【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
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掴まれた手首が、熱い。
真剣な表情で向けられる視線が、眩しい。
胸に手を当てているわけでもないのに、私の心臓が強く激しく鼓動を刻んでいるのが分かる。
何か言わなければと思うのに、松野くんの言葉があまりにも予想外で、思うように唇が動かない。
私の為を思って言ってくれた事実と、松野くんに迷惑をかけたくないという気持ちが心の中で入り交じって、私が言葉を紡ぐ事を邪魔する。
歯痒さから涙が溢れそうになって、私は思わず唇を噛み締めた。
体に力が入らなくなって、私は俯いたまま床にペタリと腰を下ろす。
すると、私の手首を掴んでいた松野くんの手が離れていった。
「志織さん」
松野くんは俯く私を、ひどく優しい声色で呼んだ。
まるで全てを包み込むかのうな、そんな優しい声だった。
「怖がらなくて大丈夫ですから。俺は志織さんの事、絶対ェ否定しません。どんな志織も好きです!だから、志織さんの思ってる事、聞かせて下さい」
俯いていた顔をあげると、優しい笑顔で私を見つめる松野くんがいた。
「……私も、同じ事思った」
いつの間にかカラカラに乾いていた喉から無理やり出した声は、思った以上に頼りなくて、そして震えていた。
それでも、涙が零れ落ちそうになるのを堪えながら、私は言葉を紡ぎ続けた。
「松野くんと一緒に寝たら、ちゃんと眠れるようになるのかもって、私も一瞬思ったの。でもそんなの私の我が儘だって、すぐ考えるの止めた」
松野くんは黙って頷きながら、私の言葉に耳を傾けてくれた。
それが私の心に安心感を与え、先程とは裏腹に、次々に言葉が零れ落ちてくる。
「だから松野くんがしてくれた提案は、すごく嬉しかった。でも私人に頼るの下手だから、いっぱい頼って松野くんに面倒だって思われちゃうのが怖くて……」
そこで耐えきれず、涙が零れ落ちた。
涙が一つ、また一つと零れ落ち、私の手の甲を濡らしていく。
「志織さん」
涙に濡れた私の手は、松野くんの大きな手に、そっと包まれた。
顔を上げると、先程よりも近い距離に松野くんの顔が見える。
真剣だけれど、優しいその表情に、押し込めていた涙が更に溢れて止まらない。
「頼って下さいよ、志織さん。今までずっと一人で戦ってきたんでしょ?もういいっすよ、一人で戦わなくて。もう一人で悩まないで欲しい、一人で苦しまないで欲しいって俺は思ってます」
「松野くん……」
「これからは、二人で一緒にいましょ?志織さんの苦しさとか辛さとか、そういうの全部俺と半分こしたら、志織さんも少しは楽になれると思うんすよ。だから、ね?」
「うん…!うん……!」
小さな子供のようにボロボロと大粒の涙を流しながら、私は何度も頷く。
松野くんは優しい笑顔を浮かべながら、涙でぐしゃぐしゃになった私の顔をティッシュで拭ってくれた。
「ごめんね、松野くん。ありがとう」
「全然です。俺が志織さんに頼って欲しかっただけなんで」
「う~~~~~~…!」
私はこの時、やっと理解した。
自分の中にあった、松野くんへの気持ちの正体を。
この気持ちは紛れもなく、恋だった。
私はいつの間にか、こんなにも松野くんの事が好きになっていた。
「もう涙止まりました?」
「うん、止まった」
「よし、じゃあもう少ししたら飯食いに行きましょ!」
「あ、うん…!」
「何か食べたいものとかあります?」
そんな些細な会話をしながら、私はこの幸運を噛み締めていた。
松野くんに出会えて良かったと、心から思う。
松野くんがいなかったら、これからもずっと私は、この広い世界の中に一人ぼっちだっただろう。
松野くんが私を、暗闇から救い出してくれたのだ。
あの時の出会いは偶然だと思っていたけれど、もしかしたら必然だったのかもしれない。
……なんて、柄にもない事を考えながら、私は松野くんの問いに「ハンバーグが食べたい!」と答えた。
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