【長編/佐野万次郎】オレンジの片割れ
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閉じていた武道の目が、パチリと開く。
ぼやけた視界で辺りをキョロキョロと見回してみると、どうやらここは先程の店の中のようだ。
起き上がろうと身体に力を入れるが、何かが邪魔をして身動きが取れない。
不思議に思った武道は、自身の身体に目を向ける。
「え!?」
自身の状況を見た武道は、思わず大きな声を上げた。
身動きが取れないよう、武道の身体は椅子に縛り付けられていたのだ。
どうして、こんな事になっているのか。
「なんだコレ!?」
突然の事に、武道は全く事態を飲み込めずにいた。
「タケミっち」
「っ!千冬!?」
武道は自分を呼ぶ声の方向へ、顔を向けた。
するとそこには、全身が血に塗れた松野の姿があった。
「お前……どうしたんだよその怪我!?」
「随分と寝たなぁ……花垣」
怪しい笑みを浮かべながら自身を見下ろす稀咲の姿が、武道の目に映る。
その時ようやく、武道の中で全てが繋がった。
こうなる直前、武道と松野は稀咲に呼び出され、共に酒を酌み交わしていた。
その時武道と松野が飲んでいた酒のグラスに、睡眠薬が盛られていたのだ。
「松野千冬。鬱陶しい奴だよお前は。12年前の事を未だに忘れず俺に噛み付く。場地圭介のリベンジか?」
「え?」
稀咲が松野に言ったその言葉に、武道の心臓がドクンと音を立てる。
稀咲はポケットに手を突っ込んだまま、松野の脇腹を蹴った。
痛みに、松野の顔が歪む。
「やめろ!稀咲!」
「いい加減口割れや。東卍のユダはテメェらだろ!?」
稀咲は何度も何度も、松野に暴行を加えた。
武道が松野を助けようとしても、ガチガチに固められた拘束のせいで、動く事すらままならない。
「ったくよー、しょうもねぇ事サツにチクりやがって」
「違う!あれは警察の暴走だ!俺の目的はテメェを東卍から追い出す事だけだ!」
「いつまで場地の幻影追っかけてんだよ。みみっちぃヤローだ」
「今の東卍は腐ってる。俺はそれを変えてぇだけだ。稀咲……テメェの言う通り、ユダは俺だ。タケミっちは関係ねぇ!」
武道は大きく目を見開きながら、松野の事を見つめていた。
松野から、目が離せなかった。
松野は12年経った今でも、慕っていた場地の仇を果たそうとしていたのだ。
「おい!」
稀咲がそう声をかけると、黒服の男が稀咲の元に歩み寄り、拳銃を手渡した。
稀咲はそれを受け取りながら、口を開く。
「関係ねぇかどうか、それは俺の決める事だ。なぁ花垣」
武道が、息を呑む。
額に滲む汗が、頬をそっと滑り落ちていった。
「テメェ、さっきから何自分は関係ありませんって顔してやがんだ?」
「え……?」
「なぁ?」
稀咲は手に持っていた拳銃を、武道に突きつけた。
そしてその拳銃で、稀咲は武道の太ももを撃ち抜いた。
瞬間、武道の絶叫が店内に響く。
「脚がぁ"あ"あ"ぁ"あ"!!」
銃創から、血が次々と吹き出す。
傷を中心に脚全体が燃えるように熱くて、痛くて、汗が止まらなかった。
「タケミっちは関係ねぇって言ってんだろ!そいつは何も知らねぇんだよ!」
「うるせぇなぁ、俺らぁ仲間だろぉー?」
「異常者め……」
「さて、言い残した事はあるか?」
武道の絶叫が響き渡る中、稀咲は冷たい声で松野に言った。
そして稀咲は、持っていた拳銃を松野に突き付ける。
「……タケミっち」
松野は拳銃を突きつけられたまま、静かに武道を呼んだ。
けれど武道の耳に、松野の声は届かない。
松野は呼吸を乱しながら、最後の力を振り絞るかのように武道の名を叫んだ。
途端に武道の絶叫がピタリと止み、荒い呼吸を繰り返す音だけが小さく響いている。
「聞け……タケミっち。最期の言葉だ」
武道が松野へ耳を傾けた事を確認すると、松野はそう言って武道に語りかけ始めた。
「この12年、色々あった。マイキーくんは姿を消して、ドラケンくんも死刑……。いつの間にか汚ねぇ事にも手を染めた。俺らは間違いもいっぱい犯した。でも根っこは変わんねぇハズだ!」
松野の瞳に、涙が滲む。
「……場地さんの想いを……東卍を頼むぞ、相棒」
滲んだ涙はすぐに溢れ、松野の頬に一筋の痕を作って落ちていった。
その瞬間銃声が鳴り響き、松野の身体は縛り付けられていた椅子ごと後ろに吹き飛んだ。
「千冬うううう!!!!」
武道の絶叫が、再び店内に木霊する。
目を疑うような光景に、武道の呼吸が乱れていき、そして決壊したように涙が零れ落ちた。
「東卍の事を頼まれて、気分はどうだ?」
返り血を浴びた顔で、稀咲は目を細めて笑った。
「安心しろ!お前もすぐに逝かせてやる」
そう言って、稀咲は再び武道に拳銃を突き付けた。
武道は何も言わず、何の抵抗もせず、ただ涙を流しながら荒い呼吸を繰り返すだけだった。
そんな武道に対して稀咲は苛立った様子を見せながら、武道の顔を覗き込むように身体を屈めた。
「なんだお前は?最期の顔がそれか?そんなモンなのか!?あ!??」
稀咲は怒りに満ちた表情で、武道をそう叱責する。
けれど武道は、涙を流しながら荒い呼吸を繰り返すだけだった。
「…………残念だ」
稀咲はそう呟くと、屈んでいた身体を起こしてスッと武道の前に立った。
殺される──。
そう思った瞬間、武道は視線を上げて目の前に立つ稀咲を睨んだ。
「じゃあな……俺の"ヒーロー"」
その時武道の目に映った稀咲は、悲しそうに、けれど静かに涙を流す稀咲の姿だった。
それが、武道が見た最後の光景だった。
ドンッという大きな音が響き、武道の視界はその音と同時に真っ暗になった。
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