【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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突然店内の全ての照明が落とされ、何も見えなくなった。
何処からか人を殴打するような音が聞こえ、店内が騒然となる。
「なんだなんだ!?」
「電気つけろ!」
「誰だコラ!」
店内は、たちまち喧騒に包まれた。
するとその時、武道の耳元で囁くような誰かの声が聞こえてきた。
「担ぐぞ。声出すな」
「へ?」
身体に感じる浮遊感。
武道は誰に、担がれているのだろうか。
けれど脚の激しい痛みと目まぐるしく変わる状況に限界を迎えた武道は、そこで意識を手離した。
次に武道が目を開けた時、武道は外にいた。
ここは、どこだろうか。
そんな考えが過ったが、稀咲に撃たれた脚が酷く痛み、武道の思考は停止せざるを得なかった。
武道の口から思わず、呻き声が漏れる。
「痛って……」
「…………応急処置はした」
不意に誰かが、武道に声をかけた。
武道が声のする方へ視線をやると、黒い長髪を風にゆらゆらと揺らしながら佇む、男の後ろ姿があった。
その姿は、かつて武道が救えなかったあの男に、とてもよく似ている。
「……場地くん?」
武道が呼び掛けると、その男はゆっくりとこちらへ振り向く。
けれどその男は、場地圭介ではなかった。
「一……虎くん?」
12年前と同じように、羽宮の耳に付いた鈴がリンと鳴る。
武道は驚きの表情を浮かべながらも、この時代の羽宮が既に出所している事に気付いた。
「お久しぶりです……」
羽宮は武道の言葉には答えず、その拳を武道の頬に叩き付けた。
「一虎く……」
何度も何度も、羽宮は武道を殴った。
武道の身体がふらついて地面に倒れても、羽宮は武道の身体を蹴り飛ばし、踏みつける。
「この前、こんな風に路上で女をタコ殴りにしてる奴がいた。止めに入ったら、殴ってた奴らは……東卍のメンバーだった」
それを聞いた武道の目が大きく見開かれ、羽宮の姿を映す。
地面に座り込む武道を真っ直ぐ見下ろしながら、羽宮は言った。
「テメェらの東卍は、いつから女を殴る組織になった?」
不意に、静寂が訪れる。
羽宮の目が悲しそうに伏せられ、涙がその瞳を濡らした。
「テメェなんて、どうでも良かった。アイツを……千冬を助けたかった」
羽宮は武道に背を向けて、悲しみに滲んだ声でそう言った。
羽宮が出所したその日、羽宮の前に現れたのは松野だった。
そして羽宮はその時に、今の東卍の実情を松野から聞く事になる。
それから松野は羽宮と手を組み、かつての輝かしかった東卍を取り戻す為に奔走していたのだ。
羽宮はそんな松野の姿を、ずっと傍で見てきた。
「アイツはずっと一人で戦ってた。なのに…テメェは何やってんだよ!?」
羽宮の言葉に、武道は思わず唇を震わせた。
この世界の武道は、松野が頼れない程に腐ってしまっていたのだと、武道はまざまざと突き付けられた。
「東卍はデカくなっておかしくなっちまった。それなのにテメェらは率先して稀咲の小間使い。唯一の頼みだったドラケンは死刑囚、マイキーはどこにいんのかもわかんねぇ」
そう話す羽宮の背中を見る事は、武道には出来なかった。
顔を俯かせてぼんやりと地面を見つめながら、羽宮の言葉を聞いていた。
「……なぁタケミチ。東卍は、どこに向かってんだ?マイキーさ、昔……不良の時代を創るって言ってたよな?アイツの言う通り、東卍はデカくなったよ。クスリ…売春…裏カジノ…闇金…あらゆる犯罪に手ぇ染めて、ドデカくなった。でもよ……でも…」
耐えきれなくなったように、羽宮の声に感情が滲む。
悔しさや怒りや歯痒さが交ざり合い、胸の奥をぎゅっと締め付けられるような、そんな声色だった。
「これが、マイキーの創りたかった時代か!?これが、場地の守りたかった東卍かよ!?」
武道は羽宮の言葉で、心の深い部分を思い切り殴られたような気分だった。
万次郎が作りたかった時代も、場地が守りたかった東卍も、こんなものではなかったはずだ。
「あの頃のあいつらはこんな東卍、望んでなかった。そうだろ!?タケミチ」
武道の目から、ポロリと涙が零れ落ちる。
「俺の大好きだった東卍は、こんなんじゃない!いつでも、キラキラしてました」
「…うん。俺たちの東卍を取り戻すぞ」
羽宮は少し安心したような顔で笑い、そう言った。
あの頃の、キラキラ輝いていた頃の東卍を取り戻す。
武道と羽宮は登ってくる朝日を見つめながら、新たな誓いを立てた。
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