軍団長とエルフ①中編-エルフの章
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感づいていた。
彼女が軍団長であるエオメルに惹かれていることは…
それでも、何もしなかった。
それでも、彼女は旅を私達とすると思っていたし、ユア自身が自分から離れることはないとそう勝手に思っていた。
何も確証はないのに…
ずっと一緒にいた…
そんなことだけが今まで、ユアと一緒にいたことの誇りだった。
一緒にいたから彼女の考えてることは分かっていた…つもりだった。
―…!!!!!!
部屋から微かに聞こえる、消え入りそうな泣き声。
彼女はいつから自分を殺しながら泣くようになったのだろうか…
少なくとも、出会った頃はそんなことはなかったし、少女であったあの頃にはすでにその瞳に大きな信念があったと思う。
それを壊したのは、恐らく自分だ。
いつだったか、立ち寄った闇の森での一件以来…あの頃からユアは、私に対してとても余所余所しくなった。
好きだと言っても、可愛いと言葉にしても、全く受け入れることをしなくなった。それどころか、そんな言葉を吐く自分を嫌いだと、好きじゃないと言い出すようになった。
気づいてほしくて言葉を何とか聞いてほしくていろいろ試してきたけれど、全く受け入れてくれることがなくて、数年が経った。
なのに…出会ったばかりのエオメルの言葉を彼女はすんなりと受け入れた。
あれだけ自分が焦がれた行為を、あっさりかすめ取られ、男は満足そうな顔をしてユアの部屋から去っていったのだ。
―悔しい
またあの時と同じ。
タウリエルを、彼女を好きだった。
好きだったけれど、自分の想いは伝わっている。
いつか実るものだと思っていた。闇の森の王子である自分にはも好きな女性くらい、愛する女性の一人くらい…
けれど結局、その恋もドワーフの男一人に奪われた。実りはしなかった。だが、それでも、短い期間ではあったが、あの時の二人が出会って想いを交わしていたことはどんなに自分が長く彼女を好きだったことより、濃密で色濃いものだったのだろう。
だから諦めた。いや、忘れるためにあの国を出た。そうしなければ自分が潰れてしまいそうだったから。最愛の者を亡くしたタウリエルを、そんな時に自分のモノにしようとも思わなかったのも、ひとえに自分のプライドだったのかもしれない。
そうして、今までの態度を殺してできた性格が今の自分だ。不愛想を正して、女性には優しく物腰柔らかく。本来のエルフのような振る舞いだと思う。けれど、自分にはこれがあの男の真似をしているようで、とても苦痛でしかなかった…。
だから…
『あの、さ…レゴラスって昔からそうなの?』
『昔から誰にでも優しいの?』
その言葉を言ったユアを、意識しないわけがなかった。隠してきた。
ずっと、押し殺してきた。
殺してきた本来の自分を、見つけてくれた気がしたからだ。
タウリエルでもない。
闇の森、裂け谷の他のエルフでもない。
唯一君だけが、私を見つけてくれたというのに…
「どうして…かな…」
歯がゆくて、どうすればいいんだろう。
君が私を見て、想って気持ちを分かってくれたなら、こんなに苦しい想いなんてしないのに…
「私はもうユアしかいないのに…
ユアしかほしくないのに…」
また失うのが怖い。
また奪われるのが怖い。
また自分が変わっていくのが怖いのに…
「ユア…」
気配を殺して、小さく言葉を紡ぐ。
扉越しに聞こえる彼女の泣き声が、自分の声をかき消していった。
ヘルム峡谷での戦いの宴。
そこには、メリーやピピン。
ガンダルフやアラゴルンにギムリ。
もちろんレゴラスの姿もあった。
「飲み比べじゃあ!」
ガツン!!!とギムリは強引に私を引っ張ってテーブルへ連れてくると、そこにはワイワイ楽しそうにお酒を飲む騎士さんやなぜか不機嫌に自分を見下ろすレゴラスとは対照的に、ご機嫌なエオメルさんがいた。
「ちょっと何よっ!私参加しないよ!やだ!」
「何を言っとるかー!お前さん、この俺の酒が飲めないというのか!」
「飲めないっていうか飲みたい気分じゃない…んぐ!!!!!!!!ぐぐ!!!!」
言い終わる前に、ギムリにジョッキを強引に口へ押しやられ、結局不可抗力にも飲み比べの参加者に数えられてしまう。
「わははは!!!!飲みたくない気分などとそんなものが通じるか!今日のこの日は、俺様が活躍しためでたい宴だ!飲め飲め!ひよっ子めぇ!!!」
「んーーー!!!!んんん!!!!!!!」
ずっと口に押さえつけられて息ができないのと、口からあふれたエールに、どうにもならなくて、私は思わずギムリをバシっと殴りつける。
「…ぷぁ!!!!死ぬ!!!!!息できないしぬ!!!!!!」
「おおおおお!!!なんじゃあ、やる気だな、よいしょ俺も行くぞ!!!お前も飲め!レゴラス!!!」
「あぁ…そうだな…私も今日は飲みたい気分だから」
ギムリの煽りにものともしない涼しい顔をして、レゴラスは一気にジョッキのエールを飲み干した。
「ほう、なかなか…俺も負けてられないな」
ごきゅごきゅ音が鳴りそうな勢いでジョッキを煽るギムリを横目に、私はうんざりした顔をする。
「ユア、ほどほどにしておけよ?」
「えぇ…あ、はい。いや、うん…」
エオメルさんに声をかけられて、先ほどの行為を思い出して私は顔を赤く染める。
「エオメル。酒を注いでくれないか」
ふいにそれを壊すように、レゴラスがジョッキを前に差し出した。
「あぁ…ちょっと待ってくれ」
酒樽から注ぐエオメルさんの姿をぼーっと見つめて、そのまま棒立ちになる私。
「ユア…」
「えっ…」
いつの間にか隣にいたレゴラスが、私の耳元でかすかに言った。
「今夜落ち着いたら、話がある」
一言そう言って元の場所へ戻るレゴラスに、一瞬にして気持ちがそちらへ向いてしまう。
あんなに、寂しそうな声をする人だっただろうか…
あれから、飲み比べはギムリの脱落で幕を閉じて、そそくさと宴の席を後にした。
ユアがエオメルと話している所なんて見たくもなかったし、決心した気持ちを揺さぶられたくなかったからだ。
「そこそこ飲んだときいたぞ、大丈夫なのか?」
酔いを覚ます為、外の景色を見ていた私の背中から、エステルの声がする。
「少し酔った程度さ。心配することじゃない」
いつも通りのポーカーフェイスで、彼に返事をすると苦笑いをした。
「涼しい顔をしてるつもりだろうが、内心穏やかではないのは丸わかりだぞ」
「君の場合別格だろう?付き合いが長い」
「はは、ユアほどじゃないさ」
そう言って沈黙する。
「…アイツを置いて行くのか?」
「…そうだね…それが一番いいと思ってる…」
「ユアには…」
「私から言うよ。私の問題、我儘だ。君に宣告させるのは違うだろう?」
崩れかけた外壁に体を預けて言うと、苦笑いをする。
「娘の様に育てて来たのは私だ。お前がそこまでしなくてもいいと思うがな」
「違うよ、エステル…これは、私なりのケジメだよ。諦めることには慣れてるからね。自分なりのケジメを付けなきゃいけないと思ってるんだ」
出会った頃はこんな気持ちを彼女に抱くなんて思ってなかった。決意と憎悪を抱きしめるかのように自分の前に現れたユアは、まだ幼い少女だった。けど、自分はすでに彼女を本気で好きで、ずっとずっと長いこと想ってしまったから…
「本当に世の中うまく行かないものだね。何度同じ失敗をしてるのか…君が羨ましいよ。一時でも、アルウェンと心通わせることができた事がね…」
「そうとは言えないな…私は私で、未だに未練タラタラだ…」
「失礼な事を言った…すまない、忘れてくれエステル」
「気にしていない…覚悟は決めたとはいえ、時々無性に会いたくなって、また触れたいとは思うことはあるからな」
目を細めて遠くを見ながら懐かしそうに柔らかく笑った。
「…ガラじゃないな。私は…実は落ち着いたら話そうとユアには伝えてあるんだ。そろそろ来る頃じゃないかな?」
「そうか…私は行くぞ。あとは任せた…すまない」
ポンと肩を手を置かれ、エステルは宴の席へと戻っていく。私は微かに震える自分の手を空いたもう一方の手で握りしめた。
「やぁ、遅かったねユア…」
暫くして現れた彼女は、とても緊張した顔をしていた。
「ガンダルフ達と話ながら少し飲んでいたから。ごめんね遅くなって…」
「いいさ、気にしてない。呼び出したのは私の方だからね…」
庭園のベンチに腰かけて、横に習うように座る彼女は思いの外ソワソワしていた。
「改まって呼ばれると、こっちとしては何事だろうって思っちゃうよ…」
困った顔をして言われて、たしかにそうだなと納得した。
暫しの沈黙。
「あのね、これからの旅の事なんだ」
「え、あ、うん…足手まといにならないように頑張って付いていくよ」
「いや。君はもう付いて来なくていい。裂け谷に帰れ」
「えっ…?」
何が何だか分からないという表情をするユアに胸が痛む。こんな複雑な表情をした彼女の顔を見るのは初めてだ。
「な、に、そんな、ここまで来たのに…私これまでだって真剣にっ!」
立ち上がって、私を見つめて訴える彼女に淡々と続ける。
「真剣?大した戦力にならないくせに、出会ったばかりの男と色恋にふける君を真剣にやってきたなんて思いたくないな」
「!?」
見開く目に私はあえてその目を直視しなかった。
「そんな、風に思ってたんだ…」
か細い声で絞り出されるそれが痛々しい。けれど、自分で決めたケジメだ。ここで私が折れてしまったら、きっと…後悔する。
「わ、たしが、レゴラスの気持ちに応えないから?」
「違うよ」
「私が、エオメルさんと一緒にいるから?」
「違う」
「私、が…私が、エオメルさんを好…」
聞きたくなかったから。唇を塞いだ。
こんな瞬間の為に、ずっとずっと君に唇に触れなかったなんて、馬鹿らしい。
「私は君が嫌いになったんだ…もう、君と旅は出来ない」
「っ…」
嫌いになったなんてそんな事嘘なくせに、傷つけて自分も傷ついてそんな自分を愚かだと思った。
「エステルには許可は取ってる、付いて来るな」
厳しい言葉と、目を向ける。
私のこの目と、声が苦手な事を知ってるからこそ厳しい声で言った。
「お別れだ…」
突然だった…
突然過ぎて頭が上手く働かない。
こんな事、一度だってなくて、何がなんだか分からなかった。
真剣に旅をしていないと言われたことに…
突き放された事がショックだったのか
嫌いだと言われた事に傷ついたのか
それとも…
「嫌いな癖に、なんであんなことするの?」
分からなくて、胸が裂けそうなのに、私どうすれば良いんだろう…
今更、帰れなんて言われたってみんなの為にこの長い道程を歩いてきたのに、それなのに…
「もう、聞いたのか?」
「アラゴルン?」
聞いていたのか、見ていたのか、タイミングよく現れた育ての親。
「レゴラスが、いらないって…」
「あぁ…」
「嫌いだって…」
「あぁ、聞いていた」
「アラゴルンも!旅に同行するの許可しないって!」
「そうだな…私が許可した…」
「どうして?!」
詰寄る私に、アラゴルンは呆れたような顔をしてため息をついた。
「どうして、という言葉はお前が分かっていないからだ」
「何っ…」
厳しい親の顔に私はぐっと唾を飲む。
「これからの戦いで、お前とレゴラスを天秤に掛けた時にどちらが戦力的に必要になるかた考えたまで」
「私だって戦えるっ!皆の足手まといにはならないよ!」
「…そうじゃない。そうじゃないだろうユア…」
頭を振って、両肩を抑えられて真っ直ぐな目で見つめられる。
「ヘルム峡谷での戦いから帰ってきてからのアイツは普通にしてるが、とても不安定で見ていられない。あの状態で、これから益々戦いが苛烈になる状況に突入していくのに、レゴラスの気持ちは乱れたままでは困るんだ。そして、アイツの気持ちを一番乱している原因、それはお前だ」
「!?」
ビクッと身体が揺れた。
脳裡によぎるレゴラスの顔が、私の心臓を鷲掴みにする。
「このまま我儘を押し通すなら、覚悟は決めてもらう。レゴラスが死んでもいいのなら、お前はそれを貫けばいい…」
「レゴラスは死なないよ!!!!」
ガシっとアラゴルンの服を掴んで、思いのほか大きな自分の声が庭園中に木霊した。
「やめてよ!死ぬなんて言わないで!言わないでよ!分かったよ!私、裂け谷に帰るから!だから、だから死ぬなんて言わないで!!!!言わ、ないで…やめて…」
崩れ落ちる寸前にアラゴルンに抱きとめられて、私は声を殺して泣いた。
「…お前の過去を掘り返すようですまないことをした…だが、分かってくれ…私は、お前を嫌ってなんかいないし、生きててほしいと思ってる」
「ズルいよ、そんなこと言われたら納得するしかないじゃない…私がレゴラスを死に至らしめる要因の1つなら、私のせいでどうにかなるのなら、こうするしかないじゃない…」
「そうだな…お前に選択肢は無かった…」
フラッシュバックした。幼い自分の過去。
目の前で両親を、オークに殺された。
自分にもっと力があったなら…その思いだけで懸命に強くなったつもりだ。
なのに、その気持ちも、想いも自分の立場ゆえに自ら覆してしまうことになるなんて…
「アラゴルン?」
「何だ?」
「ありがとう…ごめん」
それしか言えなくて、私は深々とお辞儀をしてから宴の会場に戻った。
それから、とにかく強い酒を一人でひたすら飲んでた。わけ分からなくなるくらい飲めば、きっと、無かったことに…なんて、ありえない話なのに…
目線の先に見える、見知らぬ女性とレゴラス。
楽しそうに綺麗な女の人はレゴラスに話し掛けてていて、それを彼は優しい目で話を聞いている。
やめてよ…
その目は私だけに向けられるものだ
やめてよ…
肩を抱くのも、抱き締められるのも私だけのものだったはずなのに…
「やめて、やめてよぉ…」
どうにもならなくて宴の席にもいられなくて、私はそのまま用意された部屋に戻る。
今更、自分で思っていたよりもずっと根が深かった事に驚いた…
私って、なんて馬鹿なんだ…
レゴラスは優しいから…
いつの間にかその言葉が、彼から逃げるための常套句になっていた。
-好きだよ
-可愛いよ
気恥ずかしい気持ちもあり、本当に私の事が好きなのだろうか?という疑問を、聞けずにズルズル来てしまって今に至る。
最悪な展開で、現実を目の当たりにして、嫉妬して、自分で自分を苦しめてるのに誰のせいでも無いのに…
ー暗がりの部屋。
既に酒を煽りに煽って泣き腫らして寝ているであろうユアのへやを訪れる。
鼻を啜る音が時々聞こえ、目元は微かに濡れていた。
ギシリとベッドが音を立てる。
布ズレの音が、妙に自分の耳に響いた。
「ユア…」
悲しげな寝顔に、私は苦笑する。
こんな顔をさせる為に、ずっと想って来たわけじゃないのに…
「ユア、ゴメン…」
悔しかったのだ。
自分だけ彼女のことを好きすぎて。
本当は、ずっと見守って、守ってあげたいと今でも思っているのに…
「本当は、ね…好きだよ…何度も言ってるけど…今でも、これからも変わらないから…」
そう言って触れるだけのキスを落とす。
これが、自分にとっての彼女に対する本当の…
最初で最後の想いのこもったものだから…
翌日。
パランティアを覗き見たピピン達は、ゴンドールへガンダルフが、ピピンを連れて向かうと聞いた。サウロンはどうやら、ピピンが指輪を持っていると思ったようで、危険を知らせることと、ホビット自身をローハンからも遠ざけようという考えらしい。
「ガンダルフ!」
「ユアか、今は一刻を争う。お前さんにアラゴルンは任せたぞっ!」
愛馬の飛陰に跨り、ピピンを乗せて言う深刻な顔をした白の魔法使いに自分の今後を話そうにも話せないと判断した私は、任せてくれと言った。厳しい顔は変わらず軽く頷くと同時に、馬はそのままかけていく。
見張り台へ走るメリーをアラゴルンが追う。
ずっと共にいた仲間が居なくなることは、矢張りホビットである彼らも辛いのだろうと、その後姿を眺めていた。
それから、数日、エドラスはゴンドールからの、救援待ちも含めてひとときの安息の時間をすごすことになった。
私とレゴラスは相変わらずで。こちらが話しかけようものなら、彼は視線を外して去っていってしまう。エオメルさんは次の戦のための手配をしながら、奔走をしていて話すことはなかったが、時々見かけると声をかけてくれた。
そんな中、私は身の回りの荷造りをしていた。いつでも裂け谷へ帰れるように…
「気が早いな。もう帰り支度か?」
「アラゴルン…うん、狼煙があがれば私はお役ごめんだし…今から帰ってもいいんだけどさ…最後だし、折角だから援軍に向う野営地まで行こうかなって…エオウィン姫もそうするって聞いたし…」
「ユア…辛くないのか、そこまでして…」
後ろからするアラゴルンの声に、わたしの涙腺が緩みそうになったけれど、もう泣くまいと思い、振り返って笑顔で答える。
「大丈夫、辛くないよ。私よりフロドやサムやみんなのほうが大変だし、これからがキツい試練になるもの。私は帰るだけ。気にしないでよ」
「お前は…」
幼い頃からこの人の声と手に慰めてもらってた。
育ての親の様に接してた。
この人はきっと、ずっと、私の味方でいてくれると思う。“お父さん”なんて一度も言ったこと無かったけど…
「だから、野営地まで同行する我儘は許して?見送りたいから…」
「あぁ、分かった…」
はにかむように笑うアラゴルンの首に、ぎゅっと抱きつくと、彼は私を抱きしめ返した。
「すまない…」
かすかに耳元で聞こえたその言葉を私は聞かなかったことにした。
それからさらに数日、ゴンドールからの狼煙が上がったと報告が入った。セオデン陛下を筆頭にエドラスから多くの兵が出立し始めた。
もちろん私達も例外じゃなくて、早々に馬に乗り
ミナス・ティリスへと向かうことになった。
「セオデン陛下に忠誠を?」
メリーを乗せて、私は先程彼が騎士にしてほしいと願った話を聞いていた。
「うん、僕はホビットだけどフロドや、サム、ピピンに負けないように…戦に行くよ。戦うんだ…」
真っ直ぐな目をして、私に向けて言うメリーに私の心がぐらつく。
戦に、行くの?こんな小さなホビットが、いくのに、私何してるの?
メリーを乗せて、彼の言葉が頭が離れなかった。
呼び集めた兵達の、集合場所である野営地に到着する。
そこは、馬は落ち着かす、兵達もそわそわしたまま浮足立っているように見えた。
充てがわれた野営地のテントにはレゴラスと、私の姿。相変わらず私の前では厳しい顔をしているけれど、きっと今話さなきゃ一生後悔すると思い、私は思い切って声を掛けた。
「あの、レゴラス…」
「…」
やはり反応がなくて、荷物の整理をする彼に勇気を持って近づく。
「あの…」
「…明日、お別れだ。何か思い残すことがあるのか?」
そう言われ、私は口を開いてくれたことが嬉しくてつい涙ぐむのを堪えた。
「生きて、帰って来てね。私待ってるから…」
目を見開く反応をされて、思わず苦笑いした。それもそうだ。つい先日まで、私は彼自身を邪険に扱ってきたのだから。
それを今更、態度を変えた所で、驚かれるだけに決まってる。
「あの、お願いがあるの。」
「何?」
返事を返されて、私はガラドリエル様が旅の仲間達に授けてくださったマントとブローチを外した。
「これ、もしよければ、交換、して欲しいなって…」
図々しくも、強引にそうしようと思ったのは自分の中でのある一つの決意からだった。
「何故?それを私と交換したとして、なにになる?」
冷たい物言いは、あの頃タウリエルさんにしたときのような感覚に見舞われた。
優しかったレゴラスが、ここまでの態度を出すのだ。私はもう完全に嫌われてしまったのだと悟った。
「ごめんね、あの、他意はなくて…ただ、ずっと一緒にいたレゴラスのマント借りたら、きっと今までどおり強い気持ちで帰れるとおもったの…あは、我儘だよね…ごめん、忘れて?」
踵を返して、溜息をつく。振り絞った勇気を無駄にしたと思った。けれど、これは自業自得だ。レゴラスが悪いわけじゃないから…
「ユア…」
後から不意に声がして、肩に何かをかけられる感覚。
「こっち向いて…」
言われるままに彼の方へ向き直ると、胸元にブローチを付けてくれた。
「なん、で?」
「そんな目でお願いされたら、私もそこまで白状にはなれないよ。そっちは、私にくれるんだろ?」
うん、と言って手渡したら、レゴラスが私の頬に手をあてた。
「裂け谷まで守ってあげるから、だから無事に帰る事。いいね?君は私の可愛いい、……妹だからね…」
「あっ…」
そう言われて、どうにもならなくて顔をくしゃりと自分でもしたのがわかった。
今更だ。今更、実はずっと好きだった。なんて言った所で、もう元に戻れる訳がない…
「は、はーい!無事に帰還します!レゴラスの帰りを首を長くして待ってるよ!」
無理矢理笑ってから、そう言ってテントから出た。急な崖まではや歩きして行く。ポロポロ涙が出ていた。
突き放された事には変わりは無い。最後の会話で笑顔で話せた事は、良かったかもしれない。なんでもっと早くこうしなかったんだろ。甘えてたんだろう。もっと考えて、私がちゃんと気持ちを伝えておけばこんな事、こんな苦しい思い、しなくてすんだのに…
「ユア、どうしたんだ?」
エオメルさんの声に私はピクッと反応した。
「これから戦になる。お前は明日、エドラスへエオウィンと帰るんだぞ?」
そう言われて、思わず顔を上げた。
「女扱い、しないで。私はレンジャーで、戦士で、旅の仲間だ。まだ戦える」
「?!」
肩を触られて振り払った。
「貴方は分かってない…分かろうとしなかった私も愚かだけど、貴方も分かってないっ!」
そうだ。私はアラゴルンやレゴラスに認められたくて、強くなりたくて、親の仇を討ちたくて剣を取った筈だ。
この手は、そのオーク達の血で真っ黒に染まっていていて、復讐なんて想いを消すほどに愛してくれたのは彼ら達だ。好きで居させてくれた。強くしてくれた。気遣ってくれたから。
「帰らないわ。私は皆と戦う。絶対に帰らない」
例えば、おいて行かれたとしても、一人でも。
私が強くなろうと思ってきたものは、このときのためだ。もう何も失うものはないだろう。
私が居なくなっても、誰も悲しみはしないから…
数時間、アラゴルンはギムリと、レゴラスと共に山の中へと入って行った。
私はタイミングを見て、セオデン陛下に、自身も戦に参加すると伝え、許可をいただいた。
「そなたが、軍団に加わりたいだと?」
「はい、ヘルム峡谷にて私の戦いぶりは見ていただけたかと思います。アラゴルン達が行ってしまった今、一人でも多く戦力は欲しいはずです」
アラゴルン達がさって後、私はセオデン陛下にそう進言をした。
「だが、そなたは、女だ…死ぬやもしれぬ戦いに出すなど、それは…」
「そうだ、わざわざ、死地に赴く必要などないだろうっ!」
渋るセオデン陛下と、エオメルさんの言葉に、私は引き下がることはなく、淡々と言葉を続ける。
「私は、これまで女としてでは無く、一人の戦士として生活してきました。幼い頃より、オークに両親を殺され、その為に自らの技量を鍛えてきたのです。今…今戦わなくて、復讐など、戦士としての自分を、それを鍛えてくれたアラゴルン達に顔向けなど出来ませんっ!」
信念強くそう言うと、セオデン陛下はため息をつく。
「そなたらの強情さには驚かされる…良い。共に戦おうぞ…」
「陛下っ!」
エオメルさんの制止に耳を傾けることも無く、私はそのままテントを出てゆく。
「何故、ですかっ!陛下っ!ユアはっ!」
「仕方あるまい。あーなってはこちらが反対しても、無理やり付いてくる」
「ですが…」
苦虫を噛みつぶしたかのように、どうするべきなのか分からないという顔をするエオメルに、セオデンは言った。
「好いておるのだろう。あの娘を…。気丈で、強く、自分を持っている。まさにおまえが好みそうな娘だ。だが、あの娘はお前やエオウィンとは違う。」
「違う?」
「そうだ。王としての資質や王族としての目を持っているわけではない」
ぐっと唾を飲み込むエオメルに、セオデンは続けた。
「気持ちはわかる。だが、お前にはもっと相応しい者が現れる…」
諭されて、どうにも納得はいかなかった。
本気でほしいと思った女性だ。
そんな事で諦めたくは無かった。
「それでも、それでも私はユアを…」
うつむくエオメルの心情とは裏腹に、
ユアはまた、確固たる決心を抱いて、戦場に赴こうとしていた。
明け方、私達は一斉に馬に跨りゴンドールに向けて進軍を始めた。
「ホビットは、ここからの戦いには無理だ。連れて行くことは出来ない」
「仲間はみんな今頃戦っています、僕だけここに留まるなんてこと出来ません。行かせてください。戦いたいんです!」
メリーの訴えは聞き入れられる事はなく、陛下はそのまま去っていく。
身支度を終えて行こうとした私はそれ見て近づこうとしたが、突然ガツっと肩を掴まれた。
「貴女には、やらねばならないことがある筈。メリーは私に任せて」
「エオウィン姫っ!ですが、貴女はエドラスに戻れと…」
そういうと、ヘルムをかぶったままの彼女はうっすらわらった。
「貴女を見ていて、私も共に戦いたいと思ったの。この世界をともに救いましょう。」
彼女が軍団長であるエオメルに惹かれていることは…
それでも、何もしなかった。
それでも、彼女は旅を私達とすると思っていたし、ユア自身が自分から離れることはないとそう勝手に思っていた。
何も確証はないのに…
ずっと一緒にいた…
そんなことだけが今まで、ユアと一緒にいたことの誇りだった。
一緒にいたから彼女の考えてることは分かっていた…つもりだった。
―…!!!!!!
部屋から微かに聞こえる、消え入りそうな泣き声。
彼女はいつから自分を殺しながら泣くようになったのだろうか…
少なくとも、出会った頃はそんなことはなかったし、少女であったあの頃にはすでにその瞳に大きな信念があったと思う。
それを壊したのは、恐らく自分だ。
いつだったか、立ち寄った闇の森での一件以来…あの頃からユアは、私に対してとても余所余所しくなった。
好きだと言っても、可愛いと言葉にしても、全く受け入れることをしなくなった。それどころか、そんな言葉を吐く自分を嫌いだと、好きじゃないと言い出すようになった。
気づいてほしくて言葉を何とか聞いてほしくていろいろ試してきたけれど、全く受け入れてくれることがなくて、数年が経った。
なのに…出会ったばかりのエオメルの言葉を彼女はすんなりと受け入れた。
あれだけ自分が焦がれた行為を、あっさりかすめ取られ、男は満足そうな顔をしてユアの部屋から去っていったのだ。
―悔しい
またあの時と同じ。
タウリエルを、彼女を好きだった。
好きだったけれど、自分の想いは伝わっている。
いつか実るものだと思っていた。闇の森の王子である自分にはも好きな女性くらい、愛する女性の一人くらい…
けれど結局、その恋もドワーフの男一人に奪われた。実りはしなかった。だが、それでも、短い期間ではあったが、あの時の二人が出会って想いを交わしていたことはどんなに自分が長く彼女を好きだったことより、濃密で色濃いものだったのだろう。
だから諦めた。いや、忘れるためにあの国を出た。そうしなければ自分が潰れてしまいそうだったから。最愛の者を亡くしたタウリエルを、そんな時に自分のモノにしようとも思わなかったのも、ひとえに自分のプライドだったのかもしれない。
そうして、今までの態度を殺してできた性格が今の自分だ。不愛想を正して、女性には優しく物腰柔らかく。本来のエルフのような振る舞いだと思う。けれど、自分にはこれがあの男の真似をしているようで、とても苦痛でしかなかった…。
だから…
『あの、さ…レゴラスって昔からそうなの?』
『昔から誰にでも優しいの?』
その言葉を言ったユアを、意識しないわけがなかった。隠してきた。
ずっと、押し殺してきた。
殺してきた本来の自分を、見つけてくれた気がしたからだ。
タウリエルでもない。
闇の森、裂け谷の他のエルフでもない。
唯一君だけが、私を見つけてくれたというのに…
「どうして…かな…」
歯がゆくて、どうすればいいんだろう。
君が私を見て、想って気持ちを分かってくれたなら、こんなに苦しい想いなんてしないのに…
「私はもうユアしかいないのに…
ユアしかほしくないのに…」
また失うのが怖い。
また奪われるのが怖い。
また自分が変わっていくのが怖いのに…
「ユア…」
気配を殺して、小さく言葉を紡ぐ。
扉越しに聞こえる彼女の泣き声が、自分の声をかき消していった。
ヘルム峡谷での戦いの宴。
そこには、メリーやピピン。
ガンダルフやアラゴルンにギムリ。
もちろんレゴラスの姿もあった。
「飲み比べじゃあ!」
ガツン!!!とギムリは強引に私を引っ張ってテーブルへ連れてくると、そこにはワイワイ楽しそうにお酒を飲む騎士さんやなぜか不機嫌に自分を見下ろすレゴラスとは対照的に、ご機嫌なエオメルさんがいた。
「ちょっと何よっ!私参加しないよ!やだ!」
「何を言っとるかー!お前さん、この俺の酒が飲めないというのか!」
「飲めないっていうか飲みたい気分じゃない…んぐ!!!!!!!!ぐぐ!!!!」
言い終わる前に、ギムリにジョッキを強引に口へ押しやられ、結局不可抗力にも飲み比べの参加者に数えられてしまう。
「わははは!!!!飲みたくない気分などとそんなものが通じるか!今日のこの日は、俺様が活躍しためでたい宴だ!飲め飲め!ひよっ子めぇ!!!」
「んーーー!!!!んんん!!!!!!!」
ずっと口に押さえつけられて息ができないのと、口からあふれたエールに、どうにもならなくて、私は思わずギムリをバシっと殴りつける。
「…ぷぁ!!!!死ぬ!!!!!息できないしぬ!!!!!!」
「おおおおお!!!なんじゃあ、やる気だな、よいしょ俺も行くぞ!!!お前も飲め!レゴラス!!!」
「あぁ…そうだな…私も今日は飲みたい気分だから」
ギムリの煽りにものともしない涼しい顔をして、レゴラスは一気にジョッキのエールを飲み干した。
「ほう、なかなか…俺も負けてられないな」
ごきゅごきゅ音が鳴りそうな勢いでジョッキを煽るギムリを横目に、私はうんざりした顔をする。
「ユア、ほどほどにしておけよ?」
「えぇ…あ、はい。いや、うん…」
エオメルさんに声をかけられて、先ほどの行為を思い出して私は顔を赤く染める。
「エオメル。酒を注いでくれないか」
ふいにそれを壊すように、レゴラスがジョッキを前に差し出した。
「あぁ…ちょっと待ってくれ」
酒樽から注ぐエオメルさんの姿をぼーっと見つめて、そのまま棒立ちになる私。
「ユア…」
「えっ…」
いつの間にか隣にいたレゴラスが、私の耳元でかすかに言った。
「今夜落ち着いたら、話がある」
一言そう言って元の場所へ戻るレゴラスに、一瞬にして気持ちがそちらへ向いてしまう。
あんなに、寂しそうな声をする人だっただろうか…
あれから、飲み比べはギムリの脱落で幕を閉じて、そそくさと宴の席を後にした。
ユアがエオメルと話している所なんて見たくもなかったし、決心した気持ちを揺さぶられたくなかったからだ。
「そこそこ飲んだときいたぞ、大丈夫なのか?」
酔いを覚ます為、外の景色を見ていた私の背中から、エステルの声がする。
「少し酔った程度さ。心配することじゃない」
いつも通りのポーカーフェイスで、彼に返事をすると苦笑いをした。
「涼しい顔をしてるつもりだろうが、内心穏やかではないのは丸わかりだぞ」
「君の場合別格だろう?付き合いが長い」
「はは、ユアほどじゃないさ」
そう言って沈黙する。
「…アイツを置いて行くのか?」
「…そうだね…それが一番いいと思ってる…」
「ユアには…」
「私から言うよ。私の問題、我儘だ。君に宣告させるのは違うだろう?」
崩れかけた外壁に体を預けて言うと、苦笑いをする。
「娘の様に育てて来たのは私だ。お前がそこまでしなくてもいいと思うがな」
「違うよ、エステル…これは、私なりのケジメだよ。諦めることには慣れてるからね。自分なりのケジメを付けなきゃいけないと思ってるんだ」
出会った頃はこんな気持ちを彼女に抱くなんて思ってなかった。決意と憎悪を抱きしめるかのように自分の前に現れたユアは、まだ幼い少女だった。けど、自分はすでに彼女を本気で好きで、ずっとずっと長いこと想ってしまったから…
「本当に世の中うまく行かないものだね。何度同じ失敗をしてるのか…君が羨ましいよ。一時でも、アルウェンと心通わせることができた事がね…」
「そうとは言えないな…私は私で、未だに未練タラタラだ…」
「失礼な事を言った…すまない、忘れてくれエステル」
「気にしていない…覚悟は決めたとはいえ、時々無性に会いたくなって、また触れたいとは思うことはあるからな」
目を細めて遠くを見ながら懐かしそうに柔らかく笑った。
「…ガラじゃないな。私は…実は落ち着いたら話そうとユアには伝えてあるんだ。そろそろ来る頃じゃないかな?」
「そうか…私は行くぞ。あとは任せた…すまない」
ポンと肩を手を置かれ、エステルは宴の席へと戻っていく。私は微かに震える自分の手を空いたもう一方の手で握りしめた。
「やぁ、遅かったねユア…」
暫くして現れた彼女は、とても緊張した顔をしていた。
「ガンダルフ達と話ながら少し飲んでいたから。ごめんね遅くなって…」
「いいさ、気にしてない。呼び出したのは私の方だからね…」
庭園のベンチに腰かけて、横に習うように座る彼女は思いの外ソワソワしていた。
「改まって呼ばれると、こっちとしては何事だろうって思っちゃうよ…」
困った顔をして言われて、たしかにそうだなと納得した。
暫しの沈黙。
「あのね、これからの旅の事なんだ」
「え、あ、うん…足手まといにならないように頑張って付いていくよ」
「いや。君はもう付いて来なくていい。裂け谷に帰れ」
「えっ…?」
何が何だか分からないという表情をするユアに胸が痛む。こんな複雑な表情をした彼女の顔を見るのは初めてだ。
「な、に、そんな、ここまで来たのに…私これまでだって真剣にっ!」
立ち上がって、私を見つめて訴える彼女に淡々と続ける。
「真剣?大した戦力にならないくせに、出会ったばかりの男と色恋にふける君を真剣にやってきたなんて思いたくないな」
「!?」
見開く目に私はあえてその目を直視しなかった。
「そんな、風に思ってたんだ…」
か細い声で絞り出されるそれが痛々しい。けれど、自分で決めたケジメだ。ここで私が折れてしまったら、きっと…後悔する。
「わ、たしが、レゴラスの気持ちに応えないから?」
「違うよ」
「私が、エオメルさんと一緒にいるから?」
「違う」
「私、が…私が、エオメルさんを好…」
聞きたくなかったから。唇を塞いだ。
こんな瞬間の為に、ずっとずっと君に唇に触れなかったなんて、馬鹿らしい。
「私は君が嫌いになったんだ…もう、君と旅は出来ない」
「っ…」
嫌いになったなんてそんな事嘘なくせに、傷つけて自分も傷ついてそんな自分を愚かだと思った。
「エステルには許可は取ってる、付いて来るな」
厳しい言葉と、目を向ける。
私のこの目と、声が苦手な事を知ってるからこそ厳しい声で言った。
「お別れだ…」
突然だった…
突然過ぎて頭が上手く働かない。
こんな事、一度だってなくて、何がなんだか分からなかった。
真剣に旅をしていないと言われたことに…
突き放された事がショックだったのか
嫌いだと言われた事に傷ついたのか
それとも…
「嫌いな癖に、なんであんなことするの?」
分からなくて、胸が裂けそうなのに、私どうすれば良いんだろう…
今更、帰れなんて言われたってみんなの為にこの長い道程を歩いてきたのに、それなのに…
「もう、聞いたのか?」
「アラゴルン?」
聞いていたのか、見ていたのか、タイミングよく現れた育ての親。
「レゴラスが、いらないって…」
「あぁ…」
「嫌いだって…」
「あぁ、聞いていた」
「アラゴルンも!旅に同行するの許可しないって!」
「そうだな…私が許可した…」
「どうして?!」
詰寄る私に、アラゴルンは呆れたような顔をしてため息をついた。
「どうして、という言葉はお前が分かっていないからだ」
「何っ…」
厳しい親の顔に私はぐっと唾を飲む。
「これからの戦いで、お前とレゴラスを天秤に掛けた時にどちらが戦力的に必要になるかた考えたまで」
「私だって戦えるっ!皆の足手まといにはならないよ!」
「…そうじゃない。そうじゃないだろうユア…」
頭を振って、両肩を抑えられて真っ直ぐな目で見つめられる。
「ヘルム峡谷での戦いから帰ってきてからのアイツは普通にしてるが、とても不安定で見ていられない。あの状態で、これから益々戦いが苛烈になる状況に突入していくのに、レゴラスの気持ちは乱れたままでは困るんだ。そして、アイツの気持ちを一番乱している原因、それはお前だ」
「!?」
ビクッと身体が揺れた。
脳裡によぎるレゴラスの顔が、私の心臓を鷲掴みにする。
「このまま我儘を押し通すなら、覚悟は決めてもらう。レゴラスが死んでもいいのなら、お前はそれを貫けばいい…」
「レゴラスは死なないよ!!!!」
ガシっとアラゴルンの服を掴んで、思いのほか大きな自分の声が庭園中に木霊した。
「やめてよ!死ぬなんて言わないで!言わないでよ!分かったよ!私、裂け谷に帰るから!だから、だから死ぬなんて言わないで!!!!言わ、ないで…やめて…」
崩れ落ちる寸前にアラゴルンに抱きとめられて、私は声を殺して泣いた。
「…お前の過去を掘り返すようですまないことをした…だが、分かってくれ…私は、お前を嫌ってなんかいないし、生きててほしいと思ってる」
「ズルいよ、そんなこと言われたら納得するしかないじゃない…私がレゴラスを死に至らしめる要因の1つなら、私のせいでどうにかなるのなら、こうするしかないじゃない…」
「そうだな…お前に選択肢は無かった…」
フラッシュバックした。幼い自分の過去。
目の前で両親を、オークに殺された。
自分にもっと力があったなら…その思いだけで懸命に強くなったつもりだ。
なのに、その気持ちも、想いも自分の立場ゆえに自ら覆してしまうことになるなんて…
「アラゴルン?」
「何だ?」
「ありがとう…ごめん」
それしか言えなくて、私は深々とお辞儀をしてから宴の会場に戻った。
それから、とにかく強い酒を一人でひたすら飲んでた。わけ分からなくなるくらい飲めば、きっと、無かったことに…なんて、ありえない話なのに…
目線の先に見える、見知らぬ女性とレゴラス。
楽しそうに綺麗な女の人はレゴラスに話し掛けてていて、それを彼は優しい目で話を聞いている。
やめてよ…
その目は私だけに向けられるものだ
やめてよ…
肩を抱くのも、抱き締められるのも私だけのものだったはずなのに…
「やめて、やめてよぉ…」
どうにもならなくて宴の席にもいられなくて、私はそのまま用意された部屋に戻る。
今更、自分で思っていたよりもずっと根が深かった事に驚いた…
私って、なんて馬鹿なんだ…
レゴラスは優しいから…
いつの間にかその言葉が、彼から逃げるための常套句になっていた。
-好きだよ
-可愛いよ
気恥ずかしい気持ちもあり、本当に私の事が好きなのだろうか?という疑問を、聞けずにズルズル来てしまって今に至る。
最悪な展開で、現実を目の当たりにして、嫉妬して、自分で自分を苦しめてるのに誰のせいでも無いのに…
ー暗がりの部屋。
既に酒を煽りに煽って泣き腫らして寝ているであろうユアのへやを訪れる。
鼻を啜る音が時々聞こえ、目元は微かに濡れていた。
ギシリとベッドが音を立てる。
布ズレの音が、妙に自分の耳に響いた。
「ユア…」
悲しげな寝顔に、私は苦笑する。
こんな顔をさせる為に、ずっと想って来たわけじゃないのに…
「ユア、ゴメン…」
悔しかったのだ。
自分だけ彼女のことを好きすぎて。
本当は、ずっと見守って、守ってあげたいと今でも思っているのに…
「本当は、ね…好きだよ…何度も言ってるけど…今でも、これからも変わらないから…」
そう言って触れるだけのキスを落とす。
これが、自分にとっての彼女に対する本当の…
最初で最後の想いのこもったものだから…
翌日。
パランティアを覗き見たピピン達は、ゴンドールへガンダルフが、ピピンを連れて向かうと聞いた。サウロンはどうやら、ピピンが指輪を持っていると思ったようで、危険を知らせることと、ホビット自身をローハンからも遠ざけようという考えらしい。
「ガンダルフ!」
「ユアか、今は一刻を争う。お前さんにアラゴルンは任せたぞっ!」
愛馬の飛陰に跨り、ピピンを乗せて言う深刻な顔をした白の魔法使いに自分の今後を話そうにも話せないと判断した私は、任せてくれと言った。厳しい顔は変わらず軽く頷くと同時に、馬はそのままかけていく。
見張り台へ走るメリーをアラゴルンが追う。
ずっと共にいた仲間が居なくなることは、矢張りホビットである彼らも辛いのだろうと、その後姿を眺めていた。
それから、数日、エドラスはゴンドールからの、救援待ちも含めてひとときの安息の時間をすごすことになった。
私とレゴラスは相変わらずで。こちらが話しかけようものなら、彼は視線を外して去っていってしまう。エオメルさんは次の戦のための手配をしながら、奔走をしていて話すことはなかったが、時々見かけると声をかけてくれた。
そんな中、私は身の回りの荷造りをしていた。いつでも裂け谷へ帰れるように…
「気が早いな。もう帰り支度か?」
「アラゴルン…うん、狼煙があがれば私はお役ごめんだし…今から帰ってもいいんだけどさ…最後だし、折角だから援軍に向う野営地まで行こうかなって…エオウィン姫もそうするって聞いたし…」
「ユア…辛くないのか、そこまでして…」
後ろからするアラゴルンの声に、わたしの涙腺が緩みそうになったけれど、もう泣くまいと思い、振り返って笑顔で答える。
「大丈夫、辛くないよ。私よりフロドやサムやみんなのほうが大変だし、これからがキツい試練になるもの。私は帰るだけ。気にしないでよ」
「お前は…」
幼い頃からこの人の声と手に慰めてもらってた。
育ての親の様に接してた。
この人はきっと、ずっと、私の味方でいてくれると思う。“お父さん”なんて一度も言ったこと無かったけど…
「だから、野営地まで同行する我儘は許して?見送りたいから…」
「あぁ、分かった…」
はにかむように笑うアラゴルンの首に、ぎゅっと抱きつくと、彼は私を抱きしめ返した。
「すまない…」
かすかに耳元で聞こえたその言葉を私は聞かなかったことにした。
それからさらに数日、ゴンドールからの狼煙が上がったと報告が入った。セオデン陛下を筆頭にエドラスから多くの兵が出立し始めた。
もちろん私達も例外じゃなくて、早々に馬に乗り
ミナス・ティリスへと向かうことになった。
「セオデン陛下に忠誠を?」
メリーを乗せて、私は先程彼が騎士にしてほしいと願った話を聞いていた。
「うん、僕はホビットだけどフロドや、サム、ピピンに負けないように…戦に行くよ。戦うんだ…」
真っ直ぐな目をして、私に向けて言うメリーに私の心がぐらつく。
戦に、行くの?こんな小さなホビットが、いくのに、私何してるの?
メリーを乗せて、彼の言葉が頭が離れなかった。
呼び集めた兵達の、集合場所である野営地に到着する。
そこは、馬は落ち着かす、兵達もそわそわしたまま浮足立っているように見えた。
充てがわれた野営地のテントにはレゴラスと、私の姿。相変わらず私の前では厳しい顔をしているけれど、きっと今話さなきゃ一生後悔すると思い、私は思い切って声を掛けた。
「あの、レゴラス…」
「…」
やはり反応がなくて、荷物の整理をする彼に勇気を持って近づく。
「あの…」
「…明日、お別れだ。何か思い残すことがあるのか?」
そう言われ、私は口を開いてくれたことが嬉しくてつい涙ぐむのを堪えた。
「生きて、帰って来てね。私待ってるから…」
目を見開く反応をされて、思わず苦笑いした。それもそうだ。つい先日まで、私は彼自身を邪険に扱ってきたのだから。
それを今更、態度を変えた所で、驚かれるだけに決まってる。
「あの、お願いがあるの。」
「何?」
返事を返されて、私はガラドリエル様が旅の仲間達に授けてくださったマントとブローチを外した。
「これ、もしよければ、交換、して欲しいなって…」
図々しくも、強引にそうしようと思ったのは自分の中でのある一つの決意からだった。
「何故?それを私と交換したとして、なにになる?」
冷たい物言いは、あの頃タウリエルさんにしたときのような感覚に見舞われた。
優しかったレゴラスが、ここまでの態度を出すのだ。私はもう完全に嫌われてしまったのだと悟った。
「ごめんね、あの、他意はなくて…ただ、ずっと一緒にいたレゴラスのマント借りたら、きっと今までどおり強い気持ちで帰れるとおもったの…あは、我儘だよね…ごめん、忘れて?」
踵を返して、溜息をつく。振り絞った勇気を無駄にしたと思った。けれど、これは自業自得だ。レゴラスが悪いわけじゃないから…
「ユア…」
後から不意に声がして、肩に何かをかけられる感覚。
「こっち向いて…」
言われるままに彼の方へ向き直ると、胸元にブローチを付けてくれた。
「なん、で?」
「そんな目でお願いされたら、私もそこまで白状にはなれないよ。そっちは、私にくれるんだろ?」
うん、と言って手渡したら、レゴラスが私の頬に手をあてた。
「裂け谷まで守ってあげるから、だから無事に帰る事。いいね?君は私の可愛いい、……妹だからね…」
「あっ…」
そう言われて、どうにもならなくて顔をくしゃりと自分でもしたのがわかった。
今更だ。今更、実はずっと好きだった。なんて言った所で、もう元に戻れる訳がない…
「は、はーい!無事に帰還します!レゴラスの帰りを首を長くして待ってるよ!」
無理矢理笑ってから、そう言ってテントから出た。急な崖まではや歩きして行く。ポロポロ涙が出ていた。
突き放された事には変わりは無い。最後の会話で笑顔で話せた事は、良かったかもしれない。なんでもっと早くこうしなかったんだろ。甘えてたんだろう。もっと考えて、私がちゃんと気持ちを伝えておけばこんな事、こんな苦しい思い、しなくてすんだのに…
「ユア、どうしたんだ?」
エオメルさんの声に私はピクッと反応した。
「これから戦になる。お前は明日、エドラスへエオウィンと帰るんだぞ?」
そう言われて、思わず顔を上げた。
「女扱い、しないで。私はレンジャーで、戦士で、旅の仲間だ。まだ戦える」
「?!」
肩を触られて振り払った。
「貴方は分かってない…分かろうとしなかった私も愚かだけど、貴方も分かってないっ!」
そうだ。私はアラゴルンやレゴラスに認められたくて、強くなりたくて、親の仇を討ちたくて剣を取った筈だ。
この手は、そのオーク達の血で真っ黒に染まっていていて、復讐なんて想いを消すほどに愛してくれたのは彼ら達だ。好きで居させてくれた。強くしてくれた。気遣ってくれたから。
「帰らないわ。私は皆と戦う。絶対に帰らない」
例えば、おいて行かれたとしても、一人でも。
私が強くなろうと思ってきたものは、このときのためだ。もう何も失うものはないだろう。
私が居なくなっても、誰も悲しみはしないから…
数時間、アラゴルンはギムリと、レゴラスと共に山の中へと入って行った。
私はタイミングを見て、セオデン陛下に、自身も戦に参加すると伝え、許可をいただいた。
「そなたが、軍団に加わりたいだと?」
「はい、ヘルム峡谷にて私の戦いぶりは見ていただけたかと思います。アラゴルン達が行ってしまった今、一人でも多く戦力は欲しいはずです」
アラゴルン達がさって後、私はセオデン陛下にそう進言をした。
「だが、そなたは、女だ…死ぬやもしれぬ戦いに出すなど、それは…」
「そうだ、わざわざ、死地に赴く必要などないだろうっ!」
渋るセオデン陛下と、エオメルさんの言葉に、私は引き下がることはなく、淡々と言葉を続ける。
「私は、これまで女としてでは無く、一人の戦士として生活してきました。幼い頃より、オークに両親を殺され、その為に自らの技量を鍛えてきたのです。今…今戦わなくて、復讐など、戦士としての自分を、それを鍛えてくれたアラゴルン達に顔向けなど出来ませんっ!」
信念強くそう言うと、セオデン陛下はため息をつく。
「そなたらの強情さには驚かされる…良い。共に戦おうぞ…」
「陛下っ!」
エオメルさんの制止に耳を傾けることも無く、私はそのままテントを出てゆく。
「何故、ですかっ!陛下っ!ユアはっ!」
「仕方あるまい。あーなってはこちらが反対しても、無理やり付いてくる」
「ですが…」
苦虫を噛みつぶしたかのように、どうするべきなのか分からないという顔をするエオメルに、セオデンは言った。
「好いておるのだろう。あの娘を…。気丈で、強く、自分を持っている。まさにおまえが好みそうな娘だ。だが、あの娘はお前やエオウィンとは違う。」
「違う?」
「そうだ。王としての資質や王族としての目を持っているわけではない」
ぐっと唾を飲み込むエオメルに、セオデンは続けた。
「気持ちはわかる。だが、お前にはもっと相応しい者が現れる…」
諭されて、どうにも納得はいかなかった。
本気でほしいと思った女性だ。
そんな事で諦めたくは無かった。
「それでも、それでも私はユアを…」
うつむくエオメルの心情とは裏腹に、
ユアはまた、確固たる決心を抱いて、戦場に赴こうとしていた。
明け方、私達は一斉に馬に跨りゴンドールに向けて進軍を始めた。
「ホビットは、ここからの戦いには無理だ。連れて行くことは出来ない」
「仲間はみんな今頃戦っています、僕だけここに留まるなんてこと出来ません。行かせてください。戦いたいんです!」
メリーの訴えは聞き入れられる事はなく、陛下はそのまま去っていく。
身支度を終えて行こうとした私はそれ見て近づこうとしたが、突然ガツっと肩を掴まれた。
「貴女には、やらねばならないことがある筈。メリーは私に任せて」
「エオウィン姫っ!ですが、貴女はエドラスに戻れと…」
そういうと、ヘルムをかぶったままの彼女はうっすらわらった。
「貴女を見ていて、私も共に戦いたいと思ったの。この世界をともに救いましょう。」