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その時の私には、紛れもないピンチが訪れていた。
それは私が人生を終えようとする時に振り返っても、間違いなく5本の指にランクインするであろうレベルのピンチだったと思う。
急に委員会の仕事をやらなければならなくなったせいで帰りが遅くなってしまった私は、近道をして帰ろうと人気の少ない細い道へと入っていた。
けれど、それを選んでしまったのが運の尽きだった。
前から歩いてきた、所謂不良というカテゴリに属するだろう男子数名に目を付けられて、私はあっという間に囲まれてしまった。
無駄に大きな声で私を怒鳴り付けてくる不良たちに、一気に心の中が恐怖で染まる。
けれどここで泣いたりしたら向こうの思う壺だと、私は溢れ出しそうになる涙を必死に堪えて言った。
「や、やめて下さい!」
絞り出すような声は、恐怖に震えていた。
私が恐怖心を抱いている事は、今の一言で容易に伝わってしまうだろう。
けれどこうして虚勢を張っていないと怖くてどうしようもなくて、私は必死に涙を堪えて目の前の不良たちをキッと睨み付けた。
「そんな睨んだって怖くないって!いいからさっさと来いよ!」
「ただ遊ぶだけじゃんそんな怖がる必要ないって!ほら行くぞ~」
ゲラゲラと下品に笑いながら、不良の一人が私の腕を掴んで強く引っ張った。
どれだけ地面に足を付けて懸命に踏ん張っても、身長も高くて体格も良い不良の力には勝てなくて、私の意思に反して体はズルズルと引きずられていく。
「嫌だ…!誰か助けて…!」
「誰もいねえよ無駄だって!」
「やだやだやだやだ!離して!」
腕を振り払おうと必死に力を込めてもやっぱり振り解く事なんて出来なくて、今まで味わった事のない恐怖が私の心を蝕んでいく。
どうしてこの道を選んでしまったんだろうと、私は心底後悔した。
ああ、もうダメだ…。
このまま連れ去られて、煮るなり焼くなり好きなようにされてしまうんだ。
歴然の力の差に諦めかけたその時、私たちの背後から声が聞こえてきた。
「何やってんの?」
振り返った視線の先にいたのは、学ランを肩にかけている金髪の小柄な男の子だった。
「はあ?なんだよお前。誰に向かって口きいてんだ?」
不良の一人が挑戦的な笑みを浮かべながら、その男の子の方へ歩いていく。
小柄な彼に比べてその不良はかなり大柄で、身長差もかなりあり、誰が見ても圧倒的な体格差だった。
けれどそんな奴が目の前で凄んでも、その男の子は一切物怖じせず真っ直ぐと不良を見上げて言った。
「お前こそ、誰に向かってそんな口きいてんの?」
「お、おい…!コイツ無敵のマイキーじゃね?やべえって…!」
「は?コイツが?」
「女の子一人にこの人数とか、まじでクズだね」
男の子はそう言うと、足を振り上げて目の前に立っていた不良のこめかみに鋭い蹴りを入れた。
不良は一瞬で地面にのめり込むように倒れ、そのまま動かなくなった。
それを見た他の不良たちは、顔をひきつらせながら後退りをする。
けれど私は、その男の子から目が離せなかった。
目の前で起きている事がまるでドラマのワンシーンみたいで現実味がないのに、心臓がうるさい程ドキドキと鼓動を重ねる。
だって不良に絡まれている女の子を助けるなんて、物語の世界に出てくる王子様とかヒーローみたいじゃないか。
「やっぱコイツ無敵のマイキーだ!」
「やべえ!逃げるぞ!」
さっきまで自信満々に振る舞っていた不良たちは一気に顔を青ざめさせ、一目散に逃げていった。
不良たちがいなくなると急に脚からスッと力が抜け、思わずその場に座り込んでしまう。
半分無意識に心臓に手を当てると、私の心臓はまだドキドキと大袈裟なくらいに音を立てていた。
「大丈夫?腰抜けちゃった?」
地面を見つめていた視線を上げると、私の目の前にはいつの間にか無敵のマイキーと呼ばれていた彼がしゃがみ込んでいた。
近くで見ると予想以上に整っている彼の顔に、じわじわと体温が上昇していく。
「おーい」
「……あ、はい…!大丈夫です!危ないところをありがとうございました」
「よかった。けど、女の子一人でこんなところ歩いてちゃ危ないよ?」
「すいません、委員会で遅くなっちゃったから早く帰りたくてつい…」
「そっか。でも今度からは急いでても人通りのある道歩くようにしなよ」
「そうします…」
「よし、じゃあ送る!」
「え!?いいです悪いです!」
「いいからいいから。またさっきみたいな奴等がいたら困るでしょ?」
「う…はい」
「行くよ」
無敵のマイキーさんはスッと立ち上がると、手を差し出して座り込んでしまった私を立たせてくれた。
触れた指先から熱が伝わってしまいそうで、やけに緊張する。
けれどそんな私の緊張を他所に、無敵のマイキーさんは私が立った事を確認するとスタスタと歩き始めてしまった。
私も慌てて地面に落ちた鞄を拾って、その背中を追いかける。
「あ、あの…無敵のマイキーさん?」
「ハハ、何その呼び方」
「さっきの不良たちがそう呼んでいたので」
「あーそういうことね。俺の名前は佐野万次郎」
「佐野さん…?マイキーさんじゃないんですか?」
「マイキーはあだ名」
「あ、なるほど」
「お前の名前は?」
「篠崎志織です」
「志織ね」
佐野さんは私の名前を呟いて、ニコッと笑った。
その笑顔を見た瞬間、私はドキドキと音を立てていた心臓が更に大きく跳ねるのを感じた。
そんな風に笑うんだ…。
そう思ったら佐野さんの笑顔から目が離せなくなって、思わず佐野さんの横顔を見つめてしまう。
「大丈夫?なんか顔赤いよ?」
「え!?だ、大丈夫です!」
「そう?ならいいけど」
そう言って笑う佐野さんの笑顔に、また胸の奥がぎゅうっと狭くなる。
それを感じた瞬間、私は確信してしまった。
今この瞬間、私の人生における最大級のピンチを救ってくれた佐野万次郎という男に、私は恋をしてしまったのだと──。
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