【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
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ぼんやりと霞む視界に移ったのは、眠る松野くんの顔だった。
眠っている時も顔が整ってるなあ、とついつい働かない頭で呑気な事考える。
羨ましいと安直な感想を頭に浮かべながら、私は無意識に手を伸ばし、松野くんの頬に指先で触れた。
そのまま少し指を動かせば、滑らかな肌の上を指が滑っていく。
私がそんな事をしていても、松野くんが目を開ける様子はなかった。
それもそのはず、これは私が見ている都合の良い夢だからだ。
こんなにも近い距離で松野くんが眠っているなんて、現実ではそもそもあり得ない。
私と松野くんは、よく二人で飲みに行くだけの単なるお隣さん同士で、それ以上の関係なんて一切ないのだから。
でも、そうか。
今夢を見ていると言う事は、私は久しぶりに眠る事が出来たという事か。
それならもう少し、今まで眠れなかった分も眠っていよう。
頭の中を支配するふわふわとした感覚に、私は全ての意識を預けた。
深い眠りに移る過程で、私は少し欲張りな感情を抱いてしまった。
夢の中の松野くんになら、もう少し近づいても良いだろうか。
私は朧気になっていく意識の中で、顔の横に投げ出されていた松野くんの腕をぎゅっと抱き締めた。
瞬間、心の中を大きな安心感が包み込み、私の意識は久々に感じた睡魔へ吸い込まれていくようだった。
このままもっと眠ろうと睡魔に身を任せたその時、「へ?」と言う聞き慣れた声と共に抱き締めていた腕がピクリと動いた。
それに続いて、何かがぶつかる派手な音と「痛っ!!」という大きな声が鼓膜を刺激した。
落ちかけていた意識が再び浮上して目を開けると、ぶつけたのか足を抑えながら「痛ぇ~~」と顔を歪める松野くんが目の前にいた。
「え……?」
そこで私は、自分が松野くんの腕を抱き締めていた事に気付いた。
私は突然の事に驚いて松野くんの腕を離し、体を起こした。
事態が飲み込めず、理解しようとするほど頭が混乱する。
現実でも夢と同じ行動をしていたのか、それとも夢だと思っていたのは現実だったのか。
後者であれば、今まさに至近距離で眠っていたのであろうこの状況にも説明が付く。
けれど、この状況はどう解釈しても恥ずかしい。
どうしてこんな、恋人のように寄り添うような形で眠っているのだろうか。
経緯も全く思い出せないし、考えるだけで顔から火が出そうだった。
私は軽いパニックを起こしながらも、ひとまず痛がる松野くんに声をかけた。
「あ、あの松野くん……大丈夫……?」
「へ?ああ大丈夫っす。それより……あの」
「あああそうだよね……!そうなるよね……!ごめん、私も寝落ちしちゃったみたいで全然覚えてなくて……」
「いや、それは俺も……!それと志織さんの事、起こしちゃってすみません。起きたら志織が近くにいて、びっくりして……」
「あ、ううん全然大丈夫!私の方こそ、あの、腕……ごめんね。その、寝惚けてたみたいで……」
改めて言葉にしたら、また顔から火が出そうだ。
夢だと決めつけていたアレは、本当は夢じゃなかったかもしれないなんて。
「気にしないで下さい!俺は全然大丈夫なんで!それより、昨日は寝落ちするくらいちゃんと眠れたみたいで、良かったです!」
松野くんはそう言って、笑っていた。
けれど私は、松野くんの言葉にハッとした。
ここ数年寝落ちなんてした事なかったのに、昨日は松野くんの言う通り、とてもぐっすり眠る事が出来た。
「寝落ちなんて本当に久しぶりにした…なんでだろう」
「疲れが溜まってたとかですかね?」
「いや、普段ならいくら疲れてても寝落ちなんてしなかったから、違うと思う」
「そうなんすね。じゃあなんでだろ」
「昨日は……なんか、松野くんといたらすごく落ち着いて、安心してたっていうか……だから松野くんのおかげかも」
「え、じゃあ俺がいれば志織さん、ちゃんと眠れるようになるかもしれないって事ですか?」
「分からないけど、もしかしたらそう、かも……って私何言ってんだろう!?ごめんね迷惑だよね、忘れて!」
両手と首をブンブン振りながら、私はそう言った。
顔がじわじわと熱を帯びていく。
もし仮に、松野くんがいれば眠れるようになるとしても、それは現実的にどうしようもない話だ。
一緒に寝て欲しいとお願い出来る訳がないし、第一そんなお願いをしても、松野くんにとっては迷惑な話だろう。
「ごめん、散らかしっぱなしだった。片付けるね。そしたら帰るから」
「待って下さい、志織さん」
松野くんが身を乗り出して、私の手首をそっと掴む。
ふと視線を松野くんに向ければ、耳まで真っ赤に染めつつも、真剣な表情をした松野くんがいた。
「提案です」
「て、提案……?」
「俺、志織さんが眠れるようになるように、協力したいです。昨日も言ったけど俺志織さん好きだから、役に立ちたい。でもそうすると志織さん、俺と一緒に寝る事になるから、嫌だったら断って貰って全然いいです」
松野くんが、真っ赤に染まった真剣な顔でそう言う。
思ってもみなかった松野くんの発言に、私は思わず固まってしまった。
心臓が爆発しそうなくらいドキドキして、松野くんに掴まれた手首が熱くて、私はしばらく固まったまま言葉を発する事が出来なかった。
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