【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私の肩に回された男の手首を松野くんの手が掴むと、男は声を上げながら痛みに顔を歪める。
男が腕を振り払おうとしても、手首を掴む松野くんの力が強すぎてびくともしない。
ギリギリと松野くんの手が男の手首を締め付けていき、男は顔を真っ青にしながら呻き声を上げていた。
突然の事に思考が追い付かない私は、その光景をぼんやりと見つめる事しか出来なかった。
私が知っている松野くんとは思えない程に、彼は怒りを滲ませた鋭い視線を男たちに向けていて、それがあまりにも非現実的に思えたから。
「テメェら!!俺の彼女に気安く触ってんじゃねぇぞ!!」
「……え?」
「わ、…分かったから!もう離せ!」
松野くんのその言葉を聞いた瞬間、周りの雑音も男たちの呻き声も全部が止んだように静かになった気がした。
松野くんから視線が反らせなくなって、次第に私の心臓の音だけが大きくハッキリと聞こえてくるようだった。
「いいか?もう二度とこの人の前に顔見せんな」
「わ、分かった……!分かったから頼む……っ離してくれ!」
男たちがそう言うと、松野くんはようやく掴んでいた腕を離した。
やっと解放された男たちは顔を青褪めさせて、その場を立ち去っていった。
男たちの姿が見えなくなると、松野くんはバッとこちらを振り向いて私の方に駆け寄った。
「大丈夫っすか!?志織さん!」
心配そうな表情で私を見つめる松野くんには、先程までの殺気立ったオーラは微塵も感じられなかった。
この数分間に色々な事が起こりすぎて半ばパニックになっていたけれど、私はうまく回らない口を必死に動かして、言葉を紡いだ。
「た、助けてくれてありがとう……」
「全然です!志織さんが無事で良かった…!」
「あの……松野くん。一つ聞いてもいい……?」
「はい?」
「俺の彼女、ってどういう事……?」
「へ……?」
私がそう問いかけると、松野くんはまさしく鳩が豆鉄砲を食らったような表情で、私を見ていた。
「え、……っと……志織さんの事ですよ……?俺たち付き合ってますよね?」
「え?」
「え?!」
「だ、だって付き合おうって話してないよね?好きだとは言われたけど、松野くんこの間女の子と一緒に歩いてたから、それも私を慰めようとして言っただけなんだって、自分に言い聞かせてた…」
「え、俺志織さんに付き合って下さいって言ってない!?てか女の子って誰!?」
「言ってないよ…!あの女の子は松野くんの彼女じゃないの?この間渋谷で見かけたんだけど」
「あ、ああアレか…え、うわまじか……」
松野くんは小さな声でそう呟くと、耳まで真っ赤に染めてその場にしゃがみ込んだ。
片手で顔を覆ったまま松野くんが固まってしまい、私たちの間に何とも言えない沈黙が流れた。
何か言った方が良いかと思考を巡らせてみたが、気の利いた一言が思い浮かばず、そんな事をしているうちに松野くんが顔を上げた。
「……すんません志織さん。多分俺、今すげーダセェけど、志織さんに言わなきゃいけない事があるんだ。だから、一緒に俺ん家来てもらってもいいですか?」
「え……、うん。分かった」
私が首を縦に振ると、松野くんは息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
そして私の手を取って優しく握ると、そのまま歩き始めた。
それから松野くんの家に着くまで、私も松野くんも何も話さなかった。
けれど、繋いだ手から松野くんの気持ちが流れ込んでくるようで、私はなんだかとても泣きそうだった。
▼
松野くんの部屋に着くと、私たちは向かい合ったまま腰を下ろした。
静かな室内に、二人きり。
ドクドクと大袈裟な程に鼓動を繰り返している私の心音が、松野くんにも聞こえてしまいそうで、私は恥ずかしくて死んでしまいそうだった。
そんなシンと静まり返った静寂を打ち破ったのは、松野くんだった。
「志織さん」
「は、はい……」
「最初に、志織さんが俺と歩いてるのを見たっていう女の子の事を説明させてほしいです」
「……うん」
「その子とは、俺は全然何もない。その子は俺の相棒の彼女です。俺、志織さんにクリスマスプレゼントあげたかったんすけど、女の子向けの店なんて入った事ないから、相棒とその彼女に付いてきてもらって」
「そ、そうだったんだ……」
「はい。だからあの時、その女の子と二人だったんじゃなくて、相棒…つまりその子の彼氏も一緒でした」
「嘘……全然気付かなかった……。勝手に誤解してごめんね」
「めちゃくちゃ人混みだったし、仕方ないです。でも志織さんを誤解させるような事はないから、安心して下さい」
真剣な表情で、松野くんは言った。
今目の前にいる松野くんには、嘘をついている様子なんて全く感じられなかった。
その安心感からか私は酷く泣きそうになってしまって、小さく頷くことしか出来なかった。
「ん……」
「ありがとうございます。次に、俺の気持ちも聞いて欲しいです」
「うん、わかった」
松野くんは少し緊張したような表情で、私の目を真っ直ぐに見つめていた。
「俺は、志織さんの事がすげー好きです。あの日、志織さんにもっと頼って欲しくて、ずっと一緒にいたくて、離したくなくて必死だった。だから好きも付き合っても、全部伝えたと思ってました」
今にも溺れ落ちそうな涙を必死に堪えながら、私は松野くんの話に耳を傾ける。
膝の上で握り締めた拳が、微かに震えていた。
「その上で志織さんが、俺を受け入れてくれたんだと勘違いしてた。こんな勘違いしてたなんて死ぬほど恥ずかしいけど、今思えば俺、勝手に舞い上がってたのかも……」
「……そっか…」
「色々順番間違えましたけど、もう一回改めて言わせて下さい」
「…うん…っ」
「俺、志織さんの事がすげー好きです!ずっと一緒にいたい!離れたくない!誰にも渡したくない!だから、俺と付き合ってほしい…!」
松野くんがそう言ってくれた瞬間、ギリギリのところで耐えていた涙が一気に溢れ出して、頬を濡らした。
幸せで幸せで、どうにかなってしまいそうだった。
私は涙で濡れた瞳で真っ直ぐ松野くんを見つめながら、口を開いた。
「私も、松野くんが好き……っ!」
「ほんとに……?」
「うん、大好き……!女の子と歩いてる松野くん見たときショックだったけど、でも松野くんの為に離れなきゃって思った。けど誤解だったなら、離れなくてもいいの……っ?私、松野くんの彼女になってもいいの……っ?」
感情が昂る程、涙も溢れて視界を塞いでいく。
頬を濡らしていく涙を乱暴に腕で拭いながら、私は何とか言葉を紡いだ。
手を引かれて、私の身体は松野くんの腕の中にスッポリ収まった。
大好きな松野くんの匂いがすぐ近くで香って、幸せで死んでしまいそうだった。
「うん。志織さん俺の彼女になって。絶対誰にも渡したくない。すげー好きです」
「私も大好き……っ!私、松野くんの彼女になる……!」
私がそう言うと、松野くんの指がそっと私の頬をなぞっていく。
そして視線が絡まると、私たちは引かれ合うようにキスを交わした。
気持ちを確かめ合うように何度も大好きと呟きながら、私たちは唇を合わせた。
数週間ぶりに触れる事の出来たその温もりは、溶け出してしまいそうな程、甘美で濃密なものに感じた。
.