【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
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あれから、気付けば10日の月日が経っていた。
あの日の夜、私は一方的に今日は行けなくなったという旨の連絡を、松野くんへ送った。
その後、松野くんから何度も連絡が来たが、私は拙い謝罪の言葉を返す事しか出来なかった。
そしてその日を境に、私は松野くんに会っていない。
一人で夜を過ごす生活に逆戻りした私は、また眠れない日々を過ごしていた。
目を閉じると、あの時の光景が鮮明に脳裏に浮かぶのだ。
キラキラした瞳で松野くんを見つめる女の子と、そんな女の子に優しい眼差しを向ける松野くん。
やっぱりあの女の子は、松野くんの彼女……なのだろうか。
詳しい事は分からないけれど、あの雰囲気はただの友達という訳ではないのだと思う。
松野くんの心にいるのは私なんかじゃなくて、きっとあの子だ。
だとすると、今まで私が見てきた松野くんは、一体何だったのだろう。
奇妙な出会い方をした私に対して、松野くんがどうしてあんなにも優しくしてくれたのか、どうして特別な言葉をくれたのか、不思議で仕方なかった。
もしかしたら、都合の良い相手が欲しかったのだろうか。
けれど松野くんと共に夜を過ごすようになってからも、そういった事は一度もなかった。
松野くんの真意が全く読めず、私は何を信じれば良いのか分からずにいた。
考えれば考える程、思考回路がめちゃくちゃになって、まるで深い森の中に迷い込んだように抜け出せなくなっていく。
そんな事を繰り返すうちに、いつの間にか瞳から溢れ落ちた涙が、枕を濡らしていった。
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それから、更に数日が経った。
松野くんからは定期的に連絡が来ていたが、私はそれに返信をする事はしなかった。
私を心配してくれる言葉の数々に、その言葉から滲み出る松野くんの優しさに、思わず縋ってしまいそうになるから。
けれどもう、少しでも早く松野くんの事を忘れなければならない。
松野くんがくれた特別な言葉は全部、私を慰める為に言ってくれた事なのだから。
松野くんの気持ちは、1ミリも私に向いていないのだから。
幾度となく自問自答を繰り返して、言い聞かせて、私が辿り着いた答えは彼から離れる事だった。
松野くんの事が大好きだから、私はその選択をしなければならない。
松野くんが好きな人と、幸せになれるように。
大丈夫、松野くんと出会う前の私に戻ればいいだけだから。
だから私は、重たい身体を引きずって大学やバイトに行き、夜遅くに帰宅して眠れない夜を過ごす日々を繰り返した。
辛いけれど、でもこれは松野くんの為だから。
そう言い聞かせて、私は懸命に松野くんを忘れる努力をした。
「ねえ、篠崎さん。最近顔色悪いけど、大丈夫?」
お店を閉めて片付けをしている最中、店長がそう私に声をかけた。
大学にいる時やバイト中は、気付かれないように普段通りに振る舞っていたが、店長にはバレてしまったようだ。
「すみません、大丈夫です」
「本当?最近シフトもたくさん入ってくれてるし、無理しすぎてない?」
笑って見せても店長の表情は晴れなくて、こんなにも周りに心配をかけてしまっている自分が、すごく情けなかった。
「大丈夫です。バイトしてる方が気が紛れるので。店長さえよければシフト入らせて下さい」
「……分かった。でも休みたい時はきちんと言ってね」
「はい、ありがとうございます」
私は店長に頭を下げて、お礼を言った。
そんな私に店長は優しく微笑みかけ、早く終わらせて帰ろうと言ってくれた。
何も聞かずにいてくれる優しさが、私にはとてもありがたかった。
閉店作業を終えると、私は店長と別れて駅へ向かう。
ぼんやりとしたまま電車に揺られ、家の最寄り駅に着くと、私は重たい足取りで家までの見慣れた道を辿った。
「ねえ君、可愛いね!」
「マジじゃん!俺らと遊ぼーよ!」
その道中、チャラチャラとした二人組の男に、運悪く声をかけられてしまった。
私は出来る限り目を合わせないように、視線を反らしながら口を開いた。
「遊びません。他当たって下さい」
「え~~?そんな冷たい事言わないでさあ!ちょーっとだけでいいから!」
男の腕が肩に回されて、ぐいっと顔を近付けられる。
男の呼気に含まれたアルコールの香りに、私は思わず顔をしかめた。
「ねえ遊びに行こうよ。俺たち奢るからさ!」
「嫌……!離して下さい!」
「ちょっとだけだから!ほら来いって!」
「嫌だ!」
男たちの腕が、逃げようとする私の身体を抑え込む。
どれだけ抵抗しても力では勝てなくて、じわじわと目に涙が滲んだ。
誰か助けて……!誰か……!
持てるだけの力を振り絞って、そう叫ぼうとしたその時だった。
「テメェら何やってんだゴラ!!!」
ぎゅっと閉じていた目を反射的に開けると、私の目に映ったのは、怒りを表情に滲ませた松野くんだった。
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