軍団長とエルフ①中編
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まだほんの少し若かった頃…
闇の森にドワーフ達が現れた頃…
当時の自分にも思い人はいて、やはり彼女もきっと自分の気持ちに気づいていたと思う。
良き戦友であり、想い人であり、背中を任せられる絶対的な信頼を置いていた女性だった。
従順で腕のたつ彼女とは、いつも行動を共にすることが多く、自然と意思疎通ができていた。
だからきっと彼女も自分を…だなんて油断していた。
同族ならまだしも…あろうことか彼女は、父であるスランドゥイルが捉えた13人のドワーフの一人である男と心を通わせかけていたからだ。
その後、二人が結ばれることはなかったが、結果として『そうなってしまった結末』を目の当たりにして、多かれ少なかれ喜んだ自分を恥じた。
そして、自分の愚かさとどうして自分はもっと早く行動を、気持ちを伝えなかったのか、どうして言わなくてもわかっているだろうと思い込んでいたのか…
悔しさと、憤りと、自分自身への怒りと…
どうにもならなくて、私は結局闇の森から、出ることを決意した。
ユアと出会ったのはそれから数十年後だった。エステルの紹介で初めて会ったときはほんの小さな少女だった。
が、彼女はエステルと同じドゥネダインの血を引く人間で、ゴブリン達に目の前で親を殺され、
身寄りがなかったこともありその当時拠点として世話になっていた裂け谷で出会ったのだ。
エステルにユアの相手をしてやってほしいと頼まれ、裂け谷で数年を過ごした。
彼女との時間はとても私には至福であり、今までにない体験ばかりだった。
閉鎖された闇の森で過ごしていた自分には人の少女との触れ合いなどなく、エルフに囲まれ唄を歌い、己を磨くことのみを基準として考えてきたからだ。
ユアは出会った当時から数年たつと、自分の立場というものを理解してきているようだった。剣を習い、弓を射、生き延びるための術を教えてほしいと言った。
「そんなに強くならなくてもいいんじゃないのかい?君は女性だよ?」
「どうして?アラゴルンはいつか王になる人だよ?私が少しでもあの人の役に立つなら、それが小さいころに拾ってくれた恩返しになるんだよ?」
若く過酷な少女時代を過ごしてきたからこそ、その答えが出てくるのは自然な事だったのだろう。
「それに、ガンダルフから聞いたの。レゴラスがいた闇の森には、とってもつよい女性のエルフさんがいたのでしょう?」
ふいに出された話題に、不覚にもピクリと反応をしてしまった。
「そ、そうだよ…闇の森の守備隊長だった…。とても強い女性だったよ」
そう返すのが精一杯だった…。
数十年たってさえいまだに鮮明に脳裏に蘇るその映像が、私の心をぎゅっと鷲掴みする。
けれどユアはそれを聞いて嬉しそうにいう。
「私もそんな風になりたい。強くなりたい」
あの時の顔が、いまだに私は忘れられないのに…私は…消せないでいるのに…
きらきらと目を輝かせて言うユアが、少しだけ眩しくて、とてもつらかった…
「あ、まただ…」
レゴラスの女性エルフに対する態度は度々見かけていた。
にっこり微笑んで、それでいてきれいに優雅に相手の女性を誘導し、談笑をする。
動作一つ一つに無駄がなくてきれいで、幼いころの私はそれを見るのがただただ好きだったのだと思う。
だからそんな私じゃないと、気が付かなかいんじゃないかなって思う。
レゴラスは時々とても苦しそうな顔をして裂け谷の庭で空を見上げる。物思いにふけるその表情が、どこから来ているものなのかはわからなかったが、私は幼いながらも、レゴラスにそんな顔をさせる原因に腹が立っていた。
そう、そんな顔をするのは決まって女性エルフと話をしたり、した後だったこともなんとなく気が付いていた。
「ねぇレゴラス…」
「どうしたんだい?」
暗かった表情が一瞬にして変わり、私にもいつも通りの顔をする。私はこの瞬間が嫌いだった。
「あの、さ…レゴラスって昔からそうなの?」
「?…そうとは?」
困った顔をして返される私は、どう言葉を選ぼうか必死に考える。
「昔から誰にでも優しいの?」
沈黙が続くこと数秒。
張り付いていた笑顔はそのまま数秒崩れたままで、私は言ってはいけなかったと思った。
「あの…ごめん、変な事聞いた」
耐えきれずその場を後にしようとして、レゴラスは私の腕を引いた。
腕に収まる私の体に、レゴラスの匂いがした。
見上げると、いつも通りの笑顔…。そして答える。肯定の言葉。
「うん、そうだよ。私は昔からこうだ」
「あ…」
誰にでも優しいから、レゴラスは誰にでも優しい。でもその裏に何かがあると思ってた。私には言ってくれるかな?なんて期待した。それが間違いだったんだと気が付いた。あれから私は、レゴラスの張り付いた顔が怖くて見れないでいる。怖いんだよ。怖いの…
そして、いつだったか、レゴラスは私に対しての態度も変化していくのだ…
闇の森に一度立ち寄ったあの時に…。
「闇の森?」
「そうだよ、ここから近くにあるけれど…」
見聞と称して、レンジャーとしてレゴラスと旅に出ている時にそういわれ私は目を輝かせた。
「いけるの!?」
「うん…行くかい?」
自分でも、なぜそんなことを口にしたのだろう…。もう、戻らないと決めていたのに…
ようやく訪れたエルフの国は裂け谷とはまた違った処だった。
エルフの森らしく美しい処ではあったがやはり闇の気が強いこともあり、其処へ辿り着くのは私の実力だけではうまく事が運ばなかった。
「大丈夫かい?」
差し出された手を私は掴んで苦笑いした。
「全然平気…とも言えないかな…」
「そうだろうね…あちこち傷だらけだ」
見聞と修行にはもってこいの場所だとは思うけれど、常に死と隣り合わせの場所だ。うってつけかなとは思ったけれど、それを言うことをやめた。
レゴラスは相変わらず涼しげに闇の生き物たちを斬ってはいたけれど、目的地に近づくにつれ、とても複雑そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「いいや、なんでもないよ。ユアが心配で…」
こういう顔をするレゴラスは決まって私に理由を吐いてはくれない。
知ってるんだ。
誰にも言えない秘密を抱えてること…
「レゴラスっ!!」
大きな扉が開くと、髪の長い女性エルフが声をかけて走ってきた。
「タウリエル…」
そう呟くと、レゴラスは私の手をぎゅっと握って少しばかり震えていた。
「心配した。しばらく戻らなかったから…」
タウリエルという女性がそう話しながら中へを促してくれる。その間も私達は手をつないだまま歩いていく。
「今は裂け谷で世話になっている。戻らなかったのは、ここに帰ってくる必要がなかっただけだ」
「何てこと、貴方はこの国の王子なのですよ。そのような事…」
振り向いて言う彼女に、レゴラスは私をかき抱いて言う。
「そうだな。けれど、今は彼女の世話で忙しい。帰る暇があれば少しでもこの子を強くするという私の務めもある」
虚勢だ…
普段のレゴラスならこんなことはしない。
顔も、態度も、私の知るレゴラスではない。
「ならば、何故ここへ来たのですか…」
腑に落ちないという顔をする彼女にレゴラスは言う。
「ユアにとって最適な場所だからだ」
「最適?それはどういうことですか?」
眉間にしわを寄せていうタウリエル。
「レンジャーとして彼女は実力はもとより、経験も未熟だ。ここに生息する大蜘蛛達はその経験を補うには荒療治にはなるがかなりの経験になる」
「そうは言いますが、人間には…ましてや女性
にはここでの討伐や生活は厳しすぎます。
「ユア」
「あ、はい!」
ふいに声をかけられて、私はびっくりしながら返事をした。
「できるね?」
「あ、う…はい…」
いつもの喋り方なのに、その眼はとても鋭くて私の知るレゴラスじゃなくて…なんだか…
とても…
切なかった…
それから暫く、私は闇の森のエルフの人たちと大蜘蛛の討伐に参加するようになった。
分散して戦う他のエルフたちと比べると、私の実力は高くなく、危なくなればレゴラスが手助けしてくれるという日々を送る。
ふた月も経つと、一人でも討伐ができるくらいにはなったが、彼は変わらず私と行動を共にしてくれた。そんなある日…そろそろ一度、裂け谷へ戻ろうという話になり、スランドゥイル様がささやかながら、私達を見送る宴を開いてくれた。
きらびやかに彩られたその宴の席で、私の横に座っていたはずのレゴラスが、いつの間にかいなくなっていた。私はレゴラスを探しに出ると、宴の隅の角で深刻に話す二人を見つけた。思わず隠れて、会話を盗み聞いてしまった。
「レゴラス、いい加減戻ってきてはくれないの?」
「タウリエル…私はあの日、自らこの森を出ると誓った身だ。この国にとどまることはあったとして、以前のようにはいられない」
「なぜ…?」
「それを私が口にする必要があるのか?」
「貴方はこの国の王子なのよ!責務を果たす必要があるわ」
「何の責務だ?中つ国はますます闇の気配が強くなっている。ここにずっと留まり、この国の為だけに私があるわけじゃない。それは君の仕事だタウリエル」
強い口調でそう告げ、レゴラスは自分の席に戻ろうとする。
「変わったわ…貴方…何故なの…」
「私はもう、囚われるのをやめただけだ。」
切なげな声に胸がギュッと締め付けられた。
囚われること?
それって何?
此方に向かって戻ってきたレゴラスに見つかってしまうと思い、物陰に隠れる私。
彼とタウリエルの後ろ姿を見送った後に、私はしゃがみ込んで長い息を吐いた。
「私何してるんだろ…」
子供のころから長いこと一緒にいるレゴラス…
ここにきてふた月と少し…
今までのレゴラスの態度や話し方、雰囲気が変わった気がする。もちろん自分には今まで通り優しいし、気遣ってくれるしにっこりとほほ笑んでくれはするが、ほかのエルフ、特にタウリエルには、一度も笑ったところを見たことがない…
「気になるんだよ…気になる…」
誰にでも優しいレゴラスだから、その態度が、言葉やしぐさが気になる…
もしかして…彼が言えないでいる隠し事はこれなのではないだろうか…
「ユア?こんな処でうずくまってどうしたのですか?」
うんうん唸っていると、守備隊の一人でよく顔を合わせるエルフの一人が声をかけてきた。
「あ、ハルロスさん」
「宴はあっちですよ、行かないのですか?」
ちょこんと同じ目線で座ってくれるハルロスさんはニコニコ笑って私の頭を撫でた。
「凄すぎて雰囲気に酔ってしまって…」
我ながら下手くそな嘘をつく。苦笑いする私の言葉に嘘だと気が付いたのかハルロスさんも苦笑いした。
「静かな場所に行きますか?私は少し酒に酔ってしまったので酔い冷ましです」
「そうだなぁ…ちょっと静かなところに行きたいかも…」
そう答えると、ではいきましょうとハルロスさんは立ち上がって私に手を差し出した。
「静かな処なら私が案内する。お前は下がれ」
ぐいっと強引に私の手を引いて、いつの間にか近くにいたレゴラスが殺気を放ってそこにいた。
「あ…王子っ」
たじろぐ、ハルロスさんは失礼しました。と慌てて宴の中へまぎれて行く。
「…やめてよあーゆーことするの!レゴラスは王子なんだよ!萎縮しちゃうよ!そういうの良くないよ!」
「なら、宴の席から離れて男と逢引することはいいことなのか?」
「っ!!!」
張り付いた笑顔…またこの顔だ…
あの時もそうだった…何を考えてるのかわからないあの時の顔…。
「逢引なんてそんなはしたない事していない…」
見れなかった…。怖いのだ。この顔は昔から怖い怖くて見れなくて…
「なら何をしていた、私に言えないことでもあるのか…」
口調すら変わるほど何かに怒っているレゴラスに、私は俯いてどう言葉を紡ごうか考える。
「だって…」
「だって、なに?」
「レゴラスが…」
「私が何?」
そこまで言って、どういえばいいのかわからなくてポロポロ涙が出た。こんな怒ったレゴラスは初めてだったし、何に怒っているのか全く分からなくて…
「あ…いや、ユア…違う…そうじゃないんだ違うんだ」
我に返った彼がおもむろに私を抱き締める。私はいつものことで反射的に抱き締め返した。
「違うんだ、違うんだよ…私は…私はね…君をだれにも取られたくないんだ…取られたくないから…だから」
知ってるよ。嘘でも知ってるよ。
貴方の本来性格は今みたいに鋭く、タウリエルさんに向かってのものだって…。
王子様だもん…守備隊長さんのこと好きなんでしょう?
知ってるよ。
彼女と初めて会った時のレゴラスの手が震えていた。
さっきだって、きっと私に対して怒っていたんじゃない。
貴方自身に腹が立っていたからでしょう?
「私は…君が好きなんだよ…ユア」
だから私にしか言えない、彼女に対する想いを重ねていたとして、私は知らないふりをする。想っていても、きっと私にとっても実らない。この言葉が、彼自身の守るための嘘だったとして、きっと…私たちは結ばれないと思うから…。
泣きはらした顔そのままに私はエオメルさんに抱えられてセオデン様が用意してくださった自室へと案内された。
「落ち着いたか?」
そう聞かれて、私は思わず赤面をした。
「はい、ごめんなさい」
恥ずかしい。こんな所、今まで誰にも見せた事なんかないのに、なんて失敗をしてしまったのだろう...
「人前で泣くなんて…はしたない…恥ずかしい…」
「安心しろ、俺は気にしはしない」
「私が気にする」
「そうか…だが、俺はそんな所も好きだぞ」
率直にそう言われて、私は思わず赤面をする。
何故なのだろう…レゴラスとはまた違う感覚が私の心を支配する。
「意外です」
「何がだ?」
「貴方は、そんなこと言わないと思ってた…」
そう言うと、エオメルさんはくつくつと笑った。
「はっ…バカを言うな。俺だって歯の浮いた言葉の一つや二つ言うこともある」
「でも、そんなイメージが無かったから…」
そう言うと、彼は短い息を吐いて私に言った。
「自慢することでは無いが、俺は女が好きだからな。男とこんな事をして言うほど、男色派な訳ではないし、何より俺は…」
そこまで言いかけて、エオメルさんは私の頬に大きな手を当てる。
「お前を気に入っている…」
「えっ…わっ!わぁ!!」
ベッドに押し倒されて、見上げるとエオメルさんが楽しそうに笑っていた。
「ちょ、と、なんで笑うんですかっ!」
「はっ…い、や…初めて見た時から思っていたんだが…俺はどうやら、お前のそういう反応が、とてもツボらしい…」
「…んっ…」
覆い被されて、エオメルさんは私の唇にそれを重ねる。
「…怖がらなくて良い…」
色っぽく掠れた声と、初めて見る優しい顔に私は目を瞑った。
「ユア…」
優しく丁寧に、ついばむように、いつの間にか互いの唇が深く絡まるようになる。
それが自然かのように、私は彼の服をギュッと掴んだ。
「可愛いな…」
ポツリと、言葉を発して再びキス。
いつの間にか私は息切れをして、ベッドにぐったりと横たわった状態で呼吸をしていた。
「…はぁ……はっ…はぁ…」
唇の端から零れた唾液をぬぐってエオメルさんを視線だけ向けると、彼はにやりと笑った。
「…足りないか?」
再び覆いかぶさって、両手を押し付けられたまま唇を奪われて、先ほどより深い口づけをされる。歯列をなぞられ、舌を吸われ、絡められ、私は自分の口からもれる聞いたこともない自分の声と、恥ずかしさと、何とも言えない感覚に襲われていて力が入らなく、されるがままになる。
「そうだ…もっと…んっ…舌を絡めるんだ…」
途切れ途切れに言う彼に、言われたまま舌を絡める。いつの間にか拘束されていた腕は、エオメルさんの首へ回り、抱え込むように、まるで恋人同士のような体制になっていた。
どのくらいの時間がたったのか、私にはよくわからない。エオメルさんの唇が私の耳へと、首筋へと移動する。その度に囁かれる言葉に、私は目をつむって耐えるしかなかった。
「んあっ…」
チリっという鈍い鎖骨のあたりの痛みに、私は恐る恐る目を開ける。はだけた胸元のあたりを彼の舌がぬるりと動いては、淡い鬱血を作る。
その行為をするエオメルさんの目は、なんだかとても、男の目をしていて再びがっちりと掴まれた右腕の指先も舐められて、思わず声を漏らす。
「な、に…んっ…」
「俺の、シルシだ…今だけで終わらせない…ここも、ここも…ここも…」
軽いキスを鬱血したそこへ散りばめて笑う。
私にはその顔が、たまらなく色っぽくてどうにかなってしまいそうだった…
―カツン
刹那、部屋の外から物音がした。
途端にがばっと起き上がって、エオメルさんは扉へ向かった。
「誰だ」
「エオメル様…先程の打ち合わせの際の確認を…」
宴の会場の所にいた騎士の一人だったその男性の言葉を聞いて、彼は短くため息をついた。
「分かった…後から行く。先に行っていてくれ」
その言葉で、扉の外から人の気配はなくなり、彼は再び私のもとへと歩いてくる。
先ほどの行為に、私は何が何だかわからなくて恥ずかしくて彼とは向き合わず背を向ける。
後ろに立つエオメルさんは、そんなことはお構いなしに、私を後ろからかき抱いては、耳元でいった。
「ユア、好きだ…」
そう一言言って、部屋から出る彼を、私は見送るどころか硬直したまま座ったままのベッドのシーツを握りしめたままだった。
「えっと…なに?今の…」
ふり絞って出た言葉はそれだった。
「えっと…、私、なんでこんなことになってるの?え?」
混乱したまま何が何だかわからず独り言がポンポン出てくる。確かに、エオメルさんは出会った時から優しいけれど、こんな展開に何でなるとは思ってなかったし、意味が分からない。それを受け入れる自分も自分である。私は、私が好きだった人は…
―レゴラス?
好きなの?本当に?自分を他人と重ねている人が?
―エオメル?
あんなに優しく、唇を重ねる人だなんて思わなくて…出会って間もない人なのに、こんなことするとは思ってなかった…。
好き?私を?ガサツで綺麗でも何でもない。
そんなに強いわけじゃなければ、旅の仲間たちの足を引っ張ってばかりだ。
そんな私を好き?一人の女性として見てくれる?
―でも…
頭によぎる顔が…
レゴラスの顔が、私にはどうしてもその揺らぐ心を縛り付ける。
だってそうだ。普通に考えたらきっと、エオメルさんを選んでしまったほうが私は幸せだ。あの人ならきっと幸せにしてくれる。
だってそうだ…誰かの代わりで私を好きだというレゴラスより…私は…
あの頃の、あの日の、あの時のあの目が声が、態度が、私を縛り付ける。
どうして?だって私はきっとレゴラスを選んだまま、このままでいたって何にもならないのに…
パタリパタリと涙が自分の服を濡らす。
苦しい…こんなの可笑しい。
私はどうすべきなのだろう…
うずくまって声を押し殺して泣いた。
泣き止んだはずだ。エオメルさんのおかげで泣き止んだはずの涙は、枯れることなく溢れてくる。
会いたい…
会いたいよ…
****************************
『レゴラス』
****************************
『エオメルさん』
****************************
※選択式(次章各キャラ話へ。)
闇の森にドワーフ達が現れた頃…
当時の自分にも思い人はいて、やはり彼女もきっと自分の気持ちに気づいていたと思う。
良き戦友であり、想い人であり、背中を任せられる絶対的な信頼を置いていた女性だった。
従順で腕のたつ彼女とは、いつも行動を共にすることが多く、自然と意思疎通ができていた。
だからきっと彼女も自分を…だなんて油断していた。
同族ならまだしも…あろうことか彼女は、父であるスランドゥイルが捉えた13人のドワーフの一人である男と心を通わせかけていたからだ。
その後、二人が結ばれることはなかったが、結果として『そうなってしまった結末』を目の当たりにして、多かれ少なかれ喜んだ自分を恥じた。
そして、自分の愚かさとどうして自分はもっと早く行動を、気持ちを伝えなかったのか、どうして言わなくてもわかっているだろうと思い込んでいたのか…
悔しさと、憤りと、自分自身への怒りと…
どうにもならなくて、私は結局闇の森から、出ることを決意した。
ユアと出会ったのはそれから数十年後だった。エステルの紹介で初めて会ったときはほんの小さな少女だった。
が、彼女はエステルと同じドゥネダインの血を引く人間で、ゴブリン達に目の前で親を殺され、
身寄りがなかったこともありその当時拠点として世話になっていた裂け谷で出会ったのだ。
エステルにユアの相手をしてやってほしいと頼まれ、裂け谷で数年を過ごした。
彼女との時間はとても私には至福であり、今までにない体験ばかりだった。
閉鎖された闇の森で過ごしていた自分には人の少女との触れ合いなどなく、エルフに囲まれ唄を歌い、己を磨くことのみを基準として考えてきたからだ。
ユアは出会った当時から数年たつと、自分の立場というものを理解してきているようだった。剣を習い、弓を射、生き延びるための術を教えてほしいと言った。
「そんなに強くならなくてもいいんじゃないのかい?君は女性だよ?」
「どうして?アラゴルンはいつか王になる人だよ?私が少しでもあの人の役に立つなら、それが小さいころに拾ってくれた恩返しになるんだよ?」
若く過酷な少女時代を過ごしてきたからこそ、その答えが出てくるのは自然な事だったのだろう。
「それに、ガンダルフから聞いたの。レゴラスがいた闇の森には、とってもつよい女性のエルフさんがいたのでしょう?」
ふいに出された話題に、不覚にもピクリと反応をしてしまった。
「そ、そうだよ…闇の森の守備隊長だった…。とても強い女性だったよ」
そう返すのが精一杯だった…。
数十年たってさえいまだに鮮明に脳裏に蘇るその映像が、私の心をぎゅっと鷲掴みする。
けれどユアはそれを聞いて嬉しそうにいう。
「私もそんな風になりたい。強くなりたい」
あの時の顔が、いまだに私は忘れられないのに…私は…消せないでいるのに…
きらきらと目を輝かせて言うユアが、少しだけ眩しくて、とてもつらかった…
「あ、まただ…」
レゴラスの女性エルフに対する態度は度々見かけていた。
にっこり微笑んで、それでいてきれいに優雅に相手の女性を誘導し、談笑をする。
動作一つ一つに無駄がなくてきれいで、幼いころの私はそれを見るのがただただ好きだったのだと思う。
だからそんな私じゃないと、気が付かなかいんじゃないかなって思う。
レゴラスは時々とても苦しそうな顔をして裂け谷の庭で空を見上げる。物思いにふけるその表情が、どこから来ているものなのかはわからなかったが、私は幼いながらも、レゴラスにそんな顔をさせる原因に腹が立っていた。
そう、そんな顔をするのは決まって女性エルフと話をしたり、した後だったこともなんとなく気が付いていた。
「ねぇレゴラス…」
「どうしたんだい?」
暗かった表情が一瞬にして変わり、私にもいつも通りの顔をする。私はこの瞬間が嫌いだった。
「あの、さ…レゴラスって昔からそうなの?」
「?…そうとは?」
困った顔をして返される私は、どう言葉を選ぼうか必死に考える。
「昔から誰にでも優しいの?」
沈黙が続くこと数秒。
張り付いていた笑顔はそのまま数秒崩れたままで、私は言ってはいけなかったと思った。
「あの…ごめん、変な事聞いた」
耐えきれずその場を後にしようとして、レゴラスは私の腕を引いた。
腕に収まる私の体に、レゴラスの匂いがした。
見上げると、いつも通りの笑顔…。そして答える。肯定の言葉。
「うん、そうだよ。私は昔からこうだ」
「あ…」
誰にでも優しいから、レゴラスは誰にでも優しい。でもその裏に何かがあると思ってた。私には言ってくれるかな?なんて期待した。それが間違いだったんだと気が付いた。あれから私は、レゴラスの張り付いた顔が怖くて見れないでいる。怖いんだよ。怖いの…
そして、いつだったか、レゴラスは私に対しての態度も変化していくのだ…
闇の森に一度立ち寄ったあの時に…。
「闇の森?」
「そうだよ、ここから近くにあるけれど…」
見聞と称して、レンジャーとしてレゴラスと旅に出ている時にそういわれ私は目を輝かせた。
「いけるの!?」
「うん…行くかい?」
自分でも、なぜそんなことを口にしたのだろう…。もう、戻らないと決めていたのに…
ようやく訪れたエルフの国は裂け谷とはまた違った処だった。
エルフの森らしく美しい処ではあったがやはり闇の気が強いこともあり、其処へ辿り着くのは私の実力だけではうまく事が運ばなかった。
「大丈夫かい?」
差し出された手を私は掴んで苦笑いした。
「全然平気…とも言えないかな…」
「そうだろうね…あちこち傷だらけだ」
見聞と修行にはもってこいの場所だとは思うけれど、常に死と隣り合わせの場所だ。うってつけかなとは思ったけれど、それを言うことをやめた。
レゴラスは相変わらず涼しげに闇の生き物たちを斬ってはいたけれど、目的地に近づくにつれ、とても複雑そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「いいや、なんでもないよ。ユアが心配で…」
こういう顔をするレゴラスは決まって私に理由を吐いてはくれない。
知ってるんだ。
誰にも言えない秘密を抱えてること…
「レゴラスっ!!」
大きな扉が開くと、髪の長い女性エルフが声をかけて走ってきた。
「タウリエル…」
そう呟くと、レゴラスは私の手をぎゅっと握って少しばかり震えていた。
「心配した。しばらく戻らなかったから…」
タウリエルという女性がそう話しながら中へを促してくれる。その間も私達は手をつないだまま歩いていく。
「今は裂け谷で世話になっている。戻らなかったのは、ここに帰ってくる必要がなかっただけだ」
「何てこと、貴方はこの国の王子なのですよ。そのような事…」
振り向いて言う彼女に、レゴラスは私をかき抱いて言う。
「そうだな。けれど、今は彼女の世話で忙しい。帰る暇があれば少しでもこの子を強くするという私の務めもある」
虚勢だ…
普段のレゴラスならこんなことはしない。
顔も、態度も、私の知るレゴラスではない。
「ならば、何故ここへ来たのですか…」
腑に落ちないという顔をする彼女にレゴラスは言う。
「ユアにとって最適な場所だからだ」
「最適?それはどういうことですか?」
眉間にしわを寄せていうタウリエル。
「レンジャーとして彼女は実力はもとより、経験も未熟だ。ここに生息する大蜘蛛達はその経験を補うには荒療治にはなるがかなりの経験になる」
「そうは言いますが、人間には…ましてや女性
にはここでの討伐や生活は厳しすぎます。
「ユア」
「あ、はい!」
ふいに声をかけられて、私はびっくりしながら返事をした。
「できるね?」
「あ、う…はい…」
いつもの喋り方なのに、その眼はとても鋭くて私の知るレゴラスじゃなくて…なんだか…
とても…
切なかった…
それから暫く、私は闇の森のエルフの人たちと大蜘蛛の討伐に参加するようになった。
分散して戦う他のエルフたちと比べると、私の実力は高くなく、危なくなればレゴラスが手助けしてくれるという日々を送る。
ふた月も経つと、一人でも討伐ができるくらいにはなったが、彼は変わらず私と行動を共にしてくれた。そんなある日…そろそろ一度、裂け谷へ戻ろうという話になり、スランドゥイル様がささやかながら、私達を見送る宴を開いてくれた。
きらびやかに彩られたその宴の席で、私の横に座っていたはずのレゴラスが、いつの間にかいなくなっていた。私はレゴラスを探しに出ると、宴の隅の角で深刻に話す二人を見つけた。思わず隠れて、会話を盗み聞いてしまった。
「レゴラス、いい加減戻ってきてはくれないの?」
「タウリエル…私はあの日、自らこの森を出ると誓った身だ。この国にとどまることはあったとして、以前のようにはいられない」
「なぜ…?」
「それを私が口にする必要があるのか?」
「貴方はこの国の王子なのよ!責務を果たす必要があるわ」
「何の責務だ?中つ国はますます闇の気配が強くなっている。ここにずっと留まり、この国の為だけに私があるわけじゃない。それは君の仕事だタウリエル」
強い口調でそう告げ、レゴラスは自分の席に戻ろうとする。
「変わったわ…貴方…何故なの…」
「私はもう、囚われるのをやめただけだ。」
切なげな声に胸がギュッと締め付けられた。
囚われること?
それって何?
此方に向かって戻ってきたレゴラスに見つかってしまうと思い、物陰に隠れる私。
彼とタウリエルの後ろ姿を見送った後に、私はしゃがみ込んで長い息を吐いた。
「私何してるんだろ…」
子供のころから長いこと一緒にいるレゴラス…
ここにきてふた月と少し…
今までのレゴラスの態度や話し方、雰囲気が変わった気がする。もちろん自分には今まで通り優しいし、気遣ってくれるしにっこりとほほ笑んでくれはするが、ほかのエルフ、特にタウリエルには、一度も笑ったところを見たことがない…
「気になるんだよ…気になる…」
誰にでも優しいレゴラスだから、その態度が、言葉やしぐさが気になる…
もしかして…彼が言えないでいる隠し事はこれなのではないだろうか…
「ユア?こんな処でうずくまってどうしたのですか?」
うんうん唸っていると、守備隊の一人でよく顔を合わせるエルフの一人が声をかけてきた。
「あ、ハルロスさん」
「宴はあっちですよ、行かないのですか?」
ちょこんと同じ目線で座ってくれるハルロスさんはニコニコ笑って私の頭を撫でた。
「凄すぎて雰囲気に酔ってしまって…」
我ながら下手くそな嘘をつく。苦笑いする私の言葉に嘘だと気が付いたのかハルロスさんも苦笑いした。
「静かな場所に行きますか?私は少し酒に酔ってしまったので酔い冷ましです」
「そうだなぁ…ちょっと静かなところに行きたいかも…」
そう答えると、ではいきましょうとハルロスさんは立ち上がって私に手を差し出した。
「静かな処なら私が案内する。お前は下がれ」
ぐいっと強引に私の手を引いて、いつの間にか近くにいたレゴラスが殺気を放ってそこにいた。
「あ…王子っ」
たじろぐ、ハルロスさんは失礼しました。と慌てて宴の中へまぎれて行く。
「…やめてよあーゆーことするの!レゴラスは王子なんだよ!萎縮しちゃうよ!そういうの良くないよ!」
「なら、宴の席から離れて男と逢引することはいいことなのか?」
「っ!!!」
張り付いた笑顔…またこの顔だ…
あの時もそうだった…何を考えてるのかわからないあの時の顔…。
「逢引なんてそんなはしたない事していない…」
見れなかった…。怖いのだ。この顔は昔から怖い怖くて見れなくて…
「なら何をしていた、私に言えないことでもあるのか…」
口調すら変わるほど何かに怒っているレゴラスに、私は俯いてどう言葉を紡ごうか考える。
「だって…」
「だって、なに?」
「レゴラスが…」
「私が何?」
そこまで言って、どういえばいいのかわからなくてポロポロ涙が出た。こんな怒ったレゴラスは初めてだったし、何に怒っているのか全く分からなくて…
「あ…いや、ユア…違う…そうじゃないんだ違うんだ」
我に返った彼がおもむろに私を抱き締める。私はいつものことで反射的に抱き締め返した。
「違うんだ、違うんだよ…私は…私はね…君をだれにも取られたくないんだ…取られたくないから…だから」
知ってるよ。嘘でも知ってるよ。
貴方の本来性格は今みたいに鋭く、タウリエルさんに向かってのものだって…。
王子様だもん…守備隊長さんのこと好きなんでしょう?
知ってるよ。
彼女と初めて会った時のレゴラスの手が震えていた。
さっきだって、きっと私に対して怒っていたんじゃない。
貴方自身に腹が立っていたからでしょう?
「私は…君が好きなんだよ…ユア」
だから私にしか言えない、彼女に対する想いを重ねていたとして、私は知らないふりをする。想っていても、きっと私にとっても実らない。この言葉が、彼自身の守るための嘘だったとして、きっと…私たちは結ばれないと思うから…。
泣きはらした顔そのままに私はエオメルさんに抱えられてセオデン様が用意してくださった自室へと案内された。
「落ち着いたか?」
そう聞かれて、私は思わず赤面をした。
「はい、ごめんなさい」
恥ずかしい。こんな所、今まで誰にも見せた事なんかないのに、なんて失敗をしてしまったのだろう...
「人前で泣くなんて…はしたない…恥ずかしい…」
「安心しろ、俺は気にしはしない」
「私が気にする」
「そうか…だが、俺はそんな所も好きだぞ」
率直にそう言われて、私は思わず赤面をする。
何故なのだろう…レゴラスとはまた違う感覚が私の心を支配する。
「意外です」
「何がだ?」
「貴方は、そんなこと言わないと思ってた…」
そう言うと、エオメルさんはくつくつと笑った。
「はっ…バカを言うな。俺だって歯の浮いた言葉の一つや二つ言うこともある」
「でも、そんなイメージが無かったから…」
そう言うと、彼は短い息を吐いて私に言った。
「自慢することでは無いが、俺は女が好きだからな。男とこんな事をして言うほど、男色派な訳ではないし、何より俺は…」
そこまで言いかけて、エオメルさんは私の頬に大きな手を当てる。
「お前を気に入っている…」
「えっ…わっ!わぁ!!」
ベッドに押し倒されて、見上げるとエオメルさんが楽しそうに笑っていた。
「ちょ、と、なんで笑うんですかっ!」
「はっ…い、や…初めて見た時から思っていたんだが…俺はどうやら、お前のそういう反応が、とてもツボらしい…」
「…んっ…」
覆い被されて、エオメルさんは私の唇にそれを重ねる。
「…怖がらなくて良い…」
色っぽく掠れた声と、初めて見る優しい顔に私は目を瞑った。
「ユア…」
優しく丁寧に、ついばむように、いつの間にか互いの唇が深く絡まるようになる。
それが自然かのように、私は彼の服をギュッと掴んだ。
「可愛いな…」
ポツリと、言葉を発して再びキス。
いつの間にか私は息切れをして、ベッドにぐったりと横たわった状態で呼吸をしていた。
「…はぁ……はっ…はぁ…」
唇の端から零れた唾液をぬぐってエオメルさんを視線だけ向けると、彼はにやりと笑った。
「…足りないか?」
再び覆いかぶさって、両手を押し付けられたまま唇を奪われて、先ほどより深い口づけをされる。歯列をなぞられ、舌を吸われ、絡められ、私は自分の口からもれる聞いたこともない自分の声と、恥ずかしさと、何とも言えない感覚に襲われていて力が入らなく、されるがままになる。
「そうだ…もっと…んっ…舌を絡めるんだ…」
途切れ途切れに言う彼に、言われたまま舌を絡める。いつの間にか拘束されていた腕は、エオメルさんの首へ回り、抱え込むように、まるで恋人同士のような体制になっていた。
どのくらいの時間がたったのか、私にはよくわからない。エオメルさんの唇が私の耳へと、首筋へと移動する。その度に囁かれる言葉に、私は目をつむって耐えるしかなかった。
「んあっ…」
チリっという鈍い鎖骨のあたりの痛みに、私は恐る恐る目を開ける。はだけた胸元のあたりを彼の舌がぬるりと動いては、淡い鬱血を作る。
その行為をするエオメルさんの目は、なんだかとても、男の目をしていて再びがっちりと掴まれた右腕の指先も舐められて、思わず声を漏らす。
「な、に…んっ…」
「俺の、シルシだ…今だけで終わらせない…ここも、ここも…ここも…」
軽いキスを鬱血したそこへ散りばめて笑う。
私にはその顔が、たまらなく色っぽくてどうにかなってしまいそうだった…
―カツン
刹那、部屋の外から物音がした。
途端にがばっと起き上がって、エオメルさんは扉へ向かった。
「誰だ」
「エオメル様…先程の打ち合わせの際の確認を…」
宴の会場の所にいた騎士の一人だったその男性の言葉を聞いて、彼は短くため息をついた。
「分かった…後から行く。先に行っていてくれ」
その言葉で、扉の外から人の気配はなくなり、彼は再び私のもとへと歩いてくる。
先ほどの行為に、私は何が何だかわからなくて恥ずかしくて彼とは向き合わず背を向ける。
後ろに立つエオメルさんは、そんなことはお構いなしに、私を後ろからかき抱いては、耳元でいった。
「ユア、好きだ…」
そう一言言って、部屋から出る彼を、私は見送るどころか硬直したまま座ったままのベッドのシーツを握りしめたままだった。
「えっと…なに?今の…」
ふり絞って出た言葉はそれだった。
「えっと…、私、なんでこんなことになってるの?え?」
混乱したまま何が何だかわからず独り言がポンポン出てくる。確かに、エオメルさんは出会った時から優しいけれど、こんな展開に何でなるとは思ってなかったし、意味が分からない。それを受け入れる自分も自分である。私は、私が好きだった人は…
―レゴラス?
好きなの?本当に?自分を他人と重ねている人が?
―エオメル?
あんなに優しく、唇を重ねる人だなんて思わなくて…出会って間もない人なのに、こんなことするとは思ってなかった…。
好き?私を?ガサツで綺麗でも何でもない。
そんなに強いわけじゃなければ、旅の仲間たちの足を引っ張ってばかりだ。
そんな私を好き?一人の女性として見てくれる?
―でも…
頭によぎる顔が…
レゴラスの顔が、私にはどうしてもその揺らぐ心を縛り付ける。
だってそうだ。普通に考えたらきっと、エオメルさんを選んでしまったほうが私は幸せだ。あの人ならきっと幸せにしてくれる。
だってそうだ…誰かの代わりで私を好きだというレゴラスより…私は…
あの頃の、あの日の、あの時のあの目が声が、態度が、私を縛り付ける。
どうして?だって私はきっとレゴラスを選んだまま、このままでいたって何にもならないのに…
パタリパタリと涙が自分の服を濡らす。
苦しい…こんなの可笑しい。
私はどうすべきなのだろう…
うずくまって声を押し殺して泣いた。
泣き止んだはずだ。エオメルさんのおかげで泣き止んだはずの涙は、枯れることなく溢れてくる。
会いたい…
会いたいよ…
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『レゴラス』
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『エオメルさん』
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※選択式(次章各キャラ話へ。)