【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
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気付けば時刻は三時半を過ぎていて、もう店内には私たち以外誰もいなかった。
丁度グレープフルーツサワーを飲み終わったタイミングだった事もあり、私たちはそろそろ帰る事にした。
「松野くん、これ私の分」
「ああ、いいすよ。俺出します」
「ええ!?悪いよ!!私から誘ったのに!」
私がそう言うと、松野くんはきょとんとした顔で私を見た後、お腹を抱えて笑い始めた。
え、なんで……?
困惑する私に、松野くんが笑いながら言う。
「すいません、志織さんのそんなデカイ声初めて聞いたなって思って」
「そ、そんなに声大きかった…?」
「はい、デカかったです!」
松野くんはひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を指で拭っていた。
そんなに私変だったかな?
「すいません、なんか不意討ち食らっちゃって。志織さんがどうとかじゃ全然ないんで、気にしないで下さいね!?」
「あ、うん…わかった!」
「良かった。それにしても律儀ですね、志織さん」
「そうかな…?」
「そうすよ!女は奢って貰って当たり前~!みたいな奴もいんのに」
「こっちから誘ったのに奢ってもらうのは、流石に申し訳ないし…」
「そこが律儀なんすよ、志織さんは。んじゃ俺の方がちょっと多めに出すでどうですか?」
「でも……」
「そのくらいかっこつけさせて下さい。ね?」
「う……」
私は思わず、押し黙ってしまった。
かっこつけさせてなんて言われたら、断れない。
松野くんに先手を打たれてしまった。
「決まりって事でいいですか?」
「……ハイ」
「まだ気持ちが収まらないなら、また俺と飲みに行って下さい!」
「…そんな事でいいの?」
「はい。俺、志織さんとまた飲み行きたいです!」
松野くんは太陽みたいなあの笑顔でそう言った。
そんな風に言うの、ずるいなぁ。
「じゃあ……、また飲みに行こう」
「ほんとすか!やったー!」
約束ですよ!と、無邪気に笑う松野くんの表情に、また心臓がドキドキと音を立てる。
まるで松野くんが私の心の中に、どんどん侵食していってるみたいだ。
結局、松野くんが半分以上の金額を出してくれて、私は足りない分を支払った。
ご馳走様と言えば、松野くんはやっぱり律儀すね!と笑っていた。
お会計を終えて外へ出ると、まだ空は暗かった。
松野くんと並んで、帰路へつく。
「駅前にこんな遅くまでやってるお店あったなんて、知らなかったな」
「そうすね!場所覚えとこ!」
「値段安いのに、お酒もご飯も美味しかったもんね」
「はい!志織さん、絶対また飲みに行きましょうね!約束っすよ!」
「私で良ければいつでも」
「俺は志織さんと行きたいんですよ!」
「う、うん。じゃあ行こう。絶対」
「やったー!」
また、胸がドキドキと音を立てる。
そんな事を言われたら、松野くんの事を嫌でも意識してしまう。
私は心臓の鼓動を抑えるように、そっと胸の辺りに手を当てた。
そんな会話を交わしている間に、いつの間にか私たちの住むアパートに到着していた。
「志織さん、今日はありがとうございました!」
「こちらこそ…!」
「俺、今日もう一個嬉しかった事があるんすけど、言ってもいいですか?」
「え、何?」
「志織さんが、敬語抜きで話してくれるようになった事!」
「え…!」
松野くんにそう言われて、今日のことを思い返してみる。
そういえば確かに、私は松野くんに対して敬語使っていなかったかもしれない。
「なんか志織さんと、前よりも仲良くなった気がして嬉しいっす!」
松野くんの言葉を聞いた瞬間、急激に体温が上がったように体が熱くなった。
心臓もドキドキと暴れて、唇が震えてしまいそうだった。
「え、なんか、そういう言い方ずるいよ…!照れちゃうじゃん…」
「だって本当の事っすもん!これからもそのまま、敬語なしで話して下さいね!」
「う、うん、分かった」
「へへ!じゃあおやすみなさい、志織さん!」
「うん、おやすみなさい松野くん」
そう挨拶を交わすと、私たちはそれぞれの家へと入って行った。
焦げ付きそうな程熱くなった胸は、まだしばらくは元に戻りそうにない。
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