【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
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優しい温もりの中で目を開けると、松野くんの匂いが鼻腔を擽る。
微睡みの中で心臓がきゅんと狭くなったのが分かって、私は思わず松野くんの服をぎゅっと握り締めた。
近すぎる距離に心臓は絶え間なく脈を打つのに、松野くんの温もりはどうして、こんなにも安心感を与えてくれるのだろうか。
覚醒しきらない脳内で、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「志織さん、起きた……?」
「ん、松野くん起きてたの……?」
「今起きた……」
もぞもぞと体を動かしながら、松野くんの腕が私を抱き締め直した。
一瞬額に柔らかいものが触れたような気がしたけれど、気のせいだろうか。
そういえば、昨日眠りにつく瞬間にも、同じ感触を感じたような気がする。
「志織さん、今日の予定は?」
「今日は午前中に一つだけ講義あって、夕方までバイト」
「え、じゃあ夜は何もないですか?」
「うん、ないよ」
「そしたら今日久しぶりに飲みに行きません?俺も今日バイトなくて講義だけなんで」
「うん、行く。松野くんと飲みに行くのなんか久しぶりだよね」
「そっすね。毎日会ってるのに」
「ね。楽しみ」
「俺も」
松野くんは笑ってそう言うと、私の頬を大きな手でそっと撫でた。
松野くんの手に触れられるの、大好きだな。
「よし、そろそろ起きますか」
「うん」
二人で布団から出て、松野くんはそのまま洗面台へ向かう。
私は自分の部屋へ戻る為、テーブルに置かせて貰っていた部屋の鍵と、スマホを手に持って玄関へと向かった。
「じゃあ松野くん、また夜ね」
「はい!また連絡しますね!」
「うん!」
いつも通りの笑顔で手を振ってくれる松野くんに手を振り返し、私は松野くんの部屋を後にした。
▼
バイト終わり、松野くんと待ち合わせをして、いつもの居酒屋へ足を運ぶ。
すっかり顔馴染みになった店員さんに案内され席へ着くと、早々に生ビールとおつまみを何品か注文した。
「今日講義終わった後ふらふらしてたら場地さんと偶然会って、一緒に昼飯食ったんですけど」
「そうなんだ。本当に仲良しだね、松野くんとバジさんは」
「へへ。で、近所の野良猫の動画見せてくれたんすけど、これがめっちゃめちゃ可愛くて!志織さんにも見せたくて送ってもらいました」
松野くんはそう言いながらスマホを操作して、ほら!と画面を私に向けた。
画面に映し出されたのは、おそらくバジさんであろう大きな手に擦り寄る黒猫の動画だった。
時折バジさんと思われる人物が、猫に優しく話しかけているような声が聞こえてくる。
「可愛い~。人懐っこいんだねこの子」
「場地さん動物大好きっすからね~!野良猫とか散歩中の犬とか、遭遇すると毎回遊んでますよ」
「そうなんだ!」
そんな事を話していると、注文したビールと料理が運ばれて来た。
私たちは話を一時中断して乾杯をすると、黄金の液体を体内に流し込んだ。
そして予め目の前に用意されていた割り箸を手に取って、運ばれてきた料理にも手をつけ始める。
アルコールも手伝って、私と松野くんは飽きる事なく色んな話をしながら、お酒と料理を楽しんだ。
松野くんとは毎日会って色々な話をしているのに、不思議と話題が尽きないのはなぜだろう。
こうしている間にも、私の中にある松野くんへの恋心は募っていくばかりだ。
ずっとずっと一緒にいられたらいいな、なんて欲張りな感情がじわじわと心の中に広がっていく。
こんなにも松野くんの事を好きな私の気持ちを知ったら、松野くんはどう思うのだろうか。
「……志織さん?大丈夫?」
「え、ごめん!何?」
「なんかボーッとしてたみたいだったから」
「あ、大丈夫!ごめんね、何でもないの!」
「それならいいけど、何かあったら言って下さいね?」
「うん、ありがとう」
「はい!もう日付変わりそうだし、そろそろ帰りましょっか」
「あ、そうだね。もうそんな時間なんだ」
「早いっすよね。志織さんと話してるとすぐ時間過ぎる」
「私も同じ事思ってた」
「まじすか!俺たち相思相愛っすね!」
松野くんはそう言うと、レジに伝票を出してお会計を始めた。
でも私は松野くんの言葉にドキドキが抑えられなくて、震えそうになる指先でお札を差し出した。
それから二人で帰り道を歩いている時も、家でシャワーを浴びている時も、松野くんの部屋へ行った時も、私の心臓はドキドキと絶え間なく脈を打っていた。
これ以上の関係なんて望んでいないはずだったのに、好きになればなるほど我が儘になってしまいそうで、それが何だか怖かった。
けれどそんな気持ちも、松野くんが触れてくれるだけで、どこかへ行ってしまったように跡形もなく消え去っていく。
大好きで大好きで、松野くんといられる時間が幸せで、私の心の中はもう松野くんでいっぱいなのだと、自覚せざるを得なかった。
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