【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
早いもので、暦はもう11月になっていた。
季節は冬に向かい、日に日に寒さを感じる事も増えてきたように思う。
今も帰宅途中の私の頬を、冷たい木枯らしが突き刺すように通りすぎていって、私は身体を震わせながらくしゃみをした。
早く家に帰ろうと、私は鼻を擦りながらいつもより早足で自宅への見慣れた道を辿る。
ようやく家に到着しバッグから鍵を取り出すと、タイミング良く隣の部屋のドアが開いて、松野くんが出てきた。
「あ、志織さんおかえり!」
「ただいま松野くん」
そう返すと、松野くんは部屋の鍵を閉めてこちらへ駆け寄ってきた。
「志織さん、鼻赤くなってる」
「へ?」
松野くんの指先が私の鼻に触れて、思わず間抜けな声が出た。
早まる心臓の鼓動を誤魔化すように、私は松野くんに問いかける。
「ま、松野くん、どこか行くの?」
「はい、ちょっとコンビニに。外寒かったですか?」
「うん、寒かったよ」
「まじすか。じゃあさっさと帰って来よ。志織さんなんか食べたいものあります?甘いものとか!」
「私?」
「はい!俺の部屋で一緒に食べましょ!」
「うーん、じゃあプリンがいいな」
「分かりました!じゃあプリン買って待ってますね!」
「うん、ありがとう。行くとき連絡するね」
「はい!」
元気よく返事をしてコンビニへ向かった松野くんの後ろ姿を見送ると、私は鍵を開けて自宅へ入った。
あの日──松野くんが私の心を救ってくれた日から、私たちの関係は少しだけ変化した。
私たちは毎晩、松野くんの部屋で夜を一緒に過ごしている。
松野くんが隣にいてくれるだけで、あれだけ怖かった夜が今は楽しみで仕方なかった。
今まで眠れなかった事が嘘みたいに毎晩安眠出来ているし、何より好きな人とたくさんの時間を一緒に過ごせる事は、私にとってとても有意義だった。
恋人同士ではないけれど、今以上の関係を望む気持ちが芽生える余裕もない程、私は幸せを感じていた。
そんな事を考えながら手早く家事と入浴を済ませ、松野くんの部屋へ行く準備をする。
全てを済ませて松野くんに連絡を入れればすぐに既読のマークが付き、『待ってます!鍵開いてるのでそのまま入って来て下さい!』とメッセージが届いた。
私はスタンプで返信をすると、スマホと家の鍵を持って家を出て、隣の松野くんの部屋へ入った。
「松野くーん。来たよー」
「あ、志織さん!待ってたっすよ!」
玄関までパタパタと走ってきて出迎えてくれる松野くんに、きゅんと胸が高鳴るのを感じた。
こうして松野くんと一緒にいればいる程、恋心は積もっていくばかりだ。
「買ってきたデザート食べましょ!あったかいの淹れるので座って待ってて下さい!」
「あ、私手伝うよ」
「いいからいいから!志織さんは座ってて下さい!」
松野くんに背中を押されて、私はあっという間に部屋の中へ足を踏み入れる。
私がベッドの上に腰を下ろすと松野くんは優しく笑って「じゃあちょっと待ってて下さいね」と言った。
「うん、ありがとう」
「全然です!」
それから数分後、湯気の立ち込めるマグカップを二つ持った松野くんが部屋へ入ってきた。
どうぞ、と手渡してくれたマグカップを、お礼を言って受け取る。
ふうふうと息を吹き掛けて一口飲めば、じんわりと体の内側から温まっていくようだった。
それから私たちはデザートを食べながら、今日の出来事を話した。
夜を二人で一緒に過ごすようになってから、今日あった事をお互いに話すのが恒例となっていた。
きちんと決めたわけではないけれど、いつしかそれが習慣になっていたのだ。
松野くんは、私がどんな話をしても楽しそうに聞いてくれる。
優しく笑いかけてくれるたび、単純な私の心はじわじわと温かくなっていった。
デザートを食べ、歯を磨き終えた私たちは、二人でベッドへ潜り込んだ。
常夜灯の明かりだけになった暗がりの中で、松野くんの大きな手が私の髪に触れるのを感じた。
ゆっくりと優しく撫でられて、心地よさに思わず目を閉じる。
「志織さん、もう眠い?」
「ううん。まだ眠くないよ」
「そっか」
「うん」
「今日寒いから、もっとくっついていいですよ」
「うぇ……?」
心臓がドキドキと大きな鼓動を打つ。
それが松野くんに伝わってしまわないか心配だったけれど、松野くんが優しく私の髪を撫でながらおいで、と言うので、観念して言う通りにした。
好きな人にそんな風に言われて、逆らえる訳がない。
「へへ、志織さんあったけえ」
松野くんの腕が、私をぎゅっと抱き締める。
心臓が破裂してしまいそうな程に脈を打っているのに、至近距離から香ってくる松野くんの匂いに確かな安心感を覚えた。
半ば無意識に松野くんの背中に腕を回すと、松野くんは私を抱き締める手で背中をポンポンと優しく撫でてくれる。
一定のリズムを刻むそれに、だんだんと眠気が誘発されてきた。
「志織さん、ちょっと眠くなってきたでしょ?」
「うん……ちょっと……」
「寝ていいよ。おやすみ、志織さん」
「ん……松野くんおやすみ……」
重たくなった瞼を閉じれば、感じていた眠気は更に大きくなっていく。
松野くんの匂いと温もりに包まれながら、私は意識を手放した。
意識が落ちるその瞬間、額に何か柔らかいものが触れたような気がしたけれど、あれは一体なんだったのだろう。
.