【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
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今日は、今シーズン一番の冷え込みだそうだ。
私と松野くんは午前中予定がないのを良い事に、温かいベッドの中で暖を取りながら、他愛のない話をしていた。
「これからどんどん寒くなるんだよね……。嫌だなあ」
「志織さん、寒いの嫌い?」
「嫌い。冷え性だからすぐに手とか冷たくなっちゃうし……」
「今も冷たい?」
「ちょっとだけ」
「手、貸して」
松野くんが、冷えた私の手を取る。
そして、冷たくなった手を温めるように、松野くんの温かい手が私の手を優しく包み込んだ。
「ほんと冷たいっすね。俺が温めてあげる」
松野くんの手が、私の手のひらや指先を撫でていく。
そうしているうちに、少しずつ冷たかった手が温かくなっていった。
けれど同時に松野くんに触れられている事に対する熱も高まって来て、私は照れ臭さから松野くんの胸元に顔を埋めた。
「ん?志織さん?そんなにくっついたら手温められないっすよ?」
「もう温まったから大丈夫」
「もういいの?」
「うん」
私が首を縦に振ると、そっかと笑う優しい声が降って来る。
そして、松野くんの腕は私の背中に回されて、そのままぎゅっと腕の中に閉じ込められた。
すぐ近くで香る松野くんの匂いに、心が満たされていく。
「あ、そうだ。今日俺、夜帰ってくるのちょっと遅いかもしれないです」
「うん、分かった」
「帰る時連絡しますね」
「うん。でも無理しなくていいよ?一人でも大丈夫だから」
「嫌です、志織さんと一緒に寝たい」
松野くんがそう言ったのと同時に、私を抱き締める腕に力が籠ったのが分かって、思わず胸がきゅんと狭くなった。
松野くんが嬉しい事を言ってくれる度に、どうしようもなく自惚れてしまいそうになる。
「志織さんは俺と寝たくないですか?」
「ううん、一緒がいい。じゃあ待ってるね」
「はい!」
松野くんの背中に回した腕に、ぎゅっと力を込めて抱き締め返す。
松野くんは更に応えるように、大きな手で私の髪を何度も撫でてくれた。
髪の間を通る指も、触れ合った肌も、鼻腔を擽る匂いも、名前を呼んでくれる声も、全てが心地よくて、松野くんとずっと一緒にいられる都合の良い未来を、私は思わず思い描いてしまっていた。
▼
その日の夜、バイトを終えた私は、その足で渋谷へ向かった。
今使っているアウターは割と長く着ているし、そろそろ新調しても良いかと考えていたけれど、なかなか買い物に行けずにいたのだ。
今日はバイトも早く終わったし、松野くんも帰りが遅いかもと言っていたので、それならばと街へ繰り出してみた。
大型の商業施設に入っているショップを何件か回り、無事気に入ったものを購入する事が出来た。
普段はアウターに限らず、モノトーン系の落ち着いた色のものを選びがちだったが、今回はショップ店員さんに勧められて、がっつりトレンドを意識した色を選んでみた。
いつもはしない冒険をしたからか、気に入ったものを購入出来たからか、私はスマホで時刻を確認しながら、上機嫌で外へ出る。
想定よりも買い物が早く済んだので、どこかで夕食でも食べて帰ろうと歩き出した時、私は交差点の向こう側へ慣れ親しんだ顔を見つけた。
松野くんだ。
予定があると言っていたけれど、松野くんも渋谷に来ていたのか。
そんな事を考えながら、私は松野くんに声をかけようと駆け足で交差点を渡る。
見たところ松野くんも一人でいるようだし、少しくらいなら大丈夫だろう。
人混みを掻き分けるように足を前に進ませながら、私は松野くんの後ろ姿を追った。
けれど後少しというところで、私の足はピタリと止まってしまった。
松野くんの隣に、女の子がいたから。
「……っ」
喉の奥で、ヒュッという音が鳴る。
目に映る光景に、頭から冷水を浴びせられたような気分だった。
松野くんへの恋心も、松野くんとずっと一緒にいたいなんて願望も、一瞬で全てが惨めに思えてズキスギと胸が痛む。
私は震える足に鞭を打つように無理やり動かして、涙を堪えながらその場を立ち去る事しか出来なかった。
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