途端に振ってくるゲンコツに、私は頭をさする。
「痛い…」
「おー…そりゃ痛てぇだろーよ。俺は今の瞬間死にかけたんだ。」
「死ぬわけないじゃない。あの位で…」
「…異世界空間の現地についてないどころか、肉体と精神が安定してないあの場所でどうやれば死ぬ心配がないのか説明してもらおうか?」
眉間をヒクヒクさせて言う彼をよそに、ユアは辺りを見回した。
「風が鳴いてる…」
―イィィィィ……
「あ…?」
不機嫌そうな声をあげるシノブの言葉など耳に入らず、先程から風と共に鳴くブライディルを引き抜くと、私は強く鳴くそちらへ走っていく。
「ウルク=ハイの集団が近くにいる。」
スウェルに組み込まれたこの世界の知識を元に、彼に言うとシノブも武器であるチャクラムを取り出して慌ててついてくる。
―ガイン!!ガキ!ガイィィィン!!!
「……くっ……う!!!!」
「…剣と人の声…」
息苦しそうな声の方へ向かうと、ウルク=ハイの群がる中で人が矢傷を負いながら戦っていた。
「助けなきゃ!!!」
今にも殺されそうな男を助けるために走った。向かっていく間に、ウルク=ハイの一人が手負いの男にもう一本の矢を放つ。その間に、男のそばにいた何かが、叫びながら連れ去られていく。
「っ…この距離じゃ、届かないっ」
弓を持っていないことを悔やみながら現場までの距離を懸命に走る。
このままでは、あの男が死んでしまう。
私は手に魔力を溜めながら走る。
「ユア!!!!どけっ!」
不意に後ろから声がして何かが向かってきたので、走りながら左へよけた。
―ガシャ!!!!
ウルク=ハイの持つボーガンがチャクラムによって見事命中する。
奴は何事かと辺りを見回す。
手負いの男も虚ろな目をしながら、辺りを見回した。
「いけるっ…」
矢傷を負っている男と、ウルク=ハイの間にブライディルの力を使うように、地に剣を突き刺して立った。
突如として現れた者に動揺を隠せない奴は、しばし固まった。
「シノブ!!!!!結界!!!!!」
言うが早いか、手負いの男と私を囲んで、空間ががらりと変わる。
私は息切れをする彼に近づいた。
「大丈夫?」
痛みで震える男の前にしゃがみ込むと、私はそう口にして安心したかのようにニコリと笑った。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
チャクラムを握り締めながら、シノブは一時呆気にとられていたウルク=ハイに向かって斬りつける。
「はっ!…ぐっ!………はぁ!!!!」
攻撃は交わされるが、今いた位置から確実に離れていくのを見計らうと、私は矢傷を負った男の服を脱がしはじめた。
「っ…なにをっ」
「痛むから…我慢してっ」
―ググッ………グリッ!!
「っ…がっ!あぁぁぁぁぁぁ!!!」
突き刺さった矢を強引に抜いて、急いで傷に唇を寄せて吸った。
「やめっ…あっ!ぐっ!」
「っ…べっ!!…黙って。もう一本有るから我慢して。」
勢いよく吸った血を吐き出すと、私はそう言って残りの一本の矢を抜きはじめる。同時に先に抜いた方の傷に片手を置くと、そのまま傷の治癒を開始した。
気を掌に集中させる。エレーナから貰った指輪が青白く光るのを確認すると、治癒力の威力を増した。
「っ!」
ふと、自分の頭に何かの映像が流れて込んでくる。
白い都。目の前の男とよく似た白髪の男に、寂しげな目をした青年。そして、燃え盛る街並み。
「…んっく…べっ!!!」
傷から唇を離して血を吐き出した。残ったもう片方の手でも治癒を開始すると、目の前の男は不思議そうな顔をしながら私を見つめていた。
「お前は…っ…何者だ!突然こんなっ…」
「話は後。とりあえずこの怪我をどうにかするわ。傷が完全に塞がったら気の済むまで恨み言を言えばいい。」
「やめろ…俺はもうっ…」
「このまま死んでしまえば…貴方が見たままの事が起きるわよ。生きてあがらいなさい。それが貴方の使命でしょ。」
「っ!…お前、俺の…っ」
「…黙って。…いい加減治療に専念するわ。」
厳しくピシャリと言うと、私はそれ以上は話すことはなかった。男も何かを考え込むように、口を噤んでいた。
―ギイィーーーン!!!!
「チッ…デカブツがっ」
先のウルク=ハイとの交戦前に、持って来ていた剣を置いてきてしまったので何とかチャクラムで戦っていたシノブは、自分の状態が芳しくないと悪態をつく。剣があれば、この程度の奴は楽勝だったからだ。とりあえず間合いを取って、目の前の敵をどうしようか考えていた。
「あの女の仲間か…奴らとは違う匂いがする。」
低く、くぐもった声でそう聞いてくる。
「だったらなんだ…茶でも出してくれんのか?」
茶化すような言動で答えると、相手は相変わらずの低い声で、不敵な笑みを浮かべた。
「いいや…異界の女の肉は旨いのかと思ってな…」
「テメェ…殺す!」
吐き捨てると、地面に落ちていた敵の仲間が使っていただろう剣に目掛けて走り込む。
ウルク=ハイがそれに反応して向かってくるのを確認しながら、彼はチャクラムを投げつけた。
転びながら、何とか剣を持って敵に向かって斬りつける。
―ガキっ!!!
「…チッ!」
落ちていた盾で防がれて、攻撃に繋がらずシノブは再び舌打ちをして距離をとった。
―瞬間…
「はぁ!!!」
「なっ、何だ!?」
黒髪の男が突然敵に攻撃を仕掛けた。
流れる剣先に無駄のない動きだった。
自分の相手だったそれの腕を切り落とし、ウルク=ハイをほんの数秒で打ち負かした相手に、シノブは目を奪われていた。
「…っ、大丈夫か?」
ウルク=ハイの返り血でベットリの姿で振り向くと、男は落ち着いた声で聞いてくる。シノブは我に返ると、首をコクコク動かして頷いた。
「こんな所で何をしている…危ないだろう。」
男にそう言われて、シノブは困った顔をする。元来あまり人に物事を説明するのが得意ではないからだ。
どう説明しようと悩みあぐねいていると、ユアの気が変わるのが分かった。シノブは慌てて其方に走っていく。
「おい!」
「説明は後だ!…こっちにっ」
男は短く息を吐くと、シノブの後を追った。
「ユア…どうだ?」
パキンと、自らが張った結界を解除するとシノブは心配そうな面持ちで私に聞いてくる。
「ん…何とか平気。」
首をコキンと鳴らして笑顔を作る。
「…ボロミア!!!」
背後から聞こえた声に私は顔を其方へ向かせた。
「…アラゴルン…すまない俺はフロドに…」
怯えた声をあげてアラゴルンに謝罪するボロミア。
「指輪は離れた…フロドは旅立ったよ」
被りを振るアラゴルンに、ボロミアは悔しそうに地面を殴りつけた。
「メリーもピピンも、守れなかった。」
絞り出すように言うボロミアにアラゴルンは再び首を横に振った。
「…大丈夫だ。とにかくお前が無事で良かった。」
「あ、あぁ。一時はまずかったのだが、彼女が助けてくれたんだ。」
2人の視線が同時に向けられると、私は 挨拶するようにアラゴルンに向かってお辞儀をした。
「ありがとう…助かった。」
「いいえ…貴方方を手助けする為にこの世界に来たのです。礼には及びません。」
「私達を…?」
「はい。」
もう2人の気配を感じて、私は頷いて返事をする。意を決したかのように答えた。
「私達は…指輪保持者及びその仲間の救援の為、異世界から召還され、この中つ国に来ました。」
シノブと並んで、地面に刺さったブライディルを鞘に収めると私はニコリと笑った。
「異世界…?こりゃまた随分な所から来たなお前さん。」
後から来た2人のうちの1人の声に、私は頷いて笑った。
「それが私達の仕事なもので…」
「とはいえ、そんな事を言われて信用しろというのは…」
金髪の男が言うと、隣にいたシノブが口を出す。
「…まぁ、信じて貰うしかないだろうな。」
頭をかきながら言う彼はあまり説得力はない。私は、シノブの足を勢いよく踏んで睨みつけた。
「って!!!」
異世界に来て信用されるかどうかという肝心のこの時に、やる気がなさそうにしていれば誰しも不信に思うだろう。
そして決まっているのは警戒心丸出しの人物。そう言うときの発言は決まっている。
「どうするアラゴルン。信用するのか?旅に同行を?隙をついて、俺達を殺すかもしれん。」
「…っ…」
「ギムリそれはないよ。私達を殺す気なら、ボロミアを助けたりはしないだろう。」
すかさず出た金髪の男の発言に、驚いた。
「意外と賢いんですね…。そうです。もし私達がサウロン、サルマンの手下ならば、彼を見
捨てて貴方達にも危害を加えます。」
「けれど、信用に足る物が無ければ私達の旅に同行する事は賛成しかねるね。」
「しばらく、こいつらを監視する事にするって言うのはどうだ…?」
提案するように、黒髪の男に言う金髪の男と髭を長く生やした男。
剣士は判断に困っているのか難しい顔をしながら短い息を吐く。
「アラゴルン。俺は彼女を信用する。」
「ボロミア…?」
一瞬の間の後に、真剣な面持ちで言うボロミアに旅の一同が呆気にとられていた。
「さっまで俺は、ロスロリアンで見せられたあの映像のせいで、ゴンドールが滅びるならいつ死んでもいいと思っていた…けれど彼女が生きろと、それを変える事が俺の使命だと言ったんだ。だから、俺は彼女達を信用する。」
数秒の間の後、私はクスリと笑うと腕組みをした。
「…どちらにしろ、私達は貴方達に付いていくわ。反対しようとしまいとね…」
「あぁ。それが俺達の使命であり、任務だ。」
肩に腕を乗せて寄りかかるシノブは、ニヤリと笑う。
「はぁ…。分かった。好きにするといい。とにかく、小舟に戻ろう。ボロミア、立てるか?」
「そう、ありがとう好きにさせてもらうわ。シノブ、荷物置いてきた分持ってきて。先に行ってるから。」
返事の代わりに手をあげて、彼はそのまま背を向けて途中に置いてきた荷物を取りに行く。
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったわね。私はユア。彼はシノブ。これからよろしくね。アラゴルン、レゴラス、ギムリ。それから、ボロミア…」
それから、私達はウルク=ハイにさらわれたホビットの2人を追うため、昼夜走り続けた。
アラゴルンは、途中途中に地面に耳をあて奴らの動向を探りながら追いついていく。
途中、傷が完全に完治していないボロミアを気遣いながら私は彼と一緒に走った。
「さすがに、大怪我の後にこの持久戦はキツいな…」
「無理…しないで…傷は塞がったとは言え、私の力に貴方の体が馴染んでないから、時々痛むでしょう。」
「…いいや。大丈夫だ。傷の痛みは大したことはないから気にしないでくれ。」
そう心配する言葉をかけると、ボロミアは思いの外にこやかに笑った。
「強いのね…」
関心したようにいうと、彼はそうでもないと、先を急ぐ。
「くぉら!ユア!タラタラ走ってんじゃねぇ!」
「ハイハイわかってるわよ。そんなに怒鳴らないでよバカ」
「あ゛ぁ?」
前から、シノブの急かす声が聞こえて先を急ぐ。
「…………。」
その様子を、ボロミアが何ともいえない表情をして見ていたことを私は知らなかった。
「赤い陽が登る。夜に、血が流されたんだ…」
今朝方レゴラスがそう言った。
私は首を傾げると彼とアラゴルンが難しい顔をして先を更に急いだ。
あれから、ホビットが意図的に落としたブローチを見つけた後に敵がアイゼンガルドに向かっていることを知る。
そうして私達はローハンの領土に入ったのだ。
「ここが、ローハン…騎士の国。」
「…あぁ、そうだ。人間が治める国、ローハンだ。」
珍しげに辺りを見回していると、蹄の音が聞こえた。
「…!…アラゴルン!!」
そう言うと彼も気づいていたのか、岩陰に私達を誘導した。
「…こっちへ」
ボロミアに手を引かれて抱きしめられるような格好になる。
人数の多い私達は、その岩陰からぎゅうぎゅうの状態で通り過ぎる騎士の数を警戒しながら見つめた。
「…ローハンの騎士達よ!一体何事かっ!」
アラゴルンが飛び出していくのと同時に私達も彼に続く。
通り過ぎた騎士達が迂回をするように戻ってくると、彼らは私達を囲みながら槍を向けて身動きの取れない状態にした。
「……」
両手あげながら、彼らを警戒すると軍馬の間から男が現れた。
「人間、エルフにドワーフ…それに、女ずれとは妙な組み合わせだ。この国に何の用だ。」
「答えろ」
強い口調でそう言うと、ギムリが挑発的な発言をし一触即発な状態になりかかる。アラゴルンが彼らを宥めると、簡単に名前を明かし、ここに来た理由を告げた。
「ウルク=ハイなら、昨夜皆殺しにしたよ。」
愕然とする私達に、騎士は何ともいえない顔をしながら口笛を吹いた。
「彼らの前の主人より…」
騎士は馬を呼び寄せると、ヘルムをかぶり自分の愛馬に跨る。と騎士の大群を率いて去っていこうとする。
「ねぇ。」
呼び止める私に、顔をこちらに向けた。
「貴方にとって、セオデン陛下は今でも大切な方?」
「…………当然だ。私は今でも………」
言いかけて口を噤む。
これ以上の詮索は無用と判断すると彼のそばへ歩いていく。
「ユアっ」
ボロミアが呼ぶのもお構いなく、騎士の手を取った。
「なら私は貴方達のために、全力で陛下を守るわ。」
恐らく近い将来彼らの王に会いに行くことになる。
そう察知したからこその発言だった。
騎士は少し緊張がとけたのか、控えめに笑うと手を自らの唇にあてて言った。
「私はエオメルだ。…陛下を、頼む。」
馬で駆けていく彼らを見送る。
「…良かったのか?あんな事を言って」
ボロミアが話かけると、私はくすりと笑う。
「経験上、このタイミングで出てきた人はまた、再会するって確率が高くてね。近い将来、私達は何らかの形でエドラスのに向かうと思う。」
異世界への任務が多い自分の感だった。
「…っと、ごめんなさい。勝手なことをして…」
そう言って、申し訳なさそうに謝ると彼は首を横に振った。
「…とにかく行こう。ホビット達が心配だ。」
「…はい。」
ボロミアの差し出す手を取ると、2人でアラゴルン達の方へ歩いていった。
山のように積まれたウルク=ハイとオークの残骸と臭いに、私は顔をしかめる。
辺りをくまなく探そうと馬を降りた。
ギムリが何かを探しあてたようで、同じく残骸を探していたアラゴルンにそれを見せるとが悔しそうに叫び声をあげた。
「…俺のせいだ。」
ボソッとボロミアが言うのが聞こえて、彼の手をとって首を横に振る。
あの数では多勢に無勢だったのだ。どうしようもないと思う。
そういう意味を込めてボロミアを見つめると、握られた手に力が入った。
この人は、確かに指輪の力に魅入られただろうけど、本来は悪い人ではない…優しすぎてそれが今回の旅には仇となっているのだろう。自分より年上だろう彼を、何故か庇護してあげたくなってしまう。私は握られた手の暖かさを感じながらそう思った。
「…ユア。ホビット達生きてるかもしれない。」
シノブの声で我に返った。
「森…ファンゴルンの森に逃げたそうだぞ。」
「え…」
良い知らせと、悪い知らせを同時に受けたかのような、不安げな顔を浮かべる隣の男に、私は行こうと促すとボロミアは一瞬の間の後コクリと頷いた。
アラゴルンやレゴラス達がその森に入っていく。
私達も、彼らの後を追うように危険だと言われている森に足を踏み入れた。
「儂は戻ってきた…」
白の魔法使いが現れ、旅の仲間は呆然としていた。死した者が再び現れた。
それは信じられない事だったからだ。
「…しばらく見ないうちに、旅の同行者が増えているようだが?」
「彼女達は異界より来た我らの救援者達だと言うので同行を…」
ピピン達の無事を伝えられ、安心すると、魔法使いは私達に目を向けた。
アラゴルンが簡単に説明をすると、私達は彼にお辞儀をする。
「ほう…異界…エレーナからの使者…懐かしい。よろしく頼む。異界の者達…。」
「こちらこそ。私はユア。彼はシノブです。所で貴方は、エレーナ…我らがマスターをご存知で?」
魔法使いはふむと考え込むように答えた。
「…もうずいぶん前にの…美しい綺麗な娘じゃった。いずれはこの世界の為に使者を寄越すと言っておった。」
「…マスターが…」
シノブと2人で嬉しそうに微笑み合うと、
白い魔法使いは話を続けた。
「こやつらは怪しい者ではない。安心して力を貸してもらうがいいだろう。」
ニコニコと笑みを浮かべると魔法使いは今後の事を話はじめ、私達はローハンのエドラスへ向かうため森を抜けて元の場所へと戻っていった。
「お前の予想は見事に当たったな。」
ボロミアと一緒に馬に乗っていると、彼が後ろから言った。
「え?あ、あぁさっきのエオメルさんとの会話ですか?」
顔だけ後ろを振り向くと、ボロミアはそうだと言った。
「…こんなに早く行くことになるとは思っていなかったのですが…」
笑いながら、そう言うと彼もつられてにこやかに微笑んだが、直ぐに真剣な表情に戻ると
「だが、これからも余談を許さない状況なのは確かだ。これからも宜しくなユア。」
「…はい。此方こそ。」
2人で笑い合っているその光景を、アラゴルンの後ろに乗っていたシノブが、おもしろくなさそうな顔をしていた。
エドラスに着いた一行は、ガンダルフに付いていくように、王の謁見室へとあるいていく。
民の顔をこっそりと伺うと、その表情は明るいものではなかった。
オーク達に襲われていることによって、民の顔に不安の色が出ているのは当たり前だったからだ。
「…ユア、こっちへ…」
ガンダルフの声に私はぱたぱたと魔法使いの元に走っていく。
「どうしたのですか。」
「…いや、しばらく隣にいてくれんかの」
察したようにコクリと頷くと同時に中から数名の兵が現れ、武器をすべて外していけと言った。
私達は仕方なく、持っていた武器を兵に手渡した。
「…それも…」
ガンダルフの杖を寄越せと言った兵に、彼は悪びれもなく
「老人から杖まで奪うのか。」
とサラッと言う。
数秒の間の後、彼は渋々それを奪うことを止め、私達を通した。
後ろでガンダルフがウインクをしたことも知らず…
中に入ると、突き刺すような視線で迎えられた。殺気を感じ、とりあえずガンダルフを支えるように歩く。
魔法使いが王であるセオデン陛下に挨拶をすると、黒髪のいかにも怪しい男が話かけてきた。
「貴方は、いつも現れるのが遅いのだ。」
吐き捨てるように言う男の話を聞かずガンダルフは私の手を離れて陛下の元へ向かって灰色のマントを放り投げると、白い杖をセオデン陛下に向けて魔法を放つ。
「…ふぐぅ!!!!」
ガクリと振動を起こす。
陛下は死んだような容貌から、生気が戻ると、傍らにいた女性に微笑みを向けた。それから、側近っあったグリマをセオデンは追放し、彼の子息であるセオドレド殿下が亡くなったと悲報を耳にする私達。
シノブと私は複雑な顔をしながら、エドラスの宮殿の人影のない場所に佇んでいた。
「葬儀は…?」
「今、埋葬してる。」
ローハンで借りた喪服を着崩すと、シノブは私の横に座る。
「私が…もっと早く来れば、救えたのにっ」
唇を悔しくて噛む。
陛下にとって、セオドレド殿下は唯一の一人息子だったのだ。自分達がもっと早く来ていれば助かったかもしれない。
そんな悔しさが、自らを支配した。
「戦場で誰も死なずにすむなんて、ないと思うけどな。」
「それは…」
分かっていることだが、それでは納得がいかなかった。長とスウェルの言葉が頭の中にリフレインしているからだ。
「多くの人を救ってはいけないの?…私は、力が及ぶ限りは一人でも多く救いたいと思う。」
自分に課せられた義務とは言え、生きていてくれるなら嬉しいと思う。
「俺は…余りそういうことにはこだわりはない。救える奴は救うし、救えない奴はそこまでって割り切ってるからな。」
「なんでそんなに冷たいの?」
異世界の人間とはいえ、同じ人間だ。
それなのになぜこの人は、こんな酷い事が言えるのだろう。
「身近な人間ではないし…。それに、俺達はこの世界から、消える存在だから…愛着や情で動く方が馬鹿らしい。」
「!!!!!」
―バチン!
「っ!ユアテメェ何すんだ!!」
「馬鹿らしいってなに!?…それでも私達組織の1人なの!?人を軽々しく扱って恥ずかしくないの?」
「組織の上位の1人だからだ!任務をこなす度に情で流されて失敗する奴を俺は嫌ってほど見てきた!」
「誰かの為に死力を尽くして何が悪いっていうの!?そのために、自分が居なくなったって、私は構わなっ………!」
そこまで叫ぶと、シノブは私の胸倉を掴んで言った。
「お前がそれを言うのかっ!過去に仲間を死なせたお前がっ!」
「!」
「俺はお前の立場を理解しているつもりだ…どんなに嫌でもマスターの意見には従わなくちゃいけない。けどなっ!過去に行った…お前の慢心が招いたこととそれは別問題だ!!」
「…っ…」
彼の勢いで押し黙ってしまうと、シノブは私の服を手放してそのまま宮殿の中に入って行った。
「…ユア。」
「ボロミア…。聞いてたの?」
うずくまって景色を眺めていると、彼が話しかけてきた。
「いつから聞いてたの?」
「多くの人を救っては…辺りかな…?」
「そっか…」
それからしばらく、黙り込んでただ、視界に入るだけの景色を眺めた後、私は口を開く。
「私ね。昔、仲間を見殺しにしたことがあるの。」
「…そうか。」
「…驚かないんですね。」
「まぁ…今のこのご時世がご時世だしな。この世界では特に驚くこともない。それで、それがシノブと何か関係があるのか?」
横に座るボロミアは、真剣な面持ちで話を聞こうとする。
「…死んでしまったその人は、彼の彼女だったんです。」
「…なっ………そうか…」
少しばかり驚く彼を横目に、私は話を続ける。
「私のいる組織では、基本的に一世界に1人の転送になるんです。でも、場合によってはそれが2人に増えることもある。1人では困難、また2人の方が効率よく任務が出来るなど理由は様々ですが…」
黙って聞き入るボロミアは、なんだか興味深い顔をしながら聞いていた。
「その時の任務は、援護と救援で…。私はいつもと変わらないものだと思って、あまり深く考えてませんでした。他の任務で何度か組んだことのあった彼女と共に任務対象の異世界へ行きました。」
「…それで?」
「彼女は優秀でした。間違った意見は言わず、常に物事を把握して私に意見をしてきた。私も彼女の言葉を聞き入れ、共に任務に励んだ。けど、だから…」
そこで自分で自分を慰めるように、両腕をかき抱いた。
「…自分達間違った事はなく、完璧に任務をこなせると思い込んでいたんです。」
自らの過信で招いたものだった。
イタズラに異世界の者達を巻き込み、敵の罠にはまり彼女のみならず多くの人々を犠牲にした。その惨劇は余りにも酷く、思い返しただけで涙が出そうになる。
「…なんとか無茶をして任務を成功させ、組織に戻る事になった時帰還する事をためらいました。この世界で『幻界時間』が尽きる前に生を終えると言うことは死ぬと言うこと。戻っても彼女は居ないのだから…」
「ユア、それは…」
「えぇ…逃げです。問い詰められて責められることを恐れて、私は逃げようとした。でも、それはいけないことだ。受け止めなければいけないと思ったのです。なのに…」
元の世界に戻った時、マスターからの命令があったのに記憶をそのまま持ち帰った私は、目の前に現れたシノブの態度に動揺した。
「笑ってたんですお帰りって…疲れただろ。早く部屋に戻って休めって、笑ってたんですよ。」
「ユア。もういい。」
「彼女を失って、くやしい筈なのに、私の過信で亡くしてしまったのに…。私のせいで一生会えなくなってしまったのにっ!!!!!!」
「ユアっ…」
力強く抱き締められた感触が、何だかとても悲しかった。
彼には、この暖かい温もりを与えてくれる人さえ、もう現れないと思い知ってしまったから…
「う…うぅ…うっ…っ」
「泣きたいだけ泣け…そして眠ってしまえ。部屋には運んでやるから…。安心しろ眠るまで、ここにいてやるから…」
ボロボロ流れる涙と彼の手の感触。
その手に安心して泣いてしまった。
今だけ泣かせてください。
もう、口に出すことはしないから…
今だけ…
「…はぁ…。まいったな。」
涙の跡を残して眠るユアの頭を膝に置いて、ボロミアはため息をついた。
「結局、俺にとって一番大事な事を聞きそびれてしまった。」
『俺達はこの世界から、消える存在だから…』
思いの外あっさりと言うシノブの言動に、動揺した。
今、手を伸ばせば掴める程の距離にいる彼女が、永遠に手の届かない所へ居なくなる。そんな事考えたことがなかったからだ。
「…俺は…」
好きになってしまった。
勇ましく立ち振る舞う彼女を
優しく微笑む彼女を
自身より、自分を優先する彼女を
そして
いつもそばに居てくれた彼女を…
「…………」
ユアの柔らかそうな唇が微かに誘惑すように動く。ボロミアは、それを見てゴクリと喉を鳴らしたが、すぐに被りをふった。
まだ蓋は出来る…
この感情が溢れる前にユアを女性としてではなく、仲間として見ることを決意してしまおう。
そうすれば、彼女も自分も傷つくことはない…
自らの感情を抑えるように、ボロミアは膝で眠る彼女の髪を梳く。
「…ユア」
誓いをたてるように、蓋が出来るように苦しげな声をあげる。
今の瞬間だけは、彼女を好きでいてもいいだろうか…
今だけは、彼女の唇に触れてもいいだろうか…
この柔らかく温かな君の唇に想いをうち明けないと誓ってもいいだろうか…
「…今だけは」
君に触れても…いいだろうか
人影のないそこで、涙を拭いながらキスをする。触れるだけのキスにボロミアは誓いをたてた。
君を愛さない…と…
異界の人を好きになってはいけない。
異界の人を愛してはいけない。
組織にいた頃、幾度となく言われた言葉。異界の者を愛せば辛くなる。我等は彼等にとって異物。その世界に存在してはいけないもの。いずれ消え、居なくなり、その存在すら忘れ去られる…だから、愛してはいけない。たとえその想いが募ろうとも、口に出すこと、態度に出すことをしてはいけないのだ。けれど、私は人間だ。いくら言われた所でその感情を押し殺すことも限度がある。
だからせめて、貴方を心配してもいいですか―
―ボロミア…?
寂しそうに見つめる彼。出会った頃のように悲観にくれた顔をして、私を見下ろしている。
何故、そんな顔をするの?
何故、辛い顔をするの?
そんな顔しないで。貴方を救い助けるために私たちはこの世界に来たのだから…
手を伸ばしたくても動かない。この体が恨めしい。
この人を助ける事が私の仕事なのに…
この人を生かすことが私の任務なのに…
「…笑って」
はにかむような照れた顔が好き。
貴方にそんな顔は似合わない。
「だから…笑って」
その笑顔の為に、これからも頑張るから。貴方の悲しい顔は見たくない。
かすかにボロミアが笑った気がした。私はその笑顔を見ると、嬉しくてニコリと微笑んだ。近づいてくるボロミアの顔に、察したように目をつぶった。
―ドガ!!!!!!
「…ぐ…はっ…!!!!」
凄い衝撃を感じて、私は飛び起きた。
「何?…何?…何事?何なの!?!?」
「おー…ようやく起きたか。」
辺りを見回すと、いつもと変わらないシノブがそこにいた。先程の態度とはうって変わって憎らしい程いつも通りな彼に、私は警戒心を強めた。
「起きろ…陛下とガンダルフ達が呼んでるぜ。」
伸びをするシノブの言葉に返事をせず見つめたまま動かない。
彼は視線に気づいたのか、気まずそうに頭をかいた。
「あ…あー、さっきは悪かった。」
あっさり謝られて私は戸惑う。
彼が謝る必要はないのだ。これはすべて私が悪い事なのに…
「…カッとなって訳わかんねぇこと言って悪かった。気分悪いかもしれないけど、なにも言わず聞かなかった事にしてくれ。」
「あ…シノブ…私…」
「…悪い。本当にこれ以上は何も言わないでくれ。」
「あ…うん」
そう言って、先に部屋を出て行くシノブの背中を見つめると、私は服を着替えて宮廷に足を運んだ。
「なにかあったの?」
廊下を並んで歩く。隣のシノブに問いかけると、難しい顔をしていた。
「どうもな、ドンパチやりそうな雰囲気。ガキ二人がここの外で倒れたって話。襲撃された村の子供らしくてな。救援要請にきたらしいんだ。」
「救援…」
「ガンダルフが言うには、サルマンが手始めにしかけたものだろうって。先の訪問で、グリマは出ていったし、陛下は正気を取り戻した。サウロンはローハンを徹底的に潰すつもりらしい。」
「そんな事…させない。」
歩きながら頷くシノブは、腰にある剣に手を置いて私に向き直る。
「とりあえず死なねー程度に暴れてやろうぜ。奴らの鼻をあかしてやる」
覚悟と緊張を悟られまいと言うシノブに、私はコクリと頷いた。
「警告もなく、突然襲撃されたのです。」
姫であるエオウィンが、幼い兄弟を気遣いながら、王座で頭を抱えるセオデン陛下に言った。
「どうしたの?」
「サルマンが兵を挙げてローハンを落としかねないって話」
すぐ横に立つレゴラスに聞くと、彼は小声で答えた。
「状況は?」
「聞いての通りさ。芳しくない。」
そう言って前を促す。
「出来れば、全面戦争は避けたい。これ以上民を苦しめたくはない。」
「望まずとも、敵は迫ってきているのです。戦いは避けられません。」
アラゴルンの言葉にセオデンの眉間のシワが寄る。
「ローハンの王は、アラゴルンではなく、セオデンのはずだが?」
一触即発の間。
ガンダルフが、決断を急ぐように陛下に決断を迫る。
「ヘルム峡谷へ」
転送されていた間の本の数秒だったと思う…
頭に直接響く声に、私は其方へ視線を向ける。
渦巻く炎のような目。
「サウロン…」
―如何ニモ…
そう答えると、奴は嬉しそうにその炎のような目を細めた。
私は無意識にブライディルを手に掛けると、意図的にサウロンの目の方へ導かれる足に、懸命に耐えながら奴を睨みつけた。
―異界ノ娘…御前ガ来タトテ、中つ国ノ状況ハ変ワラヌゾ…
「だから?」
冷めた視線を向けると、サウロンの目は愉快げに揺れた。
―御前ハ、コノ世界デ滅ビルノダ
「それはそれは…有り難い予言をどうも有難うございます…ね!」
曇ったような低い笑いを響かせるサウロンに近寄るとその目にブライディルを突き刺した。
「ユア!!!!!!!」
声のした方へ走っていく。
シノブのかざした手を握り締める。
蠢く炎が追ってくるのを懸命に走り抜ける。サウロンの作り出した空間から抜け出ると同時に、私達は目を覚ました。
「死ぬわボケ!!!!!」
―ボカッ
「あたっ!」
目覚めた途端に振ってくるゲンコツに、私は頭をさする。
「痛い…」
「おー…そりゃ痛てぇだろーよ。俺は今の瞬間死にかけたんだ。」
「死ぬわけないじゃない。あの位で…」
「…異世界空間の現地についてないどころか、肉体と精神が安定してないあの場所でどうやれば死ぬ心配がないのか説明してもらおうか?」
眉間をヒクヒクさせて言う彼をよそに、ユアは辺りを見回した。
「風が鳴いてる…」
―イィィィィ……
「あ…?」
不機嫌そうな声をあげるシノブの言葉など耳に入らず、先程から風と共に鳴くブライディルを引き抜くと、私は強く鳴くそちらへ走っていく。
「ウルク=ハイの集団が近くにいる。」
スウェルに組み込まれたこの世界の知識を元に、彼に言うとシノブも武器であるチャクラムを取り出して慌ててついてくる。
―ガイン!!ガキ!ガイィィィン!!!
「……くっ……う!!!!」
「…剣と人の声…」
息苦しそうな声の方へ向かうと、ウルク=ハイの群がる中で人が矢傷を負いながら戦っていた。
「助けなきゃ!!!」
今にも殺されそうな男を助けるために走った。向かっていく間に、ウルク=ハイの一人が手負いの男にもう一本の矢を放つ。その間に、男のそばにいた何かが、叫びながら連れ去られていく。
「っ…この距離じゃ、届かないっ」
弓を持っていないことを悔やみながら現場までの距離を懸命に走る。
このままでは、あの男が死んでしまう。
私は手に魔力を溜めながら走る。
「ユア!!!!どけっ!」
不意に後ろから声がして何かが向かってきたので、走りながら左へよけた。
―ガシャ!!!!
ウルク=ハイの持つボーガンがチャクラムによって見事命中する。
奴は何事かと辺りを見回す。
手負いの男も虚ろな目をしながら、辺りを見回した。
「いけるっ…」
矢傷を負っている男と、ウルク=ハイの間にブライディルの力を使うように、地に剣を突き刺して立った。
突如として現れた者に動揺を隠せない奴は、しばし固まった。
「シノブ!!!!!結界!!!!!」
言うが早いか、手負いの男と私を囲んで、空間ががらりと変わる。
私は息切れをする彼に近づいた。
「大丈夫?」
痛みで震える男の前にしゃがみ込むと、私はそう口にして安心したかのようにニコリと笑った。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
チャクラムを握り締めながら、シノブは一時呆気にとられていたウルク=ハイに向かって斬りつける。
「はっ!…ぐっ!………はぁ!!!!」
攻撃は交わされるが、今いた位置から確実に離れていくのを見計らうと、私は矢傷を負った男の服を脱がしはじめた。
「っ…なにをっ」
「痛むから…我慢してっ」
―ググッ………グリッ!!
「っ…がっ!あぁぁぁぁぁぁ!!!」
突き刺さった矢を強引に抜いて、急いで傷に唇を寄せて吸った。
「やめっ…あっ!ぐっ!」
「っ…べっ!!…黙って。もう一本有るから我慢して。」
勢いよく吸った血を吐き出すと、私はそう言って残りの一本の矢を抜きはじめる。同時に先に抜いた方の傷に片手を置くと、そのまま傷の治癒を開始した。
気を掌に集中させる。エレーナから貰った指輪が青白く光るのを確認すると、治癒力の威力を増した。
「っ!」
ふと、自分の頭に何かの映像が流れて込んでくる。
白い都。目の前の男とよく似た白髪の男に、寂しげな目をした青年。そして、燃え盛る街並み。
「…んっく…べっ!!!」
傷から唇を離して血を吐き出した。残ったもう片方の手でも治癒を開始すると、目の前の男は不思議そうな顔をしながら私を見つめていた。
「お前は…っ…何者だ!突然こんなっ…」
「話は後。とりあえずこの怪我をどうにかするわ。傷が完全に塞がったら気の済むまで恨み言を言えばいい。」
「やめろ…俺はもうっ…」
「このまま死んでしまえば…貴方が見たままの事が起きるわよ。生きてあがらいなさい。それが貴方の使命でしょ。」
「っ!…お前、俺の…っ」
「…黙って。…いい加減治療に専念するわ。」
厳しくピシャリと言うと、私はそれ以上は話すことはなかった。男も何かを考え込むように、口を噤んでいた。
―ギイィーーーン!!!!
「チッ…デカブツがっ」
先のウルク=ハイとの交戦前に、持って来ていた剣を置いてきてしまったので何とかチャクラムで戦っていたシノブは、自分の状態が芳しくないと悪態をつく。剣があれば、この程度の奴は楽勝だったからだ。とりあえず間合いを取って、目の前の敵をどうしようか考えていた。
「あの女の仲間か…奴らとは違う匂いがする。」
低く、くぐもった声でそう聞いてくる。
「だったらなんだ…茶でも出してくれんのか?」
茶化すような言動で答えると、相手は相変わらずの低い声で、不敵な笑みを浮かべた。
「いいや…異界の女の肉は旨いのかと思ってな…」
「テメェ…殺す!」
吐き捨てると、地面に落ちていた敵の仲間が使っていただろう剣に目掛けて走り込む。
ウルク=ハイがそれに反応して向かってくるのを確認しながら、彼はチャクラムを投げつけた。
転びながら、何とか剣を持って敵に向かって斬りつける。
―ガキっ!!!
「…チッ!」
落ちていた盾で防がれて、攻撃に繋がらずシノブは再び舌打ちをして距離をとった。
―瞬間…
「はぁ!!!」
「なっ、何だ!?」
黒髪の男が突然敵に攻撃を仕掛けた。
流れる剣先に無駄のない動きだった。
自分の相手だったそれの腕を切り落とし、ウルク=ハイをほんの数秒で打ち負かした相手に、シノブは目を奪われていた。
「…っ、大丈夫か?」
ウルク=ハイの返り血でベットリの姿で振り向くと、男は落ち着いた声で聞いてくる。シノブは我に返ると、首をコクコク動かして頷いた。
「こんな所で何をしている…危ないだろう。」
男にそう言われて、シノブは困った顔をする。元来あまり人に物事を説明するのが得意ではないからだ。
どう説明しようと悩みあぐねいていると、ユアの気が変わるのが分かった。シノブは慌てて其方に走っていく。
「おい!」
「説明は後だ!…こっちにっ」
男は短く息を吐くと、シノブの後を追った。
「ユア…どうだ?」
パキンと、自らが張った結界を解除するとシノブは心配そうな面持ちで私に聞いてくる。
「ん…何とか平気。」
首をコキンと鳴らして笑顔を作る。
「…ボロミア!!!」
背後から聞こえた声に私は顔を其方へ向かせた。
「…アラゴルン…すまない俺はフロドに…」
怯えた声をあげてアラゴルンに謝罪するボロミア。
「指輪は離れた…フロドは旅立ったよ」
被りを振るアラゴルンに、ボロミアは悔しそうに地面を殴りつけた。
「メリーもピピンも、守れなかった。」
絞り出すように言うボロミアにアラゴルンは再び首を横に振った。
「…大丈夫だ。とにかくお前が無事で良かった。」
「あ、あぁ。一時はまずかったのだが、彼女が助けてくれたんだ。」
2人の視線が同時に向けられると、私は 挨拶するようにアラゴルンに向かってお辞儀をした。
「ありがとう…助かった。」
「いいえ…貴方方を手助けする為にこの世界に来たのです。礼には及びません。」
「私達を…?」
「はい。」
もう2人の気配を感じて、私は頷いて返事をする。意を決したかのように答えた。
「私達は…指輪保持者及びその仲間の救援の為、異世界から召還され、この中つ国に来ました。」
シノブと並んで、地面に刺さったブライディルを鞘に収めると私はニコリと笑った。
「異世界…?こりゃまた随分な所から来たなお前さん。」
後から来た2人のうちの1人の声に、私は頷いて笑った。
「それが私達の仕事なもので…」
「とはいえ、そんな事を言われて信用しろというのは…」
金髪の男が言うと、隣にいたシノブが口を出す。
「…まぁ、信じて貰うしかないだろうな。」
頭をかきながら言う彼はあまり説得力はない。私は、シノブの足を勢いよく踏んで睨みつけた。
「って!!!」
異世界に来て信用されるかどうかという肝心のこの時に、やる気がなさそうにしていれば誰しも不信に思うだろう。
そして決まっているのは警戒心丸出しの人物。そう言うときの発言は決まっている。
「どうするアラゴルン。信用するのか?旅に同行を?隙をついて、俺達を殺すかもしれん。」
「…っ…」
「ギムリそれはないよ。私達を殺す気なら、ボロミアを助けたりはしないだろう。」
すかさず出た金髪の男の発言に、驚いた。
「意外と賢いんですね…。そうです。もし私達がサウロン、サルマンの手下ならば、彼を見
捨てて貴方達にも危害を加えます。」
「けれど、信用に足る物が無ければ私達の旅に同行する事は賛成しかねるね。」
「しばらく、こいつらを監視する事にするって言うのはどうだ…?」
提案するように、黒髪の男に言う金髪の男と髭を長く生やした男。
剣士は判断に困っているのか難しい顔をしながら短い息を吐く。
「アラゴルン。俺は彼女を信用する。」
「ボロミア…?」
一瞬の間の後に、真剣な面持ちで言うボロミアに旅の一同が呆気にとられていた。
「さっまで俺は、ロスロリアンで見せられたあの映像のせいで、ゴンドールが滅びるならいつ死んでもいいと思っていた…けれど彼女が生きろと、それを変える事が俺の使命だと言ったんだ。だから、俺は彼女達を信用する。」
数秒の間の後、私はクスリと笑うと腕組みをした。
「…どちらにしろ、私達は貴方達に付いていくわ。反対しようとしまいとね…」
「あぁ。それが俺達の使命であり、任務だ。」
肩に腕を乗せて寄りかかるシノブは、ニヤリと笑う。
「はぁ…。分かった。好きにするといい。とにかく、小舟に戻ろう。ボロミア、立てるか?」
「そう、ありがとう好きにさせてもらうわ。シノブ、荷物置いてきた分持ってきて。先に行ってるから。」
返事の代わりに手をあげて、彼はそのまま背を向けて途中に置いてきた荷物を取りに行く。
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったわね。私はユア。彼はシノブ。これからよろしくね。アラゴルン、レゴラス、ギムリ。それから、ボロミア…」
それから、私達はウルク=ハイにさらわれたホビットの2人を追うため、昼夜走り続けた。
アラゴルンは、途中途中に地面に耳をあて奴らの動向を探りながら追いついていく。
途中、傷が完全に完治していないボロミアを気遣いながら私は彼と一緒に走った。
「さすがに、大怪我の後にこの持久戦はキツいな…」
「無理…しないで…傷は塞がったとは言え、私の力に貴方の体が馴染んでないから、時々痛むでしょう。」
「…いいや。大丈夫だ。傷の痛みは大したことはないから気にしないでくれ。」
そう心配する言葉をかけると、ボロミアは思いの外にこやかに笑った。
「強いのね…」
関心したようにいうと、彼はそうでもないと、先を急ぐ。
「くぉら!ユア!タラタラ走ってんじゃねぇ!」
「ハイハイわかってるわよ。そんなに怒鳴らないでよバカ」
「あ゛ぁ?」
前から、シノブの急かす声が聞こえて先を急ぐ。
「…………。」
その様子を、ボロミアが何ともいえない表情をして見ていたことを私は知らなかった。
「赤い陽が登る。夜に、血が流されたんだ…」
今朝方レゴラスがそう言った。
私は首を傾げると彼とアラゴルンが難しい顔をして先を更に急いだ。
あれから、ホビットが意図的に落としたブローチを見つけた後に敵がアイゼンガルドに向かっていることを知る。
そうして私達はローハンの領土に入ったのだ。
「ここが、ローハン…騎士の国。」
「…あぁ、そうだ。人間が治める国、ローハンだ。」
珍しげに辺りを見回していると、蹄の音が聞こえた。
「…!…アラゴルン!!」
そう言うと彼も気づいていたのか、岩陰に私達を誘導した。
「…こっちへ」
ボロミアに手を引かれて抱きしめられるような格好になる。
人数の多い私達は、その岩陰からぎゅうぎゅうの状態で通り過ぎる騎士の数を警戒しながら見つめた。
「…ローハンの騎士達よ!一体何事かっ!」
アラゴルンが飛び出していくのと同時に私達も彼に続く。
通り過ぎた騎士達が迂回をするように戻ってくると、彼らは私達を囲みながら槍を向けて身動きの取れない状態にした。
「……」
両手あげながら、彼らを警戒すると軍馬の間から男が現れた。
「人間、エルフにドワーフ…それに、女ずれとは妙な組み合わせだ。この国に何の用だ。」
「答えろ」
強い口調でそう言うと、ギムリが挑発的な発言をし一触即発な状態になりかかる。アラゴルンが彼らを宥めると、簡単に名前を明かし、ここに来た理由を告げた。
「ウルク=ハイなら、昨夜皆殺しにしたよ。」
愕然とする私達に、騎士は何ともいえない顔をしながら口笛を吹いた。
「彼らの前の主人より…」
騎士は馬を呼び寄せると、ヘルムをかぶり自分の愛馬に跨る。と騎士の大群を率いて去っていこうとする。
「ねぇ。」
呼び止める私に、顔をこちらに向けた。
「貴方にとって、セオデン陛下は今でも大切な方?」
「…………当然だ。私は今でも………」
言いかけて口を噤む。
これ以上の詮索は無用と判断すると彼のそばへ歩いていく。
「ユアっ」
ボロミアが呼ぶのもお構いなく、騎士の手を取った。
「なら私は貴方達のために、全力で陛下を守るわ。」
恐らく近い将来彼らの王に会いに行くことになる。
そう察知したからこその発言だった。
騎士は少し緊張がとけたのか、控えめに笑うと手を自らの唇にあてて言った。
「私はエオメルだ。…陛下を、頼む。」
馬で駆けていく彼らを見送る。
「…良かったのか?あんな事を言って」
ボロミアが話かけると、私はくすりと笑う。
「経験上、このタイミングで出てきた人はまた、再会するって確率が高くてね。近い将来、私達は何らかの形でエドラスのに向かうと思う。」
異世界への任務が多い自分の感だった。
「…っと、ごめんなさい。勝手なことをして…」
そう言って、申し訳なさそうに謝ると彼は首を横に振った。
「…とにかく行こう。ホビット達が心配だ。」
「…はい。」
ボロミアの差し出す手を取ると、2人でアラゴルン達の方へ歩いていった。
山のように積まれたウルク=ハイとオークの残骸と臭いに、私は顔をしかめる。
辺りをくまなく探そうと馬を降りた。
ギムリが何かを探しあてたようで、同じく残骸を探していたアラゴルンにそれを見せるとが悔しそうに叫び声をあげた。
「…俺のせいだ。」
ボソッとボロミアが言うのが聞こえて、彼の手をとって首を横に振る。
あの数では多勢に無勢だったのだ。どうしようもないと思う。
そういう意味を込めてボロミアを見つめると、握られた手に力が入った。
この人は、確かに指輪の力に魅入られただろうけど、本来は悪い人ではない…優しすぎてそれが今回の旅には仇となっているのだろう。自分より年上だろう彼を、何故か庇護してあげたくなってしまう。私は握られた手の暖かさを感じながらそう思った。
「…ユア。ホビット達生きてるかもしれない。」
シノブの声で我に返った。
「森…ファンゴルンの森に逃げたそうだぞ。」
「え…」
良い知らせと、悪い知らせを同時に受けたかのような、不安げな顔を浮かべる隣の男に、私は行こうと促すとボロミアは一瞬の間の後コクリと頷いた。
アラゴルンやレゴラス達がその森に入っていく。
私達も、彼らの後を追うように危険だと言われている森に足を踏み入れた。
「儂は戻ってきた…」
白の魔法使いが現れ、旅の仲間は呆然としていた。死した者が再び現れた。
それは信じられない事だったからだ。
「…しばらく見ないうちに、旅の同行者が増えているようだが?」
「彼女達は異界より来た我らの救援者達だと言うので同行を…」
ピピン達の無事を伝えられ、安心すると、魔法使いは私達に目を向けた。
アラゴルンが簡単に説明をすると、私達は彼にお辞儀をする。
「ほう…異界…エレーナからの使者…懐かしい。よろしく頼む。異界の者達…。」
「こちらこそ。私はユア。彼はシノブです。所で貴方は、エレーナ…我らがマスターをご存知で?」
魔法使いはふむと考え込むように答えた。
「…もうずいぶん前にの…美しい綺麗な娘じゃった。いずれはこの世界の為に使者を寄越すと言っておった。」
「…マスターが…」
シノブと2人で嬉しそうに微笑み合うと、
白い魔法使いは話を続けた。
「こやつらは怪しい者ではない。安心して力を貸してもらうがいいだろう。」
ニコニコと笑みを浮かべると魔法使いは今後の事を話はじめ、私達はローハンのエドラスへ向かうため森を抜けて元の場所へと戻っていった。
「お前の予想は見事に当たったな。」
ボロミアと一緒に馬に乗っていると、彼が後ろから言った。
「え?あ、あぁさっきのエオメルさんとの会話ですか?」
顔だけ後ろを振り向くと、ボロミアはそうだと言った。
「…こんなに早く行くことになるとは思っていなかったのですが…」
笑いながら、そう言うと彼もつられてにこやかに微笑んだが、直ぐに真剣な表情に戻ると
「だが、これからも余談を許さない状況なのは確かだ。これからも宜しくなユア。」
「…はい。此方こそ。」
2人で笑い合っているその光景を、アラゴルンの後ろに乗っていたシノブが、おもしろくなさそうな顔をしていた。
エドラスに着いた一行は、ガンダルフに付いていくように、王の謁見室へとあるいていく。
民の顔をこっそりと伺うと、その表情は明るいものではなかった。
オーク達に襲われていることによって、民の顔に不安の色が出ているのは当たり前だったからだ。
「…ユア、こっちへ…」
ガンダルフの声に私はぱたぱたと魔法使いの元に走っていく。
「どうしたのですか。」
「…いや、しばらく隣にいてくれんかの」
察したようにコクリと頷くと同時に中から数名の兵が現れ、武器をすべて外していけと言った。
私達は仕方なく、持っていた武器を兵に手渡した。
「…それも…」
ガンダルフの杖を寄越せと言った兵に、彼は悪びれもなく
「老人から杖まで奪うのか。」
とサラッと言う。
数秒の間の後、彼は渋々それを奪うことを止め、私達を通した。
後ろでガンダルフがウインクをしたことも知らず…
中に入ると、突き刺すような視線で迎えられた。殺気を感じ、とりあえずガンダルフを支えるように歩く。
魔法使いが王であるセオデン陛下に挨拶をすると、黒髪のいかにも怪しい男が話かけてきた。
「貴方は、いつも現れるのが遅いのだ。」
吐き捨てるように言う男の話を聞かずガンダルフは私の手を離れて陛下の元へ向かって灰色のマントを放り投げると、白い杖をセオデン陛下に向けて魔法を放つ。
「…ふぐぅ!!!!」
ガクリと振動を起こす。
陛下は死んだような容貌から、生気が戻ると、傍らにいた女性に微笑みを向けた。それから、側近っあったグリマをセオデンは追放し、彼の子息であるセオドレド殿下が亡くなったと悲報を耳にする私達。
シノブと私は複雑な顔をしながら、エドラスの宮殿の人影のない場所に佇んでいた。
「葬儀は…?」
「今、埋葬してる。」
ローハンで借りた喪服を着崩すと、シノブは私の横に座る。
「私が…もっと早く来れば、救えたのにっ」
唇を悔しくて噛む。
陛下にとって、セオドレド殿下は唯一の一人息子だったのだ。自分達がもっと早く来ていれば助かったかもしれない。
そんな悔しさが、自らを支配した。
「戦場で誰も死なずにすむなんて、ないと思うけどな。」
「それは…」
分かっていることだが、それでは納得がいかなかった。長とスウェルの言葉が頭の中にリフレインしているからだ。
「多くの人を救ってはいけないの?…私は、力が及ぶ限りは一人でも多く救いたいと思う。」
自分に課せられた義務とは言え、生きていてくれるなら嬉しいと思う。
「俺は…余りそういうことにはこだわりはない。救える奴は救うし、救えない奴はそこまでって割り切ってるからな。」
「なんでそんなに冷たいの?」
異世界の人間とはいえ、同じ人間だ。
それなのになぜこの人は、こんな酷い事が言えるのだろう。
「身近な人間ではないし…。それに、俺達はこの世界から、消える存在だから…愛着や情で動く方が馬鹿らしい。」
「!!!!!」
―バチン!
「っ!ユアテメェ何すんだ!!」
「馬鹿らしいってなに!?…それでも私達組織の1人なの!?人を軽々しく扱って恥ずかしくないの?」
「組織の上位の1人だからだ!任務をこなす度に情で流されて失敗する奴を俺は嫌ってほど見てきた!」
「誰かの為に死力を尽くして何が悪いっていうの!?そのために、自分が居なくなったって、私は構わなっ………!」
そこまで叫ぶと、シノブは私の胸倉を掴んで言った。
「お前がそれを言うのかっ!過去に仲間を死なせたお前がっ!」
「!」
「俺はお前の立場を理解しているつもりだ…どんなに嫌でもマスターの意見には従わなくちゃいけない。けどなっ!過去に行った…お前の慢心が招いたこととそれは別問題だ!!」
「…っ…」
彼の勢いで押し黙ってしまうと、シノブは私の服を手放してそのまま宮殿の中に入って行った。
「…ユア。」
「ボロミア…。聞いてたの?」
うずくまって景色を眺めていると、彼が話しかけてきた。
「いつから聞いてたの?」
「多くの人を救っては…辺りかな…?」
「そっか…」
それからしばらく、黙り込んでただ、視界に入るだけの景色を眺めた後、私は口を開く。
「私ね。昔、仲間を見殺しにしたことがあるの。」
「…そうか。」
「…驚かないんですね。」
「まぁ…今のこのご時世がご時世だしな。この世界では特に驚くこともない。それで、それがシノブと何か関係があるのか?」
横に座るボロミアは、真剣な面持ちで話を聞こうとする。
「…死んでしまったその人は、彼の彼女だったんです。」
「…なっ………そうか…」
少しばかり驚く彼を横目に、私は話を続ける。
「私のいる組織では、基本的に一世界に1人の転送になるんです。でも、場合によってはそれが2人に増えることもある。1人では困難、また2人の方が効率よく任務が出来るなど理由は様々ですが…」
黙って聞き入るボロミアは、なんだか興味深い顔をしながら聞いていた。
「その時の任務は、援護と救援で…。私はいつもと変わらないものだと思って、あまり深く考えてませんでした。他の任務で何度か組んだことのあった彼女と共に任務対象の異世界へ行きました。」
「…それで?」
「彼女は優秀でした。間違った意見は言わず、常に物事を把握して私に意見をしてきた。私も彼女の言葉を聞き入れ、共に任務に励んだ。けど、だから…」
そこで自分で自分を慰めるように、両腕をかき抱いた。
「…自分達間違った事はなく、完璧に任務をこなせると思い込んでいたんです。」
自らの過信で招いたものだった。
イタズラに異世界の者達を巻き込み、敵の罠にはまり彼女のみならず多くの人々を犠牲にした。その惨劇は余りにも酷く、思い返しただけで涙が出そうになる。
「…なんとか無茶をして任務を成功させ、組織に戻る事になった時帰還する事をためらいました。この世界で『幻界時間』が尽きる前に生を終えると言うことは死ぬと言うこと。戻っても彼女は居ないのだから…」
「ユア、それは…」
「えぇ…逃げです。問い詰められて責められることを恐れて、私は逃げようとした。でも、それはいけないことだ。受け止めなければいけないと思ったのです。なのに…」
元の世界に戻った時、マスターからの命令があったのに記憶をそのまま持ち帰った私は、目の前に現れたシノブの態度に動揺した。
「笑ってたんですお帰りって…疲れただろ。早く部屋に戻って休めって、笑ってたんですよ。」
「ユア。もういい。」
「彼女を失って、くやしい筈なのに、私の過信で亡くしてしまったのに…。私のせいで一生会えなくなってしまったのにっ!!!!!!」
「ユアっ…」
力強く抱き締められた感触が、何だかとても悲しかった。
彼には、この暖かい温もりを与えてくれる人さえ、もう現れないと思い知ってしまったから…
「う…うぅ…うっ…っ」
「泣きたいだけ泣け…そして眠ってしまえ。部屋には運んでやるから…。安心しろ眠るまで、ここにいてやるから…」
ボロボロ流れる涙と彼の手の感触。
その手に安心して泣いてしまった。
今だけ泣かせてください。
もう、口に出すことはしないから…
今だけ…
「…はぁ…。まいったな。」
涙の跡を残して眠るユアの頭を膝に置いて、ボロミアはため息をついた。
「結局、俺にとって一番大事な事を聞きそびれてしまった。」
『俺達はこの世界から、消える存在だから…』
思いの外あっさりと言うシノブの言動に、動揺した。
今、手を伸ばせば掴める程の距離にいる彼女が、永遠に手の届かない所へ居なくなる。そんな事考えたことがなかったからだ。
「…俺は…」
好きになってしまった。
勇ましく立ち振る舞う彼女を
優しく微笑む彼女を
自身より、自分を優先する彼女を
そして
いつもそばに居てくれた彼女を…
「…………」
ユアの柔らかそうな唇が微かに誘惑すように動く。ボロミアは、それを見てゴクリと喉を鳴らしたが、すぐに被りをふった。
まだ蓋は出来る…
この感情が溢れる前にユアを女性としてではなく、仲間として見ることを決意してしまおう。
そうすれば、彼女も自分も傷つくことはない…
自らの感情を抑えるように、ボロミアは膝で眠る彼女の髪を梳く。
「…ユア」
誓いをたてるように、蓋が出来るように苦しげな声をあげる。
今の瞬間だけは、彼女を好きでいてもいいだろうか…
今だけは、彼女の唇に触れてもいいだろうか…
この柔らかく温かな君の唇に想いをうち明けないと誓ってもいいだろうか…
「…今だけは」
君に触れても…いいだろうか
人影のないそこで、涙を拭いながらキスをする。触れるだけのキスにボロミアは誓いをたてた。
君を愛さない…と…
異界の人を好きになってはいけない。
異界の人を愛してはいけない。
組織にいた頃、幾度となく言われた言葉。異界の者を愛せば辛くなる。我等は彼等にとって異物。その世界に存在してはいけないもの。いずれ消え、居なくなり、その存在すら忘れ去られる…だから、愛してはいけない。たとえその想いが募ろうとも、口に出すこと、態度に出すことをしてはいけないのだ。けれど、私は人間だ。いくら言われた所でその感情を押し殺すことも限度がある。
だからせめて、貴方を心配してもいいですか―
―ボロミア…?
寂しそうに見つめる彼。出会った頃のように悲観にくれた顔をして、私を見下ろしている。
何故、そんな顔をするの?
何故、辛い顔をするの?
そんな顔しないで。貴方を救い助けるために私たちはこの世界に来たのだから…
手を伸ばしたくても動かない。この体が恨めしい。
この人を助ける事が私の仕事なのに…
この人を生かすことが私の任務なのに…
「…笑って」
はにかむような照れた顔が好き。
貴方にそんな顔は似合わない。
「だから…笑って」
その笑顔の為に、これからも頑張るから。貴方の悲しい顔は見たくない。
かすかにボロミアが笑った気がした。私はその笑顔を見ると、嬉しくてニコリと微笑んだ。近づいてくるボロミアの顔に、察したように目をつぶった。
―ドガ!!!!!!
「…ぐ…はっ…!!!!」
凄い衝撃を感じて、私は飛び起きた。
「何?…何?…何事?何なの!?!?」
「おー…ようやく起きたか。」
辺りを見回すと、いつもと変わらないシノブがそこにいた。先程の態度とはうって変わって憎らしい程いつも通りな彼に、私は警戒心を強めた。
「起きろ…陛下とガンダルフ達が呼んでるぜ。」
伸びをするシノブの言葉に返事をせず見つめたまま動かない。
彼は視線に気づいたのか、気まずそうに頭をかいた。
「あ…あー、さっきは悪かった。」
あっさり謝られて私は戸惑う。
彼が謝る必要はないのだ。これはすべて私が悪い事なのに…
「…カッとなって訳わかんねぇこと言って悪かった。気分悪いかもしれないけど、なにも言わず聞かなかった事にしてくれ。」
「あ…シノブ…私…」
「…悪い。本当にこれ以上は何も言わないでくれ。」
「あ…うん」
そう言って、先に部屋を出て行くシノブの背中を見つめると、私は服を着替えて宮廷に足を運んだ。
「なにかあったの?」
廊下を並んで歩く。隣のシノブに問いかけると、難しい顔をしていた。
「どうもな、ドンパチやりそうな雰囲気。ガキ二人がここの外で倒れたって話。襲撃された村の子供らしくてな。救援要請にきたらしいんだ。」
「救援…」
「ガンダルフが言うには、サルマンが手始めにしかけたものだろうって。先の訪問で、グリマは出ていったし、陛下は正気を取り戻した。サウロンはローハンを徹底的に潰すつもりらしい。」
「そんな事…させない。」
歩きながら頷くシノブは、腰にある剣に手を置いて私に向き直る。
「とりあえず死なねー程度に暴れてやろうぜ。奴らの鼻をあかしてやる」
覚悟と緊張を悟られまいと言うシノブに、私はコクリと頷いた。
「警告もなく、突然襲撃されたのです。」
姫であるエオウィンが、幼い兄弟を気遣いながら、王座で頭を抱えるセオデン陛下に言った。
「どうしたの?」
「サルマンが兵を挙げてローハンを落としかねないって話」
すぐ横に立つレゴラスに聞くと、彼は小声で答えた。
「状況は?」
「聞いての通りさ。芳しくない。」
そう言って前を促す。
「出来れば、全面戦争は避けたい。これ以上民を苦しめたくはない。」
「望まずとも、敵は迫ってきているのです。戦いは避けられません。」
アラゴルンの言葉にセオデンの眉間のシワが寄る。
「ローハンの王は、アラゴルンではなく、セオデンのはずだが?」
一触即発の間。
ガンダルフが、決断を急ぐように陛下に決断を迫る。
「ヘルム峡谷へ」