【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
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「「カンパーイ!」」
プラスチック製のグラスが、コツッと音を立ててぶつかる。
グラスに注がれた黄金の液体を一口飲めば、喉を絶妙に刺激して行く炭酸が何とも心地よかった。
飲み慣れた缶ビールでさえ、千冬くんといるだけで違った味に思えるから不思議だ。
「あ、聞いてくださいよ!今日バイトでね!」
松野くんがおつまみの枝豆を手に取りながら、そう話し始める。
松野くんの話に興味津々になって聞いていれば、いつの間にかお酒も大分進んでいた。
いつもならこのまま最後まで、お互いのバイトや大学の事、松野くんのペットの話や噂のバジさんの話で盛り上がるところなのだが、今日は違った。
松野くんの部屋という、いつもとは異なる空間がそうさせたのか、話題は私が眠れなくなった理由に切り替わっていた。
「いつこうなったか、ハッキリとは覚えていないんだけど……」
「はい」
「小さい頃から、すごく人の反応とかを気にしてしまうタイプだったの。寝る前に、それをついぐるぐる考えちゃうんだよね。アレ言わない方が良かったかなとか、言い方間違えたかなとか」
松野くんは、私の話を黙って聞いてくれていた。
グラスを持つ指に、思わず力が入る。
「考えすぎだって分かってるし、多分だけど、みんなそこまで人の発言にいちいち敏感になったりしないのも、何となく分かる。でも癖ってなかなか抜けなくて、寝る前にぐるぐる考えるのを止めるどころか、それが当たり前になっちゃって……」
私はそこで、言葉を紡ぐ事をやめた。
正確には、言葉を紡ぐ事が出来なくなった。
馬鹿正直にこんな話をされても、松野くんが困るだけだ。
「ごめんね松野くん、こんな話しちゃって」
「なんで謝るんですか。俺は##NAME##さんが話してくれて嬉しかったですよ」
「……ほ、ほんとに?」
「はい」
ああ、どうして貴方はそんなに優しい言葉ばかりかけてくれるの?
鼻の奥がツンと痛んで、思わず泣いてしまいそうになる。
松野くんは手に持っていたグラスをテーブルに置いて、ずいっと身を乗り出して言った。
「話してくれてありがとうございます。俺、志織さんが安眠出来るように応援してます!」
「松野くん……」
「俺に出来る事があったら何でも言って下さいね!」
そう言って松野くんは、あの人懐っこい笑顔を浮かべた。
本当に松野くんは、優しい人だ。
温かくて優しくて、少し切ない感情が、私の中にじんわりと広がっていく。
私は泣きそうな気持ちを押し込めて、笑顔を浮かべながら言った。
「ありがとう、松野くん」
「何かあったら俺を頼って下さい。志織さんの為なら何でも出来ます!俺、志織さんの事好きなんで!!」
松野くんのその言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。
このまま壊れてしまうんじゃないかと思う程の鼓動が、物凄い早さで刻まれていく。
顔がじわじわと熱を帯びて、その場にいられなくなった私は、突然立ち上がって言った。
「ご、ご、ごめん……!お手洗い借りるね……!」
そしてそのまま、松野くんの返事もまともに聞かず、トイレへと逃げ込んだ。
尚も大きく脈打つ胸を抑えながら、私はへなへなとその場にしゃがみ込む。
何!?どういう事!?
好きってどういう意味!?
松野くんはどうして、あんな事を言ったの!?
まとまらない感情が、心を支配していく。
思わず叫び出しそうになる気持ちを必死に抑えながら、私はトイレの中で一人、必死に深呼吸を繰り返していた。
ようやく気持ちが落ち着いた頃には、もうかなり時間も経ってしまっていた。
早く戻らなければと焦る私は、半ば飛び込むように松野くんが待つ部屋の扉を開ける。
「松野くんごめん……!あれ……?」
けれど私の視界に映ったのは、テーブルに突っ伏したまま眠る松野くんの姿だった。
私がトイレに篭っている間に、つい眠ってしまったのだろう。
待たせてしまった事への罪悪感と、少しの安心感が混ざって私の心に芽生えた。
「……松野くーん。おーい。そんな格好で寝てたら体痛くなるよー」
私は松野くんの傍らに腰を下ろし、スヤスヤと眠る松野くんの頬を、軽く指でつついてみた。
けれど、松野くんが目を開ける気配はない。
このままじゃきっと寝づらいだろうが、私の力では松野くんをベッドまで運ぶのは無理だ。
仕方がないので私は松野くんの体を床に敷かれたカーペットの上に倒して寝かせ、その頭の下にベッドから拝借してきた枕を置いた。
これなら、多少の寝苦しさは解消されるだろう。
静かな部屋の中に、松野くんの寝息だけが小さく響いていた。
「……ねえ松野くん、さっきのってどういう意味だったの?」
松野くんが起きないのを良い事に、私は松野くんの隣に寝転び、その寝顔を間近で見つめた。
至近距離で香ってくる松野くんの匂いに、思わず胸がきゅんとする。
相変わらず早いテンポで鼓動を刻む心臓が抑えながら、悪戯心が芽生えた私は、眠る松野くんの頬に再び指を滑らせた。
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