軍団長とエルフ①中編
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出会ったのは、旅の仲間たちと共に死地をかいくぐってホビットたちを助けに向かう途中だった。
酷く、深刻な顔をして私達に刃を向けたその人はどこか寂しげな目をして私達を見下ろしていた。
印象に残っていたのはそれだけ。
でも、それが私の中で強く強く自分の中の何かを変える人だとは思いもよらなかった…。
ガンダルフが彼らを探しに出て、ようやく迎えた五日目の朝。
私達旅の一行、及びローハンの数少ない兵や民兵達は訪れた援軍に士気を高めた。
「なにこれ、意味が分からない…凄く丁度いいところで現れるんだからっ」
半泣き状態でウルク=ハイを切り伏せる私。
先に馬で飛び出していったセオデン陛下やアラゴルン達は奥の奥まで進んで歯向かう敵を切り捨てていく。
「てゆーかみんな、馬であっちに行ったら誰がここ守るのよバカ!!!」
ギムリと二人で躍起になって、本陣に突撃してきたウルク=ハイをなぎ倒す。
「まぁそう言うな。絶体絶命のどうにもならん状態だったのが、ここにきて一気に形勢逆転したんだ。お前さんも目の前の仕事をしたほうが身のためだぞ。あれこれ考えたら怪我をする」
思いの他嬉しそうに声を上げるギムリに、私ははいはいと悪態をつきつつ返事をするが、内心とても嬉しかった。
「ガンダルフ!!!!」
ようやく顔を突き合わせてお互い安堵の顔をすると、私は思わず抱き着いた。
「これこれ、人前じゃ…。儂に抱き付くとアラゴルンが嫉妬するぞ」
からかう様にそう言うと、私はアラゴルンにちょろっと舌を出す。
「私を置いて馬に乗って先に行っちゃった人なんか知らないもの!」
「ユア…あれはセオデン陛下をだな…」
あきれ顔で私の頭をくしゃくしゃとするアラゴルンを見て私はほくそ笑む。
「嘘だよ。分かってるよ。あの時貴方が行かなきゃならなかったことくらい。」
そういうと、彼はほっと息を吐いた。
「ユア…」
真面目な声で、私を呼ぶ。それに反応するように、アラゴルンの手を握る。
「よく頑張ったな…」
「うんっ」
そうして、子供のように抱きつく。
「アラゴルン臭い」
「仕方ないだろう、一通り終えたら風呂に入る」
冗談交じりに言い合いをしているとアラゴルンの後ろから見覚えのある人物が現れた。
「あ、貴方は確かこの間の…」
「あぁ、彼らのおかげで勝てたのだ。ユア、挨拶を…」
「此度は、援軍ありがとうございます。アラゴゴルン率いる旅の仲間の一人ユアです」
「いや、礼を言うのは此方だ。よくぞ王と共に持ちこたえてくれた。私はエオメルだ。ありがとうユア…。」
互いに礼をすると、顔を上げ柔らかく笑った。
「随分しおらしい反応をするな…お前にしては珍しい」
横から茶化すようにいうギムリがきな臭そうに言った。
「何言ってんの?私いつもしおらしいよ?ほら、見るからにしおらしいでしょ?」
両腕を上げて、ぶんぶん揺らし自慢げに鼻息を荒くするとアラゴルンがため息をついた。
―ガシャ
刹那、物音がすると皆そちらに顔を向けた。
「ガアアアアアアア!!!!」
転がっていた敵の死体の一部から、意識を取り戻したのか一体のウルク=ハイが起き上がって剣を振り上げた。
「どいてっ!」
「グガアアアアア!!!!!」
エオメルの後ろからそのウルク=ハイはそのまま剣を振り下ろすことなく、私に両断される。
「……っ…」
ドサリと音を立てて、倒れるウルク=ハイを見下ろした。
「ユア、怪我は…?」
びゅんと手にしていた剣のこびり付いた血を振って落とす。そのまま鞘に納めると、私は元いた彼らの場所へと移動する。
「あるわけないじゃない…あんなの余裕だって…うわっ!」
「大丈夫か?!」
死体に蹴躓いて、倒れそうになった私をとっさにエオメルが支えてくれた。
「あ…どうも、ありがとう」
「いいや、気にしないでくれ。今のは見事だった」
先程より心なしか強くきゅっと抱えられてびっくりする。私はなぜか視線を向けられなくて、強引に胸から逃れてそのままふらふらしながらアラゴルンの横で背を向けて後頭部をかくふりをする。
「どうした、何を照れているんだ?ユア…。」
「お前さんでも、照れることがあるのか!いや、これはまた驚いたぞ!」
「う、うっさいな!!!ギムリは黙っててよ!!」
どうにも、顔が赤くて収まらなくて思いの外強い口調で、否定をする。
「ユアっ!」
ふと、遠くからエルフの声が聞こえた。
「ほらほら、お前の王子が来たぞ」
「私のじゃないし!レゴラス普通に王子だし!」
呼ばれたそちらへ走っていく。彼が、あまりにも切羽詰まった顔をしていたから。
「ユアっ」
彼のもとに行くなり、突然両手でほほに触れられた。
「怪我は?さっきウルク=ハイと戦っていただろう」
「大丈夫だよ。あの激戦だった割には、大したけがはしてないよ」
眉をハの字にさせて、私の状態を確認して、多少の擦り傷程度に安心したのかレゴラスは深刻な顔から一息ついて安心したように見えた。
「よかった…。ユアに何かあったら、私がどうにかなりそうだ」
「大げさだなぁレゴラスは…。今回の合戦にも最後まで反対していたし…、そんなに心配しなくても…」
苦笑いしていうと、彼は強引に私の顔を自分のほうへぐっと向けて言った。
「私が君のことをどう思っているのか知っているくせに、そんなことを言うのかい?」
「…っ…」
いつもそうだ。そんなことばかり言ってる割に、みんなの前ではこのエルフは涼しい顔をする。
彼と出会ってしばらく経つけれど、いい加減にしてほしい。
「わ、私…こういう冗談いうレゴラス嫌いだものっ!」
強引に振りほどいてみんなのところに行こうと踵を返す。
「…!!!…んっ!!!」
刹那、首をスッと撫でられる。
ゾクリとした感覚に思わず声が漏れた。
後ろにいたレゴラスが、私の耳元で囁く。
「ユア…ほかの男を見るのは許さないから」
「な、なに言って!!!」
ばっと振り返ってそういうと、一瞬切なげな顔をして、すぐにいつもの涼しい顔に戻ると言葉を続ける。
「…さぁ、みんなのところへ行こう…」
「何なの…いつもそんなことばっかり…」
ドゥネダインの生き残りの一人として、アラゴルンに幼いころ拾われた私は、幼少のころから彼に剣を師事してもらい、当たり前にいたレゴラスに弓を教わっていた。
親の顔は覚えていない。オークに殺されて、私は小さすぎて記憶すらないからだ。
裂け谷で当たり前のようにアルウェンと過ごして、エルフたちに囲まれた生活をしていた私がレンジャーとしての仕事をさせてくれと言ったのは、物心ついてからだ。自分の置かれている立場もわかっていたし、アラゴルンが中つ国にとってどのような人なのかも、周りのエルフやエルロンド様たちから聞いていたから、何か手助けができればと思った。だから、彼の行く先々へついていったし、経験を積むだけ積んできた。
そして、何故か…いつもレゴラスがいた。そばにいて、いつも守ってくれる。優しい顔をこちらに向けて微笑んでくれる。そして、いつからから、触れられるたび、言葉をかわすたび何か恥ずかしくなって他のみんなみたいな対応をしなくなった。
「ユア、アイゼンガルドへ向かうぞ」
アラゴルンの言葉に、考えることをやめて私は身支度を始めた。ギムリは相変わらずレゴラスと、楽しげに憎まれ口をたたきあっていて、安堵の息を吐かざる負えなかった。
「随分と、深刻な顔をしているな」
後ろから声がして、振り返るとエオメルが立っていた。私は持っていた荷物を置くと、苦笑いをする。
「いや、そんなことないですよ?突然どうしたんですか?エオメルさん」
いつもどおりの話し方を極力努めて、エオメルの前に立つと、彼は私の全身を見てから右手で頬に触れた。
「ガンダルフから詳しい話は聞いた。指輪を葬る旅をしていたと…」
「ええ、皆で協力してって話でしたけど…指輪を持つ者と別れてしまいました」
「女性がついていくには、随分と、過酷だろう」
「いえ、もう慣れました。私、レンジャーをしてたので」
事も無げにそう言うと、先の戦いで傷ついた頬のかすり傷を撫でた。私は照れくさくて視線を下げた。
「傷は、勇敢に戦った勲章だ。とはいえ、女である君の顔にはあまり傷が残らないようにしてほしいものだな…もったいない」
「えっ…」
思わず視線を上げると、エオメルはニコッと笑って私の手を取ってそっと唇を寄せた。
「あっ…!」
思わず声を上げて、エオメルを見つめると彼は顔を少し離してから、とても色っぽい目で私を見つめた。
「これからも、よろしく頼む」
「……」
口をパクパクするだけで、私は何も言えなくて、エオメルはそれを察したのか私の頭をポンポンとしたあと、踵を返して広間の外へと歩いて行った。
「何なの、なんなのよ、もう…ここにきて何なの?」
ひとりごちる私の後ろ姿をレゴラスが、切なげに見つめていたとも知らず…
「ようこそ!各々方!!我がアイゼンガルドへ!!」
「メリー!!!ピピン!!!」
「ユア!!!」
アイゼンガルドに着くなり、私は馬から降りて二人のホビットを抱きしめた。
「心配させて!みんながどんな思いで貴方達を探したと思ってるの?」
そう言うと、ごめんよと言葉をこぼしてニッコリ笑う。
「でも、ユアがそんな顔してこんなこと言うと思わなかったなぁ…」
ピピンが、にやりと笑ってパイプ草を吸って吐いた。
「わぷ!!」
煙を顔に受けて私は思わず咳き込むと、わはは!!とピピンとメリーは再び楽しそうに笑った。
「はぁ…ホビットめ…」
ガンダルフが呆れたように言葉を濁すと、メリーが続けた。
「アイゼンガルドの主も、交代したよ。サルマンから、今や木の髭のじいさんさ!」
一行は、再び馬に乗りアイゼンガルドの塔へ向かう。木の髭はほぼ全ての掌握に成功していたが、サルマンだけはどうにもならず、困っていたようだった。
「セオデン王よ、王は戦で多くの敵を殺し、その後あぶくを吸ってこられた。我らもかつてのように、ともに親しく話すことは叶わぬかな?話し合って平和を打ち立てよう…」
サルマンの言葉にセオデン陛下は憤りを顕にした。挑発的な態度を示すサルマンに、ガンダルフは冷静にことを訴えた。が、敗れた白い魔法使いはパランティアを取り出した。不吉な予言を口にするサルマンにガンダルフはすっとまえに出た。
「ガンダルフ、お主はわかっておるはず。その漂流人が、ゴンドールの玉座に座ることはありえない。暗がりからはいだした世捨て人が、王位をついであってなろうか…。」
私が思わず前に出そうになるのを、レゴラスが腕を脱ぎってグッと止める。
「ダメだよ…気持ちはわかるよ。でも、まだダメだ。」
「でもっ…」
「ユア…」
サルマンの更に続く言葉に苛立ちを飲み込みながらグッと抑えた。
「降りて来い…サルマン!命までは奪わん!」
ガンダルフの呼びかけに、今度はサルマンが激しく反応した。
「お主の哀れみなぞいらぬわ!!!儂はサルマンぞっ」
「ガンダルフ!!!!」
火を塔の上から放射する。
そこから、ガンダルフの周りをその炎が一気に包み込んでいくが、それは一瞬にして消え去った。
「サルマン!!!無駄な抵抗よ!」
杖を破壊して、あっけにとられている中、後ろから怯えた顔をした男が現れた。
「グリマ…」
横から聞こえるエオメルの声に私はそちらに視線を向ける。
セオデン陛下は、男に戻って来いと言葉にするが、焦りからなのかサルマンにそれを邪魔され、下がれと声を荒らげた。そうして、ガンダルフと、サルマンとの会話は続くかに見えた。
「ぐあっ!!」
憎しみを押し付けるような、そんな姿だった。
グリマは、サルマンの背中を数箇所刺し、刹那に動いたレゴラスが、男に弓を射った。
敗戦の白い魔法使いはよろよろと塔から落下していく。ぐるぐると回る水車に身体が差し込まれる。白い魔法使いの最後であった。
「直ちに使者を送られよ、敵が攻めてくるその場所を知らねばならん。」
ガンダルフが緊張した面持ちで言った。
「ユアっ見るんじゃない」
咄嗟に動いたエオメルが私の頭を抱いて顔を隠した。
「え、エオメルさん?」
「いいから見るんじゃない、君が見るものじゃない」
重さで水車が動く音がする。
私は隠され、抱かれるような感覚に何も言えなくなった。
「エオメル殿、ユアはこういう事には慣れているんだ。あまり甘やかさないで欲しい」
「無駄に、見せることでもないだろう。見ないで済むものならその方がいい。私個人の判断だ」
エオメルはサルマンの体が水の中に沈んでくとその手を離した。私は思わず離れた瞬間にアラゴルンの近くに馬を移動させた。
「ピピン?」
ピピンはその後、サルマンの亡骸から転がった、パランティアを手にすると、魔法使いに強引に奪われ、なにか気まずそうな空気になっていた。
「ユア、エドラスへ戻ろう。」
レゴラスは私の横へ来ると、手をギュッと握った。
「レゴラス?」
心なしか震える手に、なぜか私はその手を強く握り返した。
エドラスに到着した一行は、戦が勝利したことへの喜びの、ささやかな宴を催す準備を始めていた。
「レゴラスー!これどこー?」
「あっちだよ、その料理このテーブルの右側に持って行って」
「はーい!」
両手に料理を持って、目の前にいるエルフに問いかけると、レゴラスはニッコリと笑って言った。
「ユア、今日は沢山飲むのかい?」
「今日は、どうだろ。雰囲気次第でかなー?レゴラスは?」
「私も、かな?誰かさんは飲み過ぎると危なっかしいから、私が見張っていないといけないだろう?」
ぽふんと頭を撫でられると、私は恥ずかしくて下を向いた。
「私、そんなに危なっかしくないよ!お酒だってセーブできるもの。」
むぅと、唇を尖らせるとレゴラスがすごく楽しそうに綺麗に笑った。
「そんなこと言って、私は何度も君の介抱をしているんだよ?信用できないよ」
「何年前のはなししてるの!?アラゴルンの方が、お酒じゃいつもいっぱいしてるもの!」
「あはは、エステル別だよ。君は女性だし、私の最愛の人だ。何かあってからじゃ遅いんだよ?いや、あってたまるか…」
声色が突然変わる。肩に置かれた手に私の体がびくりと反応する。
「そ、そうやって、期待させるのはエルフの常套句なの?」
「ユア?」
空いた手で、私の髪の毛を優しく撫でる。
私はそれがいたたまれなくて、腕を振り払った。
「私、誰にでもそういうことするレゴラスは嫌いだから!!」
ドキドキする。
こんなのいつものことだ。弄ばれてるのはわかってるのに、何年も何年もこんなこといつもされてた。
なのに、なれないのはなんで?だってそうだ。レゴラスはみんなに優しい。私以外の女性にも…女性にだって…
飛び出した広間から、私は思わず出口にいたエオメルと目があった。彼は近くにいた兵たちに、打ち合わせをしていたのか少し待ってくれと声をかけた後、私のもとへ走ってきた。
「ユア?どうしたんだ?」
「エオメルさん…え、なに…が?」
「何がじゃない、泣いてる」
目立たないように通路の影に案内されると、彼の指でそっと拭われて、私はその時初めて自分が泣いていることに気がついた。
「あれ…なんで、私」
「気がついていなかったのか…」
心配そうな面持ちで、エオメルは私の顔の位置に、自分の顔を持ってくる。
「何があったのか、俺でよければ聞くが?」
その言葉が耳に心地よくて、嬉しくて、私は不思議と更に涙をいっぱいにさせてしまった。
「わ、からないの…なんだかよくわからなくて…」
「そうか…」
不意に抱きしめられる。
「な、に?」
「泣き顔なんて見られたくないだろう…君は強い女性だ…」
優しさが、心にしみる。
こんな女性扱い…レゴラスにしかしてもらったことがない。
でも、レゴラスは優しいから…
抱きしめ返す腕に、彼の腕の力が更に増した。
誰に嫉妬すればいい?
貴方がみんなに優しいことなんて誰に嫉妬すればいいの?
私だけでいてほしいのに…
今は…
なんて…
与えられる匂いと温もりが、男らしいエオメルのものだったとしても…
「お前がはっきりしないから、軍団長殿に取られてしまうぞ?」
「そうは言っても…私がユアと接して優しくするといつも彼女は悲しそうな顔するんだよ…これ以上どうすればいいって言うんだ、エステル…」
人の行き交う大広間の通路。
物陰から微かに垣間見える二人を見つめながら、レゴラスは拳に力を入れる。
切なげな、もどかしいという表情をして…
酷く、深刻な顔をして私達に刃を向けたその人はどこか寂しげな目をして私達を見下ろしていた。
印象に残っていたのはそれだけ。
でも、それが私の中で強く強く自分の中の何かを変える人だとは思いもよらなかった…。
ガンダルフが彼らを探しに出て、ようやく迎えた五日目の朝。
私達旅の一行、及びローハンの数少ない兵や民兵達は訪れた援軍に士気を高めた。
「なにこれ、意味が分からない…凄く丁度いいところで現れるんだからっ」
半泣き状態でウルク=ハイを切り伏せる私。
先に馬で飛び出していったセオデン陛下やアラゴルン達は奥の奥まで進んで歯向かう敵を切り捨てていく。
「てゆーかみんな、馬であっちに行ったら誰がここ守るのよバカ!!!」
ギムリと二人で躍起になって、本陣に突撃してきたウルク=ハイをなぎ倒す。
「まぁそう言うな。絶体絶命のどうにもならん状態だったのが、ここにきて一気に形勢逆転したんだ。お前さんも目の前の仕事をしたほうが身のためだぞ。あれこれ考えたら怪我をする」
思いの他嬉しそうに声を上げるギムリに、私ははいはいと悪態をつきつつ返事をするが、内心とても嬉しかった。
「ガンダルフ!!!!」
ようやく顔を突き合わせてお互い安堵の顔をすると、私は思わず抱き着いた。
「これこれ、人前じゃ…。儂に抱き付くとアラゴルンが嫉妬するぞ」
からかう様にそう言うと、私はアラゴルンにちょろっと舌を出す。
「私を置いて馬に乗って先に行っちゃった人なんか知らないもの!」
「ユア…あれはセオデン陛下をだな…」
あきれ顔で私の頭をくしゃくしゃとするアラゴルンを見て私はほくそ笑む。
「嘘だよ。分かってるよ。あの時貴方が行かなきゃならなかったことくらい。」
そういうと、彼はほっと息を吐いた。
「ユア…」
真面目な声で、私を呼ぶ。それに反応するように、アラゴルンの手を握る。
「よく頑張ったな…」
「うんっ」
そうして、子供のように抱きつく。
「アラゴルン臭い」
「仕方ないだろう、一通り終えたら風呂に入る」
冗談交じりに言い合いをしているとアラゴルンの後ろから見覚えのある人物が現れた。
「あ、貴方は確かこの間の…」
「あぁ、彼らのおかげで勝てたのだ。ユア、挨拶を…」
「此度は、援軍ありがとうございます。アラゴゴルン率いる旅の仲間の一人ユアです」
「いや、礼を言うのは此方だ。よくぞ王と共に持ちこたえてくれた。私はエオメルだ。ありがとうユア…。」
互いに礼をすると、顔を上げ柔らかく笑った。
「随分しおらしい反応をするな…お前にしては珍しい」
横から茶化すようにいうギムリがきな臭そうに言った。
「何言ってんの?私いつもしおらしいよ?ほら、見るからにしおらしいでしょ?」
両腕を上げて、ぶんぶん揺らし自慢げに鼻息を荒くするとアラゴルンがため息をついた。
―ガシャ
刹那、物音がすると皆そちらに顔を向けた。
「ガアアアアアアア!!!!」
転がっていた敵の死体の一部から、意識を取り戻したのか一体のウルク=ハイが起き上がって剣を振り上げた。
「どいてっ!」
「グガアアアアア!!!!!」
エオメルの後ろからそのウルク=ハイはそのまま剣を振り下ろすことなく、私に両断される。
「……っ…」
ドサリと音を立てて、倒れるウルク=ハイを見下ろした。
「ユア、怪我は…?」
びゅんと手にしていた剣のこびり付いた血を振って落とす。そのまま鞘に納めると、私は元いた彼らの場所へと移動する。
「あるわけないじゃない…あんなの余裕だって…うわっ!」
「大丈夫か?!」
死体に蹴躓いて、倒れそうになった私をとっさにエオメルが支えてくれた。
「あ…どうも、ありがとう」
「いいや、気にしないでくれ。今のは見事だった」
先程より心なしか強くきゅっと抱えられてびっくりする。私はなぜか視線を向けられなくて、強引に胸から逃れてそのままふらふらしながらアラゴルンの横で背を向けて後頭部をかくふりをする。
「どうした、何を照れているんだ?ユア…。」
「お前さんでも、照れることがあるのか!いや、これはまた驚いたぞ!」
「う、うっさいな!!!ギムリは黙っててよ!!」
どうにも、顔が赤くて収まらなくて思いの外強い口調で、否定をする。
「ユアっ!」
ふと、遠くからエルフの声が聞こえた。
「ほらほら、お前の王子が来たぞ」
「私のじゃないし!レゴラス普通に王子だし!」
呼ばれたそちらへ走っていく。彼が、あまりにも切羽詰まった顔をしていたから。
「ユアっ」
彼のもとに行くなり、突然両手でほほに触れられた。
「怪我は?さっきウルク=ハイと戦っていただろう」
「大丈夫だよ。あの激戦だった割には、大したけがはしてないよ」
眉をハの字にさせて、私の状態を確認して、多少の擦り傷程度に安心したのかレゴラスは深刻な顔から一息ついて安心したように見えた。
「よかった…。ユアに何かあったら、私がどうにかなりそうだ」
「大げさだなぁレゴラスは…。今回の合戦にも最後まで反対していたし…、そんなに心配しなくても…」
苦笑いしていうと、彼は強引に私の顔を自分のほうへぐっと向けて言った。
「私が君のことをどう思っているのか知っているくせに、そんなことを言うのかい?」
「…っ…」
いつもそうだ。そんなことばかり言ってる割に、みんなの前ではこのエルフは涼しい顔をする。
彼と出会ってしばらく経つけれど、いい加減にしてほしい。
「わ、私…こういう冗談いうレゴラス嫌いだものっ!」
強引に振りほどいてみんなのところに行こうと踵を返す。
「…!!!…んっ!!!」
刹那、首をスッと撫でられる。
ゾクリとした感覚に思わず声が漏れた。
後ろにいたレゴラスが、私の耳元で囁く。
「ユア…ほかの男を見るのは許さないから」
「な、なに言って!!!」
ばっと振り返ってそういうと、一瞬切なげな顔をして、すぐにいつもの涼しい顔に戻ると言葉を続ける。
「…さぁ、みんなのところへ行こう…」
「何なの…いつもそんなことばっかり…」
ドゥネダインの生き残りの一人として、アラゴルンに幼いころ拾われた私は、幼少のころから彼に剣を師事してもらい、当たり前にいたレゴラスに弓を教わっていた。
親の顔は覚えていない。オークに殺されて、私は小さすぎて記憶すらないからだ。
裂け谷で当たり前のようにアルウェンと過ごして、エルフたちに囲まれた生活をしていた私がレンジャーとしての仕事をさせてくれと言ったのは、物心ついてからだ。自分の置かれている立場もわかっていたし、アラゴルンが中つ国にとってどのような人なのかも、周りのエルフやエルロンド様たちから聞いていたから、何か手助けができればと思った。だから、彼の行く先々へついていったし、経験を積むだけ積んできた。
そして、何故か…いつもレゴラスがいた。そばにいて、いつも守ってくれる。優しい顔をこちらに向けて微笑んでくれる。そして、いつからから、触れられるたび、言葉をかわすたび何か恥ずかしくなって他のみんなみたいな対応をしなくなった。
「ユア、アイゼンガルドへ向かうぞ」
アラゴルンの言葉に、考えることをやめて私は身支度を始めた。ギムリは相変わらずレゴラスと、楽しげに憎まれ口をたたきあっていて、安堵の息を吐かざる負えなかった。
「随分と、深刻な顔をしているな」
後ろから声がして、振り返るとエオメルが立っていた。私は持っていた荷物を置くと、苦笑いをする。
「いや、そんなことないですよ?突然どうしたんですか?エオメルさん」
いつもどおりの話し方を極力努めて、エオメルの前に立つと、彼は私の全身を見てから右手で頬に触れた。
「ガンダルフから詳しい話は聞いた。指輪を葬る旅をしていたと…」
「ええ、皆で協力してって話でしたけど…指輪を持つ者と別れてしまいました」
「女性がついていくには、随分と、過酷だろう」
「いえ、もう慣れました。私、レンジャーをしてたので」
事も無げにそう言うと、先の戦いで傷ついた頬のかすり傷を撫でた。私は照れくさくて視線を下げた。
「傷は、勇敢に戦った勲章だ。とはいえ、女である君の顔にはあまり傷が残らないようにしてほしいものだな…もったいない」
「えっ…」
思わず視線を上げると、エオメルはニコッと笑って私の手を取ってそっと唇を寄せた。
「あっ…!」
思わず声を上げて、エオメルを見つめると彼は顔を少し離してから、とても色っぽい目で私を見つめた。
「これからも、よろしく頼む」
「……」
口をパクパクするだけで、私は何も言えなくて、エオメルはそれを察したのか私の頭をポンポンとしたあと、踵を返して広間の外へと歩いて行った。
「何なの、なんなのよ、もう…ここにきて何なの?」
ひとりごちる私の後ろ姿をレゴラスが、切なげに見つめていたとも知らず…
「ようこそ!各々方!!我がアイゼンガルドへ!!」
「メリー!!!ピピン!!!」
「ユア!!!」
アイゼンガルドに着くなり、私は馬から降りて二人のホビットを抱きしめた。
「心配させて!みんながどんな思いで貴方達を探したと思ってるの?」
そう言うと、ごめんよと言葉をこぼしてニッコリ笑う。
「でも、ユアがそんな顔してこんなこと言うと思わなかったなぁ…」
ピピンが、にやりと笑ってパイプ草を吸って吐いた。
「わぷ!!」
煙を顔に受けて私は思わず咳き込むと、わはは!!とピピンとメリーは再び楽しそうに笑った。
「はぁ…ホビットめ…」
ガンダルフが呆れたように言葉を濁すと、メリーが続けた。
「アイゼンガルドの主も、交代したよ。サルマンから、今や木の髭のじいさんさ!」
一行は、再び馬に乗りアイゼンガルドの塔へ向かう。木の髭はほぼ全ての掌握に成功していたが、サルマンだけはどうにもならず、困っていたようだった。
「セオデン王よ、王は戦で多くの敵を殺し、その後あぶくを吸ってこられた。我らもかつてのように、ともに親しく話すことは叶わぬかな?話し合って平和を打ち立てよう…」
サルマンの言葉にセオデン陛下は憤りを顕にした。挑発的な態度を示すサルマンに、ガンダルフは冷静にことを訴えた。が、敗れた白い魔法使いはパランティアを取り出した。不吉な予言を口にするサルマンにガンダルフはすっとまえに出た。
「ガンダルフ、お主はわかっておるはず。その漂流人が、ゴンドールの玉座に座ることはありえない。暗がりからはいだした世捨て人が、王位をついであってなろうか…。」
私が思わず前に出そうになるのを、レゴラスが腕を脱ぎってグッと止める。
「ダメだよ…気持ちはわかるよ。でも、まだダメだ。」
「でもっ…」
「ユア…」
サルマンの更に続く言葉に苛立ちを飲み込みながらグッと抑えた。
「降りて来い…サルマン!命までは奪わん!」
ガンダルフの呼びかけに、今度はサルマンが激しく反応した。
「お主の哀れみなぞいらぬわ!!!儂はサルマンぞっ」
「ガンダルフ!!!!」
火を塔の上から放射する。
そこから、ガンダルフの周りをその炎が一気に包み込んでいくが、それは一瞬にして消え去った。
「サルマン!!!無駄な抵抗よ!」
杖を破壊して、あっけにとられている中、後ろから怯えた顔をした男が現れた。
「グリマ…」
横から聞こえるエオメルの声に私はそちらに視線を向ける。
セオデン陛下は、男に戻って来いと言葉にするが、焦りからなのかサルマンにそれを邪魔され、下がれと声を荒らげた。そうして、ガンダルフと、サルマンとの会話は続くかに見えた。
「ぐあっ!!」
憎しみを押し付けるような、そんな姿だった。
グリマは、サルマンの背中を数箇所刺し、刹那に動いたレゴラスが、男に弓を射った。
敗戦の白い魔法使いはよろよろと塔から落下していく。ぐるぐると回る水車に身体が差し込まれる。白い魔法使いの最後であった。
「直ちに使者を送られよ、敵が攻めてくるその場所を知らねばならん。」
ガンダルフが緊張した面持ちで言った。
「ユアっ見るんじゃない」
咄嗟に動いたエオメルが私の頭を抱いて顔を隠した。
「え、エオメルさん?」
「いいから見るんじゃない、君が見るものじゃない」
重さで水車が動く音がする。
私は隠され、抱かれるような感覚に何も言えなくなった。
「エオメル殿、ユアはこういう事には慣れているんだ。あまり甘やかさないで欲しい」
「無駄に、見せることでもないだろう。見ないで済むものならその方がいい。私個人の判断だ」
エオメルはサルマンの体が水の中に沈んでくとその手を離した。私は思わず離れた瞬間にアラゴルンの近くに馬を移動させた。
「ピピン?」
ピピンはその後、サルマンの亡骸から転がった、パランティアを手にすると、魔法使いに強引に奪われ、なにか気まずそうな空気になっていた。
「ユア、エドラスへ戻ろう。」
レゴラスは私の横へ来ると、手をギュッと握った。
「レゴラス?」
心なしか震える手に、なぜか私はその手を強く握り返した。
エドラスに到着した一行は、戦が勝利したことへの喜びの、ささやかな宴を催す準備を始めていた。
「レゴラスー!これどこー?」
「あっちだよ、その料理このテーブルの右側に持って行って」
「はーい!」
両手に料理を持って、目の前にいるエルフに問いかけると、レゴラスはニッコリと笑って言った。
「ユア、今日は沢山飲むのかい?」
「今日は、どうだろ。雰囲気次第でかなー?レゴラスは?」
「私も、かな?誰かさんは飲み過ぎると危なっかしいから、私が見張っていないといけないだろう?」
ぽふんと頭を撫でられると、私は恥ずかしくて下を向いた。
「私、そんなに危なっかしくないよ!お酒だってセーブできるもの。」
むぅと、唇を尖らせるとレゴラスがすごく楽しそうに綺麗に笑った。
「そんなこと言って、私は何度も君の介抱をしているんだよ?信用できないよ」
「何年前のはなししてるの!?アラゴルンの方が、お酒じゃいつもいっぱいしてるもの!」
「あはは、エステル別だよ。君は女性だし、私の最愛の人だ。何かあってからじゃ遅いんだよ?いや、あってたまるか…」
声色が突然変わる。肩に置かれた手に私の体がびくりと反応する。
「そ、そうやって、期待させるのはエルフの常套句なの?」
「ユア?」
空いた手で、私の髪の毛を優しく撫でる。
私はそれがいたたまれなくて、腕を振り払った。
「私、誰にでもそういうことするレゴラスは嫌いだから!!」
ドキドキする。
こんなのいつものことだ。弄ばれてるのはわかってるのに、何年も何年もこんなこといつもされてた。
なのに、なれないのはなんで?だってそうだ。レゴラスはみんなに優しい。私以外の女性にも…女性にだって…
飛び出した広間から、私は思わず出口にいたエオメルと目があった。彼は近くにいた兵たちに、打ち合わせをしていたのか少し待ってくれと声をかけた後、私のもとへ走ってきた。
「ユア?どうしたんだ?」
「エオメルさん…え、なに…が?」
「何がじゃない、泣いてる」
目立たないように通路の影に案内されると、彼の指でそっと拭われて、私はその時初めて自分が泣いていることに気がついた。
「あれ…なんで、私」
「気がついていなかったのか…」
心配そうな面持ちで、エオメルは私の顔の位置に、自分の顔を持ってくる。
「何があったのか、俺でよければ聞くが?」
その言葉が耳に心地よくて、嬉しくて、私は不思議と更に涙をいっぱいにさせてしまった。
「わ、からないの…なんだかよくわからなくて…」
「そうか…」
不意に抱きしめられる。
「な、に?」
「泣き顔なんて見られたくないだろう…君は強い女性だ…」
優しさが、心にしみる。
こんな女性扱い…レゴラスにしかしてもらったことがない。
でも、レゴラスは優しいから…
抱きしめ返す腕に、彼の腕の力が更に増した。
誰に嫉妬すればいい?
貴方がみんなに優しいことなんて誰に嫉妬すればいいの?
私だけでいてほしいのに…
今は…
なんて…
与えられる匂いと温もりが、男らしいエオメルのものだったとしても…
「お前がはっきりしないから、軍団長殿に取られてしまうぞ?」
「そうは言っても…私がユアと接して優しくするといつも彼女は悲しそうな顔するんだよ…これ以上どうすればいいって言うんだ、エステル…」
人の行き交う大広間の通路。
物陰から微かに垣間見える二人を見つめながら、レゴラスは拳に力を入れる。
切なげな、もどかしいという表情をして…