【中編/松野千冬】シークレット・ナイト
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
幼い頃から、考えすぎる質だった。
友達や家族の何気ない一言でさえ、いちいち熟考せずにはいられなかったし、周りの人間の機嫌を損ねないように、自分の発言にはいつも細心の注意を払っていた。
けれど、少しでも他人の表情に変化があると、それがどれだけ些細なものであっても敏感に感じ取り、ああまた失敗してしまったのだと、いつまでも自分を攻め続けた。
そんな事を繰り返しているうちに、私の思考回路はいつでもフル回転。
朝起きてから寝る直前まで働き続けるそれのせいで、脳が少しずつ疲弊し、高校生になった頃には眠る事さえ満足に出来なくなっていた。
どうしてこんなにも、生きるのが下手なのだろうか。
今度はそんな考えが思考回路を隙間なく埋め尽くして、余計に考える事をやめられなくなって、苦しくなって、一人になりたくて仕方なかった。
安息の地を求めた私は高校卒業と同時に上京し、一人暮らしを始めた。
自分だけの空間は居心地が良くて、実家にいた頃よりも何倍も楽だった。
けれど長年染み付いた癖は、なかなか抜けてくれない。
眠れないという悩みを抱えたまま、大学三年生になった今も、下手くそなりに私は生きている。
▼
大学の夏休みが始まった、初日の夜。
バイトから帰って軽くシャワーを済ませた頃には、もう日付が変わっていた。
ドライヤーで髪を乾かしながら、明日のバイトの予定を確認する。
夕方からだから、少しはゆっくりできそうだ。
かと言って健康的な睡眠は、今日も出来そうにないけれど。
肩の上で切り揃えた髪が乾いたのを確認すると、ドライヤーのスイッチを切り、髪を梳かして整えた。
部屋の中を軽く片付け終わると、私は体をベッドに沈み込ませる。
明かりを消し、真っ暗になった部屋の片隅で私はぎゅっと目を閉じた。
けれどキッチンの方から冷蔵庫の稼働音が微かに聞こえてきて、それがやけに耳についてしまう。
タオルケットを頭に被って雑音から逃れようと思ったが、それもあまり効果はなく、私はぎゅっと閉じていた目を開いて体を起こした。
時計を見ると、そこまで時間は経っていないようだった。
キッチンに置いていた煙草とライター、携帯灰皿を手に取って、私はベランダへ出た。
普段から吸う訳ではないが、眠れない時にはつい吸いたくなってしまう。
上空にぼんやりと浮かぶ月を眺めながら、煙草を一本取り出し、それに火を付けた。
ふぅ、と紫煙を吐き出すと、それはゆらゆらと目の前をさ迷い、やがて暗がりに消えていった。
ぼんやりと一点を見つめながら煙草を吸っていると、隣の部屋から窓を開ける音が聞こえてくる。
隣に住む住人である事は間違いないだろうが、驚いた私は反射的にそちらに視線を向けてしまう。
為す術もなくバチっと絡み合った視線は、逸らす事も出来なかった。
ふわふわとした黒髪と左耳にのみ付けられたシルバーのフープピアスが特徴的な、どちらかといえば可愛いという言葉が似合うその男の子は、口をぽかんと開けたままこちらを見つめていた。
.
1/19ページ