【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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武道の目に最初に映ったのは、ボーリングのピンが弾き飛ぶ光景だった。
毎度の事ながら、タイムリープした直後は状況の把握に苦労してしまう。
内心戸惑う武道の耳に、愛しい恋人の楽しそうな声が聞こえてきた。
「ストライク!」
「へ?」
ニコニコと可愛らしく笑う日向がこちらへ駆けて来て、武道の前に両手を出した。
武道はそれを見て慌てて両手を出し、日向とハイタッチを交わす。
この状況から察するに、どうやら武道は日向とのデートでボーリングに来ていたようだ。
「すごいタケミチくん!ターキーだよ!」
「う……うん」
「ヒナ、全然下手くそだ」
そう言って、日向は鈴を転がしたような声で笑う。
日向の笑顔を見た瞬間、武道の目には思わず涙が浮かんだ。
武道はついさっきまで、言葉にし難い程の残酷な未来を見てきたのだ。
不意に向けられる恋人の笑顔に、心が緩まない訳がない。
思わず溢れてしまった涙に、武道は慌てて目頭を押さえた。
「どーしたのー?」
「なんでもねぇです」
今は、楽しいデート中なのだ。
折角なら日向とのデートを、しっかり楽しもう。
武道がそう思い直して日向へ視線を向けると、日向はえいっとボーリングのボールを両手で転がしていた。
その姿が可愛らしくて、武道は思わず頬を染める。
「あーあ……またガーターだ。次、タケミチくんの番だよ」
日向は武道の方を振り向き、照れ隠しするように笑いながらそう言った。
武道はふと、この頃の自分がボーリングにハマっていた事を思い出す。
マイグローブにマイシューズも揃えて、かなり本気だったようだ。
グローブを嵌めた手を握ったり開いたりしながら、当時の感覚がまだ鈍っていない事を確かめた武道は、日向に促されレーンの前に立つ。
「見ていろ、ヒナ。俺の……フォースを!」
武道は覇気のようなものを纏いながら、ボールを持った腕を振りかぶった。
そして、レーンの向こう側に並んだピンを目掛けて、ボールを放つ。
その時武道の隣のレーンで、同時にボールを放った男がいた。
フォームさえもそっくりなその男に武道の視線は奪われ、思わずそのまま釘付けになった。
「すごーい!」
武道も隣の男も、見事ストライクだ。
だがそれよりも武道は、その男から目を離せずにいた。」
「お!?なんか揃った……息ピッタリだな!」
「ウケる」
その男ははにかみながら、武道にそう言った。
ボールを放った直後は分からなかったが、その男は真っ直ぐ立つとかなりの長身で、武道は思わず度肝を抜かれた。
けれど武道はその男に、どこか見覚えがあるような気がして、思考を巡らせる。
「あれ!?どっかで見た事あると思ったら、花垣タケミチか!」
「え?」
「なんだよ……隊長になっていい気になってない?弐番隊副隊長柴八戒だ」
「え!?」
武道は目の前の男の名前を聞いて、開いた口が塞がらなかった。
柴八戒は、現代で遭遇した元黒龍組の一人だったからだ。
「ん?どうした?お前の事はよく隊長から聞くぜー」
なぜ元黒龍組であるはずの八戒が、東卍の副隊長なのか。
予想もしていなかった展開に、武道はますます八戒から目が離せなくなった。
現代で会った羽宮からは、八戒は金の為に先代を殺し、黒龍を乗っ取った噂があると聞かされていた。
「俺ら今日から兄弟分な、タケミっち?今から家来いよ」
「は……はい」
羽宮から聞いた噂が事実かどうかは分からないが、どちらにしても危険な人物には変わりない。
そんな人物に気に入られてしまった事に、武道は思わず冷や汗を流した。
「お前と八戒が兄弟分なら、姉のアタシの弟分になるな」
八戒の家へ向かう道中、八戒と一緒にいた姉の柚葉は、徐にそう言った。
「え!?姉弟なの!?」
「ジュース買ってこい。弟分だろ?」
「へー似てないですね」
「お前はなんで喧嘩弱そうなのに、東卍の隊長はってんだ?」
柚葉に気にしていた事をストレートに言われ、武道は思わずうっと言葉を詰まらせる。
柚葉は思った事をそのまま口にする、ハッキリとした性格のようだ。
「どう考えても八戒の方が上に立つ器なのに、コイツはその気が全然ない」
「確かに!柴くん強そう」
「ヒナ!?」
けれど八戒は何も言わず、そのまま歩いて行ってしまった。
その様子に、武道は若干の違和感を感じた。
「八戒はほんとダメな」
「上に立つとか考えただけでメンドくせぇじゃん。俺は自由が好きなんだよ!」
そう言ってはにかむ八戒に、武道は思わず好奇の眼差しを向けた。
日向も八戒に、笑みを浮かべながら声を掛ける。
「かっこいいね!柴くん」
「……」
けれど八戒は先程と同じように、何も言わずただ目の前を見つめているだけだった。
「あーヒナちゃん、気ぃ悪くしないで。弟は異常な奥手でな……」
柚葉のその言葉に、武道と日向の口からえ?と声が漏れる。
「アタシ以外の女子に話しかけられると、フリーズしちまうんだ」
柚葉はそう言いながら、八戒の腕をポンと叩いた。
「気にしないで」
それを聞いた武道は思わず、八戒の事をポンコツと称した。
それにしても、現代で聞いていた人物像と今実際に接している八戒は、似ても似つかない。
本当に八戒は、金の為に先代の総長を殺したのだろうか。
加えて八戒は、東卍の弐番隊副隊長を務めていると言っていた。
この12年の間に、一体何があったのだろう。
「あのー、弐番隊の副隊長って事は、隊長の三ツ谷くんと仲良いんですか?」
「腐れ縁だよ……てかさあ、タメなんだから敬語やめろよ」
「へ?その見た目で!?俺とタメ?」
八戒は驚く武道にひでぇなと漏らしつつも、ハハと軽快に笑った。
そこへ今度は柚葉が、先程の武道の質問へ答える。
「八戒にとって、三ツ谷は兄貴分だ」
「タカちゃんはさ、目の上のタンコブだよ。不良のカッコ良さもカッコ悪さも叩き込まれた。うっせぇだろ?あの人」
八戒はそこまで言うと、ふと視線を外し、遠くの空を見つめた。
そして、噛み締めるように言葉を紡いだ。
「本当の兄貴みてぇな人だ」
「へぇ」
「コイツの三ツ谷愛は異常だ。見ろコイツの携帯」
「柚葉テメッ……いつの間に!?」
柚葉はそう言うと、八戒の携帯を開き画面を武道たちへ見せた。
「待ち受けが三ツ谷だ」
携帯の画面には確かに、三ツ谷の写真が設定されていた。
それを見た武道は、思わず顔を引き攣らせる。
「ちなみにアタシのは八戒なのにっ」
柚葉が続けて見せた携帯の画面には、柚葉の言う通り八戒の写真が設定されていた。
柴姉弟の特殊な一面を目の当たりにした武道は、更に顔を引き攣らせ、ハハハと乾いた笑いを漏らした。
けれど武道の脳裏には、三ツ谷と八戒が並ぶ姿がふと浮かぶ。
想像でもその姿はとてもしっくり来ると言うのに、三ツ谷と八戒は何故か未来では決別しているのだ。
三ツ谷と八戒の関係は、いつから悪くなったのだろう。
もしかしたら八戒は、三ツ谷との仲違いをきっかけに黒龍へ行ったのかもしれない。
その仮説が正しいとすると、それを止める事が出来れば、未来で東卍を狂わせた黒龍はなくなるのではないか。
武道は、そう考えた。
「家、もうすぐそこ!」
八戒が振り向いてそう言った直後、バイクのエンジン音が辺りに大きく響いた。
「八戒……ヤバい……」
「?」
「兄貴が、帰ってきてる」
柚葉の視線の先には、白い特攻服に身を包んだ大勢の不良たちがいた。
特攻服には、"BD"というアルファベットが刻まれている。
「花垣、悪ぃ。今日は帰ってくれ」
「え?」
この事態を目にした八戒は、武道たちを逃がそうと声を掛ける。
けれど、一足遅かった。
「これはこれは、若じゃねぇかよ!」
「……ココ……」
その男は八戒と同様、武道が未来で遭遇した元黒龍組の一人、九井だった。
という事は、今ここにいる不良たちは全員、黒龍のメンバーだ。
「ん!?なんだ、テメェら」
「アイツ、見た事ありますよ。東卍の……壱番隊隊長、花垣です」
それを聞いた途端、九井は怒りを滲ませながら声を荒げた。
「ウチのシマに東卍だぁ!?ナメてくれんじゃねぇか!ウチのシマから生きて出れねぇぞテメェ」
黒龍のメンバーたちが、武道を睨み付けながらジリジリと近付いて来る。
こんな大人数が相手では、無事に切り抜けるのは至難の技だ。
突然訪れてしまった絶体絶命のピンチに、武道は目を丸くしながらその場に立ち尽くした。
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