【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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連行された武道は取調室へ通され、直人からある映像を見せられた。
誰も映っていなかったその映像にはやがて松野の姿が映り込み、続けて武道の姿も現れた。
けれど武道には、全く覚えのない光景だった。
おそらく武道が、現代へ戻ってくる前のものだろう。
映像に映っている武道は、まるで別人のようだった。
「これが……俺?」
「松野千冬が隠し撮りした動画です。どう説明したらいいのか……とにかく、君が現代帰って来た瞬間、僕の世界も一瞬にして変わった。君が過去を変えて、大きな変革が起きたからです」
直人はそれから、今回の世界に関する情報を、一つ一つ武道に話した。
「まずこの世界の僕と君は、中学以来会っていない。僕は前の世界と同じ警察、だが君はレンタルショップの店員じゃなくて東卍の大幹部。そして前の世界と同じように、姉さんは8月10日、車に乗っているところを千堂敦の乗った車にぶつけられ殺された」
武道は何も言えないまま、直人の話を静かに聞いていた。
直人は更に、話を続ける。
「そして僕は松野千冬と組んで、姉の仇の稀咲を捕まえようとしていた……。すいませんタケミチくん、混乱してますよね?僕は立場上、君を逮捕するしかなかった」
直人はそう言うと、松野が隠し撮りしていたという動画の続きを再生した。
動画の中の武道が、淡々と話し始める。
『今日お前を呼んだのは他でもねぇ。ある奴を消してほしいからだ』
『……ある奴?』
『そいつが何者なのかなんて知らねぇし、どうでもいい。重要なのは、そいつが東卍に邪魔だって事だ』
動画の中の武道が、ドンと机を叩きながら言う。
『俺だってテメェにこんな事はさせたくねぇ。でもやらねぇと、稀咲が黙ってねぇ。分かるな?アツシ』
その名前を聞いた瞬間、武道の心臓が大きく脈を打った。
「アツシって……アッくん!?」
武道はいてもたってもいられず、その場に立ち上がった。
「…………アッくんに俺が、人殺しの命令を……?」
「……次の動画です。これも松野千冬が隠し撮りしたものです」
直人はパソコンを操作して次の動画を再生すると、画面を武道へ向けた。
「心して見て下さい」
映し出されたのは、ぐちゃぐちゃに荒れた部屋。
その真ん中で、声を上げながら椅子を投げ飛ばす武道の姿だった。
『やめろ!タケミっち!』
『うるせぇ!』
『物に当たってもしょうがねぇだろ!』
『くそっハメられた!稀咲は悪魔だ!』
武道の悲痛な叫びが、パソコンのスピーカーを通して虚しく響く。
動画の中の武道は、ボロボロと涙を流しながら絞り出すように言った。
『知らなかったんだ。消す相手がアイツだったなんて……』
「ナオト、もういい……」
武道は、今にも消え入りそうな声で言った。
「……僕たちは、姉さんの事件に稀咲が関与した証拠を追っていました。この動画が、その証拠です」
「もういいって言ってんだろ!?」
「松野千冬は、この動画を隠していました。彼は……君を庇ったんです」
武道の目に、涙が滲む。
脳裏に浮かんだのは、前の世界で見た光景だった。
千堂の乗る車が、日向の乗る車に追突する瞬間。
血に濡れた親友の顔と、最愛の恋人の最期の姿──。
武道は乾いた笑い声を上げながら、その場にへたりと座り込んだ。
「ハハハ……今度は俺なんだな……俺がヒナを…………殺したんだな……」
直人は、何も言わなかった。
それに対して武道は項垂れながら、そうだろ?と震える声で問いかけた。
「タケミチくん……君は利用されただけです」
「…………もういいよ。もうやだよ……」
涙に濡れた声が悲痛な想いを乗せて、唇から次々と零れ落ちていく。
「何度目だよ……?なんも変わってねぇじゃん……むしろもっと悪くなってる……俺が、ヒナを……っ……アッくんも!千冬も!みんな死んでいく!!」
一度溢れた言葉は、もう止まらなかった。
武道は立ち上がり、じっと黙って座っている直人に、更に感情をぶつける。
「場地くんなんてもうどうやったって……っ!12年前の今日にしか戻れねぇんだから、どうやったって助けられねぇんだぞ!?」
「喚いて何になるんですか!?」
それまで黙っていた直人が、初めて声を荒げる。
直人は立ち上がると、武道の正面へ立ち、諭すように声を掛けた。
「辛いのは、僕も一緒です」
「一緒じゃねぇよ!俺はお前の姉ちゃんを殺したんだぞ!もうやめようナオト!俺には何も変えられねぇよ!」
武道の頬を、溢れ続ける涙が濡らしていく。
こんな事になるのなら、もう何もしない方がいい。
武道は、本気でそう思った。
けれど直人は泣き叫ぶ武道を抱き締め、涙ながらに訴えた。
「僕は君に救われた!何も出来なくなんかない!」
武道が流した涙が、直人の肩を濡らしていく。
「……僕の知っている最初の世界は、東京卍會に龍宮寺堅はいなかった。松野千冬も、羽宮一虎も、場地圭介も、誰もいなかったんです、タケミチくん。彼らの想いがなかったら、ここまで東卍に食い込めなかった」
直人は武道の両肩を掴み、真っ直ぐ目を見ながら言った。
「彼らの想いを紡いだのは、君ですよ!東卍を変えられるのも、姉さんを救えるのも君だけなんです!最悪の世界を変えて下さい!タケミチくん!」
直人は、涙ながらにそう訴えた。
その真っ直ぐな想いは、折れてボロボロになった武道の心にしっかりと届いていた。
どん底へ突き落とされた武道の心を救ったのは、直人の想いだった。
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